〈隔月発行〉 第144号(通巻361号) 2017 2・3 海溝型巨大地震・津波に対するJAMSTECの取り組み JAMSTECは東北地方太平洋沖地震発生直後から震源域 の海底調査などを実施してきました。また、大きな影響を受 けた三陸沖の生態系を長期観察して漁業復興に向けた科学 データを提供する研究を実施しています。 今号では、JAMSTECが取り組む三陸沖の海洋生態系の調 査研究と宮城沖の海溝軸付近の断層すべり量分布について ご紹介します。 東北マリンサイエンス拠点形成事業(海洋生態系の調査研究) 「東北マリンサイエンス拠点形成事業」とは 東北地方太平洋沖地震で、東北沿岸から沖合の海洋生態系 は大きな影響を受けました。海洋に関係する研究者らは、地 震や津波で被害を受けた東北沿岸域の環境と生態系につい て、 「何をしなければならないのか?」を考えるきっかけとな りました。 地元の人々と研究者とで話合いを重ねた結果、漁業の復興 に貢献することを目的として、地震・津波後の海洋生態系の 把握や、持続的な調査による科学的情報などを提供する「東 北マリンサイエンス拠点形成事業(海洋生態系の調査研究)」 を2012年1月に立ち上げました。 この事業は、文部科学省のプロジェクトとしてJAMSTEC と東北大学、東京大学大気海洋研究所が中心となり、 「漁場環 境の変化プロセスの解明」、 「海洋生態系変動メカニズムの解 明」、 「沖合底層生態系の変動メカニズムの解明」、 「東北マリ ンサイエンス拠点データ共有・公開機能の整備・運用」の4つ の課題を掲げています。その中でJAMSTECは、 「沖合底層生 態系の変動メカニズムの解明」、 「東北マリンサイエンス拠点 データ共有・公開機能の整備・運用」を主な課題として調査を 行っています。 研究データに基づく漁業復興へ JAMSTECが実施する「沖合底層生態系の変動メカニズム の解明」では、1000m以浅の海域で精密な地形図の作成、瓦 礫の分布、生物の変化、生物への化学物質の蓄積、水質環境の モニタリングを実施しています。また、この事業を通じて得 られるデータなどを用いて生態系の機能や構造をモデリン グし、持続的・効果的な漁業はどうあるべきかという情報を 提供することに も取り組んでい ます。 これまでに、瓦 礫の分布状況の 把握、キチジやス ケトウダラの集 団が地震によっ て遺伝的に変化 がないこと、地震 前後で化学物質 汚染は進んでい ないことなどが 分かってきまし 生物や瓦礫の分布量を調査 た。 研究者の声 「東北マリンサイエンス拠点データ共有・公開機能の整備・ 運用」では、東北マリンサイエンス拠点形成事業で得られた データを集積しています。国内外において、データの利用を 希望する方が欲しい情報にたどり着き、また、利用すること ができるように、集積したデータを体系的に整理したデータ ベースを構築し、公開しています。 東北マリンサイエンス拠点形成事業で得られたデータを公開している http://www.i-teams.jp/catalog/rias/j/index.html JAMSTECは、これらの研究成果や取り組みを漁業関係者 や地方自治体に提示し、今後も漁業復興に向けてともに歩ん でいく予定です。 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム プロジェクト長 藤倉克則 「JAMSTECの海洋研究の知見を復興に生かしたい」 東北地方太平洋沖地震は、私たちにこれまで培ってきた海 洋研究のノウハウを、甚大な自然災害からの復興に貢献しな ければならないと意識させる大きなトリガーとなりました。 「東北マリンサイエンス拠点形成事業」は、そのような強い意 志を持った国内研究者・技術者・スタッフの集団で取り組ん でいます。 JAMSTECは、これまでさまざまな海洋生物研究に取り組 んできましたが、水産業に視点を置いた研究はそれほど多く はありませんでした。この事業に取り組むにあたって、私た ちは被災地の漁業者・自治体・研究機関などから聞き取りを 行いながら、水産業の復興に科学的に取り組むにはどうした ら良いか、というニーズの洗い出しから始めました。 「瓦礫は どうなっているのか?」、 「水産資源生物への影響はどうなっ ているのか?」といった焦眉の急である課題が叫ばれつつ、 そもそも三陸の海の生態系や 環境について詳細な科学デー タが十分ではないことが分 かってきました。 私たちは地元のニーズに取 り組みながら、海洋生態系の保 全とバランスのとれた持続的 な水産業のあり方について考 えたいと思います。そして、得 られたノウハウや知見を今後 も生じるであろう巨大自然災 害に活かせるよう国内外にレ ガシーとして残せるようにし たいと思っています。 三陸沖で得られた生物サンプルを分析する様子 (写真右:藤倉プロジェクト長) 2017 2.3 編集発行人 国立研究開発法人海洋研究開発機構 広報部、イノベーション・事業推進部 〒237-0061 神奈川県横須賀市夏島町2 番地15 TEL 046-867-9070 FAX 046-867-9055 ホームページ http://www.jamstec.go.jp 海洋 地球 生命 統合的理解への挑戦 2011年東北地方太平洋沖地震時に海溝軸で最大となった 断層すべり量を評価 英科学誌『Nature Communications』電子版に掲載 巨大津波を引き起こした断層すべり 東北地方太平洋沖地震では、 プレート境界断層の浅い部分の海 底が大きくすべり、巨大津波を引き起こしました。巨大地震・津波の 生成メカニズムを解明するためには、海溝軸付近での断層の動き の特性を定量的に評価することが重要です。 JAMSTEC地震津波海域観測研究開発センターの小平秀一上 席研究員、冨士原敏也主任技術研究員らは、 カナダ・ビクトリア大 学、 カナダ地質調査所・太平洋地球科学センターと共同で、最大の すべりが起きた宮城沖の海溝軸付近の断層すべり量について、地 震の前後で観測した海底地形調査データと数値計算手法を用い て解析しました。 断層のすべり量分布が明らかに 海溝軸から約40kmまでの断層のすべり量は平均約62mで、 海溝軸に向かって緩やかに増加し、海溝軸で最大の約65mになる ことが分かりました。2011年の地震時に実際に起きたすべり量の 分布が明らかになり、2012年に行われた地球深部探査船「ちきゅ う」掘削調査の結果と合わせて、宮城沖での浅部の断層の動きの 特性については理解が進むことが期待されます。 巨大津波のリスクを正しく見積もるために 冨士原主任技術研究員は、 「海溝軸付近の浅部断層の特性には 地域性があるはず。巨大地震・津波のリスク評価の知見を得るため には、掘削調査なども含め、日本海溝の海溝軸沿いの他の場所で も同様な調査が必要」 と話します。 今後、 海溝軸付近の断層の特性解明に貢献していきます。 海溝軸付近の断層すべり量の模式図 宮城県沿岸は海溝軸から約200km先にある。 お知らせ ● 海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC2017 開催案内 第1部は平成28年度の研究活動に関する報告、第2部は 「イノベー ションの時代のサイエンスとは」 をテーマとしたパネルディスカッション を行います。隣接会場ではポスターセッションを実施いたします。 日 時:2017年3月1日 (水) 13:30∼17:00 会 場:東京国際フォーラム 参加費:無料(事前登録制) http://www.jamstec.go.jp/j/pr/event/jamstec2017/index.html ● ブルーアース 2017 開催案内 研究分野の枠を越えた情報交換を目的として、 JAMSTECの船舶 などを利用した国内の大学や研究機関による研究成果の発表・講演な どを行います。 日 程:2017年3月2日 (木) ∼3日 (金) 会 場:日本大学理工学部 駿河台キャンパス 参加費:無料 http://www.jamstec.go.jp/maritec/j/blueearth/2017/index.html ● 2016 年度北極域研究推進プロジェクト公開講演会 「北極研究と日本 ―我々はなぜ北極を研究するのか―」 開催案内 北極域研究推進プロジェクト (ArCS)の全体像や研究内容をお伝え するとともに、角南篤氏(政策研究大学院大学副学長) をゲストに招き、 基調講演やパネルディスカッションを通じて、北極域に直接面していな い日本が北極研究をすることの意義を考えます。 日 時:2017年3月18日 (土) 13:00∼17:00 会 場:星陵会館(東京都) 参加費:無料(先着230名) http://www.arcs-pro.jp/20170318kouenkai/index.html ● 国際海洋環境情報センター(GODAC)来館者 20 万人達成セレモニー 開催報告 国 際 海 洋 環 境 情 報セン ター(GODAC)は、2016 年12月15日(木) に利用開 放ゾーンへ の 来 館 者 数 が 20万人を達成いたしまし た。2 0 万 人 目 の 来 館 者と なったのは、修学旅行にてご 来館の嘉手納町立嘉手納小 学校6年生のみなさんでし た。 GODACではこれを記 念するセレモニーを開催し、他谷国際海洋環境情報センター長から 児童のみなさんへ記念証と記念品を贈呈いたしました。 ● 第 13 回「海と地球の研究所セミナー」 開催報告 2016年12月17日 (土) に、福島 市子どもの夢を育む施設こむこむ 館において、第13回「海と地球の 研究所セミナー」を開催いたしまし た。当日は「深海の世界と、海底(そ こ) にすむ生き物たち」 をテーマとし たセミナーや水圧実験を開催し、延 べ200名の方々にご参加頂き、大 変盛況なイベントとなりました。 現場だより 三陸沖の海洋生態系変動メカニズム解明の調査へ出発 東北マリンサイエンス拠点形成事業の一環で、東北海洋生 態系調査研究船「新青丸」が、2017年2月11日に三陸沖に向 けて出航しました。海底のマッピングや、瓦礫、生物、堆積物な どの調査を行う予定です。 ▶ 編集後記 東北地方太平洋沖地震が発生してからまもなく6年が経ちます。当時の出来事が風化しているという話も耳にしますが、一方で、昨年8月 に開催した石巻「ちきゅう」一般公開の事前勉強会では、多くの子供たちが大地震の発生メカニズムや 東北沿岸の海洋生物の話題を熱心に聞き入っていました。子供たちの中に科学という力となって蓄積 されていくと嬉しいです。 (H. M.)
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