国際政治学 国際政治学

戦争原因の説明モデル
国際政治学
講義9
戦争原因の3つのモデル
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
【戦争パズルへの解としての戦争原因モデル】
• 平和解決の原則的存在は、それが常に達成可能で
あることを意味しない
• 原則的に常に存在する平和解決の実現を阻害する
機構
• 「政治の失敗」としての戦争
1. 不確実性
2. 争点分割(不)可能性
3. コミットメント問題
戦争原因のとしての不確実性
国際政治学
講義9‐1
戦争原因の3つのモデル
~戦争原因としての不確実性~
【平和解決達成のための条件】
「平和解決の存在」と、「争点の分割可能性」は、平和
解決達成が常に可能であることを意味しない
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
【戦争原因としての不確実性・情報の欠如】
1. 国際紛争において、 S1あるいはS2の双方の政府
が、平和解決が存在する位置を理解
2. バーゲニング・モデルにおいて、平和解決が可能
な範囲の「大きさ」と「位置」は、 S1の戦争利得 p
c1 と S2の戦争利得 1 p c2の値を理解する必要
戦争原因のとしての不確実性
戦争原因のとしての不確実性
戦勝確率 p
S1 が勝つ確率
• 戦争の結果の決定される新しい領土配分
• 国力や軍備状況、兵力運用、軍事技術、戦闘能力
戦争コスト ci
Si の戦争コスト
• 戦争コストに耐える政治意思や政治的覚悟
• イデオロギー、世論、政治体制、係争事案の重要性
これら紛争解決に必要な情報は「私的情報」
⇒ 国際紛争は「不完備情報ゲーム」
この戦略的環境では、現状 qはS1の交渉妥結範囲外
⇒S1は戦争を起こしてまでも現状を変更する動機を持つ
S1が戦争で得られる期待利得
S1
0 q pc1
S2
p+c2
1
戦争原因のとしての不確実性
戦争原因のとしての不確実性
この戦略的環境では、現状 qはS1の交渉妥結範囲外
⇒S1は戦争を起こしてまでも現状を変更する動機を持つ
• この国際紛争における平和解決可能範囲は
x[p  c1,p +c2]
【S1がS2の戦争利得を p' + c2 と過少評価した場合】
• S2はp' + c2まで譲歩できると誤認し、 S1は x' を要求
• しかし1 x' < 1 p'  c2 ⇒ S2は開戦の動機を持つ
S1の交渉妥結可能範囲
S1の交渉妥結可能範囲
S2の交渉妥結可能範囲
S1
S2の交渉妥結可能範囲
x
pc1
0 q
p+c2
S2
S1
1
0 q
x
pc1
x'
S2
p+c2 p'+c2
1
戦争原因のとしての不確実性
戦争原因のとしての不確実性
【S1がS2の戦争利得 を p' + c2と過大評価した場合】
• S1は x での交渉妥結は不可能と判断し、x'を提示
• S2はこれを受け入れるが、 S1にとっては国益の損失
【不確実性による政治の失敗】
S1の交渉妥結可能範囲
【 Risk‐ReturnTrade‐Off 】
国際紛争における交渉での相反する利益とジレンマ
• 戦争の危険性を最小化 ⇒ 国益の損失
• 国益の最大化
⇒ 戦争の危険性
S2の交渉妥結可能範囲
S1
x'
pc1
0 q
S2
x
p'+c2
• S2の戦争利得の過少評価は、戦争の危険性を生む
• S2の戦争利得の過大評価は、不必要な領土割譲に
つながり、国益を損失
1
p+c2
戦争原因のとしての不確実性
国際政治学
【 Risk‐ReturnTrade‐Off 】
講義9‐2
平和解決可能範囲
戦争の危険の最小化
S1
0 q
x'
国益最大化
S2
x
pc1
p+c2
戦争原因の3つのモデル
~戦争原因としての不確実性~
1
【命題】 情報の失敗としての戦争
「国益の最大化」という制約の下で「戦争の危険性を最小化」
不確実性の払拭が必要条件
不確実性が残っていれば戦争のリスクは常に存在
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
もう一つの情報の失敗
もう一つの情報の失敗
【論点】
情報の失敗(=不確実性)が戦争の原因
情報交換による不確実性克服の試みと戦争の危険性
国際危機とは:
• 国際紛争において、係争国が武力行使を示唆・威嚇
することで、戦争の危険が高まっている局面
• 外交交渉・軍事的威嚇・軍事力の動員・部隊の展開・
限定的武力行使・海上封鎖など
1. 来たるべき武力衝突に向けての準備
2. バーゲニングにおける戦略的環境のパラメータで
ある、軍事能力(p)や政治意思(ci)についてコミュ
ニケートするための言語
【視点と国際政治の「読み方」】
国際紛争における情報交換(=コミュニケーション)の過
程としての国際危機
国際危機におけるコミュニケーション過程の特性が、も
う一つの戦争原因を生み出す
【含意】
「病気克服のための治療が、病状を悪化」
もう一つの情報の失敗
【国際危機のパズル】 なぜ、国際危機なのか?
• 国際危機は情報伝達(=外交交渉)の一つの便利
な政治土俵
• pやciについての外交声明・政治表明は誰でも出来
るチープ・トーク
• 国際危機には、コストがかかる「国際政治過程」
【事前コスト】軍事力動員、経済的機会費用、政治リスク
【事後コスト】武力衝突に発展するリスク、撤退に伴う国
内政治批判、外交的屈辱、国際的評価の低下
もう一つの情報の失敗
なぜ信憑性が重要なのか?
• 実際に武力行使への能力と覚悟を持っていたとして
も、相手国が信じなければ、軍事力や政治意思は伝
わらない
• 軍事力や政治意思は直接観察できない私的情報
• 武力行使への能力も覚悟がない「こけ脅し Bluff」で
あっても、相手国が信じてしまう可能性
軍事力や政治意思を偽るインセンティブ
国際危機におけるコミュニケーションが一層困難
もう一つの情報の失敗
国際危機における目的:
1. 戦争の回避: 私的情報開示による不確実性の払拭
2. 国益の追求: 不利な情報の隠匿や偽り
(=危機外交の有利な展開)
• 二つの相反する目的
 S1やS2によるメッセージの信憑性の問題を創出
【国際危機における信憑性】
 武力行使の威嚇を伝達するとき、相手国がそれを信
じるとき、このメッセージは信憑性をもつ
不確実性克服のための瀬戸際外交
【問い】
虚偽報告のインセンティブがある中で、どのように信
憑性を確保し、不確実性に由来する戦争の危険性を
回避できるのか?
【答え】
1.瀬戸際外交 (BrinkmanshipDiplomacy)
2.政治的操作:観衆費用の喚起
3.軍事力の操作: 軍備増強・武力展開・兵力動員
もう一つの情報の失敗
国際政治学
【瀬戸際外交における武力行使の意図伝達】
講義9‐3
戦争原因の3つのモデル
~国際危機と不確実性の克服~
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
もう一つの情報の失敗
「瀬戸際外交」とは
国際危機において、軍事的挑発を通して両国を戦争
の「瀬戸際」に連れ出すことによって、武力行使への
覚悟を示す
• 「瀬戸際」は、デリケートなバランスの上に成り立つ
• 偶発的に、不注意から、「瀬戸際」から戦争という
「奈落」に落ちる可能性がある
不確実性克服のための瀬戸際外交
【瀬戸際外交における武力行使の意図伝達】
瀬戸際外交の過程
• 徐々に戦争リスクを高める
• 最終的には「降参」か「戦争の勃発」のいずれか
• 戦争リスクを受け入れる「我慢比べ」となる
⇒ 戦争リスクの受容が、信憑性のある威嚇とBluffと
を峻別
S1
現状維持
(0, 1)
威嚇
S2
抵抗
譲歩
S1
(1, a2)
撤回
(a1, 1)
武⼒⾏使
(pc1, 1pc2)
不確実性克服のための瀬戸際外交
不確実性克服のための政治問題化
瀬戸際外交の例
観衆費用を用いた武力行使の意図伝達
• 北朝鮮の核実験・ミサイル(衛星)の発射
• キューバ危機におけるアメリカのデフコン2(戦争準
備態勢)への引き上げ
• ベトナム戦争末期におけるニクソン大統領によるソ
連に対しての核攻撃臨戦態
【観衆費用】
国際的なコミットメントを撤回したときに被る政治的コスト
【国際危機における観衆費用】
武力行使の威嚇を撤回したときに被る政治的コスト
不確実性克服のための政治問題化
不確実性克服のための政治問題化
観衆費用を用いた武力行使の意図伝達
【観衆費用のメカニズム】
観衆費用が大きいとき、国際危機における武力行使の威
嚇を撤回することが政治的に困難
⇒ 自らが譲歩する「能力」を封じることに等しい
⇒ 観衆費用の喚起が信憑性のある威嚇とBluffとを峻別
S1
現状維持
(0, 1)
威嚇
S2
抵抗
譲歩
S1
(1, a2)
撤回
(a1, 1)
不確実性克服のための政治問題化
観衆費用を用いた武力行使の意図伝達
【観衆費用の喚起】
武力行使の威嚇を政治・外交声明として伝達
【使用例】キューバ危機におけるケネディ大統領のテ
レビ演説
写真提供:AFP WAA
不確実性克服のための政治問題化
武⼒⾏使
(pc1, 1pc2)
不確実性克服のための政治問題化
観衆費用を用いた武力行使の意図伝達
武力行使の威嚇を撤回することによる政治コストの例
• 国際的なコスト
– 国家や政府の威信を傷つける
– 政治家個人の信憑性を傷つける
– 次回の外交声明や武力の威嚇の信憑性を損なう
• 国内的なコスト
– 野党の政府批判を招く
– 支持率が下がる
– 選挙に負ける
– 軍部の信任を失う
不確実性克服のための軍事動員
観衆費用を用いた武力行使の意図伝達
【使用例】
• 湾岸戦争におけるブッシュ大統領の “Thiswillnot
stand”
• シリアへの介入を巡るオバマ大統領のコミットメント
撤回への批判
【不使用例】
• 朝鮮戦争への中国による介入の威嚇の失敗
• ベトナム戦争末期におけるニクソン大統領によるソ
連に対しての核攻撃臨戦態
国際危機における軍事動員
• 国際危機における軍備増強・軍事動員・武力の展開
• 武力衝突が相手国にとって非常に高コスト・高リスク
であることをデモンストレートする目的
不確実性克服のための軍事動員
不確実性克服のための軍事動員
S1
【軍事動員による武力行使の意図伝達のメカニズム】
現状維持
1. 軍備増強により軍事能力 pを向上
⇒ 相手国の戦争期待利得を低減
2. 軍事動員に伴う政治的・財政的なコスト ciを支払う
⇒ 武力行使に対する強い政治意思を顕示
3. 武力の展開により、戦争コスト ciを事前支払
⇒ 実際の武力行使のコストを相対的に低減
威嚇
S2
(0, 1)
抵抗
譲歩
S1
(1, a2)
武⼒⾏使
撤回
(pc1, 1pc2)
(a1, 1)
不確実性克服のための軍事動員
不確実性克服のための軍事動員
S1
【軍事動員による武力行使の意図伝達のメカニズム】
現状維持
1. 軍備増強により軍事能力 pを向上
⇒ 相手国の戦争期待利得を低減
2. 軍事動員に伴う政治的・財政的なコスト ciを支払う
⇒ 武力行使に対する強い政治意思を顕示
3. 武力の展開により、戦争コスト ciを事前支払
⇒ 実際の武力行使のコストを相対的に低減
(0, 1)
威嚇
S2
抵抗
譲歩
S1
(1, a2)
撤回
(a1, 1)
不確実性克服のための軍事動員
武⼒⾏使
(pc1, 1pc2)
34
不確実性克服のための軍事動員
【軍事動員による武力行使の意図伝達の例】
【軍事動員による武力行使の意図伝達の例】
• イラン海軍によるホルムズ海峡での演習
地図出典:The World Factbook 2013-14. Washington, DC: Central Intelligence Agency, 2013
•
•
•
•
シリア内戦: 地中海への巡航ミサイル駆逐艦の増派
湾岸戦争: 第七艦隊のペルシャ湾への派遣
台湾海峡危機: 空母打撃群(第七艦隊)2個の派遣
キューバ危機: デフコン2(戦争準備態勢)への引き
上げ
不確実性克服のための3つの機構
国際危機における3種類のコミュニケーション
⇒ 信憑性のある軍事威嚇とBluffを峻別する機構
瀬戸際外交
• 核兵器・核戦争に伴う
政治的操作(観衆費用)
• 通常の国際危機
• Handstyingシグナル (退路を断つ/背水の陣)
軍事力の操作(軍事動員)
• 通常の国際危機やグランド・ストラテジー
• Sunkcostシグナル (埋没コスト)
もう一つの情報の失敗
国際危機における3種類のコミュニケーション
• 戦争リスクの操作(瀬戸際外交)
• 政治コストの操作(観衆費用)
• 軍事力の操作(軍事動員)
 不確実性という戦争の原因を克服するメカニズム
 これら解決策自体が新しい戦争の原因を生み出す
【情報の失敗】
いずれのメカニズムも戦争の危険性を高める副作用
• 瀬戸際外交=Slipperyslope
• 観衆費用= 開戦への「ロックイン」
• 軍事動員= 開戦への誘引(開戦回避の困難性)
戦争原因としての不確実性(まとめ)
【第一の原因】
軍事能力 p 政治意思 c という私的情報に基づく不確実性
 平和的解決の範囲や大きさ位置が不明
 Risk-return trade off による交渉の失敗(=戦争)
【第二の原因】
不確実性を克服する方策としてのメカニズム
 情報伝達のためには、信憑性問題の克服が必要
 信憑性確保には、高コスト・高リスクのメカニズムが必要
 戦争の危険性を増大
【理論モデルの意義】
• 軍事的挑発、国際危機の公然化、軍事動員などといった、
危機外交の諸相も、同じロジックで統一的に説明
• 危機外交の様々な問題は、戦争原因の問題に集約
国際政治学
講義9‐4
戦争原因の3つのモデル
~戦争原因としてのコミットメント問題~
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
戦争原因の説明モデル
情報問題と戦争原因
【戦争パズルへの解としての戦争原因モデル】
• 平和解決の原則的存在は、それが常に達成可能で
あることを意味しない
• 原則的に常に存在する平和解決の実現を阻害する
機構
• 「政治の失敗」としての戦争
1. 不確実性
2. コミットメント問題
3. 争点分割(不)可能性
【問い】
分割可能性モデル: 争点の不分割「神話」が戦争原因
不確実性モデル: 情報問題が戦争原因
⇒分割性・完備情報: 戦争回避・平和解決の十分条件?
【答え】
平和的解決の範囲、大きさ、位置に関する情報が完備し
ていても交渉の失敗(=戦争)は起こりうる
コミットメント問題 (CredibilityofCommitments)
コミットメント問題
【二種類のコミットメント】
• 脅し(武力を行使するというコミットメント)
– 情報問題で重要
• 約束(武力を行使しないというコミットメント)
– コミットメント問題で重要
【なぜコミットメントなのか?】
• コミットメント: 履行が期待されて、初めて効果を持つ
• アナーキーにおけるコミットメント強制装置の不在
コミットメント履行が不確実
コミットメント問題
【コミットメント問題が戦争を招く3つのケース】
1. 力を巡る紛争 (領土紛争、核開発)
2. 先制攻撃 (ブッシュ・ドクトリン、敵基地攻撃)
3. 予防戦争 (勢力変遷)
コミットメント問題
【国際紛争におけるコミットメント】
• S1 とS2がある交渉解で x 合意するということは、将
来に亘って x を履行しなければ意味がない
• 将来に亘って x を覆さないというメタ合意も必要
⇒ そのようなコミットメントの信憑性の確立は困難!
⇒ 今日x で合意する意味がなくなる
力を巡る紛争
【問題となる戦略状況】
国際紛争の係争事案が、 S1とS2の軍事能力に直接関
わるとき、今日の合意は、将来の国力(p)を変化させる
【例:領土紛争】
⇒ 領土割譲は、相手国の軍事力増強
46
力を巡る紛争:ゴラン高原
力を巡る紛争:ライン川西岸
出典:The World Factbook 2013-14. Washington, DC: Central Intelligence Agency, 2013 .
出典:The World Factbook 2013-14. Washington, DC: Central Intelligence Agency, 2013 .
【例:領土紛争】
領土が戦術的重要性を持つ場合
【例:領土紛争】
領土が莫大な経済力を生む
ゴラン高原
• イスラエル北部のシリア国境
• 戦術的要衝
ラインラント
• ドイツ西部のフランス国境
• 地下資源+ライン川物流
=工業地帯・経済発展
領土割譲は、シリアに戦術的優
位性を与える
領土割譲は、相手国の国
力・軍事力の増強に繋がる
力を巡る紛争
力を巡る紛争
戦術的に重要な領土: q から xへの国境変更(S1に有利)
戦術的に重要な領土: q から xへの国境変更(S1に有利)
• 新しい領土配分により交渉妥結範囲も変更(S1に有利)
• 今日の合意 xは、 S1の新しい合意可能範囲外
S1の交渉妥結可能範囲
S1
0
q
x
pc1
p+c2
S2の交渉妥結可能範囲
S2
S1
1
0
力を巡る紛争
【コミットメント問題と交渉の失敗】
今日の交渉妥結 x (=領土割譲)による戦争回避は明日
の再交渉・武力行使へのインセンティブを S1に付与
• ゴラン高原 ~中東戦争(3次1967年、4次1973年)
• ラインラント ~ルイ14世、普仏戦争、第一次・二次大戦
q
S2
x
pc1
p'c1
p+c2
p'+c2
1
力を巡る紛争
軍事力(武装解除)を巡る紛争も同じ論理
• 2003年に至るイラクの大量破壊兵器疑惑
• リビアの核兵器開発+化学兵器保有
• 北朝鮮の核兵器保有
• イランの核兵器開発問題
【戦争回避の方策】
• S1が x を維持して再交渉・武力行使を求めないという
コミットメントの信憑性を確立する必要
• コミットメント信憑性の欠如は、平和解決が可能である
にもかかわらず、交渉失敗を招く
 今日の合意(武装解除)は相手国に武力行使の動
機を与え、自国を弱体化する
力を巡る紛争
力を巡る紛争
【事例】
力を巡る紛争における、コミットメ
ントの信憑性確保と武力行使の回
避の試み
• ゴラン高原: 第三者(PKO)に
よる停戦合意の遵守
【事例】
力を巡る紛争における、コミットメントの信憑性確保と武
力行使の回避の試み
• ラインラント
– ロカルノ条約(非武装地帯化)~ ナチスによる進駐
– ECSC→EEC→EC→EU ~ 成功
• イラク: 失敗 2003年イラク戦争
• 北朝鮮: 核開発成功
• リビア: 武装解除 2003年12月 (強制外交による)
• イラン: 穏健派ロウハニ大統領への政権交代
先制攻撃 Preemptive War
国際政治学
コミットメント問題が戦争を招く2つ目のケース
講義9‐5
【問題となる戦略状況】
新たな軍事技術・兵器システムの運用が戦術的優位性
を与えるとき、双方の国ともに先制攻撃への誘因を持つ
戦争原因の3つのモデル
~先制攻撃~
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
【先制攻撃力】
• 潜在的敵国が武力行使を行う前に先んじて攻撃を加
えることで、大きな戦術的な利益を生む能力
• 新たな軍事技術の開発や兵器システムの運用が、 相
手国の軍事力を無効化したり、甚大な被害をもたらす
• 例: テロリズム、核兵器などの大量破壊兵器など
先制攻撃
先制攻撃
S1 とS2のいずれかが先制攻撃を仕掛けるのかによって、
平和解決可能な範囲が変化
S1が先制攻撃した場合のパラメータ
S1が先制攻撃した場合のパラメータ
p(S1): S1の戦勝確率
p(S1) >p(S2)
c1(S1): S1にとっての戦争コスト
c1(S1) <c1(S2)
c2(S1): S2にとっての戦争コスト
c2(S1) >c2(S2)
p(S1): S1の戦勝確率
p(S1) >p(S2)
c1(S1): S1にとっての戦争コスト
c1(S1) <c1(S2)
c2(S1): S2にとっての戦争コスト
c2(S1) >c2(S2)
S2の先制を想定した平和解決
S2が先制攻撃した場合のパラメータ
p(S2): S1の戦勝確率
p(S1) <p(S2)
c1(S2): S1にとっての戦争コスト
c1(S1) >c1(S2)
c2(S2): S2にとっての戦争コスト
c2(S1)<c2(S2)
S1
0 p(S2)c1(S2)
先制攻撃による交渉失敗
p(S2)
S1先制を想定した平和解決
p(S1)
S2
p(S2)+c2(S1)p(S1)c1(S1) p(S1)1+c2(S1) 1
先制攻撃による交渉失敗
【二つの平和解決範囲が重なる範囲で平和妥結は可能】
【二つの平和解決範囲が乖離した場合の平和の条件】
先制攻撃力が大きいと、平和解決は困難:
• p(S1) と p(S2) の差が大 ⇒ 二つの平和範囲の乖離拡大
• c1(S1)や c2(S2)が小
⇒ 二つの平和範囲の乖離拡大
どの国が先制攻撃をするかについて合意が必要
• そのような合意にコミットメントできるのか?
• 先制攻撃しないというコミットメントは信憑性があるか?
S2の先制を想定した平和解決
S1
0 p(S2)c1(S2)
p(S2)
S1先制を想定した平和解決
p(S1)
S2の先制を想定した平和解決
S2
p(S2)+c2(S1)p(S1)c1(S1) p(S1)1+c2(S1) 1
S1
0 p(S2)c1(S2)
p(S2)
S1先制を想定した平和解決
p(S1)
S2
p(S2)+c2(S1)p(S1)c1(S1) p(S1)1+c2(S1) 1
先制攻撃の例
【先制攻撃で始まる戦争】
歴史的には稀
【安全保障政策としての先制攻撃】
ブッシュド・クトリン
• テロリストを庇護する国に対する先制攻撃
日本の敵基地攻撃
• 核兵器発射前に運搬能力の破壊
イスラエルの先制
• イラク原子炉爆撃事件(1981)
先制攻撃の例
【イスラエルの先制攻撃】
シリア核開発施設攻撃(2013)
【問題】
先制攻撃能力は、双方ともに先制攻撃を仕掛ける動機を
与える(=戦略的安定性を損ねる)
予防戦争 Preventive War
国際政治学
講義9‐6
戦争原因の3つのモデル
~予防戦争~
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
コミットメント問題が戦争を招く3つ目のケース
A.J.P. テイラー The Struggle for Mastery in Europe,
1848-1918.
19世紀欧州協調の時代の列強間の戦争は全て現状
維持国によって開始された
• 普墺戦争(1866年)
• 普仏戦争(1870年)
• 第一次世界大戦(1914年)
これらは侵略戦争ではなく予防戦争として開始された
予防戦争
【問題となる戦略状況】
軍事バランスが外部要因により大きく変化することが予
想される状況
【例: S1と S2 の経済成長の差】
新興国S1の国力・軍事力は、経済成長以前では、 S2 に
劣るが、経済成長以後では、 S2 を凌駕する
• 第一次世界大戦前のドイツ (S1)と欧州列強 (S2)
• 現在の中国(S1)と米国(S2)
軍事技術・兵器開発によるパワー・シフトでもロジックは同じ
予防戦争
【経済成長前】① xは合意可能、②S1,S2 とも戦争より選好
経済成長前の平和解決
S1
S2
x
pc1
p+c2
予防戦争
予防戦争
【経済成長後】台頭国S1は xを反故にして再交渉によ
りx'を求める誘因を持つ
経済成長前の平和解決
S1
経済成長前の平和解決
S2
x
pc1
【経済成長後】一方で、現状維持国S2は、S1の経済成長
後の交渉解 x'よりも、現時点での戦争p+c2を選好
S1
pc1
p+c2
経済成長後の平和解決
S1
S2
x'
p'c1
0
p'+c2
1
p+c2
経済成長後の平和解決
S1
p'c1
0
経済成長前の平和解決
0
S2
結果的に、S2はS1の経済成長を防ぐために現時点での平
和解決を蹴り、予防戦争を起こす誘因を持つ
S1
経済成長後の平和解決
S2
x'
p'+c2
1
予防戦争
【パワーシフトが予防戦争を招く条件】
パワーシフト(経済成長・軍事技術)を防ぐ戦争としての
「予防戦争」
パワーシフトを予防できる戦争は必然的に大規模(論
理的要請)
 歴史的に覇権の交代期に大規模戦争が発生(経験
的妥当性)
19世紀欧州における列強戦争ついてのAJP テイ
ラーの観察に通じる(議論)
S2
x
pc1
p+c2
p'c1
1
経済成長前の平和解決
x
S1
p'+c2
予防戦争
なぜなら、S2にとって最も有利な経済成長後の交渉解 x'
= p'c1よりも、現時点の戦争利得の方が大きいため
pc1
S2
x'
予防戦争
S1
S2
x
p+c2
経済成長後の平和解決
S1
0
S2
x'
p'c1
p'+c2
1
予防戦争
【予防戦争を回避する条件】
S1による S2に対する「将来に亘って xを反故にしない、
武力行使をしない」というコミットメントが必要
 そのようなコミットメントは国際政治では信憑性が
ない
戦争原因の説明モデル
国際政治学
講義9‐7
戦争原因の3つのモデル
~戦争原因としての(不)分割可能性~
早稲田大学
政治経済学術院
栗崎周平
【戦争パズルへの解としての戦争原因モデル】
• 平和解決の原則的存在は、それが常に達成可能で
あることを意味しない
• 原則的に常に存在する平和解決の実現を阻害する
機構
• 「政治の失敗」としての戦争
1. 不確実性
2. コミットメント問題
3. 争点分割(不)可能性
争点の分割(不)可能性
争点の分割(不)可能性
戦争原因に関するパズルの設定における隠れた仮定
 バーゲニング(財の再分配)が可能
【国際政治における多くの争点は物理的に分割可能】
争点の分割不可能性 (Issue Indivisibilities)
 交渉の有効解は、All or Nothing
 バーゲニングが不可能
• 領土は分割可能
• 政策も分割・交渉可能
• 政治体制(政治制度・権力の配分)も交渉可能
• 民族・宗教の線引きも分割・交渉可能
争点が分割不可能なときのバーゲニングの知恵
争点リンケージ = 複数争点間での譲歩の交換
サイド・ペイメント = 代替の交換
(金銭・謝罪などシンボル行為)
物理的な観点ではなく、争点の政治的な評価の問題
分割可能かどうかは、政治的に規定される
争点の分割可能性と「政治の失敗」
争点の分割可能性と「政治の失敗」
【分割不可能性の政治性】
領土や政策などの分割は、その本質的な価値を奪う
• 非政治問題でも同じ(離婚裁判での親権・監督権など)
物理的に分割可能な財を、政治的に分割不可能だと主張
1. 国内政治での支持取り付けのためのレトリック
 高圧的政策ポジションによる支持取り付けの容易性
2. 対外的な交渉力を上げるためのレトリック
 国内で「観衆費用」を喚起し、相手に譲歩を迫る戦術
3. 歴史、文化、宗教な「権威」を利用する正当化レトリック
 政治過程と内生的だが、論点すり替えの戦術
【典型例: エルサレム問題】
• ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地
• イスラエル建国以降、イスラエル支配
• 以来、周辺アラブ諸国と対立(パレスチナ建国問題)
写真:AFP WAA提供
争点の分割可能性と「政治の失敗」
争点の分割可能性と「政治の失敗」
Source: CIA Factbook
【政党政治による分割不可能性】
• 建国直後は、多数のイスラエルの政党は、様々なエ
ルサレムの分割・共同管理などを「マニフェスト」とし
て提案
• 民主政治における自由競争の中で、高圧的・強硬
的政策ポジションにシフト
• 現在では、エルサレム分割を主張する政党なし
• エルサレムをHoly Cityと呼び、分割提案は政治的
自殺行為
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争点の分割可能性と「政治の失敗」
争点の分割可能性と「政治の失敗」
【エルサレム問題と政治の失敗】
【領土問題としてのSenkaku / Diaoyu Islands問題】
日本政府の主張=日本固有の領土
• 領有権の歴史的経緯を根拠として利用
そもそも歴史は政治行為の帰結
• 領有権の国際法的地位を根拠として利用
そもそも国際法はBargainingの帰結や、国家行
動のパターンを制度化したものに過ぎない
• エルサレム支配の歴史的根拠
そもそも歴史経緯は政治行為の帰結
• エルサレム支配の国際法的根拠
条約は、そもそも国際交渉の帰結を明文化
既存の国家行動のパターンを制度化したもの
領土問題における、歴史・宗教・国際法の根拠は、先
行する政治過程の帰結であり、交渉材料としての政治
レトリックとして理由されていること理解する必要
争点の分割可能性と「政治の失敗」
【政治の論理と政治学の論理】
• Bargaining leverageとしての政治レトリックと、国際政治の
分析の論理の峻別
• 政治当事者: いかなる政治主張にも、政治分析の論理を理
解したうえで、政治当事者としてのゲームをプレーすべき
• 政治観衆: 領土問題を争点化することで、他の外交目標・
政治目標を追及している可能性(仮説)
– 争点化して対立を演じることで多くの利益(国内政治問題
の議題操作・外交における影響力操作)を得ている
【領土問題と国益の相克と比較衡量】
• 不本意な交渉の失敗(武力衝突など)の回避
• 領有権の主張(共同管理などの拒否)
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日本政府の主張=現状の(力による)変更は認めない
• 現状維持: 現状=秩序、維持=安定、力=非平和
• 西大西洋の現状: 米国の膨張・WWIIの帰結