我が国における地熱発電所の 景観計画に関する研究

ニュージーランドではこの 15 表2 世界の地熱発電開発導入量
日本
年で導入量が 2 倍以上に増加し
ニュージーランド
た例もあり、我が国でも今後のさ
インドネシア
らなる活用が期待されている。
フィリピン
アメリカ
2-2 地熱先進諸国の施策から
我が国における地熱発電所の
景観計画に関する研究
みた我が国の開発上の課題
A Study on the landscape planning of
geothermal power plants in Japan
公共システムプログラム
11-1018-5 小紫茉優 Mayu Komurasaki
指導教員 中井検裕 Adviser Norihiro Nakai
1
はじめに
1-1 研究の背景と目的
近年、地球温暖化や輸入燃料価格の高騰、原子力発電の縮
小を背景に、我が国でも再生可能な自然エネルギーを用いた
発電への注目度が高まってきている。その中でも地熱発電は
太陽光や風力のように出力を気候に左右されず安定で、純国
産エネルギーかつ設備利用率が高いため水力発電と同様にベ
ースロード電源としての役割を担うとされている。我が国は
世界でも有数の地熱資源保持国であり、世界の地熱発電用プ
ラントの約 7 割が日本メーカー製であるなど開発に関する知
見も高いことから今後の幅広い普及が期待されている。
我が国では平成 11 表1 我が国の地熱発電所一覧
所在
運転開始期
年に運転を開始した八 発電所名
森
北海道茅部郡
1982.11
丈島地熱を最後に新規
澄川
秋田県鹿角市
1995.03
岩手県松尾村
建設は行われていない
松川
(十和田八幡平国立公園)
1966.01
が、近年では固定価格
岩手県雫石町
葛根田
(十和田八幡平国立公園)
1978.05
買取制度の導入も相俟
秋田県湯沢市
って、平成 26 年 9 月時 上の岱
(栗駒国定公園)
1994.03
点で全国 39 もの開発
宮城県鳴子町
鬼首
(栗駒国定公園)
1975.03
プロジェクトが広がる
福島県柳津町
柳津西山
など、新規開発の気運
(只見柳津県立自然公園)
1995.05
東京都八丈町
が高まっている。
八丈島
(富士箱根伊豆国立公園)
1999.03
滝上
大分県九重町
1996.11
一方で地熱発電所は
大分県九重町
大岳
国立公園などの景勝地
(阿蘇くじゅう国立公園)
1967.08
大分県九重町
に 立 地 す る こ と が 多 八丁原
(阿蘇くじゅう国立公園)
1977.06
く、開発の際には周辺
鹿児島県牧園町及び栗野町
大霧
(霧島屋久国立公園)
1996.03
景観との調和に十分な
山川
鹿児島県山川町
1995.03
配慮を行うことが求め
計13箇所 ※運転開始期は発電機が複数の場合1号機について
られている。そこで、
本研究は我が国における地熱発電所の景観計画の特徴を開発
の背景から分析し、課題を考察することで今後の在り方につ
いて一助となる知見を得ることを目的とする。
1-2
本研究の位置づけ
地熱に限らない発電設備全般の景観に関する既存研究とし
て、風力発電所における景観設計 1)、火力・原子力発電所にお
ける環境デザインの効果測定に関する研究 2)などは見られる
が、地熱発電所個別の景観に着目し開発の背景と関連付けて
俯瞰的に考察・分析した例はない。特に比較的近年に開発さ
れた発電所に注目し分析を試みる点で新規性があると考える。
2
世界からみた我が国の地熱開発の現況と課題
2-1 世界各国の地熱発電所開発の現況
この章では近年地熱開発が活発な国と我が国における施策
を比較した上で、我が国に特有の開発上の課題を指摘する。
各国の地熱開発の現況について、地熱資源量と地熱発電導
入量は表 2 のようになっている。我が国は国土全体に活火山
が集中しており発電に利用できる資源量を電力に換算すると
23,470[MW]にのぼるとされているが、実際に利用されている
のは 535[MW]と全体の 2%程度に過ぎない。インドネシアや
0
10,000
20,000
30,000
地熱発電導入量 [MW] (2010)
2-2-1 地熱資源の法的位置づけ
地熱資源量電力換算 [MW]
まず、各国の地熱資源の定義と所有権に関する法律上の扱
いを調査した。我が国で地熱資源は温泉法で定義された「温
泉」に該当し、発電への利用を想定した定義はなされていな
い。そのため地熱
国名
地熱資源の定義
所有者
発電を個別に扱
アメリカ
「地熱層から得られる
国家
フィリピン
う法律は存在せ
地熱エネルギーとその副産物」
(政府)
インドネシア
ず、現在は温泉法 ニュージーランド 「政府を含む誰にも所有されない"水"」 不在
日本
(温泉法における)「温泉」
─
や自然公園法、電
気事業法等による規制を受けている形である。温泉法の中で
も温泉資源の所有権については直接的に明記されておらず、
地熱資源の所有権に関しても曖昧なものとなっている。
2-2-2 地熱発電の導入目標量
開発の見通しとも言える導入目標量に関しても、各国独自
の数値目標が打ち出される中、我が国では 2050 年までに地熱
による発電量がどの程度増加するかについての導入見込量は
設定されているものの意欲的な開発の動機となる導入目標量
は現時点で具体的に設定されていない。3)現行の事業を迅速化
し新規参入を促進するためにも今後の目標設定が期待される。
2-2-3 地熱開発に関わる規制
環境影響評価はいずれの国も同様に実施され景観への対策
も義務づけられているが、我が国のように発電所が森林に立
地しない場合や近隣に集落が存在しない場合もあり対策の背
景は異なる。国立公園内の開発規制に関しても概ね同様のよ
うである。4)しかしながら海外において温泉地を個別に保護・
規制する法律(温泉法)は見られず、温泉による規制を大き
く受けるのは我が国の最大の特徴である。
2-2-4 政府機関による事前資源調査と情報公開
最後に開発に必要な事前資源調査に関して、これも多くの
国では政府主導で行われ事業者がそのデータを購入できるの
に対し、我が国では地熱資源の一括した調査は未だ行われて
いない。事前調査も国が補助を出す形ではあるが事業者主導
であり、高額な初期投資に伴う不確実性リスクを高めている。
2-3 2章のまとめ
ここで前節までの調査を踏まえ、世界の施策からみた我が
国特有の開発上の課題を整理する。
① 我が国において地熱資源の定義は「温泉」であり、地熱発
電個別に関する法律は存在しない。温泉法における資源の所
有権も曖昧であることから、地域の温泉事業者との相互理解
が重要な課題となっている。
② 国として地熱発電を推進する姿勢は定まっているが具体
的な導入目標量は定められておらず、今後の目標設定とそれ
に伴う明確な開発区域の設定が求められている。
③ 環境影響評価や公園内の開発規制はいずれの国も概ね同
様であるが、我が国では温泉法による規制が特徴的である。
3
地熱発電の景観対策の現況と動向
3-1 国立公園の開発規制緩和
現在我が国の保有する地熱資源の約 8 割は国立公園内に位
置すると言われており、公園内での開発が長年規制されてい
たことも開発停滞の要因となっていた。しかし規制の見直し
に伴い、2012 年の環境省による規制緩和の結果、第 2 種特別
地域および第 3 種特別地域については原則禁止ではあるもの
の一部の優良事案について開発が可能となった。国立公園は
本来優れた風景地の保全を目的としているため、公園内での
開発では特に注意して景観に配慮する必要がある。
3-2 アセスメントの実施
現在我が国では認可出力 1[万 kW]以上の事業で環境アセス
メントの実施が必須だが、1999 年の環境影響評価法施行以降
法対象となる新たな地熱発電所は建設されていない。現行法
以前は通産省による発電所アセスが実施されていたが、これ
は住民関与などの第三者参与が限られており事前事後手続き
も不十分であった。現行法ではこうした点も改善され、景観
項目では「建屋の形状・色彩等を配慮」
「改変部は緑化し自然
景観と調和」等、周辺景観への影響を抑えるよう事業者に求
めているが、高さ規制等具体的な数値基準は示されていない。
3-3 事業者の取り組み
現在我が国の地熱発電所の多くは立地の特性上周囲から窪
んだ場所に建設されており、近くの県道からもほぼ姿が見え
ないことを確認した。建屋の色彩や高さは目立たないよう設
計され、植生による遮蔽や排出される水蒸気が景観に与える
影響も考慮されている。開発前の掘削調査にあたってもリグ
の色彩等を考慮していることが自治体への調査で分かった。
3-4 近年の発電所景観デザインの動向
こうした事情を背景に現在我が国の地熱景観対策は発電
所の姿そのものを視界から隠す方針で進められているが、そ
の中でも 1994 年以降に運転を開始した発電所においてはあ
る傾向が見られることが分かった。図 1 は東北電力の保持す
る地熱発電所で、特徴的な山小屋風の設備は発電所の心臓部
とも言えるタービン建屋である。平成以降に運転を開始した
7 箇所の地熱発電所のうちこのような山小屋風は全国に 4 箇
所と見られ、今後建設される発電所もこのような山小屋風の
姿が主流となる見通しがヒアリングの結果分かっている。
図1 近年我が国でみられる山小屋風地熱発電所
4-2 地熱開発と建屋の景観に対する意向
まず、開発行為そのものと景観への姿勢について以下の設
問を 5 段階評価で行った。設問 1 で開発に積極的と回答した
地域はその理由として「エネルギーの自給自足」
「雇用創出な
ど地域活性化への期待」が突出して多く、
「どちらともいえな
い」と回答した地域では「地元源泉地との協議難航」が目立
った。建屋のデザインに関しても多くの地域は重要と認識し
ており事業者に対して積極的に意見を出したいと考えていた。
設問
1.地域で行われる地熱発電所の開発を、地域として積極的に推進したいと思いますか
→ 回答内訳 積極的に推進したい:9件 どちらとも言えない:5件
2.地熱発電所の景観設計に対して、地域として事業者に積極的に意見を出したいと思いますか
3.地熱発電所の景観設計において、建屋のデザインは重要だと考えますか
4.地熱発電所の設置は(見学目的などで)住民の環境意識に影響を与えると思いますか
5.地熱発電所の建屋のデザインは(見学目的などで)住民の環境意識に影響を与えると思いますか
3-5 今後の課題
一方で、今後も全国で新規開発や事業参入が予定される中、
先述の様な短絡的な理由で地域の個性や需要を考慮しない同
質な景観が広まることは懸念される。2-3 節で述べたように
我が国における地熱資源は所有権が不明確な故に対立を招き
やすい。また、地熱発電に対する明確なビジョンの不在から
将来イメージが形成され難く不信感を招くとも考えられる。
しかしながら古くから温泉としてその地域に根ざしてきた資
源を将来世代に渡って長く利用するのは地熱発電ならではの
特徴であり、エネルギーの自給自足という地域のアイデンテ
ィティにも繋がり得ると考える。そこで本研究では今後地熱
発電所が開発される見込みのある地域に向けて、景観にまつ
わる実際の需要の状況を把握すべく自治体に調査を行った。
4
地熱開発地域を抱える自治体への意向調査
4-1 調査実施概要
以上の目的をもって、本研究では地域理解・資源調査段階
の地熱開発事業を対象に、全 14 の自治体に向けてメールでの
ヒアリング調査を行った。以下にその結果を整理する。
4.2
4.3
4.1
4.3
3.9
4-3 地熱発電所景観に対する開発地域の所望
次に、地熱発電所の景観設計にあ
設備の色彩
5%
たってどのような項目に配慮を求
10%
めるかを 5 つの選択肢から 3 つ選
安心・安全感
38%
び順番を付けて戴いた。集計にあ
11%
周囲から姿が
たっては最も重要と回答した順か
見えないこと
設備の形
ら 3・2・1 点とポイントを振り計
14%
算した。結果「設備の色彩」が最
設備の高さ
も多く、その次に「安心・安全感」
22%
その他
と続き、当初上位と思われた「周囲
から姿が見えないこと」は 3 番目に留ま
った。
「その他」には地元団体の意見への配慮などが含まれた。
また、地熱発電所の景観にどのようなことを求めるか自由
記述で設問した所、回答内では以下のキーワードが目立った。
キーワード(回数)
更にこの設計の意図と流行の要因について事業者である電
力会社と推進団体に調査を行った所、以下の様な回答を得た。
『地熱発電所は自然豊かな山村地域に設置することを踏ま
え全体を山小屋風な外観とした。腰壁の下部は石積風を採用、
上部は茶系を採用することで建物に安定感と安心感が生まれ
るとともに山村風景と調和したデザインとなった』
(東北電力)
『山小屋風の発電所の流行が見られるのは環境省が山小屋
風を認めているから』
(ENAA 地下開発利用研究センター)
回答
(平均)
周辺景観との調和(7)、目立たない工夫(3)、関係者との合意形成(2)
周囲の環境を生かす景観(1)、市独自のガイドラインとの適合(1)
さらにその理由としては「予定地が国立公園内であること」
が最も多く、観光資源である自然との両立を重視したいとの
声もあった。「関係者との合意形成」では、「地熱発電所は一
度建設されると数十年は建物が変わらないため、様々な関係
者の意見を可能な限り取り入れた計画が必要」との意見も上
がっており、計画初期段階の合意形成の重要さが強調された。
4-4 調査結果に基づく今後の方針についての考察
本調査を通して地熱発電所の新規開発は推進の態勢の地域
にとってエネルギーの自給自足や地域振興、さらには住民の
環境意識を育む糸口として期待されていることが分かった。
しかしながら発電所の景観設計に対して多くの地域が積極
的に意見を出したいと考えているのに対し「民間企業が設置
するためデザインに関して地域が介入する余地はない」との
声もあり、今後は開発行為だけでなく景観中心の意見交換の
場も設け、量産型でないその地域にふさわしい発電所の姿を
地域と事業者が協力して作り上げていく必要があると感じた。
5
本研究の結論
現在我が国の地熱発電所は地熱資源の位置づけが曖昧であ
るが故に対立を招きやすいが、将来に渡り長く地域と共にあ
るものとして景観に関しても熟慮し計画を進める必要がある。
しかし中には「立地上人目に触れないため景観に関しては
気にしない」という意見もあり、その地域の意向に寄り添い
ながら臨機応変に意見交換の場を設けることが重要である。
【参考文献】
1).
2).
3).
4).
5).
6).
宇田 紀之(2005)
「風力発電所の視覚的特性と景観評価方法の検討」名古屋
産業大学 環境経営研究所年報(4) 2005 年 3 月 pp.10-14
山本 公夫(1999)「火力・原子力発電所における環境デザインの歴史的変遷と
効果測定」電力中央研究所経済研究所 電力経済研究 1999 年 10 月 pp.63-77
独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(2014)「地熱発電」NEDO
再生可能エネルギー技術白書 第 2 版 2014 年 3 月 pp.17~18
JOGMEC(2001)「平成 25 年度 地熱発電開発促進に向けた諸外国の普及促進
制度等調査業務」2014 年 2 月 pp.2~21
一般財団法人エンジニアリング協会「平成 24 年度地熱発電の技術・環境課題
の調査研究報告書」2013 年 3 月 pp.14~28,102~124
坂村 圭(2014) 「地上設置型メガソーラーの建設地の立地特性に関する研究」
日本都市計画学会 都市計画論文集 2014 年 10 月 pp.633~638