科教研報 Vol.24 No.2 原爆に関する VR 教材と携帯端末を用いた授業実践と評価 Practice and Evaluation of Classes Using PDA and Educational Materials about Atomic Bomb Made by VR 藤木卓* 北原加保里** 寺嶋浩介* 森田裕介*** FUJIKI, Takashi KITAHARA, Kahori TERASHIMA, Kosuke MORITA, Yusuke 竹田仰**** 相原玲二***** 近堂徹***** 柳生大輔****** TAKEDA, Takashi AIBARA, Reiji KONDO, Toru YAGYU, Daisuke *長崎大学教育学部,**長崎大学大学院教育学研究科 ***早稲田大学人間科学学術院,****九州大学芸術工学研究院 *****広島大学情報メディア教育研究センター,******長崎大学情報メディア基盤センター *Faculty of Education, Nagasaki University, **Graduate School of Nagasaki University, ***Faculty of Human Sciences, Waseda University, ****Graduate School of Design, Kyushu University, *****Information Media Center, Hiroshima University, ****** Information Media Center, Nagasaki University [要約]原爆に関する VR 教材と,携帯端末の連携による学習環境を開発し,授業実践を行うと ともにシステム的な側面から主観評価にもとづく評価を行った。その結果,次のことが明らかと なった。●VR 教材については,被爆直後の「瓶」と現在の「平和祈念像」で,改善の効果が見 られた。●VR や携帯端末の操作に関しては,それほど説明を必要としなかった。●探索モード と対象物の見易さに関する,検討を必要とする。●VR 用 PC のスペックとファイルサイズの関 係を考慮しつつ,3DCG の質の向上について検討する必要がある。 [キーワード]VR,原爆,携帯端末,学習環境,実践,評価,システム 筆者らは,可搬型 VR 装置の学習利用を進めて 1.はじめに VR(Virtual Reality)の教育への活用が広がり おり,グループ学習での活用策を検討している。 を見せている。森田らは持ち運び可能な VR 装置 グループでの探索学習時に,限りのある VR での の効果的な活用について,スクリーン形状の違い 提示情報を補足する方策が必要となる。そこで, が没入感の差を生じることを明らかにした(森田 仮想空間の探索行動と連動する携帯端末での学 ら 2005)。それを発展させた U 字形状のスクリー 習環境を開発した。 ンを用いて,瀬戸崎らは月の満ち欠けや日食等に 本研究では,開発した学習環境とそれを用いた 関する天体学習のために,太陽系の多視点型 VR 授業実践について,システム部分の評価を中心に 教材を開発し,授業実践を行っている(瀬戸崎ら 検討した。すなわち,本研究の目的は,開発した 2006)。スクリーンサイズの影響については,瀬 原爆に関する VR 教材と携帯端末用学習システム 戸崎らが明らかにしている(瀬戸崎ら 2007)。ま を用いた授業実践についてシステム部分の主観 た,VR と実写映像の合成に関しては,藤木らが 評価を行い,今後の改善点を得ることである。 主観評価により明らかにしている(藤木ら 2008)。 一方,携帯端末の教育利用については,多人数 2.研究の方法 講義支援のための携帯電話対応の写真データベ 2.1.VR 学習環境 ースを開発し,その評価を行った研究(宮田 2007) 本研究では,3DCG により開発した探索可能な や,プランクトンの観察学習を支援する PDA に 仮想空間教材を VR 教材と呼び,VR 教材での探 対応した動画コンテンツの活用に関する研究(宮 索と連動して携帯端末に情報提示が可能な Web 田ら 2005)が行われている。 教材を携帯端末用学習システムと呼ぶ。そして, 77 3D 用透過型スクリーン VR 用 PC VR サーバ VR クライアント (L) と (R) 無線 LAN 1024×768 ピクセル, ルータ アナログ RGB Dsub15 ピン接続 R 偏光 メガネ 携帯端末 学習者 L 偏光 フィルタ DLP プロジェクタ コントローラ 授業者 Web サーバ VR 用 PC VR サーバ:キューブタイプ PC Pentium Dual Core 2.6GHz CPU,2GB メモリ,Windows XP Pro Service Pack 3 VR クライアント:キューブタイプ PC Pentium4 3GHz CPU,2GB メモリ,Windows XP Pro Service Pack 2 Web サーバ:ノート PC,Linux,Samba 無線 LAN ルータ:バッファロー WHR-G54 DLP プロジェクタ:三菱 LVP-XD350,2500lm 3D 用スクリーン 3D 用透過型スクリーン(被爆直後):Stewart 2m x 5m(半分使用) 3D 用反射型スクリーン(現在):KIKUCHI KGL-100HDS,100 インチ HD タイプ 携帯端末:Apple, iPod touch(8G) コントローラ:ゲーム用,無線タイプ:Logicool Cordless Controller 図1 VR 学習環境の基本構成 これら VR 教材と携帯端末用学習システムを合わ 報を携帯端末へ提示するようにした。この携帯端 せて VR 学習環境と呼ぶ。 末用学習システムでは,VR の仮想空間における 本研究で開発した VR 学習環境の基本構成を図 位置情報を利用した。探索者の位置情報は,コン 1に示す。 トローラでの探索中,時々刻々と変化する探索者 図中の VR 用 PC で生成された左右眼用の の位置と,予め設定した対象物との位置情報の比 3DCG 映像は,DLP プロジェクタにより偏光フ 較により判定した。そして,事前に構築した Web ィルタを介して 3D 用スクリーンへ投影されるよ サーバのコンテンツを,無線 LAN 環境を介して うにした。被爆直後の CG は,専用の VR 用 PC 携 帯 端 末 へ配 信 し た 。そ れ に よ り, 探 索 中 に で生成した映像を 2m×5m のスクリーン半面に PUSH 型の情報提示を可能とした。なお,原稿執 投影した。また現在の街並み CG は,専用の VR 筆時点では,探索行動と連動した携帯端末への情 用 PC で生成した映像を 100 インチの反射型 3D 報提示は被爆直後の 3DCG だけで実現した。 スクリーンに投影した。どちらの CG も,投影に 学習者は,偏光メガネを装着してスクリーンを は DLP タイプのプロジェクタ(2500lm)を用い, 見ることで,没入感や飛び出し感のある 3DCG を XGA(1024×768)の解像度でそれぞれのスクリ 見ることができた。 ーンに投影した。図1は,被爆直後の CG 投影時 授業実践に際しては,被爆直後と現在の 2 つの 街並みに関する VR 学習環境を,カーテンで仕切 における基本構成のイメージ図である。 投影した 3DCG による仮想空間の探索は,操作 ることができる大教室内に構築した。 性を考慮して無線型のコントローラを使用した。 また,コントローラで探索中に,爆心地や溶けた ガラスビン,浦上天主堂等の対象物に近づくと, 予め作成したそれぞれの対象物に関する詳細情 78 表1 回 目標等 授業の構成 学習者の活動 <座学> 1 ◎発電のしくみを説明することが 2 時間続き ●生活と電気,発電のしくみを知る。 できる。 ◎日本のエネルギ事情について論 ●発電に必要な原料,エネルギ自給率,輸入依存度等を知り, 述できる。 日本のエネルギ事情について考える。 ◎火力発電の問題点,原子力発電 ●環境問題から見た火力発電の問題点,原子力発電の利点を の利点を説明できる。 知る。 2 <VR 探索,携帯端末利用> ◎原子力の抱える問題について説 ●被爆直後の長崎の爆心地,溶けたガラスビン,浦上天主堂 明できる。 を探索し,爆心地からの距離や方角,被害の様子を観察する。 ●現在の長崎の爆心地,平和祈念像,浦上天主堂を探索し, 被爆後との街並みの変化や復興の様子を観察するとともに平 和への願いを感じ取る。 <調べ学習> 3 ◎原子力の抱える問題について説 2 時間続き ●原子爆弾の原理や構造(広島型,長崎型),爆発のメカニズ 明できる。 ム,原子力発電と原子爆弾の違いについて知り,原子力の正 負の利用について考える。 4 <グループ討議,発表> ◎原子力の科学と技術と社会,平 ●原子力を安全に,平和的に利用するにはどうしたら良いか 和との関わりについて,各自が理 グループで話し合い,まとめる。 解を深め,意見を述べることがで ●発表を行うとともに,他の発表を聞き,科学と技術と社会, きる。 平和との関わりについて,考える。 2.2.学習の概要 術と社会」で特別に編成された2,3年生混合の VR 教材を用いた授業では,原爆に関する学習 4クラスを用いて行った。ただし,用いた VR 教 を通して科学と技術,社会,そして平和に関する 材は,それぞれの授業時点で開発中のものであり, 認識を総合的に育てることを意図している。その 実施期日が新しくなるほど完成度は上がってい ため,以下の教材を準備した。 た。また,VR を設置する教室の確保の問題で, 1)探索可能な被爆直後の街並み(VR) 2時間目(VR 探索,携帯端末利用)と3時間目 2)探索可能な現在の街並み(VR) (調べ学習)を入れ替えて授業を実施したクラス 3)携帯端末による被爆関連情報(Web 情報) もあった。クラス1(2 年生 19 名,3 年生 4 名, 4)調べ学習用エネルギ教育関連,原爆関連資料 計 23 名)の授業は 2009 年 9 月 9 日,11 日(VR) (印刷物) に,クラス2(2 年生 21 名,3 年生 11 名,計 32 名)の授業は 2009 年 9 月 16 日(VR),18 日に, クラス3(2 年生 27 名,3 年生 15 名,計 42 名) 授業の最終的な目標は,「原子力の科学と技術 と社会,平和との関わりについて,各自が理解を の授業は 2009 年 9 月 25 日,10 月 7 日(VR)に 深め,意見を述べることができる」とし,50 分× 行った。なお,クラス4の授業は 2009 年 10 月 4 回の授業で構成した。授業の構成を表1に示す。 26 日(VR),28 日に実施予定であり,原稿執筆 授業は,長崎大学教育学部附属中学校の学問探 時点では人数の把握ができなかった。 求(総合的な学習の時間)で,講座名「科学と技 学習の際には,前述の教材の他に,表1の学習 79 者の活動に沿って必要な情報を配置した書き込 3.結果と考察 み用のワークシートを用いた。 3.1.VR 学習環境に関する評価結果 VR 教材での学習は 10 名程度に限られるため, 既に,授業実践が終了したクラス1~3のうち, VR 教材での学習では各クラスともに 10 名程度の クラス3は 40 名を超える人数であったため,表 グループに分けて学習を進めることとした。 1で予定した全ての内容が実施できず,検討の対 象から外した。そこで,残ったクラス1と2につ 2.3.評価の方法 いての主観評価結果を図2に示す。図中の*印は, VR 学習環境についての評価は,VR 探索及び携 t 検定において 5%水準で有意な差を示したこと 帯端末利用の学習を行った時間の終了直後に質 を意味する。処理対象者数は,完全回答を行った 問紙により回答を求めた。質問紙の項目は,被爆 クラス1の 16 名と,クラス2の 26 名であった。 後の VR に関する臨場感や浮き出し感,CG の印 図から,被爆直後の VR で探索して学習した 象,移動の速さ,疲労感等の 9 項目,携帯端末と 「瓶」に関して,クラス2はクラス1より 5%水 の連携や端末画面での見やすさ等に関する 5 項目, 準で有意に高い評価を得たことが分かる。クラス そして現在の VR に関する臨場感や浮き出し感, 1と2のでは 5 日間の開きがあり,その間に瓶の CG の印象,移動の速さ,疲労感等の 9 項目の, 高さや見え方に関する改善を図った結果が左右 計 23 項目であった。質問紙の最後には,全体的 したものと考えられる。また,携帯端末の「情報 な感想を聞く,自由記述の設問を設けた。これら 量」に関して,クラス2はクラス1より 5%水準 の VR 学習環境についての設問には,4 件法(4: で有意に高い評価を得たことが分かる。この設問 感じた,3:まあまあ感じた,2:あまり感じな は,携帯端末の Web ページに記載されている熱 かった,1:感じなかった)での回答を求めた。 や爆風等に関する情報量が十分だったかを問う 4件法での評価語は,設問により,「4:高い, ものであった。この点については,クラス1の授 3:やや高い,2:やや低い,1:低い」「4: 業時に携帯端末で閲覧する対象に関する指示の 早い,3:やや早い,2:やや遅い,1:遅い」 不十分さで学習者に混乱が見られたことから,ク を使い分けた。 ラス2の授業では閲覧対象に関する指示を適切 に与えたこと,VR 探索時に支援スタッフが積極 4 * * * 評価点 3 2 クラス1 クラス2 *:5%で差あり 図2 携帯端末 VR 学習環境の主観評価結果 80 現在 眼疲労 具合の悪さ 天主堂 平和記念像 奥行感 没入感 効果的 情報量 ページ移動 文字の大きさ 表示タイミング 被爆直後 眼疲労 具合の悪さ 瓶 天主堂 奥行感 没入感 1 的な支援を行ったこと等で,評価が高くなったも のと考えられる。さらに,現在の VR で探索して 学習した「平和祈念像」に関して,クラス2はク ラス1より 5%水準で有意に高い評価を得たこと が分かる。この点については,平和祈念像は高さ があるため接近するにつれて逆に視界に入らな くなったことが原因であると考えられる。そこで, クラス2では,平和祈念像に接近した際,探索モ ードを地上走行から飛行モードに変更した。それ により,近づいても祈念像全体を見上げることが 図3 でき,評価が高くなったものと考えることができ 被爆直後の街探索の例 る。この点は,今後,探索モードと対象物の見易 さに関して,入念な検討が必要である。 3.2.授業の様子 図3に被爆直後の街並み探索の例を,図4には 被爆直後の街並み探索と連動した携帯端末によ る調べ学習の例を示す。 VR の操作に関しては,学習者の戸惑いはほと んど感じられなかった。これは,使用したコント ローラが一般的なゲームで用いるものであった 図4 ため,それほど説明を必要としなかったことが挙 携帯端末での調べ学習の例 げられる。 携帯端末の操作に関しては,ごく一般的な注意 をしただけで,学習者はすぐに操作を覚えるとと もに,瞬く間に使いこなしていた。この点は,今 回の携帯端末は人気商品であり,恐らく,当初か ら学習者の興味・関心を引いていたためと考えて いる。それにしても,新しい携帯情報機器に対す る興味と使いこなしの早さには目を見張るもの がある。 次に,図5には現在の街並み探索の例を示す。 VR での学習の際には,眼が疲れたり気分が悪 図5 現在の街探索の例 くなることがあるので,その場合には偏光メガネ ・いろいろなもの・資料を使って調べることが を外したり視線をそらせるように伝えておいた 出来てよかった。 ため,特に混乱は起きなかった。 ・実際に歩いているように感じた。もっと立体 3.3.自由記述 的にみることが出来ればさらにいいと思っ 質問紙に設けた自由記述欄への記述から,代表 た。 的なものを紹介する。 ・被爆地へ行ったような感覚になった。touch ・バーチャルを使うことで立体的に感じられ, 写真とは違う感じがする。 に表示される内容がもう少し詳しかったら よかった。 81 ・科学と平和について今までよりも多くの知識 簡易式没入型提示システムの効果的な利用に関 する一検討. 『日本教育工学会論文誌』29(Suppl..), を得ることができた。 73-76 ・奥行き感があってよかった。段差などから降 りるときのゆれでちょっと具合が悪くなっ (2)瀬戸崎,森田裕介,竹田仰(2006)ニーズ調 た。 査に基づいた多視点型 VR 教材の開発と授業実践. ・もう少し画があったほうがいいと思う。いか 『日本バーチャルリアリティ学界論文誌』11(4), 537-544 にもコンピュータぽい絵だった。 ・現在の方の建物がリアリティが少し足りなか (3)瀬戸崎典夫,森田裕介,竹田仰(2007)多視 った。立体的だったので物の場所が分かりや 点型太陽系 VR 教材におけるスクリーンサイズの すかった。 検討. 『教育システム情報学会誌』24(4),429-435 (4)藤木卓,左座智弘,寺嶋浩介(2008)遠隔学 このように,VR 教材及び携帯端末での学習に 習のための VR と実写の合成映像に関する主観評 は肯定的な記述が多く見られた。また,3DCG の 価. 『日本教育工学会論文誌』32(Suppl..),157-160 質については,ゲームに慣れている中学生には物 (5)宮田仁(2007)知識共有をめざした多人数講 足りなかったものと考えられる。CG の質の向上 義をサポートする携帯電話対応写真データベー は,そのままファイル容量の拡大につながるため, スシステムの開発とその評価.『日本教育工学会 VR 用 PC のスペックとも併せて検討する必要が 論文誌』31(Suppl..),173-176 ある。 (6)宮田仁,石上三雄,佐野正博(2005)船上で のプランクトン観察学習を支援する PDA 対応動 4.おわりに 画コンテンツ活用実践の効果.『日本教育工学会 原爆に関する VR 教材と,携帯端末の連携によ 論文誌』29(Suppl..),89-92 る学習環境を開発し,授業実践を行うとともにシ ステム的な側面から主観評価にもとづく評価を 行った。その結果,次のことが明らかとなった。 ●VR 教材については,被爆直後の「瓶」と現 在の「平和祈念像」で,改善の効果が見られ た。 ●VR や携帯端末の操作に関しては,それほど 説明を必要としなかった。 ●探索モードと対象物の見易さに関する,検討 を必要とする。 ●VR 用 PC のスペックとファイルサイズの関 係を考慮しつつ,3DCG の質の向上について 検討する必要がある。 今後の課題としては,本研究の VR 学習環境に よる授業において育成された,科学技術的認識の 変容について検討することが挙げられる。 参考文献 (1)森田裕介,岩崎勤,竹田仰,藤木卓(2005) 82
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