相場展望レポート (2017 年 3 月)

相場展望レポート (2017 年 3 月)
2017.2.28
江守 哲 氏
ドル円(109 円~115 円)
ドル円は引き続き円⾼圧⼒が強い状況が続こう。市場では、トランプ⽶⼤統領の為替に関する不規則発⾔へ
の懸念が依然として根強いようだが、このような政治的な側⾯より重要なことは、⾦利⾯でドル安・円⾼に
なりやすい環境にあるということである。現在のドル円の上値が重い理由が、⽇本の⾦利が⽶国よりも⾼い
と⾔われると驚くだろう。しかし、実際にそのようになっている。筆者は以前から、ドル円を⾒るうえで「⽇
⽶実質⾦利差」を重視することを勧めている。市場関係者の多くは、⽇⽶の国債利回りが⽶国の⽅が⾼いこ
とから、ドル円は円安に向かうと予想している。しかし、この予想自体にもやや問題がありそうである。つ
まり、現在の⽇⽶の国債利回り差からみても、ドル円は⾼すぎるからである。⼤まかにいえば、これらから
算出されるドル円の適正値はおそらく 107 円から 108 円程度であり、現時点では 5 円程度、ドル円は買わ
れすぎになっている。まず最低でも、この⽔準までの調整がいつ起きてもおかしくないことを念頭に⼊れて
おく必要がある。さらに重要なことは、⽇⽶実質⾦利差でみると、⽇本の⾦利の⽅が⾼く、本来であれば、
さらに円⾼⽔準であるべきとの推計が可能である点であろう。
実質⾦利は名目⾦利から期待インフレ率を引いて計算するが、これらを簡便的に計算するため、筆者は 10
年物国債の利回りから消費者物価指数(CPI)の前年⽐を引いたものを利⽤している。現在の⽶国の実質⾦利
は、10 年債利回りが 2.4%であり、1 月の CPI が前年⽐で 2.5%であることから、マイナス 0.1%である。
⽇本は 10 年債利回りが 0.09%、昨年 12 月の CPI 前年⽐が 0.2%のマイナスであることから、実質⾦利は
プラス 0.29%となる。つまり、実質⾦利は現時点では⽇本の⽅が⾼いのである。過去の実質⾦利を利⽤した
推計値から算出されるドル円の理論値は、おおむね 105 円程度である。つまり、現在のドル円には 9 円程度
の修正余地があることになる。今後の実質⾦利が⽶国に有利になればドル円に上昇余地が⽣まれるだろうが、
これも難しいと考えている。というのも、実質⾦利を計算するうえで重要な CPI が、⽶国の⽅が早く上昇す
る可能性が⾼いからである。消費者物価指数は⽇本よりも⽶国の⽅が敏感に反応しやすい性質があることが、
過去のデータからわかっている。⽶国の場合には、原油価格との連動性がきわめて⾼く、その原油価格が今
後堅調に推移する可能性が⾼いことから、⽶国の CPI は原油価格の上昇に合わせて上昇する。その結果、⽶
国の実質⾦利は、⻑期⾦利が CPI 以上のスピードで上昇しない限り、マイナス幅が⼤きくなる。一⽅、⽇本
の CPI は原油価格の上昇に 1 年前後、遅れて反応する傾向が強い。つまり、⽇本の実質⾦利は⾼⽌まりしや
すいことになる。つまり、実質⾦利は⽇本の⽅が⽶国に対して相対的に⾼い状況が続くことになり、これが
ドル円の下押し圧⼒になるわけである。この状況から脱するためには、⽇本がデフレから早く脱却すること
が求められるのだが、⾦融政策によるデフレ脱却に失敗した以上、財政政策による景気刺激などがないかぎ
り、円安に転じるのは難しいということになる。
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2017.2.28
このように、トランプ⼤統領がドル円について発⾔しなくても、現状では円⾼に進むのがきわめて自然とい
うことになる。一⽅、トランプ政権が掲げる減税や財政出動が⽶⻑期⾦利の上昇をもたらすことから、ドル
円は円⾼に向かうとの説明も多く聞かれるが、直近 2 回の共和党政権下では、財政出動の結果、財政収支の
対 GDP ⽐が⼤きくマイナスとなり、結果的にドルは⼤きく下落しているという事実がある。これは前回の本
欄で解説済みだが、この点も念頭に⼊れておくべきであろう。
一⽅で、イエレン FRB 議⻑が早期利上げを⽰唆し、早ければ 3 月にも利上げが実施されるとの指摘もある。
FOMC 議事要旨でも、この点が⽰されており、FRB 関係者が市場に利上げを織り込ませようとしていること
がうかがえる。しかし、現時点での市場の 3 月利上げ確率は 20%台であり、依然として利上げ機運は盛り上
がっていない。このような状況では利上げには踏み切れない。市場の利上げ確率が最低でも 60%以上はない
と、利上げは実施されにくいとの⾒⽅もあり、現時点で 3 月利上げを想定するのは時期尚早であろう。また、
トランプ政権が政策を⽰していないこともあり、FRB が独断で⾦融政策を先⾏させるのは難しいだろう。
筆者は、⽶国はドル安を志向していると考えている。トランプ⼤統領、国家経済会議(NEC)のコーン委員
⻑、ムニューチン財務⻑官の本⾳はドル安による製造業の復活であろう。現在、トランプ政権内では、外交
⾯や一部閣僚の⼈事で躓きがみられるが、経済⾯に関する過度な⼼配は不要であると考えている。
「政策に売
りなし」との相場格⾔に従うのであれば、トランプ政権が志向する政策に素直についていくのが賢明である。
先月も解説したとおり、ドル円は年初に付けた 118 円台が今年の⾼値になり、基本的にはドル安・円⾼⽅向
での推移が年末まで続くと考えている。また、急激に下げることはなく、徐々に⽔準を切り下げていく可能
性が⾼いと考えている。115 円は直近ではきわめて重要なレジスタンスであり、これを超えると確かに地合
いは一変しよう。しかし、その可能性は、上述のような背景から、かなり難しいと考えている。一⽅で、112.60
円-112.70 円の重要なサポート⽔準を割り込むと、直近安値の 111.60 円⽔準を試そう。徐々に下落に向か
う場合には、このあたりが 3 月の安値⽔準になると考えるが、これを割り込めばレンジ下抜けとなり、109
円までの下げになるリスクが⾼まろう。最終的には年末にかけて 105 円から 103 円を目指す可能性が⾼い
ことから、引き続き戻り売り有利の展開が続こう。
ユーロ円(115.50 円~121 円)
ユーロ円はドル円の下落圧⼒の影響を受けて、下落基調が続くと考えられる。また、欧州の政治リスクと懸
念するユーロドルの下落もユーロ円の上値を抑える可能性がある。ユーロドルへの下押し圧⼒が急速に強ま
っていることから、基本的には下落リスクを念頭に⼊れた対処が必要であろう。一⽅、トランプ⼤統領がド
イツに対して、
「ユーロ安を利⽤して利益を上げてきた」と批判している。この点は、ユーロドルの下支えに
なる可能性があり、これがユーロ円の下値を支えることが想定される。このような背景を念頭に、3 月のユ
ーロ円は最⼤で 121 円程度の上昇を想定するものの、基本的には下向きの傾向が強まろう。118.50 円⽔準
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を割り込むと、下落基調⼊りがかなり鮮明にある。ユーロドルの下落とドル円の下落が重なると、最⼤で 116
円から 115.50 円程度までの下落になるリスクがあると考えられる。この⽔準は、昨年 8 月や 9 月の⾼値⽔
準でもあり、3 月の下値⽔準として意識されやすい。2月は想定したように、122 円が重い展開となったが、
3 月はさらにその⽔準が一段切り下がり、それ以上に下押し圧⼒が強まることになりそうである。
ユーロドル(1.0350 ドル~1.0750 ドル)
ユーロドルは上値の重い展開となるものの、⼤崩れすることはなく、直近安値の 1.0350 ドル⽔準は維持す
るものと考える。欧州では、主要国で総選挙や⼤統領選挙が実施される。3 月のオランダの総選挙や 4 月の
フランスの⼤統領選が市場の懸念材料になりつつあり、ドイツ連邦債への需要が⾼まっている。これを受け
て、同国の 2 年債利回りが過去最低を更新し、独⽶ 2 年債の利回り差が約 17 年ぶりの⽔準に拡⼤している。
また、ECB の資産買い⼊れによる国債不⾜や今後実施される規制変更も利回り押し下げ要因となっていると
の指摘もある。一⽅、フランス国債の需要は低下傾向にあり、10 年債利回りは上昇傾向にある。この結果、
仏独 10 年債利回り差は 12 年以来の⽔準にまで拡⼤する場⾯が⾒られている。フランス⼤統領選で、中道派
のフランソワ・バイル⽒が中道・無党派候補のエマニュエル・マクロン前経済相に協⼒を申し出たとの報道
で、極右政党・国⺠戦線(FN)のルペン党⾸が当選するとの懸念が緩和されたもようだが、予断を許さない
状況にあることに変わりない。無論、政治の混迷はユーロ売りを誘発しやすいことは⾔うまでもない。
一⽅、ギリシャ債務問題への懸念もある。国際通貨基⾦(IMF)のラガルド専務理事はギリシャに対する⾦
融支援問題に関して、
「債務の元本削減は現時点で不要だが、返済期限の延⻑や⾦利減免など返済負担の軽減
が必要」との⾒解を⽰している。そのうえで、
「必要となるのはヘアカット(債務元本削減)ではなく、満期
の⼤幅延⻑や⾦利の⼤幅軽減」としている。また、ギリシャの改⾰の進展状況に対しては一定の評価をしな
がらも、
「年⾦改⾰と税制改⾰の実施がなお必要」と指摘し、IMF の対ギリシャ支援への参加に関しては明⾔
を避けている。いまのところ、ギリシャ 2 年債利回りは直近のピークからやや低下しており、懸念は和らい
でいるが、再び懸念が強まれば、ユーロ売りにつながる可能性もあるだけに注意が必要である。
このような状況から、ユーロ売りの圧⼒は常に強まりやすい地合いにあり、この状況がしばらく続くことが
想定される。しかし、トランプ⼤統領は⽶国製造業の競争⼒を回復させるために、基本的にはドル安を志向
している。そのため、ユーロ安でドイツが潤ってきたことを指摘し、トランプ⼤統領がユーロ安に圧⼒をか
ける可能性があることから、ユーロは対ドルで⼤きく下落することはないと考えている。3 月の下値は直近
安値⽔準の 1.3050 ドルまであると考えているが、これ以上の下落はないだろう。いったん底値をつけると、
今度は上値を試す展開になるだろう。1.06 ドルを超えると、1.0750 ドルまでの上昇となり、3 月はこの⽔
準が上値になるものと考えている。
上昇トレンドを回復するには 1.08 ドルを明確に超えることが必要だが、
それは 4 月以降になるものと考えている。
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豪ドル円(84.50 円~89.50 円)
豪ドル円は堅調地合いが続こう。ただし、ドル円の下押し圧⼒が上値を抑えやすい点には注意が必要であろ
う。豪ドル円の⽅向性を決める豪ドル/⽶ドルだが、上昇基調が保たれた状態にある。ドルはこれまで主要
通貨に対して堅調に推移しているが、豪ドルだけは対ドルで上昇基調にある。鉄鉱⽯価格の上昇などが材料
視されているもようだが、コモディティ価格全般が堅調に推移していることも、コモディティ通貨である豪
ドルには追い風である。今年に⼊ってからは、⾒事なまでの上昇基調を描いているが、直近⾼値⽔準の 0.77
ドルを明確に上抜けるかがポイントになる。材料⾯では、豪州準備銀⾏(RBA)は 2 月 7 ⽇に開催した定例
理事会で、政策⾦利を 1.50%で据え置いた。そのうえで、海外の経済情勢についてやや上昇修正をおこなっ
ている。また、国内経済についても改善傾向が続いているとし、企業と消費者の信頼感が⾼まっているとし
ている。一⽅、貿易での関係性が強い中国については、楽観的な⾒⽅を⽰しつつも、中期的なリスクがある
との認識を⽰している。一⽅、インフレ⾒通しについては、変化はないとしているが、世界的なインフレ率
の上昇もあり、豪州のインフレ率も上昇し、昨年 10〜12 月期の 1.5%から年内に 2%を超える⽔準にまで
上昇すると考えられ、これも豪ドルを下支えするものと考えられる。今後もコモディティ価格が堅調に推移
すると考えられることから、豪ドルも引き続き上向きでの推移が想定されよう。このような背景から、豪ド
ル円はドル円の下押し圧⼒を吸収する形で上昇しよう。3 月の下値は最⼤で 84 円程度にとどまり、押し目は
買われるものと考える。上値は 90 円近くまでの上昇を想定している。豪ドル円は、豪ドル/⽶ドルの堅調
さを背景に年末まで上昇し、最⼤で 96 円までの上昇余地があると考えている。
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2017.2.28
■ 江守 哲(えもり てつ)氏
てつ)氏プロフィール
エモリキャピタルマネジメント株式会社・代表取締役
大手商社、外資系企業、投資顧問会社等を経て独立。コモディティ市場経験は 25 年超。
現在は運用業務に加え、為替・株式・コモディティ市場に関する情報提供・講演などを行っている。
著書に「LME(ロンドン金属取引所)入門」(総合法令出版)など
共著に「コモディティ市場と投資戦略」(勁草書房)
■ ご留意いただきたい事項
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るものではございません。記載した情報、予想および判断は有価証券の購入、売却、デリバティブ取引、その他の
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た、発行者の経営・財務状況の変化及びそれらに関する外部評価の変化等により、投資元本を割り込み、損失が
生じるおそれがあります。信用取引、先物・オプション取引、外国為替証拠金取引をご利用いただく場合は、所定
の保証金・証拠金をあらかじめいただく場合がございます。これらの取引には差し入れた保証金・証拠金(当初元
本)を上回る損失が生じるおそれがあります。
なお、各商品毎の手数料等およびリスクなどの重要事項については、「リスク・手数料などの重要事項に関する説
明」をよくお読みいただき、銘柄の選択、投資の最終決定は、ご自身のご判断で行ってください。
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第 165 号
加入協会:日本証券業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人日本投資顧問業協会
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