世界一流選手の発達段階について(ISSUE 30,AUGUST 2003)

世界一流選手の発達段階について
Paul Lubbers and Daniel Gould(道上
静香
訳)
はじめに
選手はどのようにしたらチャンピオンになれるのか?世界一流選手になるには精神
的に何が必要とされるのか?多くの人達(コーチ,選手,協会,ファン等)は,このよ
うな質問を投げかけるが,この問いかけに対する一致した見解は得られていない.しか
し,スポーツ科学の研究者らは,この問題を科学的に研究し始め,そして,世界一流選
手をつくるための段階的育成の指針となる重要な要素を明らかにしている.ここでは,
漸進的な育成や発達に重要な要素について簡潔に述べていくことにする.
研究によると,世界一流選手を段階的に育成するには,少なくとも 10 年,時間にす
れば 1 万時間という長期過程を必要とするということである(Erricson, 1996).また,
世界一流選手は,才能を発達させるのに,明確な段階を経験していることも研究で明ら
かになっている.Bloom(1985)や Gibbons(1998)によると,エリート選手の育成
は,以下に示す3つの段階に分けられる.
・第1段階(導入/基礎の段階)
第1段階では,ゲームに対する愛着を持ったり,ゲームを楽しんだりすることが特徴
となる.加えて,選手は,自由に様々なスポーツを探求し,プレッシャーのない中で成
功を経験し,コーチや両親からは激励を受ける段階でもある.
・第2段階(洗練/移行の段階)
第2段階では,選手は,単にテニスがしたいというだけではなく,優れた“テニス選
手”でありたいというような,“真の”テニス選手へと進化していく段階である.たい
ていの選手は,基礎的および専門的技能の強化を専門とする優れたコーチの助けを借り
ることになる.
・第3段階(世界クラスのパフォーマンスの段階)
第3段階では,最もハイレベルな大会に出場する一方で,専門的技能の獲得や練習,
あるいは人格形成に多くの時間が費やされる段階である.さらに,試合に愛着を持ち続
けながらも,テニスが人生の中で重要な部分を占め,極めて重要なビジネスになる段階
でもある.
これらの3つの段階について大変興味深いことは,選手は大会で優勝するという考え
には結びつかないということである.それよりもむしろ,選手は,テニスに触れ,楽し
み,満足感を得て,ゲームを好きになる.そして,ゲームを好きになった後,選手はよ
り本格的で集中した段階へと移行するようになる.それゆえ,トップ選手を育成するた
めの最善の方法は,初期の段階においては,子供にゲームを身につけさせるのに必要な
事柄,すなわち,ゲームの楽しみを助長させるたり,基礎を獲得させたり,やる気を身
につけさせたりすることと同じことを行うことである.基礎を獲得できれば,よりテニ
スに集中した段階へと発展していく.
第 1 段階において,選手の発達に極めて重要な変数は基礎の獲得である.基礎の獲得
は,次の段階に移行する時に,技術,体力,精神力の向上の土台となる.要するに,コ
ンスタントにショットを打ったり,相手のボールを返球したりすることができなければ,
ゲームを楽しんだり,好きになったりすることは難しくなるということである.基礎を
教えたり,楽しみを経験させたりすることに加えて,発達段階の初期に注目すべき主な
メンタルスキルは自尊心であり,非常に多くの前向きな教育と支援を通じてこれを強化
させることが重要になる.自尊心を高めることができなければ,次の段階におけるやる
気への懸念,不安,自信喪失等に結びつく.
第 2 段階において,発展途上の選手は,目的と強度が設定された練習方法を学習しな
ければならない.さらに,基礎に磨きをかけ,ポジティブな選手になれるようにするた
めには何をすべきかを学習しなければならない.目標設定は,特にこの段階では重要で
ある.選手は,単に目標を設定するだけでなく,正しい目標を設定すること,すなわち,
具体的で挑戦できるもの,しかし,現実的で,結果,プロセス,そしてパフォーマンス
に対する目標でなければならない.選手は,さらに,激しい練習や試合から生じるプレ
ッシャーにうまく対処できるようにストレスマネージメントや集中力を高めるスキル
を身につけ,精神的準備を行わなければならない.
第 3 段階において,パフォーマンスの獲得はゆっくりとしたペースで行われるので,
選手は,絶えず自分自身にやる気を持たせ,挑戦し続ける方法を見出さなければならな
い.コート内外で,気を散らすものに対処したり,注意を集中し続けたりすることを学
習することは,この段階ではかなり重要なことになる.特に,1 日の多くの時間を注目
の的にさらされるようなトップ選手においてはなおさらのことであろう.そして,この
段階にいる選手は,自己調整スキルを獲得しなければならない.つまり,この段階でも
コーチングは選手にとって重要ではあるが,選手は,自分自身で意思決定し,ますます
複雑化していく物理的・社会的環境をマネージメントしていくことを学ばなければなら
ない.
世界一流選手は,これらの段階を通じて発展していく.そして,テニスに関わる人達
は,これらの段階を理解しなければならない.熱心な両親やコーチは,選手を早くチャ
ンピオンにさせようとして,段階を飛ばしてしまいがちだが,各段階で重要なスキルは
異なることから,これらの一連の段階を通じて指導をしていくことが重要になる.テニ
スの才能を発達させる過程は,選手を取り巻くすべてのものから質の高いサポートと多
くの時間を必要とする脆い過程といえるのである.
<参考文献>
Bloom, B. S. (Ed.). (1985) Developing talent in young people. NY: Ballantine.
Ericsson, K. A. (1996). The acquisition of expert performance: an introduction to some of the
issues. In K. A. Ericsson, Ed., The Road to Excellence: The Acquisition of Expert Performance
in the Arts and Sciences, Sports, and Games. Mahwah, NJ: Erlbaum, pp.1-50.
Gibbons, T. (1998). The Development of Excellence. A Common Pathway to the Top in Music,
Art, Academics and Sport. Olympic Coach, Vol. 8, No.3.
Gould, D., Dieffenbach, K., & Moffett, A. (2002). Psychological characteristics and their
development in Olympic champions. Journal of Applied Sport Psychology, 14, 172-204.