Prof.Urs Fischbacherの研究紹介と講演概要について

Prof. Dr.Urs Fischbacherの研究
紹介と講演概要について
小川一仁
大阪産業大学
報告目次
• 主要用語の導入
• Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究について
– 研究分野における位置づけ
– これまでの研究の一端を紹介
• 本会での報告の概要について
– Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
– On the attribution of externalities
用語の導入
• 囚人のジレンマ:各主体が自分にとって最善
の行動を選んだ結果、社会全体にとっては非
効率な状態が実現すること。
• 社会的ジレンマ:参加者が3人以上になった
場合に発生する囚人のジレンマ
用語の導入
• 利他性:自己の損失を顧みずに他者の利益を図
る行動
• 利他的懲罰:コストがかかる(=費用分だけ自分
の効用が低くなる)としても、規範から逸脱した
者を罰すること
– 最後通牒ゲームにおける応答者の「拒否」
• 利他的報酬:コストがかかるとしても協力を提示
すること
– 囚人のジレンマ系ゲーム(信用ゲーム、贈与交換
ゲーム)における協力の選択
用語の導入
• 互恵性(互恵的利他主義):繰り返しの中で見
られる
– 直接互恵:2者間の関係の中で、将来利益が得ら
れるという期待のもとで、直近の利益がない場合
に、ある個体が他の個体の利益になる行為をす
ること
• 条件付き協力:相手が協力的である(=将来利益が得
られる)という条件付きで協力すること
• しっぺ返し(Tit for Tat)戦略との類似
用語の導入
– 間接互恵:自分が所属する集団内の他者に親切(ぞ
んざい)に振る舞えば、気前の良い利他主義者(狭
隘な利己主義者)であるという評判が高まり、将来
の返報を期待して他者が利他的に振る舞ってくれる
(返報が期待できないので、他者が利己的に振る
舞ってくれる)かも知れない。
• よい評判のある人には協力的に振る舞い、そうでない人
には非協力的に振る舞う。
• イメージスコア:同一集団内の他者に対するスコア。各主
体が、他者一人一人に対して抱く。よいイメージだとスコ
アが高くなる。このスコアをもとに意思決定をする。
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究履歴
• チューリッヒ大学にて研究に従事(主要共同
研究者:Ernst Fehr)
• コンスタンツ大学に移籍し、Chair of Applied
Research in Economicsに就任。
• 研究業績:配布のPublication Listを参照。
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究分野
• 主体の協力(Cooperation)、互恵(reciprocity)、利
他(Altruism)、規範(Norm)に関する研究
– 協力:Fischbacher et al., 2001 Are People Conditionally
Cooperative? Evidence from a Public Goods Experiment,
Economics Letters, 71, 397-404
– 互恵:Dirk Engelmann and Urs Fischbacher, 2009
Indirect Reciprocity and Strategic Reputation Building in
an Experimental Helping Game, Games and Economic
Behavior, 67(2), 399-407.
– 利他:Fehr, Ernst and Urs Fischbacher, 2003 The Nature
of Human Altruism, Nature, 425, 23, 785-791
– 規範:Fehr, Ernst and Urs Fischbacher, 2004 Third Party
Punishment and Social Norms, Evolution and Human
Behavior, 25, 63–87
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究分野
• 神経経済学への貢献
– Kosfeld, Michael, Markus Heinrichs, Paul Zak, Urs
Fischbacher and Ernst Fehr, 2005 Oxytocin increases
Trust in Humans, Nature, 435, 2 June 2005, 673-676
• z-treeの開発と管理→実験経済学の標準ツール
の一つ
– Fischbacher, Urs, 2007 z-Tree: Zurich Toolbox for
Ready-made Economic experiments, Experimental
Economics, 10(2), 171-178
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究の位
置づけ
• 実験経済学・行動経済学の発展と経済理論の
変容
– 実験経済学・行動経済学の諸成果→「合理的経済
人」への疑義
• 最後通牒ゲームにおけるサブゲーム完全均衡との乖離
• 被験者の選択の期待効用理論からの乖離
– 実験の成果を理論に取り込む作業
• 1990年代から盛んに
• Rabin(1993), Levine(1998), Fehr and Schmidt(1999),
Dufwenberg and Kirchsteiger(2003), Falk, Armin, and Urs
Fischbacher, 2006など
• 他の被験者の選択を明示的に効用関数に導入
– ロス回避、互恵など
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究の位
置づけ
• Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究の経済学への
貢献
– 合理的経済人をベースにすると分析できない概
念である、協力、利他、互恵を取り上げ、
– 条件付き協力(Conditional Cooperation)の存在を
明らかにし、
– 利他的懲罰、利他的報酬の性質について深く分
析した。
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究の位
置づけ
• Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究と進化心理学・数
理生物学の関わり
– フリーライダーが増加し、協力が達成し得ない人間社
会において、「秩序の維持=協力の達成」が進化の過
程でどのように生じたか?
• 数理生物学ではリプリケータダイナミクスでアプローチ
• 進化心理学では被験者実験でアプローチ
– 明らかになってきた秩序の維持に資する要因
•
•
•
•
間接互恵
Fischbacherの実験研究
評判の存在
条件付き協力
オストラシズム・・・
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究の位
置づけ
• Fischbacherの進化心理学・数理生物学への
貢献
– 理論的には協力の達成に必要な「条件付き協力
者」の存在を実験によって確認したこと
– 自分の評判を公に開示する環境では戦略的に評
判を形成し、他者を援助するが、評判が開示され
ない環境では評判を全く気にせず、他者を全く援
助しない主体の淘汰圧への耐性を示したこと
• 新たな疑問「このような主体がいるにも拘わらず、なぜ
互恵主体が生存するのか?」の提出
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究の位
置づけ
• 脳科学の発展と経済学への応用
– 非侵襲的に脳を分析する手段が発展
• fMRI(磁気共鳴画像装置を用いた脳機能解析装置)
– 経済的意思決定と脳の関係の分析→神経経済学
• 個人が意思決定をするときに、脳のどの部分の活動が
特に大きいか?
• 囚人のジレンマプレイ時の脳活動
– 対戦相手の行動を判断している段階=線条体尾状核が活発
Prof. Dr. Urs Fischbacherの研究の位
置づけ
• Fischbacherの神経経済学への貢献。
• オキシトシンと信用の関係
– オキシトシン
• 出産時の子宮収縮を誘発、母乳を出すときの手助け
をするホルモン
• 神経修飾物質の一種としても作用
– オキシトシンを人間にかがせると、相手を信用し
やすくなる(先払いで仕事を他者にさせやすくな
る)ことを発見。
Prof. Dr.Urs Fischbacherの研究紹介
• 実験経済学の中で1つだけ紹介
1. 条件付き協力に関する研究:Fischbacher et
al., 2001 “Are People Conditionally
Cooperative? Evidence from a Public Goods
Experiment”, Economics Letters, 71, 397-404
条件付き協力に関する研究
• Conditional Cooperator: 社会的ジレンマにお
いて他人がより多く拠出しようとすればするほ
ど多く拠出する人のこと
– 平均拠出額よりも高い拠出をする場合は
Conditional Cooperationではない。
• 4人一組で、1回きりの社会的ジレンマをプレ
イ。
• 学部1-2年生、44人が参加。
条件付き協力に関する研究
• 同一グループ内の他者(3人)の平均拠出額に
対して、どれだけ拠出するかを記入させる方
法(戦略法)と、何にも依存させずに単にいくら
拠出するかだけを尋ねる方法を同時に実施
• グループ中3人がランダムに選ばれ、同時に
意思決定、後者の方法で拠出
• 最後の1人が3人の平均拠出率に従って、戦
略法で選んだ拠出を実際に拠出。
条件付き協力に関する研究
• 全体の平均拠出額:フリーライド均衡とは全く
異なる
• 被験者の意思決定の分類
• 条件付き協力:22人(50%)
– 他者の平均拠出額が高くなるとそれに従って拠
出が高くなる
• フリーライド:13人(30%)
– 平均拠出額がどうなろうとも拠出0
条件付き協力に関する研究
• ハンプシェイプ:6人(14%)
– 平均拠出額がある値を超えるまでは、条件付き
協力、その値を超えると拠出額が減少。
• その他:10人(23%)
本会議での報告資料概要解説
• 報告論文は2つ
– Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
• 権限の委譲と責任転嫁を題材に
– On the attribution of externalities
• 実験哲学を題材に
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
• 責任転嫁は決定権の委譲が起きる原因のひと
つか?
–
–
–
–
変形版独裁者ゲームで検討
4人ゲーム(A:独裁者,B:代理決定者,C1&C2:受取人)
配分提案:fair(5,5,5,5) or unfair(9,9,1,1)
誰が提案したかは共通知識
• 2×2の実験計画
– AがBに権限委譲できるオプションを持っているかどう
か
– 権限委譲しないないしオプションがない場合、Bは何もしない。
– Cのうち1人がランダムに選ばれ、AまたはBに対して
費用をかけて処罰できるか何もしないか
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
• Cからの処罰
– Unfair allocationをし
た主体を狙う
– ただし、Aが決定権を
委譲し、Bがunfair
allocationを行う場合、
Aもそれなりに処罰さ
れる
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
• AからBへの決定権
委譲は処罰有り設定
において、より頻繁
に発生する(D&P vs.
D&noP)。
– 権限委譲がない場合、
処罰の有無が
allocationの分布を決
める。
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
計回 受
算答 取
さ人
せに
た意
デ思
ー決
タ定
か前
らに
Intention: unfair allocationをする意図、responsibility: unfair allocationの責任所在
• noD&P→責任・意図に対応して、Aが処罰される
• D&P→B(unfair)の時には、intentionに反応してい
る?
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
Random:委譲するとさいころが決める、asymmetric: Aの選択が委譲かfair allocationか
• この結果から、Responsibilityにも反応してい
るように見える。
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
• 上記2枚のデータを合わせて回帰分析
– 説明力が最もあるのはresponsibilityだけで回帰した場合
– Responsibilityの係数が最大→処罰水準に最も影響している
Shifting the Blame: On Delegation and
Responsibility
• まとめ
– 決定に際して責任を有すること=批判の対象になる
こと
– 批判される可能性→実際の意思決定(自分で配分を
決定するか、他者に決定権を委譲するか)に影響を
及ぼす
– 批判される可能性から逃れるには、決定権委譲が有
力な手段←実験で確認された
• Unfair allocationをした人間がより強く処罰される。
• 処罰有りでは権限委譲がより多くなされる。
• 配分責任がある人間ほどunfair allocationを行った際に処
罰される。
On the attribution of externalities
• 実験哲学におけるKnobe効果の実験経済学
的検証
• Knobe効果
1. 負の外部性を生み出す者を非難する(低く評価
する)
2. 正の外部性を生み出す者を賞賛(高く評価)しな
い
• この非対称性の理由は何か?
On the attribution of externalities
• Knobeが実施した質問紙調査
• HARM STORY
– ある企業の副社長が取締役会の議長に向かって、
「新事業を立ち上げようと思う。この事業で利益は増
加するだろう。しかし、同時に環境を破壊(harm)する
だろう。」と言った。取締役会の議長は「環境破壊な
ぞ全く気にしない。出来るだけ多く利益を上げたい。
新事業を始めよう!」と答えた。彼らは新事業を始め、
利益を上げる一方、環境は破壊された。
– Question:議長は意図的に環境を破壊したと思うか?
On the attribution of externalities
• Knobeが実施した質問紙調査
• HELP STORY
– ある企業の副社長が取締役会の議長に向かって、
「新事業を立ち上げようと思う。この事業で利益は増
加するだろう。しかし、同時に環境を救済(help)するだ
ろう。」と言った。取締役会の議長は「環境救済なぞ
全く気にしない。出来るだけ多く利益を上げたい。新
事業を始めよう!」と答えた。彼らは新事業を始め、利
益を上げる一方、環境は救済された。
– Question:議長は意図的に環境を救済したと思うか?
On the attribution of externalities
• アンケート結果
• HARM STORYに答えたうち、82%の被験者が
「意図的に破壊した」を選択。
• HELP STORYに答えたうち、 23%の被験者が
「意図的に破壊した」と答えた。
• 単語を「harm」から「help」に変えるだけで、
人々の直観が変化した=Knobe効果
On the attribution of externalities
• 実験経済学的知見からこの効果について探
求する。
– 3人ゲーム
• プレイヤA(企業):デフォルト配分XからYに変更するか
どうかを決める
• プレイヤB(環境):何もしない。
• プレイヤC(第三者としての読み手):Aの意思決定を見
た後に、AからBまたはBからAへと配分を変更する(変
更費用は0)
On the attribution of externalities
• 3つの条件(表中perception)
– Harm条件→Help条件→Yしか選べない条件
• PerceptionⅠ:企業がより高い経済的地位にあり、正の
外部性が相対的に小さい。
• PerceptionⅡ:企業の経済的地位が相対的に小さく、正
の外部性が相対的に小さい。
• PerceptionⅢ:
企業の経済的地位
が相対的に小さく、
正の外部性が
相対的に高い。
On the attribution of externalities
• 事後的にKnobeと同じアンケートと以下のアン
ケートを実施。
– HARM2:小さなレストラン会社の副社長が役員会
の議長に「新しいバーガーを作って利益を増やそ
うと思う。ただ、隣のマクドナルドの利益も減らす
ことになるが」と言った。議長は「マクドナルドの利
益が減ろうが関係ないから、是非新しいバーガー
を出そう」と言った。その結果、このレストランの
利益は増え、隣のマクドナルドの利益は減った。
• 議長は意図的にマクドナルドの利益を減らそうとした
か?
On the attribution of externalities
– HELP2:小さなレストラン会社の副社長が役員会
の議長に「新しいバーガーを作って利益を増やそ
うと思う。ただ、隣のマクドナルドの利益も増やす
ことになるが」と言った。議長は「マクドナルドの利
益が増えようが関係ないから、是非新しいバー
ガーを出そう」と言った。その結果、このレストラン
の利益は増え、隣のマクドナルドの利益は増えた。
• 議長は意図的にマクドナルドの利益を増やそうとした
か?
On the attribution of externalities
• 仮説1
– a)どのような状況でも、プレイヤ3はより豊かな者
からより貧しい者へ所得を移転する。
– b)a)の行為は外部性とは独立である。
On the attribution of externalities
• 仮説2:
– a) Yしか選べない条件でプレイヤ1に配分する額
よりもHarm条件でYを選んだプレイヤ1に配分す
る額の方が小さい=Harm条件ではYを選んだプ
レイヤは非難される。
– b) Yしか選べない条件でプレイヤ1に配分する額
とHelp条件でYを選んだプレイヤ1に配分する額
は同じである。
On the attribution of externalities
• 仮説3
• a)Harm条件におけるプレイヤ3の処罰(プレイ
ヤ1からの資源剥奪)はYを選んだプレイヤ1の
シェアと負の相関を持つ。
• b) Help条件におけるプレイヤ3の報酬 (プレイ
ヤ1への資源付与)はYを選んだプレイヤ1の
シェアと負の相関を持つ。
On the attribution of externalities
• Yしか選べない条件→AとBの利得を平等に。より
豊かな者から貧しい者へ再分配
• Help, Harm条件→より豊かな者からより貧しい者
へ再分配。
• 外部性の働き方とは関係なくこの傾向がある
• 仮説1a)と2b)は支持される。
On the attribution of externalities
• Knobe効果:PerceptionⅠでのみ支持
• 他のperceptionでは支持されない
– Ⅱから:外部性生産者の経済的地位が低いとき、Yを選ん
でも非難も賞賛もない。
– Ⅲから:外部性生産者の経済的地位が低く、正の外部性
が十分強いとき、Knobe効果と逆のことが起きる。
On the attribution of externalities
• アンケート結果
– オリジナルでKnobe効
果が見られた。
– HelpⅡとHarmⅡでは
効果は見られず。レ
ストランがマクドナル
ドに比べて相対的に
経済的地位が低いた
めに、Knobe効果が
消えてしまう(先ほど
と同じ)。
• 仮説2は支持されな
い。
On the attribution of externalities
処罰
報酬
• プレイヤ3の処罰:Yを選ぶプレイヤ1のシェアと
負の相関
• プレイヤ3の報酬:Yを選ぶプレイヤ1のシェアと
負の相関
ご静聴ありがとうございました