日本の年金制度のトレンド

日本の年金制度のトレンド
2007年3月28日
年金基礎研究会
日本の年金制度のトレンド研究グループ
Ⅰ はじめに

既存の適格年金制度は、2012年3月31日までに他の企業年金制
度等に移行させることとなっている。

この移行先として、確定給付企業年金(DB)制度、確定拠出年金
(DC)制度のほか、中退共制度が認められている。

経過措置期間(10年)が、半分過ぎたにも関わらず、特に中小企業
において、制度の移行が進んでいない。

従来から中小企業の一部においても適年制度は普及していた。適
年の移行先として最も有力視される制度はDB制度である。

しかしながら、受給権保護の強化等に伴う財政検証や、その他の
各種規制を負担増と捉える向きが多く、中小企業には必ずしも使
い勝手の良い制度となっていないという意見がある。

そこで、我がグループでは、中小企業にターゲットを絞り、制度の
移行を促進するための、課題や具体的な方策等について、検討を
行なった。
1
Ⅱ 移行の課題と解決方法
 課題としては、以下の事項が考えられる。
○運営面での簡便性
○移行手続きの簡便性(制度設計・従業員同意等)
○低コスト
 比較的、簡易・低コストの仕組みで、移行ができるような
以下の3つの方式について、分析を行なった。
1.簡易CB方式
2.DC内枠方式
3.中退共内枠方式
※用語の説明
・DB:確定給付企業年金
・DC:確定拠出年金
・CB:キャッシュバランス・プラン
・中退共:中小企業退職金共済
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1.簡易CB方式①
 概略
 CBの仕組みを簡易にすることで、確定給付型
のスタイルに確定拠出年金の特長を取り入れ
ることが可能。
⇒毎月定められた掛金を拠出。
⇒積み立てられた残高(仮想個人勘定残高)を
給付する制度。
⇒将来支給される給付も予測可能。
※確定給付企業年金の「簡易な基準」を適用するため、加入者
は300名未満であることが必要。
※従業員は運用リスクを負う必要はない。
3
1.簡易CB方式②
 制度内容
 設計方法
①予定利率=積立利率(利息クレジット率)=繰下
利率=給付利率 とする。
②予定脱退率、予定死亡率は0とする。
③拠出クレジットと掛金額を同額(定額)とする。
※予定利率は、4.0%以下とする必要がある。
※再計算時に①が下限予定利率を下回っている場合は①の利率の変
更が必要。
※退職事由別の支給率を設定することも可能。
※他制度から過去期間分を持ち込むことも可能。
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2.簡易CB方式③
 制度内容
 イメージ図
毎月の拠出クレ
ジット(掛金)
前年
残高
年
金
(
一
時
金
)
給
付
の
原
資
3年目
年金開始時
積立利率の利息を付与
(利息クレジット)
利息
拠出クレ
ジット
利息
拠出クレ
ジット
利息
拠出クレ
ジット
1年目
前年
残高
2年目
5
2.簡易CB方式④
 財政運営


決算時
• 運用利回り>予定利率 ⇒剰余発生要因
運用利回り<予定利率 ⇒不足発生要因
※仮想個人勘定残高は実際の運用の結果によらず一定となる。
• 財政状態が決められた基準を下回った場合は、掛金の追加拠出
が必要な場合があり、企業の負担とが増加するケースがある。
(定期的な)財政再計算時
• 再計算前後で特別掛金額が変動する。
• 予定脱退率、昇給指数を使わないので基礎率を算定する必要は
ない。
6
2.簡易CB方式⑤
 制度移行時点の留意点
 移行に伴う事務負担
•
加入者の同意書、申請書類等の準備が必要となる。
 制度設計
•
•
制度設計が決められているので、事業主の自由度が
低い。
法令で加入「3年以上」は一時金支給、「20年以上」
は年金支給が必要なので、例えば定年給付のみの
適格年金から移行する場合は、大幅な制度変更とな
る。
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2.簡易CB方式⑥
 制度移行時点の留意点
 制度設計
•
•
•
•
給付減額となる場合は、加入者の3分の2以上の同
意(3分の2以上で組織する労働組合がある場合は
代替可)が必要である。
過去勤続分を持ち込む場合は、年金資産の按分方
法(会社都合or自己都合)に留意が必要である。
適年財政上の積立不足を引き継ぐことができるが、
その場合、過去勤務債務償却のための掛金が必要。
年金受給者は移行できない。
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2.DC内枠方式①
 概略
 退職金の給付額を次のように規定する。
従来の退職金給付額 - DC予想積立額
 イメージ図
企業から一時金を直接給付。
従来の
退職金給付額
DC予想
積立額
DCとして、一時金・年金を給付。
(実際の運用利回りによって変動。)
9
2.DC内枠方式②
 DC予想積立額の規定方法(その1)
 掛金に、想定利回りに応じた一定の利息を付
与した額を、DC予想積立額とする。
 実際のDCの運用結果とは連動しない。
よって、
•
•
実際の運用利回り>想定利回り の場合、
退職金・DCの給付額合計は、従来の退職金給付額
を上回る。
実際の運用利回り<想定利回り の場合、
退職金・DCの給付額合計は、従来の退職金給付額
を下回る。
10
2.DC内枠方式③
 DC予想積立額の規定方法(その2)
 企業が独自で計算することを可能とするために、
次のとおりの設定を行う。
•
•
DC掛金を定額とする。
(例)全加入者一律 10,000円
DC加入後の経過期間ごとのDC予想積立額を、予
めテーブルにしておく。
11
2.DC内枠方式④
 制度移行時点の留意点
 制度移行時の保証額
•
•
適年解約による分配額をDCへ資産移換。
移換額の元利合計相当額についても、DC予想積立
額として退職金給付額から控除する。移換額に乗じ
る経過期間ごとの係数のテーブルを用意する。
 従業員の同意
•
•
DC制度を開始するために、加入者の過半数で構成
する労働組合(労働組合がない場合は過半数の従
業員の代表)の同意が必要。
適年解約に関しては、従業員の同意は不要。解約に
際して年金資産の分配方法を変更する場合は、従
業員の同意が必要となる。
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3.中退共内枠方式①
 概略
 退職金の給付額を次のように規定する。
従来の退職金給付額 - 中退共退職金
 イメージ図
企業から一時金を直接給付。
従来の
退職金給付額
中退共から、一時金・分割金を給付。
中退共
退職金
基本退職金(予定運用利回り:
現行1%) + 付加退職金。
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3.中退共内枠方式②
○移行後の退職金の算出方法
①適年契約における従業員持分額の全額を、中退共への引渡金額とすることが可能(注1) 。
*従業員持分額の一部を引渡金額とすることも可能。
②適年制度からの引渡金額を、加入申込時の掛金月額により、掛金納付月数に換算(注2)し、当該月数分
中退共制度で掛金を納付したものとして通算する。
*適年契約の受益者等であった期間の月数を限度。
③引渡金額の内、掛金納付月数に換算できない額(残余の額:端数)は、一定の利息(注3)をつけて退職金額に加算。
(注1)掛金納付月数の通算月数を120月以内とする制限が撤廃され、2005年4月1日から全額移換が可能となっている。
(注2)掛金納付月数に換算する額は、引渡金額の範囲内で中退共制度の申込時における掛金月額と適年契約の受益者等で
あった期間により、算定した額が最高の額となるよう法令に定められている。
(注3)中退共制度予定運用利回り(現行1%)に、当該年度に厚生労働大臣が定める率を加えたものの年複利計算による元利合計額。
14
3.中退共内枠方式③
適格年金制度から中退共制度への引継申出件数
事業所数(所)
従業員数(人)
平成14年度
1,215
28,484
平成15年度
2,198
62,023
平成16年度
1,602
44,389
平成17年度
3,986
124,999
平成18年度
(平成18年11月末現在)
1,923
54,997
10,924
314,892
計
(出典)中小企業退職金共済事業本部HP
15
4.各方式の特徴比較①
項目
簡易CB方式
DC内枠方式
中退共内枠方式
①給付の種類
• 勤続20年以上で年金、3年
以上で脱退一時金の給付
が必要。
• 60歳未満でも脱退一時金
給付が可能。
• 障害給付は不可。
• 遺族給付金に制限有り。
• 一時金または、60歳以上
• DC部分については原則と
して60歳まで引き出しでき
の場合、分割払(5年・10
ない。
年)
• 退職金部分は一時金のみ、
DC部分は一時金と年金。
②給付水準
• 利息クレジット率、拠出額
が固定なので、退職時の
給付水準が定まる。
• 制度変更することにより給
付水準も変更される。
• DCの運用結果によって、
実際の給付水準は従来の
退職金給付水準よりも上
下する。
中退共部分
• 従業員毎に掛金月数を設
定し、掛金納付月数により、
給付額が算定される。
• 基本退職金+付加退職金
• 一定額として安定。
• 特別掛金、特例掛金の拠
出あり。
• DC部分は一定額として安
定。追加拠出なし。
• 退職金部分は、毎年変動。
• 従業員毎に掛金月数を設
定可能(5,000~30,000円
の16種類)。
• 全額事業主負担
③掛金等
(キャッシュアウト)
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4.各方式の特徴比較②
項目
④受給権の
保全
⑤税務上の
取扱い
⑥会計上の
取扱い
⑦運営上の
留意点
簡易CB方式
DC内枠方式
中退共内枠方式
• 勤続3年以上で脱退時の受給
権が付与される。
• 減額も可能なので、受給額は必
ずしも保証されていない。
• DC部分は勤続3年以上で受
給権が確定し、個人毎の財産
として保全される。
• 退職金部分は保全なし。
• 中退共制度(中小企業退職金
共済事業本部・勤労者退職金
共済機構)で、給付額を保証
(過去分)。
• 予定運用利回りは、将来に向
かって変更されることがある。
• 掛金は全額損金参入。
• 特別法人税が課税される。
(凍結中)
• 退職金給付額およびDC掛金
が損金参入(上限有り)。
• DC積立資産に特別法人税が
課税される。(凍結中)
• 掛金は全額損金参入(個人別
には、最高3万円)。
• 分割払は雑所得課税(公的年
金等控除有り)。
• 一時金は退職所得課税
• 退職給付会計に従って処理。
• PBO算定が必要。
• 退職金部分は退職給付会計
に従って処理。PBO算定が必
要。
• DC部分はPBO算定不要で、
掛金を費用処理する。
• 退職金部分は退職給付会計に
従って処理。PBO算定が必要。
• 中退共部分はPBO算定不要で、
掛金を費用処理する。
• 財政検証が必要。
• 決められた基準に抵触した場
合は、掛金の追加拠出が必要
なケースあり。
• 年金資産が3億円未満なら、運
用の基本方針の作成は不要。
• 加入者への投資教育が必要。
• 中小企業事業所に使用される
従業員のみが加入可能。
• 従業員数の増加等によって、中
小企業者でなくなった場合、DB
制度・特定退職金共済制度に
移行が必要。
17
4.各方式の特徴比較③
各制度の給付水準の比較(掛金月額を同額とした場合)
年数
0年
1年
2年
3年
4年
5年
6年
7年
8年
9年
10 年
11 年
12 年
13 年
14 年
15 年
16 年
17 年
18 年
19 年
20 年
21 年
22 年
23 年
24 年
25 年
26 年
27 年
28 年
29 年
30 年
31 年
32 年
33 年
34 年
35 年
36 年
37 年
38 年
39 年
40 年
簡易CB
DC
中退共
給付原資
予想積立額 基本退職金額
0円
0円
0円
120,000 円
121,369 円
36,000 円
243,000 円
245,772 円
240,000 円
369,075 円
373,285 円
360,000 円
498,302 円
503,986 円
481,700 円
630,759 円
637,955 円
608,200 円
766,528 円
775,272 円
737,100 円
905,692 円
916,023 円
867,600 円
1,048,334 円 1,060,293 円
999,500 円
1,194,542 円 1,208,169 円 1,132,300 円
1,344,406 円 1,359,742 円 1,265,600 円
1,498,016 円 1,515,104 円 1,399,100 円
1,655,466 円 1,674,351 円 1,534,500 円
1,816,853 円 1,837,578 円 1,671,800 円
1,982,274 円 2,004,887 円 1,810,600 円
2,151,831 円 2,176,378 円 1,950,000 円
2,325,627 円 2,352,156 円 2,089,800 円
2,503,768 円 2,532,329 円 2,231,700 円
2,686,362 円 2,717,006 円 2,375,100 円
2,873,521 円 2,906,300 円 2,520,000 円
3,065,359 円 3,100,326 円 2,666,600 円
3,261,993 円 3,299,203 円 2,814,600 円
3,463,543 円 3,503,052 円 2,964,000 円
3,670,131 円 3,711,997 円 3,114,800 円
3,881,885 円 3,926,166 円 3,267,000 円
4,098,932 円 4,145,689 円 3,420,800 円
4,321,405 円 4,370,700 円 3,576,100 円
4,549,440 円 4,601,337 円 3,732,900 円
4,783,176 円 4,837,739 円 3,891,400 円
5,022,755 円 5,080,051 円 4,051,500 円
5,268,324 円 5,328,421 円 4,213,100 円
5,520,032 円 5,583,001 円 4,376,400 円
5,778,033 円 5,843,945 円 4,541,300 円
6,042,484 円 6,111,412 円 4,707,700 円
6,313,546 円 6,385,566 円 4,876,000 円
6,591,385 円 6,666,574 円 5,045,800 円
6,876,170 円 6,954,608 円 5,217,100 円
7,168,074 円 7,249,842 円 5,390,200 円
7,467,276 円 7,552,457 円 5,564,700 円
7,773,957 円 7,862,637 円 5,740,600 円
8,088,306 円 8,180,572 円 5,917,900 円
<参考> 中退共にて、加入40年でDC・CBと同水準の給付を得るための試算
掛金月額
基本退職金額
14,000 円
0円
掛金月額
10,000 円
50,400 円
CB期待利息付与率
2.50%
336,000 円
DC期待運用収益率
2.50%
504,000 円
674,380 円
851,480 円
1,031,940 円
9,000,000 円
1,214,640 円
8,000,000 円
簡易CB 給付原資
1,399,300 円
7,000,000 円
DC 予想積立額
1,585,220 円
1,771,840 円
6,000,000 円
中退共 基本退職金額
1,958,740 円
5,000,000 円
2,148,300 円
4,000,000 円
2,340,520 円
2,534,840 円
3,000,000 円
2,730,000 円
2,000,000 円
2,925,720 円
1,000,000 円
3,124,380 円
0円
3,325,140 円
0年
5年
10 年 15 年 20 年 25 年 30 年 35 年 40 年
3,528,000 円
3,733,240 円
3,940,440 円
<計算に関する注意>
4,149,600 円
・簡易CBは、期末に期初クレジットの利息分と拠出クレジットが付与される。拠出クレジット=掛金。
4,360,720 円
・DCは月末払い。
4,573,800 円
・中退共は平成14年基本退職金を使用。
4,789,120 円
5,006,540 円
5,226,060 円
5,447,960 円
5,672,100 円
5,898,340 円
6,126,960 円
6,357,820 円
6,590,780 円
6,826,400 円
7,064,120 円
7,303,940 円
7,546,280 円
7,790,580 円
8,036,840 円
8,285,060 円
18
4.各方式の特徴比較④
 顧客にどのプランを勧めるのが良いか。
項目
簡易CB方式
DC内枠方式
中退共内枠方式
事務・移行
手続の負担
△
×
○
(負担が比較的標準的)
(負担が比較的大きい)
(負担が比較的小さい)
○
○
×
(負担が比較的小さい)
(負担が比較的小さい)
(負担が比較的大きい)
×
○
○
(リスクが比較的大きい)
(リスクが比較的小さい)
(リスクが比較的小さい)
掛金負担
企業にとっての
運用リスク・金利
変動リスクから
の回避
19
4.各方式の特徴比較⑤
 顧客に勧めるプランは、顧客のニーズに応
じて次のとおりとなる。
 とにかく事務負担・移行手続を簡便化したい。
→ 中退共内枠方式
 事務負担を軽減しつつも掛金を抑えたい。
→ 簡易CB方式
 PBOを軽減し、費用・キャッシュアウトを安定化
したい。
→ DC内枠方式
20
Ⅲ おわりに

中小企業における企業年金制度のあり方

適年廃止までの経過措置期間は10年と限られており、受託機関
の受入体制にも左右され、現実的には中小企業にとっての年金
制度の選択肢が狭められたものと考える。

今回紹介した3つの方式は、受託機関の受入体制の観点からも、
中小企業にとって有効な方式である。ただし、中小企業それぞれ
固有の退職金制度に即した給付設計にはできず、いわば退職金
の原資を積み立てる手段としての機能になっている点には留意す
る必要がある。

DB法・DC法施行から5年程度が経過し、中小企業にとっての現
実的な企業年金制度のあり方について、一定の整理がなされたも
のと考える。

年金数理人(アクチュアリー)としては、その専門知識を活かし、企
業年金制度の発展のため、中小企業の本稿に示したようなニー
ズにも一定程度応えていく責任があるのではないか。
21