受託者責任の意義 - UTokyo OpenCourseWare

特別講義信託法
2008年11月4日10時20分 22番教室
東京大学法学部信託法講義④
樋口 範雄
[email protected]
参照→http://ocw.u-tokyo.ac.jp/
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今回のポイント
1 受託者の義務とは
2 忠実義務の意義と問題点
3 注意義務
善管注意義務の抽象性とアメリカの
prudent investor rule
4 公平義務
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最近の話題
◎居酒屋タクシー事件
公務員が深夜帰宅のタクシーでビールや商
品券を受け取る 信託法からみると・・・
●Reading v. Attorney-General,
[1951] 1 All E R 617 エジプトで禁制
品を輸送する車にイギリス軍の軍曹が制服を
着て同乗。検問を逃れ、見返りを取得。
constructive trust 擬制信託
●弁護士におじさんから送られた銀のネックレス
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受託者責任の内容
委任契約 最大の義務=善管注意義務(民法644条)
旧信託法 20条 善管注意義務
22条 これは何か?
新信託法
29条
善管注意義務
30-32条 忠実義務
忠実義務の独立
明確化・広範化・任意規定化
善管注意義務とどこが違うのか
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受託者の義務 旧法の義務
①信託事務遂行義務 4条
②善管注意義務
20条
③忠実義務
22条
④公平義務
明文規定なし
★⑤分別管理義務
28条
⑥自己執行義務
26条
★⑦情報提供義務
(39条)40条
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受託者の義務 新信託法
①信託事務遂行義務 29条1項
②善管注意義務 29条2項
③忠実義務 30-32条
④公平義務 33条
⑤分別管理義務 34条
⑥第三者委託の場合の選任監督義務 35条
⑦情報提供義務 36条―39条
信託法改正で受託者の義務はどのように変更したか?
と問われたら・・・
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義務の分析:注意義務・忠実義務
注意義務=作為(行動)に伴う注意
忠実義務=不作為義務
受益者以外の者の利益を図る行動の禁止
2つのキーワード
undivided loyalty/ conflict of
interest
注意義務違反→損害賠償 立証責任あり
忠実義務違反→利得吐き出し 形式犯的処理
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忠実義務が問題となる類型(1)
【例1】信託財産の一部に150年前に作られた手
織のキルトが含まれている。受託者の子ども
がたまたまキルトの収集をしており、第三者の
評価金額で購入したいという。
本件で善管注意義務は何を意味するか。
それとは区別された意味での、忠実義務は何か
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忠実義務が問題となる類型(2)
【例2】A銀行の信託部門は受託者として、信託
財産の一部を同じ銀行の定期預金にしている。
利率は市場レート。また、信託の運用費用や
受益者への支払いのため同じ銀行に当座預
金口座を開設している。
善管注意義務は問題となるか
当座預金と定期預金の違い
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忠実義務が問題となる類型(3)
【例3】信託財産には、A社の株式1000株が含
まれていた。受託者T自身も、すでにA社の株
式を10株とB社の株式25株を所有している。
Tは、受託者として、信託財産につき分散投資
を図るべく、A社の株式の半分の500株を売
却し、その売却代金でB社の株式を購入する
ことにした。このことは許されるか。
【例4】信託Aと信託Bを受託しているTは、Aの
信託財産PをB信託に売却しようとしている。
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忠実義務が問題となる類型(4)
【例5】受託者Tは、信託とは無関係に、受益者B
から不動産を購入しようとしている。これは許
されるか。
【例6】受託者Tは弁護士である。信託無効の訴
えが委託者の関係者から提起され、その弁護
に当たった。弁護士費用を信託財産から支出
することができるだろうか。
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忠実義務の意義と問題点
1―受託者の技能を利用できない
2―制裁の過剰
疑問の1 エクイティ法理のはずなのに
疑問の2 「事なかれ的行動」のおそれ
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忠実義務ー4つの例外
①信託条項で認められる場合
②受益者の承認・免責
ただし、インフォームド・コンセント
③裁判所の承認のある場合
④法によって認められている場合
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新信託法での例外
第31条 受託者は、次に掲げる行為をしてはならない。・・・
2 前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項
各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事
由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることがで
きない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。
一 信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき。
二 受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承
認を得たとき。
三 相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権
利が固有財産に帰属したとき。
四 受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合
理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しない
ことが明らかであるとき、又は当該行為の信託財産に与える影響、
当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関
係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき。
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Uniform Prudent Investor Act
1条 プルーデント・インヴェスター・ルール
2条 注意義務の基準・ポートフォリオ戦略・リスクとリターンに関する
目標
3条 分散投資 (Diversification)
4条 受託者として業務開始後合理的期間内にルール遵守の義務
5条 忠実義務 (Loyalty)
6条 公平義務 (Impartiality)
7条 投資に関する費用 (Investment Costs)
8条 コンプライアンスの判断時期 (Reviewing Compliance)
9条 投資および管理機能の委任
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アメリカにおけるルールの変遷
1 court list rule の時代
裁判所リスト・ルール
2 legal list rule の時代
法定リスト・ルール
3 prudent man rule の時代
プルーデント・マン(慎重人)・ルール
4 prudent investor rule の時代
プルーデント・インベスター・ルール
合理的な投資家ルール
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わが国への示唆
1 善管注意義務の問題点
注意義務の基準は?
他人か自己のものか?
行為指針としての機能は?
受託者から見ると??
アメリカでは公益団体のところから
日本では?
2 信託のリスクの開示と丁寧な説明
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信託法
旧法 4条 20条 21条 大正11年勅令5条
教材199頁 要綱案第19
大きな変更はなし(自己執行義務は除く)
新信託法
29条 注意義務
28条 (受託者の権限の中に)第三者への委託
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大阪高判2005・3・30
金融商事判例1215号12頁
1 年金信託→年金信託の仕組み
2 厚生年金基金の理事 v 信託銀行
3 合同運用義務違反
4 アセット・ミックス義務違反 50%→58.5%
◆事案
◆判決の論理・信託法の論理
◆プルーデント・インヴェスター・ルールなら?
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大阪高裁判決2005年
事案: 1970年 年金信託契約
30億円の運用
1997年 運用割合の覚え書き
2000年 5億円で19ファンド立ち上げ
ITへの集中運用
3億円弱に減少
1審は受益者勝訴 2審で逆転
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判決の論理 信託の論理
判決→もっぱら信託契約の解釈
当事者の意思
これがアメリカであれば・・・
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アメリカでの善管注意義務
1 McGinley v. Bank of America (Kan.2005)
エンロン株への集中について義務違反なし
2
Fifth Third Bank v. Firstar Bank (Ohio 2006)
P&G 株への集中について義務違反あり
信託条項で書かれていることの意味
善管注意義務=任意規定とはいっても、一定の限界
わが国では? 条項の絶対視、一般条項しかない弱さ
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McGinley v. Bank of America, 109
P.3d 1146 (Kan.2005)
1990年撤回可能信託の設定。最終的な投資決
定権限も留保。エンロン株1500株。9年余で
株式分割で9500株に。信託財産の77%、8
0万ドル弱に。2000年に銀行内で分散投資
の助言あり。担当者は動かず。2001年12月
エンロン崩壊。
カンザス州裁判所は3審とも銀行の勝ち。
自己決定=自己責任? 契約で書いてある
から?
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Fifth Third Bank v. Firstar Bank,
N.A. 2006 WL 2520329 (Ohio App.
1 Dist.), 2006 -Ohio- 4506
P&G株200万ドル相当。委託者は創始者の孫。
1年後に株式下落で価値が半分に。
裁判所は分散投資義務違反を認め、受託者に損害賠
償104万ドルを命ずる。
信託条項には、受託者は元々の信託財産を保持する権
限と、価値の下落に対し法的責任なしとする条項あり。
→Wood v. U.S. Bank N.A., 828 NE2d 1072
(2005)では、分散投資義務免除はより明確な文言
がないと不可と判示。上訴審でも受託者敗訴。
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In re Will of Dumont, 4 Misc.3d
1003 (A), In re Chase Manhattan
Bank, 26 A.D.3d 824 (N.Y. 2006)
Kodak株だけを集中して保持。保持する権限と分散投
資義務を免除する条項あり。ただし、compelling
reasonある場合は別と規定。
1審→2100万ドルの賠償を命じ、配当が十分でなく十分
な収益がないことが、compelling reasonだとした。
2審ではそれを破棄。
しかし、1973年時点ではimprudent と言えないという
理由であり、信託条項があるから問題なしという理由
ではない。
Prudenceの判断は残る。
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大阪高裁判決に戻ると
契約の解釈
善管注意義務の任意規定化で、今後もその傾
向が残るように見えるが・・・
しかし、オハイオやニューヨークのように
prudenceの基準が歯止めとなって、
契約=自己責任にならない可能性もある
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公平義務
1 アメリカでの一例
Matter of Chase Manhattan Bank (NY 2006)
2 アメリカで問題となる状況
複数で異質の受益者の存在
①投資運用の方針決定時
②収益か元本か
③費用や報酬の負担は
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In re Chase Manhattan Bank
846 N.E.2d 806(NY, March 30, 2006)
父が設定した信託.制限行為能力者の娘。娘が生きてい
る間は収益は娘に、残りの元本は大学他の公益法人
に(CRAT=charitable remainder annuity
trust)
娘はほとんど費消せず、80万ドルが残る
収益なら娘の無遺言相続人へ、しかし大学らが異議申し
立て。受託者の銀行は、相続人へ分配しようとするの
を1審2審は支持、最高裁で逆転。
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公平義務
日本でこれまで問題とならなかった理由
今後の課題
しかし、条文自体は何も示さず
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まとめ わが国の課題
1 受託者責任の概念の明確化
善管注意義務・誠実義務
忠実義務・情報関連義務の不明確性
2 強行規定・任意規定
営業信託・年金信託→規制の必要
一般の信託法理→私法としての任意
規定であることとその限界
3 受託者責任が理解されないままでの信託
拡大の危険→契約的思考・取引的思考の貫徹
実は依存型の信託にまで、自己責任
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