Title 中国「反壟断法」(法案)における独占的行為規則の研究 : 日本及 び台湾の競争制限禁止法とその比較を通じて Author(s) 李, 毅 Citation 金沢大学大学院人間社会環境研究科博士論文要旨(論文内容の要旨及 び論文審査結果の要旨), 平成18年度6月: 15-21 Issue Date 2006-06 Type Others Text version URL http://hdl.handle.net/2297/5309 Right *KURAに登録されているコンテンツの著作権は,執筆者,出版社(学協会)などが有します。 *KURAに登録されているコンテンツの利用については,著作権法に規定されている私的使用や引用などの範囲内で行ってください。 *著作権法に規定されている私的使用や引用などの範囲を超える利用を行う場合には,著作権者の許諾を得てください。ただし,著作権者 から著作権等管理事業者(学術著作権協会,日本著作出版権管理システムなど)に権利委託されているコンテンツの利用手続については ,各著作権等管理事業者に確認してください。 http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/ 氏 名李 毅 本籍 中国 学位の種類 博士(法学) 学位記番号 社博甲第67号 学位授与の日付 平成17年9月30日 学位授与の要件 課程博士(学位規則第4条第1項) 学位授与の題目 中国「反墾断法」(法案)における独占的行為規制の研究 一日本及び台湾の競争制限禁止法との比較を通じて ̄ 論文審査委員 委員長中島史雄 委員川島富士雄,海野八尋 学位論文要旨 中国は1992年憲法改正により「国家は社会主義市場経済を実行し、経済立法を強化する」(第15条) と宣言し、「反不正当競争法」や「入札法」などを立法し、本格的な競争政策。法制の構築作業を開 始した。1999年に初めて「反墾断法」法案が公表され、2003年の「反襲断法」法案(以下、「本法案」 という。)ができるまでに5回の改正が行なわれ、本法案は「独占カルテルの禁止」、「市場支配的地位 の濫用の禁止」、「企業集中規制」及び「行政的独占の禁止」の4つの独占行為類型規制を規定している。 しかし、上記の禁止・規制内容には、不確定な点が多々あり、大きな解釈上の余地が残されている。 また、現行の数多くの法律、法規上との交差・競合問題が発生する可能性もある。そこで、本論文で は、第1に、本法案の形成背景や経緯などを考察。理解し、他の各法律との規制内容、管轄の競合関 係を整理する。第2に、本法案を制定する過程において、参考とされたと言われる他の国。地域のな かでも、日本、台湾などの競争制限禁止法との比較研究手法を用い、それらの対応する規制内容との 比較を通じ、①本法案により禁止規制される4つの行為類型につき、逐条で適用対象範囲、行為要件 及び弊害要件を明確化し、②運用上の注意点及び問題点を指摘し、③欠如している部分に関し、修正 意見を示し、さらに④反墾断法執行機関のあるべき姿を提示する。 本論文は、3つの部に分けて論じ、全7章から構成される。第1部では本法案の概要を紹介し、第 2部では日本及び台湾競争制限禁止法との比較を行い、第3部では「反墾断法」の独自性と今後の課 題を提示する。 第1部「反鑿断法」法案 第1章「反墾断法」法案の概要:ここではまず「反墾断怯」法案の制定背景。目的を考察する。 当該考察によって、第1に、1993年立法の「反不正当競争法」の代わりに立法が予定されていた「反 璽断法」の立法が実現されなかった理由が、①企業の規模の経済が小さい、及び②公益事業者、行政 的独占による競争制限行為を禁止することがより重要であったこと、第2に、市場経済の発展に伴い、 地方保護主義や部門間の閉鎖、自然独占企業や多国籍企業による市場支配的地位の濫用等競争制限行 為も多く発生し、更に、他の各競争法に分散している規制を整備するために反襲断法制定が必要とさ れたことを明らかにする。 次に、本法案ができるまでの経緯、規制内容の概要及び現行の各競争法との関係を紹介する。第1に、 15 3つの対照表により、数回にわたった改正の経緯を明らかにする。第2に、本法案により規制される 上記4つの規制内容を紹介し、第3に、「反不正当競争法」、「価格法」、「入札法」、「外国投資者に よる国内企業のM&Aについての暫定規定」及び「価格独占行為の禁止についての暫定規定」の各概 要を紹介し、本法案の規制内容との交差・重複。競合関係を示し、それぞれについて解決方法又は問 題点を示す。 第2部日本及び台湾競争制限禁止法との比較 第2章日本及び台湾競争制限禁止法との比較(総論):まず、日本及び台湾競争制限禁止法との 比較の意味及び手法を説明し、4つの対照表により、日本・中国・台湾の各規制内容の対応関係を概 観し、各法の立法背景・経緯及び規制構造を考察しながら、比較する。このような考察。比較によっ て、各法律の立法差異を明確化にする。 次に、各法律に定められた規制手段の比較を通じ、本法案の規制手、段の内容、特徴及び問題点を明 確にし、私見を提示する。①本法案には、日本独禁法のようなはっきりとした「差止請求権」規定が 置かれていないが、中国現行の競争法の運用及び「民事通則」第134条(損害の停止。賠償)の規定 解釈。運用によって、差止を請求することができる。②本法案の刑事罰及び関連する刑法文に限界が あり、反襲断法の実行力を高めるため、日本独禁法に鑑み、「専属告発」制度が導入されるべきであ ると提案する。③本法案における賠償責任の請求の要件は、「無過失損害賠償責任」(日本法)か「故 意。過失責任」(台湾法)かのどちらか不明である。本論文は「無過失損害賠償責任」と解釈すべき であると主張する。 最後に、各適用除外範囲の差異を提示する。そのなかでも特に指摘すべきは、知的財産権の権利の 正当な行使の範囲をどのように認定するかという問題である。本論文は、日本法の経験を生かし、発 明を奨励すること等技術保護を目的とする技術保護制度の趣旨を逸脱する場合は、当該行為は「権利 の行使と認められる行為」とは評価せず、反襲断法の適用を受けると考える。具体的な判断基準に関 しては、日本法の運用実務から、ライセンス契約上の制限等の行為を取上げ、説明を加える。 第1.2章の研究に通じ、本法案及び日本・台湾の競争制限禁止法の各規制構造の異同。特徴を把握し、 各規制内容の具体的な比較研究を進める前提ができた。 第3章独占的協定(カルテルなど):まず、日本独禁法及び台湾公平交易法の対応規制との比較 研究を行なう。当該比較研究を通じ、以下の知見を得ることができた。①行為の主体に関し、ヨコ関 係及びタテ関係の事業者のいずれも行為の主体となりうる。②行為の構成要件に関し、「協議、決定 又はその他協調一致の方法」とは、協議、決定など明示的で法的拘束力のあるような合意だけでなく、 口頭、書面、暗示など明白な意思の連絡がない場合でも歩調をそろえる意思で同一行為に出た場合、 共同行為の行為要件に満たすこととなる。と解される。.③弊害要件に関しては、「競争を排除し又は 制限する」の弊害要件の意義は、共同行為により当該共同行為に参加する事業者間の競争がどうなろ うと問題とならず、当該共同行為により、外部競争、つまり市場全体における競争機能に影響がある かどうか問題とし、弊害要件の認定をするべきである。 更に、弊害要件の成否に関する認定基準について、①共同行為に参加する事業者の総合市場経済 能力が相当なものでなければ競争機能が制限されるとは認められない。②相当な総合市場経済能力と は、市場シェア、新規参入の容易さ、取引の態様、需要者(消費者)の消費動向等経済的諸要因を総 合的に考慮しなければならない。③市場占有率を認定基準の重点とし、シェアが高ければ高いほど、 違法となりやすく、80~90%以上なら、違法する可能性が非常に高いと考える。 最後に、旧法案にあった「輸出・輸入」に関する適用除外が本法案の改正により削除されたが、生 産コストの安い国情に合わなく、販売先の国による反ダンピング訴訟に遭い易くなるため、「輸出・ 輸入」の共同行為を適用除外すべきであると提言する。 第4章市場支配的地位の濫用:まず、本章では、日本法と台湾法のほかに、参考とされたと言わ 16 れろドイツの競争制限禁止法(以下、「GWB」という。)も比較範囲に入れ、比較研究を行う。これによっ て、「市場支配的地位」に関する「認定基準」及び「推定基準」の判断基準を明らかにする。まず、①「優 勢地位」の認定基準に関し、台湾法及びGWBの対応規定基準を考察した結果、事業者が他の競争に 対し、価格や品質などにつき、優越的な(一方的な)行動の余地を有している場合であって、台湾法「安 全圏基準」のような高度な市場支配力を必要としないことが分かる。続いて、②「いかなる実質的な 競争が存在しない」認定基準は、2以上の事業者で当該事業者間に、主に価格の競争が存在しない場 合のことであると明確化した。 次に、行為類型及び問題点について、私見を提示する。 ①独占的高価格の禁止規定において、「暴利」の認定に関しては、立法論上において論じる余地が 残されるが、少なくとも、「正常価格」(競争者がいる場合、競争者の同類商品の価格、反対なら、前 の段階の価格と現時点の価格と比較する)を著しく超える必要があろう。 ②略奪的価格設定行為(不当廉売)の禁止規定において、第1に、原価割れの程度の著しさと廉売 の継続性を本条の違反要件とする必要がある、第2に、生鮮品の販売、有効期限の接近など、競争者 を排除する目的とは認められない場合、当該行為は適用除外すべきである、と提言する。 ③独占的取引の禁止(自己商品のみの販売要求の禁止)規定において、第1に、「売手」から「買手」 への自己商品のみ販売行為類型だけではなく、排他的受入取引及び相互排他的条件取引行為類型も規 制対象とすべきであると指摘する。第2に、「専売店制」を取り上げ、早い段階で、閉鎖的な流通経 路を開放させるために、本条の適用対象範囲を拡大する必要があると指摘する。 ④再販価格制限の禁止規定において、第1に、規制される行為類型のほかに、再々販売価格の制限 行為も存在すると指摘し、第2に、本規定を「市場支配的地位」を有する事業者だけに適用することは、 本法案の最大の欠点であると明記し、一般事業者にも適用できる新たな規定を設けるべき、と提言する。 第5章企業結合規制:ここでは水平企業合併を中心に、比較研究を行なう。①台湾法と同じく、 市場集中及び一般集中を進める企業結合規制の両方を規制する日本独占禁止法と違って、市場集中を 進める企業結合を対象とする規定しかないことを指摘する。②弊害要件は、「市場競争が排除又は制 限される場合」だけでは十分ではなく、反競争的効果が容易に出現しうる状況がもたらされる蓋然性 も含まれ、文言にそれを反映すべきと指摘する。③蓋然性の有無を判断する基準について本論文は、 結合後の市場において、結合企業に「有効な牽制力ある競争者」が存在するか否かによって判断し、 その基準を提示する。④企業結合規制における最大の特徴は「特別許可」規制である。問題は「一定 の範囲」の認定である。本論文は、本条特別許可規制が市場自由開放を封・鎖する地方保護主義に濫用 されないために、本法案第4条における「特定市場」の解釈を根拠とすべきであると提言する。 ここまでは、3つの規制内容の規制対象、違法要件などにつき、その判断基準或いは問題点を指摘 した。続いて、本法案の最大な特徴である行政的独占及び上記3つの規制対象とも、係る関連市場の 確定など反墾断法運用に関する今後の課題に進む。 第3部反鑿断法の独自性と今後の課題 第6章行政的独占:まず、行政的独占が形成される背景、意義に関し、①行政と企業が十分に分 離していない、②行政区域内における地域的独占あるいは地方保護主義が原因である、と指摘する。 次に、当該規定と反不正当競争法との関係を明らかにする。①規制内容は大幅に拡大され、②規制 手段の実効性が高まる。③当事者の差止請求権及び損害賠償請求権が認められる。訴訟に関し、理論 上では、行政的独占違反に対し、行政訴訟法、国家賠償法を用い、損害賠償を請求することができる と思われる。 最後に問題点と課題について、私見を提示する。①政府に競争制限行為を要請し、実行された場合 は、当該要請者に対しても法律責任を追及する必要がある。②第1章にて指摘したと同じく、行政的 独占を禁止するためにも、「専属告発」制度を設ける必要があり、主管機関に犯罪行為に至る行政的 17- 独占に対する刑事告発義務を設け、本条違反に対し、行政争訟の実効性を向上させる必要がある、と 提言する。 第7章今後の課題:まず、「反不正当競争法」との関係に関しては、①対照表を用い、規制内容 の対応・競合関係を明らかにする。②規制の交差。重複及び管轄権の問題を解決するためには、第1に、 反不正当競争法を改正して、反墾断法と重複している規制を削除する、第2に、反不正当競争法と反 璽断法と合わせて1本の法律にするという2つの案を提示し、その可能性を論じる。また、関連市場 の画定が前述した3つ(行政的独占を除く)規制の違法判断と密接的関しているほか、管轄権の競合 問題にも関係することを指摘し、事件を挙げて説明する。 そこで次に、関連市場の画定に関して、①市場を狭く取れば、行為者の市場占拠率が高く出て、問 題の行為が競争制限的だと判断される可能性が高まり、逆であれば、反対となることを示し、関連市 場画定の重要性を指摘する。②日本法における判断基準である商品市場、地理的市場及び取引段階の 3つの方法を紹介し、その上で、私見として①消費者(需要者)の観点から見て、「商品代替可能性」 の有無に従って、市場範囲を確定する、②競争関係によって「関連市場」を画定する。 最後には、反襲断法執行機関のあるべき姿に関し、まず、これまで、①国家工商行政管理局説、② 商務部説及び③独立した専門機関説があることを説明する。次に、それぞれの長所及び短所を指摘し、 私見を述べる:①「反墾断法」を担当する機関は、政府・所属部門及び大企業グループや独占企業の 競争制限行為と戦うので、高度な独立性及び権威性が求められ、②大企業グループや独占企業を相手 にするので、これら企業及び国の産業政策や、地方企業保護政策と関わりの少ないことも前提となる、 と指摘する。結論として、独立した専門機関説を主張する。最後には、日本法及び台湾法の執行機関 の組織上の構造を紹介し、反襲断法においても、準立法的権限及び準司法的権限を得られるような執 行機関の必要性及び構成メンバーの条件を指摘する。 終わりに:本論文で指摘した問題点を概括し、それを解決する為に、外国の実務経験と自国の事情 と結びつけることを強調し、反襲断法の発布後の法運用が重要であることを指摘して、本論文の結び とする。 Abstract TheproposedAnti-MonopolyLawofthePeoplelsRepublicofChinahasfburmainprovisionsregulating monopolisticmarketbehavior:prohibitionofmonopolisticagreements,prohibitionagainstabuseofdominant marketposition,controlofenterpriseconcentrationandprohibitionofadministrativemonopolies、Thisdoctoral thesisis,throughcomparisonwithcorrespondingprovisionsinJapaneseandThiwaneseAnti-MonopolyLaws, first,toclarifyscopeofapplication,behaviorrequirementsandeffectrequirementsofeachprovision,second,to pomtoutproblemsandwhatshouldbeinmindinfUtureapplicationandpractice,third,topresentproposalsto correctdefects,and,finally,tosuggestwhattheAnti-MonopolyManagementBodyshouldbe. 18- 論文審査結果の要旨 1.本論文の概要。構成 現在、中華人民共和国(以下、「中国」という。)には競争に関連する法律がすでにいくつか存在す るが、すべて競争に関する規律のごく一部を扱っているに過ぎず、日本の独占禁止法に相当する包括 的な競争制限禁止法は存在していない。「社会主義市場経済」体制への移行を進める中国は現在、包 括的な競争制限禁止法である「反襲断法」の起草作業を進めており、2006年には制定の運びとなる と伝えられる(なお、「墾断」とは中国語で「独占」の意である。)。本論文は2003年段階の「反墾断法」 法案(以下、「本法案」という。本論文末尾に原文及び和訳を添付。)を検討対象としながら、日本・ 独占禁止法及び台湾・公平交易法との比較法研究を通じて、近い将来制定されるであろう反墾断法の 構造、特徴及び欠落点を示すとともに、同法制定後、中国競争当局が実際に同法を運用するための指 針と同競争当局のあるべき姿をも導出しようとするものであり、学術的にも実務的にも極めて意欲的 な力作である。 本論文は全三部、七章から構成される。まず、第1部第1章「「反墾断法』法案の概要」は本法案 の立法背景.趣旨と法案の修正の経緯、中国国内の既存の競争関連法との関係を検討する。 次いで第2部「日本及び台湾競争制限禁止法との比較」のうち、第2章は、反襲断法本法案と日本 及び台湾競争制限禁止法を総論的に比較し、構造、規制内容、規制手段、適用除外等の側面での本法 案の特徴及び欠落点を指摘し、その改善案をも提示している。さらに同部第3~5章は「独占的協定(カ ルテルなど)」、「市場支配的地位の濫用」及び「企業結合」といった、日本法・台湾法に対応する規 律が存在する分野について、各論的な比較法を行い、運用経験豊富な両国法から具体的な解釈・運用 上の指針を導くよう努めている。 最後に第3部「反墾断法の独自性と今後の課題」においては、まず第6章「行政的独占」が日本及 び台湾競争制限禁止法に対する本法案の最大の特徴である「行政的独占」の規律について、その背景、 規制内容、規制手段等を中国「反不正当競争法」上の同規制と比較しながら、その実効性を検証して いる。さらに同部第7章「今後の課題」では、既存競争関連法の中でも反璽断法と規律面で重要な重 複がみられる中国「反不正当競争法」との関係、反襲断法の規律全体を通じた共通の争点である「関 連市場の画定」及び将来の法の執行機関のあるべき姿の3つの課題を提起し、それぞれについて展望 と提言を示して結びとしている。 2.本論文の研究手法。資料収集 本論文は、大きく3つの研究手法を採用している。第1に、2003年の反墾断法法案とそれまでの 法案との比較、第2に、本法案と日本・独占禁止法と台湾・公平交易法との比較、第3に、本法案と 中国国内の既存の競争関連法との比較である。 これらの研究手法を統合・実現するために著者は主任指導教員とともに、修士論文執筆段階も含め れば2000年(北京に2回)、2002年(四川)、2004年(北京)と4度中国に渡り、起草資料の収集、 政府運用担当部門・起草担当部門・学識経験者への聞き取り調査、及び書籍・論文の収集を行っている。 また、日本法との比較研究と並行して、台湾法が中国法案に大きな影響を与えていることが判明した ため、主任指導教員が2003年、台湾公平交易委員会訪問時に収集した台湾法資料・書籍等も検討対 象に加え、比較法研究を一層充実させた。なお、既存の法律のうち特に反不正当競争法の構造・運用 に関する部分は本学法学研究科(修士課程)における修士論文での研究がその土台となっている。 3.本論文の学術的独自性と貢献。提言 第1に、我が国における中国反墾断法法案に関する研究は、中国人によるものも含め、従来、最新 19- 草案の紹介や定点的又は静態的検討に終始していた。他方、本論文は法案の修正過程を丹念にたどる ことにより、①地方保護主義、自然独占企業及び多国籍企業による市場支配的地位の濫用等に対処す るために反墾断法制定が必要とされたこと、②当初の草案においては主要な規律の間で中核的な概念 に不統一が見られたが、2002年,段階に中核的概念が「競争の排除又は制限」に純化。統一されたこ と等を明らかにした点に大きな貢献を見ることができる。 第2に、我が国では欧米競争法の紹介・研究は盛んに行われているが、アジアにおける競争法発展 に関する研究は必ずしも十分ではない。特に台湾法に関する研究は台湾人による紹介が-部あるに過 ぎず、本格的な研究は見当たらない。中国国内でも日米欧競争法を参照した比較法研究は既に一定の 蓄積があるが、台湾法の具体的な運用事例にまで踏み込んだ研究は従来、十分に行い得なかった。他 方、本論文は日本法のみならず、台湾法をも検討対象として、両法の構造・運用経験を参照しながら、 中国法案の主要規律の特徴・欠落点を指摘し、かつ今後の運用指針を指し示しており、その点に本論 文の高い独自性を見ることができる。同時に本論文は、これら比較法の作業を通じ今後アジア全域に おける競争法比較研究を進める上での重要な学術的基盤をも提供していると評価することができる。 第3に、第2部が台湾法を参照した新しさにも関わらず、やや論点網羅的な印象が否めないのに対 し、第3部はそうした総合的研究の成果に基づいた深い洞察を示しており、本論文において重要な位 置を占める。第6章は社会主義計画経済体制国としての性格を色濃く残す中国特殊の「行政的独占」 (行政権力による競争制限)の発生の背景を検討した上で、中国競争法の独自性としての「行政的独 占」規制が反襲断法によって従来よりも改善されると予想しつつも、人民法院の独立性の確保や行政・ 企業の分離の徹底等、中国法制度全体のより抜本的な改善が必要であると論じている。また、我が国 における反墾断法法案の従来の研究は、ドイツ法。EC法モデルの市場支配的地位の濫用規制を導入 した点に着目し、日本型の不公正な取引方法規制が一掃されると評価したが、本論文第7章は問題は そう単純ではなく、反不正当競争法が反墾断法に統合一本化される可能性は低く、かつ反墾断法制定 後においても、市場支配的かどうかの判定に際し、関連市場の画定が重要な争点となると指摘し、そ の画定方法如何で、反不正当競争法との管轄権競合が幅広く発生する余地があることを示し、両法の 調整の必要性が残ると論じている。さらに、現在起草の最終段階に入り、なお作業が難航している背 景に、従来から反不正当競争法運用を担当してきた工商行政管理部門と新たに競争規制権限獲得を狙 う商務部の間の権限争いがあることを示唆し、地方政府や大企業からの独立性確保の観点から両者の 欠点を挙げながら、新たな規制当局の設置を提言している。 以上を総合すれば、本論文は単なる法案の紹介や日台の競争法との単純な比較に留まらず、中国の 既存法秩序の深い理解を土台に、それらの視点を統合したことで、反墾断法制定がもたらす動態的影 響や競争促進。維持のために重要となる同法及び中国法全体の長期的課題を析出し、かつ指針を提示 することに成功していると評価することができる。 4本論文の限界と課題 他方、本論文にもいくつかの限界・課題が見受けられる。 第1に、比較法の対象が日本法・台湾法に限定されたため、豊富な運用経験のある欧米競争法の蓄 積が十分に参照されていないことが残念である。これらを視野に入れることができれば、本論文の価 値は一層向上したことであろう。 第2に、制定済みの反墾断法ではなく、法案段階のものを検討対象としたため、分析や提言の実務 的価値に疑問が残ることとなった。ただし、これは立法が当初予想より大幅に遅れたためであり著者 の責めに帰すべき問題とはいえまい。なお、論文執筆。提出後に入手した最新の2005年4月法案に おいては、法案の基本的構造や中核的な条文に大きな変化はなく、本論文が詳細に検討した解釈問題 やそこから得られた運用指針の実務的意義はなお失われていない。むしろ、本論文が日本法。台湾法 加 等との比較を通じて指摘した本法案の問題点(再販売価格維持規制を市場支配的地位の企業のみに適 用する点)が最新法案において是正されており、本論文の指摘の妥当性が確認される結果となったこ とを付言したい。 第3に、本論文による法理論の比較研究の意義は大きいものの、中国市場における経済活動・競争 の実態の把握とそれに基づいた政策論の展開が十分になされていないという問題点が残る。この点は 本論文が法学の研究手法を採用したことに伴う限界ではあるものの、本論文が提示した解釈論や指針 を今後、より中国の現実に即したものへと発展。深化させるためには重要な長期的課題となろう。 審査結果 しかし、これらの問題点も、既に指摘した本論文の学術的独自性や提言の実務的意義を大きく損な うものではない。なお、著者は本論文の第6章の基礎作業となる論文として、「中国『反不正当競争法」 による行政的独占の規制一政府及びその所属機関の行政権の濫用による競争制限の禁止一」「社会環 境研究』7号13頁以下(2002)、及び第4章に対応する「中国『反墾断法』(法案)における市場支 配的地位の濫用規制一日本・台湾競争制限禁止法との比較一」『社会環境研究」10号145頁以下(2005) を公表しており、これらも合わせて評価の対象とした。 以上のような理由から、論文審査委員は全員一致で本論文を博士号(法学)の学位請求論文として 合格の水準に達していると判断する。 -21
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