MTTが線路をつくる【基本原理】

● 技術力を磨く ●
MTTが線路をつくる【基本原理】
はじめに
当社は、マルチプルタイタンパ(以下MTT)を使用し軌道の保守作業をおこなっています。MTTは軌道
を保守する機械であることは皆様ご存知かと思いますが、構造まではあまり知られておりません。今回は
MTTが軌道を保守する仕組みを紹介させていただきます。
MTTの種類には一般軌道の突き固めをおこなうラインタイプと、分岐器内の狭い箇所にタンピングツー
ルを降下させ、突き固めをおこなうスイッチタイプに分類されます。当社が購入した車両メーカーは2社
あり、オーストリアのプラッサー &トイラー社とスイスのマティサ社です。プラッサー MTTにはWinALC
(オートマティックガイドコンピュータ)
、マティサMTTにはCATT(コンピュータ軌道タンピング支援シス
テム)が搭載されております。これは、自動線形入力装置でありWindowsのパソコン上で編集した線形デー
タをアナログ信号に変換し作業をおこないます。
1 MTT 国内仕様
車両本体は海外から購入していますが、JR東日本様向
けに国内メーカーが製造する安全装置を各種取付けてお
ります。安全装置の一例としましてオペレータが線路上
に降車して各部装置を確認することがないよう、車内で
常時監視できるカメラとモニターを20数箇所取付けてお
ります。
今回購入した新型のMTTからDOGG(MTTオペレー
ションシステム)を搭載しています。DOGGの機能とし
ては①GPS(全地球測位システム)を使用し現在地を常
スイッチタイプ 08-475
に計測しています。これを利用しMTTの現在地と入力
した作業位置が一致しているかを照合させ、正しい線形
データをWinALC(マティサはCATT)に送信します。
②埋設ケーブルや地上子等の線路構造物をオペレータが
誤って破損させないよう各作業装置の制御をします。③
作業後の仕上り状態を検測し基準値が超過した場合に
は、ボイスアラームにてオペレータに知らせます。④
DOGGにて軌道の前検測をおこない、補正値を自動入力
する機能等もあります。
その他、脱輪した際に使用するアウトリガーや、分岐
器の割出し事故を防止する保守用車自動停止装置などが
あります。
DOGG基本画面
2 メカニカル構造
MTTの操作はデータオペレータとタンピングオペレータの2名でおこなっています。
データオペレータ
回送用
タンピングオペレータ
データオペ室
タンピングオペ室
MTTには基本の線形データは入力してありますが、現状の軌道状態とは異なります。そこでデータオ
ペレータの微妙な操作により入力した線形と同じ、または近い線形状態に整正します。このようなオペ
レータの操作によって整正していく施工方法を相対基準施工といいます。また、East-ⅰ(電気・軌道総合
試験車)で検測したトラムスデータを変換した復元波形や、測量したデータを基に軌道整正をおこなう絶
対基準施工があります。
相対基準施工と絶対基準施工のどちらも、軌道を扛上しマクラギ下部の砕石の突き固めとマクラギ端部
の締め固めを同時におこなうことで保持させます。
リフティング装置
タンピング装置
コンパクタ装置
レールとマクラギを同時に持上げ(扛上)・横移動がおこなえる装置をリフティング装置といいます。
その後ろには扛上した状態のマクラギ下部を振動にて砕石の突き固めをおこない保持させるタンピング
装置があります。本体後部走行ボギー台車の脇には、マクラギ端部の締め固めをおこなうコンパクタ装置
が左右にあります。
リフティング装置
タンピング装置
コンパクタ装置
ラインMTTは通常「連続作業モード」で施工しています。これは、車両本体と各作業装置が付いたサ
テライト(マティサ社はシャトル)は独立しています。等速で前進している車両本体とは別に、サテライ
ト(シャトル)は「前進 停止 タンピング 前進・・・」のサイクルで作業しています。これにより、車
両本体に伝わる衝撃と振動を大幅に軽減できオペレータの作業環境は大きく改善されました。
3 基本原理
MTTは通り・高低・水準(カント)を整正します。
MTTの車体には走行車輪のほかに作業時は左右合わせて6輪の検測車輪が軌道状態を検測しています。
この検測車輪を結ぶためプラッサーのMTTでは前後に約15mのワイヤーが3本張られています(マティサ
社の場合はNEMOと呼ばれる光源装置がワイヤーの役割を担っております)。検測車輪の間隔は前検測車
輪(A)と中央の検測車輪(B)間が約10m。中央の検測車輪(B)と後検測車輪(C)間は約5mとなっ
ており、2:1(10m:5m)の偏心矢で検測しています。
後部に連結したマテリアルワゴン(検測台車)は1:1(5m:5m)の正矢となっています。MTTで軌道
を整正した後の仕上がり状態をマテリアルワゴン(検測台車)で記録します。ここで出た数値を「仕上り
検測値」として各保線技術センターへ提出します。
MTTが施工するうえで前後に配置された3つの車輪(A・B・C)が直線上に並ぶことを3点一直線といい
ます。
前後の検測車輪に対して中央の検測車輪が高いのか低いのか。また、前後に対して中央が右にずれてい
るのか左にずれているのかを、中央の検測車輪部に付いたトランスデューサ(検測装置)内部のポテン
ションメータ(可変抵抗)がアナログ電圧に変換します。
このほか、各検測車輪には水準(カント)を測定するペンドラム(車載水準器)が載っております。こ
れは内部に振り子(分銅)が入っており、本体と振り子の傾き量(差)をポテンションメータでアナログ
電圧に変換しています。水準1mmの変化に対して内部電圧の変化量は25mV(乾電池は1.5Vですので60
分の1)と非常に小さな値となっています。
ポテンションメータ(可変抵抗)
振り子(分銅)
ペンドラムの内部構造
インディケータ
各オペレータは目の前にインディケータ(水準・通り用作業メータ)が備われています。このメータに
は目盛などなく、針が左右に傾いている角度でMTTに入力した線形と現場の線形とが相違しているのを
確認できるメータです。
タンピングオペレータは瞬時に各インディケータやモニターなどを確認し判断する必要があります。デ
ジタル数字のメータでは判断するのに時間が掛かってしまいます。タンピング降下ごとに1秒ずつ判断の
時間を費やすと、一晩に1,000回のタンピング操作で15 ∼ 20分程度の時間ロスを生じます。このため、
瞬時に判断できるメータである必要があります。
「通り」の整正は左右に軌道を移動させる作業なので再施工が可能ですが、
「高低」の場合は整正した軌
道を元に戻すことは容易ではありません。MTTは軌道(レール)を持上げることだけで高低の整正をお
こなっていますので、逆に下げるという作業は出来ません。しかも軌道をすべて均等に持上げただけでは
良くなりませんので、低い箇所は大きく持上げ高い箇所は少しだけ持上げる、または持上げないといった
操作をします。この整正をおこなうために必要な電圧の調整量を「扛上(移動)量」といい、データオペ
レータの役割となっております。この扛上(移動)量は前検測車輪を仮想でワイヤーの取付け位置を移動
させます。リフティング装置がレールを持上げると中央の検測車輪も同時に持上がります。扛上(移動)
量を付加した仮想のワイヤー位置まで実際にレールを扛上(移動)すると停止・保持します。このときに
タンピング作業とコンパクタ作業にて軌道を保持させます。
扛上(移動)量は各種アジャスターにて前検測車輪に付加し仮想の軌道上を通します。中央の検測車
輪は仕上がった軌道上にある後検測車輪と3つの検測車輪が一直線になるまで軌道を扛上(移動)します。
これを3点一直線といいます。
進行方向
進行方向
仮想前検測車輪と後検測車輪を結んだ
仮想前検測車輪と後検測車輪を結んだ
仮想ワイヤー位置
仮想ワイヤー位置
リフトアジャスター(扛上量)
リフトアジャスター(扛上量)
軌道変位量と扛上(移動)量を合算した
軌道変位量と扛上(移動)量を合算した
実際のワイヤー位置
実際のワイヤー位置
状態の仮想前検測車輪位置
状態の仮想前検測車輪位置
仕上がった線路
仕上がった線路
実際の前検測車輪の位置
実際の前検測車輪の位置
仮想ワイヤー位置まで軌道を整正
仮想ワイヤー位置まで軌道を整正
し、突き固めをおこなう
し、突き固めをおこなう
例として、線形データをカント 0mmとMTTに入力します。実際に検測車輪が載っている場所の水準
は、 0mmとは限りません。仮に現場の水準が左に4mm傾いている場合は、ペンドラムから−100mV(−
4mm 25mV)の電圧を出力します(右の場合は+100mV)。この時インディケータ(作業用メータ)は
やや左に傾きます。これと同時に左側のレベリング(左高低)へ+100mVを補正電圧として扛上量に加
算します。リフティング装置がレールを持上げると、線形データの電圧(計画カント量)とペンドラムか
らの電圧(実カント量)が相殺され+側へと変化していきます。電圧差が 0Vになったとき現場の水準も
0mmになります。この時タンピング作業をすることにより軌道は保持されインディケータの針も中心
を指したままとなります。インディケータを見れば計画に対して実際の軌道がどのようになっているかを
把握できます。
設定入力カント
設定入力カント0mm
0mm
(電圧
(電圧 0mV)
0mV)
現場水準−4mm
現場水準−4mm
(電圧
(電圧−100mV)
−100mV)
+
+
不足量
不足量100mV
100mV
量量
扛上
扛上
+
+
扛上量
扛上量
施工後の水準
施工後の水準0mm
0mm
(電圧
(電圧0mV)
0mV)
=
=
+100mV
+100mV補正信号
補正信号
各オペレータはインディケータの針を中心に収めるよう操作をし、マクラギ1本1本確実に突き固めす
ることで良い線路を作ります。
4 残留誤差
MTTの施工には残留誤差が生じます。残留誤差とはデータオペレータが何の補正もせずに3点一直線で
施工した場合に残る整正残りです。これはデータオペレータの操作で、ある程度打ち消すことができま
すが完全に無くすことは困難です。前検測車輪が通過した軌道変位量の3分の1は扛上(移動)量に反映
してしまいます。これにより大きな軌道変位が3分の1の大きさとなります。その後、後検測車輪が施工
後を通過した際にも、残った軌道変位の3分の2が中央の検測車輪に扛上量として反映させてしまいます。
これにより尖った山(谷)形が、なだらかな山(谷)形を残す結果となります。これらはデータオペレー
タの操作により限りなく小さいものにすることができます。
【残留誤差の一例】
元の線形
【残留誤差の一例】
施工後の線形(補正なし)
元の線形
施工後の線形(補正なし)
①
①
②
高い箇所はそのまま
③
高い箇所はそのまま
③
②
施工後の線形
④
施工後の線形
④
施工前の線形
5 取付け作業
施工前の線形
作業開始箇所より前検測車輪にリフトアジャスターにて扛上量を加えていきます。
取付け開始点では扛上量を0mmに抑えます。突き固め作業とともに徐々に扛上量を増していき、保技
セより指示された扛上量よりやや大きい数字までリフトアジャスターで軌道を扛上させます。後検測車輪
が指定の扛上量まで達したらリフトアジャスターを指定の扛上量まで戻します。これを「取付け作業」と
いいます。作業終了時にも滑らかに未施工箇所に取付くようリフトアジャスターで扛上量を減らしていき
ます。また、構造物(橋・踏切等)前後の取付けにもこの操作をおこないます。
取付け入力値の1/3が中央の検測車輪に反映します。1mで1mmずつ扛上していく場合は、リフトアジャ
スターの入力を1mで3mmずつ入力します。
【10mm 扛上取付け例】
取付け後の軌道
【10mm 扛上取付け例】
20mm
リフトアジャスター値
取付け後の軌道
20mm
リフトアジャスター値 10mm
10mm
10mm
10mm
0mm
取付け開始点
おわりに
取付け開始点
10m
0mm
10m
10m
4m 程度
10m
4m 程度
今回はほんの一部しか紹介出来ませんでしたが、MTTはすべて自動で軌道を整正しているのではない
ことがわかっていただけたかと思います。また、当社のMTTを見かけたときは是非お声を掛けてくださ
い。車内に入っていただけば、さまざまなモニターやスイッチ類の多さに驚くかと思います。読んでいた
だいた皆様がMTTに少しでも興味を持っていただけたら幸いです。
マティサSMTTタンピングオペ室
プラッサー MTT突き固め状況