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日本域における下向き赤外放射と温室効果ガスの相関
友寄, 友造; 清野, 光弘; 島袋, 知巳
琉球大学理学部紀要 = BULLETIN OF THE FACULTY OF
SCIENCE UNIVERSITY OF THE RYUKYUS(97): 9-17
2014-03-31
http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/handle/123456789/28874
日本域における下向き赤外放射と温室効果ガスの相関
9
日本域における下向き赤外放射と温室効果ガスの相関
友寄友造,清野光弘,島袋知巳
琉球大学理学部物質地球科学科
Correlationbetweenlong-wavedownwardradiationand
greenhousegasesintheregionofJapan
TomozoTomoyose,MitsuhiroSeino,andTomomiShimabukuro
Abstract
Wehavestudiedcorrelationbetweenlong-wavedownwardradiationandgreenhousegases(CO2andH2O)inthe
regionofJapan・Wefoundthattheseasonalvariationofwatervaporarestronglycorrelatedtothatoflong-wave
downwardradiationwhiletheCO2concentrationareuncorrectedtothelong-wavedownwardradiation.The
long-waveupperwardradiationsofH2OandCO2arediscussedbycompairingthecollisionrelaxationtimeandthe
re-radiationrelaxationtimeofmolecules.
化炭素濃度の増加と温室効果に関係がある下向き赤外線放
射との相関を直接示すデーターは少ない.日本域において
下向き赤外線放射の測定が,札幌,筑波,福岡,石垣島,南
②
呉澱勤陣︵廻三︶
ている.しかし,温室効果ガスとみなされる水蒸気や二酸
53
02
50
3
25
10
150
増加により,地球温暖化が進行していることが問題になっ
︵函昌、崖︶閑。﹃四
産業革命以来,人間活動による二酸化炭素の大気中への
00
05
00
05
00
05
00
0
5
4
43
32
21
1
①下向き放射②水蒸気量r=0.946
①
1はじめに
烏島の5観測点で本格的に実施されたのは2010年以後の
060120180240300360
ことである.それまでは,筑波の観測所が1993年以来日射
量・赤外放射の測定を持続的に行ってきた.地上で観測され
る下向き赤外放射線の由来は,雲・水蒸気・エアロゾル・温
day
図1:下向き放射・水蒸気量の季節変化(札幌2012年).
(データー:気象庁)[11.相関係数r=0.946
室効果ガスによる再放射とみなされる.本研究では赤外活
酸化炭素では下向き赤外線放射に対する相関が異なり,ま
た人工衛星で観測される上向き赤外放射における両者の放
射高度も異なることが分かった.これらの観測データーか
言量︶遡蕊同oU
赤外線放射の季節変動との相関を調べてみた.水蒸気と二
03
03
0
8
7
6
3
性気体である水蒸気および二酸化炭素の季節変動と下向き
390
ら得られた相違点を統一的に説明するために赤外活』性気体
の放射過程と大気中の分子間との衝突緩和時間を比較検討
した.
350
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day
2下向き放射と温室効果ガスの変動
図1に地上観測データーから求めた北海道札幌における
2012年に測定された上空からの下向き赤外放射とそれに関
連した水蒸気量を日平均量で表した年間変動(365日)を示
す.水蒸気量は観測された地表温度と相対湿度から求めた.
図2:COo濃度の季節変化(根室2000年),(WDCGG)2
下向き赤外放射と水蒸気量はいずれも8月(240日)頃に
極大を,冬に極小を示し,詳細な変動が一致している.下
向き赤外放射と水蒸気量の相関係数を求めるとγ=0.946
となり,両者の間に強い相関があることを示している.
10
TomozoTomoyose,MitsuhiroSeino,andTomomiShimabukuro
060120180240300360
450
■■■rUU7r■■■■U叩叩I■■■▼U叩叩■■■巴■
②
呉澱勤帥︵廻国ど
︵国昌、崖︶餌.[座
03
03
0
0
5
0
4
呉熱訓脚︵廻三︶
①下向き放射②水蒸気量r=0.826
①
55
4
35
25
1
図4:下向き放射・水蒸気量の季節変化(福岡2012年).
(データー:気象庁)111.相関係数r=0.951
35
05
3
20
25
1
00
8
40
00
60
20
80
4
4
4
4
3
3
2
2
︵函昌、毒︶※。[鴎
②
i
②
day
図3:下向き放射・水蒸気量の季節変化(筑波2012年).
(データー:気象庁)I1l・相関係数γ=0.939
①
①
060120180240300360
day
①下向き放射②水蒸気量r=0.705
芙淵劉卿︵廻乳︶
奇昌屋︶〆.[四
②
53
05
3
20
25
10
150
①
①セウ*0●
00
05
00
05
00
05
00
0
5
4
43
32
21
1
①下向き放射②水蒸気量r=0.951
呉測勤卿︵廻冒3
︵国昌﹃毒︶漢。[座
53
05
3
20
25
10
150
00
05
005
005
00
5
4
4 30
3 20
2 10
1
①下向き放射②水蒸気量r=0.939
10
5
250
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5
060120180240300360
day
day
図5:下向き放射・水蒸気量の季節変化(石垣島2012年).
(データー:気象庁)[1].相関係数r=0.705
図6:下向き放射・水蒸気量の季節変化(南烏島2012年).
(データー:気象庁)[1}相関係数r=0.826
405
言三︶遡襲圃○9
385
060120180240300360
03
53
0
0
9
9
4
言三︶腿鎚べoQ
50
09
59
0
0
4
43
3
410
385
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day
day
図7:CO,濃度の季節変化(与那国島2012年).(データー:
図8:COo濃度の季節変化(南烏島2012年).(データー:
WDCGG)12]
WDCGG)2
日本域における下向き赤外放射と温室効果ガスの相関
①下向き放射②水蒸気量r=0.947
150
400
②
■台pUe旬昏●●
200
100
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● ■ ■ =
150
060120180240300360
day
day
図9:下向き放射・水蒸気量の季節変化(札幌2011年).
(データー:気象庁)I1l・相関係数γ=0.947
FDJ
①下向き放射②水蒸気量r=0.894
400
n
q■6。■ロやCCI■■
②
350
300
250
4
060120180240300360
060120180240300360
day
day
図11:下向き放射・水蒸気量の季節変化(福岡2011年).
(データー:気象庁)I1l・相関係数γ=0.956
図12:下向き放射・水蒸気量の季節変化(石垣島2011年).
(データー:気象庁)[11.相関係数γ=0.894
40
呉謝訓帥︵廻乱︶
250
8
060120180240300360
言登︶腿鎚御09
22
41
6
3
︵園昌、毒︶農.[﹄
05
0
0
4
3
300
08
0
96
94
92
90
98
86
84
8
4
3
3
3
3
3
3
3
3
①下向き放射②水蒸気量r=0.825
36
芙測劉卿︵廻乱︶
笑測訓卿︵更呈︶
︵函昌、毒︶溝.[四
●●●。。●
②
450
80
2
22
1
①
図10:下向き放射・水蒸気量の季節変化(筑波2011年).
(データー:気象庁)[1].相関係数γ=0.948
︵雨昌崖︶閑。[﹄
50
3
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150
00
05
00
05
00
05
00
0
5
4
43
32
21
1
①下向き放射②水蒸気量r=0.956
450
芙測勤卿︵廻呈︶
200
30
52
01
51
0 50
2
②
;
①
奇白、岸︶闇。[里
300
①下向き放射②水蒸気量r=0.948
00
05
0
5
3
32
︵函昌、崖︶×。﹃﹄
350
250
450
呉測釧陣︵廻豆︶
400
①
50
3
35
20
25
10
150
450
11
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day
図13:下向き放射・水蒸気量の季節変化(南烏島2011年).
(データー:気象庁){1].相関係数γ=0.825
day
図14:COo濃度の季節変化(南鳥島2011年).(データー:
WDCGG)2
12
TomozoTomoyose,MitsuhiroSeino,andTomomiShimabukuro
一方,図2に北海道根室における,2000年に観測された
COo濃度の季節変化を示す.年代と地域が少し異なるが,
す.水蒸気量の増加に伴い下向き赤外放射のフラックスが
増加していることが分かる.
植物相の光合成の影響を受けCO,濃度は夏に極小を示し,
水蒸気量の増加に対する下向き赤外放射フラックスの増
冬から春に極大を示す.一般に,二酸化炭素の年間季節変
加は線形的変化よりむしろ対数変化に近い変化を示してい
動は北半球では夏に極小を示し,冬に極大を示す逆位相で
る.このような相関は温室効果ガスと放射強制力の間で良
あることが知られている.このことから,図1で示された
く示唆される相関に類似している[31.図17∼図20には
温室効果を示す下向き赤外放射と図2で示されるCOo濃度
筑波,福岡における水蒸気量と下向き赤外放射フラックス
の季節変化にはほとんど温室効果を強める相関が無いこと
の相関図を示す.中緯度地域にある筑波,福岡における水
が分かる.他の4観測点(筑波,福岡,石垣島,南烏島)か
蒸気量と下向き赤外放射フラックスの相関は札幌のそれと
ら得られたデーターも札幌のデーターと同様な傾向を示す・
類似して,やはり対数増加の変化を示している.これは年
図3,図4,図5,図6にはそれぞれ地上観測データー
間を通して,冬期の湿度が低く水蒸気量が少ない状態から
から求めた筑波,福岡,石垣島,南烏島における2012年に
夏季の湿度が高く水蒸気量が多い状態へ大きく変動するこ
測定された上空からの下向き赤外放射とそれに関連した水
とに対応している.同様に,図21∼図24には石垣島と南
蒸気量の年間変動を示す.札幌の場合と同様,下向き赤外
烏島の下向き赤外放射と水蒸気量の相関図を示す.亜熱帯
放射と水蒸気量はいずれも8月(240日)頃に極大を,冬に 域の石垣島と南烏島は年間を通して気温と水蒸気量の変動
が小さく,水蒸気量と下向き赤外放射フラックスの相関図
とを示している.筑波,福岡,石垣島,南烏島における下
は水蒸気量の大きい領域での対数変化を表している.
濃度の季節変動を示す.与那国島,南烏島の測定結果はい
ずれも図2と同様にCO,濃度の季節変化は夏に極小,冬
400
350
300
に極大の逆位相を示し,図5と図6の下向き赤外放射量の
250
温室効果を強める相関が無いことが分かる.
図9,図10,図11,図12,図13にはそれぞれ札幌,
200
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筑波,福岡,石垣島,南烏島における2011年に測定された
水蒸気量(g/m3)
下向き赤外放射とそれに関連した水蒸気量の年間変動を示
す.図14には南烏島における2011年のCO,濃度の季節
変動を示す.2011年のデーターも2012年の測定データー
蕊J列FFT
はそれぞれ与那国島と南烏島における2012年の二酸化炭素
奇昌、芦︶侭.[﹄
濃度の季節変動のデーターは存在しないが,図7と図8に
;⑩:ユーーーマー︽︾一。:心⋮⋮:⋮一・::;:::⋮:::陸⋮:⋮.:::::。:吾:;:⋮⋮::::
450
している.筑波と福岡の観測点では,2012年の二酸化炭素
︽鍛蝿且JH
γ=0.951,γ=0.705,γ=0.826となり,高い相関を示
ふ蕊縦阻J二
向き赤外放射と水蒸気量の相関係数はそれぞれγ=0.939,
言測瀞
は極小を示し,やはりこれらの量の間に強い相関があるこ
図'5:下向き放射と水蒸気量の相関(札幌20,2年).(デー
ター:気象庁)1.
と同様,下向き赤外放射と水蒸気量の間に強い相関がある
450
ことを示している.両者の相関係数の値は札幌,筑波,福
岡,石垣島,南烏島で,それぞれγ=0.947,γ=0.948,
れまでの図で示した観測結果から,大気上空から再放射さ
れる下向き赤外放射はその大部分をCOo分子でなく,凝縮
分子である水蒸気や凝縮体である雲などが担っているもの
と考えられる.
2.1下向き赤外放射と水蒸気量の相関
下向き赤外放射と水蒸気量の季節変動が詳細に一致するこ
とから,両者に強い相関があることが示唆された.図15と
図16には,札幌における2012年と2011年の下向き赤外
放射と水蒸気量の季節変動から求めた両者の直接相関を示
奇昌、岸︶闇。[鴎
γ=0956,γ=0.894,γ=0.825と高い値を示した・こ
400
350
300
250
200
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水蒸気量(g/m3)
図'6:下向き放射と水蒸気量の相関(札幌20,,年).(デー
ター:気象庁)1-
日本域における下向き赤外放射と温室効果ガスの相関
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450
合白、毒︶浅弓[﹄
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450
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●
200
200
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0246810121416182022
水蒸気量(g/m3)
水蒸気量(g/m3)
図'7:下向き放射と水蒸気量の相関(筑波20,2年).(デー
ター:気象庁){'1.
職弓
350
300
450
喬昌、犀︶闇。[座
●
路⋮も
奇昌、崖︶閏。[﹄
400
::bi芋蜂
⋮⋮燕
450
図'8:下向き放射と水蒸気量の相関(筑波20,,年).(デー
ター:気象庁)1.
400
燕鍔
>:・;;;
350
300
250
250
200
200
024681012141618202224
024681012141618202224
水蒸気量(g/m3)
水蒸気量(g/m3)
図'9:下向き放射と水蒸気量の相関(福岡20,2年),(デー
図20:下向き放射と水蒸気量の相関(福岡2011年).(デー
ター:気象庁)[']
ター:気象庁){']
450
450
400
●
■ 5 5 句 ■ B r ■ 叩 ■ ■ ■ T U U ■ ■ q U r 司 叩 5 − ■ ■ U ■ ■ ■ U ■ ■ 5 5 ■ e U U ● ■ 早 ■ ■ ● り り 与 早 B C G ■ U ●
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300
の.⋮91
350
●CaF●q■昏●『。。C■。■口e●旬U『■旬65■ウC一C■。●CG●。■69●bb●UCQBU巴cbeUCbaq
250
02468101214161820222426
水蒸気量(g/m3)
図2':下向き放射と水蒸気量の相関(石垣島20,2年).
(データー:気象庁)[,].
狩白、崖︶闇。[﹄
500
●●●
符昌、岸︶瀦弓︻﹄
500
400
350
300
250
02468101214161820222426
水蒸気量(g/m3)
図22:下向き放射と水蒸気量の相関(石垣島20,,年).
(データー:気象庁)1-
TomozoTomoyose,MitsuhiroSeino,andTomomiShimabukuro
14
波長入(/im)
450
201512111098
7
●
喬昌、崖︶〆。[﹄
?・・
わ
400
ーbbd●●G●●beUb●。b●、1
申
150
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100
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●
●
●
●
300
4 8 1 2 1 6 2 0 2 4
水蒸気量(g/m3)
●
50
…
…
…
…
…
…
…
…
…
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…
…
…
6
静
●
わ︾
ご⋮︽::⋮一⋮::.⋮⋮i⋮⋮
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︾い・印
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一▲ロ一●
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●●郡
●●一●○函.●
350
︾..毛。
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焦室息呈
さ二二三二一一
南極
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●!●
⋮⋮.t⋮.:●⋮:⋮︲!;⋮・⋮・⋮
奇昌、産︶汽弓[﹄
§
400
一一
●●。
450
1
図23:下向き放射と水蒸気量の相関(南烏島20,2年).
(データー:気象庁)[,,.
︵一︲︵一︲EC︶一︲﹄の射︲E三E︶遡鯉諒橿
● ●
卵0帥卵0
350
●
0
4006008001000120014001500
波数(cm-1)
図25:人工衛星ニンバス4号で測定した地球放射の放射
輝度スペクトル4,5
300
4 8 1 2 1 6 2 0 2 4
水蒸気量(g/m3)
図24:下向き放射と水蒸気量の相関(南烏島20,,年).
(データー:気象庁)[,].
た8∼12umの波長域は大気の窓領域と呼ばれ,北アフリカ
の地表からの放射を表す.北アフリカ砂漠の正午に測定さ
れたため,高い地表面温度が観測されている.これに対応す
る地中海のスペクトルは大気の窓領域では地表280K(7℃)
の放射を表している.南極では地表温度が氷床のため極端
に低く大気の窓の波長帯は190K(-83℃)の黒体放射スペ
3上向き放射と温室効果ガス
クトル上にある.
図25のアフリカ,地中海のスペクトルから,温度約
水蒸気や二酸化炭素により吸収された地表放射は下向き
220K(-53℃)の黒体放射スペクトルに沿った15mnの波
放射と上向き放射として再放射される.地上で観測可能な
長域にCOoの強い放射バンドがみられる.この温度は高
下向き放射と異なり,上向き放射は人工衛星による観測の
度10∼15kmの対流圏界面の典型的な温度であることから,
みが可能である.人工衛星のリモートセンシングによるグ
CO,の再放射が高高度の対流圏界面付近でなされている
ローバルな観測は今後気候問題に関して重要な役割を果た
ことが分かる.南極の場合,COoの15umの放射バンドは
すと考えられる.
210K(-63℃)で少し高い高度での放射を示している.CO,
図25には人工衛星ニンバス4号で測定したアフリカ,地
による上向き放射は全球的に一様化され,CO,による再放
中海,および南極における上向き放射の放射輝度スペクト
ルを波数(波長の逆数)の関数として示してある.図の下の
射はどの地域でも気温220K(-53℃)の圏界面(高度10∼
15km)で行われていることが分かる.
横軸は波数を上の横軸は波長を表す.図25の人工衛星観測
さらに,図25のアフリカ,地中海のスペクトルから温度
によるスペクトルは,破線で表された異なるいくつかの温
約260K(-13℃)の黒体放射スペクトルに沿ったHoOによ
度の黒体放射スペクトルの重ね合わせで表されることが分
る20amの放射バンドが観測される.この温度の高度は約4
かる.図の上段のアフリカは北アフリカのサハラ砂漠のス
∼5kmに相当する.南極の場合,HoOによる20/imの放射
ペクトルを表す.320K(47℃)の黒体放射スペクトルに沿っ
日本域における下向き赤外放射と温室効果ガスの相関
バンドは200K(-73℃)を示し,これはむしろ氷床の地表に
15
逆過程により励起状態のCOo分子が存在するが,個々の分
近い位置での放射を示している.南極の平均標高は約2km 子の励起状態から基底状態への緩和過程はやはり衝突緩和
で氷床表面の温度は極端に低く冬季には氷床上空500m程
時間に支配されていると考えられる.下向き赤外放射の観
度まで逆転層を形成しており,通常の大気構造と異なると
測結果はCOo分子の励起状態の再放射過程がほとんどない
考えられる.
ことを示唆している.励起されたCO,分子と空気分子との
表1は図25の人工衛星ニンバス4号で測定されたアフリ
衝突頻度が減少する空気密度の薄い対流圏界面付近でのみ,
カ,地中海,および南極でのCO,,H,0,大気の窓の放射波 励起COo分子は赤外線の再放射が可能であり,したがって,
長帯域の高度と温度をまとめたものである・表1からCO, 宇宙から測定される放射フラックスは空気密度が相対的に薄
はグローバルに高高度の圏界面(高度10∼15km)でのみ上 くなる温度220K(-53℃)の高度約10km∼15km(圏界面)
向き放射(再放射)が可能であり,一方,水蒸気(HaO)は南 で最終的に放射されるスペクトルとして観測される.
COoとは異なり,水蒸気は温度の低い高度4∼5kmの対
極を除き,対流圏中層(高度4∼5km)で再放射を行ってい
ることが分かる.両者の放射高度の違いはその気体分子と
流圏中層で単独水分子ではなく,水素結合等により凝縮し
しての物’性の違いから生じる.下向き放射に対するCO,と
た凝縮分子を形成していると考えられる.凝縮分子は気体
水蒸気(Ha0)の相関の違い,上向き放射における両者の放
より液体に近い’性質を示すと考えられ’気体分子間の衝突
射高度の違いを統一的に説明する必要がある.
過程によるエネルギー伝播機構を失っており,凝縮体とし
ての再放射が可能である.雲のような凝縮体は高度に関係
表1:人工衛星で観測されたCOo,HoO,大気の窓の放射波
なく再放射が可能であり,大気上空の水蒸気は雲に近い’性
長帯域におけるアフリカ,地中海,南極での放射高度と温
質をもつと考えられる.
対流圏は巨視的な対流による熱移動以外に,分子過程か
度.COoの上向き放射高度は圏界面(高度10∼15km),水
蒸気(HaO)の上向き放射高度は対流圏中層(高度4∼5km) らみると気体の熱移動は放射と熱伝導とのいずれかである.
放射は電子軌道の遷移,分子振動・回転運動の励起に起因
に対応する.
CO,の放射バンド15〃、
アフリカ
地中海
南極
220K(-53℃)
220K(-53℃)
210K(-63℃)
圏界面(高度10∼15km)
圏界面(高度10∼15km)
圏界面(高度10∼15km)
H,0の放射バンド20a m .
アフリカ
260K(-13℃)
地中海
260K(-13℃)
200K(-73℃)
南極
地中海
南極
320K(47℃)
280K(7℃)
190K(-83℃)
れた準位であり,再放射過程には緩和時間という時間がか
かる.熱伝導は分子間の直接衝突によるエネルギー伝播過
程で,分子間の衝突頻度に依存する.分子間の平均衝突時
間は衝突頻度に逆比例し,対流圏下部のように気圧が高い
ところでは,再放射の緩和時間より早い現象である.した
対流圏中層(高度4∼5km)
対流圏中層(高度4∼5km)
がって,赤外線活‘性気体分子に吸収された地表放射は緩和
南極氷床に近い高度
時間内で再放射される前に,周りの赤外不活‘性気体である
大気の窓8∼12〃 、
アフリカ
する放射過程が考えられる.これらの励起準位は量子化さ
空気分子に衝突しエネルギーを伝播し,大気を暖める.暖
サハラ砂漠地表面
まった水蒸気を含む空気塊は浮力を得て対流を生じ,同時
地中海地表面
に水蒸気も上空に運ぶ.対流で上層に移動した空気塊は気
南極氷床表面
圧が下がると断熱膨張で冷え,凝縮分子を形成し,凝縮分
子の熱振動を赤外放射として再放射する.赤外活性気体の
再放射過程を分析するためには,赤外不活性気体である空
気分子との衝突過程の分析が必要である●
4分子間衝突時間と凝縮水蒸気分子
赤外活'性気体COoが高高度でしか再放射ができない理由
として次のような推測が可能である.CO,は地表面から放
4.1励起赤外活性分子の衝突緩和時間
出される赤外放射を吸収し励起されるが,CO,の振動励起
状態の再放射による緩和時間は空気分子との衝突の緩和時
一般に,分子の振動・回転に関する励起状態の緩和過程
間より遅く,分子間衝突により再放射過程の機会が失われ
は物質の状態により10-13∼lO-^sの幅広い時間スケール
る.そのため,CO,は下層大気では空気分子との衝突によ
で現れる(6)、気体分子の励起状態の緩和は,再放射による
り励起エネルギーを空気分子に運動エネルギーとして伝播
緩和過程以外に,衝突による内部自由度間の遷移を伴う無
し大気を温めていると考えられる.局所熱平衡のもとでは, 放射過程の緩和が重要である.気体分子の励起状態から平
TomozoTomoyose,MitsuhiroSeino,andTomomiShimabukuro
16
衡状態への緩和時間Tは次式で与えられる7-
幸=〃抑(-器)(1)
ここで,りは励起状態から平衡状態への遷移が起こる頻度を
表し,knはボルツマン定数を表す.ボルツマン因子の△E
ここでN/Vは大気分子の数密度を表す.有効断面積ぴで
衝突する単位時間当たりの気体分子の衝突数(衝突頻度)w
は理想気体の状態方程式を用いて次式で与えられる.
”
言
上
函
。
帆
書
物
等
隔
妻
▽
器
元
⑥
は気体分子の励起状態と平衡状態へのエネルギー差を表す.
したがって,式(')でりを励起状態から平衡状態への遷移
表2に1気圧,300Kの標準的な気相における分子の振動
の起こる衝突頻度uノとみなすと,任意の高度zkmでの衝
(V),回転(R)の励起状態から平衡状態への各緩和過程の緩 突緩和時間T(z)は次式で与えらえれる.
和時間の推定値を示す[7]・並進運動エネルギーは準古典的
で事実上連続的であるので,衝突による並進から並進運動
への遷移エネルギー△Ettは非常に小さく,緩和時間Ttt
は小さくなる.一方,衝突による振動状態から並進運動へ
の遷移エネルギー△凪ノTは並進・回転のそれに比較して大
きく,ボルツマン因子が非常に小さくなり,衝突による振
市▽蓋芸差万岬(-錨)(4)
地表付近での気圧を局,気温をTo,衝突緩和時間をTo
とおくと,次式が得られる.
六=蒜元卿(-器)⑤
動状態の緩和時間TVTはTTTTrtに比較して大きくな
る.大気中での衝突過程と再放射過程の素過程に関する明
確な関係を示すデーターは現在のところ無いが,表2の値
ここで気圧と温度の高度依存』性は大気のスケールハイトH,
大気の温度減率rを用いて次の式で与えられる.
をみると分子間衝突による振動・回転の励起状態から平衡
状態への緩和時間はr>io-sと推定される.最も早い
緩和過程7"rr∼10-">8は強い双極子-双極子相互作用を持
P(z)=Poexp(-zH)
(
6
)
T(z)=To-T-z
(
7
)
式(4)と(5)の比をとると,地表付近での気圧,気温,衝
つ分子間の場合に重要である.
突緩和時間を既知として任意の高度での衝突緩和時間を次
表2:1気圧,300Kの標準的な気相における分子の励起状
式で表すことができる.
態から平衡状態への各緩和過程の緩和時間[71.Vは振動,
γ②=丁,卿(-器)祭語卿(錨)⑧
Rは回転,Tは並進運動を表す.
緩和過程
緩和時間'丁
'
丁T T
R戸T
'
丁R T
R戸R
'
丁R R
:==
ニーニ
丁VR
v-v
γV V
V-T
7V T
−8
−10
10
'■■■■■■
q■■■■■■
:==
一一
V-R
−9
10
10
一一
T-T
8
−5
10
−8
10
−5
10
CO,分子の振動状態の衝突緩和をみるため,式(8)の△E
を15/xm(667.3cm"^)の振動励起のエネルギーとみなす.
1気圧,300Kの表2の振動状態の緩和時間Tvt=lO-^s
を用いてT(z)の高度依存性を求める.図26にCO,分子
の衝突緩和時間γ(*)の高度依存性を示す.図26の計算値
から高度z=10km,z=15kmでの,衝突緩和時間の値
はそれぞれγ(10)=8.04×10-*s,T(15)=2.78×1O-4s
となる.
分子の励起状態から平衡状態への遷移の起こる分子間の
衝突頻度を求める.一般に,気体分子間の衝突頻度は大気
分子の数密度と分子間の平均相対速度に比例する.ファン
デルワールスカのような分子間力を単純化して大気中分子
を理想気体として扱う.2つの気体分子の質量をmi,mo,
相対速度をUとし,換算質量を〃=miTTWfmi+1712)と
すると,相対速度がりとり+伽の間にある単位体積中の
分子数dNbはマックスウェル・ボルツマン分布を仮定する
と次式で与えられる[81.
帆
言
筈
芸
(
為
)
‘
'
,
岬
(
鈴
)
州
(
2
)
赤外活性分子CO,が下向き赤外放射とほとんど無相関
で,圏界面の高高度のみで上向き再放射が観測されるとい
うことは,下層大気におけるCO,分子の再放射過程が空気
分子との衝突により失われていることが推定される.分子
間衝突により赤外活’性分子の再放射過程が失活するには分
子間衝突による平衡状態への緩和時間γが再放射の緩和
時間'T'radより短い必要がある.分子間衝突による緩和時間
は高度の増加に対して指数関数的に長くなるが,一方,励
起状態の放射過程による緩和時間Tradは気圧,温度に依存
しないので,ある高度で両者が均衡する.人工衛星で観測
されたCO,の放射高度で両者が均衡すると考えると,放射
過程の緩和時間γradの値は10-*sと推定される。
日本域における下向き赤外放射と温室効果ガスの相関
これらの観測事実とそのモデルの解釈から温室効果ガス
と言われる水蒸気と二酸化炭素の放射過程は必ずしも同じ
ではないということが推察される.結論として,赤外活'性
//
4
0
1
−5
10
//
気体は必ずしも有効な温室効果ガスに成り得るとは限らな
いことが分かった.赤外活‘性気体の再放射はミクロな時間
0,’0︲0,00,00000000,000000,01
/
,︲,︲︲‘,’︲︲’0︲:,:000︲‘’︲’’1
︵sト歴遊鍬趣
﹄一■■ ﹄ 二 ■ ■
−3
10
17
スケールでの放射の緩和過程と,分子間衝突による緩和時
間に支配されており,また赤外活性気体の化学結合の物性
に依存する.ミクロな立場からのこれらの問題に対する更
なる研究が必要と思われる.
0 2 4 6 8 1 0 1 2 1 4 1 6
高度z(km)
謝辞
図26:COa分子の振動励起状態の衝突緩和時間T(z)の高
度依存‘性.スケールハイトH=7.56km,大気の温度減率
下向き赤外放射等の作図に関しては気象庁のデーターを,
r=6.5K/km,AEを15umの振動励起エネルギーとし,
二酸化炭素濃度の作図に関してはWDCGGのデーターを
Po=1013.25hp,Tn=300K,To=Tvt=10"^sとして
利用させて頂きました.分子の緩和時間について理学部海
求めた.
洋自然科学科の漢那洋子准教授に有益な助言を頂きました.
5まとめ
則教授に感謝いたします.
原稿を校閲して頂きました理学部物質地球科学科の深水孝
日本域における地上での下向き赤外放射の観測と水蒸気
量,大気中CO,濃度の相関の分析から,下向き赤外放射は
水蒸気量と強い相関があることが分かった.下向き赤外放
参考文献
射は水蒸気量の増加とともに対数変化に類似した増加を示
[
1
1
気
象
庁
,
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:
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j
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m
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i
n
d
e
x
.
h
t
m
l
すことが分かった.一方,赤外活』性気体であるCO,の濃度
[2]TheWorldDataCentreforGreenhouseGases(WD-
の季節変動は下向き赤外放射の変動と逆位相で温室効果を
CGG),http://ds.data・jma.go.jp/gmd/wdcgg/
強める相関が無いことが分かった.また,人工衛星による上
向き放射の観測から水蒸気,二酸化炭素の放射高度が異な
ることが分かった.表1の分析から明らかなように,CO2
気体分子は高高度でのみ赤外放射が可能で,放射高度以下
3IPCC,ThirdAssessmentReport(2001),
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4Hanel,R.A.,B.J.Conrath,V.G.Kunde,C.Prab-
では,CO,は地表から放射された赤外線を吸収し励起され
hakara,1.Revah,V.V.Salomonson,andG.Wolford,
るが,空気分子との衝突による衝突緩和により励起エネル
J.Geophys.Res.77,2629-2641,(1972).
ギーを空気分子に伝播し’平衡状態に達して大気を温めて
いると考察される.一方,水蒸気はその複雑な'性質から地球
[5]D.J.ジエイコブ,大気化学入門,東京大学出版会,2007.
の熱環境に多様な反応を示している.水蒸気は単独のH,0
(6)吉原経太郎,季刊化学総説N0.44超高速化学ダイナミ
分子というより,むしろ液体に近い凝縮分子を形成してい
クス,2000.
ると考えられ,気体分子としての赤外放射だけでなく,凝縮
等の凝縮体は分子間衝突過程によるエネルギー伝播機構を
[
7
]
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stituteofTechnologyETH(Zurich),(1998)Tpho-
失い,凝縮体としての赤外放射を行うため高度にあまり依
toacousticandPhotothermalLaserSpectroscopyAp-
存しなくなる.
pliedtoTraceGasDetectionandMolecularDynam-
体としての熱振動による赤外放射も行うと考えられる.雲
ics」.
[81ランダウ・リフシツツ,統計物理学上,岩波書店,1974
第2版.