風雪シミュレーションを用いた都心再開発の空間像とデザインガイドライン

風雪シミュレーションを用いた都心再開発の空間像とデザインガイドラインの提案
積雪寒冷都市における都市デザイン その8 正会員 ○松山 倫之 *
同
瀬戸口 剛 **
都市デザインプロセス 積雪寒冷都市 雪処理エネルギー 同 堤 拓哉 ***
都心再開発 風雪シミュレーション デザインガイドライン 同 高梨 潤 ****
1.研究の背景と目的
積雪寒冷都市における冬季の風雪は、吹き溜まりによる歩
行障害など、屋外活動を大きく制限する。冬季の快適な歩行
空間の確保のため、札幌市では、駅前通に地下歩行空間が整
備された。効果がある一方で、地上の歩行環境の悪化の軽減
も必要である。従って、地上の整備が求められると同時に、
地上と地下の一体的な連結も必要とされる。
更に、積雪寒冷都市において除雪に要するエネルギー量は
大きく、伴って排出される CO2 量の削減が求められる。
また、日本の都市デザインプロセスは、用途地域ごとの容
積率制から街区単位のボリュームコントロール ( 以下、VC)
を経ずに、建築単体のデザイン規制へ進むため、統一性のあ
る都市空間が形成されない。特に都心再開発では、街区単位
で建物の共同化や協調化をするために、VC を行い、将来像
を定める必要がある。
本論は、積雪寒冷都市の都心再開発において、建物の共同
化を踏まえた街区単位の VC を行うため、風雪による環境・
エネルギー評価を導入し、都心再開発の空間像とデザインガ
イドラインの提示を目的とする。
2.研究の方法
①積雪寒冷都市である札幌市の都心から、駅前通 ( 以下
S t .1,2) と北三条通 ( 以下 S t .3,4) が交差し、建物の共同化
を考慮した再開発の動きがある札幌駅前通北三条の 4 街区
を対象敷地 ( 図 1) とする。②参考文献 より A:再開発の手
法 ( 個別更新・共同更新にに加え、都心において重視される
協調更新を追加 ) B : デザイン ( 壁面の統一・D / H・屋外 O S・
表 1 街区空間の評価視点・基準と方法
1)
評価視点
評価基準
評価方法
再開発
の手法
A
「建物共同化」個別・協調・共同
更新時の建物の共同化の有無に合わせて可能に
なった都市空間像を評価
①表の通りに対する壁面後退を評価
「街並み」 ①壁面の統一
②D/H≒2.0
②表の通りに対しヒューマンスケールか評価
「OS」 屋外 OS/ アトリウム St.2 沿道への集約 / アトリウムの設置を評価
①積雪深さ
①St.1,2,3,4,5 の積雪深さのグラフを評価
C
②St.1,2,3,4,5 の積雪乱れのグラフを評価
「雪環境」 ②積雪乱れ
③吹き溜まり
③積雪深さの等高線図から分布を評価
■積雪乱れの偏分布係数ヒストグラム
値が 1 に向かって低くなる谷の形の時、積面乱れが大きいことを示す
( 積雪乱れの偏分布係数 )=( ある点の積雪深さ )/( 積雪深さの平均値 )
積雪深さの等高線図を作成し、St.1,2,3,4,5 の
「風環境」 風の強弱
吹き払い・吹き溜まりの分布から評価
■風の強弱
風の強い所:吹き溜まりが見られない、風の弱い所:吹き溜まりが見られる
①②1 日の街区積雪総量から日射や都市の潜熱
①運搬排雪
D
「CO2 排出」 ②ロードヒーティング 等による自然融解量を引き、運搬排雪やロード
ヒーティングの処理に必要な CO2 排出量を算出
デザイン
B
歩行空間の風雪環境
雪処理エネルギー
N
北海道庁
西3丁目通
駅前通
【算出データ】2) 雪の自然融解高さ:37.6mm/ 日
■運搬排雪 ( 車道 )
■ロードヒーティング ( 歩道・敷地内 SB 部 )
札幌市の雪の密度:393.9kg/ ㎥
雪融解熱:333MJ/ton
10t ダンプ燃費 ( 軽油 ):2.5km/L
灯油発熱量:36.7MJ/L
雪堆積場までの往復距離:10.6km
ロードヒーティング熱効率:20%
軽油 CO2 排出量:2.58kgCO 2 /L
灯油 CO 2 排出量:2.49kgCO 2 /L
St.3 北三条通
St.4
風向き
St.1 St.2 St.5
: 対象街区 0 50 100[m]
図 1 対象街区図
写真 1 実験状況
アトリウム )C: 歩行空間の風雪環境 (St.1,2,3,4,5 の積雪深
さ・積雪乱れ・吹き溜まり・風の強弱 ) D : 雪処理エネルギー
( 以下雪処理 E ) ( 運搬排雪・ロードヒーティング ) を評価視
点 ( 表 1) とする。③②より更新パターンを決定する。④③
に対し風雪シミュレーションを行う ( 写真 1)。実験には、北
海道立北方建築総合研究所の粉体風洞装置を使用する。風向
きは、過去 5 年間の気象データ より北西方向とする。風速
は参考文献 より算出し、4.0[ m / s ] とする。また、模型の縮
尺は 1/500 とする。⑤②より実験結果を評価する。⑥⑤より
積雪寒冷都市都心再開発の空間像とデザインガイドラインを
提示する。
3.更新パターンの決定 ( 図 2、図 3-A,B)
街区単位の空間像を
現況
求めるために、更新パ
建物の共同化の有無
①
なし
あり
ターンを設定した。
街区単位の
街区単位の
まず、建物を共同化
ボリュームコントロール
ボリュームコントロール
なし
あり
あり
しない個別更新・協調
共同更新
個別更新
協調更新
更新と共同化する共同 Ⅰ.現況更新型 ② Ⅱ.壁面統一型
Ⅳ.屋外 OS 集約型
⑤
④
③
更新に分類した。
Ⅲ.上層SB型
Ⅴ.高層アトリウム型
次に、VC せずに築 30
図 2: 更新フロー図
年を超える建物のみ個別更新する現況更新型 ( 図 3- Ⅰ )、全
ての建物を協調更新し、2m 壁面後退する壁面統一型 ( 図 3Ⅱ ) と、更に上層部をセットバック ( 以下 S B ) ( D / H ≒ 2) さ
せた上層 S B 型 ( 図 3- Ⅲ )、共同更新し、表の通りから 5m、
St.2 から 10m 壁面後退して、屋外 OS を設けた屋外 OS 集約
型 ( 図 3- Ⅳ ) と、更に上層部を S B させ、高層化して、低層
部にアトリウムを設けた高層アトリウム型 ( 図 3- Ⅴ ) を決
定した。街区容積率は現況更新型のみ 865%で、その他の更
新パターンはいずれも 913%とした。
4.各更新パターンの評価 ( 図 2、図 3)
各更新パターンを都心再開発の方向を表す更新フロー ( 図
2) に対応させて比較し、実験結果の評価を行った。
[図 2 の①]共同更新と個別更新・協調更新を比較する。共
同更新のパターンについて述べる。【歩行空間の風雪環境】
St.4 と St.5 の交差点付近で吹き溜まりが拡大し ( 図 3-c3)、
St.4 の東側で積雪深さが 50[mm/ 日 ] ほど高くなる ( 図 3-c1)
が、風は弱まる。【雪処理 E】少なくとも 2.10[ton/ 日 ] 減少
する ( 図 3-D)。表の通りから 5m、St.2 から 10m 壁面後退し、
街路幅を広げたことで、風の流量が増え、吹き払いが大きく
なるためである。
[図 2 の②]Ⅰ . 現況更新型とⅡ . 壁面統一型を比較する。
Ⅱ . 壁面統一型について述べる。【歩行空間の風雪環境】St.2
の北側で積雪深さが 50[mm/ 日 ] ほど低くなる ( 図 3-c1)。
2m の壁面後退を行い壁面を揃えた事で、風が建物に沿って流
れ、雪が吹き払われるためである。
【雪処理 E】差が見られない。
[図 2 の③]Ⅰ . 現況更新型とⅢ . 上層 SB 型を比較する。
Ⅲ . 上層 SB 型について述べる。【歩行空間の風雪環境】St.1
の南側の積雪深さが 80[mm/ 日 ] ほど低くなり ( 図 3-c1)、St
.5 は全体的に積雪深さが低くなる ( 図 3-c1)。【雪処理 E】CO
3)
4)
Proposals of Design Guidelines and Urban Bulks on the Downtown Redevelopment with Snow and Wind Simulations in Winter Cities
The Urban Design on the Winter Cities #8
MATSUYAMA Tomoyuki, et al.
更新案
Ⅰ. 現況更新型
Ⅲ. 上層 SB 型
Ⅱ. 壁面統一型
Ⅳ. 屋外 OS 集約型
Ⅴ. 高層アトリウム型
更新
更新
更新
更新
更新
既存
既存
既存
既存
既存
評価視点
建蔽率
77.9%
容積率
865%
A
再開発手法
最高高さ
39.5m(11 階 )
B
個別更新
コントロールなし
なし
St.1
街並み
OS
街並み
OS
積雪深さ
[mm/ 日 ]
500
容積率
913%
建蔽率
72.6%
最高高さ
容積率
57.0m(16 階 ) 913%
建蔽率
71.7%
最高高さ
57.0m(16 階 )
容積率
913%
2m 壁面後退
なし
St.2
協調更新
街並み 2m 壁面後退・上層 SB
なし
OS
St.3
[mm/ 日 ]
500
街並み
OS
南側
部分共同更新
5m 壁面後退
屋外 OS
St.4
[mm/ 日 ]
500
[mm/ 日 ]
500
400
400
400
300
300
300
300
300
200
200
200
200
200
100
100
100
100
北
0
北
0
南
西
東
St.2
0
100
東
St.3
西
0
南
St.4
[ 箇所 ]
100
[ 箇所 ]
100
[ 箇所 ]
100
80
80
80
80
80
60
60
60
60
60
40
40
40
40
40
20
20
20
20
0
0
0
0
積雪乱れ
C歩行空間の風雪環境
[ 箇所 ]
100
凡例
0.2 0.4 0.6 0.8
1
現況更新型 (
1.2 1.4 1.6 1.8 1.8 以上
[ 係数 ]
:c1
:c2 )
0
0.2 0.4 0.6 0.8
壁面統一型 (
1
1.2 1.4 1.6 1.8 1.8 以上
[ 係数 ]
:c1
:c2 )
0
0.2 0.4 0.6 0.8
上層 SB 型
1
(
1.2 1.4 1.6 1.8 1.8 以上
[ 係数 ]
:c1
北
St.5
[ 箇所 ]
100
0
最高高さ
99.0m(28 階 )
共同更新
街並み 5m 壁面後退・上層 SB
屋外 OS・アトリウム
OS
St.5
西側
400
南
建蔽率
75.0%
共同化あり
[mm/ 日 ]
500
St.1
20
0
0
0.2 0.4 0.6 0.8
1
:c2 ) 屋外 OS 集約型 (
1.2 1.4 1.6 1.8 1.8 以上
[ 係数 ]
:c1
0
0.2 0.4 0.6 0.8
1
:c2 ) 高層アトリウム型 (
1.2 1.4 1.6 1.8 1.8 以上
[ 係数 ]
:c1
:c2 )
吹き溜まり
c3
最高高さ
39.5m(11 階 )
400
0
c2
建蔽率
77.3%
共同化なし
デザイン
c1
容積率
913%
凡例 方角
D
雪処理
エネルギー
凡例
N
風向き
運搬排雪 CO2 0.15[ton/ 日 ]
ロードヒーティング CO2 22.06[ton/ 日 ]
雪処理 CO2 22.22[ton/ 日 ]
積雪深さ
0
運搬排雪 CO2 0.16[ton/ 日 ]
ロードヒーティング CO2 22.66[ton/ 日 ]
雪処理 CO2 22.83[ton/ 日 ]
60
120
運搬排雪 CO2 0.14[ton/ 日 ]
ロードヒーティング CO2 20.14[ton/ 日 ]
雪処理 CO2 20.28[ton/ 日 ]
180
運搬排雪 CO2 0.10[ton/ 日 ]
ロードヒーティング CO2 17.17[ton/ 日 ]
雪処理 CO2 17.27[ton/ 日 ]
360 (mm/ 日 )
運搬排雪 CO2 0.11[ton/ 日 ]
ロードヒーティング CO2 18.07[ton/ 日 ]
雪処理 CO2 18.18[ton/ 日 ]
運搬排雪 CO2 : 対象街区内車道における積雪を 10t ロードヒーティング CO2 : 対象街区内歩道と敷地内の表の通りに対し壁面後退した 雪処理 CO2 : 対象街区内の運搬排雪 CO2 と
ダンプによって運搬排雪する際の CO2 排出量
部分の積雪をロードヒーティングにより融雪する際の CO2 排出量
ロードヒーティング CO2 を足し合わせたもの
図 3:各更新パターンの評価・比較図
[ton/ 日 ] 増加する ( 図 3-D)。上層部を SB し、高層化した事で、
2 排出量が 1.94[ton/ 日 ] 減少する ( 図 3-D)。2m の壁面後退
吹き下ろしの風が強くなり、雪が吹き払われるためである。
に加え、上層部の SB により、風上側で低層部が上層部から
5.風雪を考慮した都心再開発のデザインガイドライン
の逆流を防ぎ、吹き払いが小さくなるためである。また、風
4 章より積雪寒冷都市の都心再開発におけるデザインガイ
下側において上層部から吹き下ろされた雪が、低層部屋上に
ドラインは、以下のように整理できる。
積もるためである。
[図 2 の④]Ⅱ . 壁面統一型とⅢ.上層 SB 型を比較する。Ⅲ . 上 (1) 協調更新での壁面統一は、歩道上の雪が吹き払われるた
め、歩行空間の風雪環境の悪化を軽減し、望ましい。
層 SB 型について述べる。【歩行空間の風雪環境】St.2,3,4 に
(2) 協調更新での上層部の SB は、風上側の吹き払いを小さく
おける積雪乱れが弱まり ( 図 3-c2)、St.1 の南側の積雪深さ
し、風下側の積雪を軽減するため、歩行空間の風雪環境の悪
が 150[mm/ 日 ]( 図 3-c1)、St.5 は全体的に低くなる ( 図 3c化を軽減する。雪処理 E も削減し、より望ましい。
1)。【雪処理 E】CO2 排出量が 2.55[ton/ 日 ] 減少する ( 図 3
-D)。上層部の SB により、風上側で低層部が上層部からの逆 (3) 共同更新で 5m 壁面後退し、屋外 OS を設けると、吹き払
いが大きくなり、歩行空間の風雪環境の悪化を軽減する。雪
流を防ぎ、吹き払いが小さくなるためである。また、風下側
処理 E を削減し、望ましい。
で上層部から吹き下ろされた雪が、低層部屋上に積もるため
(4) 共同更新での高層化は、上層部を SB しても吹き下ろし
である。
[図 2 の⑤]Ⅳ . 屋外 OS 型とⅤ . 高層アトリウム型を比較する。 が強く、局所的な強風や吹き溜まりが発生し、歩行空間の風
Ⅴ . 高層アトリウム型について述べる。
【歩行空間の風雪環境】 雪環境が悪化する。雪処理 E も増加し、望ましくない。
以上より、従来の都市デザイン手法に加え、環境・エネルギー
St.1,5 の積雪深さが全体的に低くなる ( 図 3-c1)。一方、St
評価の視点からも良好な歩行空間の形成に寄与する、積雪寒
.5 では吹き溜まりが縮小して交差点の風が強くなり ( 図 3-c
冷都市都心オリジナルのデザインガイドラインが提案された。
3)、全ての通りで積雪乱れが大きくなる ( 図 3-c2)。【雪処理
本研究は、科学研究費補助金基盤研究 ( A ) の助成を受けて
E】0.91[ t o n / 日 ] 増加する ( 図 3- c1)。一方、S t .5 では吹
行われた。
き溜まりが縮小して交差点の風が強くなり ( 図 3-c3)、全て
注釈 1) 街並みの美学 / 芦原義信ほか 2) 次世代北方型住宅の除雪に配慮した配置計画に関
の通りで積雪乱れが大きくなる ( 図 3-c2)。【雪処理 E】0.91
する研究 / 北海道立北方建築総合研究所ほか 3) 気象庁 H P データ 4) R e q u i r e m e n t s f o r
modeling of a snowdrift, Cold Regions Science and Technology / Y.Anno ほか
* 北海道大学大学院 修士課程
** 北海道大学大学院工学研究院 教授 博士(工学)
*** 北方建築総合研究所 主査 博士(工学)
**** 国土交通技官
* Master’ course Graduate School of Eng,.Hokkaido Univ
** Prof., Fuculty of Eng., Hokkaido Univ., Dr.Eng.
*** Senior Researcher, Hokkaido Research Organization, Dr.Eng
****Engineering Official of Land, Infrastructure and Transport