回避的な自己制御方略は 本当に非適応的か?

回避的な自己制御方略は
本当に非適応的か?
東京大学大学院教育学研究科
博士課程2年 村山航
問題の所在
ううーーん,どうも博士論
文で煮詰まってきたぞ,,,
とりあえず酒を飲むか!
問題から回避的
こういう人は,うまくいく(適応的な)のだろうか?
具体的に考えてみると…(1)
いくらやっても無駄だよ~(;_;)
昼寝してやる!
野比のび太
・「勉強」・「自分の無能さの証明」からの回避として「昼寝」
・結局,いつまで経っても勉強ができるようにならない悪循環
具体的に考えてみると…(2)
逃げちゃダメだ.逃げちゃダメだ…!
碇シンジ
・自分の使命・宿命からの回避:一時的な安寧
・日頃回避していたから,いざと言うときに立ち向かえなくなる
心理学の言葉で考えてみると…
(1)
セルフハン
ディキャッピン
グ
有能な自己イメージを維持するための状況
を,予め構成しておくこと(Jones & Berglas, 1978)
・遂行的:努力の差し控え・困難な課題の主張
・主張的:身体的不調の訴え
有能感を得るためでなく,自己評価の低下を避ける(自我
防衛)という意味で回避的
セルフハンディキャッピングの結果
・意図が見抜かれることも多い(伊藤, 1991)
・意図が見抜かれると,観察者に非好意的に認知される(Smith &
Strube, 1991; Springston & Chafe, 1987)
・努力を差し控えた場合,遂行成績も低くなる可能性(ただし伊藤,
1991)
長期的に考えると,
セルフハンディキャッピングは非適応的
回避方略は非適応的?
心理学の言葉で考えてみると…
(2)
高い能力を持ちながら,期待を低く持ち,不安
防衛的悲観主義 が高い人が,その不安をバネに努力を喚起し,
課題遂行を高める方略(Norem & Cantor, 1986)
楽観主義:高い期待を抱きながら課題を遂行
最悪の状況を考え,その状況に陥ること避けるために努
力する(Norem & Illingworth, 1993)という意味で回避的方略
防衛的悲観主義の結果
・否定的な認知や感情にも関わらず,短期的な課題遂行成績は,
楽観主義者と同程度(Cantor & Norem, 1986)
・期待を低めることで,失敗へも対処
・しかし,もとからの能力が高いから適応的である可能性
・また,長期的には不適応との見方が強い(e.g., Cantor & Fleeson, 1994)
長期的に考えると,防衛的悲観主義方略は非適応的
回避方略はやっぱり非適応的?
心理学の言葉で考えてみると…
(3)
気晴らし
(distraction)
ストレス経験時に,不快な気分やその原因
から注意をそらすために,他のことをしたり
考えたりすること(Stone & Neale, 1984)
・情動焦点型(⇔問題焦点型)Coping方略の一種
・回避型Coping方略の一種でもある
ストレッサ‐に目を向けずに,ストレスに対処しようとする
意味で回避的
気晴らしの結果
・情動焦点型Coping方略は精神的健康と負の関係(Suls et al., 1996)
・気晴らしに依存してしまうという負の側面(Baumeister et al., 1994)
・一方,不快な気分を調整し,抑うつの低下に重要(Trask & Sigmon, 1999)
短期的・長期的に見ても,気晴らしには,正の側面と
負の側面が存在する (cf., Copingの情動焦点型・回避方略研究)
回避方略は非適応的じゃないかも,,,?
回避方略は本当に非適応的なの
か?
2つの視点の提唱
1.焦点となっている問題を克服するための「期待」
2.方略・目標の階層性:どのレベルで回避的なのか?
(cf., 成否の価・結果の価:村山,投稿中)
回避方略は本当に非適応的なの
か?
2つの視点の提唱
1.焦点となっている問題を克服するための「期待」
2.方略・目標の階層性:どのレベルで回避的なのか?
(cf., 成否の価・結果の価:村山,投稿中)
1.問題解決のための期待
そもそも問題解決の見込み(期待・自信)がなけれ
ば,接近型の方略をとってもうまくいかない
・課題に対する努力(接近方略)は,うまくいかなかったときに,
自尊心の危機に陥る(諸刃の剣; Covington & Omelich, 1979)
・問題解決に焦点を当てる(接近)対処方略も,未解決感が残
り,逆に思考の制御が困難になることがある(杉浦, 1999)
・期待が低いときに積極的な行動を起こさないのは,ある意味
適応的(Peterson, Maier, & Seligman, 1991):回避方略の適応的側面
ポイント
接近方略がうまくいきそうにないとき(期待が
低いとき),接近方略に固執するより回避方略
をとった方が,より適応的になることが多い
・自分の能力に自信がないとき,セルフハンディ
キャッピング方略も一種の適応的戦術
・煮詰まったとき,気晴らしをしてよいことがある
⇒回避方略は(一時的には)適応的になりうる
ただし,その効果は短期的:真に効果的な回避方略と
は?
回避方略は本当に非適応的なの
か?
2つの視点の提唱
1.焦点となっている問題を克服するための「期待」
2.方略・目標の階層性:どのレベルで回避的なのか?
(cf., 成否の価・結果の価:村山,投稿中)
2.方略・目標の階層性の問題
回避方略といっても,「どのレベルで」回避的かに
よって,適応的な場合もあれば,非適応の場合もあ
る
あんたは上にいろ!
超単純接近方略男
室井管理官
青島警部
室井管理官:「偉くなって正義を実現する」(=接近方略)た
めに,「目の前の正義」から目をそらす(=回避方略)
この問いをとく手がかり=制御理論と目標の階層性
制御理論とは?
制御理論(control theory) Carver & Scheier(1982, 1990, 1998, 2001)
“ On the Self-Regulation of Behavior”
サイバネティクス
(Wiener, 1948; cf. Miller,
Glanater, & Pribram,
1960)
目標基準
比較器
現在の状態
Feedback Loop
2種類の自己制御過程
環境の変化
不一致
逓減
行動
・Negative Feedback Loop(接近ループ)
=基準とのズレの減少が目的 ⇒接近的な自己制御・目標
・Positive Feedback Loop(回避ループ)
=基準とのズレの増大が目的 ⇒回避的な自己制御・目標
目標の階層性とは?
フィードバック・ループは,階層構造をなしている(Powers, 1978)
自己レベル
Ideal Self
目標レベル
プログラム
レベル
行動レベル
筋肉隆々
ジムに通う
バーベルを上げる
筋肉運動レベル…
禁煙する
ポイント
1.上位のフィードバックループの目標基準が,下位のフィー
ドバックループの目標基準に影響を与える
2.フィードバックループには非常に抽象レベルのものから,
筋肉運動レベルのものまで考える:「目標」や「方略」の違い
は,階層レベルの違いに過ぎないと捉える
3.どのフィードバックループも,接近ループか,回避ループ
かのいずれかである
4.人が自己制御を行っているとき,それは複数のレベルに
おけるフィードバック・ループが同時に作用している
つまり,ある人間が「回避方略」をとっていても,より上位
のフィードバックループは接近ループ(接近方略・接近目
標)である可能性も考えることができる.
「上位」の目標の方が,人間
の認知・感情に与える影響
は大(Carver & Scheier, 1998; 村山,
投稿中; Vallacher & Wegner, 1987)
回避方略を使用しても,上
位の目標(方略)が接近的
ならば,回避方略は適応的
である可能性!
具体例
「気晴らし」方略がどのようなときに適応的になるか:及川(2002)
目標明確化
0.48
‐0.21
気分悪化
0.60
気晴らしへの依存
0.25
無目標
気晴らしの意図
(上位の目標)
気分緩和
0.20
気晴らしの結果
「考えをまとめる」のような,接近的な上位目標を持った
気晴らしは,気分緩和に有効で,依存も少ない
まとめ
・回避方略は一般的に非適応だと言われている
・しかし,そもそも成功の期待が低いときには,回避方略の
方が適応的だということもある
・さらに,「どのレベルで回避的であるのか」を考える必要
性:人間は,複数の目標を同時に追及している.
・回避方略を単純に非適応だとする従来の理論(e.g., Carver &
Scheier, 1998; Elliot, 1999)に再検討の必要性