細胞の老化を防ぐ酵素「SETD8」

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国立大学法人熊本大学
平成29年3月1日
報道機関
各位
熊
本
大
学
日本医 療研究開発 機構(AMED)
細胞の老化を防ぐ酵素「SETD8」を発見
-老化をコントロールできる時代に向けて-
熊 本 大 学 発 生 医 学 研 究 所 細 胞 医 学 分 野 の中 尾 光 善 教 授 、田 中 宏 研 究 員 (同 大
学 院 医 学教 育 部 博 士課 程 修 了)らは、網羅的 な遺 伝子 解 析 を用いて、細 胞 の老 化 を
ブロックする酵素 とそのしくみを初 めて解 明しました。「SETD8 ※ 1 」は細 胞 増殖 や数 多
くの遺 伝 子 の働きを調 節する酵 素です。今回 、老化細 胞 ※ 2 においてSETD8の量が著
しく減 少 すること、また、正 常 な細 胞 でSETD8を阻 害 すると細 胞 が速 やかに老 化 する
ことが分 かりました。また、老 化 細 胞 はエネルギー産 出 能 力 が高 く、そのしくみも不 明
でしたが、SETD8が減 少 することによって細 胞 内 の核 小 体 ※ 3 とミトコンドリア ※ 4 に関
わる遺 伝 子 群 の働 きが活 発 化 し、タンパク質 合 成 とエネルギー産 生 が増 加 することを
解 明 しました。
この成 果 は、SETD8が減少することで細 胞 老 化が促進されるメカニズムを明 らかに
したことから、老 化 のしくみの解 明 および制 御 法 の開 発 につながることが期 待 されま
す。
本 研究 成果は 、日本 医療 研究開 発機構(AMED)革新的先 端 研究 開発支援 事
業 ( AMED-CREST) 、 文 部 科 学 省 科 学研 究 費 補 助 金 、 武 田科 学 振 興 財 団 研 究
助 成 、熊本 大学 の博士 課程 教育 リーデ ィングプロ グラム「グローカルな健康 生
命 科 学パ イオニ ア 養成プログラム HIGO」および 拠点形成研 究の支援を 受けて 、
科 学 雑 誌 「 セ ル ・ リ ポ ー ト ( Cell Reports) 」 オ ン ラ イ ン 版 に 米 国 ( EST) 時
間 の 平 成 2 9 年 2 月 2 8 日 12:00【 日 本 時 間 の 3 月 1 日 ( 水 ) 2:00】 に 掲 載 さ
れ ま し た。
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論文名
The
SETD8/PR-Set7
methyltransferase
functions
as
a
barrier
to
prevent
senescence-associated metabolic remodeling
(SETD8/PR-Set7 メチル基転移 酵素 は、細 胞老化に関わる代謝 リモデリングを防御 し
ている)
著 者名 ( *責任 著者)
Hiroshi Tanaka, Shin-ichiro Takebayashi, Akihisa Sakamoto, Tomoka Igata, Yuko
Nakatsu, Shinjiro Hino, and Mitsuyoshi Nakao*
掲 載雑 誌
Cell Reports
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( 概 要説 明)
身 体 を構成 する細 胞 は、さまざまなストレス ※ 5 を受 けると、その増殖 を不 可逆 的 に
停 止 し、細 胞 老 化 に特有 の特 徴を生 じる。とりわけ、エネルギー産生能 (代 謝 ※ 6 活
性 )が増加 するが、そのメカニズムは明 らかではない。
SETD8 は標的 のタンパク質をメチル化 する修飾酵素として、細 胞増殖や遺伝 子の
働 きを調節 するが、老 化との関 わりは知られていない。
老 化 細胞 において SETD8 の量 が著しく減少 すること、また、正 常な細 胞で SETD8
を阻 害 すると速 やかに老 化 することから、細 胞 老 化 の防 御 因 子 であることが分 か
った。
老 化 細胞 で SETD8 が減少 して、細 胞内の核小体 とミトコンドリアに関わる遺 伝子
群 が高発現 する結果 、タンパク質合成とエネルギー産生が増加 する。
注)
※ 1 : SETD8: 標 的 の タ ン パ ク 質 に メ チ ル 基 ( CH 3 ) を 付 け る 酵 素 で 、 細 胞 増 殖 と 遺 伝 子 の 働 き
を 調 節 す る 。 ゲ ノ ム DNA を 取 り 巻 く ヒ ス ト ン タ ン パ ク 質 を メ チ ル 化 し て 、 遺 伝 子
の働きを抑制する。
※2:細胞老化:細胞の増殖を不可逆的に停止した状態。活発な活動を行うため、細胞死とは異
なる。この状態の細胞を老化細胞という。
※3:核小体:細胞核の中にある構造体で、リボソームにおけるタンパク質の合成を調節する。
※4:ミトコンドリア:細胞質に多数ある構造体で、細胞のエネルギー産生を担う。
※5:ストレス:細胞分裂による増殖、がん遺伝子の活性化、物理的・化学的な刺激などは、細
胞老化を引き起こす。
※ 6:代 謝:細 胞 が 糖・タ ン パ ク 質・脂 質 な ど を 利 用 し て 、エ ネ ル ギ ー を 産 生・消 費 す る 仕 組 み 。
( 説 明)
我 が国 の高齢 化 は、世界に類を見ないスピードで進展し 、今後も 高齢化と平
均 寿 命 の 延 長 が予 測さ れ る 中、 “健 康 を維 持 し なが ら 老い る”こ と が 重 要に な っ
て い ま す。身体 を構成 する 多く の細胞は 、分裂を繰り返し て増え ると、やが て
そ の 機能 が低下 して 増殖 を停 止します 。これを「細胞老化 」と 呼んで、健康 と
寿 命 に 関わる重要 な要 素と考 え られています 【図 1】。細胞老化を引 き起こす
多 く のス トレス が 知られてきました が、 老化のメカニ ズムは未だ よく分かっ て
い ま せん 。例え ば、 放射 線や 紫外線などの 物理的な ストレス、 薬剤など の 化学
的 な ス トレスによ って ゲノ ム DNA が損傷を 受ける と、細胞老 化が促されます 。
細 胞 老化 には良 い 点も悪い点もあります。 細胞ががん 化を始める と、細胞老 化
が 生 じて がんの 発 生を防ぐ役 割 をしています 。他方、 老化に よって多くの病気
が 起 こり やすく な ります。従 い まして、 細胞老化は 適切に制 御され ること が重
要 な わけ です。
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老化細胞は、肥大して扁平な形態になって増殖能を失います。ところ
が、近年、老化細胞はさまざまなタンパク質を分泌して周囲の細胞に働
きかけて、時には慢性的な炎症やがん細胞の増殖をかえって促進するこ
とが分かってきました。予想される以上に、老化細胞はアクティブに働
い て い ま す の で 、 細 胞 老 化 は 、 身 体 全 体 の 老 化 の 原 因 に なる と 考 え ら れ る よ
う に なり ました 。例 えば、 老 齢マウス には 老化 細胞が多く 蓄積 しますが 、 これ
ら を 除去 すると 全 身の老化が 抑 えられる という報 告がありま す。つまり、細 胞
老 化 を制御 できれ ば 、全身 の老 化を 防ぐ ことができる かもし れません。
当 該研究 グルー プ は、「 エピ ジェ ネテ ィク ス」 とよ ばれ る 学術 の観点から 、
細 胞 老化 のメカ ニ ズムについて 研究を 進めてきま した。私たちの設計図に当 た
る ゲ ノム には、約 2 万 5 千個の遺伝子があります。エピジェネティクスは、す
べ て の 遺伝 子 の働 き 方 (ON/OFF)を明 らかに する研 究分 野 であり 、生命 現象
や 病 気の 発症、さら に老化 に も 密接に 関わると 考えられます。現在ま でに、我 々
は ヒ ト線 維芽 細胞( 各組 織を 支え、増 殖や分化、 修復を助け る働きをも つ細 胞
種 ) の老 化に 関わ る因子 を幅広 くスクリー ニング して、複数 の因子 を同定 しま
した。
正 常な 細胞は 、数多 く分裂 し て複製した 後に増殖 を停止し ます( 複製後 の老
化 ) 。また 、がん 遺 伝子が 活性 化してがん 化が始 まると、そ れを阻止するため
に 老 化がお こりま す (が ん遺 伝子で誘 導される老化)。 こうした 老化細 胞を 調
べ る 中 で 、 「 SETD8 メ チ ル 基 転移 酵 素 」 が 著 し く 減 少 する こ と を 見 出 し ま し
た 【 図 2 】 。 こ れ ま で 、 SETD8 は細 胞 増 殖 や 遺 伝 子 の働 きを 調 節 す る こ と が
報 告 され ていま す 。とり わけ 、ゲノム DNA に巻き付 く「ヒ ストン」タンパ ク
質 を メチ ル化して 、そ の近傍 の 遺伝子の働きを抑える と考え られていま す 。し
か し 、細 胞老化と の 関 連性は 知ら れて いま せん 。そこで、線 維芽細 胞にお いて 、
SETD8 の遺伝 子の働きを 抑 えるノックダ ウン( RNA 干渉法)を行っ たとこ ろ、
細 胞 老化 が誘導 さ れて、老化細胞の典型的な特徴が現れました。さらに、SETD8
の 酵 素活 性を阻害 する 薬剤 を用 いると、同様の細 胞老化 を認めました 。つまり 、
SETD8 は細 胞老 化を防 ぐ 役割をもつことが分かりました。
次 に 、 SETD8 が減 少 し た 老 化 細 胞 を 詳し く 調 べ る た め に 、 す べ て の 遺 伝 子
発 現 を網 羅的に 解 析しました。その結果、細胞老化に関わる遺伝子群の発現が
増 加 して いました が、 とりわ け 、①細胞 のタンパ ク質合成を 担う「リボソーム
タ ン パク 質」と「 リボソーム RNA」の遺 伝子群、② 細胞増殖 を阻害 するタ ンパ
ク 質 の遺 伝子群 の働き が増加 し ていました 。これらの 遺伝子 群に位置す るヒ ス
ト ン は 、増 殖 中の細 胞 では SETD8 によってメチル 化を受けていますが 、SETD8
が 減 少 し た 老 化 細胞で は メ チ ル 化 が 低 下し て い ま し た 。 つまり 、 SETD8 の 減
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少 に よっ て、これ らの 遺伝子 群 の働きが活性化 して、 タンパ ク質合成の亢進お
よ び 増 殖停止が おこ ること が示 されました 。
さらに、①と②の遺伝子群がエ ネ ル ギ ー 産 生 ( 代 謝 活 性 ) に 主 に 関 わ る
ことから、その役割について検討を進めました。老化細胞はアクティブ
に働くために多量のエネルギーを産生する仕組みをもっているはずです。
細胞の代謝状態を調べる機器「細胞外フラックスアナライザー」を用い
て、酸素消費速度(代謝能)を測定しました。細胞のエネルギー産生を
担う「ミトコンドリア」でエネルギーを産生するには、酸素を必要とす
る か ら で す 。老 化 細 胞 で は ミトコン ドリアの 代 謝 機 能 が 著 し く 上 昇 し て い
る こ と を 我 々 は 老 化 専 門 誌「 エイジ ング・セル( Aging Cell)」に 2 0 1 5 年 に
報 告 し て い ま す 。今 回 、こ う し た ミ ト コ ン ド リ ア の 活 性 化 も ま た 、SETD8
に よ って 調節さ れ ているこ とが 分かりました。 顕微鏡 で観察 すると、大きく 扁
平 な 形態 をもっ た老 化細 胞では 、核小 体とミトコ ンドリアが顕著に発達して い
る こ と が 確 認 でき ます 【 図 3 】 。従 っ て、 SETD8 が 減少 す る こ と に よ っ て 、
細胞老化とその代謝活性化が促進することが明らかになりました。つまり、
SETD8 は 増 殖停 止と 代 謝 活 性 化 を 抑制 す る こ と で 、 細 胞老 化 を 防 ぐ と 考 え ら
れ ま す。
今 回の 研究成果 は 、SETD8 が 細胞老化を防御す ると いう 発見を 契機として 、
老 化 の基本 メカニ ズ ムを明 らか にした ものであり、 老化のしくみ 解明および制
御 法 の開発 に役立 つ と期待 でき ます 。
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【図1】
【図2】
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【図3】
培 養 早期 の増殖 中( Early)お よび培養後 期の老化状態( Late)のヒト線 維芽
細 胞 。SETD8 が減少した 老 化細胞は、肥大し て扁平 な形になり 、大きな核 小
体 と ミト コンド リ アの増加を示す。 また、 ゲノム DNA は多くの 斑点状 の塊 り
を 生 じる 。核小 体(赤)、ゲノ ム DNA(青)、ミトコン ドリア(緑 )。スケ ー
ル ・ バ ーは 20 m を表 す。
【 お 問 い合 わ せ先 】
熊 本 大 学発 生 医学 研 究所 細 胞医 学 分野
担 当 : 教授 中尾 光善 ( な かお み つよ し)
電 話 ・ FAX: 096-373-6804
e-mail: [email protected]
< AMED の 事業 に 関す る こ と>
日 本 医 療研 究 開発 機 構
戦 略 推 進部 研 究企 画課
電 話 : 03-6870-2224
FAX: 03-6870-2243
e-mail: [email protected]
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