改めて・・ ヘルスプロモーションとは? (社)地域医療振興協会 ヘルスプロモーション研究センター 理事 藤内 修二 ヘルスプロモーションとは? 1986年オタワで開催されたWHOの国際会議で提 唱された新しい公衆衛生戦略 人々が自らの健康をコントロールし,改善すること ができるようにするプロセス(オタワ憲章 1986年) → 理念としての定義 健康的な行動や生活習慣が実践できるように教育 的かつ環境的なサポートを組み合わせることである (L. W. Green) → 手段としての定義? 日本におけるヘルスプロモーションの普及 • 理念としてのヘルスプロモーションより,活動(手段) として普及した!? • MIDORIモデルは「道具箱」でヘルスプロモーション 実践のツールを提供したが・・ • その理念について,考え,理解してもらうことが十分 ではなかった ヘルスプロモーションが提唱された背景 • 保健医療サービスの提供より,生活習慣・環境の改善 が重要になってきたこと ラロンド報告(1974年)やHealthy People(1979年) に見る健康を規定する要因 医療サービスの健康への寄与は10%! 生活習慣・環境が半分以上を占めていた! • 従来の医療中心から生活習慣・環境へのアプローチが 重要になってきた • 「健康を改善するプロセス」として,生活習慣・環境の 改善に注目された! ヘルスプロモーションが提唱された背景 • 慢性疾患や障害が増加し,疾病の予防だけでは健康 問題の解決は困難になった • 慢性疾患や障害があっても,QOLを維持向上させる ことが重要になってきた • QOLをゴールにすえることが重要であることに気づ かれてきた • 「自らの健康をコントロールする」という表現の意味 慢性疾患や障害と上手に付き合って,QOLを維持・ 向上すること ヘルスプロモーションが提唱された背景 • 従来型の健康教育による「行動変容」の限界 • 保健信念モデル(Rosenstock 1966年)の限界 ①疾病に対する恐れが大きいほど,その疾病を 予防する行動や生活習慣を実践する ②生活習慣の改善や保健行動が有効だと思えば, その生活習慣や行動を実践する • このモデルの仮説どおりには住民は行動しないこと が多くの研究で明らかになった • 「脅しの健康教育」の限界がささやかれた • これらの「信念」以上に健康を規定する強い要因の 存在が示唆された 新しい概念の提唱 • 自己効力感 Self-efficacy(Bandura 1977年) 好ましい生活習慣や行動が自分にも実践できる のだという感覚 • 首尾一貫感覚 Sense of Coherence(Antonovsky ) 自分の周りで起こることが,理解可能なものであり, 処理可能なものであると感じられ,ストレスなどを 自分にとって,有意義なものと感じられる • 自己効力感も首尾一貫感覚も,エンパワメントと共通 する概念である • これらの「感覚」は,健康問題を解決できずにいると, 低下していく • こうしたパワーレス状態が,生活習慣や行動上の問題 (虐待など)を引き起す パワーレス状態と生活習慣病の例 • 糖尿病を健診で指摘され,医師の指示通り,食事に 気をつけたが,血糖は以前より高くなり,主治医から 「指示を守らないでいると,人工透析になるぞ」と。 →自分の思うようにできなかったという挫折感 (自己効力感の低下) →食事を減らしたのに,血糖値が上がったという不条理 (首尾一貫感覚の喪失) →自分の健康問題をコントロールできないという無力感 (パワーレス状態) • こうした状態が続くと,糖尿病のコントロールは悪化 • コントロールがうまくいっている人は,この逆のパター ンが大部分 エンパワメントと生活習慣 好ましい生活習慣 環境への働きかけ 自信の回復(エンパワー) 自己効力感の向上 首尾一貫感覚の回復 健康状態の改善 心地よさ,周囲の評価 循環しているが,どこがゴール? エンパワメントと生活習慣 • エンパワメントなどは「行動変容」や健康づくりのた めの条件か? • むしろ,自信の回復(エンパワー)などは健康づくり のゴールではないか!? • 不幸にして,脳梗塞で半身麻痺になった人は,健康 状態の改善は望めないが・・ 障害を受容することにより,エンパワメントも可能 • エンパワメントの視点で,乙武洋匡さん以上に「健康 な」人はいない? • ヘルスプロモーションが理念としてめざす状態は, 「エンパワメント」に近い • 「・・できるようにするプロセス」という表現はエンパワ メントそのもの 健康づくりの究極の目的は? • 健康寿命を伸ばすことではなく,Quality of Life の 向上が究極のゴール エンパワメント,自己効力感,首尾一貫感覚は このQuality of Lifeの中身! • 健康的な生活習慣 → 健康状態の維持・改善 → Quality of Life の向上 • こうした一方向の流れではないことを銘記すること! 健康づくりの究極の目的は? • 健康状態の改善を伴わずに,Quality of Life の 向上が見られることもしばしば 地域ぐるみの健康づくりで盛り上がり,飲む機会 が増えて,健康状態はあまり改善していないが, 住民や職員がエンパワーされている地域もある! • こうした状態をどう評価するのか? • 自信を持って,OKと言おう • 個別健康教育の評価でも,検査値は改善していな いが,本人が自分の病気とうまく向き合え,生き生 きとしてきたらOK! でも・・・・ エンパワメントと生活習慣 好ましい生活習慣 環境への働きかけ 自信の回復(エンパワー) 自己効力感の向上 首尾一貫感覚の回復 健康状態の改善 心地よさ,周囲の評価 このサイクルが続くことがゴール! 改めて,エンパワメントとは? • エンパワメント1950年代より様々な領域で使われてきた 社会的には抑圧された階級の住民が権利を取り戻す プロセスにも使われた • エンパワメントの定義 Wallerstein(1992) 「個人やコミュニティの統制の増加や社会的効力,コミュニ ティの生活の質の向上と社会正義を目標とした人々や 組織,コミュニティの参加を促進するsocial actionの過程」 • 誤解を恐れず平易な表現で言えば・・ 「自分や自分達の生活に影響を及ぼす問題を解決したり, 折り合いをつけていく力を取り戻していくプロセス」 • 一言で言えば,「内なる力の回復」(森田ゆり) エンパワメントのために 傾 聴→対 話→実 践 この流れが個人や組織のエンパワメントの基本 傾聴 共感しながら「聴く」こと 「聴」の字の成り立ちを考えよう 対話 専門職と住民(素人),行政と住民という 関係は,気をつけないと上下の関係に 実践 少しのことでも実践までたどり着くことが大切 対話で終わるだけでは・・ エンパワメントのために① • 傾聴と対話を通して,健康的な生活習慣の実践や QOLを高めるために必要な知識や態度,技術を持 つことが必要 • 態度とは・・ 「ある行動をとろうとする継続的な心構え」 態度形成のために (1) • 健康に対する価値観が高まること • これを高めていくには,周囲の「愛」が大切!? • 自分の置かれた状況(生活や健康状態)や自分の 気持ちに気づくことも大切 • 家庭,地域,職場等で,健康に対する「社会規範」が 形成されることが重要 態度形成のために (2) • 当該の生活習慣や行為をしなかった場合,自分の 健康やQOLが損なわれるという信念 「自分には当てはまらない」と思っている人も・・ • 当該の生活習慣や行為が有効であるという信念 専門職の話を聞いても「本当?」と半信半疑・・ • 科学的な共感(「合点がいく」こと)が重要! 皆さんの説明を聞いて,住民は合点している? 例:食生活と生活習慣病の関係などを合点がいく ように説明できているか? 態度形成のために (3) • 当該の生活習慣や行為が自分にできるという信念 self efficacy(自己効力感) どうせ,自分にはできないと,最初からあきらめて いる人も少なくない → スモールステップで,達成感を味わいながら, 少しずつ自信を深める → 今までの失敗の原因を分析し,同じ轍を踏まない という自信を持ってもらう エンパワメントのために② • 自分の周囲の環境を変えることができる 従来の健康づくり はい,右手で押して 次は左足を出して! 医師や 保健師 栄養士 住 民 いくら健康になるための知識や技術を提供しても(坂道の 押し方を教えても),坂道の勾配がきつければ,実践でき ずに効果をあげることができなかった。 ヘルスプロモーションのめざすもの 個人技術の向上 めざすものはQOLの向上 住民組織活動の強化 健康を支 援する環 境づくり (島内 1987,吉田・藤内 1995を改編) そろそろ,新しいバージョン のイラストが必要!? ヘルスプロモーション実践のために 自分の周囲の環境を変える 変えるべき環境は何か? 生活習慣に影響を及ぼす環境要因とは? (坂道の勾配を構成するものは何か?) 自分の身近な人が,健康的な生活習慣を実践でき ない理由を考えてみよう 市町村別平均寿命 男性 (2000年) 78.3歳 ~ 77.8~78.2歳 77.5~77.7歳 77.1~77.4歳 ~77.0歳 県内最高 79.7歳 県内最低 76.5歳 市町村別平均寿命 女性 (2000年) 84.5歳 ~ 84.2~84.4歳 83.9~84.1歳 83.4~83.8歳 ~83.3歳 長寿の市町村のこの 分布は何によるもの? 県内最高 86.4歳 県内最低 82.3歳 全国の男性の寿命の分布 78.1 77.9 77.6 77.1 ~ ~ ~ ~ ~ 78.0 77.8 77.5 77.0 医療機関に恵 まれた地域で しょうか? 全国の女性の寿命の分布 85.1 84.8 84.6 84.3 ~ ~ ~ ~ ~ 85.0 84.7 84.5 84.2 医療機関に恵 まれた地域で しょうか? 健康を規定する要因 最も健康への影響が大きいのは? 医療サービス 10% 遺伝的素因 35% 生活習慣と環境 55% どんな環境が影響しているのか? 歳 平均所得(H9)と男性の平均寿命 80.0 79.5 男 性 79.0 の 平 均 78.5 寿 命 78.0 ( 平 相関係数 0.674 成 十 77.5 二 年 77.0 ) 76.5 76.0 1000 1500 2000 2500 3000 3500 市町村平均所得(平成9年) 4000 4500 (千円) 歳 平均所得(H9)と女性の平均寿命 87.0 86.5 女 性 の 平 均 寿 命 ( 平 成 十 二 年 ) 86.0 相関係数 0.649 85.5 85.0 84.5 84.0 83.5 83.0 82.5 1000 1500 2000 2500 3000 市町村平均所得(平成9年) 3500 4000 4500 (千円) 自分の周囲の環境を変える 変えるべき環境は何か? (坂道の勾配を構成するものは何か?) 職場環境:仕事が健康よりも優先される雰囲気 家庭環境:固定的な性別役割 (家事・育児・介護は女性の仕事という固定観念) 地域環境:「もてなし」などの慣習や「周囲の目」 生鮮食料品の流通状況などの食環境 運動施設や歩道の整備などの運動環境 マスメディアが流すメッセージ 環境を変えるのは誰か? • 住民一人一人が変えようとしなければ,食環境は 変わらない! スーパーのお総菜が,濃い味付けなのは何故 だろうか? • 喫食者は,飲食店主に自分の要望を伝えているか? • 環境を変える公的責任は大きいが,「主体」としての 住民の存在を大切にしよ う エンパワメントって難しい? • 住民や組織,そして自分をエンパワーするのは難しい ことだろうか? ①現状を今より少し知ろう(傾聴) 困り事や気になることを住民や関係者から聴く ②その現状を解決するための方策を皆で考える(対話) 考えたことを文章化する(計画づくり) ③優先順位を決めてやってみる(実践) 今までとは少し違う人も巻き込んでやってみる ④どれだけできたかを確認する(評価) そのための情報を皆で集める → これらのプロセスは保健計画の策定にほかならない 自助,共助,公助とヘルスプロモーション 自助=個人のエンパワメント 共助=組織のエンパワメント 公助=制度,法制化,社会資源や保健医療の充実 これらの3つが有機的につながったときに,ヘルス プロモーションといえる 一人一人が自分の周囲や組織,地域を変える 計画策定はこれらの3つをつなげる絶好のチャンス 自助,共助,公助とヘルスプロモーション 自助 共助 個人のエンパワー めざすものはQOLの向上 住民組織のエンパワー 健康を支 援する環 境づくり (島内 1987,吉田・藤内 1995を改編) 自助 共助 公助 ヘルスプロモーションが求める パラダイムシフト • 健康状態を最終的な目的にするのではなく,エンパ ワメントやQOLの向上を目的に • 「健康づくり」から健康を切り口にした「まちづくり」へ • 住民を保健サービスの「受け手」という受身的存在 から,地域づくりのパートナーへ パラダイムシフトに伴うジレンマ • 自分の中でも,頭の切り替えがうまくできない QOLより,健診結果や医療費が大切という従来 の考え方(価値観,先入観)が根強く残っており, 割り切れないものがある • 周囲の考え方が従来のままで,新しい考え方を主張 すると浮いてしまう 医療費のことを無視して,行政として保健活動 することは許されない? • 自分の専門職としてのアイデンティティがゆらぐ 自分の「専門性」がどう発揮されるのかが見えない まちづくりは地域振興局や企画サイドの仕事!? パラダイムシフトに伴うジレンマ • ヘルスプロモーションは市町村の役割,保健所は 危機管理という棲み分けで良いのか? 自分の置かれた立場では,どっちに取り組む? • どちらにも取り組みたいが・・・ この「葛藤」に耐えることができるか? • まさに,「首尾一貫感覚の喪失」状態であり,辛い! • ヘルスプロモーションのことを忘れて,従来のような 保健活動に専念した方が楽!? 保健事業の3つの要素 • どの保健事業も以下の3つの要素を含んでいる ①ケアコーディネーション ②ヘルスプロモーション ③健康危機管理 • 事業によりその占める割合が少しずつ違うだけ 難病対策や介護保険では①のウエイトが大きい 生活習慣病対策では②のウエイトが大きい 感染症対策では③のウエイトが大きい • しかし,それ以外の2つの要素も不可欠である 全ての保健事業に ヘルスプロモーションの視点を • 住民の主体性を尊重する 住民が主体的に役割を持てるような仕掛け • QOLの向上やエンパワメントを視野に入れる QOLやエンパワメントの内容を皆で考える どうしたら,これらが改善できるかを考える • 地域への働きかけを考える 「坂道の勾配」をきつくしているものは何か? 「坂道の勾配」を緩やかにしている地域の「お宝」は 「坂道の勾配」を緩やかにする取り組みは? • 住民から学ぶ姿勢を常に持つこと
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