著作隣接権について ~その概要と最近の問題点 弁護士 08.8.8 藤原 浩 1 著作隣接権とは? 著作権法(昭和45年制定) 第4章 著作隣接権 【89条~104条】 第1節 総則 (89条~90条) 第2節 実演家の権利 (90条の2~95条の3) 第3節 レコード製作者の権利 (96条~97条の3) 第4節 放送事業者の権利 (98条~100条) 第5節 有線放送事業者の権利 (100条の2~100条の5) 第6節 保護期間 (101条) 第7節 実演家人格権の一身専属性 (101条の2,3) 第8節 権利の制限,譲渡及び行使等並びに登録 (102条 ~104条) 2 著作隣接権 現行著作権法で認められた権利 実演家の権利 レコード製作者の権利 放送事業者・有線放送事業者の権利 →この3者(4者)を保護する権利 →情報伝達技術の発展との関係 極めて現代的な問題 3 著作隣接権とは 著作権との違い 教科書的な説明 著作物を創作するのではなく 著作物を伝達する者を保護する ① 実演 ② レコード ③ 放送・有線放送 →この3者に限られるのか? 例えば,出版 4 旧著作権法における実演家等の保護 旧著作権法(明治34年制定,昭和45年以前) には,著作隣接権の規定はない 「桃中軒雲右衛門」事件 →明治・大正期の浪曲歌手 海賊版の横行 海賊版の製造・販売者を著作権法違反で刑事告訴 →大審院判決(大正3年7月4日) 無罪判決 雲右衛門の歌唱行為には,著作権を認めることはできな い →議員立法により著作権改正(大正9年) 「演奏歌唱」を著作権の保護の対象に →レコード製作者も著作権で保護(昭和9年) 5 著作隣接権に関する国際条約 ローマ条約(実演家,レコード製作者及び放送 機関の保護に関する国際条約) ・1961年 ローマで作成 ・ この条約を前提に現行著作権法を制定(197 0年) 著作隣接権制度の導入 →実演家・レコード製作者・放送事業者の3者を著作隣接 権で保護(著作権とは区別) ・ ローマ条約に加入 1989(平成元)年 →以後外国の実演家等も保護の対象に 6 著作隣接権に関する国際条約 レコード保護条約(許諾を得ないレコードの複製 からのレコード製作者の保護に関する条約) →1971年 ジュネーブで成立 →レコード海賊版の防止 →我が国は1978年に加入 WIPO実演・レコード条約(実演及びレコードに関 する世界知的所有権機関条約) →1996年 成立 我が国には2002年に発効 → デジタル化・ネットワーク化に対応するため → レコードと実演(音のみ)の保護,実演家の人格権 7 著作隣接権の権利の拡大 現行著作権法(S46年施行) その後の情報伝達技術の発展(デジタル化)に 対応した法改正 ・商業用レコードの貸与権・報酬請求権 ・保護期間の延長(20年→30年→50年) ・私的録音録画補償金制度 ・送信可能化権 ・実演家人格権の付与 ・IPマルチキャスト放送による放送の同時再送信 8 著作隣接権の特殊性 実演家,レコード製作者,放送・有線放送事業者 実演家は自然人→創作的行為 他の2者は事業者(法人)→産業政策的側面 投下資本の回収 権利者と利用者の立場→複雑な規定 情報伝達技術との関係 「実演→CD→放送」 権利者と利用者の立場 3者の利益調整の必要 9 実演家の権利 「実演」とは? 2条1項3号「実演 著作物を,演劇的に演じ, 舞い,演奏し,歌い口演し,朗詠し,又はその他 の方法により演ずること(これらに類する行為で, 著作物を演じないが芸能的な性質を有するもの を含む。)をいう」 →著作物を演じない場合でも,芸能的な性質を 有する場合には,実演に当たる(マジックなど) 10 実演家の権利 「実演家」とは? 2条1項4号「実演家 俳優,舞踊家,演奏家,歌 手その他実演を行う者及び実演を指揮し,又は 演出する者をいう」 →舞台における指揮者や演出家も実演家になる 11 実演家の権利 財産権のうち,「許諾権」と「報酬請求権」 ・実演の利用を禁止できるのが「許諾権」 ・実演の利用自体は禁止できないが,実演の利 用に対して報酬を請求できるのが「報酬請求権」 →著作権法では,「許諾権」(差止請求権あり)で あるものを「著作隣接権」と称する(89条6項)。 →一般的には,報酬請求権も含めて,著作隣接 権の対象と呼ぶことが多い。 12 実演家の権利 財産権~許諾権 ・録音権・録画権(91条1項) ・放送権・有線放送権(92条2項) ・送信可能化権(92条の2第1項) ・譲渡権(95条の2第1項) ・商業用レコードの貸与権(95条の3第1項) →発売後1年間につき許諾権(同2項) 13 実演家の権利 財産権~報酬請求権 ・商業用レコードの二次使用料(95条1項) →放送,有線放送に市販のレコードを使用した 場合,二次使用料が発生 ・商業用レコードの報酬請求権(95条の3第3項) →発売後1年を経過したレコードのレンタルに対 し,報酬請求権が発生 指定団体制度 →CPRA(芸団協・実演家著作隣接権センター) 14 実演家の権利 実演家人格権 ・氏名表示権(90条の2) ・同一性保持権(90条の3) →著作者人格権(18条~20条)との違い *公表権(18条)はなし *同一性保持権も,「名誉又は声望を害する改 変」(90条の3)と「意に反する改変」(20条)の 違い 15 レコード製作者の権利 レコード製作者とは 2条1項6号「レコード製作者 レコードに固定さ れている音を最初に固定した者をいう」 →原盤の製作者のこと レコード会社であっても,原盤を製作していな ければ,著作隣接権を有するレコード製作者に は該当しない。「原盤権」と呼ぶことも 16 レコード製作者の権利 財産権として,「許諾権」と「報酬請求権」 →実演家の権利と同じ 許諾権 ・複製権(96条) ・送信可能化権(96条の2) ・譲渡権(97条の2) ・商業用レコードの貸与権(97条の3第1項) →発売後1年間につき許諾権(同2項) *放送・有線放送についての許諾権なし 17 レコード製作者の権利 報酬請求権 ・商業用レコードの二次使用料(97条) → 放送,有線放送に市販のレコードを使用し た場合,二次使用料が発生 ・商業用レコードの報酬請求権(97条の3第3項) → 発売後1年を経過したレコードのレンタルに 対し,報酬請求権が発生 指定団体制度 →日本レコード協会 18 放送事業者・有線放送事業者の権利 放送・有線放送とは? ①「公衆送信」 公衆によって直接受信されることを目的と して無線通信又は有線電気通信の送信を行うこと(2条1 項第7号の2) ②「放送」 公衆送信のうち,公衆によって同一の内容の 送信が同時に受信されることを目的として行う無線通信 の送信(同8号) ③「有線放送」 公衆送信のうち,公衆によって同一の内 容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線 電気通信の送信(同9号の2) 19 放送事業者・有線放送事業者の権利 自動公衆送信とは? インターネット放送は,放送ではないのか? 「自動公衆送信」 公衆送信のうち,公衆からの求めに応 じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するもの を除く)(同9号の4) 放送・有線放送との違い ・「同一内容・同時受信」なら放送・有線放送 ・「公衆からの求めに応ずるもの」なら自動公衆送信 →同一内容・同時受信であるが,公衆の求めに応ずるも のは(インターネットを利用した放送の同時再送信~IPマ ルチキャスト)? 放送と通信(自動公衆送信)の違い → あいまい 20 放送事業者・有線放送事業者の権利 財産権として「許諾権」のみ →報酬請求権の規定なし 許諾権 ・複製権(98条・100条の2) →放送に係る音又は影像の複製 ・再放送権・有線放送権(99条・100条の3) ・送信可能化権(99条の2・100条の4) ・テレビジョン放送の伝達権(100条・100条の5) 放送行為と放送番組 →著作隣接権は放送行為を対象。放送事業者が放送番 組の製作者として,番組自体の著作権を有するケースも ある 21 放送番組の二次利用 問題の所在 放送番組の二次利用 →ビデオ化(市販・レンタル),BS・CS放送,有線放送 ネット利用 →著作権 著作隣接権 放送事業者 レコード製作者 実演家 →「コンテンツの円滑な利用」と「権利者の保護」 22 放送番組の二次利用 実演家の権利 放送番組への出演許諾(出演契約) →「放送の許諾」 →63条4項,103条 放送の許諾は,契約に別段の定めのない限り,実演 の録音・録画の許諾を含まない 放送番組 実演家の録音・録画の許諾を得ていない(大半) →93条1項 放送の許諾を得た放送事業者は,その実 演を放送のために録音・録画することができる 放送番組の多くの実演は,「放送」の許諾しか得ていない 23 放送番組の二次利用 放送の許諾 ①有線放送による同時再送信(92条2項1号) ②再放送(94条1項1号) ③テープネット・マイクロネット放送(94条1項2号,3号) ネット上の利用の場合 送信可能化権(許諾権) →有線放送では利用できるのに,ネット上では利用できない 番組販売の場合 録音録画権(許諾権) 93条2項 放送のために固定した番組を放送以外の目的に使用し, 提供することは,録音・録画権の侵害になる 24 放送番組の二次利用 放送番組の二次利用が促進しない理由 ①権利者が反対している ②ビジネスモデルが確立していない →実演家の権利がやり玉に 実演家は理由もなく二次利用に反対している? 利用者サイドからの要望 ①放送と通信の関係の見直し ②ネット権の導入→送信可能化権の否定(許諾権を報酬 請求権に) 極めて乱暴な議論 25 放送番組の二次利用 IPマルチキャスト放送と著作隣接権 平成18年12月法改正 →102条3項~5項 IPマルチキャスト放送による放送の同時再送信については,実演家・レ コード製作者の権利を制限(有線放送と同じ扱い,実演家・レコード製作 者に相当の報酬) 動画投稿サイトと著作隣接権 放送番組(アニメやドラマ)が無断で投稿 大きな問題 → 投稿者,サイト運営者の責任 米国 ユーチューブ 我が国でも(著作権も) 26 視聴覚実演の保護 ~実演家のワンチャンス主義 問題の所在 映画の実演については,実演家の権利が及ばない(資 料1参照) ① CD(録音権)の場合 「レコード実演」 ② 放送番組(放送権)の場合 「放送実演」 ③ 映画(録音録画権)の場合 「映画実演」 映画実演については,実演家の権利は働かない→映 画への出演時に,実演家の権利を確保するほかない 「映画実演」については,権利を確保する機会が一度し かない 「ワンチャンス主義」 27 視聴覚実演の保護 ~実演家のワンチャンス主義 映画の円滑な利用を確保 →映画に関する権利は映画製作者に集中 ローマ条約(実演家等保護条約)19条 →実演家がいったんその実演を影像の固定物又 は影像及び音の固定物に収録することを承諾し たときは,その時以後第7条の規定(注:実演家 の権利)は,適用しない 28 視聴覚実演の保護 ~実演家のワンチャンス主義 映画(視聴覚的実演)の利用の多様化 →本やCDと同じように流通 →実演家(俳優)には何らの権利なし テレビ放送・有線放送 ビデオ販売・ビデオレンタル ネット利用(送信可能化) ローマ条約19条との決別 →実演家(俳優)の大きな課題 29 視聴覚実演の保護 ~実演家のワンチャンス主義 WIPO実演・レコード条約(1996年12月採択) →デジタル化・ネット化に対応 →「音の実演」の保護に限定 →視聴覚的実演の保護も検討すべき WIPO外交会議(2000年12月) 視聴覚実演を保護する(許諾権又は報酬請求権)方向 での暫定合意(20項のうち19項) →実演家の権利の移転をめぐり,EUと米国が対立 →視聴覚実演の保護に関する条約交渉は決裂 30 私的録音録画補償金制度の見直し 問題の所在 「ダビング10」問題,文化庁iPodなど課金法案国会提出 見送りなどの記事→著作隣接権者にとって大きな問題 現行著作権法30条(私的複製) →個人的に又は家庭内等で使用すること(私的使用)を 目的とする場合、著作物(音楽や番組)を自由かつ無償 で複製できる →法102条で、著作隣接権(実演家,レコード製作者, 放送事業者の権利)にも準用 →私的使用目的で、CDや番組を複製することは自由か つ無償(権利者の許諾は不要) 31 補償金制度の導入へ その後の複製技術の進歩→音楽や映画などを 録音・録画して楽しむことが当たり前→社会全体 として大量の録音物・録画物 デジタル技術の発展普及→市販のCDやビデオ と同質の複製物が作成され保存される このままの状況では、著作者等の利益が不当に 害されるおそれ→補償金制度へ 32 平成4年(1992年)法改正 国際的にも、権利者に一定の補償措置 →ドイツ(1965年)、フランス(1985年)、 アメリカ(1992年) 我が国も昭和52年から検討→著作権審議会第 10小委員会、補償金制度の導入を提言 平成4年法改正 30条に2項が追加→私的録 音録画補償金制度の創設 33 私的録音録画補償金制度の導入 私的複製は自由(従前と同じ) デジタル方式の録音・録画機器及び記録媒 体を用いて私的録音・録画を行う者は、著 作権者等に対し、相当な額の補償金を支払 わなければならない(30条2項)→デジタル 方式の私的複製につき、「無償」を見直し 補償金は、文化庁長官が認可する一定の 額を機器や媒体の代金に上乗せ→ユー ザーが購入時に支払う形(ユーザー負担) 34 政令指定と補償金 補償金の対象となる機器・記録媒体 →政令で指定する(特定機器・記録媒体) 政令指定の要件~特定機器 ① デジタル方式の録音・録画機能 ② 民生用(放送等の業務用ではない) ③ 附属する機能でないこと 政令指定の要件~特定記録媒体 ④ 特定機器の用に供されるもの 35 私的録音補償金制度のスタート 政令指定(平成5年6月) →DAT、DCC,MDの3種類でスタート 私的録音補償金の推移 →MDの普及 →平成6年 1.1億円 →平成13年 40.3億円 →平成14年以降は急激に減少 私的録画補償金は,平成11年からスタート 36 私的録音補償金制度のひずみ デジタル方式の私的録音が普及・進展 →平成14年以降、補償金が減少 MD以降、デジタル録音機器・機材に対する政令指定は、 CD-R、CDーRWのみ(平成10年) →CDはパソコンで録音(非政令指定) →パソコン向けのデータ用CDも対象外 「定率制」による補償金単価の下落 →23.6円(平成7年)から3.71円(平成17年)に 37 補償金制度の問題点 ① 専用機に限るとの運用(媒体も含め) →「専用機」以外よるデジタル方式の私的録音を野放 しに 「媒体」も ② 支払義務者をユーザーとする点 →私的録音をしないユーザーに課金できないというド グマの前に、私的録音の実態を無視 ③ 定率制の矛盾 →販売価格のオープン化による矛盾 ④ 「機器+記録媒体」の規定 →HD内蔵型機器? ソフト単独の指定は? 38 補償金制度見直しの動き 平成15年ころから、関係当事者協議 →政令指定のあり方など →平成17年以降,私的録音録画補償金制度そのもの の見直しについて検討(文化庁) 地上デジタル放送の録画ルールの変更 →「コピーワンス」から「ダビング10」へ(総務省) →ルール緩和の中間答申に「権利者への対価の還元が 必要」と明記 権利者側は,ダビング10の実施に伴い,私的録音録画 補償金制度の見直しを期待 39 文化庁提案をめぐる対立 ダビング10の導入 →私的録音録画補償金制度の見直し →メーカー側は課金対象の拡大を懸念 文化庁の提案 →携帯音楽プレーヤーとHD内蔵レコーダーに課 金するとの案を提示(H20.5.8) →メーカー側,文化庁提案に反対 ダビング10の実施予定日(6月2日)を延期(総 務省) 40 文化庁提案をめぐる対立 権利者側とメーカー側の対立 文科省・経産省 ブルーレイディスクのみの課金案に合 意(6月17日) →「ブルーレイ録画機だけ」に権利者側は反発 権利者側「ダビング10」実施を容認(6月20日) →「私的録音録画補償金制度の見直し」は「ダビング1 0」問題と切り離し,継続協議を求めた 文化審議会私的録音録画小委員会(7月10日) →メーカー側,文化庁提案に反対を表明 →文化庁,私的録音録画補償金制度の見直し法案断念 41 私的録音録画補償金問題 補償金制度の見直し →平成17年以降,4年余りの議論 →文化庁の見直し案(調整案) →メーカー側の反対で,調整つかず暗礁に デジタルによる私的録音録画の実態 →私的録音録画補償金制度の空洞化 「対立」から「対話」を 知的財産立国に相応しい議論を 42 違法音楽サイトの問題 問題の所在 我が国での音楽配信の規模 →昨年度(2007年)で8040億円 本年度は1000億円の市場規模 →このうち,約90%が携帯電話ビジネス 音楽配信サービスの「競合」相手 →携帯電話の違法音楽サイト,違法配信 43 違法音楽サイトの問題 日本レコード協会による調査 →2007年度 携帯電話違法音楽サイトを利用した違法 ダウンロード数は約3億9900万件 →有料「着うた」「着うたフル」のダウンロード数3億270 0万件を上回る数 我が国では,携帯電話の音楽配信に関し,1000億円 規模による著作権侵害,著作隣接権侵害が行われてい る 違法行為をしているとの認識欠如 →無断で音楽をアップロードすることは犯罪行為 →著作権教育の必要性,文化を大切にする意識 44 おわりに 著作隣接権(著作権) デジタル化・ネット化の波 →だれもが簡単にコンテンツを利用できる時代 →「権利」の拡大の流れ~視聴覚実演の保護 「権利」の制限の流れ~ネット権の導入 文化と経済 →「対立」ではなく,「共存」の形に 45
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