28号に掲載しきれなかったお話と対談風景はこちら(PDF

このたび、法テラス設立 10 周年記念として、広島東洋カープの大瀬良大地選手との対談
が実現しました。その対談の中で、ニュースレター第 28 号に掲載しきれなかった部分を
HP でお届けします。(聞き手:所長寺垣玲、常勤弁護士射場和子)
Qそもそも野球を始めたきっかけを教えてください。
大瀬良選手
大瀬良選手:僕の父は島の小さな村の出身で、野球部がなかったそうなんですが、それでも野
選手
球がすごく好きで、僕が物心ついたときからテレビでは野球中継が流れていたという環境で育ち
ました。まわりの友達も野球をする子が多かったので、自然と野球をやるような環境が整ってい
たと思いますね。
Qピッチャーを選んだ理由は。
ピッチャーを選んだ理由は。
大瀬良選手
大瀬良選手:元々打撃の方が好
選手
きだったんですが、身体が大き
かったのもあって、ピッチャー
を勧められました。高校に入っ
た時から、投げるほうが楽しい
なって思い始めて、ピッチャー
でがんばろうと思いましたね。
Q(同じ広島東洋カープの)今
村投手とは同級生とのことです
が。
大瀬良選手
大瀬良選手:そうなんですよ。
選手
出身も同じ長崎県で、高校の時
にも対戦したことがあって、そ
れからずっといい関係でいます。
Q大瀬良選手は教員免許をお持ちだそうですが、それはどういった理由があるのでしょうか。
大瀬良選手は教員免許をお持ちだそうですが、それはどういった理由があるのでしょうか。
大瀬良選手
大瀬良選手:はい、保健体育の免許を持っています。高校時代の監督さんの考え方から影響を
選手
受けまして。野球をずっと続けられるとは限らないのだから、その後の生活で何かできることが
ないかなって考えた結果、教員免許を取ることにしました。
野球を長く続けられたら、子どもたちの前で話せることの引き出しや知識も増えているだろうし、
それを高校野球で頑張っている子どもたちに還元できたら、野球界の発展にもなるかなと。純粋
に子どもたちに教えたいという思いもありますね。
Q教育実習はどうでしたか。
大瀬良選手
大瀬良選手:母校の長崎日大高校でしましたが、高
選手
校の監督さんが実習の指導係で、めちゃくちゃ厳し
く指導してもらいました(笑)
。
Q学校の先生として教える立場を経験されてどうで
したか。
大瀬良選手
大瀬良選手:すごく大変だなっていうのが第一印象
選手
でしたね。高校生のときに授業を受けていたときと
違って、教える側になると、授業時間を余らせても
ダメだし、生徒のこととか、同時に気を配りながら
教えなければならないというのが難しかったなと。
最初のころは生徒がなかなか言うことを聞いてくれ
なかったですね(笑)。でも一つずつできることが増
えていくと、先生っていいなあと思うようになりま
したね。
Q教師という職業は
教師という職業は、
いう職業は、教師と生徒が相互に理解し
あうということが重要だろうと思いますが、今で
あうということが重要だろうと思いますが、今で
もご自身の生き方や人としての在り方を模索され
もご自身の生き方や人としての在り方を模索され
ているというのは素晴らしいなと思います。
ているというのは素晴らしいなと思います。
大瀬良選手
大瀬良選手:やっぱり教師っていうのは、生徒の
選手
見本という立場でもあるので、大事にしたいとこ
ろですね。
Q一昨年(平成 26 年)の秋に世羅台地にいったと
年)の秋に世羅台地にいったと
きに、
きに、大瀬良選手の名前が花で作られたものをみ
大瀬良選手の名前が花で作られたものをみ
たのですがご存知でしたか。
大瀬良選手
直接見ることはできなかったん
大瀬良選手:はい。
選手
ですけれども、写真で拝見しました。
めちゃくちゃきれいですよね。ここまでしていただ
いてありがたいな。
~インタビューを終えて~
所長寺垣玲からのコメント
所長寺垣玲からのコメント
対面して一番最初に驚いたのは、大瀬良選手の背がとても高く、身体つきもがっしりした体格
であることでした。プロの野球選手とはこういうものなのだと感心しました。
私たちのインタビューに対しても本当に真面目に、丁寧に答えてくださり、人柄の良さを感じ
ました。今後のご活躍をお祈りいたします。
常勤弁護士射場和子から
常勤弁護士射場和子からのコメント
射場和子からのコメント
25歳であることを事前に伺っていましたが、屈託のない笑顔と堂々とした立ち居振る舞いは、
とても25歳とは思えない落ち着きを感じさせます。常に結果を求められ、日々戦っている中で
培われた貫禄なのでしょう。
人はどう生きるかによって、違ってくるのだということをヒシヒシと感じさせられました。大
瀬良選手のように、生きざまに魅力を感じさせる人でありたいものです。