航空規制緩和の理論 国際交通 平成23年1月11日 担当 村上 コンテスタブル市場理論(1) (Contestable market theory) • ある産業において大きな規模の経済性が働 いていて,価格と生産量が(p,q)で決まって いるとする。 • この状況で,以下の条件が整えば,自然独占 +価格規制という施策よりも,競争促進策の ほうが,仮に企業の利潤は多少減少しても消 費者の利益が大幅に促進され,社会的に見 て望ましい市場成果をもたらす。 コンテスタブル市場理論(2) 既存企業の価格pよりも、やや下の価格で参入。 ⇒既存企業は価格変更に時間がかかる。 ⇒新規参入企業はその間に稼ぐ! ⇒既存企業はやっと重い腰を上げ、価格引下げ。 ⇒新規参入企業は「ハイ サヨウナラ」 ⇒既存企業は(P、Q)で操業せざるを得ない。 ⇒(P、Q)は最小最適規模でP=MC、つまりもっ とも総余剰が大きくなる点である。 価格、費用 既存企業の 平均費用 p P 0 p Q 輸送量 ①製品またはサービスが同質的であり,消費者はどの企業 の製品またはサービスも無差別であると考える。 ②新規参入企業は,その産業において生産に必要な技術を 知っており,既存企業も含め全て同じ費用条件で生産で きる。 ③企業は価格競争を行う用意がある。 コンテスタブル市場理論(3) • 参入・退出が自由であり,しかも退出時にサンクコ ストが発生しない。(例えば中古市場が完備してい る状況など) • 既存企業が価格変更を行うには,一定の時間が 必要である。 • 消費者にスイッチング・コスト(ある企業から購入 するのを止めて他に移る費用)がかからない。 • 産業に超過需要・超過供給が発生していない。 この状況で,以下のような行動が繰り返されるとする。 コンテスタブル市場理論(4) • • • • 新規参入企業が上記図中の価格pよりも僅かに 低い価格で参入し,正の利潤を得る(ヒットエンド ラン戦略)。 既存企業が追随して価格を引き下げてきて,新規 参入企業の利潤が低下する。 新規参入企業は利潤が消滅する前に退出する。 すると,既存企業は最終的に最小最適規模(P, Q)で生産せざるを得ない。この点はP=AC=MC なので総余剰が最大化されている。 コンテスタブル市場理論(5) • 現実に競争が生じた場合のみならず,潜在的な参 入者が参入の脅威を与えつづけた場合でも既存企 業は最小最適規模で生産せざるを得ない。 • なぜなら既存企業の側に立てば,参入を阻止する には最小最適規模での生産を選ばざるを得ないか らである。 • もしも需要が最小最適規模に達しないのであれば, 価格と数量は右下がりの平均費用関数と需要曲線 との交点で決まる。 コンテスタブル市場理論の限界(1) • 以上のように,コンテスタブル市場理論は,その実 行可能性(feasibility)と維持可能性(sustainability) において非常にタイトな条件を満たさなければなら ない。そのことにより,「完全なコンテスタブル市場」 が存在することはきわめて難しいといわざるを得な い。 • 実際,規制緩和後間もなくの状況では,以下のよう な「コンテスタブル阻害要因」が指摘された。その代 表的なものは旅行代理店に設置されたチケット予約 端末による予約システム(CRS, Computer Reservation System)である。 コンテスタブル市場理論の限界(2) • アメリカン,ユナイテッド,あるいはデルタ航空など の大手ネットワーク航空会社は,旅行代理店に自ら が開発した予約端末を設置し,自らのチケットを優 先的に販売した代理店に対してキックバックを与え, そのキックバックを見越した代理店はさらに運賃の 値引きを行った。 • CRSで表示される画面は当然のことながら開発企 業に有利な情報を消費者に対して提供した。それに より消費者の選択の幅が狭められた結果,コンテス タブルな状況が成立する要件のいくつかが崩された のである。 コンテスタブル市場理論の限界(3) • また,規制緩和後大手の航空会社と一部のローカ ル航空会社は,ある特定の空港をハブ(Hub)空港と 位置づけ,そこから放射状に路線を展開する,いわ ゆるハブ・アンド・スポーク(Hub and Spoke)・ネット ワークの構築を手がけた[1]。これにより下図のよう に大手航空会社は基本的に東西を結ぶ路線を太く して輸送密度を向上させることができ,また少ない 路線の線引きで多くの地点に輸送サービスを展開 することが可能になったのである。 • [1]元はといえば、自転車やバイクの車軸(ハブ)か ら放射状に伸びるスポークの形状にたとえたネット ワーク。 ハブ・アンド・スポーク システム 例 ロサンゼルス デンバー サンフランシスコ 大ハブ 大ハブ 中ハブ 中ハブ 例 ソートレークシティー アルバカーキー ミニハブ ミニハブ ノンハブ ノンハブ ハブアンドスポークの副次効果(1) • このハブ・アンド・スポークは,より少ない機材への投資で運 航地点を増加できる。したがって,航空会社は収入増加,費 用削減を同時に達成可能である路線戦略である。このよう なことから,ハブ・アンド・スポーク戦略は寡占的競争下で利 潤極大を目指す多くの航空会社には極めて魅力的な戦略と なった。 • それと同時に,ハブ・アンド・スポーク戦略はフリークエント・ フライヤー・プログラム(FFP, Frequent Flyer Program, 常 顧客優待制度,いわゆるマイレージサービス)をより一層発 展させることとなった。すなわち,路線数が増えたため,マイ レージの加算機会がより一層増加したのである。そして,こ のFFPは,旅客にスイッチング・コストを発生させ,かつ「航 空会社を無差別である」という認識を崩したため,コンテスタ ブルを阻害する要因として位置づけられた。 ハブアンドスポークの副次効果(2) • また,いったん大手航空会社がハブ空港を構築すると,新た にネットワークを拡張しようとした企業が参入出来なくなり, 前節で述べたコンテスタブル成立のための要件④が崩され てしまう。これにより,あるハブ空港を占有する航空会社は 独占力を強化でき,結果としてハブ空港発便では高い運賃 を設定することが出来た。このような他社の参入を阻み,独 占的な利益を享受できるハブ空港を要塞ハブまたは支配的 ハブ(Fortress Hub, or Dominant Hub)という。 • 以上のように,規制緩和以前に,言わば政策側が「想定の 範囲外」であった戦略を航空会社がとったことにより,コンテ スタブル市場理論は結果として適合しなかった。そして,航 空会社の独占度が強まるほど,航空会社は高い運賃を決定 することが可能となったのである。 規制緩和直後の航空競争(1) • • 輸送量は大幅に増加した(規制緩和8年後には約 70%増加)。 正規に購入する運賃は上昇した。しかし割引運賃 利用者比率が1978年には30%であったのが, 1985年には85%へ上昇し,現在は90%以上と なっている。またその期間中に割引率も平均30% から40%に上昇し,現在は50%以上に達している。 つまり,割引運賃利用率と割引幅が同時に広がっ ているので,運賃が多様化すると共に実質的には 平均運賃は低下していると解釈するのが妥当であ る。 規制緩和直後の航空競争(2) • 倒産・合併により産業は寡占化したという意見が存 在する(ただし,この見解に依拠して競争の程度が 進んだか,あるいは抑制されたかを議論することに は注意を要する[2])。またニューヨークJFK,ワシン トン・ナショナル,シカゴ・オヘア,およびロスアンゼ ルスといった大空港で混雑が発生した。結果として, 新規参入が抑制された。 [2] いくつかの研究は企業数が減少して寡占化した こと、あるいは特定のハブ空港を起点とする路線の 集中度が上昇したことを根拠に,規制緩和政策を 批判する。しかし,実際のところ企業数は減少した けれども,競争が行われている市場の数はトータル で増加している。いわば,いろいろな場所で同じ相 手が競争している状態であると解釈するのが妥当 であろう。 規制緩和直後の航空競争(3) • • 完全にコンテスタブルである市場ならば,仮に新 規参入が行われなくても,いわば潜在的な参入者 が参入の脅しをかけるだけで,既存企業は最小最 適規模で運賃と輸送量を決定し参入を阻止しよう とするから,競争者の数が増えても市場運賃は何 ら変化しないはずである。 しかし,実際には,市場の競争者数や市場シェア, あるいは潜在的に参入可能な航空会社の存在が 運賃水準に影響を持つことが確認された。した がって,研究者の間ではコンテスタブル市場理論 は当てはまらないという結論に至った。 規制緩和直後の航空競争(4) • 規制緩和後,ローカル航空会社は需要が 希薄な路線から撤退し,より潜在的利益が 大きい市場へ参入した。ローカル航空会社 撤退後の航空市場には,よりフットワークが 軽いコミューター航空会社が参入し,サービ スを継続した。ジェット機路線がターボプロッ プ機路線となったものの,運航効率は改善 された。ローカル航空会社によるジェット機 運航がむしろ過剰なサービスであったと指 摘する見解も存在する。 イールド・マネジメント (Yield management, or Revenue management) • イールドとは収入をRTMで割った値。つまり 平均運賃のこと。 • 例えば座席利用率80%になるところで満席 宣言をする。 • 残り20%は高額運賃を支払う用意のある旅 客のために留保。しかもノー・ショウズ旅客を 見込んでダブルブッキングをわざと行う。 • 最後は売れ残りを叩きうる。 イールドマネジメントの経済学的意味 価格 ⇒結果として黄色の分だけ厚生損失は減る。 ⇒しかし緑の分だけ消費者余剰が減る。 ⇒緑+黄色の分、総余剰は増える。 高額運賃支払い者から得られた追加的収入 高額運賃 需要曲線 シートセールにより 得られた追加的収入 当初運賃 叩き売り 運賃 0 当初収入 販売量 当初販売量 低費用航空会社の競争戦略(1) • • • • 大規模なHASSを形成しない。ルートバイ ルートの路線網。 多頻度運航による顧客の待ち時間の抑制。 都心に近いセカンダリ空港の利用(大手航 空会社の空港との競合を避ける)。例えば, サウスウエストのダラスラブフィールド空港 やシカゴミッドウエー空港があげられる。 CRSではなく,電話あるいはインターネット による予約のみ。 低費用航空会社の競争戦略(2) • • • • 機種統一による運航コスト・整備コストの削 減。 徹底したヘッドクォーター部門の費用削減。 定時性の維持、搭乗確率の高さ、手荷物の 亡失率の低さ。 ただし,一部の低費用航空会社は相対的に 経年機を使用する場合があり,それによる 事故も問題化した(1996年のValuJet機の 墜落事故)。したがって必ずしもすべての低 費用航空会社が成功しているわけではない。 低費用航空会社の競争戦略(3) • また、アメリカ南北・南西部に主に路線を展開する サウスウエストとは異なり、ATA(アメリカントランス エア)やジェットブルーは大陸横断の長距離路線を 展開し、その分運航頻度を犠牲にしている。 • サウスウエスト航空に続く低費用航空会社は基本 的にサウスウエスト航空をモデルにしているけれど も、低費用航空会社同士での競争を行うことは滅多 にない。また、サウスウエストと100%同じ発展過程 を歩もうとしているわけではない。 • 後続企業はサウスウエストとの競争を回避したため に、結果として短距離市場よりも長距離市場に新規 参入のターゲットを移さざるを得ず、潜在的利益の 大きな大陸横断市場に進出したと考えられる。 低費用航空会社参入の市場成果(1) • • 代表的な低費用航空会社であるサウスウエ スト航空は,平均的に運賃水準が高く,か つ需要の多い路線を巧みに選別して参入し, 複占市場では相手が市場を放棄するまで 低運賃戦略を継続する。 またそれよりも大きい三占市場でもサウス ウエストは低運賃戦略を継続するけれども, 対抗するネットワーク航空会社も,ある意味 自社のプライドをかけて低費用航空会社と 競争を展開する。その結果消費者余剰は大 幅に改善される。 低費用航空会社参入の市場成果(2) • • • 支配的ハブを形成できない段階では,ネットワーク 航空会社同士でも,クールノー型競争あるいはベ ルトラン型競争をおこなう。その場合運賃水準は低 くなる。 低費用航空会社が参入した路線では,ネットワーク 航空会社の支配的ハブ空港を基点とする路線で あっても運賃水準が低くなる。 低費用航空会社がネットワーク航空会社と同一空 港のみならず,セカンダリ空港への参入を果たした 場合も,ネットワーク航空会社および市場平均運賃 は低下し,輸送量は増加する。その結果,経済厚 生水準は改善される。 低費用航空会社参入の市場成果(3) • • 低費用航空会社の参入直後には,一時的に市場 が拡張し,価格および輸送量がともに上昇する場 合がある。そして,やがて運賃水準が下落し,輸 送量が増加していく傾向がある。この効果は,低 費用航空会社が大手ネットワーク企業と同一空港 で操業する場合に顕著に確認される。 一方で,低費用航空会社がセカンダリ空港で操業 する場合には,ライバルである大手航空会社の輸 送量は減少する。つまり,低費用航空会社が参入 する市場では,潜在的需要が掘り起こされ市場全 体が拡張し,ライバルであるネットワーク航空会社 に対する需要も増加する。 低費用航空会社参入の市場成果(4) • しかし,低費用航空会社がセカンダリ空港に 参入する場合には,このような市場拡張効果 が観察されず,結果として限られた市場のパ イを争奪するという,ネットワーク航空会社に は厳しい経営環境がもたらされる。 • サウスウエスト航空以外の航空会社が新規 参入を行った場合には,新規参入後一時的 に激しい運賃競争が展開されるけれども,や がて3,4年後には運賃水準は修復される傾 向がある。 低費用航空会社参入の市場成果(5) • • これらの新規参入航空会社はサウスウエス ト航空と比較して「プレゼンス」が小さく,ライ バルである既存企業が対抗して排除するか, あるいは協調を持ちかけることにより市場 秩序の修復を図ると考えられる。 しかし,独禁当局である司法省の介入を恐 れてか,運賃の修復はさほど急ではなく,結 果として参入以前よりも若干低い水準まで しか運賃は修復されず,市場は拡張される 傾向がある。 近年のLCCの動向(1) • サウスウエストは依然好調:2008年の原油高 騰も,ヘッジにより高騰の影響を受けず利益 を計上.しかしその後の燃料価格下落により ヘッジした価格よりも実勢の価格が下がって しまい,2008年第3四半期は初の赤字. • ジェットブルーも原油価格高騰の下で利益を 出す.同社は必ずしも低運賃を維持しない (特にシェアの高い路線において).また若干 の機内サービスを提供する. 近年のLCCの動向(2) • 米国のLCCはこの2社のほか,アトランタをベースと するエアトラン,フロリダのフォートローダデールを ベースとするスピリットの4者が有名. • 他にアメリカウエスト航空,およびATA航空(アメリカ ントランスエア)があったが,前者は大手のUSエアと 合併,ATAは2008年4月に運航停止,現在清算中. • 欧州ではアイルランド国籍で,英国中心に運航する ライアン航空が有名.ヨーロッパ20カ国の130の空 港間に362路線を運航.ロンドンの第3空港である スタンステッド(他の4つはヒースロー,スタンステッ ド)とアイルランドのダブリンをベースとする. 近年のLCCの動向(3) • ライアンはサウスウエスト同様,ノーフリルサービス (有料フリルあり),ノーマイレージ,第2,第3空港使 用,座席自由である.しかし観光チャーターあるい は国際線運航という点で異なる. • アジアでは,マレーシア国籍のエア・アジア,および エア・アジアX(長距離)が日本に乗り入れ計画中. 中国には深圳,香港,桂林,広州,海口に乗り入れ. • 香港~ロンドン,香港~バンクーバーを3万円で運 航していたオアシス航空は,原油価格高騰のあおり で誕生後18ヶ月で運航停止. 近年のLCCの動向(4) • 日本にはエアドゥ(北海道国際),スカイマーク,スカ イネットアジア,およびスターフライヤーという「低運 賃航空会社」が存在.大手との費用差は人件費の み,僅か15%程度だが,運賃差は30%⇒シェアが 小さいこともあり赤字経営. • 特に機材の減価償却費が大きい中で低運賃戦略を とったことが負担⇒エアドゥは会社更生法の適用 (2005年完済),スカイネットは産業再生機構のもと で更生中. • この2社およびスターフライヤーはANAとコードシェ アを行う.オフピーク時間帯を運航するなど,実質上 ANAの補完機能を果たす.
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