サンディエゴ留学記

〔千葉医学 91:79 ∼ 80,2015〕
サンディエゴ留学記
〔 海外だより 〕
千葉大学大学院医学研究院整形外科学 赤 木 龍一郎 はじめに
す。抜群の気候と環境でリゾート地,別荘地とし
ての側面も持つ地域ですが,Scripps 研究所だけ
2013年 3 月 に 千 葉 大 学 大 学 院 を 修 了 し た 後,
でなく世界的に有名な Salk Institute や Sanford-
4 月から一年半にわたってアメリカ西海岸の南
Burnham Medical Research Institute,カリフォ
端 サ ン デ ィ エ ゴ に あ る The Scripps Research
ルニア大学サンディエゴ校など,多くの研究・教
Institute(Scripps 研 究 所 ) に 留 学 し て ま い り
育機関が集まり,数多くの素晴らしい研究が行わ
ました。大学院時代から携わっていた変形性膝
れている地域でもあります。
関 節 症(OA) に 関 す る 研 究 を 継 続 す る た め,
私が留学した Lotz 研究室は,Martin Lotz 教授
Department of Molecular and Experimental
のもと,変形性関節症や関節における加齢性変化
Medicine 内にある Martin Lotz 教授の研究室で研
を中心に,培養細胞から遺伝子変異マウス,バイ
鑽を積む機会をいただきましたのでご報告いたし
オメカに至るまで幅広く研究を行っており,多く
ます。
の業績で世界的にも有名な研究室です。Lotz 研
究室では新鮮ヒト屍体からサンプルを採取してい
The Scripps Research Institute
ることが何よりの特徴であり,日本では非常に困
難なヒト正常軟骨の研究が可能です。私は OA に
Scripps 研究所はサンディエゴ中心部から15分
至る遺伝子発現の変化をとらえることで最終的に
ほど北上した La Jolla(ラ・ホーヤ)というエリ
は治療ターゲットになり得る因子を解明すること
アにあります。気候が温暖で青い空と美しい海
を目的としたプロジェクトに加わり,まず正常軟
に恵まれ,治安も安定しているサンディエゴは
骨と OA 軟骨における遺伝子発現の相違を RNA
全米でも10本の指に入る住み良い町と言われま
シーケンシングにより解析する仕事を任されまし
写真 Department of Molecular and Experimental Medicine, The Scripps
Research Institute
80
赤 木 龍一郎
た。その結果から,OA 軟骨では概日リズムに関
3 ヶ月ほどは非常に辛い時期が続きましたが,夏
わる遺伝子の発現が正常と異なっていることが明
休みを経て子どもたちも英語に慣れはじめ,何と
らかとなり,概日リズムと OA の病態の関わりを
か日々の生活を落ち着いて楽しむ余裕がでてきま
解明するべく研究を重ねてまいりました。
した。
この留学を通して,新たな実験手技を身につけ
日本での生活と最も異なるのは,家族と過ごす
ることができただけでなく,実験結果の解釈と次
時間の長さでした。実験のスケジュールによって
の実験への活かし方を学ぶことができたと感じま
は夜通しサンプルを採取し続ける必要がある事も
す。Lotz 教授やプロジェクトグループとのミー
ありましたが,普段の生活では日本にいる頃より
ティングでは,豊富な知識から毎週のように鋭い
格段に家族と過ごす時間をとることができ,家族
指摘を受け,新たな問題点や可能性に気付かされ
の絆を強めることができました。また,近郊には
て次の実験計画を修正することの繰り返しで,研
自然が豊富で,少し足を伸ばすと有名なグランド
究の進め方が大変勉強になります。また,マンパ
キャニオンをはじめとする多くの国立公園に行く
ワーの威力にも圧倒させられました。病理組織標
ことができたのも魅力的でした。子どもたちに
本の作成を専属で担当する技術者や,膨大なデー
とっても英語圏での生活というだけでなく,壮大
タを解析する生物統計学者がそれぞれの専門領域
な自然にたくさん触れることができたことが貴重
を分担して効率よく一つの研究を作り上げていく
な経験であったと思います。
点が非常に印象的でした。
おわりに
San Diego での生活
研究,日常生活ともに様々な問題に直面し,思
留学のもう一つの重要な要素として,異国の地
い通りにならないことだらけで苦労も多い留学生
で,異文化の中で生活をするということがあげら
活でしたが,苦労も含めて公私ともに非常に充実
れます。私が暮らした地域は大学や研究施設に留
した時間をいただいたと感じています。今後はこ
学してきた日本人の研究者や日系企業の方が多く
の留学で得た経験を日々の臨床の中でも大切に
住んでおります。日本全国から留学で来ている整
し,より良い医療のために活かしていく所存で
形外科医だけでも10数名がおり,同じ研究室の日
す。このように有意義な留学の機会を与えてくだ
本人ポスドクの紹介もあって,あっという間に日
さった高橋和久教授,佐粧孝久先生,また留学準
本人の知り合いができました。多くの方のご協力
備の段階からいろいろとアドバイスや励ましの言
で順調に生活を立ち上げることができてホッとし
葉をいただいた皆様にこの場をお借りして厚く御
たのも束の間,子どもが学校に馴染まずに渡米後
礼申し上げます。