平 成 29年 3月 6日 カレント・トピックス 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 ~トランプ政 権 始 動 と米 国 石 炭 産 業 の見 通 し~ <石 炭 開 発 部 石 炭 開 発 課 加 藤 > 2017 年 1 月 20 日 、第 45 代 アメリカ合 衆 国 大 統 領 に Donald J. Trump 氏 が就 任 した。 選 挙 活 動 期 間 中 から石 炭 産 業 における雇 用 の確 保 や米 国 内 での低 廉 なエネルギー調 達 による他 の資 源 国 への依 存 脱 却 を唱 えてきたトランプ大 統 領 の就 任 により、今 後 の米 国 石 炭 産 業 はどのような局 面 を迎 えるのか。 今 般 、 1 月 末 ~ 2 月 初 旬 に か け て 米 国 を 訪 問 し 、 電 力 研 究 所 ( Electric Power Research Institute: EPRI) 、環 境 保 護 庁 (Environmental Protection Agency: EPA) 、 エネルギー省 (Department of Energy: DOE) および全 米 鉱 業 協 会 (National Mining Association: NMA) において今 後 の見 通 しについてヒアリングを実 施 した。本 稿 では、米 国 の石 炭 産 業 の概 況 と各 環 境 規 制 の状 況 を整 理 しながら、今 回 のヒアリングにて得 られた 内 容 を報 告 する。 1. 石 炭 生 産 量 の動 向 米 国 における石 炭 生 産 量 は 2008 年 に 11 億 7,100 万 ショートトンのピークを迎 えた以 降、減少を続けており、米国エネルギー情報局 ( U.S. Energy Information Administration: U.S. EIA) によると、2016 年 の推 定 値 では 7 億 3,870 万 ショートトンで あった。特 に Appalachia Basin での生 産 量 の減 少 が顕 著 であり、Powder River Basin を 含 む西 部 地 域 の 2016 年 生 産 量 が 2008 年 比 約 35%減 であったのに対 し、Appalachia Basin を含 む東 部 地 域 の生 産 量 は 2008 年 から約 53%減 少 した。また、東 部 地 域 の 2016 年 の推 定 値 は、2015 年 よりも約 1 億 ショートトン減 少 し、4 億 650 万 ショートトンであった。 図 1 地域別米国石炭生産量推移 1 (出 典 :U.S. EIA) 2. 石 炭 消 費 量 の動 向 石 炭 生 産 量 の減 少 は、米 国 内 における石 炭 消 費 量 の減 少 に大 きく起 因 している。特 に、石 炭 消 費 の構 成 において約 92%を占 める発 電 部 門 での減 少 が顕 著 で、2014 年 に は 8 億 5,160 万 ショートトンを消 費 していたが、2015 年 は 7 億 3,840 万 ショートトン、2016 年 速 報 値 では 6 億 7,790 万 ショートトンと大 きく減 少 している。 図 2 部門別米国石炭消費量推移 (出 典 :U.S. EIA) 発 電 量 についても、2016 年 の推 定 値 では天 然 ガスが発 電 電 源 の 34%を占 める一 方 、 石 炭 は 30%にとどまった。図 3 に示 すように 2016 年 の天 然 ガスによる発 電 量 推 定 値 が 379.1 万 MWh/日 であったのに対 し、石 炭 火 力 による発 電 量 推 定 値 は 338.8 万 MWh/ 日 と 、天 然 ガスによる電 力 発 電 量 が石 炭 火 力 による発 電 量 を 上 回 っ た。石 炭 火 力 の発 電 量 が減 少 し、天 然 ガスの発 電 量 が増 加 している背 景 には、後 述 する EPA による規 制 の 導 入 のほか、シェールガス革 命 による天 然 ガス価 格 の低 下 と、発 電 コストに占 める運 転 費 や維 持 費 と燃 料 費 との比 率 の違 いがある。 図 3 石 炭 及 び天 然 ガスによる発 電 量 推 移 2 (出 典 :U.S. EIA) 図 4 では米 国 の発 電 所 における石 炭 と天 然 ガスの燃 料 価 格 の推 移 を示 しているが、 石 炭 の燃 料 価 格 は緩 やかに上 昇 している一 方 で、天 然 ガス価 格 は低 下 している傾 向 が みられる。また、図 5 に示 すように、発 電 コストの内 訳 を比 較 すると、石 炭 火 力 発 電 のほう が 天 然 ガ ス を 燃 料 と す る 場 合 よ り も 運 転 費 及 び 維 持 費 が 高 い こ と が わ か る 。 2010 年 と 2015 年 の発 電 コストを比 較 すると、石 炭 火 力 発 電 所 においては運 転 費 と維 持 費 が増 加 している一 方 、天 然 ガス火 力 発 電 所 では燃 料 費 が大 幅 に減 少 している。シェールガス革 命 により天 然 ガスの価 格 が低 廉 となったため、石 炭 との燃 料 費 の差 がわずかとなり、発 電 コスト全 体 を比 較 すると天 然 ガス火 力 発 電 所 のほうが優 位 となっているのである。その結 果 、米 国 内 における発 電 電 源 としての石 炭 消 費 が減 少 している。 図 4 米 国 発 電 所 における燃 料 費 の推 移 (出 典 :U.S. EIA) 図 5 燃 料 別 発 電 コスト内 訳 (出 典 :U.S. EIA) 3 3. 石 炭 輸 出 量 の動 向 米 国 内 の電 力 部 門 における石 炭 消 費 量 の減 少 だけでなく、2012 年 以 降 は石 炭 輸 出 量 の減 少 も顕 著 にみられる。2016 年 は、2015 年 の輸 出 量 7,400 万 ショートトンから約 20%減 少 し、5,930 万 ショートトンの輸 出 となった。特 に近 年 は一 般 炭 の輸 出 量 が大 きく 減 少 し、2016 年 は米 国 の石 炭 輸 出 量 の約 67%を原 料 炭 が占 めている。 なお図 7 に示 すように、、2015 年 の原 料 炭 輸 出 先 は多 い順 にブラジル、オランダ、カ ナダ、インド、日 本 で、これら 5 カ国 で全 体 の約 49%を占 めた。また、一 般 炭 輸 出 先 は多 い順 にオランダ、メキシコ、韓 国 、インド、ドイツで、これら 5 カ国 で全 体 の約 70%を占 めて いる。 図 6 米国石炭輸出量推移 (出 典 :U.S. EIA) (出 典 :U.S. EIA) 図 7 米 国 石 炭 輸 出 先 の割 合 4 なお、米 国 内 における発 電 電 源 の 天 然 ガ スや 再 生 可 能 エ ネルギーへのシフ トに伴 う 石 炭 消 費 量 の減 少 を補 い、石 炭 生 産 を増 加 して石 炭 産 業 を再 び活 性 化 させるひとつの 方 法 として、トランプ政 権 は石 炭 輸 出 の促 進 も視 野 に入 れているとの情 報 が、今 般 実 施 した関 係 機 関 におけるヒアリングで得 られた。今 後 も一 定 の一 般 炭 及 び原 料 炭 需 要 が見 込 まれ るアジア地 域 に 対 する米 国 炭 の輸 出 量 を 増 加 させるには、米 国 西 海 岸 における 輸 出 港 の建 設 が不 可 欠 である。一 方 、西 海 岸 における輸 出 港 建 設 に対 しては、西 海 岸 の州 及 び西 部 の石 炭 生 産 地 域 (Powder River Basin 等 )から輸 出 港 まで鉄 道 が通 過 す る州 において環 境 団 体 等 からの反 対 が根 強 く、西 海 岸 の輸 出 港 建 設 は順 調 には進 まな いと考 える声 も多 く聞 かれた。 4. 石 炭 火 力 発 電 所 に係 る環 境 規 制 の動 向 EPA は 2012 年 に Mercury and Air Toxicx Standards (MATS)を公 布 し、25MW 以 上 の石 炭 火 力 発 電 所 及 び石 油 火 力 発 電 所 からの水 銀 、ヒ素 、クロム、ニッケル等 の重 金 属 や、塩 化 水 素 、フッ化 水 素 等 のガス及 びばい塵 の排 出 規 制 を導 入 した。MATS の基 準 に適 合 し ない 発 電 所 におい ては、排 煙 脱 硫 装 置 等 の導 入 か天 然 ガスへの燃 料 の転 換 または発 電 所 の閉 鎖 をする必 要 があり、これに伴 って 2012 年 以 降 石 炭 火 力 発 電 所 の 閉 鎖 が増 えている。 また、2007 年 の Massachusetts v. EPA 判 決 により、二 酸 化 炭 素 (以 下 、CO 2 )を含 む 温 室 効 果 ガスが、Clean Air Act (CAA)で定 義 される大 気 汚 染 物 質 のひとつに規 定 さ れ た た め 、 EPA は こ れ 以 降 温 室 効 果 ガ ス の 排 出 に 関 す る 規 制 を 策 定 し て い る 。 ま た 、 2013 年 6 月 25 日 に、オバマ前 大 統 領 が Climate Action Plan を発 表 し、EPA に対 して 電 力 部 門 における CO 2 排 出 に係 る規 制 を早 急 に完 成 させるよう大 統 領 令 が発 出 された。 これにより、固 定 発 生 源 からの大 気 汚 染 物 質 の排 出 等 の規 制 項 目 である CAA Section 111 下 に お い て 、 新 規 火 力 発 電 所 か ら の CO 2 排 出 量 を 規 制 す る Carbon Pollution Standards (CPS) と既 存 火 力 発 電 所 からの CO 2 排 出 量 を規 制 する Clean Power Plan (CPP) が発 表 された。 米 国 内 での石 炭 消 費 の減 少 の主 な原 因 は、天 然 ガス価 格 の下 落 による石 炭 の価 格 優 位 性 の喪 失 であるが、一 方 で、火 力 発 電 所 からの CO 2 排 出 量 に係 る規 制 も石 炭 産 業 を弱 体 化 させている一 因 とされている。その中 でも特 に強 い反 対 を受 けているのが CPP である。CPP は、EPA が各 州 の 2030 年 時 点 での CO 2 排 出 削 減 目 標 を設 定 し、その目 標 を達 成 するための計 画 を各 州 がそれぞれの電 源 構 成 等 を踏 まえて策 定 、実 施 することに よって、既 存 火 力 発 電 所 からの CO 2 排 出 量 を規 制 するものである。EPA は、CPP の実 施 により、各 州 が自 主 性 を持 って CO 2 排 出 量 の削 減 に取 り組 むことで、2030 年 までに発 電 部 門 における CO 2 排 出 量 を 2005 年 比 の 32%まで削 減 できる見 込 みとしている。 CPP は 2015 年 8 月 3 日 に最 終 版 が提 出 され、同 年 10 月 23 日 に連 邦 官 報 に掲 載 された。石 炭 業 界 や石 炭 産 業 が経 済 の中 枢 を担 う州 においては、最 終 版 提 出 以 前 から CPP の執 行 中 止 を求 めて訴 訟 が提 起 されてきた。これは、CPP の導 入 により、各 火 力 発 電 所 における CO 2 排 出 量 の削 減 が促 進 されるのではなく、州 全 体 で包 括 的 に CO 2 排 出 量 を削 減 する必 要 が生 じるためである。EPA が設 定 した目 標 値 を達 成 するために、比 較 的 CO 2 排 出 量 の多 い石 炭 火 力 発 電 所 の稼 働 時 間 の削 減 や発 電 所 の閉 鎖 を進 め、同 5 時 に比 較 的 CO 2 排 出 量 の少 ない天 然 ガスの使 用 や再 生 可 能 エネルギーの導 入 を進 め る策 がとられれば、さらに米 国 内 での電 力 部 門 における石 炭 消 費 が減 少 することとなる。 2015 年 10 月 の連 邦 官 報 への掲 載 を経 て、CPP が正 式 に司 法 審 査 の対 象 となったこ とを踏 まえ、以 降 CPP に反 対 する各 州 ・団 体 と EPA の間 で、CPP の合 法 性 をめぐる裁 判 所 での手 続 きが開 始 された。CPP に基 づく各 州 の CO 2 排 出 量 削 減 計 画 の提 出 期 限 は 2016 年 9 月 であったため、各 州 ・団 体 側 は CPP の合 法 性 をめぐる裁 判 期 間 中 の CPP の一 時 執 行 停 止 措 置 を同 時 に裁 判 所 に求 め、2016 年 2 月 9 日 に合 衆 国 最 高 裁 判 所 がその要 求 を 認 めたことから、現 在 CPP は一 時 執 行 停 止 措 置 がと られている。今 後 の CPP の動 向 については、裁 判 所 が 2017 年 6 月 までに全 ての州 や業 界 団 体 からヒアリン グを行 い、最 終 的 な判 決 を出 す予 定 で、この判 決 内 容 に大 きく左 右 されると考 えられる。 一 方 、2017 年 2 月 17 日 、トランプ政 権 における EPA 長 官 として前 オクラホマ州 司 法 長 官 の Scott Pruitt 氏 が就 任 した。これを受 け、現 地 では CPP を含 めた EPA の規 制 に関 する複 数 の大 統 領 令 が発 出 される見 込 みとの報 道 もあり、トランプ政 権 によって CPP を含 めた環 境 規 制 にどのような方 法 がとられるか、注 目 が集 まっている。 また、現 状 の石 炭 価 格 及 び天 然 ガス価 格 下 では、新 規 石 炭 火 力 発 電 所 の建 設 は経 済 性 の観 点 から現 実 的 ではない。そのため現 時 点 では、新 規 火 力 発 電 所 からの CO 2 排 出 量 を規 制 する CPS に対 しては、石 炭 産 業 界 や電 力 業 界 からの異 議 は大 きくないが、 今 後 石 炭 と 天 然 ガス の 価 格 動 向 に 大 きな 変 化 が 生 じ れ ば、 新 規 火 力 発 電 所 に 対 する CO 2 排 出 規 制 も議 論 の対 象 となる可 能 性 もある。 5. 石 炭 産 業 に対 するトランプ政 権 の影 響 今 般 ヒアリングのため訪 問 した米 国 の各 機 関 ・組 織 では、トランプ政 権 による政 策 の見 通 しの不 明 確 さ(Uncertainty)が共 通 して聞 き取 れた。一 方 で、トランプ政 権 が米 国 内 に おける経 済 活 動 を促 進 する策 を進 めれば、それに伴 い電 力 需 要 が増 加 し、米 国 内 の一 般 炭 需 要 も増 加 するのではないか、との期 待 の声 もあった。 特 に今 後 の CPP の動 向 が注 目 されているが、トランプ政 権 により CPP の内 容 が変 更 と なった場 合 や取 り下 げとなった場 合 においても、引 き続 き天 然 ガス価 格 との競 合 という課 題 が残 るため、現 在 電 力 業 界 においては既 存 の石 炭 火 力 発 電 所 の維 持 に係 る関 心 が 大 きいという。また、トランプ大 統 領 が選 挙 期 間 中 に公 言 していた石 炭 産 業 を支 える方 法 として、石 炭 輸 出 の促 進 も考 えられるが、この点 については既 述 のとおり、米 国 西 海 岸 に おける輸 出 港 建 設 の可 否 に左 右 される。 また、今 後 の石 炭 火 力 発 電 に係 る CCS 等 の RD&D については、基 礎 となる技 術 の開 発 のための政 府 予 算 は確 保 され、小 規 模 なデモプラント等 のプロジェクトに対 する支 援 は 継 続 する一 方 、大 規 模 なパイロットプラントについては資 金 面 での支 援 は見 込 めない、と する予 想 が多 く聞 かれた。 先 週 、オバマ前 政 権 時 代 の CPP を含 む気 候 変 動 対 策 を撤 廃 する大 統 領 令 が、今 週 にもトランプ大 統 領 により発 出 されるとの報 道 があった。力 を弱 めつつある米 国 の石 炭 産 業 に対 して、始 動 したトランプ政 権 がどのような影 響 がもたらしていくのかは未 だ不 透 明 で ある。米 国 の石 炭 産 業 関 係 者 でも推 測 し難 い今 後 のトランプ政 権 による政 策 とそれによ って生 じる影 響 を、CPP に係 る裁 判 の進 捗 や天 然 ガス価 格 の動 向 とともに今 後 も注 視 し 6 ていく必 要 がある。 以上 おことわ り:本 レ ポートの内 容 は、必 ずしも 独 立 行 政 法 人 石 油 天 然 ガス・金 属 鉱 物 資 源 機 構 としての見 解 を示 すものではありません。正 確 な情 報 をお届 けするよう最 大 限 の努 力 を行 ってはおりますが、本 レポートの内 容 に誤 りのある可 能 性 もあります。本 レポートに基 づ きとられた行 動 の帰 結 につき、独 立 行 政 法 人 石 油 天 然 ガス・金 属 鉱 物 資 源 機 構 及 びレポ ート執 筆 者 は何 らの責 めを負 いかねます。なお、本 資 料 の図 表 類 等 を引 用 等 する場 合 に は、独 立 行 政 法 人 石 油 天 然 ガス・金 属 鉱 物 資 源 機 構 資 料 からの引 用 である旨 を 明 示 し てくださいますようお願 い申 し上 げます。 7
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