オフィスにおけるタスク・アンビエント照明の光の不足感評価

オフィスにおけるタスク・アンビエント照明の光の不足感評価
Light Insufficiency Assessment of Task and Ambient Lighting in Offices
中村芳樹研究室 13M30162 日下 郁美 (KUSAKA, Ikumi)
Keywords:タスク・アンビエント照明,輝度画像,視環境評価,光の不足感
task and ambient lighting, luminance image, visual environment assessment, light insufficiency
1.研究の背景と目的
3. 粗い輝度変化を抽出するシステムの構築
オフィス空間において消費電力削減等の観点から,昼光利用や
空間の粗い輝度変化を抽出する際, 既存のシステムではフ
タスク•アンビエント照明方式の利用が進められている.しかし,
ィルタリングの分析に用いるフィルタサイズと輝度画像の画
これらの手法の併用は執務者の視野内の輝度の高低差が大きく
角サイズの関係により,コントラスト値(Con 値)及び対数輝度
なり,快適性や作業性の悪化が懸念される.そこで,本研究では
平均値(Ave 値)の値が算出されず,非常に局所的な分析となる.
昼光を利用し,光の不足を感じる部分に人工光を補うことで省電
したがって,より粗い輝度変化を抽出するため,全方位撮影可
力かつ快適な照明環境を実現できると考え,空間内および作業面
能なカメラ THETA を用いてシステムの構築を行った.撮影し
における光の不足感を評価する手法の提案を目指す.
た画像は正距円筒画像として保存されるが,地図図法変換ソ
2. 既往研究と本研究の位置付け
フト G.projector により正距方位画像へ変換することで空間
中村らは空間の輝度画像から順応の効果を数量的に加味して
内の全情報を取り入れたまま分析すること,および空間の各
変換される明るさ画像によって光源の違いによらず目の順応を
視点を中心とした分析をすることを可能にした.また,カメラ
考慮した見え方による評価を可能とし
1) 2)
,明るさ画像を用いて
の輝度校正を行い,変換された正距方位画像から輝度画像を
空間の明るさを推定できることを示した(図 1).この考えに基づ
作成できるようにしたことで,フィルタリングを用いて視対
き,オフィスを想定した照明環境において印象評価実験を行い,
象サイズ約 80[degree]程度までの粗い輝度変化を抽出する
どの程度光が不足していると感じるかを表す「光の不足感」を指
ことを可能にした. 図 2 にシステムの流れを示す.
標に,
明るさ画像内の値である明るさ尺度値(NB 値)を用いてオフ
ィス照明環境の評価をしている.しかし,NB 値による評価だけで
は空間内の光の不足感を判断しきれていない 3).そこで,守分らは
明るさ画像作成過程に生じるコントラスト画像と近似画像を用
いて空間内の輝度分布について検討し,タスク照明に関する光の
不足感評価を確立した.一方,アンビエント照明に関しては,限ら
れた輝度変化の分析にとどまっているため,室内の薄暗さの原因
となりうる,粗い輝度変化を検討しきれていない 4).また,現状,一
定の粗さまでの輝度変化しか抽出できないという課題もある.そ
こで本研究では,より粗い輝度変化を抽出するため,輝度画像か
ら複雑な輝度分布の対比を定量的に検討できるフィルタリング 5)
を用いたシステムの構築,および粗い輝度変化と光の不足感の関
係に着目し,アンビエント照明の光の不足感評価の確立,さらに
分析方法を統一したタスク・アンビエント照明の光の不足感評価
方法の提案を目指す.
4.アンビエント照明に関する被験者実験
4.1 第一実験
4.1.1 第一実験概要
空間内における光の不足感と粗い輝度変化の関係について調べる
項目
実験場所
被験者
評価項目
内容
東京工業大学すずかけ台キャンパスG3棟10階 北西側に面する一室
視覚機能に疾患のない20代の男女
空間全体の明るさ感
作業の視点位置からカメラを用いて測定
輝度
カメラ:RICOH THETA
測定指標
机上面照度
照度
照度計:(KONICA MINOLTA)
ため,オフィスを模した実空間において被験者による印象評価実験を
寸法(単位:㎜)
実験室:W4180×D5730×H2600
机1:W1000×D700×H700
机2:W1500×D750×H700
照明器具
天井・壁:2420lm 35W 4000K
Ra85 白色
タスク: Z-LIGHT LED照明 白色
行う.オフィスでの作業を想定し,提示する照明環境における空間の
明るさ感に関してどの程度光が不足していると感じるかを図 4 の評
価指標に従い回答させる.実験概要の詳細を表1および図3 に示す.
4.1.2 第一実験手順
(1)被験者は実験室中央の席に座り,タスク照明300lx および提示し
たアンビエント照明の条件下で1 分間の作業を行う.
(2)顔を上げたときの対面する壁を視対象とし, 壁の中央および空
間全体の不足感に関して評価を行う.
(3)評価後,被験者が順応箱を覗いた状態で,実験者はアンビエント
0
光の不足感
(空間全体)
1
3
感じない
やや感じる
オフィス空間として
光の不足を感じない
オフィス空間として
光の不足をやや感じる
0
光の不足感
(机での作業)
1
感じない
照明の条件を変える.
2
0
5
感じる
3
やや感じる
作業する上で何の
支障も感じない状態
(4)各照明条件に対し1)-3)を繰り返し行う.
2
4
非常に感じる
オフィス空間として
光の不足を感じる
4
5
感じる
2
3
4
オフィス空間として
光の不足を非常に感じる
6
非常に感じる
作業に支障はないが
ぎりぎり作業できる状態で
光を欲しいと感じる状態 なんとか我慢できる状態
1
6
5
光が不足しすぎて
作業が出来ない状態
6
まぶしさ
(5)環境条件を変え1)-4)を繰り返し行う.実験条件を図5 に示す.
4.1.3 第一実験結果・考察
感じない
やや感じる
感じる
環境条件(Ⅰ)×照明条件34パターン
ぎりぎり作業できる状態で
作業に支障はないが
作業する上で何の
支障も感じない状態
まぶしいと感じる状態
なんとか我慢できる状態
非常に感じる
まぶしすぎて
作業が出来ない状態
図 6 より,壁中央における光の不足感評価(中心評価)と空間全体
の評価(全体評価)は異なっており,空間全体の光の不足感は正面だ
環境条件(Ⅱ)×照明条件32パターン
けでなく周囲の光の影響も受けていると考えられる.
そこで,まずは中心評価についてフィルタリングを用いて検討を
中心評価
全体評価
行う.図8 右上に示す視野角20度の範囲を視対象サイズとし,壁中央
の Con 値,Ave 値を照明条件毎に求め,Con 値と Ave 値をプロットし
た図(CA 図)により光の不足感の関係を探る.図7 より,Con 値,Ave 値
が高いほど,光の不足感は減る傾向が見られたため,それぞれの
不足感における近似式と不足感の関係に基づき,各光の不足感の
範囲を示す CA 予測図を算出した(図 8 左).次に全体評価について
検討する.空間全体の光の不足感には, 視野内のある一定領域の
光が影響を及ぼしているとして,視野角 60 度から 100 度における
y = -0.1469x + 0.3213
R² = 0.3642
Con 値 Ave 値と CA 予測図の関係をみたところ, 視野角 60 度の範
y = -0.1254x + 0.2058
R² = 0.2197
y = -0.195x + 0.8944
R² = 0.8583
y = -0.4349x + 0.9859
R² = 0.7074
囲が適当であると推測された.さらに,各照明条件において,CA 予
y = 0.0774x - 0.3905
R² = 0.8018
測図で視野角 60 度内の最も光の不足を感じる点(最低評価点)に
より,空間全体の光の不足感が決定されると考えられる.今回の
検討では図 8 右に示す 3 箇所の Con 値,Ave 値を抜粋し,CA 予測図
において最低評価に当たる点を空間全体の光の不足感として,実
際の評価と照合した(図 8). 全照明条件における,CA 予測図によ
る光の不足感予測と実際の評価の結果を図11に示す.予測は概ね
正しいが,実際よりも予測の方が暗く評価される傾向にあり,照
明条件によっては視野角 60 度内の最低評価点ではなく全点の光
の不足感の分布を考慮する必要性もあると考えられる.
4.1.4 NB 値の領域率による光の不足感評価
既往研究では,空間全体の光の不足感を明るさ画像内のNB値と
図 9 のように関係づけ,画像内の 6.5-7.5NB 値と 7.5-9NB 値の領
域率の比と光の不足感の関係より予測式を算出し,光の不足感を
評価している.本実験においても同様の方法で評価予測式を求め,
空間全体の光の不足感が評価できるか検討した.図 10 より,光の
不足感と明るさ画像内の各 NB 値の領域率に一定の関係性が見ら
れ,算出した評価式を用いて実際の評価と照合したところ,高精
度な結果が得られたといえる(図 11).
4.2. 第二実験
4.2.1 第二実験概要
同一画像内の平均輝度が等しく,コントラストの値のみ変えたと
き,空間の明るさは異なって見える(図12).そこで,空間内の細かい
y = -0.8084x + 1.5868
R² = 0.9767
コントラストの分布が光の不足感に影響すると仮定し,細かいコン
トラストの分布の違いによる光の不足感への影響を調べる.第一実
0 .2 4
験と同様の実験室で視対象領域である壁一面の内装を変化させ,空
0 .2
0 .1 6
間内の光の不足感に関して回答させる.
0 .1 2
0 .0 8
0 .0 4
4.2.2 第二実験手順
0
1
-0 .0 4
(1)-(5)は4.1.2と同様.
(6)内装条件を変え, (1)-(5)を繰り返し行う.実験条件は図5及び図
13 に示す.
4.2.3 第二実験結果・考察
同じ照明条件下で第一実験の無地の壁と第二実験の内装条件
を変えた壁による光の不足感の違いを比較した結果,空間全体の
光の不足感評価において,わずかではあるが内装条件(ⅱ)(ⅰ)
,
,
第一実験の順に光の不足感が減る傾向がみられた(図 14).
内装条
件(ⅱ)
(ⅰ)の順に壁の凹凸が強いもの,つまりコントラストが
強い条件であるといえるため,コントラストの強さと光の不足感
に関係があることが推測される.
次に第一実験同様, CA 図を用いて分析を行う.中心評価におい
て,第一実験の CA 図に内装条件(ⅰ)及び(ⅱ)の光の不足感評
価の結果をそれぞれ置き換え,光の不足を感じない(不足 0)範囲
及び光の不足を感じる(不足 4)範囲の結果を第一実験と比較し
たところ,図 15 に示すように第一実験よりも内装条件(ⅰ)
(ⅱ)
の Con 値,
Ave 値が小さくなる方向へ移動していることがわかる.
また,内装条件(ⅱ)において不足 0 よりも不足 4 の範囲が大きく
移動していることから,空間が明るい環境よりも暗い環境の方が
光の不足感へのコントラストの影響が強いと考えられる.コント
ラストを変化させても光の不足感が変わらないものもみられた
が,壁面のテクスチャ及び照明を併せて検討することで光の不足
感を減らし,省エネルギーにつながる可能性を示した.
-0 .0 8
1 .2
1 .4
1 .6
1 .8
2
2 .2
2 .4
5. タスク照明に関する既往実験データの再分析
450
5.1 目的
Wall Washer Light
既往研究においてタスク照明に関する光の不足感評価は確立され
背景紙
様の分析方法による光の不足感評価予測を作るため,既往実験デー
2600
たといえるが,本研究におけるアンビエント照明の被験者実験と同
モニター
Upper Light
1000
視対象:モニター
タを用いて再分析を行った.
背景紙
視対象:紙面
5.2 既往実験概要
0
光の不足感
(空間全体)
実験空間
の輝度を変化させ,それぞれの実験条件に対し図17 に示す評価指標
を用いて,机での作業における光の不足感とまぶしさに関する印象
2
3
やや感じる
オフィス空間として
光の不足をやや感じる
0
1
感じない
0
紙面
4
5
視対象パターン
感じない
作業する上で何の
支障も感じない状態
す.
紙面及びモニター画面の視対象サイズである, 13 度におけるフィ
1
オフィス空間として
光の不足を感じない
光の不足感
(机での作業)
評価を被験者に回答させている. 既往実験概要の詳細を図 16 に示
5.3 再分析結果
反射率(%)
白①
84.8
灰②
74.1
灰③
60.2
灰④
40.3
灰⑤
26.2
灰⑥
22.5
灰⑦
13.7
黒⑧
6.2
背景紙条件
既往実験では,紙面およびモニター画面による作業をあわせてタ
スク作業としており,視対象となる紙面,モニター画面とその背景
背景紙
2
やや感じる
5
感じる
2
3
4
オフィス空間として
光の不足を非常に感じる
6
非常に感じる
作業に支障はないが
ぎりぎり作業できる状態で
光を欲しいと感じる状態 なんとか我慢できる状態
1
54 (degree)
非常に感じる
オフィス空間として
光の不足を感じる
4
44 (degree)
6
紙面
13[degree]
視対象サイズ
感じる
3
モニター
5
光が不足しすぎて
作業が出来ない状態
6
まぶしさ
感じない
作業する上で何の
支障も感じない状態
やや感じる
作業に支障はないが
まぶしいと感じる状態
感じる
ぎりぎり作業できる状態で
なんとか我慢できる状態
非常に感じる
まぶしすぎて
作業が出来ない状態
ルタリングの分析結果を図18 に示す.図18 のグラフには光の不足を
感じない(不足 0)条件及び,まぶしさを感じない(まぶしさ 0)条件が
プロットされており,紙面,モニター画面において,ともに Con 値及
y = -0.4025x + 1.0126
R² = 0.7736
び Ave 値が大きくなるほどまぶしさを感じ,値が小さくなるほど光
の不足を感じることがわかる.紙面,モニター画面において同様の傾
向がみられることから併せてタスク照明における評価として,CA 図
による最低限光の不足感及びまぶしさを感じない条件を判断する光
y = -0.2561x + 0.3934
R² = 0.8354
の不足感予測式が示された.
6. 光の不足感評価方法の提案
アンビエント照明における本実験では,対面する壁を視対象とし
て光の不足感を評価したため,室空間に対して一方向のみの評価し
かされていないが,視点を変えて検討することで空間内の全方向に
対する光の不足感を評価することが可能である.さらに,領域別に表
示された明るさ画像をあわせて用いることで空間内の具体的な光の
不足領域について把握することができる.実空間におけるタスク・ア
ンビエント照明の光の不足感評価方法を図19 に示す.
7. まとめ
3章では全方位撮影可能なカメラを用いて,粗い輝度変化を抽
出するシステムの構築を行った.4章の第一実験及び5章の既往
実験データ再分析により,CA 図を用いたタスク・アンビエント照
明の光の不足感予測が確立された.また,明るさ画像内の NB 値
の領域率により算出された光の不足感予測式でも空間全体の光
の不足感が予測されることを示した.さらに,4章第二実験では
細かいコントラストが光の不足感に影響を与えることを明らか
にし,壁面のテクスチャの操作と照明を併せて検討することで光
の不足感が減らせることを示唆した.
1) 中村芳樹,江川光徳:均一背景をもつ視対象の明るさ知覚 ―輝度の対比を考慮した明るさ知
覚に関する研究(その1)―,照明学会誌 88(2), pp.77-84, 2004
2) 中村芳樹:コントラスト・プロファイルを用いた輝度画像と明るさ知覚の予測 ―輝度の対比
を考慮した明るさ知覚に関する研究(その 2)―,照明学会誌 89(5), 1-6, 2005
3) Nakamura,Y., Suzuo,S. and Aoki,T.:Lighting Design Method Applicable Both to Day
Lighting and to Electric Lighting Using Luminance Image, Proceedings of the 27th
Session of the CIE South Africa 2011, pp.398-408, 2011
4) 守分史彦:昼光を併用したオフィスのタスク・アンビエント照明設計手法,東京工業大学総合
理工学研究科人間環境システム専攻修士論文、2013
5) 中村芳樹:光環境における輝度の対比の定量的検討法,照明学会誌 84(8A),522-527,2000