運転の力学を教材とした高等学校物理の実践について

運転の力学を教材とした高等学校
物理の実践について
川村研究室 B4
河野 公貴
0.目次
 1.はじめに
 2.研究方法
①授業対象者
②実験授業展開の概要
③実験授業の具体的学習内容と生徒の活動
 3.結果と考察
 4.おわりに
 5.河野の考察(本論文を読んで...)
1.はじめに
 昨今の理科離れ・物理離れに対処すべく物理教育
の実践を試みてきた。(川村,1994,1996)
 打開策として、2つの授業設計の観点
①学習教材としてどのような内容を選ぶのか。
②選んだ学習教材を用いてどのように授業をするか。
学習者がより主体的に学べるような授業を行うことが
必要である。
 また、当時の現状ではほとんどが、数時間程度の授
業実践に基づく学習効果の報告であった。
 そこで、可能な限り長期的な調査が必要。
以上の理由から本論文においては、10回(20時間)に
わたる実験授業の効果についての報告とした。
2.研究方法
①授業対象者
・K市の普通科高等学校の3年生26人(男子6人、
女子20人)。
・文科系、芸術・体育系の大学進学を希望。
・選択物理の履修者。
・1年次に理科Ⅰを、2年次に選択生物を履修済み。
・授業は、1995年4月から6月に実施。
②実験授業展開の概要
・「速度、加速度、運動の法則等」という流れで教授して
も、生徒たちの多くは、それを日常生活に結びつけら
れない。
・そこで、「オートバイや自動車の運転の力学」という
テーマで10回の授業を実践。(次頁、表参照)
オートバイや自動車の性能上の限界を物理的に理解
するだけでなく、環境問題や社会問題、さらに人間の
認知心理学的な面の学習にもつながり、現在でいう、
「生きる力」の学びにもつながる。
表
実験授業計画
出典:川村「運転の力学を教材とした高等学校物理の実践」より
具体的には...
・授業では2時間続きの1時間目に「運転の科学シリー
ズ」というビデオ(1回当たり10分少々)を提示する。
・視聴終了後、感想を書かせるとともに、不明瞭な点を
質問させ、それに対し、筆者が答える。
・最後に、その日の授業の内容を踏まえて感想を書き、
提出させる。
・女子が多いということもあったが、生徒の反応は良好。
③実験授業の具体的学習内容と生徒の活動
1. ビデオを見ながらB5判の用紙にそこから学んだ
ことを記入する。
2. 1.に対して、質疑応答や意見交換を行う。
3. 授業終了30分前にビデオに関した内容や、
ディスカッションの内容を踏まえて、1日の授業
の感想や学んだことを記入し、提出する。
第1回 「摩擦力」
1.1. ビデオの内容
・「運動の法則」に従って運動する自動車やオートバ
イが走るためにはタイヤと路面の間に摩擦力が必要。
・摩擦力は路面状況(サーキットやマンホール、乾き
具合など)やタイヤの摩耗状況によって異なる。
従って、車の動きや性能は、運転者の技能や車の仕様
だけでなく、「運動の法則」によって、限界が決まる。
1.2.生徒の発言等
まず、ビデオを見ながらのメモを取ることは難しい。
そこで毎回、ビデオを2度見せ、その間にわかった
ことをメモするよう教示。
・レース場の摩擦係数が高いこと、また大きな摩擦力を
利用してカーブを曲がることを初めて知った。
・生活の中での摩擦力を改めて考えるようになった。
(雨天時の自転車の走行など)
・自動車を運転する父親に教えてあげたい。 etc…
しかし、活発な議論や意見交換には至らなかった。
第2回 「慣性力」
2.1.ビデオの内容
・加速度運動している車の中では、中のものには
慣性力が生じることの実例。
・二輪車では、前輪と後輪ブレーキのバランスを
よくかけないと危ないということの実演。
・車の衝突実験では、車の中の人間が慣性の法則
に従って運動し続けることによりダメージを受ける。
・模型を使った実験により、実際の速度と制動距離
の関係をデータで提示。
走っている車を止めるには、適切なブレーキを
かけることが必要である。
2.2.生徒の反応
「慣性力」というものが、ピンとこなかった。
「慣性力」=「見かけの力」、ということが納得できない…。
そこで、わかりづらかった部分は特に注意して見るよう
に指示。
すると慣性力の本質的なところを理解することができた。
問題意識を持ってビデオを見ることによって、1回だけ
見るよりも効果的であることが分かった。
<生徒の発言等>
・ただブレーキをかけ、車輪の回転を止めるだけで車
が止まるということは誤りで、前・後輪のバランスを考
える必要がある。
・急ブレーキをかけると、慣性の法則に従って、前に
飛び出してしまうから、上手な運転をするには物理
的要素を理解することが大切である。
etc…
安全な運転には、たとえ自転車であっても物理的な
思考を行うことが大切である。
第3回 「遠心力」
3.1.ビデオの内容
・物体が運動しているとき、運動の向きを変えるため
には外力が作用しなければならない。
・コーナリングするときは、内側に引き込むための力、
即ち向心力が作用し、この外力によって、見かけの
力である遠心力がはたらく。
・遠心力は向心力の大きさで決まり、旋回半径、速度、
路面状態と遠心力との関係を、実際の車の走り方を
観察して確認する。
以上のことから、バイクや車が安全にコーナリングする
ためにはどのようにするかが説明されていた。
3.2.生徒の発言等
・バイクが曲がるときに車体を横に倒すのは遠心力
とバランスをとるため、という物理的な根拠がある
ことを知った。
・バイクと車とでは、傾く方向が異なることを知った。
・道路にある速度制限表示は、物理的な根拠に
基づいていることを知った。
以上のように、日常生活に関する現象が物理的な根
拠に基づいていること、また、安全に乗り物を運転す
るために物理学が適用されていることに気付いた。
理科教師は日常生活に関した物理学習を用意
する必要があるといえる。
第4回 「被視認力」
4.1.ビデオの内容
・安全運転の基本は運転者同士のコミュニケーション
である。ここでは、自動車の運転者からバイクをみた
場合の見え方を実験により確認する。
・実験を踏まえて、バイクが他の運転者よりよく見られ
る(被視認)ためには、どうすればよいかを考えさせ
る。
4.2.生徒の発言等
・車にはねられそうになった原因は、車には「死角」
があり、その「死角」に自分自身が入ってしまった
からだ。(生徒の実体験)
・また、見え方の「遠近」により、車が遠くにいるとき
は遅く感じても、近づくにつれ急にスピードが速
くなったように感じた。
・昼間でもヘッドライトをつけて、バイクに乗ったり、
夜間に自転車に乗るときは明かりを灯そう。etc…
生徒の交通に対する安全意識が高まったといえる。
第5回 「危険予知」
5.1.ビデオの内容
・運転とは、運転者が車両を運動させるという行為で
ある。その意味で、運転とは「認知」、「判断」、「操
作」という一連の「人間の行動」なのである。
・人がものを見て判断し、行動を起こすまでには「反
応時間」が必要であり、その時間は心構えによって
異なる。
・生徒達が「危険とは何か」、「どこに危険が潜んでい
るか」ということを気付くための体験実験に参加する
場面が用意されている。
生徒に「気づかせる授業運営」を教師に期待。
5.2.生徒の発言等
・目で見てすぐに脳に情報を送っても、それを考える
時間が必要であることを感じた。
・運動に係わる意味での眼のしくみや脳への情報伝
達など、生物の授業がいきた。
・上手な運転をするためには、常に考えながら、どの
ようなところに危険が潜んでいるのか意識する必要
がある。
安全な運転をするために、人間の体の仕組みを知
り、それを理解した上で、運転をしようと考えた。
第6回 「衝撃力」
6.1.ビデオの内容
・ヘルメットの構造を科学的に理解する。
・構成部品の役割を実験や実物を見て、それを物
理的に考察することで、適切な使い方を知る。
例:衝撃吸収ライナーと、運動量と力積の関係
𝑴𝑽′ − 𝑴𝑽 = 𝑭𝒕
・𝑴:頭部の質量
・𝑽:衝突前の頭部の速度
・𝑽′ :衝突後の頭部の速度
・𝑭:頭部とライナーとの間に作用する力
・𝒕:力が作用する時間
6.2.生徒の発言等
・ヘルメットの働きから、その大切さが分かった。
見た目にこだわって、きちんとかぶらない若者
が多いが、そういう人にこのビデオを見せたい。
・ヘルメットについて科学的に理解したことで、
事故を起こすごとにヘルメットを交換する理由
が分かった。
ヘルメットという自分の身を守る道具について、 科
学的に理解したことで、安全に対する意識が高まっ
たといえる。
第7回 「バランス」
7.1.ビデオの内容
・止まると倒れてしまう二輪車は、どうして倒れず
に走ることができるのかについて調べる。
・二輪車の構造に迫り、実験風景を見ることで、
二輪車のバランスについて、生徒に考えさせ
る内容であった。
7.2.生徒の発言等
・速度があがる程、バランスがとりやすくなることに驚い
た。
・自転車に乗っていて、当たり前のようにバランスを取り
ながら運転しているが、そのバランスには遠心力など
の物理的な要素が原因となっていたことを知った。
・運転はすべて人、という訳ではない。
・バイクの方が車よりも車線変更に距離がかかることを
知った。
ここでも、日常当たり前のように行っている操作について
科学的に知りえたことで生徒の安全意識は高まったとい
える。
第8回 「エネルギー」
8.1.ビデオの内容
・車が生活に欠かせない道具となっている現代にお
いて、環境問題を考慮し、ハード・ソフトの両面から
省エネルギー化を図る方策を考えなければならい。
(高校生のエコラン競技の取り組みが紹介されていた)
・実際の道路での運転の仕方と省エネルギーの関係
や、空ぶかしによる燃料の無駄遣いについても触れ
られていた。
高校生が日頃学習した理科、物理、化学の知識を
駆使して、運転を例に、省エネルギー問題を具体
的且つ実践的に考える内容になっている。
8.2.生徒の発言等
・省エネルギー問題を身近なこととして考え、エネル
ギーの無駄を省くよう、一人ひとりが気を付けよう。
・高校生によるエコラン競技から、低燃費カーのすご
さや、空気抵抗を減らす工夫などについて感心し
た。
・車社会である現代を危惧するようになった。
環境や省エネルギーの問題について理解を深め、
それらを克服しなければならないという意識が芽生
えた。
第9回 「感覚」
9.1.ビデオの内容
・以前に学習した運転における「認知」、「判断」、「操
作」について、それぞれをさらに掘り下げ、これらと
人間の体との関係について説明する。
・さらに眼の構造と機能に着目し、夜間走行における
「認知」について実際に体感する。
・2方向からの光の相互干渉による「蒸発現象」につ
いて、映像で確認できるよう工夫がなされている。
9.2.生徒の発言等
・様々ある標識の中には、暗くなると見えなくな
るものがあることを知った。
・ライトに照らされていれば、運転者から必ず見
えているというのは大きな誤りであった。
・「蒸発現象」には驚いた。
ここでは、多くの生徒が勘違いをしていることに気
づき、交通社会における「感覚」が改まった。
第10回 「マン・マシンシステム」
10.1.ビデオの内容
・交通社会は一種のシステムであり、それを構成する
要素には「人」、「車」、「道路・環境」とがある。
・システムが順調に機能するためには、それぞれの質
の向上が欠かせない。交通安全対策も「3E」が重要。
「3E」…教育(EDUCATION)
技術(ENGINEERING)
規制(ENFORCEMENT)
・交通問題は文理問わず、多くの分野が関与する学
際的な問題である。
・また、自然法則を理解するとともに、他者を思いやり
協調することが、交通社会を持続させる基本となる。
10.2.生徒の発言等
・機械の機能向上とともに、それを操る人間も向上
しなければならない。
・人間と機械の調和が大切である。
・何でも運転するときには、「死角」や「暗さ」など周
りの状態を確認することが大切であり、そうしなけ
れば「交通」というものが成り立たない。
生徒は、人間と科学技術の成果とが調和することが
重要であることを認識し、どちらか一方だけが優れ
ていても、安全な交通社会は成り立たないということ
を学習した。
3.結果と考察
・生徒F君:授業当初は消極的であったが、日常生活
の多方面において「科学」や「物理」が関連
していることを知った。
・生徒Kさん:交通社会におけるバイクの存在を意識す
るようになり、また科学的にもその危険さな
どを理解した。
授業を通して多くの生徒が、日常生活と「科学」や「物
理」との関係を認識し、さらに常識だと思っていたことが
科学的に誤りであることにも気付いた。
4.おわりに
 物理の授業として教育効果が見込まれるため、理科
系クラスにも実践したい。
 数式などで物理概念を整理していないため、このよう
な授業だけでは大学入試問題などに対応することは
厳しい。
 受験を控える生徒などには課題探究として提示した
り、授業の導入方法として活用する。
何れにせよ、文・理系進学を問わず、このような学習
テーマについて、高校生が学ぶことは大切である。
それには、理科教師の創意工夫が必要である。
5.河野の考察(本論文を読んで…)
 受験科目として物理を利用する生徒の中にも、
問題集にあるような問題は得意でも、それを実
生活に結びつけて考えられる生徒は多くないと
考える。
 また、自分自身がこれまで学んできた物理は、
授業の目的がどちらかというと、問題集にある
問題が解けるようになることであった。
しかし、物理を学ぶ本当の意味は「身近に起こる
数々の自然の現象を論理的に理解し、さらにそ
れを発展させ、豊な社会の形成に役立てること」
にある。
 そこで、このような授業は物理実験と同様、授業の中
に積極的に取り入れていくべきであると考える。その
授業方法を以下に示す。
・単元の章末で課題研究として提示する。
・また、課題研究とまでは行かないまでも、授業
で習ったことの復習として、映像を見せる。
・単元の導入(学習の動機付け)として提示する。
☆最後に疑問
このような授業を行った場合の評価方法について
(興味・関心は十分に図れるが、知識・理解等は?)
ご静聴、ありがとうございました。