Fate/GODEATER ユウレスカ ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 ﹂ 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ ﹁ハッピーエンドだいさくせん、だ タイトルを編集、シオの口調っぽくしてみました 3/29 第11話の一部分を修正しました 3/1 タグに雁夜強化を追加いたしました 2/24 がこの小説には含まれます、ご注意を ・戦闘描写は控えめ、マスター間の問題がメイン ・ストーリー速度が亀 ・チート ・バーサーカーの取り換え ・救済、ご都合主義 ・しょっぱなからぶっ飛ぶ展開 サーカーで呼ばれるようです GODEATERの特異点な子犬さんが、第四次聖杯戦争にバー !! 序章│マスター│ ││││││││││││││││││││ サーヴァントステータス │││││││││││││││││ 1 目 次 第1章│バーサーカー│ │││││││││││││││││ 3 第22章│ほうこくかい│ ││││││││││││││││ 第21章│しっぱい│ ││││││││││││││││││ 第20章│ちゅうばつ│ │││││││││││││││││ 第19章│もりのなか│ │││││││││││││││││ 第18章│べんきょうかい│ │││││││││││││││ 第17章│たいかとつぐない│ ││││││││││││││ 第16章│アラガミ│ ││││││││││││││││││ 第15章│キャスターとうばつ│ │││││││││││││ 第14章│さいはころころ│ │││││││││││││││ 第13章│いっぽうそのころ│ ││││││││││││││ 第12章│せんせいとせいと│ ││││││││││││││ 第11章│ヨクシリョク│ ││││││││││││││││ 第10章│そうこがい│ │││││││││││││││││ 第9章│たんれん│ │││││││││││││││││││ 第8章│ココロのなか│ │││││││││││││││││ 第7章│へんしょくいんし│ │││││││││││││││ 第6章│かちかん│ │││││││││││││││││││ 第5章│おはなししよう│ ││││││││││││││││ 第4章│ヒミツのおはなし│ │││││││││││││││ 第3章│あさのイタダキマス│ ││││││││││││││ 第2章│みらいのおつきさま│ ││││││││││││││ 6 12 17 22 27 33 38 43 50 56 62 69 75 82 89 134 127 120 114 108 102 95 第23章│それぞれの│ │││││││││││││││││ 第24章│なんのために│ ││││││││││││││││ 第25章│ゆめとのぞみ│ ││││││││││││││││ 第26章│トーサカ│ ││││││││││││││││││ 第27章│おもいでとすれちがい│ ││││││││││││ 第28話│しゅうげき│ │││││││││││││││││ 171 165 159 153 146 140 サーヴァントステータス マスター:間桐 雁夜 クラス:バーサーカー 真名:シオ 種族:アラガミ 属性:中立・善・星 ステータス 筋力:EX 耐久:EX 敏捷:C++ 魔力:D 幸運:││ 宝具:EX クラススキル 狂化:EX 言動、思考の不自由は無し。食欲旺盛であり、特にある特性もちに 対しては暴走する また、彼女自身の根本的な考え方を変えることはこのスキルの為に 不可能である 保有スキル 神性︵偽︶:B アラガミは一部の人間から本物の神として奉られ、もとよりその総 称の由来が八百万の神という呼称から。その為、真の神ではないもの の、神性を獲得している オラクル細胞 アラガミを構成する単細胞生物。変幻自在に形を変えられ、捕食や 勉学によってさまざまな環境、状況に適合することを可能にしている 感応現象 本来はゴッドイーター同士など、オラクル細胞を持つもの接触で起 きる記憶や意識の混戦のこと。シオは対象の魔術回路を無意識のう ちにオラクル細胞に見立てて、その精神に介入することを可能にして いる。触れる箇所によって介入できる深度は変わり、頭に直接触れら れることで、最深部への突入が可能になる 千里眼:B+ 1 アラガミの鋭い五感がスキルとなったもの。だが持ってこれたの は視力のみで、嗅覚、聴覚は通常時に比べて下がっており、平均的な 神機使いと同じくらいになっている 神喰い 上質なアラガミを好むシオ。カミを喰らうカミであったことから、 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 神性を持つものに対して大打撃を与えられるが、同時に食欲の暴走が 起きてしまう。これは相手の神性の本来のランクによって特攻、暴走 の度合いは上下する 所有宝具 神機︵偽︶:EX 対神宝具 ともに戦ったともだちの真似で作り上げたもの。見た目は右腕と 同化した巨大な剣だが、銃にも盾にもなり、捕食することも可能 ノ ヴァ 神性を持つものに対して攻撃力が格段に上がる 2 終焉の獣:使用不可 対星宝具 世界を喰らい、創り直すもの。ある大いなる意思によって発動でき ないし、シオ本人もしようとは思っていない 聖杯に賭ける望み:あるけど、ない 序盤の目標:大切な人のハッピーエンド 文字通り未来に生きるサーヴァント。好奇心旺盛、食べ盛り、言動 は幼いが、知識やその価値観は達観している 召喚されてからは間桐家のハッピーエンドという無謀な目標を掲 げ、それの達成のために研鑽を重ねている 好きな物:うまいもの、アラガミ、マトウの皆 嫌いな物:うまくないもの、ちくちく いいえ、爆弾です 天敵:●●●●●●●、●●● チート ? 序章│マスター│ ││それは、偶然だったのか、必然だったのか 間桐 雁夜は、地下の蟲蔵で、召喚陣の前に立っていた。後方にい る、忌々しい存在である父親のことは今は敢えて無視し、教えられた 召喚の祝詞を唱え始める。 ﹁││素に銀と鉄 礎に石と契約の大公 降り立つ風には壁を 四方の門は閉じ み た せ み た せ み た せ み た せ み た せ 王冠より出で 王国に至る三叉路は循環せよ 閉じよ 閉じよ 閉じよ 閉じよ 閉じよ 繰り返すつどに五度 ただ満たされる刻を破却する﹂ 召喚の魔力に、急ごしらえの魔術回路が悲鳴を上げ、体内の蟲が蠢 げ る きだす。だが、そんな痛みは感じないとばかりに、雁夜は詠唱を続け つ 3 る。 ﹁││Anfang 汝の身は我が下に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い この意この理に従うならば応えよ ││誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者﹂ 脳裏に浮かぶのはかつて見た日常。つい一年前まで、それが自分の 届かぬ場所で保たれていると思っていた平穏。 ﹁││されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし 汝、狂乱の檻に囚われし者 我はその鎖を手繰る者﹂ ああ、憎い。自分が恋い焦がれていた相手を奪ったくせに、その子 どもを引き離してのうのうとしているあいつが。殺さなければ、殺し ﹂ て、勝って、あの子を彼女のもとへ返さなくては。 ﹁││汝三大の言霊を纏う七天 抑止の輪より来たれ 天秤の守り手よ││ 撃による煙が巻き上がる。そして雁夜の中の蟲も、そちらに供給され 詠唱が終わると同時に、召喚陣の中心から強大な魔力の奔流と、衝 ! ﹂ る大量の魔力を補うように、体内で雁夜の体を貪っていく。 ﹁ぐ、あぁぁぁぁっ 今度こそは耐え切れず、その場に倒れこむ。気を失いそうになる が、だが、召喚が成功したのかを確認しなくてはならない。激痛に耐 え、雁夜が目を陣の中央に目を向けると、だんだん晴れてきた視界の 中、小柄な影が見えた。 どうやら、召喚││聖杯戦争の僕、サーヴァントはきちんと呼べた ようだ。 ぺた、ぺた、と、素足なのか、そんな足音とともに、召喚されたサー ヴァントが近づいてくる。その為か、徐々にその、変わりすぎた容姿 が見えてきた。 透き通るような││いや、いっそそれを通り越して死人のような白 い肌。うずくまった状態ではその顔は見えないが、身にまとっている のがぼろ布だというのは分かる。サーヴァントは雁夜のすぐ近くで 止まると、しゃがんで雁夜の顔を覗き込んできた。 容貌は非常に整っている││が、その瞳は金色、髪はどこか無機質 な形状をしており、とても人間とは思えない。むしろ││神様か何か が、一生懸命人間を真似て作った造形品、と言われた方が納得する。 ﹂ 見た目は10代前半くらいだろうか。性別はおそらく女。本当に、 彼女が、英霊と呼ばれる人外の存在なのか⋮⋮ そう思っていた時、目の前の彼女が口を開いた。 ﹂ ﹁なー、おまえが、シオをよんだマスターってやつか ﹁││は ? ? それに加え、このサーヴァントは自らをシオと名乗ったのだ。 真名がこの聖杯戦争において重要なのは、雁夜も事前に勉強してい たので覚えている。だからこそ、簡単に口にした目の前の存在に驚い たのだ。 ﹂ 一方、目の前の少女は答えない雁夜に不思議に思ったのか、もう一 度同じ言葉を繰り返す。 ﹁なーな、シオをよんだマスターって、おまえか ? 4 !!! 思わず零れた言葉。それもそうだろう、見た目不相応な、拙い口調。 ? ﹁⋮⋮っ、あぁ、俺が、君のマスターだ﹂ と笑いかけてきた。 見た目より幼さを感じる少女の再度の問いに、やっとの思いで返事 を返す。と、彼女はそっか トだな ﹂ ﹁じゃあ、シオ⋮⋮えーっと、バーサーカーは、マスターのサーヴァン ! と、 ﹁カッカッカ な雁夜は言い返せない。 が、サーヴァントの彼女、シオは違った。 マスター、くるしんでるんだぞ ﹂ ﹁なぁ、おまえ、マスターのかぞくじゃないのか んだ ? ﹁え││﹂ ﹁││ガッ ﹂ を堪え、雁夜が起き上がろうとした時。 が静かになる。一体、何をしたのだろうか。漸く落ち着いてきた痛み そう言い放つと、迷うことなく、シオは臓硯に触れた。途端、臓硯 ﹁おまえ、へんだ。なかみも、カタチも﹂ めだ、危険だ。そう、雁夜がシオを止める前に。 れ出る魔力量は変わっていないところを見るに、戦う様子はない。だ その言葉に、シオが立ち上がると臓硯に近づいていく。パスから流 いつの自業自得じゃ﹂ ﹁そのバカ息子が、桜に対する教育に反対したからこうなっただけ、そ だが、そんなことも知らぬとばかりに、臓硯は鼻で笑う。 ターを守ろうとする心構えはしっかりとしているようだ。 き っ、と 臓 硯 を 睨 む シ オ。召 喚 さ れ た ば か り だ と い う の に、マ ス ! なんで、わらってる トのことも馬鹿にしたように嘲る父││間桐 臓硯に、息も絶え絶え 気絶しかかっている雁夜のことも、今しがた召喚されたサーヴァン ! ! ノを半端なカタチで呼び出しおったわ ﹂ 出来損ないの魔術師が、どこの馬の骨とも分からんモ パスがより深く交わる感覚。どうやら無事に契約は済んだらしい。 ! ││臓硯が突如、爆発した !? 5 ? 第1章│バーサーカー│ 突然の事態に茫然とする雁夜を尻目に、サーヴァント││シオは、 でも、ひとっぽいかんじす 臓硯に触れていた掌を見る。そこに乗っているのは、一体の蟲。 ﹁んー、やっぱり、ひとじゃなかったのか るしなー﹂ ぴくりとも動かない。 出した容器に蟲を放り込む。びたん と痛そうな音が響いたが、蟲は 何やら雁夜にはよくわからない言葉を呟きながら、どこからか取り ? ﹂ ? た。 ﹂ ﹁な、これ、さっきのやつ ﹁は これなんなのか、マスター、わかるか 様子を確認してから、シオはしっかりとふたをし、雁夜に向き直っ ! ん ん とまるで幼児のようにしつこく答えを催促してくる少女 しかすると本当に、これが臓硯なんじゃないかとも思えてくる。 い。ぱっと見、他の蟲と同じに見えるが、微妙に違う部分もあり、も 蟲は容器の中で動かず、死んでいるのか生きているのかも分からな いたが、それにしたって本当にそうだったのは、予想外すぎる。 あの性格や見た目から、中身は人外のそれなんじゃないかと思っては ずい、と彼女が見せてきた蟲。それが臓硯だと彼女は宣う。確かに ! それの親玉とか、そんな感じのやつに、ジジイは入ってる た蟲を観察し始める。相変わらず、臓硯らしい蟲は動かない。 ﹂ ? ちょっと、おもいでのなかにいってもらってるんだ ﹁そいつ、生きてるのか ﹁いきてるぞ ! と笑うシオ。いや、かんのう ! ? かんのうげんしょーってすごいよな ﹂ が、シオはその解答に満足したようで、ふーん、と相槌を打つと、ま うか展開にいまだに脳内が追いついていない。 入っている、という表現があってるかはさっぱり分からない。とい んだろ﹂ いるだろ ﹁たぶん、刻印蟲の特別製だろうな。ほら、この部屋の中にもたくさん に、雁夜はため息をつきながら口を開く。 ? ? 6 ? ? げんしょうってなんだ。漢字を当てはめるなら感応現象だろうが、そ れと今の臓硯の状態がどう関係しているのだろうか。 ﹂ よくわからない、という雁夜の様子を感じ取ったのか、シオが説明 しようとする││が、 ﹂ ﹁なぁ、そろそろ上に上がってもいいか ﹁ん ? ﹁おお ﹂ ! このこだれだー ! ﹂ ? ろう。 ちっこいやついた ﹂ ﹁マスターマスター ﹁って桜ちゃーん ! 体内の蟲は暴れる様子を見せない。これは一体どういうことなのだ している間より格段に魔力を必要とする││はずだ。だのに、自身の サーヴァントは使い魔の一種だ。実体化している間は、霊体を維持 の中で、蟲が暴れないことに疑問を抱いていた。 器をもったまま駆け回るシオ。それを見ながらふと、雁夜は自身の体 蟲蔵から出るや否や、屋敷の広さに感動したのか、臓硯が入った容 マスター、ここでっかい でっかいなー │││││││││││││││││││││ ││まだ、蟲蔵の中。長話にこの石畳は大変つらいです。 ? ﹂ ! わらず無表情に、されるがままになっている。 えらくないぞ ﹁こいつ、シオがあいさつしても、へんじしてくれないんだ にはあいさつなのに、してくれない ! 見ていない。ましてや、見知らぬ不審者相手だ、はきはきと受け答え 以外にまともな反応を返したことは、ここに来てから数える位にしか 桜は今現在、外の世界に関して心を閉ざしているようなもの。雁夜 ﹁いや、偉いとかそういうんじゃなくてだな⋮⋮﹂ ! あいさつ 思考に耽っていると突然、桜を背負ってやってきたシオ。桜は相変 !? 7 ! ! ができる状態ではないのだ。 そこを説明すべきか。見た目に反して、このサーヴァントは幼い。 難しい言葉を並べて、きちんと理解できるのかどうか。数瞬悩んだの ち、雁夜は一先ず、桜を寝室に返してから話すことにした。 ﹁一先ず、この子││桜ちゃんは寝る時間だから、部屋に送るぞ﹂ ﹁むー⋮⋮わかったぞ﹂ 納得いかないという表情をしながらも、シオは雁夜に従い、桜を寝 室まで送ることに。おんぶの状態から、容器を持っていない左手に、 抱える体制に変える。少女一人分の重さをものともしないところを 見るに、力は見た目とは裏腹にかなりあるらしい。 雁夜の、半ば引きずるようなゆったりとした歩調に合わせ、のんび りとシオは歩く。時折気遣わしげに雁夜に視線を寄越すが、雁夜はそ れを今は無視した。 桜の自室までやってくると、扉を開けて中に入る。殺風景な室内を 8 きょろきょろと見回すシオ。 ﹁⋮⋮おい、桜ちゃんを早く寝かせるぞ﹂ ﹁お、ごめんなー﹂ 不機嫌そうな声色から、怒られたと思ったのだろう。謝罪しなが ら、シオは桜をベッドに寝かせる。 ﹁ごめんな桜ちゃん、騒がしい奴で⋮⋮おやすみ﹂ ﹁⋮⋮おやすみなさい、雁夜おじさん﹂ 小さく聞こえた返事を確認し、頭を一撫でしてから、雁夜はシオを ﹂ ﹂ ﹂ 伴 っ て 寝 室 を 後 に し た。向 か う は 自 分 の 寝 室。そ こ で 互 い の 話 を しっかりとする。 ﹁くらいなー。いま、よるなのか マスター、ねむくないのか ﹁ああ、いまは深夜の2時くらいだ﹂ ﹁そんなおそかったのか ﹂ それだいじょうぶじゃないときにいうセリフだ ﹁大丈夫だ、問題ない﹂ ﹁シオしってる ? ? えっと、ぱふぱふするか ? ! ! むちゃしてないか ? ! ﹁大丈夫だって﹂ ﹁ほんとか ? ﹂ ﹁お前どこでそんな言葉覚えてきたんだ ﹁コウタからおしえてもらった ﹁こうたって誰だ⋮⋮﹂ ﹂ シオのクラス、バーサーカーらしいぞ ﹂ ﹂ と首を傾げるシオ。どういうことか ! ﹁人じゃない ﹂ ﹁シオが、もともとひとじゃないから、とかかなー﹂ を開く。 ほうほう、と相槌を打つシオ。暫し考え込むと、もしかして、と口 知りたいんだ﹂ は話せるし、さっきの行動を見るに考えて行動もできる。その理由が 代わりに言語能力とか、思考能力を奪うスキルのはずだ。なのにお前 ﹁バーサーカーに付与される狂化は、ステータスを底上げしてくれる わかっていないらしい。ため息を1つ吐いて、雁夜は説明を始めた。 雁夜のもっともな疑問に、ん ﹁じゃあ、なんで話せるんだ ﹁ん ﹁お前はバーサーカー、で合ってるんだよな﹂ む。それを確認してから、雁夜はゆっくりと口を開いた。 ベッドに腰掛ける雁夜から少し距離を置いた場所に、シオが座り込 たのは奇跡だろう。 響で死に体の状態で戻る予定だったのに、普通に歩いて戻ってこられ 痛む頭を押さえながら、自室へと戻る。本来なら、魔力の行使の影 ⋮⋮しっかりと、できるのだろうか。頭痛がしてきた。 !? ﹂ ? と大げさなリアクショ !? ンをとった。そもそも、目の前にいるのが蟲の塊だなんて誰も思うわ そう言うとシオは瞠目し、そうだったのか 待て。そもそも臓硯は刻印蟲でできていたのか。そこから初耳だ。 さいぼーってので、できてるんだ﹂ ﹁じじーみたいに、たくさんのコクインチュウ、じゃなくて、オラクル ﹁じじいみたいな⋮⋮ じのからだなんだぞ、ほんとは﹂ ﹁シオは、アラガミっていうんだ。んーと、さっきのやつみたいなかん 鸚鵡返しにしたセリフに、シオが頷く。 ? 9 ! ? ? ! けがないだろう。 っていったらわかるか ﹂ ﹁えっと、んーと、じゃあ、うん。シオは、ちっこいいきものがかたまっ て、シオにみせてる、ぐんたい いや、それよりも、シオがその言動とは裏 と胸を張るシオ。とことん人外じみている、他の英霊も こんなものばかりなのか えっへん しなないんだぞ。 だから、あたまがなくなっても、コアがだいじょうぶなら、シオは んだ﹂ めいれいしてる、コアってやつ。シオだと、それはむねのなかにある ﹁シオのいちばんだいじなのは、そのたくさんのオラクルさいぼーに 違っていなかったらしい。 最初見た時、人を真似て作られた造形品と思ったのは、あながち間 いにしたのが、シオだ﹂ れるせーしつをしてるんだ。いっぱいあつまって、カタチをひとみた ﹁オラクルさいぼーは、そんなふうに、カタチをいろいろなのにかえら く。 目は目の役割、耳は耳の役割。手は手として動き、口は口として動 ? 相変わらず言動は幼いが、その中身は見た目の年齢相応にあるとみて いいのかもしれない。 ﹁で、シオがきょうかってののえいきょうをうけないのは、たぶん、そ れがあんまりことばとかにでないからだとおもうんだ﹂ ﹂ ﹁言葉に出ない⋮⋮言動に影響しないが、他のところに出ているって ことか るらしい。 ﹁アラガミは、イタダキマスをして、それからいろんなことをまなぶん だ。イタダキマスするのに、スキキライあるけど、それをなくしたら、 ぜんぶイタダキマスできる﹂ 全部、食べられる。そう言う瞳からは、冗談といった様子はない。 本当になんの比喩でもなく、何でも食べてしまうという事か。 10 ! 腹に、きちんと分かりやすく、理知的に説明できているのに驚いた。 ? ! 確かめるように訊ねると、うんうんと頷かれた。どうやら合ってい ? ﹁さっき、ほんとはすごくおなかすいてたんだ。だから、その、じじー ﹂ ちょっとイタダキマスしたんだけど﹂ ﹁はぁ が ﹁しちゃったんだぞ。えっと、そしたらシオ、ちょっとだけのつもり だったのに、いっぱいイタダキマスしちゃって、それでマリョク ! ぼうそうして、じじーがばくはつしたんだぞ﹂ だからたぶん、シオ、いまのほうがしょくよくおーせーだ そう言い切ったシオに、頭痛がひどくなった気がした。 ││食料、足りるかな 11 !? ? 第2章│みらいのおつきさま│ そう ││いや、気を取り直そう雁夜。これは前向きに考えれば、意思疎 通ができるから、ちゃんとした作戦が建てられるんじゃないか だ、そうに違いない。なんだ、結構運がいいじゃないか きながら、雁夜は口を開いた。 らの反応をうかがっているシオ。そんな様子にまた1つため息を吐 だから、だから、と言い募るシオに、雁夜は待ったをかける。こち ﹁もう、いいぞ﹂ みたいだから、わすれちゃうのは、かなしいなっておもったから﹂ ずっと、そとにでてこなくなるかもしれない。でも、だいじなキオク ﹁これがせいこうするか、シオもわかんない。もしかしたら、じじーは されていたから、きっと今の臓硯を変えるには十分なものだからと。 色あせた写真のように、ほとんど見えないそれは、それでも大事に残 臓硯は今、精神世界の奥深くで、昔のことを思い出そうとしている。 える頃があったのか。一体どんな性格をしていたのだろう。 ジジイのゲシュタルト崩壊、じゃなくて。あの臓硯にも、綺麗と言 んだからなんだ﹂ オクみつけたから、そこをおもいだすように、おくのほうにたたきこ じじーのむかし、まだじじーがじじーじゃなかったころのキレイなキ ﹁じじーがおとなしいのはな、シオがかんのうげんしょーをつかって、 いう。 かー。ただの言語情報として聞き流す雁夜。人はそれを、現実逃避と あ ん た の い た 時 代 は ア ラ ガ ミ が い っ ぱ い い た の か、そ う か そ う てだったら、シオはちょっとならいうこときかせられたぞ﹂ そいつのキオクとか、ココロをよむことができるんだ。アラガミあい ﹁んと、で、かんのうげんしょーってのはな。あいてにさわることで、 そんな雁夜の様子に気づかないのか、シオは説明を続ける。 得させる雁夜。大丈夫だ、問題ない。 目の前にある、食費問題からそっと目をそらし、無理やり自分を納 ? ﹁││ジジイのしたことを知らないお前からしたら、そうするのが最 12 ! 善なんだろうな。⋮⋮だけど、俺はそいつに人生を滅茶苦茶にされた やつを知ってる。俺だって、自分から戻ってきたとはいえ、その1人 だ﹂ 母親も、兄も、兄の妻も、甥も。そして、1年前にやってきてしまっ た、あの子も。間桐という家に関わってしまったせいで、生まれてし まったせいで、なんらかの影響を受けてしまっている。それも、悪い 方向に。 ﹁今更そいつが善人に戻ったって、許すことはできない。許せるわけ がない﹂ ﹁うん﹂ 反論することなく、シオはその言葉を肯定する。 ﹁シオ、カゾクとかわかんないけど、それも、みんなのカタチのひとつ だ。よくわかんないシオが、それをえらくない、っていうことのほう が、えらくない﹂ ﹁││みらいのおつきさま ﹂ ││││││││││││││││││││ ! 13 あっさりと言い切るシオに、雁夜は苦笑する。どうやら、このサー ヴァントは性格がよく、素直すぎるきらいがあるようだ。 ﹁じじーをどうするかは、マスターがきめることだ。シオは、おもいだ ﹂ そう締めくくったシオに、雁夜は沈黙で返した。本当、見た目 してほしいっておもったから、そうしただけ﹂ な で、えっと⋮⋮ほかに、ききたいことあるか 不相応な中身をしている。 ﹁ん ﹂ ? その問いに、シオは満面の笑みを浮かべて答えた。 ﹁なぁ、あんた、どこの英霊なんだ て、至極当たり前のことを聞き忘れていたことを思い出した。 シオからの問いに、雁夜は考える。聞きたいこと。暫し考え、そし ? ? ! ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ マスターが眠りについたことを確認すると、シオは臓硯が入った瓶 ・ ・ ・ ・ ・ ・ を片手に、台所へと向かった。臓硯を入れるためのちゃんとした容器 を探すためだ。 もとよりこの容器。どこかから出したわけではなく、シオの体を構 成するオラクル細胞を変態させて一時的に作り出したものだ。その ため、よく見ると容器に接している皮膚の部分と、ガラスが癒着、と いうか同化している。すぐに目を覚まして暴れられると困るので、咄 嗟にそうしたのだ。切り離すと、制御から放たれたオラクル細胞が臓 硯を喰らう可能性が高かったため、今までしっかりと抱いていた。 適当な瓶を見つけると、そこに臓硯を移し、空気穴をあけた蓋で閉 じる。これで一安心、といったところだろうか。衰弱してきたらなん とかして栄養をあげなくては。 新しくした瓶を抱え、マスターの寝室に戻りながら、シオは考える。 自分が召喚された理由だ。 どこの英霊か。そう問われた時、シオは空を指さし、未来の月だと ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 言 い 放 っ た。そ こ に 間 違 い は な い。シ オ は 実 際 に、月 に 居 住 し て い る。 そう、問題は、シオは死んでいないということだ。 召喚された際の聖杯からの知識で、ここが何で、なんで自分がここ にいるかはわかっている。聖杯にかける願い、というのは、漠然とだ が心当たりがある。 だが、シオは英霊ではない。まだ死んでいないのだから幽霊ではな いのだ。 ﹁んー、おっかしいなー﹂ 今現在、この時代に置いてシオという存在がいないから、死んだと いうことになって、シオはここに召喚されたのか。それとも、無意識 のうちになにか反則技でも使ってしまったのか。考えても考えても か り 分からない。召喚される最後にしていたのは、いつものように月での デートだ。何か特別なことをしていた覚えはない。 むぐぐ、と頭を悩ませてみるが、なにも思いつかない。そも、自分 は魔術とは無縁の暮らしをしていた。聖杯戦争なんて知らないし、ア 14 ナグラの仲間たちも、そんな出来事については全く把握していないだ ろう。知識は聖杯からの援助だけだ。 つい齧り過ぎた臓硯から貰えたのは、刻印蟲の性質のみ。彼自身が 持つ知識はシオでのコアにあたる、今瓶詰にされた刻印蟲の中に、彼 でー と の魂と共に入っているのだろう。食べてみたいが我慢である。 そうだ、おなかすいた。寝室に臓硯を置いてきたら、狩りに出かけ よう。本当は動物を食べたいところだけど、この際選り好みはしてら れない。まずは敷地内で、食べても問題ないのを探してちょっとずつ 食べていこう。 そそくさと雁夜が眠る寝室に戻り、隅に置かれた机に瓶を置く。雁 夜がちゃんと寝ているのを確認し、シオは夜の世界へと繰り出した。 目指すは腹八分目である ││次の日 づかずあさごはーん と駆け出して行った。おい、マスター置いて 不思議に思いながらも、自由奔放を形にしたようなサーヴァントを 故なのだろうか。 そういえば今日も、体内の蟲が暴れてないな、と不思議に思う。何 ンを開けた。 行っていいのか。追いかけようとのそのそとベッドから出て、カーテ ! 15 ﹁あさだぞーマスター﹂ ﹁ん⋮⋮﹂ 舌足らずな言葉に揺すり起こされ、雁夜は目を開いた。最初に映っ たのは、見慣れた天井と、まだ見慣れぬ人外の少女。 と笑いながら挨拶をしてきた。眠気の取れない頭でそれに ぱちぱち、と目を瞬かせる彼女は、雁夜が起きたのを確認すると、お はよう 待って口を開いた。 ﹂ ﹁あさごはん、イタダキマスしにいくぞ ﹁朝ごはん⋮⋮ ! 未だ覚醒しきらない頭でシオの言葉を反芻するが、彼女はそれに気 ? ﹂ 挨拶を返す。それに満足したように頷くと、雁夜が起き上がるのを ! こいつだれだー ﹂ 長時間放っておくわけにはいかない。いつもより早い速度で着替え、 寝室を出る。と、 ﹁マスター、おさけくさいやついた ﹁うぅ⋮⋮きぼぢばるい⋮⋮﹂ ? だバーサーカー ﹂ ﹁だって、おさけうまそうなのあったから ﹂ ﹁マスターこいつだれ﹂ ﹁そいつは俺の兄貴だっつってるー ﹁おはよう、おじさん﹂ ﹂ ﹁あ、おはよう桜ちゃん﹂ ﹁おはよー ﹂ ﹂ さっさとこの馬鹿兄貴を居間に持ってってボウルか何かに吐かせろ な吐くな居間に行ったらボウル用意するから吐くなバーサーカー ﹁ああもうお前食欲に対して忠実すぎるなというか吐くなよ兄貴吐く ﹁うっぷ﹂ ﹂ 兄貴ここで吐いたらさすがにキレるぞというかなんで連れてきたん ﹁っておいこら酒漬けの兄貴なんで持ってきたてか吐くな、吐くなよ を抑え、今にも吐きそう││ 何故かシオが鶴野を抱えていた。しかもさんざ揺らしたのか口元 ! 危うく令呪を使いかけたと、後に雁夜は語っている。 16 ! !! ﹁あああ早く連れてけバーサーカー ﹁う⋮⋮っ﹂ ! ! ! ! 第3章│あさのイタダキマス│ ﹂ ﹁どうしてこうなった⋮⋮﹂ ﹂ ﹁んぐ ﹁ ﹁マスター、イタダキマスしないのか ﹂ のが稀である。ほんと、どうしてこうなった。 のだ。留学中の慎二がいないが、それにしたってこうやって3人揃う で、久しぶりにほとんどの家族がそろっての朝食をとることになった 奇しくも、サーヴァントが起こしたはちゃめちゃな行動のおかげ 印になる、らしい。 入った容器。外からの刺激があった方が、臓硯が戻ってくるときの目 そして隅の方に置かれているのは、臓硯の本体だという刻印蟲が につかされたのだ。 れ、居間で一通り胃の中身を戻した後、シオによって強引に食卓の席 あのアルコール依存症の兄である。無理やりシオによって運び出さ と、そこにいるのはゆっくりと朝食を口に運んでいる鶴野││そう、 どろどろの朝食から目をそらし、そっと自分の横の席に目をやる 面々が普通に食べているところを見るに、味は悪くないようだ。 たシオが懸命に作り上げたものらしい。見た目はカオスだが、他の 溶かされた消化に良さそうな鍋らしきもの。これは早めに起きてい のか、細かく刻まれ││というか潰され││、そのうえでドロドロに どこから知ったのか、それとも察したのか、料理自体が下手だった ントと義理の姪から目をそらし、食卓を眺める。 らしてはいけない。そっと、目の前で食事をとっている己のサーヴァ せてくれる。いや、気をしっかり持て雁夜。目の前の現実から目をそ 状態は別として見た目は美少女の桜のその行動は、現状を一瞬忘れさ サーヴァントではあるが、その見た目は少女そのものなシオと、精神 頭を抱える雁夜の目の前で、シオと桜が揃って首を傾げる。人外の ? シオに促され、恐る恐る、目の前のそれを匙にすくって口にいれる。 ﹁あ、いや、食べるよ⋮⋮いただきます﹂ ? 17 ? ・ ・ ・ ・ ・ ⋮⋮うん、おいしいと言うまででもないが、不味くもない。雁夜の様 と言ってキッチンへと皿を持って行った。あいつ、こういう 子に満足したのか、シオは自分の分を飲み切ると、あとかたづけして くるー ものの勝手も分かるのか。本当、見た目と中身のギャップが激しい奴 だ。 賑やかさの中心であった彼女がいなくなり、残った面々にあるのは 沈黙。食器が擦れあう音は響いているが、それだけである。 ﹂ 気まずい。そう感じた雁夜はさっさとこの場を去ろうと食事をか きこもうとして、 ﹁││おじさん。おじいさまはどこなの ││できなかった 人が見ると、 ﹁じじーはそのムシだぞ ﹂ 爆弾を落として去っていった。 完全な沈黙が、3人の空間に流れる。 ﹁っておいバーサーカーお前なに爆弾落としていってるんだー ﹂ と、キッチンからシオが戻ってきた。なにかあったのだろうかと3 だが⋮⋮。 は思っているのだろう。それは間違いではない。間違いでは、ないの が好き勝手しているのに、それを咎めに来ないのはおかしい、と2人 この家を支配していた、間桐 臓硯という存在。あのサーヴァント る。 い。その疑問は鶴野も思っていたらしく、隣からの視線が突き刺さ 桜は本当に不思議に思っただけのようで、その瞳には何の色もな ? んばってデートしたおかげ ! シオがが いきなり結論から話しちゃいけない時があるの ! ││なに言ってるか分からないがバーサーカー てのがあるの ! 物事には順番っ ││お、マスターきょうはたいちょうがいいみたいだな の体調からは考えられない速度でキッチンへと駆け込んでいく。 数瞬置いて、雁夜の口から出たのは怒号。立ち上がると、普段の彼 !! ! ││シオは、じじーがどこにいるかきかれたから、こたえただけだ ! 18 ! ぞ あ、でもなんでか ││確かにそうなんだが、ってかあの距離で聞こえるってお前どん な耳してるんだ ││アラガミはきほん、ごかんはすごくいいぞ いま、みみはあんま、ちょうしよくないなー ││もうアラガミってなんなんだよ⋮⋮ 過ごしていった。 ﹁││で、こいつは誰なんだ ﹂ く聞かないとな。そう考えながら、鶴野は義理の娘との朝食の時間を だろう、と鶴野は思った。戻ってきたら、弟に親父のことを含め詳し 変わらず賑やかな声が聞こえてくる。そう言えば、あの少女は誰なの りは少し、気まずさがなくなったような気がする。キッチンからは相 再び食事を始める2人。相変わらず沈黙が続いていたが、先ほどよ ﹁はい﹂ ﹁⋮⋮食べるか﹂ 野。幸か不幸か、それが義理の親子の初めての、まともな会話だった。 あっさりと信じて蟲に話しかける桜と、それにツッコミを入れる鶴 ﹁いや、たぶん今口にするべきは違う言葉だと思う⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮朝からさわがしくてごめんなさい、おじいさま﹂ い刻印蟲を見る。 そっと桜と鶴野は目を合わせ、その後相変わらず動かない臓硯らし も完全に聞こえてくる。 キッチンから聞こえる言葉は不思議とよく通り、食卓を囲む2人に ! ! 鶴野の疑問は桜も抱いていたようで、雁夜を見つめている。兄なら そうな書物を読んでいる。読めるのかお前、それドイツ語だぞ。 指名された当の本人は、いつのまに書庫から持ち出したのか、難し あって、別に未知の存在が恐ろしいわけではない⋮⋮ないってば。 うた。指し示している指が震えているのは、アルコールの禁断症状で ルコールが抜けて多少意識が覚醒した鶴野が、シオを指さして弟に問 要もなくなったため、雁夜が桜とともに居間でくつろいでいると、ア 朝食が終わり、臓硯がいない今、魔術の修行と称して蟲蔵に入る必 ? 19 ? ともかく、姪に見られては答えないわけにはいかない。雁夜は疑問に 答えるために口を開いた。 ﹁そいつはサーヴァントっていう、聖杯戦争を戦うために召喚する使 ﹂ い魔だ。クラスはバーサーカー、英霊らしいんだが、未来の月からき たとか言ってる﹂ ﹁ほんとのことだぞ。シオは2075ねんからきたんだ 見ようと思えば見れるらしいけど、嫌 ﹁親父がああなったのは、どうしてだ ﹂ 鶴野はその答えで満足したらしく、次の疑問を投げかけてくる。 な予感しかしないから見ない、見るものか。 以上は知らない。ステータス 以上。と言って、雁夜は解答を締めくくる。というか、自分もこれ い。見た目はあれだが、人間じゃなくてアラガミとかいうやつだ﹂ ﹁はいはい⋮⋮で、真名はさっきから自分で言ってるようにシオ、らし ! うか俺にもよくわからん﹂ バーサーカー、説明。そう雁夜が言うと、おー ! ﹁雁夜まるでわからんぞ﹂ スしすぎて、じじーがコアだけのこしてばくはつしたんだぞ ﹂ おもいだしてもらいながら、ちょっとイタダキマスしたらイタダキマ ﹁シオおなかすいてたから、じじーにかんのうげんしょーでキオクを て説明を始める。 と本から顔を上げ ﹁バーサーカーがやったから、詳しくはそっちから聞いてくれ。とい ? のは事実だ﹂ そういって、鶴野は雁夜を見る。 ﹁酒がほしい⋮⋮ああ、いやまだもう一個聞き忘れてた﹂ ﹁本当だ、頭が痛い事実だけど﹂ なのは本当みたいだな﹂ ﹁⋮⋮まぁ、こんだけ言っても出てこないところを見るに、親父があれ だ。次からはそうするように言っておこう。 てて話させた方が、こいつの場合分かりやすく説明してくれるよう というかシオの説明、昨夜より分かりづらくなってないか 順序立 ﹁大丈夫、俺も分かってない。でもその蟲がジジイの体から出てきた ! ? 20 ? ﹁聖杯戦争を戦って、勝ちぬいたら││お前は何を願うんだ ﹂ ? 21 第4章│ヒミツのおはなし│ 鶴 野 の 言 葉 に、雁 夜 が 固 ま る。そ う だ、桜 は も う 助 か っ て い る。 忌々しい臓硯は眠っており、いつ目を覚ますかもわからない。そも、 目を覚ましたとしても、あの状態で雁夜達をどうこうできるとも思え ない。もう目的は達成できたもの。 ││いや、まだだ。まだあいつがいる。遠坂 時臣。あいつがいる ﹂ 限り、桜はあの陽だまりには帰れない。あいつを、あいつを殺さなく ては。それを口にしようとしたときだった。 ﹂ ﹁なー、それ、ヒミツのハナシじゃないのか ﹁ ている。 ﹁ヒミツのハナシ、だろ ﹂ ! と言う声から、屋敷内を連れて回るのだろ ﹁⋮⋮そうか。今のお前なら、そう言うだろうと思ったよ﹂ 戦争で時臣を殺す必要がある﹂ ﹁俺の目的は、桜ちゃんを葵さんの元に帰すことだ。その為には、聖杯 に付いた。 アルコールの禁断症状だろうか、震える手を必死に抑えているのが目 に座り込む兄の顔色は、いつもよりはマシなものの、その表情は暗い。 2人がいなくなったのを確認し、雁夜は鶴野に向き直る。ソファ う。 いった。たんけんだー 雁夜の命令に素直に頷き、シオは桜を抱き上げて居間から出て う。 言動の割に賢そうなサーヴァントだ、桜を傷つけることはないだろ ように命令した。昨日の今日であの子の世話を任せるのは不安だが、 めてくる。その言葉に我に返ったのか、雁夜はシオに桜と遊んでいる と無邪気な声で咎 そのかお、ハカセたちがしてたのににてる ち、その耳をふさいでいた。桜の方は無抵抗に、その行動を受け入れ ばっと振り返ると、いつの間に移動したのか、シオが桜の後ろに立 ? ちゃんと、ヒミツのときはヒミツにしなきゃ ? ! 22 !! ! そう言って雁夜を見るその目は、何故か呆れと、羨望と、侮蔑、様々 なものが見て取れる。ギリ、と震える手を互いに抑える両手に、さら に力が入ったのが見えた。 ﹁なんだ、何か文句あるのかよ﹂ ﹁さてね。今のお前に言ったって無駄だろうし、何も無いよ﹂ ﹁なんだよその言い方は﹂ ﹂ ﹁そのままの意味だ、ばーか﹂ ﹁んのクソ兄貴⋮⋮ 思わず出そうになる拳をおさえて、雁夜は兄を睨む。今の自分に 間違いなんてないというのに、不満げにして、なのにその理由も言わ ないなんて。 ここにいると気分が悪くなる。そう考え、雁夜は踵を返し、桜たち のもとへと向かう。鶴野はその後ろ姿に声をかけるわけでもなく、そ れを見送った。 1人残った居間で、鶴野は大きくため息を吐く。自分らしくないこ とをしたとは思う。沈んだ気分をどうにかするために、今すぐにでも 酒 を 飲 み た い が、あ い に く こ の 場 に は 酒 瓶 は な い。自 室 に 戻 る か、 キッチンに取りに行くかの実質二択だ。どうしようか、とまたため息 を吐いていると。 ﹁ためいきついていると、しあわせがにげちゃうぞー﹂ ﹁⋮⋮お前、いつの間に戻ってきたんだ﹂ ひょっこりと顔を出したシオに、鶴野が問い掛ける。見た感じ、雁 夜も桜もいない。1人で戻ってきたのだろうか。 ﹂ シオはそのまま、鶴野の隣に座り、にっ、と笑いかけてくる。 ﹁シオ、おまえともおはなししたかったんだ 確に言えば、桜に案内されて、屋敷内を見て回っているだけなのだが。 シオは雁夜に言われた通り、桜とともに屋敷内を探検していた。正 ││数分前 ││││││││││││││││││││││││ ! 23 ! 桜を肩車し、あちこちを指さして質問しながら、シオは比較的速足 で屋敷内を散策する。少し離れたからか、多少聞きづらくはなったも のの、不穏な雰囲気の2人の会話が聞こえてきたのだ。どちらも体調 的には万全ではないとはいえ、それでも暴力沙汰を起こさないとも限 らない。そんなことになった場合、すぐに駆け付けなくてはならない から、遠いところから屋敷の構造を把握していっているのだ。 そんな彼女を、桜は不思議だと思いながら質問に答えていた。この 屋敷にいい思い出など1つもない桜にしてみたら、なぜここまで楽し そうに走り回れるのか理解できなかったのだ。 世間一般的な幼児なら、ここでその疑問を相手にぶつけるのだろう が、桜はそれをしない。疑問を言って、それに答えが返ってきたとこ ろで、現状は何も変わらないのだから。 と、シオが立ち止まると、桜を下して目線を合わせてきた。なんだ ろう、と桜が見つめ返すと、 ﹂ そんなことは、ここ数か月考えたこと ﹁なぁ、サクラ。なにかしたいこと、かなえたいこと、って、あるか したいこと、叶えたいこと る。なぜ彼女はそんなことを自分に聞いてくるのだろう。 桜のそんな様子をみて、シオは困ったように眉尻を下げる。少々乱 暴に桜の頭をなでながら、シオはまた口を開いた。 ﹁サクラのカタチ、そのままだとこわれちゃうぞ。なんで、そんなふう ﹂ になったか、シオはしらないけど⋮⋮サクラのこわいの、もういない んじゃないか 人が、この家の禍根の元だとはなんとなく察することができた。じゃ なければ、朝食のあの席で鶴野が彼の話題を出したとき、あんな恐れ を含んだ声色で話すわけがない。 シオの問いに、桜は口を閉ざす。たとえ自分を地獄に追いやった祖 父がもういない││ほぼ無力化されているとはいえ、それでも桜に とって、現実が好転したわけではない。シオは、周りにそういった人 物がいなかったから知らないが、常人は、たとえ最悪の状況から脱し 24 ? もなかった、桜はきょとん、とした表情を浮かべたのち、首をかしげ ? ろくにこの家の事情を知らないシオにも、自分が眠りに落とした老 ? たとしても、すぐに立ち直れるわけではないのだ。 答えを返さない桜に、シオは首をかしげる。本能的に、彼女が望み を持っていることをなんとなく察したために訊ねてみたが、それに対 する答えが返ってこないのは予想していなかったのだろう。だが、そ こから無理やり聞き出そうとしても、こういった場合は結果は出ない でも、シオにてつだえる ことは知っている。普段の言動は幼児そのものだが、考え方はちゃん と成熟している部分もあるのだ。 ﹁んー、サクラがいいたくないなら、いいぞ ことだったら、おねがい、かなえたいぞ﹂ ﹁んー ﹂ ﹁なんで、そこまでするの⋮⋮ ﹂ と桜をまた肩車するシ オ。特に気分を害した様子のないシオに、桜が思わず問い掛けた。 あっさり引き下がり、たんけんのつづきだ ? ! シオ、それがみたいんだ﹂ ﹁サクラのしあわせなえがお、きっととってもきれいだとおもうから 桜の疑問に、シオは笑顔を浮かべて答えを返す。 ? 自分の欲の為に、自分に笑顔を取り戻そうとしているのか、この人 は。 サーヴァントという、桜にとってはよくわからない存在の彼女。そ の言動も、桜にとっては理解しがたいものだった。 と、シオが居間の方へと歩き出す。もう探検はいいのだろうか、と 桜が思っていると、雁夜がこちらを探しているのが見えた。どうや ら、お話は終わったらしい。ずいぶんと早かったから、そこまで難し い話ではなかったのだろうか。 ﹁マスター、こっちだぞー﹂ ぱたぱた、と手を振るシオに気づき、雁夜がこちらに近づいてくる。 ﹂ ﹁案外近いところにいたんだな、バーサーカー。桜ちゃん、こいつに何 かされなかったか ことで答える。 シオの肩から降ろされ、雁夜に近づきながら、その疑問に首肯する ? 25 ? ﹁⋮⋮そう﹂ ! ﹁ひどいぞマスター。シオえらくないことはしないぞ ﹂ いいもーん、シオ、ひとりでたんけんするもん ら何まで違うんだから﹂ ﹁むう ﹂ ﹁万が一ってのがあるだろう。バーサーカーと桜ちゃんとじゃ、何か ! ﹁ねぇ、おじさん﹂ ﹁なんだい、桜ちゃん﹂ ﹁私の笑顔って、きれいだった ﹂ さっき言われたことを思い出し、口を開いた。 なんなんだアイツ、とつぶやく雁夜。それを見ていた桜だが、ふと、 く、どこかへと行ってしまう。 ていた││、シオは拗ねた様子で駆け出した。雁夜が止める間もな 信用されていないことがショックだったのか││実際、少し疑われ ! 彼女の自室まで送ることにした。 うに沈黙する桜。雁夜もなぜそれを聞いたのか、理由を問いはせず、 雁夜の答えにそう、と相槌を打つと、それ以上は何もないというよ た笑顔は、とてもきれいだった。 葵と、桜と、凛。3人が揃って遊んでいた、あの空間で浮かべてい ﹁││ああ、きれいだったよ、とても﹂ る。 桜からの突然の問いに、雁夜は驚きながらも、穏やかな表情で答え 訊ねてみたのだ。 分ではそのころのことはもう、擦り切れて思い出せないから、雁夜に 昔は当たり前のように笑い、幸せというものを甘受していた桜。自 ? ││その間に、シオが兄の鶴野と、重要な話をしているとは知らず に。 26 ! 第5章│おはなししよう│ 鶴野の隣に座り、話したかったと宣ったシオは、相変わらず無邪気 ﹂ な笑顔を浮かべている。その真意が分からず、鶴野は眉間にしわを寄 せた。 ﹁そんなかおしてたら、つかれちゃうぞ ﹁⋮⋮雁夜の奴はどうした、一緒じゃないのか﹂ シオの指摘は敢えて無視し、鶴野は先ほど出ていった弟の行方を訊 ねる。使い魔は主に付き従うものだ、距離をおいていたら意味がな い。 ﹁マスターなら、サクラといっしょにいったぞ。おやしきはでないだ ろーから、だいじょうぶだとおもったんだ﹂ 返ってきた答えは、確かに納得できるものだ。だが、サーヴァント として雁夜を気にかけていたシオにしては、安全な屋敷内とはいえ、 わざと離れるのは少々疑問だが。反論する材料がなかったので、鶴野 はいったんそれで納得したことにした。 ﹁で、話したいことってなんだ﹂ ﹁このいえについて﹂ 短く言われた議題は、けれどとてもデリケートなものであり、深い きっといまのマ 問題のものだった。先ほどまでの笑みを潜めて真剣な表情でそう答 えたシオに、鶴野は動揺する。 ﹁ほんとはマスターにきいてもよかったんだけどな から、ききたかったんだ ﹂ らダメなやつ。で、おまえは3にんのなかだと、まだだいじょうぶだ スターにきいても、ダメだとおもったんだ。サクラも、これをきいた ? その言動はともかく、知恵はあることに鶴野は少し驚いた。サーヴァ ントは皆こうなのだろうか。 確かに、精神的状態を鑑みれば、桜と雁夜は非常によろしくない。 先ほどの問いに、自分は間違っていないとばかりに遠坂 時臣を目の 敵にしていた雁夜は、いっそ清々しいくらいに歪んで壊れかけてい 27 ? 幼い言葉遣いとは裏腹に、きちんと考えての行動だと続けるシオ。 ! た。あのくらいになれていれば、自分も酒に逃げなくてよかったの に、と鶴野がうらやましがるくらいに。桜は言わずもがなだ。 ﹂ ﹁な、むりしないはんいでいいんだ。サクラと、マスターと、じじーと、 おまえのこと、おしえてくれないか 沈黙する鶴野に、シオはそう催促する。この現状を変えようという のだろうか、このサーヴァントは。聖杯戦争に参加し、己が望をかな える為だけなら、そんなことする必要も何もないのに。ずいぶんと変 わっている。 期待の眼差しで見つめてくるサーヴァントに、鶴野はつい視線をそ らしてしまう。期待なんて、これまで一度もされたことがない鶴野に とって、その何の邪さもない瞳は直視できるものではなかった。 どんな理由であれ、期待されるというのは、こんなむず痒さを感じ させるものなのか。そんなことを思いながら、どう見ても引き下がる 様子の無いシオに対し、小さくため息を吐いてから、この間桐の家の 現状を話し始めた。 ﹁まずはそうだな⋮⋮お前が封じたらしい親父について、話すか﹂ ﹁じじーか﹂ 物心ついたときから、あの人はああだったか ﹁じ じ ー だ ⋮⋮ 名 前 は 間 桐 臓 硯。私 た ち の 血 筋 上 の 親 父 な ん だ が ⋮⋮姿は老爺だったろ ごいながいきだぞ﹂ ﹁⋮⋮ツッコミは今はしないぞ﹂ さらりと出てきた衝撃の事実からそっと思考を逸らし、鶴野は話を 続ける。 ﹁あの人がこの現状の元凶とも言える。地下の蟲蔵で召喚をしてたみ たいだから、たぶん見たと思うが、あそこにたくさんいたのが刻印蟲。 これの他にも蟲は何種類かいて、それと水の魔術が間桐の得意分野ら しい。とは言っても、あの人曰く力自体は衰退していて、私はへっぽ あれ、なんだかへんなかんじし こ、雁夜も俺より上だけど並にも届かないとか﹂ ﹁あのたくさんのムシをつかうのか ? 28 ? ﹁からだはムシでできてたし、キオクもすごくあったから、たぶんすん ら、実際の年齢は定かじゃない﹂ ? たぞ﹂ ﹁⋮⋮変だと感じるのも無理ないんじゃないか。蟲蔵の刻印蟲は、桜 ﹂ や雁夜を犯し、喰らっているから、多少はその魔力を帯びているんだ と思う﹂ ﹁⋮⋮おかす、ってなんだ シオはなおなー ! ﹂ と問われ、頷くシオ。どれを知っていて、 なのかもしれないな。内心でそう自嘲する。自分が可愛いとはいえ、 ││いや、それに加担していた俺も、あの子にとっては同じ穴の狢 だ﹂ 術に慣れさせるためだなんて嘯いて、桜を蟲蔵に放り込んでいたん 不幸なことにうちに引き取られる羽目になった。あの人は間桐の魔 ﹁魔術師の素質は天才的らしいが、遠坂の家で何かあったらしくてな、 気づかず、鶴野はさらに説明を続ける。 素直に聞いてくれる相手だからか、知らず饒舌になっていることに どれを知らないのか、イマイチつかめない。 養子の意味は分かるか 坂という、魔術師の家からやってきた養子だ﹂ ﹁⋮⋮で、桜についてだが。あの子は元々は間桐の人間じゃない。遠 た。 大事な何かを失ってしまう。なけなしのプライドが叫んだ瞬間だっ たシオに、胸をなでおろす。これ以上追及されて答えてしまったら、 本題に関係しないところだったからだろうか、あっさり引き下がっ ﹁⋮⋮はぁい﹂ ﹁知らなくていい﹂ ﹁おかすってほうは 宿主の体内を食い荒らす。以上﹂ ﹁何でもない。兎に角、刻印蟲は魔力を供給、あるいは補う代わりに、 ドは捨てていなかった。 男鶴野、見た目少女の無垢な疑問に、卑しい答えを返せるほどプライ なー、と答えを欲している。やめろ、逐一説明とかしてられないぞ。 を 抱 え た。ど う や っ て 説 明 す れ ば い い ん だ ⋮⋮ おい待てその知識はないのか。つい自然に口を滑らせた鶴野は頭 ? ? 29 ? まだ10にもならない子どもをあんな地獄に落としたなんて、目の前 のサーヴァントが知ったらどう思うだろう、と考えてしまう。 ﹁間桐の魔術に慣らさせるためには、確かに蟲を体内に入れるのが一 番なんだが⋮⋮むしろあれは拷問と言っても差し支えないんだろう。 おかげで、桜はあんな風になった﹂ ﹁⋮⋮﹂ シオは無言で続きを促す。疑問はあるのだろうが、今は言わないよ うにしているのだろう。 ﹁あの弟、雁夜はそんな桜の現状をどっかで聞いたんだろうな。まぁ 恐らく、桜の母親の葵さんから養子に出したことを聞いたとは予想で きるが⋮⋮で、逃げ出して自由を掴んだくせに、おめおめと戻ってき て、聖杯を獲得したら桜を開放するとかいう本当かも分からない条件 をのんで、蟲蔵に入ったんだ。現状はお前も知って通り﹂ ふう、とため息をつく。これで一通りのことは話した、十分だろう ﹂ と言う彼女に、鶴野は頭を抱える。自分の話なんて、したとこ えのハナシききたい、って な ! 自分を忌避するかも知れない、というくらいだ。 ﹂ ﹁私の話なんて、聞いてもつまらないぞ﹂ ﹁シオがききたいから、きくんだ 何故か引き下がらない様子の彼女に遂に折れて、ため息をついてか ﹁⋮⋮はぁ﹂ ﹁それは、シオのせきにんだ﹂ ﹁⋮⋮嫌な思いをするかもしれない﹂ ! 30 と彼女を見ると、しかしなぜかまだ聞き足りないといった表情を浮か べている。 ﹂ 何か話し忘れたことがあっただろうか、と首を傾げると、彼女が鶴 野を指さした。 ﹂ ﹁おまえのハナシは、ないのか ﹁私の、話⋮⋮ ? ﹁シオいったぞ。じじー││ゾウゲンと、サクラと、マスターと、おま ? ろで面白みもなにもないし、新しい情報もない。ただ不快になって、 ? ら、鶴野は自分のことを話し始める。 ﹁私はただの臆病者さ。自分が可愛くて、雁夜みたいに飛び出すこと もできなくて、あの人の言うとおりにして、息子生んで、妻は蟲に喰 わせて⋮⋮桜はあの人の命令通り、蟲蔵に突っ込んでいる。でもって 酒におぼれて、ほら、今だってアルコールの禁断症状で手の震えが止 まらない。 ││私なんて、ただ惰性と停滞しかない、つまらないやつさ﹂ はは、と自嘲するように笑う鶴野に、シオは何も言わない。 ││言わない代わりに、そっと、その体を抱きしめた。体格の差ゆ えに、それは抱き着くような形になったが。 突然のことに、鶴野は驚き、そして離れようとする。が、筋力はシ オのほうが上だ。その力は優しいのに、決して離そうとはしてくれな い。ついには頭を撫で始めた。 ﹁それも、ひとつのカタチだ﹂ 31 ぽつり、とシオが呟く。 ﹁マスターみたいに、がんばってこわれかけるのも サクラみたいに、うんがわるくてこわれかけるのも ゾウゲンみたいに、ながいなかでこわれるのも ビャクヤみたいに、がんばってカタチをまもって、ほかをすてるの も ぜんぶ、ヒトそれぞれのカタチだぞ﹂ 淡々と、それでも優しく、それでいて純粋な言葉が聞こえてくる。 そいつの 拙い口調とは裏腹に、それは親が子に言い聞かせるような色を孕んで いる。 ﹁ビャクヤ、つまらなくなんてないぞ。こども、いるんだろ こと、しんだっていわなかったってことは、まだ、いきてるんだろ ように触れてくるそれ。初めての感触に、初めて向けられるものに、 えらい、えらい。と、また頭を撫でられる。そっと、壊れ物を扱う とつだけでも、まもってるんだな﹂ ウゲン、こわかったみたいなのに、がんばったな。たいせつなの、ひ ここにはいないみたいだから、きっととおくにいるんだろうな。ゾ ? ? 戸惑いしか感じない。 ﹁シオな、ヒトのこと、すきなんだ。なかまは、もっとすきだ。だから、 えっと、だからな⋮⋮﹂ 途中で言葉を詰まらせ、適当な言葉を探すシオ。そういう部分はど こか、口調そのままな幼さがあった。 ﹁シオ、マトウのひとには、わらっててほしい。しあわせで、あったか いえがお、みんなのあたたかいの、みてみたいんだ﹂ だから、とまた目を合わせてくる彼女。ないしょだぞ、と言って、彼 女は言った。 ﹁││シオのおねがいは、みんなのハッピーエンドだ﹂ ││それは、幼いころなら、誰だって叶うだろうと思っていた、当 文 句 な し の 大 団 円 たり前の願い ││ハッピーエンドを、大好きな人に ││それを馬鹿正直に掲げた彼女は、聖杯戦争で何を見るのだろう か 32 第6章│かちかん│ こどもが親に、ずっと秘密にしていた宝物について話すように、鶴 野に宣言したシオ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ だが、言い切った本人はしっかりと、その望みが叶う可能性がかな ・ り低いと考えていた。もとより、シオが掲げたのは間桐家全員の大団 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 円である。そう││彼女は、臓硯ですら、救いたいと考えたのだ。 シオは、人間が好きだ。そして、人間の持つ様々なカタチが好きだ。 彼女は、人の善性も、悪性も、それぞれのカタチだと思って、それを 受け止める。 ﹁えらくないこと﹂はしてはいけない。でも、時には﹁えらくないこ と﹂もしなくてはならないこと。他の人から見たら﹁えらくないこと﹂ でも、本人の中にある﹁えらいこと﹂に従っている場合もあること。 ほんの数ヶ月、あの狭い研究室で、そしてほんの数十分、あの人工 し き 考える。どうやら雁夜は魔術師が苦手らしい。そういえば、鶴野が雁 33 島で、シオは人とは何か、感情とは何かを、本能的に感じ取っていた。 ち 世界には様々なカタチがあり、それらはすべて、シオにとって好まし いものだ。だからこそ、シオは様々なカタチを知りたいと思い、理解 しようとする。好奇心旺盛なのは、アラガミの本能から起因するもの でもあったが、それ自体、彼女がカタチを理解したいという心の表れ なのだ。 雁夜が何故あそこまで誰かを憎むのか、鶴野が何故父である臓硯を 恐れるのか。桜が何故この家に養子に出されることになったのか、臓 カタチ 硯が何故蟲の体になっていたのか。そこには、関係した人たちなりの 正義があるはず。シオはそれを知り、そこから、自分の今一番の望み をかなえる方法を考えようとしていた。 そんなわけで。と、鶴野と別れた後廊下で鉢合わせた雁夜に話しか ける。 ﹂ なんで魔術師なんかについて教えなきゃいけないんだよ﹂ ﹁マスター、まじゅつしについて、おしえてくれないか ﹁はぁ ? 物凄く嫌です、と言わんばかりの雁夜の態度に、シオはむむむ、と ? 夜は間桐から逃げ出していた、と言っていた。 ││なら、なんでマスターはもどってきた ││サクラをたすけるため ││なんで、サクラをたすけるんだ ﹂ シオが後悔するより早く、雁夜が激昂する。 ! おかげで桜ちゃんは蟲蔵に入れられて⋮⋮ 遠坂めェ⋮⋮ ﹂ さい桜ちゃんを、葵さんから引き離してジジイなんかに譲りやがって のやつ、うちの魔術がどんなのかどうせ分かってるだろうにあんな小 ﹁どうせそんなの時臣とジジイのやつが勝手に押し進めたんだ 時臣 シオが話した理由に、雁夜が大声を上げる。あ、これ地雷だったと ﹁はぁ ﹁サクラがなんで、マトウにきたのか。シオ、それがしりたいんだ﹂ かもしれない。何より今は、別のカタチを知ることを優先だ。 だが、それはきっと今聞いても、ちゃんとした言葉として聞けない タチの根幹があるのだろう。 にいえば、大切にする理由、切欠が分からない。ここに、彼の今のカ かかわっている。だが、彼が少女一人のために命を削る理由││有体 さえ命を削っている、自身のマスター。そこには桜という少女が深く 危険な家だとわかっていて、一度は逃げた家。そこに戻り、あまつ ? ? !! !! 皮膚の下にある血管からぶちぶちと、嫌な音を立てているのを耳に とらえながら、シオは必死に雁夜を宥める。魔術師と、桜の生家の話。 今の状態の雁夜にはとんでもない地雷のようだ。特にトキオミとい う人物については、これほどの感情を向けている相手だ、禁句ともい えるだろう。 書物より、本人たちから色々な話を聞けたらと思ったのだが、これ だとどうしても聞くことはできないな。鶴野は魔術についてはほと んど教わらなかったらしいし、桜はただ蟲蔵に放り込まれるだけ。急 ごしらえのマスターとはいえ、それなりに魔術を教わっていたとみら れる雁夜ならいけると思ったのだが、無理。 辛抱強く宥めに宥めて、ようやく雁夜が憎しみの中から戻ってきた 34 !? ﹁⋮⋮うん、なんかごめんだぞ。マスター、おちつくんだ、どーどー﹂ ! のは昼時だった。余計な一言で、大幅な時間を使ってしまったのだ。 まずは書物から学ぶしかない。そう心に決めたシオであった。 │││││││││││││││││││││││ お昼は体調が今日はいい雁夜が作りたいと言い出し、何か鬱憤を晴 らすように料理をし、それを食した後。シオは膨大な量の本が眠る書 庫にやってきていた。目的は無論、勉強の為である。 聖杯戦争については、落ち着いた雁夜から断片的には聞けた。途中 で何度かまた激昂しかけたが、頑張って抑えて情報をもらったシオは えらい、ソーマなら褒めてくれるかな。なんて。 聖杯戦争のマスターはみんな魔術師だ。そして、その参加者の中に は、雁夜が憎む遠坂 時臣もいる。説明の最中に吐露していたが、雁 夜は聖杯戦争中に時臣を殺し、そして桜を遠坂の家││いや、葵のも とに返すつもりらしい。 シオは首を傾げた。断片的な情報であったが、時臣は桜の父親と推 測される。桜は、父親を憎めるほど、精神が回復しているようには思 えない。なら、それは少なくとも今の桜の本意ではない。ならばそれ は誰の本意なのか。予想はついているが、こういうのは、自分で気が 付かないといけないと思い、シオは敢えて何も言わなかった。 次に疑問に思ったのは、桜を遠坂の││葵のもとに返すという部分 だ。雁夜が葵について話す時だけ、何か瞳に、時臣について話す時と は違う色を宿していた。あれはいったい、なんなんだろう。今のシオ には分からなかった。 雁夜の様子についても疑問は尽きないが、それよりも、養子に出し たこどもを元の家に戻して問題がないか、という部分についてがきに なった。養子に出すのなら、何かしらの理由があるはず。それを解決 しなければ、もし遠坂の家に桜が戻っても、また別の家に出されるだ けだろう。 35 カ タ チ なら、今知るべきことは一つ。 ﹁まじゅつしのかちかんだ﹂ 桜の身の上については、養子の手続きの際に色々と関わらざるをえ なかった鶴野から、ある程度の話を聞いた。優秀な素質を持ち、遠坂 の家で育っていれば、かなりの実力になっていただろうとされるそ れ。ここが、魔術師の価値観でどう判断されるのか。それを知らなけ れば、始まらない。 書庫の中を散策し、目的に近そうな本を探す。ほとんどが英語や日 本語で書かれているので助かった。シオが知っている言語は、日本語 と英語、あとは自身の名前の意味を調べるために齧ったフランス語、 そしてドイツ語くらいなのだ。 適当に選んだ書物を読みふけりながら、次にすべきことを考える。 目下の問題は、雁夜の体調だ。 なるべく魔力を雁夜からもらわないよう、現界するのに必要最低限 の 魔 力、そ の う ち の 半 分 ほ ど し か 供 給 さ れ な い よ う 調 整 し て い る。 バーサーカーとして召喚されたシオは、それでも普通のサーヴァント より負担は大きい。そこを、食事でなるべく補うよう、努力していた。 幸い、臓硯から貰った魔力はまだ残っている。まだ暴走することは無 いだろう だが、それでもなお雁夜の体調は楽観視できない。蟲蔵での無茶な 鍛錬によって、寿命を削りに削った彼。あの状態では、シオも満足に 戦えない、守ることもできない。 解決方法は││一応、ある。だが、それは危険な賭けであり、雁夜 を死なせる可能性、最悪、シオが彼を殺さなくてはならなくなる。し かも、もし成功して雁夜の体調がよくなっても、戦争が終わり、シオ がいなくなったら、その効力がなくなる可能性がある。もとはシオの 一部なのだ、独立してもつながっていた場合は、その可能性も十分に ある。だが、他に思いつく方法は、今のシオには無かった。 夜、寝る前に一応、提案してみようかな。シオはそう考え、書物を あさる作業に集中した。 魔術の基礎、魔術師としての心構え、魔術師の本懐⋮⋮、基礎的な 36 書物から、魔術の扱い方、間桐家の魔術の特性まで。読書の要領を得 たシオは、だんだんとスピードを速めながら読みふけっていく。 あっという間にシオの周りに築かれる書物の城。膨大な知識の中 から、自分が望む知識のみを記憶していく。 ││オラクル細胞 彼女のスキルとして登録されているそれは、物を喰らい、その情報 を分析。その中から自身に最適なものを取捨選択し、成長していくこ とが特徴の、アラガミを構成する単細胞生物である。 そしてその特性は喰らう事に留まらず、行動や勉学によるものにも 発揮される。物事をスポンジのように覚えていくのだ。 以前、ある人物に褒められたその学習能力の高さが、今存分に振る われていた。 結局、シオが魔術師の勉強をし終わったのは夜ご飯が出来たころ。 いつまでたっても現れないシオが気になった雁夜が探しに来るまで 続いていたのだった。 37 第7章│へんしょくいんし│ 夜。食卓を囲んで、雁夜、鶴野、桜、シオが顔を合わせていた。夕 食も食べ終わったところで、シオが話したいことがある、と言い出し たのだ。 何故全員がいなければいけないのか。疑問に思った三人││桜は どうだったかは分からないが││だったが、続いた言葉に思わず身構 えた。曰く ﹁マスターのからだ、なおすほうほうについてだ﹂ ﹂ そう言ったシオに、全員の注目が集まる。桜も、雁夜に関係するこ とだからか、いつもより反応が速かった。 ﹁どういう、ことだ。俺の体が、治るっていうのか⋮⋮ 信じられない、と言った様子の雁夜に、シオが頷く。鶴野は半信半 疑と言った様子で、食後の酒を煽りながら、話に耳を傾けている。 ﹁なおる、っていっても、かんたんなほうほうじゃないんだ。ほとんど のばあい、たぶん、しんじゃう﹂ 死ぬ。その単語に、雁夜が瞠目する。たった1日しかともにいない とはいえ、シオ本人の性格はなんとなくだが理解している。優しい彼 女が、そんな危険な提案をしてくるとは思えない。これ以外、方法が ないという事なのだろう。 と。 お前と同じようになるんだろ ﹂ シオはアラガミの中でも特別な存在らしい。たとえ、雁夜がアラガ ミになっても、シオのように理性が強い人型のアラガミではなく、本 能のまま暴れようとする獣型のアラガミになるだろう、と。 ﹁でも、これでだいじょうぶなら、マスターはけんこうになる。きずの なおりもはやくなるし、きたえたら、ふつうのひとよりもすごいうご きができるようにもなる﹂ 38 ? ﹁それだけじゃない。もしかしたら、しなないで、アラガミになっちゃ うかもしれないんだ﹂ ﹁それは、ダメなのか ? 鶴野のもっともな疑問に、シオは首を横に振る。そうじゃないのだ ? だけど、これでせいこうしてるのは、うまれるまえのあかんぼうだ けなんだ 成功例はたった一つ。それも胎児のみで、母体は死亡。シオの知ら ないところでそれ以外の成功例もあるのかもしれないが、少なくとも 彼女に勉学を教えた者たちは知らないようだった。 今にも死んでしまいそうな人間を急速に治療し、且つ健康体に瞬時 に押し上げる方法を、シオはこれ以外に知らない。知っていたら、こ んな方法は話さない。マスターを殺さざるを得ない可能性のあるこ の方法は、正直一番避けたいものだった。 沈黙が続く。正直言って、シオはこの提案は飲んでほしくはない。 だが、このまま行動に制限のあるままだと今後の戦闘で困るのも事 実。シオは葛藤の末に、話すことを決めたのだった。 ﹁││どうやるんだ﹂ 長い沈黙の後、雁夜からでた言葉はそれだった。答えではなかった ことに驚きながらも、シオは説明する。 ﹁えっと、シオのオラクルさいぼうからつくった﹃P73へんしょくい んし﹄ってのを、カラダにいれるんだ﹂ そう言って取り出したのは、小さな瓶に入った、ごく少量の何か。 一見液体に見えるそれは、しかし時折ぴちゃぴちゃと勝手に揺れてい る。 ﹁これは、さいぼうをオラクルさいぼうにかえる、つよいちからをもっ てる。でも、へんしょくいんしにちゃんとテキゴウできたら、オラク ルさいぼうにイタダキマスされないで、そのまま、マスターのままで いきられる、はずだ﹂ ものすごくいたいだろうし、きっとココロのなかで、アラガミとの あらそいになるかもしれない。 思い出すのは、自身に名前を付けてくれた青年。胎児のときにこの 偏食因子を投与された彼の中には、ずっとアラガミとしての心もあっ た。シオは確かに、それを聞いていた。アラガミを前に、食べたい、お いしそう、と言う声が。 ﹁もし、しっぱいしてマスターがアラガミになったら、シオがとめる。 39 そしたらシオもきえるから、それでおしまいだ﹂ オラクル細胞をこの世界に流出はさせない。その為なら、いやだけ れど殺すことも辞さない。それは心に決めていた。 また、雁夜が考え込む。すぐに答えが出るとは思っていない。ただ ﹂ でさえ生きるか死ぬかの二択なのだ、ゆっくり考えてほしいと、シオ は考えていた。 ││と ﹁おじさん、死んじゃうの 今まで沈黙を貫いていた桜が、小さく訊ねてきた。予想外な人間か らの質問に雁夜が戸惑う中、シオが口を開く。 ﹂ ﹁いまのままだと、たぶんもうすぐ、しんじゃうかもだぞ﹂ ﹁そう⋮⋮﹂ ﹁││サクラは、マスターがいなくなるの、いやか ﹁おいバーサーカー﹂ は、マスターといっしょにいたいか ﹂ ﹁サクラにも、ちゃんとしってもらわないといけないぞ。なぁ、サクラ らない少女に何を訊ねているのだと。だがシオは首を横に振る。 桜に問いかけるシオを、雁夜がとがめる。まだ死の概念もよく分か ? 思う﹂ ﹁えっと、だから。わたしは、おじさんにいなくなってほしくない、と の場の誰にもわからない。桜本人が見つけるものだ。 の感情の根幹にあるのは、依存か、それとも親愛なのか⋮⋮それはこ 胸に手を当てて、変わらない表情で、顔を上げてそう答える桜。そ もやもやした﹂ ﹁でも⋮⋮おじさんがいない生活、思い浮かべようとしたけど、なんか ﹁よくわかんない﹂ 始めた。 ││どれほどの時間がたっただろうか。桜がまた、小さな声で話し ず酒を飲みながら、シオはただただ答えを待つ。 しれない。雁夜は答えがでるのをどこか恐れながら、鶴野は相変わら シオの問いに、桜は答えない⋮⋮もしかすると、悩んでいるのかも ? 40 ? ﹁桜ちゃん⋮⋮﹂ 感情を閉ざした少女が、考えに考えて出した答えに、雁夜は何かが 晴れていくような気がした。 そうだ、自分はこの子を地獄から救い出すために戻ってきたんだ。 時臣をぶっ飛ばすことも大事だが、桜ちゃんの笑顔を取り戻すため に、ここに戻ってきたんだ。その本人がいなくなってほしくないと 言っているのだ、それを叶えないと、きっとまた彼女は心を閉ざして しまう。 聖杯戦争のあとも、桜とともにいなくてはならない││生きなけれ ばいけない。 雁夜は桜の頭を一撫でした後、シオに向き直った。 ﹁分かった、バーサーカー。その偏食因子とかいうの、俺の中に入れて くれ﹂ ││自分から提案したくせに泣きそうな表情をしたシオと、得体の ﹂ 41 しれないと言いたげな目でこちらを見る鶴野のツーショットは、たぶ ん忘れられないことだろう。 │││││││││││││││ ﹁が、あああああああああぁぁぁぁぁぁっ ﹁おじさん、おじさん、しっかり﹂ 雁夜の自室で行われている施術を、鶴野は隅で見守るしかなかっ 桜を励ますシオの声は、何故かよく透って聞こえてきた。 で呼びかけ、シオが痛みで暴れる弟の体を懸命に押さえつけている。 その傍らで、義娘の桜が叫び声の中でも聞こえるように、弟の耳元 まるで獣が吠えているようにも思えてくる。 いや、これは悲鳴なのだろうか。 ベッドで、弟が悲鳴を上げている。 ﹁そだぞサクラ、しっかりこえ、かけつづけるんだ﹂ !! た。役目もないのにこの場にいるのは、シオが見届けてほしい、とお 願いしてきたからだ。 雁夜がアラガミ化せずに生還できるかは、分からない。寧ろ生還で きない確率の方が高い。雁夜の死を幼い桜の間近で見せなくてはい けない状況、しかもその後にシオは消えてしまう。2人がいなくなっ てしまった後、すぐにフォローに回れる人物が必要だった。 桜がこの場にいるのは、雁夜がこの屋敷内で唯一気にかけている存 在だからだ。その声を縁に、雁夜が雁夜として戻ってきてくれるの を、シオは期待していた。 偏食因子を投与した直後から暴れだした雁夜を押さえ続けている シオの額からは汗が滴り、その表情からは先ほどまでの幼さは感じら れない。見た目相応の精悍さを、彼女は見せていた。 酒を煽りながら、鶴野は歯噛みする。年長者だというのに、自分は 何もできない。もはや血縁者としての情がないとはいえ、弟の生き死 にを見届けなくてはならないのは、複雑な思いだった。 だが、と鶴野はシオに顔を向ける。間桐家のハッピーエンドを掲げ る彼女が示した、余りにも無茶な方法。本当は聞き入れてほしくはな かった、と自分にだけ零したのは、準備をしていた時だった。 ﹁ほんと、人間じゃないって言ってるのに、俺らより悩んでるじゃねぇ か⋮⋮﹂ ぽつり呟いた言葉は、雁夜の叫び声で、誰にも聞こえることなく消 えていった。 ││雁夜の叫び声が収まったのは、夜が明けるころ 穏やかに眠る様子を確認し、鶴野と桜は、ようやく眠ることが出来 た。 ﹁おつかれさま、マスター﹂ いきてて、ありがとうな 42 第8章│ココロのなか│ ││気が付くと雁夜は、見たことのない場所にいた。 鉄板のようなもので四方を囲まれた一室。出入り口は1つで、室内 にあるのは簡素なベッドと、壁に取り付けられた棚。そして小さな冷 蔵庫のみだった。無機質なそこは、どこか囚人を収監する部屋にも思 えてくる。 間桐の家を出た後も、もちろん戻った後も見たことのない部屋に、 雁夜は戸惑いを隠せない。そもそも何故、自分はここにいるのだろ う。記憶を遡ろうとするが、何故かよく思い出せない。何か、大切な ことをしていたような気がするのだが⋮⋮。 頭を悩ませていても仕方ない。雁夜は一先ず、部屋を出ることにし た。 部屋を出たところにあったのは、見たことのない機器がひしめく場 ・ ・ 43 所だった。アニメや小説なんかで見る、近未来的なラボのようにも見 える。まだ貴重な機材である、PCをさらに発展させたような機器も あるが、この部屋にも誰もいない。 ・ 出入り口は、今自分が出てきたところ以外にもう2つあるようだ。 ・ 真正面に1つと、機材を挟むように自分が出てきた扉の左手に1つ。 恐らく左手の部屋は先ほどの部屋と同じだろうと考え、真正面の扉か らまた外に出る。 部屋を出ると、そこは廊下だった。カーペットが敷かれたそこか ら、真正面に工事現場のそれを思い起こさせるエレベーターがある。 部屋は他にエレベーターに向かう途中に両側に1つずつ。 ここまで見ても、雁夜にはここがどこだか分からない。だが、何故 だろう││ここを、懐かしいと思ってしまう何かがあった。 ﹂ 両側の部屋を確認しようと、最初に左手の扉に手をかける。 ﹁⋮⋮ん つ、雁夜は他の空間の探索をすることにする。 かめてみたが、開くことは無かった。どういうことだろうと思いつ 鍵がかかっているのか分からないが、何故か開かない。右の扉も確 ? ﹂ エレベーターに乗り、どこへ行こうかと考え││る前に、自然と手 が1つ上の区画のボタンを押す。 ││あれ ﹁俺なんで、今押したのが1つ上の区画だってわかったんだ 疑問が浮かぶが、それを考える間もなく、エレベーターが到着する。 開いた扉の先に会ったのは、先ほどのとよく似た廊下。部屋の配置も 同じだが、扉の形状が違う。それもそうだ、ここは●●●たちの││ ﹁待て、●●●って誰だ﹂ 頭を横に振って、変な思考を振り払う。どうにも、ここに来てから 妙な感覚に襲われる。早くここから出て、戻らないといけないのに。 ││もどる、どこへ ││ここにいつきたの かりが起きている。 りとつかむことが出来ないのだ。なんだ、ここに来てから妙なことば 帰る場所が、思い出せないことに気づいた。かすんだように、しっか どこへ。応えようとして、先ほどまでしっかりと思い浮かべていた ? そうでなきゃ、説明がつかない。 ﹁連れてきたやつが運び込んだんだろ﹂ ││じゃあ、なんであなたはあのへやにいたの いから、この無人の施設を探索している。 そう、先ほど来たばかり。あんな変な部屋で起きて、状況が読めな ﹁いつ、ってさっき来たばっかりだ﹂ ? ﹁だめだ、なんだこの感じ﹂ ない。●●●らしい、大人な女性を思わせる自室だ。 スクリーンには青空の映像が映し出されており、ここが地下とは思え なんで名称がわかるかは無視する││設置されている。窓を模した ける室内だ。ソファとベッド、そして隅にはターミナルが││もはや モダンな一室。とくにこれといって特徴はないが、清楚な感じを受 だ。 事態に気づかず、雁夜は探索を再開する。まずは向かって右手の部屋 誰と話しているか、そも誰もいないのに会話をしているという異常 ? 44 ? ? 先ほどから入ってくる、身に覚えのない知識やキオク、そして人の 顔。それにだんだん自身が侵食されて行っているようで、酷く恐ろし い。 ここに長居をしていたら、自分が自分でなくなるのでは││そんな 予感すら胸をよぎる。早く出口を探さなくては。立ち上がると、雁夜 は●●●の部屋を後にした。このフロアにあるのは神機使いの部屋 だけだ、アナグラの外との出入り口はエントランスのみ。侵食される のは恐ろしかったが、自分が自分であるうちは、この知識は存分に活 用できた。 エレベーターに駆け込み、一番上のボタンを押す。早く、早く。帰 らなくてはいけない、待っているのだ、あの子が。帰る場所は思い出 せなくなったが、待っている人物もかすんできたが、それだけはしっ かりと覚えていた。 エントランスに到着する。出発ゲートは右斜め前にある、あの巨大 ﹂ ﹂ う。痛みで頭が揺れるだけで、しかし見知らぬ誰かの思考は止まらな い。 ﹁なんだよこれ⋮⋮誰なんだよお前は くだけで、反応は返ってこない。 叫ぶように怒鳴るが、無人のエントランスに●●の声がむなしく響 ! 45 な扉だ。あそこから外に出れば││ ││ガキンッ、と音がした ﹁││え、﹂ ﹂ 扉が、開かない。 ﹁嘘だろ、なんで ﹁くそっ、黙れ あっていた●●●もいない。それにそれに││ どうすればいい。いつも頼りにしていた●●●はいない、ふざけ られると思ったのに、一体どういう事だ。分からない、分からない。 ここからいつも●●たちはデートに出かけていた。ここからなら出 もう一度力いっぱい開こうとするが、びくともしない扉。なんで、 ! 頭に浮かぶ、別人の思い出と考えに、思わず自身の頭を殴ってしま ! 帰らないといけないのに、帰らなくてはいけないのに。ここから出 られないなら、どうしようもないじゃないか。 ││一旦落ち着こう。もう一度、自分がいた部屋に帰るのだ。そこ にもしかすると、手掛かりがあるかもしれない。 ふらふらと頼りない足取りで、●●はエントランスを後にする。エ レベーターに乗り、ラボラトリの区画を選択する。ふと、もう自分の 名前すら思い出せなくて、恐怖を覚えた。時間がない、なのに、出口 がない。いっそ、寝て忘れてしまおうか。そんな考えがよぎった、そ の時だった。 ││⋮⋮じ⋮⋮ ふと、誰かの声が聞こえた。立ち上がり、到着したラボラトリの区 画に降りて声の主を探す。だが、そこには相変わらず無人の廊下が広 がるだけ。 ││お⋮⋮さ⋮⋮ ﹂ 46 また、声。後ろから聞こえる。ということは││ ﹁別の区画か たんだ。あの子との小さな約束すら、守れなくてどうする││ 最下層、開いた扉の向こう側は、暗闇だった。 そうだ、ここは、 の中に放り込まれて。 知っている、いつもこの大群がいる蔵に放り込まれて、あの子もこれ ││いや、暗闇ではない。何かが蠢いている。これは、●●もよく ! といけない。いなくなるのは嫌だ、と言っていた。そばにいると決め なことを思う心もなくなってしまっているだろうけれど、見つけない あの声を主を探さないといけない。きっと寂しがって、いや、そん か押すときに指が震えたが、それを気にする暇もない。 下の方から聞こえてきた声に、迷いなく最下層の区画を選択。何故 ﹁下⋮⋮確か●●●が大事なものがあるって言ってた場所か﹂ ││し⋮⋮か⋮⋮⋮⋮て、おじ⋮⋮ん た声が聞こえるのを待つ。 エレベーターに再度乗り込み、すぐにボタンを押そうとはせず、ま ! ﹁蟲蔵⋮⋮﹂ そうだ、蟲蔵だ。だが、気のせいだろうか、いつも入っていた蟲蔵 より、蟲の数が何倍にも膨れ上がっているように思える。 ﹂ ﹁カッカッカ、まさか怖気づくことなく、ここまでお前がたどりつくと はなァ﹂ ﹁な、お前は 突然、蟲の大群の中から、嗄れた翁の声とともに、見覚えのある人 物が現れた。彼は││そうだ、彼は自身の父親だ。だが、何故彼がこ こにいる、だってこいつは●●●●●●に体を壊されたはず。 そんな●●の考えを悟ったのか、彼は下卑た笑みを浮かべる。 ﹁どうやってここを見つけたかは知らぬが、ここは出口であると同時 に、お前の恐怖の象徴だ。蟲による陵辱はかなり堪えていたようじゃ なァ、これほどまでに蟲が増えるとは思っていなかったぞ﹂ そう言って高笑いを上げる男。つまり││つまり、今目の前にいる 男も、●●の恐怖の象徴、と言う事なのだろう。事実、今現在自身の 足は震えている。 何故自分はここにやってきたのだろう。一度は逃げた場所だとい うのに、何故。また、記憶がかすんでいく。 安ら ﹁わしも現実のやつよりは非情ではない。おまえがここを去り、どこ ﹂ かで眠りにつくというなら、何もせず逃がしてやろう。どうだ かな休息が与えられるぞ ? ﹁ ﹂ ││おじさん 思わず、頷きそうになった時だった。 見覚えのない空間の恐怖も、何もかも忘れられる。 なくていい、ゆっくりと休める。頭の中で騒ぐ見知らぬ思考からも、 られる恐怖を味合わずに、ゆっくりとした休息を与えられる。何もし 提案されたそれは、とても魅力的なものだった。今戻れば、蟲に貪 ? が聞こえた。 ││おじさん、いやだよ 47 ! 声が、また聞こえた。先ほどよりずっとはっきりと、幼い少女の声 !! また、同じ声が。 ││いっしょにいなきゃ、いやだよ 紫色の髪の、あの子が。 ああ、元の黒い髪、綺麗だったのに、蟲蔵に入れられたせいで、見 た目も、心も汚されて。 ││おじさん、●●●とのやくそく、守ってよ さ く ら あの子が、明確に願望を口にするのは、初めてじゃないだろうか。 ああ、初めてだ。あの子が、大切な子が、明確に望みを口にしてい る。 何かが晴れていく。 ﹁そうだ││思い出した﹂ バーサーカーに、体を治すための偏食因子というのを注入されたん だ。壊れた体を治して、桜のそばにいるために。死ぬ可能性があると か、アラガミになる危険性があるとか言っていたけれど、もしかする 48 とここは、自身の││雁夜の心の中と、アラガミの心の中が混ざった 世界か。 ﹁ありがとう、桜ちゃん﹂ 小さな声だったが、それのおかげで、彼は思い出した。あの蟲蔵に 入ることへの恐怖なんて、全部覆い隠してしまっていたんだ。彼女を ││桜を救い出すという願いが。 もう、大丈夫。 忘れたと 一歩踏み出した雁夜に、男││臓硯の姿を模した何かが驚き、声を 蟲蔵で自身の体を貪られる痛み、恐怖 覚めてしまえば忘れてしまうのだろう。それを止められるのはきっ そわかる。●●を殺すということの愚かさを。だがそれも、きっと目 桜の父 冷静な今だからこそ、桜のこと以外が多少かすんでいる今だからこ れは多分││今も。 むしろ、忘れられないからこそ、雁夜は多少正気を失っていた。そ ! 上げる。 ﹂ ﹁ほう、正気か雁夜 は言わせぬ ! ﹁忘れてないさ││忘れるもんか﹂ ! と、自分の周囲の人間だけだ。 ﹂ ﹁でも、それを乗り越えてでも守りたいものがあるんだよ、くそ親父 ﹂ ﹁ぐぶぉっ 臓硯とのすれ違いざま、きつい右フックを食らわせる。予想してい なかったのだろう、臓硯はモロにそれを受け、蟲達の中に突っ込んで いった。予想外のアグレッシブさに驚いたのか、蟲達が動かぬ間に、 雁夜は走り出す。 光は見えない。どこまで行けばいいかも分からない。だが││不 安はない。桜の声が聞こえる、その方向へ走ればいいのが分かる。 シ ら 段々と、意識が黒く染まっていく。ああ、やっと出られるのか││ ワ そう確信した雁夜の耳に、臓硯の声が聞こえてきた。 ﹁ハッ、1度逃げおおせただけで安心するでない。アラガミはいつも お前の体を狙っている。それをゆめ、忘れぬようにな⋮⋮﹂ そんな言葉を最後に、雁夜の意識は無くなった。 ││次に起きたら、桜とバーサーカーに、礼を言わなくちゃな⋮⋮。 49 !? !! 第9章│たんれん│ 次の日の朝。 雁夜が目を覚ますと、傍らで桜が眠っていた。視界を巡らせると、 部屋の隅に蹲るように鶴野も眠っている。そう言えばあの時、バー サーカーに頼まれてここにきていたのだったな、と思い出す。酒瓶を 抱えて寝ているところを見るに、いつものように酒を飲んでいたのだ ろう。 桜を起こさないよう、ゆっくりと体を起こす。だいぶ暴れていたの か、酷く汗臭い。着替えたいが、桜が衣服をしっかりと握っているの が見えて、着替えるのもはばかられる。 どうしようか⋮⋮そう思っていると、部屋の扉が開かれた。 ﹁⋮⋮お、マスターおきたな﹂ 入ってきたのは、首から臓硯が入った瓶を下げたシオ。朝ごはんだ 小声でかわされるやり取りで予想外の言葉が返ってきて、雁夜は思 わず鶴野を見た。シオがかけたのだろう毛布に包まり、どこか気の抜 けた表情で眠る兄。家族間の情などもうないと思っていたのに、心配 50 ろう、昨日の朝と同じ、ドロドロなるまで煮込んだスープらしきもの を載せたお盆を持っている。 笑顔を浮かべてこちらに近づいてきたシオは、桜に気が付くとそっ と反対側に回り込み、そちら側から雁夜の膝の上にお盆を乗せる。 ﹂ ﹁サクラもビャクヤも、なんじかんかまえにねたばっかりなんだ。だ から、しーっ、だぞ﹂ ﹁そんなに長期戦だったのか し、ビャクヤも、しんぱいしてた﹂ ? ﹁あんまりかおにはでてなかったけど、ソワソワしてた﹂ ﹁桜ちゃんは兎も角として、兄貴が心配 ﹂ ﹁マスター、すごくがんばってたぞ。サクラもずっと、こえかけてた と頷く。 なに長くなかった気がするのだが。首を傾げる雁夜に、シオはこくり ぼんやりとしか覚えていないが、あの変な空間にいた時間は、そん ? してくれたのか。 よくわからない感情に胸中が綯い交ぜになる感覚がする中、シオが 匙を差し出してきた。 ﹂ ﹁たいちょう、すぐよくなるかはわかんなかったから、きのうとおなじ のにしてきたぞ。いっぱいうごいたから、オナカスイタだろ その言葉に、雁夜は今更空腹感を覚えた。一晩中暴れていたことに なるのだ、確かに腹はへるな。そう考え、匙を受け取る。頭の片隅で、 何かが空腹を叫んでいる気もしたが、それは一先ず無視することにし た。 ゆっくりと、桜が揺れで起きてしまわないように朝食を食べ始め る。相変わらず見た目のわりに味は普通。何をどうしたらこんな料 理にできるのだろう、雁夜は不思議で仕方なかった。 雁夜が朝食をゆっくりと摂っている間、シオは窓を小さく開ける。 寒さが厳しくなってくるこの季節、換気のためとはいえ、全開にする のはよろしくない。それを完了すると、桜が眠っている側とは反対側 ﹂ に座り、雁夜が完食するのを待っている。じぃ、と見つめられるのが なんだかこそばゆい。 ﹁なんだよ。お前は喰わないのか 食を食べ進める。と、シオがあのな、と口を開いた。 ﹂ ﹁ゴハンイタダキマスしおわったら、まずはマスターのカラダ、しらべ るぞ﹂ ﹁調べるって、どうやって﹂ ﹁かんのうげんしょう、まえはなしたのおぼえてるか 夜は頷くことで先を促す。 感応現象。確か記憶や心を読むとか言っていた能力のことか。雁 ? ﹂ ﹁それをつかって、マスターのココロに、アラガミがどのくらいのチカ ラでいるのかをみるぞ﹂ ﹁待て、俺の中にまだアラガミがいるっていうのか ? 51 ? 追い払う理由もなくなってしまい、雁夜は気まずさを覚えながら朝 ﹁そ、そうなのか﹂ ﹁もうイタダキマスはすませてきたぞ﹂ ? ﹁いるぞ。シオ、ずっとこえきこえてる﹂ オナカスイタってさっきまでいってた。そう答えるシオに、雁夜は 額を抑える。そういえば、さっき頭の隅でそんな感じの声を聞いた気 がする。あれは気のせいでもなんでもなく、アラガミとしての意思 だったのか。 ﹁てきごうできたから、たぶんないとおもうけど、アラガミがマスター をのっとるかのうせいもあるんだ。だから、どのくらいなのか、カク ニンはひつようなんだぞ﹂ 博士から詳しく教わっていなかったが、P73偏食因子とは、すな わち人の細胞をオラクル細胞に変えてしまうことなのだろう。アラ ガミと人間のハーフ、そうシオは考えた。生まれる前にこれを投与さ れたソーマが、自分と会うまでずっと自分の中のアラガミと付き合っ てきたのを考えると、おそらく一生、雁夜は自身の中のアラガミと付 き合う必要がある。 どっちも﹂ 52 ﹁でも、てきごうできたから、マスターはいままでよりずっとケンコウ になったはずだ。メ、みえてるんだろ がくりと肩を落とす雁夜に、シオは首を傾げる。実際、アラガミは ﹁基準それでいいのか⋮⋮﹂ ンだ﹂ スしたいキモチであばれたりしない、ちゃんとガマンできる、ニンゲ ﹁だいじょうぶ、マスターはニンゲンだぞ。シオみたいに、イタダキマ 夜に、シオは笑顔を浮かべる。 片足を突っ込んだという宣告のように思えた。暗い表情になった雁 半分オラクル細胞になった。それはある意味、自分が人外の世界に イタダキマスしたせいだと、シオはおもう﹂ るかな。はんぶんオラクルさいぼうになったマスターのさいぼうを ﹁マスターのナカのムシのおともきこえないから、たぶんドウカして 人で飲み切ってるんだ。 の銘柄が普通に読める。おいそれかなりの年代物じゃないか、なに1 や、これはむしろ以前より格段に上がっている。鶴野が抱えている酒 そう訊ねられて初めて、視力が戻っていることに気が付いた。い ? 地球が生み出した自浄作用であるほかに、ノヴァが選別の材料として 様々な情報を欲する為、食欲がかなり強い。特異点であるシオが上質 なアラガミのコアを好むのは、そのアラガミが取り込んだ情報を読み 取るため、本能的に選別しているのだろうと、ある研究者は推測して いた。 そんなわけで、アラガミにとって一番大きな欲は食欲。それを我慢 できる限りはまだ人間だと、シオは言ったのだ。 あと、と顔を上げた雁夜に、シオはさらに言い募る。 ﹂ ﹁カラダになれるためにも、しらべるのおわったら、うんどうとまじゅ つのくんれん、するぞ﹂ ﹁運動なら兎も角魔術もしなきゃならないのか⋮⋮ 魔術嫌いの雁夜にしたら、今のままでも十分に扱えているというの にこれ以上魔術の鍛錬をするのは勘弁願いたいことだった。だが、シ オは淡々と理由を説明していく。 魔術回路の代わりをなしていた刻印蟲が同化し、おそらく雁夜自身 の魔術回路として機能していると思われる。だが、雁夜が適合に成功 してから、シオに送られてくる魔力量が格段に上がっているという 事。 今まで持っていたそれよりも何倍も多いそれは、おそらく今のまま では使い魔を操るのも簡単ではないだろうということ。 と指し示された雁夜は、正論ゆえに反論することが出来な ﹁だから、くんれんはだいじだぞっ﹂ ビシッ 鍛錬と勉学に明け暮れた。 勉学に関しては、シオが本を読みたいと主張し、さらに桜にも勉強 53 ? それからの2日間は、特に他陣営に動きが無かったので、ひたすら ││││││││││││││││││││ い。渋々ながら従うことにしたのだった。 ! を教えるべきだと結論が出たため。シオが魔術についてどんどんの めりこむのが少し気になったが、雁夜は桜に教えるので手一杯、さら に自分の認識より動きすぎる体に感覚を追いつかせるのに一苦労で、 彼女の真意を知る機会は訪れなかった。 勉学と食事、睡眠等必要最低限の生活サイクルのほかはすべて体に 慣れることに費やした結果、なんとか普段通りの行動の中では支障を きたすことはなくなった。歩くために一歩踏み出した直後勢い余っ て壁に激突したり、ちょっと跳ねただけで飛びすぎたりすることもな い。ただ、まだ走る時だけは注意が必要だった。意識しないといっき に距離を稼いでしまうのだ。 そして、3日目。昨夜泥のように眠り、すっきりとした気分で起き あれが た雁夜を待っていたのは、シオからの世間話のような爆弾発言だっ た。 ﹂ ﹁あ、きんぴかのとくろいのが、よるおそくにたたかってたぞ サーヴァントのたたかいなんだな ﹁おいこらバーサーカーそれ詳しく﹂ いものに対して、食欲が増加してしまう││万が一暴走した場合、令 女の狂化の影響は、本当に食欲に直結しているものだった。神に近し こくりと頷くシオ。休憩中にちらりとステータスを確認したが、彼 ﹁ん﹂ ﹁狂化の影響だな﹂ そうしちゃうかも﹂ がながれてるとおもうぞ。シオあれにあったら、きをつけないとぼう ﹁きんぴかのからはうまそうなかんじしたから、たぶんカミサマのち 撃によって消えていったらしい。 だ男と、黒い男らしき人物が戦っていたとか。黒いのは金色の変な攻 めていたらしい。そしたらたまたま、ある屋敷で金色の鎧に身を包ん 昨晩全員が寝てしまった後、シオはこっそり屋根に上って、街を眺 そういわれるのが分かっていたのか、シオが説明を始める。 ! 呪を使ってでも連れ戻してくれと言われた。何しでかすか、自分でも 分からないらしい。 54 ! 戦闘が行われた場所について聞いてみると、そこは遠坂の屋敷だっ た。時臣のサーヴァントと誰かのサーヴァントが激突したのだろう。 ﹁時臣の奴なら、恐らく金色のサーヴァントを召喚してるだろうな。 あいつそういう部分だけはしっかりしてる﹂ この2日、ひたすら体を存分に動かしていたからか、それとも鬱屈 とした環境が変わったからか、雁夜の時臣に対する憎しみは少し減っ ていた。とはいっても、最終的に殺すことはあきらめていない。せい ぜい話に出てきたくらいでは激昂しなくなった程度だ。 ﹁くろいのやられたんだけどな、そのあとくろいのが、べつのところに ﹂ みえたんだ﹂ ﹁はぁ ﹂ ﹁おなじようなくろいのなんだけど、ちょっとちがうくろいの。あれ、 そういうスキルってやつじゃないか ってでてきた ﹂ ﹁あと、きんぴかのは、せなかのくうかんがずばばーってひらいて、そ ﹁身代わりか、分身か、瞬間移動を使うやつがいるってことか⋮⋮﹂ ? ! とその時の様子を体いっぱいに再現するシオ。 こからいろんなブキがばばーん しゅばばばばって ! ﹁勝てそうか ﹂ ﹂ だからふと、訊ねてみた。 ﹁なんだーマスター ﹁なぁ、バーサーカー﹂ なんとなくわかった。 ああ、うん、とんでもない規格外のサーヴァントを召喚したんだなと、 ! ? │聖杯戦争が、始まる ﹁かてそう、じゃなくて、かつんだぞ ﹂ その疑問にキョトンとした後、シオは満面の笑みを浮かべた。 ? ! 55 ? 第10章│そうこがい│ その日の夜、倉庫街で人知れず、魔術師の戦いは幕を開けた。 その様子を、雁夜とシオは離れた場所から観察していた。雁夜の視 力が格段に上がったおかげで、この夜闇の中でも向こうからは見えづ らい位置でゆったりと観察できていた。 ﹂ だめ ﹁おお、あのあおいのがセイバーで、ふたつぼうもってるのがランサー か ﹁みたいだな⋮⋮ん、ランサーが⋮⋮うん、黒子が何かあるのか だな、さすがに全部は聞こえない﹂ ﹁ふつうのシオならきこえたんだろうけどなー、シオもきこえないぞ﹂ 常人なら聞こえないであろう話し合いも、2人からしたらささやき 声くらいには聞こえていた。欠片のようにやってくる情報を組み合 わせながら、のちに調べるときの材料にしていく。 ﹂ ﹁セイバーのマスターは、あの銀髪の女の人か﹂ ﹁っぽいなー。シオとおそろいのかみしてる ﹁だなぁ⋮⋮あれ、今何かいたような﹂ 同じ方向を見て、目を細めた。 ﹁あいつ⋮⋮ジュウでねらっているのか ﹂ 少し外れたところに目を向ける。それに首をかしげるシオだったが、 ふと、雁夜が倉庫街、ランサーとセイバーが戦っている中心地から ! くもくろだぞ﹂ ら、だれかとつーしんしてる。ほかにもだれかかくれてるかもだ。ふ ﹁んー、くろかみのみじかい、たぶんオンナだな。くちがうごいてるか 視覚に関してはシオが格段に上の為、情報を雁夜に伝えていく。 悩まされてもいた。土台がシオとは違うのだ。 アラガミ だけだ。実際五感から入る情報が多すぎて、脳が処理しきれず頭痛に 偏食因子の投与のおかげでいろいろとスペックは向上したが、それ ﹁マスターはニンゲンだからな、しかたないぞ﹂ ⋮⋮﹂ ﹁お前そこまで見えるのか。俺には人らしきものしか見えないんだが ? 56 ? ! ﹁黒ずくめの女か⋮⋮今戦っているセイバーかランサー陣営の関係者 のどちらかか、考えられるとしたら。⋮⋮にしても、魔術師なのに銃 ﹂ ああいうやつはまじゅつをドウグとしてしかつかっ を使うってらしくないな﹂ ﹁シオしってる てない、マジュツツカイっていうんだって ﹁魔術使いか⋮⋮俺もそれに該当するのかもな﹂ ﹁だなー﹂ 聖杯戦争の最中とは思えない、ゆるい雰囲気で会話をしつつ、情報 雁 夜 シ オ を記録していく。こういった乱戦必須の状況に置いて、情報を多く 持った方が有利になりうることを、ライターも絶対的捕食者も知って いた。 戦闘をしている2人を観察し、現に雁夜達は多くの有益な情報を得 た。 ││セイバー。あの一瞬だが見えた剣にシオが反応した。彼女曰 くあれは自分と同じく、星が生み出したモノだという。待て、俺お前 が星によって生み出されたとか聞いてない。 ││ランサー。赤と黄色の2つの槍、そして何かがあるという黒 子。槍に魔術を阻害する効果があるのは推測できたので、これだけ情 報があれば真名を調べ上げるのは簡単だろう。 ﹂ 入手した情報を確認し、雁夜は立ち上がる。 ﹁そろそろいいんじゃないか ﹁は ﹂ ﹁ハシのほう、だれかやってくるぞ﹂ を横に振った。 それは暗に、シオに戦場へと乱入しろと告げている。が、シオは首 ? の真っただ中に突入した。 突撃したのは赤毛の大男。2頭の雄牛が引く戦車に、マスターらし き少年と乗っている。あれはどこの英霊だ、と雁夜が情報を得ようと 身を乗り出し、 ﹁我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダー 57 ! ! シオの言葉に雁夜が冬木大橋の方を見た時、それは雷光と共に戦場 ? のクラスを得て現界した﹂ 思い切りずっこけた。 そりゃそうだ。基本サーヴァントは有名すぎる存在││自身の隣 に例外がいるのは置いておく││、真名が明かされることでその能力 がバレるだけではなく、弱点すらも露呈するのだ。それは、聖杯から の知識でサーヴァント自体も知っているはず。 なのにわざわざばらすということは、よほどの豪胆が、馬鹿者か、そ のどちらかだろう。 ﹂ ﹁あのサーヴァント普通に真名告げて、何を考えてるんだ⋮⋮おい、 バーサーカー ﹂ ﹁あいつ神性持ちか⋮⋮ ﹂ スカンダルに食欲がわくのは、 るモノ││ようするに人型は喰らうことを嫌う。にもかかわらず、イ シオの言葉に、雁夜が息をのむ。シオは基本自分と同じ形をしてい ﹁ ﹁あれ、うまそう﹂ げていると、ぽつりとシオが呟いた。 ていた。何をそこまで注目する要素があるのだろうと、雁夜が首を傾 呆れる雁夜の隣で、シオはライダー、イスカンダルに釘付けになっ ? それが、いけなかった。 ! ﹂ お姿を現さぬような臆病者は、征服王の怒りを逃れられぬものと知れ ﹁聖杯戦争に招かれし英雄どもよ、今ここに集うがいい それでもな どうする、このままシオを戦場に突入させるか。雁夜は考える││ けたかった。 供給に関して不安はなくなっているが、それでも大暴れされるのは避 しないが、もう少し距離が近かったらどうなっていたことやら。魔力 暴走の種が2つ。今回は距離が遠かったからかシオも飛び出しは ! は、と気づいたときにはシオはすでに隣には居らず。リミッターの 外れかかっていたシオにあの挑発はだめだった、と雁夜は頭を抱えな がら、彼女の視界をジャックし、経過を見守ることにした。 58 !! ! 直後、アーチャーが現れたことにさらに頭を抱え込むことになる が。 ││││││││││││││││ ││オナカスイタ そんな幼げな声が聞こえた気がして、アイリスフィールはあたりを ﹂ 見回す。そんな彼女に気づいたのは、セイバーだ。 ﹁アイリスフィール、どうしましたか﹂ このような時間に子どもなど││ ﹁今、子どもの声がしたような⋮⋮﹂ ﹁子ども す彼女││シオに、誰も声をかけられない。 ﹁お、おい、ライダー、あいつには声をかけないのか ﹁いやぁ、あれはちと話せる状態ではないのう﹂ ﹂ 無表情、そしてガラス細工のように何も示さない瞳であたりを見回 ても人のそれではなく、粘土細工で作り上げたようにも見えた。 その瞳は金色に輝いている。顔だちは整っているが、その髪はどうみ 女と仮定していいのだろうか。死人のような白い肌にぼろ布を纏い、 ふわり、と彼らの中心に、1人の少女が降り立つ。いや、彼女を少 いた。 突然の行動に驚く面々だったが││セイバーの直感は確かに合って た悪寒に、反射的にアイリスフィールを抱えてその場を飛び去った。 いるはずもない。そう続けようとしたセイバーは、背筋を走りぬけ ! し、そこから数振りの剣をシオに向かって射出した。それは、先ほど 目が合った瞬間、彼││アーチャーは無言で背後に円状の波紋を出 た、黄金の王。 と、その目がある一点に絞られる。そこにいたのは││先ほど現れ た。 ライダーですら誘うのをやめるほど、今の彼女は獣としてそこにい ? 59 ? 高慢な態度をとっていた彼からは考えられない、油断のない攻め。流 れ弾から逃れた面々も驚愕している。 ﹁此度の聖杯戦争、よほど厄介なようだな。よもや貴様のような化け 物がいるとは﹂ 着弾した衝撃で上がる煙の中、厳しい目でその中を睨むように見つ ・ ・ ・ ・ めるアーチャー。その背後にはいまだ、先ほど武器を射出した波紋が 広がっている。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 土煙が晴れる。そこには、無傷のまま立つシオ。そして、何故か持 ﹂ ち手がかけた、先ほどのアーチャーの武器たち。もごもごと口を動か す少女に、アーチャーは眉をしかめる。 ﹁我の宝物を喰らうとは、死にたいらしいな、獣 その言葉とともに、さらに打ち出される、様々な形状、用途の武器。 だがその戦闘を見ていた他の参加者にとっては、アーチャーの宝具 級の武器もそうだが、彼の発言にも驚愕していた。 宝具を、喰らう。無機物である以前に、宝具はそのサーヴァント独 自の所有物であり、他の物が扱ってどうとなるわけではない││なお 例外はいるが││。だが、あろうことに件のサーヴァント││行動か らしてバーサーカー││は、それを喰らったというのだ。 規格外 幸運がランクな ﹁ふぅむ、あれは一体いずこの英霊なのだ、そらウェイバー、ステータ スは分からんのか﹂ ﹂ !? が瞠目する。それは、離れたところで様子を見ている男││セイバー の本当のマスターである衛宮 切嗣も同じであった。 EXとは文字通り規格外と言う意味であり、規格外に強い、という こともあれば、規格外に弱い、ということもある。が、この場合は前 者であることは明白だろう。 獲 物 射出される武器を巧みにかわし、時に素手で叩き落とし、じりじり とアーチャーに迫る。その様はまさに、狩りをする獣のようだ。 そして││射出の隙間を突き、シオが一気に跳躍する。街灯の上に 60 ! 筋力と耐久がEX なんなんだあのサーヴァント ! ﹁み、見てるけど、なんだよこれ し ! 叫ぶウェイバーから告げられるステータスに、その場にいる者たち !? 立っていたアーチャーに肉薄し、とびかかったのだ。 接近戦には弱いのか、それとも不意を突けていたのか、そのまま アーチャー諸共落下する。その最中、動体視力に優れたサーヴァント や人間なら気づいただろう。 彼女が、アーチャーの黄金の鎧の肩当を喰らったことに。 さすがにそのまま無様に背中から地面に叩きつけられるほど、アー チャーも馬鹿ではない。すぐさまシオを突き飛ばし、体制を取り直し て着地する。 ﹂ ﹁我が宝物を喰らうだけでなく、天に仰ぎ見るべきこの我を地に立た せるなど、無礼がすぎるぞ獣 その言葉とともに、波紋がシオを中心として円形に展開する。その 数は先ほどの倍近く。一体、彼はどれほどの宝具を持っているのか。 ウェイバーは頭を抱えた。 ││と、シオの様子がおかしい。何やら先ほどとは違い、何かを確 認するようにきょろきょろと見回している。 そして、アーチャーを見、自分を取り囲む波紋を確認し、周りで自 分たちを見ている聖杯戦争の参加者を見て、彼女は納得したように ﹂ ? 言った。 ﹂ ﹁んと、かってにイタダキマスして、ごめんなさい ﹂ ﹁ウワァァァァァシャベッタァァァァァァ ﹁死に晒せ雑種がァ ! の場は先ほどよりも混沌とし始めていた。 61 ! ウェイバーの奇声とアーチャーの叫び、宝具の射出音が混ざり、そ ! 第11章│ヨクシリョク│ ﹂ ﹁ああっ、くそ、アイツそう簡単にやられるわけじゃないからって余裕 ぶって⋮⋮ 雁夜はシオの視界から様子を覗きながら、誰にも見つからぬよう下 水道にもぐりこんで戦いの中心地に近づいて行っていた。パスから 流れ込んでくる光景では、ようやく我に還ったシオがいつもの調子で 謝り、それに対して激昂したアーチャーが武器を射出しているところ だった。 このアーチャー、武器が強いだけで本人の力量が分からないな。雁 夜は混乱のなかでも分析する。時臣のサーヴァントだからすぐにで も討ち取りたいが、迂闊にそれをしてはいけないと、さんざ鍛錬に付 き合ってもらったシオから言い含められていた。 ﹁目標は死なないこと。桜ちゃんの隣にいて、生きること。時臣を殺 すのは、二の次⋮⋮﹂ さんざ言われたことを繰り返し、なんとか平静を保つ。 恨みを忘れろとは言わず、ただ桜の為に生きろと、シオは言った。 それを最優先事項にしてくれと。 時臣は殺したい、だが無茶をして自分が死んでは桜が悲しむ。だか ら慎重に、時臣のサーヴァントを殺す為、初日は情報の収集に徹する と示し合わせたのだ。それをシオ本人がぶち壊してしまったわけだ が。 再びシオの視界に集中すると、何故だか世界が横になっていた。何 したんだと思っていると、ゆっくりと通常の視界に戻る。どうやら体 をくねらせてアーチャーの攻撃を避けたようだ。周りに刺さってい ﹂ る武器のどこにそんな体をくねらせる隙間があるんだという、脳内の いきなりしにさらせはひどいぞ、おうさま ツッコミは無視した。あいつに人の常識を求めてはいけない。 ﹁シオあやまったぞ ! アーチャーはそんなシオの様子を鼻で笑うと、高慢な態度を崩さず ないんだが、という雁夜の思いは聞こえるはずもない。 ぷんぷんと地団太を踏むシオ。敵同士だから何されてもおかしく ! 62 ! に話し始めた。 ﹂ シオはバーサーカー、セイハイセンソウに ﹁ほう、貴様でも我が偉大なる王ということは分かるのか、獣﹂ ﹁シオけものじゃなーい よばれた、ちゃんとしたサーヴァントなんだぞ ﹁ハ、人の形を真似ただけの群れが何をいうか﹂ た。今、あいつは何を言った 群れ、と表現しなかったか あのアーチャー、何言ってるんだ﹂ ﹁さてなぁ⋮⋮だが、あ奴は何かを掴んでおるようだ﹂ ﹁群れぇ ? ﹂ り、そうしていれば人にしか見えない。アーチャーは、どうやってシ 雁夜のフォローに、そうかなぁと照れ臭そうに頬を掻くシオ。やは ないか ﹁いやあれは仕方ないだろ、むしろ制御できてる分まだマシなんじゃ ﹁ん、だいじょうぶ。ごめんなマスター、とびだしちゃって﹂ ﹁大丈夫だったか、バーサーカー﹂ 合流した。 葉。それが頭に引っかかりながらも、雁夜はシオを誘導して下水道で 去っていくシオの後を追うことなく言い放った、アーチャーの言 精々己を失うことがなければいいな、星の使い魔。 ようだな﹂ にいるということは、随分と星にとって、この聖杯戦争は宜しくない ﹁逃げるか、獣。まぁそれが常套よな。貴様のようなものがこの時代 一気に飛び、その場から距離を置き、踵を返して去っていく。 それを覆されるのは非常によろしくない。 目は人であり、アラガミの特性を知られないのが彼女の最大の利点。 パスからの雁夜の指令に、シオは素直に従う。それもそうだ、見た ││バーサーカー、これ以上はまずい。退くんだ 能性がある。 シオと数分接しただけで、恐らくシオの中身をある程度掴んでいる可 シオの常人より優れた聴覚が、外野の声を拾う。そう││あいつは ? その言葉に、シオが固まったのが分かる。雁夜も同様に固まってい ! ! オの体について見破ったのだろう。 63 ? ? ﹁バーサーカー、アーチャーと面識は ﹁ない。きょうはじめてあったぞ﹂ ﹂ ﹁あれがお前と同じ時代の出身の可能性は ﹂ ﹁それもないぞ。シオがトクイテンだってしってるのは、ハカセたち だけだ﹂ ﹁待て、特異点ってなんだ。あいつが言ったこととなにか関係するの か﹂ あ、と口に手をやるシオ。まだ言い忘れていたことがあったらし い、このうっかり癖は治らないものだろうか。 あれが、シオがトクイテン ここにずっといたら気分が悪くなるので、間桐邸がある方面へ向か いながら、シオは説明をし始めた。 ﹁シオのホウグ、つかえないのがあるだろ だってアカシなんだ││﹂ ﹁待ってくださいアーチャー 貴様はバーサーカーが何か知っている けたのは、聖杯に人一倍執着するセイバーだ。 ククク、と笑って去ろうとするアーチャー。その発言に待ったをか ばならぬだろう﹂ ││ああ、あのバーサーカーは聖杯を欲するのなら真っ先に潰さね だ。 ﹁ふん、まぁ精々我が相手するまでに、有象無象を間引いておくこと を吐く。 それに対し、アーチャーは興が削がれたと言わんばかりに1つ溜息 と構えているだけだったが。 ダー、ランサーが相対していた。とはいっても、ライダーはどっしり シ オ が 去 っ た 倉 庫 街 で は、ア ー チ ャ ー を 警 戒 し、セ イ バ ー、ラ イ │││││││││││││││││││ ? ﹁この世のすべては我の庭だ、庭に現れる獣を把握していなくてどう 64 ? ? のですか、先ほどの言動といい、今といい﹂ ! する﹂ 相変わらず高慢な態度をもって質問に答えるアーチャーに、今度は ライダーが質問を投げかける。 ﹂ ﹁先ほどからあ奴を獣と呼称しておるが、あれはどうみても人ではな いか ﹁ハ、見た目でしかものを判断できぬとは、征服王の名が泣ける﹂ アーチャーの返しを気にする様子もなく、ライダーは回答を視線で 要求する。暫し視線を交わし、アーチャーは捨て台詞のように言葉を 吐き捨てた。 ・ ・ ・ ・ ・ ﹁あれのどこが人だ。喰らう事しか能のない星の使い魔が、人の形を ・ ・ ・ ・ 真 似 る た め に 集 ま っ た 群 れ で あ ろ う。あ れ は ガ イ ア │ │ 星の抑止力 の権化だ﹂ その言葉を最後に、アーチャーは今度こそその場を去る。残された 三陣営は、アーチャーによってもたらされた情報を整理する為、その 場で戦うことをせずにそれぞれの拠点へと帰っていった。 ﹁未来においてその力を振るった星の使い魔。⋮⋮気に喰わんな、あ れがあいつと似た存在というのは﹂ 霊体化し、己が拠点ではなく興味の赴く場所に向かうアーチャーの ﹂ 言葉は、誰に拾われることもなかった。 ﹁ガイア⋮⋮星の抑止力だって にしろ、聖杯を手に入れれば問題ないけれど⋮⋮﹂ なんだそれ、どんな存在だよもう ! 遠坂 時臣は自邸の書庫から資料を洗い出そうとし。 ﹁抑止力の権化⋮⋮ ﹂ も妙だな。以前にもあったのかどうか、調べてみるとしよう。どちら ﹁抑止力⋮⋮か。だが、第4回の今になって抑止力の使いが現れるの また、それは他陣営にも言えることであり。 間である切嗣は、その存在を知るはずがなかった。 い││守護者から逃れられるのは稀だからだ。魔術を嗜む程度の人 るものは少ない。資料そのものが少ないのもあるが、抑止力による使 切嗣は混乱していた。抑止力というものの存在について、知ってい ? ﹁落ち着かんかウェイバー、ほれ、ゲーム一緒にやろう﹂ ? 65 ? 調べる必要があるな なぜそんなものが、この極東の地に呼ばれている ウェイバー・ベルベットはライダーに宥められ。 ﹁抑止力、だと⋮⋮ ⋮⋮まさか、この儀式に何か裏があるのか ⋮⋮﹂ 私をランサーを引き離してしまうの ? 計塔へ戻ってもらいたい﹂ ﹁あら、どうしてかしら ? ﹁主 ﹂ のもとに帰そう﹂ 戦力が必要になるならば、令呪で呼び戻し、用が済めばまた令呪で君 ﹁いや、どうせならばランサーを連れて行ってもいい。最悪こちらで が、今はなりふり構っていられなかった。 効果は彼女ならば防げると考えたというのに、と過去の自分を責める ランサーに懸想する婚約者は、彼と離れたがらない。魅了の黒子の ﹁ソラウ様⋮⋮﹂ ﹂ ﹁事情が変わった、今すぐこの拠点を出る。できれば君にはすぐに、時 た。 いつもならそれにたじろぐケイネスだが、今はそれどころではなかっ 相変わらず冷たい態度の婚約者││ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。 ﹁あら、何かしらケイネス﹂ ﹁ソラウ﹂ 動き始める。 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは唯一、その違和感に気づき、 ? !? 機的状況になった際に出てくる存在。アーチャーが星の、と言ってい 抑止力││カウンターガーディアン。人類、あるいは星にとって危 そう答えるケイネス。その表情は苦悶に満ちていた。 ソラウの言葉にそうしたいのは山々なのだが、と内心で呟きながら た方が安心する﹂ おくより、たとえ気に喰わなくとも、ランサーと共に帰還してもらっ ﹁抑止力が出てくる事態になっているのだ。君を危険な場所に置いて と思ったのだけれど﹂ ﹁⋮⋮意外ね、ケイネス。普段のあなたなら渋い顔をして、反対するか !? 66 ! たところを見るに、あのバーサーカーは星側の抑止力。この極東の辺 鄙な土地で行われる聖杯戦争が、星の根幹にかかわる事態を生む可能 性が高いということだ。 ﹁あのバーサーカーが星の抑止力だというなら、ここ冬木で起きてい る聖杯戦争は、私の予想をはるかに上回る危険をはらんでいる。最 悪、この地に何か大きな災厄が起きてしまうのも考えられるくらいに な﹂ ﹁なら、あなたも一緒に逃げればいいじゃない﹂ ﹁それは出来んさ﹂ ソラウの率直な疑問に、けれどケイネスは首を横に振る。 ﹁恐らくだが、抑止力と言う存在を知っているのは、サーヴァントを除 いて私くらいだろう。いや、この儀式を作り上げた御三家なら知って いるかもしれないが、それに伴う危険性について気づいていない可能 性もある。事態の深刻性を把握した私がいなくなるのは、宜しくな い﹂ 何より、この不明確な事態に迅速に対応できなければ、アーチボル トの名が廃るというものだ。 真剣な表情でそう理由を述べるケイネス。結局最後はプライドな のね、と半ば呆れながらも、ソラウはその理由に納得すると同時に感 心していた。 ﹁だからソラウ、君には時計塔へ戻ると同時に、聖杯戦争に抑止力が介 入していることを知らせてほしい。殆どの魔術師は戯言をだとか極 東等に現れるわけないだとか言うだろうがなに、ロードの誰かしら、 あるいは気まぐれに訪れるゼルレッチ老師は親身になるだろう。君 の地位もあって、彼らに会えなくとも発言は無下にされまい。 それに⋮⋮ああ、やはりランサーは連れていくべきだ。サーヴァン トという目に見える証拠があれば、私が耄碌したわけではなく、正式 に聖杯戦争が行われていることが、頭の固い連中でもわかるだろう﹂ 非常に不本意な提案を自分でしながらも、ケイネスは努めて冷静に 話を進める。どのような事項よりも、まずは愛しい婚約者を守る。こ れは彼の中での絶対条件だった。 67 その提案に、ソラウが出した答えは││ ││数時間後、彼らが泊まっていたホテル、冬木ハイアットが炎に 包まれる だがそこにすでに彼らはおらず。ダミー用の礼装がいくつか燃え たのみで、彼らの影はどこにもなかった。 ││ランサー陣営、サーヴァントを伴いソラウが時計塔へ帰還した 為、実質戦闘続行不可 68 第12章│せんせいとせいと│ ようやく夜が明けるという時、ウェイバーは混乱していた。 ﹁ふむ、旅行の折、教え子が祖父母の家に滞在していると耳にして来て みましたが、まさかこんな早朝にも関わらず顔を合わせてしまうとは 思いませんでした。実に健康的な暮らしをしているのですね﹂ ﹂ ﹁あらあらケイネス先生ったら、そうおだてても紅茶とお菓子しか出 ませんよ。⋮⋮時に、学校での孫の様子をお聞かせ願えませんか ﹁ふむ、ではこの前提出してもらったレポートについての話でも⋮⋮ と、やぁウェイバー君﹂ ﹁な、﹂ 早朝から騒がしいなと思い、今だ眠気が取れないままに一階へ降り てきてみたら、どうだ。自分のことを孫だと暗示で思い込んでいる老 昨日は遅かったみ 婆││マーサ・マッケンジーと共にいるのは、本来なら敵対している 相手。 ﹁あらウェイバーちゃん、もう起きてしまったの たいだから、寝ていてもよかったのに﹂ い ﹂ て件の人物を指さした。 ﹁な、なんでケイネス先生がいるんだよー ﹂ 室で珍しく待機していてくれたライダーが、おや、と首を傾げる。と、 朝食を済ませ、自室に戻ってきたウェイバーは頭を抱えていた。自 │││││││││││││││││ ネスはしてやったりと実に癪に障る笑みを浮かべていた。 ウェイバーの叫びにマーサはあらあら、と困ったように呟き、ケイ !! 見たところ魔術師のようだが﹂ その後ろから入ってきた人物に目を細めた。 ﹁おぬしは誰だ ? 69 ? ﹁え、あ、うんそれは大丈夫、自然と目が覚めたし⋮⋮ってそうじゃな ? マーサの言葉についいつもの調子で答えるも、すぐに気を取り直し ! ﹁この馬鹿が聖遺物を盗まなければ、貴様のマスターになっていた者 だ﹂ ふん、と鼻を鳴らしながら答える男││ケイネスに、ほう、とライ ダーが感心したような声を上げる。 ﹁わざわざ敵の本拠地にやってくるとは、昨晩隠れておった臆病者と は思えんな﹂ ﹁事情が変わったからな。籠ってはいられなくなった﹂ 実際、籠っていられなくなったのは事実だ。拠点を無くしたのだか ら。 昨晩、ソラウとランサーをイギリスに送り返すため、いち早く冬木 市を脱出させたが、その参加者らしくない動きを悟らせないために、 ホテルにはダミーをしかけ、細心の注意をもって行動していた。天才 と謳われたケイネスにとって、自分たちの気配や姿を完全に隠匿する のは、特性の礼装を駆使すれば容易いことだった。 つ 当 た り し よ う 70 それが功を制したのか、はたまた勘付いた上で、拠点を潰すのみで も良しと考えたのか、戻ってくると拠点としていたハイアットホテル は炎に包まれていた。自分があのままあそこにいたのなら、今さっき まで使っていた礼装の大半を失っていたのだと考えるとぞっとする。 天才は運すらも味方につけるというが、まさに九死に一生を得た感覚 だった。 敵の拠点を、魔術師らしからぬ手段で破壊するものがいる││ ホテルの原因が爆発物だと知った時、ケイネスはそう思い知った。 これは神聖な儀式ではない。目的のために、卑しく景品を争う戦争な のだと。 ソラウを帰らせたのは本当にいい決断だった。ランサーが彼女の 八 そばにいるのが気に喰わないが、状況を鑑みればベストな選択だ、仕 方ない。時計塔に帰還したら真っ先にランサーに誅罰をくわえよう、 そう心に決めた瞬間でもあった。 ﹁で、でも先生がどうしてここに⋮⋮はっ、ランサーもまさか一緒に﹂ ﹂ ﹁やつならソラウと共に、今頃は飛行機の中だ﹂ ﹁││はっ ? 予想外の言葉にウェイバーが声を上げ、ライダーもまた驚愕の表情 を浮かべている。それもそうだろう、聖杯戦争における唯一の戦力を 手放したのだ、参加権を放棄したようなものである。触媒である聖遺 物をわざわざ用意していた人間とは思えない行動だ。 2人の反応など知ったことではないといった様子で、ケイネスは話 を続ける。 ﹂ ﹁抑止力が出てくる事態、それも状況がかなり特殊だ。今すぐにでも そもそも抑止力ってなんですか 聖杯戦争を中断したいくらいのな﹂ ﹁ちょ、ちょっと待ってください きるかもしれない、だなんて想定もしていなかったのだ。 の実力を見せつける為だけに来たというのに、とんでもないことが起 ケイネスの言葉に、ウェイバーの顔から血の気が引いていく。自分 ││それも、星の根幹に関わるような事態が想定される﹂ ﹁抑止力が出てくるということは、この儀式に何かしら致命的な欠陥 ライダーのぼやきに反応を返し、ケイネスは話を続ける。 ﹁貴様たちサーヴァントも、見方を変えれば精霊種に近い﹂ ﹁ふむ、余たちの英霊の座が置かれているのはガイアだな﹂ ﹁は、はい﹂ る。これは根源を目指す魔術師ならば常識だ、覚えておくことだな﹂ ﹁魔術師が根源を目指し、到達するとほとんどの場合抑止力が発動す る。 2つはともに、星、あるいは人類の現在を守るために抑止力を発動す 星の集合無意識││ガイアと、人類の集合無意識││アラヤ。この 見える形で現れることがある。精霊種や守護者などがこれだ﹂ だ。ふつうは目に見える形では現れないが、ごくまれに我々にも目に ﹁抑止力は人類、あるいは星が持つ集合無意識が作り出した安全装置 らしく淡々と説明が始まった。 をした。嫌味の1つでも返ってくるかと思われたが、そんな暇もない 視線が向けられる。それに窮しながらも、ウェイバーは再度同じ質問 ウェイバーの言葉に、お前そんなことも知らないのかと言いたげな ! 反面、ライダーはいつも通り落ち着いた様子で、ケイネスに質問を 71 ! 投げかける。 今現在、何かが起きているようには思えなんだが﹂ ﹁のう、抑止力はカウンター、つまりは起きた事態に迅速に対応する存 在ではないのか ﹁そこだ、そこが問題なのだ。どうやら君よりサーヴァントの方が頭 の回転が速いようだな﹂ ﹁うぐ﹂ 嫌味にもとれる正論に、言い返す言葉が見つからずに沈黙するウェ イバー。ようやくいつもの調子を取り戻してきたケイネスを睨みな がらも、情報を聞き逃すまいと集中する。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ﹁抑止力はあくまでカウンターだ。だがアーチャー曰く抑止力の権化 だというバーサーカーは召喚されている、これが問題なのだ。その理 由を答えよ、ウェイバー君﹂ ﹁え、えっと、ことが起きてないのになぜか抑止力の使いがいるんだ ﹂ ろ。だから、もうすでに手遅れな事態が目に見えないところで起きて いる⋮⋮とかですか ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ し聖杯戦争に問題があるのなら、外部から介入し、聖杯そのものを破 ても、サーヴァントとして正式に参加しているのは割に合わない。も ﹁さらに言えば、抑止力が発動し、あのバーサーカーが召喚されたにし 教え子に解説する先生のようだった。実際先生と教え子なのだが。 淡々とおかしな点を指摘していくケイネス。その様子はさながら、 いものだ。星の根幹に関わることだというのに﹂ 発動しているのなら、バーサーカーを真っ先に潰せと言うのもおかし 敵だ、一から十まで飲み込んでしまうのは些か軽率すぎる。抑止力が しか言っていない。抑止力が発動したとは言っていない。第一、奴は ・ だが考え方を変えてみろ、アーチャーはあれが﹃抑止力の権化﹄と 時計塔へ帰したのだからね。 ﹁それも、想定される事態の一つだ。これを懸念して、私はソラウ達を するウェイバーを無視し、さらに説明を重ねていく。 ウェイバーの答えにケイネスは﹁25点﹂と厳しい評価。む、っと ? 壊すればいい。アレはアーチャーの宝具を喰らっていた、そのくらい は出来るだろう﹂ 72 ? ﹁しかし、バーサーカーは正式なサーヴァントとして参加しておる。 そこが抑止力の本懐を達成するのなら矛盾している、とお主は思って いるのだな﹂ ﹁⋮⋮ライダー、今からでも私に乗り換える気はないか。話が早くて 大変助かるのだが﹂ ﹂ ﹁残念だが昨晩にその話については結論が出ているなぁ﹂ ﹁ちぃっ⋮⋮ わぁケイネス先生がすごい目で睨んできてる。ざまぁと言いたい が、言ったら言ったで何されるか分からないので黙ることにしたウェ イバーであった。 数瞬、蛇蝎のごとくウェイバーを睨んでいたケイネスだが、咳ばら いを1つし、気を取り直して説明を再開する。 ﹁想定される事態としては、先ほどウェイバー君が挙げた﹃水面下で事 態が進行している説﹄、そして﹃バーサーカーのマスターが意図的にア ﹂ レを召喚した説﹄、最後に﹃聖杯が招き入れた説﹄だ﹂ ﹁聖杯が アレのような規格外が現れているのだ。何かしらの異常が起きてお り、それを解決するために聖杯自らが招いた可能性もある﹂ まるで聖杯自身が意思を持つかのように話すケイネスに、ウェイ バーはついていけない。ケイネスはそれを察してか、溜息交じりに説 明をくわえる。 ﹁私とてこの推測は馬鹿馬鹿しいと考えている。⋮⋮が、ことがこと だ、どんな下らん可能性も切り捨てられん﹂ ﹁うむ、その姿勢は実にいい。この国には百聞は一見に如かずという 諺があるというが、何事も確認するまでは正解は分からん﹂ ライダーからの賛辞を気にも留めず、であるから、とケイネスは ウェイバーを見る。 ﹁この聖杯戦争に何かしらの異常がないか、時計塔から援軍が来るま でに事前に調べておく必要がある。だが、そうちょこまかとマスター が単独で動いていれば狙われる可能性が高いうえ、私1人では扱える 73 ! ﹁この戦争の始まりの御三家はアレを無色の願望器と謳っているが、 !? ﹂ 量が限られる。そこで、君を探しに来た﹂ ﹁ぼ、僕ですか ウェイバーの言葉に、実に不本意だがな、と苦虫を百匹は嚙み潰し たような表情で言うケイネス。自分の力ですべてやりきれないのが 悔しいのかもしれない。 護 衛 ﹁参加者の中で面識があるのは君くらいだからな。ライダーという強 力なサーヴァントもいる。助手としては⋮⋮実力が伴わないが、まぁ いないよりはマシだ。及第点としておこう﹂ つまり、聖杯戦争について調べる間、助手兼護衛として協力してほ しい、と。 状況が状況なだけに妥当な判断なのだが、それでも助手と言う立場 に││苦手な教師だとしても││立てるのは誇らしい。貶されてい たがそれはそれだ、今回は気にしないことにしよう。 ﹁分かりました、助手兼護衛、引き受けます﹂ ﹁ふん、当然のことだ。この私が頼んでいるのだからね﹂ あ、やっぱりこの人気に喰わない。そう思ったウェイバーだった。 ││ライダー陣営、ケイネスと同盟締結 74 ? 第13章│いっぽうそのころ│ ││欠けた夢を見る もっと、もっと見ていたい。 光を、闇を。人を、獣を。世界を、自らを。 この世すべてのものを、見ていたい。 だが、それは過ぎた願い。とうにこの身は朽ちかけ、今は滅びを待 つのみ。 嗤うしかない。そうであれと願われていたというのに、呼ばれてみ ればその通りの強さは持たない、かつてのままだったのだから。 嗤う、人々の愚かしさを。嗤う、愛おしい人々のことを。もはや己 にはそれのみしかできないから。 自 由 だが、もし叶うならば。 ﹁もっと、世界を知りたかったなァ⋮⋮﹂ ││欠けた夢を、見ていたらしい ぱちり、と、目を開ける。起き上がり、窓の外を見ることで大体の 時間を推測する。やっと、夜が明けたころだろうか。そろそろ朝食を 作らなくては、彼らが起きてしまう。 こそこそと足音をたてないように部屋を出て、台所へと向かう。そ の道中、ふと不思議に思った。 何故寝てしまい、夢まで見たのだろう、と。 ││││││││││││││││││││ アイリスフィール・フォン・アインツベルンはひたすらに困惑して いた。 昨晩の戦い││実質聖杯戦争初戦のあの戦いで現れた、抑止力だと いうバーサーカー。 75 あの後、セイバーに訊ねてみたが、彼女自身もあまり知らない、と いった様子だった。 ﹁申し訳ありません、アイリスフィール。わたしは正式な英霊ではな いためか、サーヴァントとしての知識が乏しいのです﹂ ただ、とセイバーは続ける。 ﹁大凡の推測は出来ます。おそらく、抑止力とは世界にある安全装置 ﹂ と呼べるものなのではないでしょうか﹂ ﹁安全装置 ﹁はい。世界が危機に瀕した際に発動する、防衛機構と呼べるものか と﹂ セイバー自身、この聖杯戦争に呼ばれるために、世界と呼べるもの と契約を交わしている。世界に││明確にかはさておき││意思の ようなものがあると仮定すれば、そんなものがあってもおかしくはな いと、セイバーは考えていた。 だが、直感が別の何かを告げている。あれはよくないものだ、世界 を滅ぼしかねないものだと。この直感を根拠にするならば、あれは安 全装置でも何でもなく、ただの破壊機構と言えるものである。だが、 そうなるとあの場でわざわざアーチャーが嘘を言ったということに なる。短い時間だけとはいえ、あのアーチャーが嘘を言うとは考えら れなかった。 ﹁ただ、推測で物事を考えるのはよくないことだと思います。アイン ツベルンの城になら、資料があると思うので、そちらから資料を取り 寄せるべきかと﹂ ﹁そうね。切嗣にも相談して、一度連絡をとって取り寄せましょう﹂ 直感による警告については告げず、セイバーはアイリスフィールに 助言をする。この胸の悪い予感が、何を示すのか。アーチャーの言葉 が正しくて、自身の直感が間違えているのか。複雑な疑念を抱きなが ら、セイバーは今日も、聖杯戦争に挑もうとしていた。 遠坂 時臣は思考していた。聖杯戦争の資料に一通り目を通して 76 ? みたが、過去において抑止力の使いらしきサーヴァントが召喚された 例も、介入された例も確認されていない。念のため、前回に関しては 監督役を務めていた言峰 璃正に訊ねてみたが、やはり抑止力のよう な、強い何かはなかったという。 ただ。 ﹁前回で今までと違った点として挙げるのであれば、アインツベルン がイレギュラークラスを召喚していたことでしょうな﹂ ﹁アヴェンジャー、でしたか﹂ だが、それはあくまで前回の話。アヴェンジャーが現れたのが問題 だったのなら、前回に現れている方が自然である。 この件は関係ないだろう、と時臣は結論付け、さらに調べを進める ことにする。 ﹁抑止力の使いであったとしても、今はサーヴァント。聖杯を手に入 れるうえで、倒さなくてはいけない敵だ﹂ 目的は不明。もしかすると、自分が根源へ至るのを阻止するために やってきたのかもしれない。発動するタイミングが少々おかしい気 もするが、その可能性も高いと考えながら、時臣は対策を考え始めて いた。 その後、相変わらず好き勝手しているアーチャーの豪遊っぷりをア サシンの報告で知り、頭を抱えることになるのだが。 雁夜とシオ、そして鶴野は顔を合わせていた。桜には自習と伝え、 昨晩のことを含めて話し合うためである。シオが話していなかった ことについて、さらに詳しく聞くためでもあった。 ﹁││昨晩については、以上だな。まさかアーチャーに、初見でいろい ろバレるのは予想外だ⋮⋮ちっ、時臣の奴とんでもないの呼び出しや がって﹂ ﹁マスター、どうどう﹂ ﹁俺は馬じゃない。で、こいつがまだ話してないことについて詳しく 話すのに、兄貴も呼べとうるさいからこうなった﹂ 77 ﹁ビャクヤもだいじなナカマだもん ﹁あーはいはい﹂ ﹂ ずっとまじゅつしのべんきょうしてたから、しってた だ ! りかけていたあの世界だからこそ、発動した存在だと。 ノヴァはカウンターであり、アラガミの出現で、緩やかな絶滅が決ま きないと、ぜったいにはつどうしない。そう説明するシオ。あくまで ホシのヨクシリョクなノヴァは、ホシにとってえらくないことがお だ﹂ そのあと、イノチをくばりなおして、また、セカイをつくりなおすん かくにして、ホシぜんたいをイタダキマスして、せかいをのみこむ。 ﹁ノヴァは、アラガミのなかでもちょっとちがうんだ。トクイテンを それで、ノヴァが、アーチャーのいってたヨクシリョクのゴンゲ。 えんのケモノ︾のオリジナルだ﹂ ﹁だぞ。で、このノヴァが、シオがみにつけちゃったホウグ、 ︽しゅう ﹁特異点は、ノヴァとかいうアラガミのコアを指してるんだったか﹂ がトクイテンのアカシだって﹂ ﹁マスターにはあのあといっただろ、つかえないホウグ。あれが、シオ く。 んな2人に対し、シオはいつものように、はきはきと答えを述べてい 妙に引っかかる言葉遣いに、雁夜も鶴野も眉間にしわを寄せる。そ 今は抑止力じゃない。 ﹁いまはヨクシリョクじゃないぞ﹂ ﹁⋮⋮抑止力じゃないのか、お前﹂ ﹁んと、アーチャーが、シオがそれとほぼおなじだって、きづいたこと﹂ ﹁なんで驚いたんだ﹂ からびっくりしたぞ﹂ ﹁あるぞ ﹁で、バーサーカー自身は抑止力とかいうのに心当たりはあるのか﹂ い。主にシオのせいだが。 先を促した。彼らに付き合っていたら何度話が脱線するか分からな ここ数日で案外仲良くなってきたな、と思いながら、鶴野は黙って ! ﹁アラガミをうみだしたのはホシだ。でも、それはミライのはなし。 78 ! こっち、このじだいでアラガミをうみだすのはできないぞ。だって、 まだホシはおこってないからな﹂ 星の意思が動かないなら、抑止力の力は発揮されない。そう、シオ ﹂ ﹂ は言いたいのだろう。ここまでは分かった、だがまだ、彼女が今は抑 止力ではないのかがわからない。 ﹁なんで、今のお前は抑止力じゃないんだ ﹁だって、このじだいにはノヴァ、いないだろ あまりにもあっさりと、当たり前のことのように告げられた言葉 に、思わずはっとする。そう、アラガミは彼女しかいない。ならば、彼 女をコアとしたノヴァが起動することはあり得ないのだ。 だが、懸念事項はまだある。それならば、彼女が持つ宝具が発動す れば終わりではないか。 その疑問を察したようで、シオは首を横に振った。 ﹁シオのホウグ、つかえないぞ﹂ ﹁なんでだ、こっちでも星の抑止力がそうしろって言ったら、できるか もしれないじゃないか﹂ ﹂ ﹁ううん、できない﹂ ﹁⋮⋮なんでだ に、シオはだって、と言葉を発する。いつものように、当たり前だと 言いたげに。 ﹁だ っ て、シ オ は い ま サ ー ヴ ァ ン ト だ ぞ。そ ん な お っ き い チ カ ラ つ かったら、このじだいのヨクシリョクにけされちゃう﹂ シオを生み出したのは、あくまで未来のガイアである。この時代の ガイアは、アラガミを生み出してすらいない。それゆえに、彼女を使 役することはできないし、むしろその権能をシオ自身の意思で││万 が一にだが││発揮しようとしたら逆に、この時代の抑止力に排斥さ れてしまうだろう。 ガイアの中には時間の概念がない、と言う可能性も否定できない が、今現在宝具が封じられているのを鑑みるに、この聖杯戦争で使え ばどうなるかはわかり切ったことであった。だからこそ、シオはサー 79 ? ? 納得いかないと言いたげな雁夜を制し、鶴野が訊ねる。その言葉 ? ってつ ヴァントである今は、抑止力の使いではないと言い切ったのだろう。 ﹁だいたい、ミライにいるシオがやってきて、かこをどかーん ﹂ ﹁ビンゴ⋮⋮でいいんだろうな。アーサー・ペンドラゴンの持つ、エク ﹁で、結果は﹂ たからな﹂ たし、隠していたということは、あれが真名に直結するものだと思っ 話とか逸話に似た剣がないか探してみた。黄金の刀身は特徴的だっ 士、見えた剣が星によってもたらされた兵器、ってのでとりあえず、神 ﹁まぁな、詳しいのは後にする。次、セイバーなんだが⋮⋮見た目が騎 ﹁ダレイオス三世との因縁があるやつか﹂ ﹁カミサマのにおい、ちょっとだけした﹂ も言うな﹂ ﹁ライダーは言わずもがな、イスカンダルだ。アレキサンダー大王と 笑みを浮かべているのをよそに、雁夜はさっさと配り、説明を始める。 達の資料だ。きっちり3部あるそれに、シオがにやにやと嬉しそうに する。その手にあるのは、今日起きてから調べ上げた、サーヴァント 鶴野の言葉を無視し、次はサーヴァントについてだ、と雁夜が口に ﹁ビャクヤ、もうちょっとだけガマンだ、な ﹁次は何を話し合うんだ。そろそろ酒飲みたい⋮⋮﹂ ﹁よし、バーサーカーについては、この位にしておくか﹂ えた気がしたが、さすがに気のせいだろう ││どこか遠くから﹁仕方ないじゃないか﹂という抗議の声が聞こ らなかったのだろうか、教育した人間よ。 けはきっちり成人している。それなのにこの言動なのはどうにかな 思わず納得し、雁夜も鶴野もシオを見つめる。やはり彼女、知性だ 矛盾が生じるのか⋮⋮﹂ きるな。今年で世界が終わったら、バーサーカーが生まれなくなって ﹁正確にはタイムパラドックスな。あー、そう考えると確かに納得で しちゃうぞ﹂ くりかえたら、シオのいるじだいがへんてこになるぞ、パラドックス ! スカリバーがヒットした。あいつ見た目は女だったけど、色々あって 80 ? ﹂ 男装してたんだろうな。あの恰好、堂に入っていたし﹂ ﹁セイバーもおうさまなんだな ﹁恐らくは。で、最後にランサーだが。黒子に赤と黄色の二槍で探し てみたら、見事ヒット。ディルムッド・オディナが引っかかった。こ いつは││﹂ 細かい逸話を説明し、3人で話し合いを重ねていく。それが中断し たのは昼頃、ご飯だよと桜が呼びに来た時だった。 81 ! 第14章│さいはころころ│ 何かあったのか⋮⋮﹂ 早めの昼食を摂っていたころ、それは放たれた。 ﹁教会からの招集命令 た。 ﹂ おはなしききにいくんだろ ﹁何してんだ、お前﹂ ﹁ん から、きがえてる ﹂ ? ﹂ ﹁え、たたかいって、きほんよるにしなきゃいけないんじゃないのか る可能性もある﹂ ﹁バーサーカー、今から行くところには他陣営も来るんだぞ、戦いにな だ、やりそうな気もするが、それはそれだ。 行く必要は無い。いや、言動に似合わず律儀な部分があるシオのこと 営が参加するというのに、わざわざ戦いが起きる可能性がある場所に シオの言葉に頭を抱える雁夜。今から向かう場所には、恐らく全陣 ﹁直接行く気か なら、シオのかっこうじゃだめだ やら着替えようとしている自身のサーヴァントを目にして、固まっ べきなんだろう、と使い魔を寄越そうと準備をしようとして││なに 教会から上がっている印に、雁夜が首を傾げる。一先ずは話を聞く ? だろ﹂ ﹁まちのなかだぞ、だいじょーぶだいじょーぶ それに、マスターはシオがまもるもん ﹂ ! ・ ・ ・ ・ ・ ・ シオ本人が聞いていたらそんなことない ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ と否定する思いを抱きな そんな彼女が守る自分も、もはや半分人ではないのだが。なんて、 のだった。 薄したのだ、彼女本人はどうであれ、その実力はやはり人外じみたも していなかった。宝具すらも使用していないで、あのアーチャーに肉 ・ のずば抜けた能力は、昨晩確認済みだ。それに、シオはまだ本気を出 ・ 自信たっぷりにそう胸を張られると、雁夜も脱力してしまう。彼女 ! ! 82 !? ! ? ﹁確かにそうだが、それを守らないで奇襲する奴もいる可能性もある ? がら、雁夜は渋々、彼女とともに教会へ行く準備を始めるのだった。 一方、ライダー陣営も、教会へ行くべく準備を始めていた。 もちろんそれは、教会の招集に応えた形でもあり、聖杯戦争の中断、 あるいは調査の協力要請や許可をもぎ取るためである。ケイネスが 教会へ向かうということで、ウェイバーもいそいそと用意を進めてい た。 午前中に色々と議論を重ねていたが、やはり情報が少ない。一番 手っ取り早く聖杯戦争自体に異常がないかを調べる為、聖杯の検分の 許可を取るのが大本命。次いで聖杯戦争の停止の判断が下れば上々。 最悪調査の要請に応えてくれるだけでも御の字だ。 ﹂ ﹁今になって思うんだけど、実物も見たことない聖杯を求めて争うっ て、なんかおかしくないか ﹁見えないからこそ、夢を持たせてくれるものもある。聖杯はそうい う存在なのだろう﹂ ウェイバーの最もな疑問に、ライダーが答える。霊体になるのを嫌 う彼もまた、教会へ向かうため現代の服装に着替えていた。 ﹂ 彼の答えにふぅん、と相槌を打つと、ふと思い浮かんだ疑問をライ ダーに投げかける。 どういうことだ坊主﹂ ﹁ライダー、お前はこれでいいのか ﹁ん ? わないんだぞ﹂ 彼は世界征服を成したいと言っていた。そのための足掛かりに、今 回の聖杯戦争に臨むのだと。だが、聖杯戦争が中止となればそれもか なわなくなる。この戦争の是非は置いといて、ウェイバーはそれが気 になったのだ。 気になったんだよ﹂ そんなことを気にしていたのか坊主 ﹂ だが、そんなマスターの疑問に、ライダーは笑って答えた。 ﹁はっはっは ﹁う、うっさいな ! ! ! 83 ? ﹁このまま聖杯戦争が止まって、もし中止になったらお前の望みは叶 ? ぷい、と顔をそむけるウェイバーに、ライダーは一転静かな笑みを 湛えて言葉を続ける。 ﹂ ﹁このままでも構わんさ﹂ ﹁││ 世界を救うことだ。どうだ、世界を丸ごと救うな ﹁もし此度の聖杯戦争が原因で星が滅ぶのだというなら、それを退け るというのは即ち わんばかりの表情で見ている。 ﹁本当に聖杯戦争に問題があるか分からないのにか ﹂ ることを、ライダーは喜んでいた。それを、ウェイバーは驚いたと言 英霊となった後にも関わらず、これほどの偉業に関わることができ ければできん事だからなぁ。 これに加担できただけでも、余は大満足だ。世界征服は、世界が無 ど、これほど胸躍る偉業はあるまいて﹂ ! ﹁え ﹂ いか﹂ たかは知らんが、これに携わることはお主にとってもチャンスではな ﹁なぁウェイバー。お主がどんな回答を期待、あるいは予想しておっ ﹁⋮⋮﹂ 世界が丸であることなども知らぬまま、死んでしまった﹂ ﹁元より余の生前も、その先は見えないことが沢山あったからなぁ。 ? 力を見せつけるいい機会だぞ ﹂ もっとも、見せつける実力があるかも問題だがな ﹁貴様ら⋮⋮それをわざわざ私の前で言うとはいやがらせかなにかか 主従のあたたかな空間が、そこに広がっていた。 を整える。 バーは準備を再開した。ライダーもその様子に満足そうに頷き、準備 そうと決まれば、さっさと着替えて教会に行かなければ。ウェイ 力を見せつけるための。 納得する。そうだ、これはチャンスだ。にっくきケイネスに自分の実 付け加えるように言われた言葉にむっとしながらも、ウェイバーは ! ? 84 ! ﹁ランサーのマスター││ケイネスだったか││の信を得て、その実 ? な ﹂ ││ケイネスが同室で準備をしていなかったらの話だが │││││││││││││││ 教会の招集に応え、使い魔を送り、その様子を見始めた切嗣は見え た光景に頭を抱えた。 昨晩大暴れをしたバーサーカーとそのマスター、ライダーとそのマ スターと、何故か││生きているとは思っていたが││ランサーのマ スターがわざわざ足を運んでいたのだ。 特に、魔術師然としたランサーのマスタ│、ケイネスが使い魔を寄 越さずに直接教会を訪れているのはおかしい。予想外のことが起き おまえもちゃんときたんだな、えらいぞ ﹂ す ぎ て、切 嗣 は 思 わ ず 頭 を 押 さ え た。そ の 隣 で は、舞 弥 と ア イ リ ス おー、ライダーだ フィールが心配そうにこちらを伺っている。 ﹁ん ! とか。 ﹁ほほう、バーサーカー達も来たのか 魔を寄越すのみだと思っておったぞ﹂ 他の者たちと同じように、使い 運動をしに来た少女とも言えなくもない。具体的に言えばそう、野球 ツ、赤のニーハイにスニーカーと、季節に合っていないことを除けば、 その服装は昨晩のぼろ布とは違い、白のシャツに白のショートパン 敵であるはずのライダーにも、気さくに声をかけるバーサーカー。 ! ﹁貴様たちも来たのはちょうどいい。この会合の後に聞きたいことが く。 バーサーカーにいかにも胡散臭そうな笑みを浮かべて話しかけてい 唯一冷静を保っていたケイネスが、咳払いでもって場を収めると、 が頭を抱えているのが見えて、思わず同情しかけてしまった。 らも大物である、無論、それぞれ別の意味でだが。双方のマスター陣 そんな気さくな敵ににこやかに対応するライダー。つくづくどち ! 85 ? ? ごまんとある、付き合ってもらえるかな﹂ ﹂ ﹁んなっ、誰がそんなこと、﹂ ﹁いいぞ﹂ ﹁バーサーカーっ 敵方にあるにも関わらずあっさりと了承したバーサーカーに、さし ものケイネスも驚きの表情を浮かべる。というかマスターの了承な 情報がどう く答えたバーサーカーにライダーのマスター││ウェイバーも瞠目、 ライダーに至っては大声で笑い始めた。 ﹂ ﹁バーサーカー、お前なに敵側の要請に応えてるんだよ 悪用されるか分かったもんじゃないってのに ! ﹁いや意味が分からん 結論から言う癖をやめてくれ﹂ ﹁だってマスター、あれ、ハカセのめとにてる。だからだいじょうぶ﹂ カーは不思議そうに首を傾げた。 んで揺さぶる。だがそんなこと別に気にしないとばかりに、バーサー バーサーカーのマスター││確か間桐 雁夜││が彼女の肩を掴 ! ﹁は ﹂ つ、もうたたかえないぞ﹂ コアをせいぎょするの、がんばってたときのめとおなじ。それにあい ﹁あのめ、おっきなもんだいにふれるときのめだぞ。ハカセがシオの た。これ以上頭痛の種を増やしたくない。 るのではなかったか、なんて今更な疑問からは目をそらすことにし ば、バーサーカーは狂化の影響で言語能力や思考能力が損なわれてい 雁夜からのお願いに、バーサーカーが説明を始める。⋮⋮そういえ ! ﹁なぁ、おまえのサーヴァント、もうこっちにはいないんだろ ﹁││何故分かった﹂ としていたのだろう。 ﹂ イダー陣営とともにきたのは、なんらかのやり方で同盟を組み、護衛 ても過言ではないのだ、あのケイネスが、戦いの舞台から。恐らくラ ダーも驚く。切嗣も驚愕していた。聖杯戦争を実質放棄したと言っ 素直にサーヴァントの不在を認めたケイネスに、ウェイバーもライ ? 86 !? 雁夜の反応を無視し、バーサーカーがケイネスに話しかける。 ? 切嗣は悔し気に唇を噛む。未だ本拠地の分からぬライダー陣営と 合流したのなら、ケイネスの打倒は非常に難しい。やはり昨夜念入り ランサーのあのかん に始末しておくべきだったか、と思うものの後の祭りである。 ケイネスの疑問に、バーサーカーが答える。 ﹁だって、おまえあの、ランサーのマスターだろ じだと、てきがいっぱいのところにくるのに、ついてこないのおかし いぞ﹂ 言動とは裏腹に理知的な考え、そして理由に切嗣は一気に警戒心を 強くする。バーサーカーでありながら、あれほどの知性を持ってい る。力も知恵もあるのは非常に厄介だ、真っ先に始末するべきだろ う。 一方、ケイネスはふむ、と考えて頷いた。 ﹁バーサーカーの癖に随分と賢いのだな。さすがは、星が生み出した 守護者といったところか﹂ ﹁んー、それ、ちょっといやないいかただぞ。シオのことは、シオって よんでほしい﹂ ﹁││それが貴様の真名か﹂ ﹁ん﹂ あっさりと真名を明かすバーサーカー││シオに対し、また雁夜が 反発するかと思われたが、至って冷静にしている。何か秘密があるの だろうか。 ﹁ふむ、今度もまた取り乱すかと思ったのだが⋮⋮そうでもないらし いな、バーサーカーのマスター﹂ ﹁まぁな。こいつの一人称が自分の名前の時点で、いずれバレるだろ ﹂ うし。第一、こいつの真名から来歴や弱点は絶対に分からない﹂ ﹁ほう れない││これはある意味大きい情報だった。 と、シオが雁夜を引っ張る。 ﹁なーなー、そろそろおはなしききにいかないと、おこられるぞ﹂ ﹁あー、分かったよ。ったく、なんで敵に情報を渡さないといけないん 87 ? 雁夜の発言に、ケイネスが眉を上げる。真名からは何の情報も得ら ? だ⋮⋮﹂ ﹁ふん、私たちも行くとしようか﹂ ﹁は、はい﹂ ﹁さて、どうなることか﹂ シオ達が入ったのを皮切りに、それぞれが教会の中へと入ってい く。 ││賽は投げられた、どう転ぶかは、カミのみぞ知る 88 第15章│キャスターとうばつ│ 監督役である言峰 璃正からもたらされた知らせは、ケイネスに とってはある意味渡りに船だった。 聖杯戦争のマスターに連続殺人犯がおり、キャスターを使役して神 秘の秘匿も関係なしに凶行を続けていること。ついてはいったん聖 杯戦争を中断し、キャスターを討伐、成し遂げたマスターには令呪を 一角譲渡されるということ。 これもまた、聖杯戦争の是非や、聖杯の調査をしやすくなるいい材 料になると、ケイネスは睨んでいた。 ﹁││では、質問があるものはこの場で申し上げるがいい﹂ その言葉と共に、璃正が集まった面々を見回す。使い魔でやってき ﹂ た者たちは無論質問などできるはずもない。そんな中、1つの手が挙 がった。 ﹁しつもん 元気よく声を出したのは││シオだ。ぴん、と手を真上に伸ばし、 ﹂ まるで生徒のように指名されるのを待っている。 ﹁なにかな 璃正もつい気を緩め、幼子に話しかけるように声をかける。 それとも、こっちにつれてくるのか ﹂ ﹁キャスターをたいじしたあと、マスターのほうをつかまえたら、そい つはケーサツにわたすのか ? ﹁質問ではないが﹂ スが手を挙げた。 ほかに質問はあるかね、と璃正が再度声をかけると、今度はケイネ のか、困ったように眉尻を下げている。 やはり魔術師とは分かり合えない。シオも似たようなことを思った の秘匿に関わるからだ。人命より自らの保身の方が大切というのは、 して監督役が指令を出したのは、犯罪行為を防ぐためではなく、神秘 璃正の答えに、雁夜が気に喰わない、と内心で吐き捨てる。今こう ることだ、先に処置しておかねばならないこともあるのでね﹂ ﹁マスターについては、一度こちらで引き取ろう。神秘の秘匿に関わ ? 89 ! ? ﹁なんだね﹂ 璃正から言外に許可が降り、ケイネスは立ち上がって話を始める。 ﹁参加者としてではなく、時計塔のロードの一人、ケイネス・エルメロ イ・アーチボルトとして提案、並びに要請する。一時的にではない聖 杯戦争の停戦と││聖杯の調査協力について﹂ ﹁⋮⋮それはどういうことだね﹂ ケイネスから出た予想外の言葉に、璃正が怪訝そうな表情をする。 雁夜達も突然のことに、思わず立ち上がって身を乗り出した。使い魔 でやってきた他陣営も、使い魔の目の向こう側で驚いていることだろ う。 璃正の問いかけにすぐにケイネスは答えず、シオに視線をやり、口 を開いた。 ﹁シオ、といったか。君はガイアの抑止力が遣わした守護者、であって いるかね﹂ 90 ﹁んーと、ちょっとちがう。でも、ホシがシオをつくって、ぜんぶつく りなおそうとしたのはほんとだぞ﹂ 教会前での約束事を守るつもりらしく、シオは正直に答えを返して いく。止めるのはあきらめたのか、真偽を見極めたいからか、雁夜も シオを止めない。 ケイネスは予想とは違った答えに、しかし動揺は表に出さないよう 努めて冷静に質問を重ねていく。その後方で、大きなリアクションを 取りかけたウェイバーがライダーに止められていた。 ﹁創り直そうとした、ということは、星││ガイアはそれをやめたのか ﹂ ﹁ではなぜ、終末捕食とやらはおきなかったのかね﹂ 体のしれなさを感じる。 うか。だとしても、やはりバーサーカーらしからぬ理性的な対応に得 きちんと順序立てて話すのは、先ほど雁夜が忠告したからなのだろ ホショクがおきかけたのは2071ねんだ﹂ ねんからきた、アラガミっていきもので、シオをつかったシュウマツ ﹁やめた、っていうか、このじだいではやってないぞ。シオは2075 ? ﹁シオが、みんなのカタチがなくなるのがイヤだったから﹂ そうなるのか ﹂ ﹁君は親であるガイアに逆らったと﹂ ﹁ん 分。 ﹁││では君は、未来ではすでに死んでいるのか ﹁いきてる﹂ ﹁生きながら召喚された理由に心当たりは﹂ ﹁ない﹂ ・ ﹂ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 即答したシオに満足そうに頷き、ケイネスは璃正に向き直る。 ? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ なくなった。彼女が抑止力としての権能を振るうのなら、顕現してす 抑止力が呼ばれたのだと考えたが、彼女の答えを聞いてその可能性は ﹁最初はこの聖杯戦争がすでに破綻しており、その原因を消すために 何も言い返すことはできなかった。 ただろうが、残念ながら彼は遠く離れた城でこの講義を聞いている。 今この場に、あの死んだ目の魔術師殺しがいたら盛大に抗議してい とっては││大変に重い推論だった。 異 常 が 出 て い る。そ れ は 参 加 者 に と っ て は │ │ と く に あ る 陣 営 に その言葉に、雰囲気が一気に重くなる。聖杯││この催しの景品に ﹁私は聖杯に異常が出ていると考えている﹂ それは何故か。 つまだ生きているというガイアの守護者がここにいる。 だが、現実として、召喚されるだけのきっかけも分からず、なおか ればあり得ないと私は推測する﹂ ・ ヴァントになるにはそれこそ、世界と契約をするくらいの事をしなけ ・ 物だ。サーヴァントは死した英霊がなるものであり、生きたままサー ・ ﹁この通り、彼女はガイアの使いであり同時に、まだ死んでいない生き ・ を投げかける。それは、問答を重ねていく中で一番引っかかった部 ケイネスはこめかみに青筋を立てながらも、静かな口調で更に疑問 たまに抜けている部分があるから、シオは油断が出来ない。 肝心なところで分からないと首を振るシオに、雁夜が額を抑える。 ? ぐにその終末捕食とやらを引き起こせばいい﹂ 91 ? だが、彼女はそれをしていない。いないどころか、マスターと││ 見たところ││良好な関係を築いている。 ﹁さらに言えば、彼女は未来からやってきたという。ならばこの時代 で終末捕食を引き起こせばタイムパラドックスがおき││世界は破 滅するだろうね﹂ あっさりと言い切ったケイネスに対し、声を出さないようライダー に止められているウェイバーの顔は青を通り越して白くなっている。 ライダーも常ならぬ真剣な表情だ。 ﹁ならば抑止力としてではなく、ただの英霊として召喚されたのかと 思えば、これも違う。理由は先も言った通り﹂ 反論するものもいないためか、そこはケイネスの独壇場になってい た。ゆっくりと教会内を歩き、壇上にいる璃正に近づく。 ﹁そ れ に 加 え て、こ の 儀 式 に は 全 く 相 応 し く な い 行 い を す る キ ャ ス ター陣営の登場だ。ここまで異常事態が起きているのだ、聖杯戦争 か、あるいは聖杯自体に何らかの異常が出ているのではないか、と疑 問を覚えるのは至極当たり前だろう﹂ よって、とケイネスは笑みを浮かべて再度結論を述べる。 ﹁私は聖杯戦争の停戦、そして聖杯の調査の協力を要請するに至った のだ﹂ 反論すべき部分がないように見える一連の話に、その場で聞いてい る面々は感心していた。特にウェイバーは、信じられないと言わんば かりに瞠目している。 彼の述べた理由が││ぶっちゃけこの場で作り上げたものだから だ。無論、でたらめでも何でもない。ただ、今まで推測していた仮説 の根拠が正しくなかったために、その場で出てきた情報を元に再度根 拠を作り直しただけ。⋮⋮その﹁だけ﹂の作業を、動揺を表に出さず にやってのけるのは至難の業ではあるが。結果的に結論が同じだっ たからこそ、できた芸当だったのかもしれない。 シオは内心で拍手を送る。自分がここにやってきた理由は分から なかったが、特にそれを気にせず、間桐家のために戦う決意をしてい た彼女。だが、この戦争、ないし聖杯自体に問題があるというのはあ 92 る意味で大問題だった。雁夜から﹁お前まだ生きてたとか初耳だぞ﹂ という無言の抗議が飛んでくるが、それはそれ。 璃正は沈黙を保っている。ケイネスは答えをひたすらに待ってい る。反論するとすれば﹁それらは今聞いたことだ、でっちあげだろう﹂ というくらいだが、それでも彼が出した結論を崩すことはできない。 材料が今手に入ったものだとしても、結論の根拠に足りうるものだか らだ、感情で無碍にすることはできない。 ﹁││その件については、いったん保留とさせてもらう。審議の上、結 論を出すことにしよう﹂ どれほどの時間が経っただろう。璃正の口から出た答えは、結末を 引き延ばす答えだった。 その答えに、ウェイバーは肩を落とすが、ケイネスは動じていない。 もとより聖堂教会と魔術協会の仲は宜しくない。魔術師の忠告を、聖 堂教会の人間がはいそうですか、と聞くとは思っていなかったのだ。 そしてさらにその後を追うように雁夜達が出ていき、使い魔も去っ ていく。 1人のこされた璃正は頭痛がしてきた頭を押さえ、審議を行うため に教会奥へと向かう。 審議をするとは言ったものの、先ほどの根拠に反論しうる事象は無 く、またそうだったとしても彼の提案を退ければ、魔術協会側から何 かしらの圧力がある可能性が高い。あれは二択に見せかけた一択の 要請だった。 今頃、同盟者の時臣も、息子の綺礼も同じように頭、あるいは胃を 93 それに今現在、キャスター討伐までという期間限定とはいえ停戦とい う報せがでた。今ならばある程度自由に調べ物ができるだろう。 ﹁それは何より。良い結論を期待している﹂ ﹂ ふん、と鼻を鳴らし、ケイネスは教会を出ていく。 ﹁あ、ちょ待ってください先生 ﹂ ! ﹁⋮⋮まぁ、何か嫌な予感がしてきたしな、聞けるなら聞くか﹂ ﹁なーなーマスター、あいつにくわしいこと、きこ その後を追うようにウェイバーとライダーも続く。 ! 痛めているかもしれない。そう思いながら、璃正はこれからの事を考 えることにした。 ││ある場所にいる、ナニカが嗤う ││もっと、見せてくれと ││もっと、光を、と 94 第16章│アラガミ│ 切嗣の表情は暗かった。いや、むしろ死んだと言えるくらいに沈ん でいた。 ││星の意思が、未来で世界を創りなおそうとした それは、今の世界を生み出したもの自身が否定したという事。そし て、自分が聖杯でもって﹁恒久的世界平和﹂という願いを叶えるとい う目的が、達成されなかったということ。 実際はヨハネス・フォン・シックザールという人物が意図的に引き ア ラ ガ ミ の 意 思 の 代 行 者 起こしたものだったのだが、それを彼が知る由はない。しかしその数 年後に同じように終末捕食が、今度はラケル・クラウディウスによっ て引き起こされたのだから、シオの事件の折も、抑止力が動いていた のかもしれない。どちらにしろ、今の切嗣が知るわけがない。 結果的にシオ自身がそれを取りやめ、世界は続いていくらしいが、 それでも自分の目的が達成されないと遠回しに通告されたのは、切嗣 にとってショック以外のなんでもなかった。 そんな切嗣の傍らで、アイリスフィールはどう接していいか分から ずに、ただ寄り添っていた。本当は今すぐにでも戦争をやめて、城に 置いてきた愛娘と、側近の彼女と共にどこか遠くへ行こうと言ってほ しい。だが、切嗣はそれを望まない。それを知っているから、アイリ スフィールはそれを提案せず、ただ寄り添うことにしたのだ。 だがそれと同時に、不可解なことをが思い浮かぶ。 聖杯に異常があるのなら、何故自分は気づいていない││ その疑問に答えられるものは、今この場にはいなかった。 ないのだ。 杯戦争に参加したのか、どうしてあんな手段をとるのか。何も、知ら ││そう、分からないのだ。話してくれないのだから、彼が何故聖 ろうか。自分には分からない。 く沈んでいる。それほどまでに、彼の聖杯にかける望みは大きいのだ 関わろうとはしないマスター。態度でもって拒絶してくる彼は今、酷 セイバーは、複雑そうな目で2人を見つめていた。自身とは絶対に ? 95 ? 何も知らないのに、これでは彼を軽蔑することも、認めることもで きない。己の目だけでは、彼の事をはかり知ることはできない。話し てくれなければ、協力もできない。これは││ただのわがままなのだ ろうか。人の心が分からないから、分かるために聞きたいと思うの は。 質問は山ほどあるが、今それを彼に尋ねるのは酷であることくらい はセイバーには分かった。分かったから、ひたすら、見守ることにし たのだった。 そして、久宇 舞弥は、そんな彼らを少し離れたところからそっと、 見守っていた。 一方、ある陣営に精神的に大ダメージを与えたとはつゆ知らず、シ オと雁夜はケイネス達を追いかけていた。とはいっても、身体能力が ﹂ バーサーカーにそのマスターよ﹂ 96 人一倍な2人だ、歩いている面々に追いつくのはあっという間だっ た。 ﹁なーなー だ﹂ ﹁間桐 雁夜。御三家の人間だけど、1年前までは出奔してた一般人 ﹁貴様、名前は﹂ 雁夜の訴えに、ケイネスが足を止めて振り返る。 らない。 決めたのだ。桜と共に生きると決めたのだ、不測の事態は防がねばな が原因でこの地で何かが起きるなら、それを阻止するのを優先すると それは聖杯戦争の最中で達成可能であり、優勝は二の次である。聖杯 臓硯が無力化されたため、今の雁夜の最大の目的は時臣の打倒だ。 を防ぎたい﹂ 事情があって参戦してたけど││何か不味いことが起きるなら、それ ﹁詳しく事情を聞きたい。俺たち、聖杯には興味がないんだ。色々と ﹁どうした シオの呼び声に、ライダーが振り向く。 ! ? ﹁確かに、その見た目からして急造の魔術師だと判別ができるが⋮⋮ 中身と些か合わない、どういうことだね﹂ ﹁それは⋮⋮﹂ ﹁シオがやったんだぞ﹂ と悲鳴を上げるが、ケロッとした様子で話し出す。 言いよどむ雁夜の代わりに、シオがまたもあっさり白状する。雁夜 がバーサーカー ﹁だって、おまえからのしつもんにはこたえる、ってヤクソクした。だ から、ちゃんとこたえる﹂ どうやら、ケイネスと交わした約束は本人の中で未だ健在らしい。 律儀と言うか、ちょろいというか。 ﹂ ケイネスはふむ、と顎に手を当て、シオを見つめる。 ﹁詳しい事情は、どこまでなら話せる﹂ ﹁んーと⋮⋮マスター、どこまでならいい ﹂ ウェイバーは、自分がここにいるのは場違いなのでは、と考えてい ││││││││││││││││││ もっともな提案に、その場にいる全員が頷いた。 ンとか、どうだ﹂ 拠点に招くのは、色々と問題があるだろうから、個室つきのレストラ ﹁ただ、ここは街の往来だから、どこか室内で話をしたい。それぞれの 目をそらした。 ダダ漏れ過ぎてハードルが下がりに下がっていることからはそっと 時臣にだけ情報が渡らなければいい、と雁夜は内心で呟く。情報が いからな﹂ 格外だからどうとでもなるし、俺たちは優勝するのが最終目的じゃな ﹁もう大体話してるようなものだし好きにしろ⋮⋮第一、能力自体規 ? マスター、ライダー、これうまいぞ ! た。 ﹁ん、うまいなこれ ! 97 !? ﹁これか ん⋮⋮あ、確かに旨い﹂ ﹂ ﹂ ? ﹂ ! 雁夜の怪訝そうな視線に気づいたのか、ケイネスが鼻で笑う。 ない人間にあっさりと内情を話すとは││この人、何を考えている 何より、情報をあっさり開示したことも驚きだ。敵であるかもしれ 夜にとって、ケイネスのフットワークの軽さは意外だったのだろう。 のは早くて昨晩のことだ。魔術師とは引きこもりだと思っていた雁 の速さに驚く。彼の言い分から推測するに、そうしようと思い立った ケイネスの言葉と、先の教会での言動を照らし合わせ、雁夜は行動 情報は集めようと思い、今朝手を組んだばかりなのだ﹂ まで早く見積もっても1週間はかかるだろう。その間にある程度の とランサーをロンドンに帰して助力を請うよう頼んだが、援軍が来る ああ、私の婚約者で、ランサーの魔力供給を担当してくれている││ ﹁始めに言うが、我々が持っている情報はほとんどない。ソラウ││ 替えの早さは、やはり参加者としての実力なのだろうか。 その言葉と同時に、先ほどまでの空気が一変する。こういった切り ﹁⋮⋮一先ず、本題に入ろうかね﹂ と、ケイネスが咳ばらいを1つ。 カーがいる時点でわかり切っていたことでもある。 まである。どうしてこうなった。いや、自由人なライダーとバーサー と、食事をしながら情報を交換することになったのだが、このありさ ンは空いていた。奥に案内してもらい、それぞれ自己紹介をしたあ 昼食を過ぎた時分ということもあり、個室つきのフレンチレストラ ふわでおいしいのに、なぜかむなしい気分になった。 脳内にとどめておいた。ぼそぼそと、配膳されたパンを頬張る。ふわ 先生、あなたもなんだかんだで打ち解けてます、というツッコミは ﹁食べるか ﹁あ、ケーネスもくうか ﹁貴様ら何故そこまで打ち解けているのだ⋮⋮ ﹁ふむ、バーサーカーが示す料理は皆旨いのう﹂ ? る返礼と言うことだ。急造とはいえ魔術師、それも今回の聖杯戦争の ﹁貴様らはこちらの提案を呑み、我々に情報を提供した。それに対す ? 98 ! 異変の象徴であるサーヴァントのマスターだ、借りを作る気は毛頭な い﹂ 元よりケイネスは確かにプライドは高い。魔術師以外は見下し、魔 術師であっても血筋に問題があると判断したら歯牙にもかけない人 間だ。 だが、今回の場合、異常事態が発生している。血筋だの元一般人だ のという括りで考えていたら、足元を掬われるだろう。早朝のあのホ テル爆破がいい例だ。 今回の異常事態は自身が解決し、神秘の秘匿を完璧に行い、被害を 出さないことが、自分の義務だとケイネスは考えていた。その為なら 利用できるものは利用するだけだと。 ノブレス・オブリージュ││特権を持つが故に負うべき義務。ケイ ネスはそれが今回の聖杯戦争の対応に当てはまると判断したのだ。 ケイネスの言葉に、雁夜は一応納得したことにした。その隣でウェ ﹂ を取り出して説明を始める。 ﹁イギリス英語で問題ないか ﹁当たり前だ﹂ ﹂ ? ﹂ 99 イバーが、目玉が飛び出んばかりに驚いているのからはそっと目を逸 らして。 ﹁では、今度はそちらから情報を貰うとしよう。いいな ﹁シオはいいぞ﹂ ﹁まぁ、そういうことなら﹂ ﹁感謝する﹂ ター、いいか ﹁ん ー と、シ オ が は な す と た ぶ ん い ろ い ろ ま ざ っ ち ゃ う か ら、マ ス 文字通り全て﹂ ﹁まずは君の能力について、詳しく聞こうか。抑止力として、ではなく 式ばった礼を言い、質問に移る。 雁夜とシオの応えに、ケイネスは当然だという態度を取りつつも形 ? 全く、とため息を吐きながらも、雁夜は携帯していたメモ帳とペン ﹁仕方ないな⋮⋮﹂ ? ﹁んじゃ始めるぞ。まず、こいつはアラガミという生物だ。見た目は 人型だが、他のアラガミは獣の形をとっている﹂ そう言いながら、雁夜は手早く人の形のイラストを描いていく。 ﹁アラガミと言っても、こいつら自身はオラクル細胞という単細胞生 物が集まって組みあがった、そうだな⋮⋮一種の群れ、群体生物だ﹂ ってことは、1人に見えるけどこいつ、無数の生物が集まってる ﹁は ない﹂ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ﹁なんでだよ﹂ び ・ ・ ガミが誕生したのだ。 増やしていった。そんな中で司令塔ともいうべきコアが生まれ、アラ のから食べ、学習した内容から己を強くしていき、食べられるものを 学 無論、はじめからすべて食べられるわけではない。最初は小さいも ﹁そして││武器を食べれば、その性質、使い方を学ぶ﹂ いう事。樹を食べれば樹の性質を、石を食べれば石の性質を。 オラクル細胞の特異性││それは食べたものの情報を得られると ﹁何も知らないからだ。だから、オラクル細胞は学習する﹂ ・ と言って生まれた時から様々なものを真似ることができるわけじゃ ﹁オラクル細胞はさっきも言ったように単細胞生物だ。だが、だから そして、オラクル細胞の厄介な部分はそこにも関係している。 ﹁ああ。オラクル細胞はただ変化しているだけだ﹂ ﹁進化、ではないということか、その口ぶりからするに﹂ 割を果たしているのだな﹂ ﹁つまり、そやつの細胞とやらは、様々なものに変化してそれぞれの役 ように見せている﹂ たるものだ。そいつが指令を出して、オラクル細胞を変化させて人の ﹁こいつの人格を象っているのは、コアという、人間で言う脳みそにあ を無視し、雁夜は説明を続ける。 シオ本人からの肯定に、ウェイバーがあんぐりと口を開ける。それ ﹁そだぞ﹂ ﹂ のか ? ﹁バーサーカーが言うには、こいつの時代のアラガミにはもう既存兵 100 ? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 器の何もかもが通用しない。人間はアラガミを武器型の生物に改造 ・ して、それを使える人間が前線にたって人類を守っているらしい﹂ ﹁何もかもって、それじゃまさかこいつにも﹂ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ﹁ああ││スキル、オラクル細胞。こいつには、自分がいた時代より前 の人工兵器が効くことは無い﹂ 101 第17章│たいかとつぐない│ 人工兵器の類がすべて効かない││ 神代、あるいはそれに近い時代にも匹敵する規格外のスキル。どこ ぞの神話の英雄ですら、一度攻撃を喰らってから対処するというの に、彼女にはそのステップすらない。 これを真正面からやりあって勝てる可能性はあったのか。ケイネ ゲ イ・ ジ ャ ル グ スは││今はもうあり得ないが││そのもしもを推測する。 ランサーの武器の内、破魔の紅薔薇はドルイド、つまりは人から贈 られたものとされているので、恐らくは効かない。というか魔術的部 ゲ イ・ ボ ウ 分を持ち合わせていないのだから、武器以外の用途がない。対して 必滅の黄薔薇だが、こちらは妖精王より贈られたもの。人工兵器には 当たらないと思われる。こちらで治癒不可能の傷を与え続けていた ら、或いは││いや、とケイネスは内心で首を振る。オラクル細胞は 102 学習し、対処する。何度も戦っているうちに対処法を思いつかれる、 或いは槍を折られたら意味がない。とんだスキルだなこれは。 もしもを考えて改めてその恐ろしさを実感しながら、件のサーヴァ ントを見る。無邪気に咀嚼している彼女は、ケイネスに見つめられた ことに不思議そうに首を傾げた。 ﹁続きいくぞ、次はこいつの特異性についてだ﹂ そう言って、雁夜は先ほど書いた人型にある単語を書く。 ﹂ ﹁Singular point⋮⋮特異点、か。これがこいつと関 係してるのか a﹂と書いた。 を書き、 ﹁core﹂と記す。そしてそこから矢印を伸ばし、 ﹁nov 説明を続けながら、人型のイラストの胸、人で言う心臓の辺りに丸 る⋮⋮今のこいつは宝具として持ってきちまってるがな﹂ かった。バーサーカーはあくまで抑止力の起動キー、本体はべつにあ ﹁と は 言 っ て も、こ い つ だ け で 抑 止 力 と し て 完 成 し て る わ け じ ゃ な そして、バーサーカーが星の抑止力たる所以。 ﹁これがバーサーカーのコアの名前であり、アラガミとしての呼称だ﹂ ? ﹁ノヴァ││終末捕食、生命の再分配を行い、世界を最初からやり直す へんか ためのアラガミ。それを動かすのに必要なのが特異点、人型を取りう るまで進化したアラガミのコアだった﹂ 改めて、未来で星がすべてを滅ぼそうとしたのを聞いて、3人の表 情は暗くなる。一体、未来で何があったのか││それは今を生きる者 にも、過去に生きたものにも分からないことだった。 比較的切り替えが早かったライダーが、質問を投げかける。 ﹁ならば、何故その終末捕食は起きんかったのだ﹂ ﹁いや、おきたぞ﹂ 今まで静観していたシオが、突然口を開く。だがその答えは、先ほ ど 教 会 で 言 っ て い た こ と と は 違 っ て い た。怪 訝 そ う な 表 情 で ラ イ ダーが言葉を返す。 ﹁先ほどはやめた、と言ったではないか﹂ ﹁んーと、やめたのはチキュウをイタダキマスすることだ。シオ、いっ た﹂ ﹂ だから、シュウマツホショクはおきたけど、やめたっていったんだ ぞ。 シオの言葉にその場にいたマスター組が頭を抱える。ライダーは その限りではないが、苦笑していた。言葉が足りない、圧倒的に足り なすぎる。だが、雁夜は今の言葉を聞いてふと、初日の時に聞いたこ とを思い出した。 ﹁未来の月からきたってそういう事かよ⋮⋮﹂ 比喩でも何でもなく、彼女は未来で月に住んでいたのだ。嘘は言っ てないが、誤解を招きかねない言い方しかしてない。厄介この上な 103 かいノヴァにとりこまれたんだ﹂ ﹁はぁ 様子でご飯を頬張りながら答え続ける。 ? て、ツキにとんだんだ。そのときツキをノヴァにイタダキマスさせ ﹁でも、そこからなんとか、えっと⋮⋮シュドウケン をとりかえし きの声を上げる。シオはいつものようになんてことは無い、と言った どうやら雁夜も聞いていなかったことらしく、ウェイバーと共に驚 !? い。 頭を抱えているケイネス達に、何を勘違いしたのかシオが更に言葉 を重ねる。 ﹂ ﹁あ、でもこっちだとぎゃくにヨクシリョクがじゃまして、ホウグのノ ヴァはつかえないぞ。だから、だいじょうぶ えへん、と胸を張るシオ。違う、そうじゃない。だが、この情報は 大きいものだった。 ﹁終末捕食の宝具は封じられているのか﹂ ﹁そだぞ﹂ 未来の抑止力が生み出したモノが、同じ抑止力によって封じられて いるというのは、なんとも皮肉なものである。だが、これでやはり、彼 女が抑止力の役目を担うためにやってきたわけではない、ということ の裏が取れた。あとは、まだ生きている彼女が召喚されたわけを探る だけ。 となると、次にするべきことは資料の調達か。と、雁夜が口を開く。 ﹁今度はこっちの番だ。あんたが行動を起こした切欠は、なんとなく 察しが付く。この後どうするつもりか、教えてもらおうか﹂ ﹁今現在はやはり情報が不足していてね。監督者の助力がもらえてい たのなら、今頃は教会で資料を漁っていただろうな﹂ ﹁でもそれはできてない﹂ ﹂ ﹁ああ。ならば次にすべきことは、豊富な情報源の確保だ。││君は 賢そうだ、ここまで言えば分かるかね まり、間桐の書庫に入らせろと言っているのだ。雁夜が協力姿勢を見 せた時から考えていたのかもしれないが、このタイミングで来るか。 言い方と、元より魔術師への嫌悪感で顔を顰めながらも、雁夜には 反対する理由はない。この問題には真摯に取り組んでいると見える し、桜を人質にとるようなこともしないだろう。 ﹁⋮⋮分かった、間桐の屋敷に案内する﹂ 雁夜の応えに、当然だと言いたげにケイネスは鼻を鳴らす。その不 快な表情に、やっぱり魔術師は気に入らないと雁夜は痛感した。 104 ! ケイネスの食えない笑みに、雁夜が不快感を示しながらも頷く。つ ? ぐぬぬと言いたげな雁夜と、得意満面なケイネスの間で、ウェイ バーは頭が痛くなるのを感じ、シオとライダーは相変わらず、食事を ﹂ 楽しんでいた。 ﹁はぁ 間桐家の屋敷にて、帰ってきた雁夜から話された内容に、鶴野は間 抜けな声を上げる。 キャスター討伐令が下された、ここまでならまだいい。問題はその 後だ。 曰く、聖杯に何らかの異常がある。 曰く、その為に情報がほしいと別陣営のマスターから要請があっ た。 曰く、今そのマスターが門の前にいると。 鶴野はたっぷり10秒、雁夜から聞かされた話を再度かみ砕き。 ﹁⋮⋮大丈夫なのか﹂ 一 言、そ う 訊 ね た。何 が 大 丈 夫 な の か は 恐 ら く、言 わ な く て も 分 かっているだろう。雁夜は鶴野の疑問に一瞬考えた後、大丈夫だ、と 答えを返した。 当事者である雁夜がそう言っているなら仕方がない。鶴野はいい ぞ、と言って、リビングで自習をしている桜のもとへ向かう。桜に事 情を話して自室に帰らせたら、久しぶりにゆっくり酒でも飲むか。そ んなことを思いながら、リビングに顔を出す。 ﹁桜﹂ 鶴野の声に、テーブルに向かって勉強していた桜が顔を上げる。相 変わらず表情も瞳も死んでいるが、雁夜の治療が行われたころから少 しずつ、雁夜以外の面々とも言葉を交わすようになっていた。 鶴野はリビングの入り口に立ったまま、これから書庫を使うという 人間がくることを伝える。見知らぬ人間がいても気にするな、とも付 け加えるが、桜は頷くだけだ。何かを聞き返したりもしてこない。自 分がやったことも関係しているとはいえ、子ども特有の無邪気さがな 105 ? くなってしまったのは、勝手ながらやはり寂しい。 ﹁とりあえず自室、戻っておいた方がいいぞ。書庫には近づくなよ、い いな﹂ その言葉に桜はこくりと頷いて、道具を片付けて自室へと歩き始め る。一応送った方がいいだろうと、鶴野もその後を追った。 小さな歩幅に合わせるのは容易で、だが桜はそれに加えて、どこか 覚束ない足取りであっちにふらふら、こっちにふらふらとしながら歩 いている。見ていて気が気ではない。まっすぐ自室へと向かってい ることだけが救いではある。通り道に書庫は無いから、来るであろう 他陣営の魔術師とサーヴァントには会わないはず。 ││ほう、ここが御三家の屋敷か ││御三家っつっても、間桐はだいぶ廃れてきてるらしいけどな 階段を上がっていると、件の魔術師と思われる声と、雁夜との会話 が1階から聞こえてきた。桜の足が一瞬止まる。だがすぐにまた階 ﹂ 106 段を上がり始めた。 ﹁⋮⋮挨拶、しに行くか てたことだけど。 どうしよう、と鶴野が悩んでいると。 ﹂ ﹁││すか﹂ ﹁ん と鶴野が聞き返すと、 るその言葉に、桜は首を傾げた。これ無自覚な奴だ、いや分かり切っ 理由らしきものを挙げるとしたらそれしかなく、苦し紛れともいえ ﹁ほら、お前雁夜の奴に懐いてるじゃん﹂ して、そのまま見つめ返す。 目を逸らしたくなるが、ここで逸らせば何かが決定的にすれ違う気が わらずの無表情で、何も言わずに鶴野を見つめてくる。気まずさ故に 鶴野の言葉に、ゆっくりと桜が振り向く。教材を抱えたまま、相変 したかったという事なのではないか、と推測したのだ。 つい、そう声をかけてしまう。今一瞬止まったのは、雁夜に挨拶を ? 桜が小さく、何かを言った。どうしたんだ ぽつり、とつぶやいた。 ? ? ﹁私があいさつにいったら、おじさん、よろこぶと思いますか﹂ その言葉は、周囲の機微に鈍感にならざるを得なかった桜だからこ そ出る疑問でもあり、人の心を分かろうとする姿勢が出てきたことの 現れだったのかもしれない。 だが、この時の鶴野はそんな深くまで事情を考えることは出来ず、 ﹁あいつのことだし、何で出てきちゃったんだとか言いながらも、笑っ てただいまって言うんじゃないか﹂ そう、答えを返すだけだった。 鶴野の言葉に何を感じたかは分からないが、暫し考えた後、階段を 下り始める桜。雁夜に挨拶に行くらしい。鶴野は先回りをして1階 の廊下に立ち、桜が下りてくるのを待つ。 はっきりいって、すぐにでもこの場から離れたい気持ちがある。自 身の身の安全のために、蟲蔵へと彼女を放り込んだ記憶は頭に焼き付 き、酒を自重するようになってからは夢にまで見るようになった。最 107 近手が震えるのが、禁断症状だけではないということは、自分以外知 らない。 悪夢のせいで現実の桜にも、恐怖を感じてしまうこともある。だ が、それが自身の罪であり、逃げてはいけないのだとも思う。今まで 散々逃げてきたのだから。 桜が階段を下り切ったのを確認して、書庫へと向かう。桜は兎も 角、自 分 が 顔 を 出 し た ら、あ の 弟 は な ん と 言 う だ ろ う か。バ ー サ ー カーはどんな行動をしてくれるだろうか。 なんとなく想像は出来る。 ﹂と笑って言葉を返してくれることだろう。 きっと、雁夜は顔を顰めながら﹁何で来た﹂と言って、バーサーカー は﹁ただいまー も思えた││ ゆっくりと歩く2人。その距離感は当初より、縮まっているように ! 第18章│べんきょうかい│ 間桐の書庫へ案内され、ケイネスとウェイバーは調査を開始した。 ライダーはその傍らで興味の赴くまま本を漁り、シオはケイネス達が 示す資料を取ってきながら、合間にライダーや雁夜とキャスターにつ いて対策を建てている。聖杯戦争の続行が危険であると推測される ため、たとえ魔術師的にアウトな行為を行っているキャスターといえ ども、殺すわけにはいかなくなったのだ。 ﹁捕らえるにしたって、相手の実力は未知数。情報を探りたいが時間 が惜しいし、何より先に別勢力が討ち取るのも危ない﹂ ﹁ふむ、随分と難易度の高い戦いよな。危険性があるとはいえ、死なせ ずに捕まえるなど﹂ ﹁ほんきょちがわかんないからなー﹂ そう、相手がどこを拠点としているかが分からない以上、奇襲をし 108 かけてとらえるという策が使えない。じっくり調査して捕まえたい ところだが、時間をかけることもできない。その場その場での対応が 求められる事態となっていた。 ﹁拠点を探すか、マスターかキャスターを探すか﹂ ﹁でもシオたち、そいつらのことなんにもしらないぞ﹂ ﹁⋮⋮いや、今出ておる情報である程度はつかめるかもしれん﹂ でも魔術に関しては載っていないだろ﹂ そう言ってライダーが広げたのは、今朝方の新聞。 ﹁それ、新聞か ﹁⋮⋮おかえりなさい。おじさん、と、バーサーカー﹂ と、小さく、桜が呟いた。 口で固まった桜を、鶴野がほら、と言って促している。 見知らぬ人間が多くて驚いたのは桜達も同じだったのだろう、入り 夜に至っては鶴野に非難の目を向けている。 知らぬ人物にケイネス達は眉を顰め、シオと雁夜は目を見開いた。雁 庫の扉が開いた。そこにいたのは、自室に帰ったはずの桜と鶴野。見 そう言ってライダーが新聞のある一点を示そうとした時、ふいに書 ﹁お主、記者であろう。自身の職の情報能力を侮ってはならん﹂ ? ﹁あ、ああ ただいま、桜ちゃん﹂ ﹁おー、ただいまだぞ。サクラにビャクヤ ﹂ 桜からの挨拶に、雁夜とシオはにこやかな表情で返事をする。それ にどこかほっとした様子の桜に、だから言っただろう、と鶴野は内心 で呟いた。 怪訝そうにしているケイネスに向かって、鶴野は大人として礼儀正 しく一礼する。顔を出してしまった以上、自己紹介をしないわけには いかなかった。 ﹁挨拶が遅れて申し訳ない。私は間桐 鶴野、間桐の名義上の当主だ。 こっちは義理の娘の桜﹂ 挨拶、と鶴野が促すより前に、桜は雁夜に近づき、他の面々から見 られないように背中に隠れてしまう。やはり見知らぬ人間に関して は、まだ恐ろしいようだ。 そんな桜の様子に、ケイネスはまだ怪訝そうな瞳を向けている。 ﹁養子ということか。見たところ、妙な調練の跡が見えるが⋮⋮﹂ 何やら観察するように桜を見るケイネスを警戒し、雁夜がケイネス を睨む。協力体制にあるとはいえ、魔術師に対する嫌悪感が消えたわ けではないのだ。 が、そんな雁夜を気にすることなく、ケイネスは1つの提案をする。 ﹁サクラと言ったか。少々その体を診させてくれないか﹂ ﹁桜ちゃんに何をするつもりだ﹂ まさかジジイのように拷問にでもかけるつもりか。桜を守るよう に抱きしめて距離を置く雁夜に対し、シオは落ち着いた様子でケイネ スが理由を言うのを待っている。 ﹁なに、別に害を成したり実験をすることもない。ただ魔力の流れを みるだけだ。先ほども言ったが、無理やりに変質させたような跡があ る。どういう経緯があってここに養子に出されたかは知らないが、成 長する中で何か妙な事態が起きる可能性が高い﹂ 見込みがあれば伸ばす。妙な痕跡があれば調べる。独自の価値観 による基準ではあるが、ケイネスはそういう男だ。 ﹁なにより、魔力の扱いを知らなければ、近い将来、厄介ごとに襲われ 109 ! ! る危険もある。書庫を開けてくれた礼だ、特別に無償で診てやらんこ ともない﹂ 相変わらず高圧的な態度に内心でむかついた雁夜だが、彼の言葉は 正論のようにも聞こえた。桜自身の資質については雁夜自身よくわ からないが、もしそれが事実なら、確かに今後、厄介なことに見舞わ れる可能性は高い。巨大な力は、早めに使い方を覚えなくてはいけな い││偏食因子による体の変化に適合するために、訓練をしていた雁 夜は、それを実感していた。 ﹁⋮⋮条件として、俺を立ち会わせろ。いいな﹂ ﹁そのくらいならいいだろう。ああ、彼女を養子として引き取った時 ﹂ の資料があれば見ておきたいから、後で持ってきたまえ﹂ ﹁日本語だが、読めるか 鶴野からの最もな疑問に、ケイネスは一笑でもって返す。どうやら いらぬ心配だったらしい。 これで話は仕舞だと言わんばかりに、ケイネスは作業を再開する。 もくもくと作業をこなしていたウェイバーが選定した資料に目を通 しているのを確認すると、雁夜は桜に向き直った。 ﹁あいつが何かしようとしたら、俺がとめるからな、大丈夫だ﹂ 雁夜の言葉に、桜はこくりと頷く。雁夜に対する信頼度は、やはり 高い。 鶴野に再度桜のお守を頼み││なんで連れてきたんだと非難の目 を向けながらだが││、雁夜は先ほど、ライダーが言いかけたことを 訊ねる。 ﹁で、さっき何を言おうとしていたんだ﹂ ﹁これだよこれ﹂ そう言って示したのは、冬木で発生している児童行方不明の記事 だ。これがキャスター陣営によるものだというのは周知の事実であ る。 ﹁あやつらは童ばかりを拐しておる。非力な女性や老人ではなく、童 のみを、だ。そしてこれは、キャスターが召喚されたと思しき日より 始まっておる。そして、それより前の数日間だが⋮⋮﹂ 110 ? そう言っていくつかの新聞を広げる。先ほど話している間にかな り調べていたようだ、興味のあることにはとことん調べる性質らし い。 ﹂ ﹁一家殺人事件が1件発生しておる。それも、この冬木の近郊でだ﹂ ﹁それはたまたまじゃないか ﹁それはなかろう。ほれ、今度はこっちだ﹂ そう言ってライダーが取り出したのは情報誌、というよりもゴシッ プ誌に近いものだ。どこで手に入れたんだ。 ﹁これは教会へ向かう道すがらに、たまたま購入していた書物なのだ がな。これによると、この事件の現場にはなんらかの儀式を行ってい たような痕跡があったというのだ﹂ ﹂ ﹁⋮⋮お前、それゴシップ誌だぞ。裏もとれていないものでも記事と して扱う、グレーな雑誌だ﹂ ﹁だが、火のない所に煙は立たぬ、だろう 犯だというなら││、魔術師としても、まっとうな人間としてもまと ﹁キャスターが童を拐すのを容認している時点で││それ以前に殺人 も、真名の材料としては大切だ。 ここで、サーヴァント個人の情報が出てくる。たとえ小さなことで の嗜好の可能性が高い﹂ ﹁そして、ターゲットが童に変わったということは、それはキャスター 目的がどちらであれ、一家を惨殺したことは確かなのだから。 行ったのか、それはわからん﹂ 人の片手間に儀式を行ったのか、それとも儀式をするために殺人を ﹁恐らく、これでキャスターのマスターはキャスターを召喚した。殺 かせているシオに、ライダーは得意げに推測を述べていく。 には何の反論もできない。黙り込んだ雁夜と、感心した様子で目を輝 その諺を持ち出されてしまったら、否定する明確な材料がない雁夜 ? ﹂ もではなかろう。そして、殺人犯だとすると、1つ懸念がある﹂ ﹁けねん 持組織は、それなりに有能なのだろう ﹂ ? 111 ? ﹁件のマスターが、隠蔽能力に長けている可能性だ。この国の治安維 ? ライダーの疑問に、雁夜が頷く。世界中で見比べてみても、日本の 治安はいい方だ。 仕 事 人 ﹁だというのに、この新聞とやらの情報によると、犯人の検討も、痕跡 すら残っていないときた。ならば、相手は相当優秀な殺人鬼と言える だろう﹂ まぁ、つまりは追跡が困難と言うことだ。 ライダーの結論に、しかし2人の表情は暗い。推測の域を出ないと はいえ、かなり残酷な情報だ。相手取るのは隠蔽能力に優れているで あろう殺人鬼と、幼子を殺すことも厭わないサーヴァント。自分も規 格外なサーヴァントだが、向こうもまた、違った意味で厄介な人物像 だ。 おまけに、今間桐の家には桜という、キャスター陣営のターゲット にぴったりなるであろう少女もいる。早くつかまえて、安全にしてや らないといけない。 112 痕跡をたどるのが難しいなら、どうやればいいか。 ﹁現行犯、しかないか﹂ ﹁でも、どうやったらみつかるかなー﹂ 隠蔽能力に長けているというなら、犯行の瞬間は猶更、人には見せ ないようにしているだろう。 ﹁見回るしかないか﹂ だが、誰を見回りに向かわせるべきか。雁夜はそれぞれの面々を見 て考える。と、シオが手を挙げた。 確かに、適任はお前か俺くらいだけど⋮⋮﹂ ﹁みまわりなら、シオがやるぞ﹂ ﹁お前がか めは、マスターよりもいいしな そう言って笑うシオ。五感の話を持ち出されては、雁夜も納得せざ ! みもきくぞ。だから、たぶんだいじょうぶだ﹂ ﹁シオ、もとのときよりいろいろさがってるけど、それなりにはなもみ がとめるだろう。そうなると、確かに後は雁夜とシオのみなのだが。 は彼らのサーヴァントだから、ライダー本人が是としてもマスター組 ウェイバーとケイネスは、資料の整理で動くのは難しい。ライダー ? るを得ない。しょうがない、と1つ溜息を吐いて、雁夜はシオに見回 りを頼むことにした。 ﹂ ﹁いいな。キャスターらしき人物を見かけたら即、パスに連絡を入れ ろ。すぐに向かうから、いいな ﹁はーい﹂ ﹁うん ﹂ ﹁は、ライダー何勝手に決めてるんだよ ﹂ ﹂ ﹁何を言うか、余とてまだ暴れたりないのだぞ ﹁そこか本音は もう何言ってるのさー ﹂ ﹁その折は、余達も向かうとしよう。何かあってからでは遅いからな﹂ ? ウェイバーの叫びを背に、シオは屋敷を飛び出し、キャスター陣営 の捜索に乗り出した。 113 ! ! ? ! ! 第19章│もりのなか│ シオが出ていったのを見送り、ライダーがでは、と手を叩く。 ﹁あやつがキャスター本人、ないし工房を見つけられなかった時の対 策を考えるとするか﹂ ﹁あいつが見つけられないかもしれないって言いたいのかよ﹂ むす、とした様子で言葉を返す雁夜。なんだかんだ、彼女の実力は 買っているのだ。 が、ライダーは違う違う、と首を振る。 ﹁あやつの能力について心配はしておらん。だが、その能力の埒外に ﹂ し か、痕 跡 が 残 っ て お ら ん 可 能 性 も あ る。探 し て い る の は キ ャ ス ター、魔術師だ。どうだ、バーサーカーが魔術の痕跡を探せるか そう言われてしまえば、反論することはできない。彼女が優れてい るのはあくまでも五感だ、魔力を察知する能力は備えていない。もと より、魔術を知らないで召喚されたのだ、その方面については発展途 上である。 雁夜が黙り込んだのを見て、やはりな、とライダーは笑う。この主 従の共通点は、どちらも魔術に関する知識、経験が少ないところだ。 その分、一般的な常識だったり、未来の知識だったりと、こちらが備 えていない方面での長所がある。 対して、こちらは魔術的な素養には大変優れているが、一般的な常 識に疎く、聖杯戦争を調べるにあたって必要な情報が足りなかった。 ある意味この協定は、ウィンウィンの関係なのだろう。 ﹂ ﹂ ﹁あいつが痕跡を辿れなかったら、魔術の痕跡を探すとして⋮⋮。ど うすればいいんだ ﹁⋮⋮あんた、そんなことも知らないのか ﹂ 夜はそれにうっせ、と不機嫌そうに返事を返した。 ﹂ ﹂ ? 114 ? 聞こえていたのだろう、ウェイバーが静かにツッコミを入れる。雁 ? ? ﹁なら、魔術の痕跡からの追跡は僕がやろうか ﹁お前が ? ﹁ほう⋮⋮ ? ウェイバーからの提案に、雁夜が怪訝そうに聞き返し、ケイネスか らも関心が向けられる。突っ返されると思っていたのか、内心動揺し ながらも、ウェイバーは自薦の理由を述べていく。 ﹁だ、だってお前は魔術師のノウハウもないんだろ。で、先生は調査に ﹂ 忙しいから追跡に時間を割くわけにはいかない。僕の魔術は⋮⋮そ りゃ、先生には及ばないけど⋮⋮追跡くらいならできるからな ぼそぼそと、途中に何かを呟いていたのは聞こえなかったが、そう 言い切ったウェイバーに、雁夜は数瞬考えた後に肯定の返事を返し た。 ﹁じゃあ、えっと⋮⋮ウェイバー、だったか。もしもの時は追跡、頼む﹂ ﹁時間と手間はかけるな、いいな﹂ ﹁分かってますよ⋮⋮﹂ 厳しい言われ方だったが、頼られることになったのはうれしいらし く、照れ臭そうに頬を染めて、ウェイバーは作業を再開する。 と、ライダーが次に、と人差し指を立てた。 ﹁キャスターの真名の推測だ。今回の調査で判明すれば良いが、それ が出来ないならなんとか推測するしかないだろうな﹂ ﹁今のところ、幼児が好きで、殺人鬼、キャスタークラスだから生前、 魔術に関わりのあった人間ってところか⋮⋮候補なんてごまんとあ るぞ﹂ ﹁候補だけでも挙げていくべきであろう。ほれ、始めるぞ﹂ ライダーに促され、キャスターの候補、その対策をそれぞれ挙げて いく。日本をはじめとする東方の英雄が候補から外れるとはいえ、そ の 数 は か な り 多 い。情 報 が ほ と ん ど な い 今、候 補 を 列 挙 し、リ ス ト アップするしかなかった。 ││キャスターっぽいの、みつけた 時のことだった。 ││││││││││││││││ 115 ! ││そう、彼女がパスで報せてきたのは、もうすぐ日も暮れる黄昏 ! シオのパスから見えた景色から地形を把握し、素早く準備を済ませ た後、ケイネス達三人は戦車に乗って、一方の雁夜はその後を追いか けるように、夜に染まった街を駆けていく。全速力ではないとはい え、戦車の速さに食らいつく雁夜の速力に、ウェイバーたちは瞠目す る。 主従揃って人外じみてあだぁっ ﹂ ﹁なんだあれ。強化の魔術はかけてないみたいだし、あれがアイツの 実力なのか けるの、むずかしい ││こども、いっぱいつれてる。なんか、なかにはいってて、たす には乗らないと決めたのは雁夜だ。 いくら同盟相手とはいえ、未だ信頼できるとは思えない相手の乗り物 れなら戦車に乗せてもらった方がよかったんじゃないか、と思うが、 そんな会話は、走る雁夜の耳にもわずかながらに聞こえていた。こ 件を終わらせた後、聞くとしよう﹂ 間も、あのような身体能力を習得していることになるからな。今夜の ﹁間桐の修行の成果、と言うわけでもないだろう。それならば他の人 間のあやつからは、あんな身体能力は全く感じなかった﹂ ﹁これ、同盟相手を罵倒するでない。だが、不可解なのは事実だな。昼 ! ││あと、どっかいってるぞ。もりのほう⋮⋮ん、へんなバリア ある ? める。子どもを何かに利用しようとしているのは、火を見るよりも明 らかだった。真っ先に救出したいところだが、彼女単独ではとても じゃないができない状況。 厄介な事態を聞き、真っ先に策を練りだしたのはライダーとケイネ スだった。ケイネスは行き先にキャスターの工房がある説と、キャス ターが見つけた別陣営の本拠地がある説を提示。ライダーはそれに 基づき、二手に分かれてキャスターとそのマスターの捕縛、或いは別 陣営の説得にあたることを提案したのだ。 116 ? 発見の一報の後に続けて告げられた報告を思い出し、雁夜は顔を顰 ! 二手に分かれるのであれば、必然的にライダーたちと雁夜達という 分け方が必定。だが、雁夜はそれを拒否し、代わりに自分のみがキャ スターのマスター、或いは別陣営のもとに赴くことを提案した。 サーヴァント相手に、戦力は多い方がいい。それが、雁夜の下した 判断だった。 もしキャスターの目的地が別陣営の場合はどうする気だと、ウェイ バーやシオから異論が挙がったが、年長者であるケイネスとライダー はこれを承知。結果、雁夜単独で行動することが決まったのだ。 パスからも感じる、シオの不満げな感情に雁夜は苦笑する。帰った 後拗ねていそうだな、と考える位には、まだ余裕がある。気を抜けば、 勢い余って地面に転がりそうではあるが。 冬木の外れにある森。その近くまでくれば、魔術の素人である雁夜 にも、何かが張られているのは判別できた。 ﹁お疲れ、バーサーカー﹂ 言われた通りおとなしく待機していたシオに、雁夜は声をかける。 頷くことで返事を返しながらも頬を膨らませているシオは、やはり雁 夜の単独行動には異論しかないのだろう。反論しないのは、それが一 番とまではいかずとも、正しいやりかただと理解しているという証拠 だった。 ﹁やはり人避けと隠蔽、守護の結界が張られているな。悪意ある侵入 者に反応し、警報を鳴らす仕組みといったところだろう﹂ 数瞬の間に、ケイネスが結界の解析を済ませる。 ﹁それなりに強固なものではあるがなに、侵入するくらいならば造作 もない﹂ そう言うと、ケイネスは携帯してきた魔術礼装を用い、あっさりと 侵入を果たす。他の面々が独力で静かに││ケイネス曰くここが重 要らしい││侵入できないと見たのか、雁夜達もケイネスの手助けで 結界の内側へと入り込む。 真っ先に見えたのは、聳え立つ大きな城。あんなもの、雁夜は見た ことがない。ということは、ここは以前から結界が張られていた可能 性が高い。つまり││ 117 ﹁この先にあるのは別陣営の本拠地﹂ ﹁十中八九、セイバー陣営だろう﹂ そう言うケイネスの表情は険しい。雁夜達は知らないが、ケイネス の本拠地を爆破したのはセイバー陣営の人間、衛宮 切嗣だと断定し ていた。この先に、あんな手段をとった相手がいるのだと思うと、気 分が下降するのは仕方ない。本来ならば自分が駆けつけたいところ だが、今は現状の打破が優先。自分の精神状態では交渉すら難しい と、ケイネスは冷静に自己を分析していた。 一方雁夜は、森の中に響く戦闘音を耳にしていた。シオも聞き取っ ﹂ たのだろう、そちらの方面を指さしている。 ﹁あっち、だれかたたかってる その言葉でもって、双方の行き先は決まった。 と訊ねる。 ﹁俺は城に行く。セイバーのマスター⋮⋮アイリスフィール、だった か。彼女なら交渉は簡単そうだ﹂ ﹁僕たちはあっちのキャスターだな﹂ ﹁ああ。⋮⋮間桐、1つ忠告しておこう﹂ ケイネスからの珍しい言葉に、雁夜がなんだ ﹁ ﹂ ││私の工房をホテルごと爆破した人物が、あの陣営にいる﹂ ﹁確かにセイバーのマスター相手ならば、交渉は容易いだろう。だが ? 意しておくことだ﹂ そう言う彼の表情や、少し接しただけでもわかるプライドの高さか ら、ケイネスが他人にその人物の対応を任せることに、納得していな いのを感じた。その上で、自分に任せてくれたというのも。 だから、自分がしっかりと結果を出さなくてはならない。 ﹁ああ、分かった﹂ ケイネスの忠告に頷くと、雁夜は城にむかって走り出した。森の中 での疾走はまだ慣れない。先ほどよりもスピードを落としながらも、 一目散に目的地へと走る。 それを見送る暇もなく、シオたちもキャスターの方面へと向かう。 118 ! ﹁マスター自身が納得しても、協力者が納得しない可能性がある。注 !! ﹂ ﹁バーサーカー、案内は任せた﹂ ﹁うん、こっち う﹂ ﹂ ﹂ AAAALaLaLaLaLaLaLaLie ﹁は、お前まっすぐってまさか││ ﹁さぁ征くぞ ダーは文字通り一直線に、前方を走るシオの後を勢いよく追う。 ウェイバーの叫びも、ケイネスの内心の悲鳴もいざ知らず。ライ ! ! ﹁おいバカキャスターのところには子どももいるんだぞー ﹂ ﹁小僧、ケイネス、しっかり掴まっておけ、目的地までまっすぐに向か シオが走り出す。 ! ││月夜の中、形勢を変化させ、聖杯戦争は再び幕を開けた 119 ! ! 第20章│ちゅうばつ│ ││ウェイバー・ベルベットという人間は、ケイネス・エルメロイ・ アーチボルトという人間が苦手だ もっと言うと、嫌いという表現のほうがあっているのかもしれな い。 自身の実力を認めてくれようとはせず、渾身の出来だと思っていた 論文を、あろうことか晒しあげたうえで罵倒したのだ。好きになれる わけがない。 ││ベルベットという生徒は、エルメロイという教師が苦手だ それは今現在も変わらない。聖杯戦争の異変を察知し、勝敗を放り 投げたうえで押しかけてきたケイネス。自身が協力依頼を承諾する ことが、当然と言わんばかりの態度。苛立ちを隠しはしないが、目的 のために今までは歯牙にもかけなかったであろう、魔術師のなり損な 才 天 才 120 いとも手を組む彼。 凡 今まで見たことがなかった一面を知った今も、彼を苦手に思う気持 ちは変わりない。 ││ウェイバーという魔術師は、ケイネスという魔術師が苦手だ その態度や風格に似合った実力を持っていようと、その態度が気に 喰わない。恐らく││恐らくだが、彼と自分はきっと、どこまでも分 かり合えないし、分かり合おうとすることもないだろう。 だが、それでも、ウェイバーは彼の人となりにむかっ腹を立てると 同時に、その才能にはどうしようもなく認めてもいた。だからこそ、 認められたかったのだ。その結果は、悲惨な物であったが。 ││ウェイバーは、ケイネスが苦手だ ⋮⋮たぶ 子ども諸共轢き殺しただなん でも、同じ目的のために奔走するこの状況は、悪くはない。何故だ ﹂ ちゃんと止まれよ か、そう思ってしまう自分がいた。 ﹁お い ラ イ ダ ー て、僕は嫌だからな !? ﹁はっはっは、こ奴らがそんな真似はするはずがあるまい ん﹂ ! ! ! ﹁ライダーァ ﹂ ﹂ ﹂ ﹁おいウェイバー、貴様それでもマスターか は握っていろ ﹂ ﹁できてたら苦労しませんよおおおお ﹂ /楽しいわけがあるか ﹁みんなたのしそーだな ﹁楽しくない ││上 ﹁││た ﹂ ﹂ きちんと使い魔の手綱 その声が聞こえたのは、先の轟音より近く。 ﹁みぃつけ、﹂ 新たな襲撃者か││セイバーが迎撃するか逡巡した直後だった。 止まる。 いたセイバーと、キャスターが気づいた。その物音に、双方の動きが 一方、忍ぶ気もない轟音に、キャスターとその海魔に1人奮闘して ながら、一行は森を轟音と共に駆け抜けていく。 この先にあるであろう光景とは裏腹な、どこか気の抜けた会話をし ﹁がっはっはっはー ! ! ! れが狙うはセイバーでも、キャスターでもなく、周囲に大量に発生し と得物ごと着地して海魔数体を真っ二つにし、直後着地の ていた海魔。 ズトン 風圧で周囲に僅かに土煙が巻き起こる。それを得物の持ち主││シ オ自身が振り払うと、瞬時に彼女はセイバーを突き飛ばした。間髪入 ﹂ れない行動に、セイバーは成すすべなく数メートル程飛び、しかしす ぐさま着地する。セイバーが体勢を整えた直後、 ﹁││AALaLaLaLaLaLaLaLie どうにか直撃コースは免れた、とシオはほっとし、けれど辺りを見 げた何かも散乱していた。 に雷で焦げた跡がある。通り道にいた海魔は犠牲になったのか、黒焦 遥かなる蹂躙制覇〟を発動させていたのか、バチバチ、と通過した後 ヴ ィ ア・エ ク ス プ グ ナ テ ィ オ 彼 女 ら が い た 場 所 に、戦 車 が 飛 び 込 ん で き た。い つ の 間 に 〟 ! 121 ! ! !? ! ! 一瞬の間で近づいた声と共に、巨大な刃が上方から降ってきた。そ !? ! ! 回して眉尻を下げる。あの道中に、しっかりと聞いてしまっていたの だ。││子ども達の、断末魔を。恐らく、生存者はもういないだろう。 ライダーも辺りを見回して厳しい顔つきになる。 おい嘘だろ⋮⋮﹂ ﹁どうやら、手遅れだったようだな﹂ ﹁は ヴォールメン・ハイドラグラム 動揺するウェイバーを尻目に、止まったところを襲撃してくる海魔 ﹂ を、ケイネスは月 霊 髄 液でもって迎撃する。 ﹁貴様が、キャスターだな たなァ ﹂ ﹁貴様らよくも よくも私とジャンヌの神聖な時間に割り込んでくれ その彼は、忌々しいと言いたげにシオ達を睨んでいる。 に、彼が件のキャスターで間違いない。 これまた怪しい魔導書があり、セイバーが彼と敵対していたのを見る るような悪の魔術師のローブを身にまとった、1人の男。その手には 睨みを聞かせるケイネスの視線の先にいるのは、世間一般が浮かべ ? ろうか。 ﹂ 私はジャンヌではないと言っている ! が、その疑問はすぐにセイバー自身が否定する。 ﹁キャスター ﹂ はアーサーという人物らしいんだが。彼の推測が間違っていたのだ あれ、とその名前にシオは首を傾げる。雁夜の推測だと、セイバー ﹁││ジャンヌ ! ? ! ﹂ ! ﹂ ! ││ジル・ド・レェ元帥、正確にはジル・ド・モンモランシ=ラヴァ 年を殺害した男。 い、しかし彼女が処刑されてしまった後は悪道に堕ち、多くの幼い少 ウェイバーが声を上げる。聖女ジャンヌに付き従い百年戦争を戦 ﹁││あいつ、ジル・ド・レェか ろう。だが、その名前が決定打になった。 しい。あの様子だと、恐らくは何を言っても認めようとはしないのだ どうやらキャスターは、セイバーをジャンヌだと思い込んでいるら COOLなものを見せて差し上げましょう ﹁ああ、やはりまだ記憶が戻りませぬか、ジャンヌ。でしたら、もっと ! 122 !? ル なるほど、彼ならば殺人鬼である││と推測される││マスターと の相性もいい。児童を数多く誘拐していたのも頷ける。彼自身が生 前に児童、それも少年を誘拐し、陵辱、虐殺を重ねていったのだから。 キャスター││ジルはそんな外野の声も耳には入らないのか、大仰 あまりにも不自然に生き残っている少女に、生来の に魔導書に手をかざす。と、シオの視界の隅に1人の少女が映った。 いきてる││ ﹂ シオの顔色も悪い。 ﹂ その顔です ﹂ こ ! ﹁っ、キャスタァァァァ ﹁ハハハハハ れほどの絶望、実にCOOLではありませんか その顔を待っていましたよジャンヌ 余りに凄惨な最期に、ウェイバーは胃の中のものを戻してしまう。 ﹁う⋮⋮っ﹂ イバーのカラダにも降りかかった。 魔が飛び出してくる。肉片と血があたりに飛び散り、接近していたセ た彼女の口から、腹から、背中から。その内側から食い破るように海 およそその年齢の少女が発するような声とは思えない叫びをあげ ﹁ぐぼげぁっ この場から離れさせようとしたが││間に合わなかった。 少女を心配したウェイバーは逃げろと叫び、セイバーもまた少女を ケイネスもそれを援護。 たライダーがキャスターに突貫し、魔術師の気質から何かを直感した 勘からシオが躊躇し、長年の経験則からこれから起きることを予感し ? 彼にはプライドがある。ただの魔術師としてのではない、歴史ある ケイネスは魔術師だ。そして、誇り高い貴族だ。 変していた。 それは、先ほどまでと同じ口調、トーン。しかし││その態度は一 ﹁││よろしい﹂ そんな中、ケイネスは一つ、呟く。 べている。 ご満悦と言いたげなジルに、さしものライダーも怒りの形相を浮か ! ! !! 123 !? ! 貴族の魔術師としての、だ。 だからこそ││サーヴァントであれなんであれ、同じ魔術師という 枠組みに入っているジルが、卑しい欲の為に無関係の人間を殺したこ とが、彼の怒りを買った。 ﹁よろしい、ならば誅罰だ﹂ その言葉と共に、ケイネスの月霊髄液をはじめとする魔術礼装が、 海魔たちに襲い掛かる。 ││ケイネスは魔術師だ。だが、完全な人でなしではない ││││││││││││││││││││ ない雁夜ではひとたまりもなかっただろう。単独でやってきたのは 間違いだっただろうかという思いが頭をよぎるが、今更うだうだ言っ 124 一方そのころ、雁夜は城の入り口に到着していた。 物音ひとつしない内部を入り口から恐る恐る覗き込み、もしやここ には誰もいないのでは、という考えが浮かぶ。キャスターが襲撃して きていたのだ、拠点を離れている可能性は高い。 が、彼の人並み外れた耳は、わずかではあるが、誰かの足音を捉え た。摺り足で、恐らく常人ならば聞き逃すであろうそれを聞き、まだ 誰かがいるのを雁夜は確信する。 ケイネスのホテルを爆破したという人間かもしれない、警戒しつ つ、雁夜は一気に音がしたと思われる場所に駆け出す。直後、入り口 ﹂ で爆発が起きた。 ﹁うおっ 側に向かって球体が発射された跡が見える。 ! 勢いよく飛び込まず、普通に入り口から入っていたら、自衛の術が ﹁クレイモア地雷とか、なんつーもん設置してんだ⋮⋮ ﹂ 急停止して後方を振り返ると、どうやら地雷だったようで、入り口 !? てる暇もない。雁夜は全速力で人がいるであろう場所へと再び駆け 出した。 階段を一気に駆け上り、2階の廊下に飛びだした時、銃声が響いた。 ﹂ 直後、肩に激痛が走り、体勢を崩してしまう。 ﹁ガッ なんとか倒れないで済み、肩の傷口を押さえながら、感触で傷の状 態を確認する。どうやら銃弾は貫通しているようだ。 ﹁││へぇ、驚いた﹂ そう言いながら、廊下の向こうからやってきたのは、銃を構えた黒 ずくめの男。昨晩見えた、黒ずくめの女の仲間だろうか。ならば、彼 女もまたセイバー陣営の協力者ということだ。 ﹁僕はてっきり、ライダー陣営の誰かが奇襲してくると思ったんだが﹂ そう言う男の風体、雰囲気に、雁夜は││なぜか、どこか懐かしさ を覚えた。彼に埋め込まれた、シオのオラクル細胞の影響なのだろう か。 ││脳裏に、見覚えのない金髪と、銀髪の男二人が浮かんで、消え た。 ﹂ ﹁あんた、セイバー陣営の関係者か﹂ ﹁なら、どうする ﹁聖杯がちゃんとあるのかどうかも、俺たちは把握してない。だから、 ﹁⋮⋮﹂ について調べてるんだ﹂ ﹁俺みたいなのも知ってるのか。じゃなくて、今は俺たちも、聖杯戦争 る。銃口は油断なく、雁夜へと向いている。 突然の自己紹介に、男││切嗣は怪訝そうな表情をしながらも応え ﹁⋮⋮知ってる﹂ ﹁俺は間桐 雁夜。バーサーカーのマスターをしてる﹂ 収まり、傷の修復が始まったのを感じたのだ。 肩を押さえていた手をどける。目に見えるほどではないが、出血が ﹁どうもしない。戦いに来たわけじゃないからな﹂ 雁夜の質問に、男は疑問を返すことによって、返事をする。 ? 125 ! 聖杯戦争を一旦止めて、調査を行っていきたいんだが⋮⋮えっと、要 するに休戦のお願いをしにきたんだ。セイバーのマスターに会わせ てくれないだろうか﹂ 切嗣は沈黙したまま、銃口を下ろす気配を見せない。それゆえ、雁 夜も迂闊に動くことが出来ない。 沈黙が続き、切嗣が答えた。 ﹁││断る。何故僕が敵の手助けをしなければいけないんだい﹂ 126 第21章│しっぱい│ 断りの返事が返ってきたことに対し、雁夜はやはり、という気持ち があった。聖杯戦争に、聖杯に彼は強い願いを持って参加しているの だろう。雁夜と同じまっとうな魔術師でない人間が参加している理 ﹂ 由は、それ以外あり得ない。 ﹁話はそれで終わりかい 表情を変えることなく、切嗣はそう訊ねる。 彼は状況を判断しかねていた。間桐 雁夜は昨年に戻ってきた│ │戻されたとも考えられる││人間だ。その1年で魔術師として鍛 え上げられるとは到底思えず、何らかの改造や肉体の酷使は行われて いるだろうと、切嗣は予想していた。風貌が痛々しいのは恐らく、無 理な鍛錬が祟ったのだと。 だが、それにしたってこうやって1人、ここにやって来れているの はおかしい。間桐の魔術はそれほどに高度なものだったのだろうか。 一方、雁夜はそれでも食い下がる。 ﹁今は敵だとか言ってる場合じゃないだろ。聖杯に異常があったら、 アンタの願いもかなわない可能性があるんだ﹂ ﹂ ﹁だが、異常がないかもしれない﹂ ﹁ただの屁理屈じゃないか ら、キャスターを呼び出せただけだ﹂ ﹁あ い つ に は 聖 杯 に か け る 願 い が な い。た だ 儀 式 殺 人 を 行 っ て い た 雁夜の確認に、切嗣は無言で肯定する。 な﹂ ﹁キ ャ ス タ ー の マ ス タ ー。あ い つ が 殺 人 鬼 だ っ て 言 う の は 知 っ て る とえどんなくだらない主張でも、言い続けることが大切だ。 を言うべきか考えを巡らせる。こういう時は黙った方が負けだ。た 言おうとしたことを先回りされ、それでも雁夜は黙らないように何 うかなんて、誰にも立証できないんだから﹂ ⋮⋮ああ、サーヴァントが証拠とか言うなよ、あれが抑止力の側かど ﹁そ っ ち こ そ、そ う 主 張 す る な ら き ち ん と し た 物 証 を 出 し て く れ。 ! 127 ? ﹁へぇ⋮⋮ どうしてそう断定できるんだい ﹂ ﹂ ? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ なんだよその融通の利かなさは ! わせない。至極シンプルで真っ当な意見。 お前なんだ 少し それは正しい主張だ。敵だから信用できない、だからマスターに会 ﹁ああ﹂ ﹁俺が、敵だからか﹂ ﹁だとしても、君の言うことは信用できない﹂ 切嗣は雁夜の主張をしっかりと聞き届け、しかし首を横に振る。 まう。 ないかどうかは知らない。そこを気取られたら、この論拠は崩れてし こと。根拠としては正しいが、雁夜は件のマスターが願いを持ってい 嘘を本当にするには、真実を一部分に混ぜ、なおかつ堂々と論じる らいない人間が召喚できるなんて、おかしいと思わないか ﹁聖杯戦争なのに、数合わせだとしても殺人鬼、それも願いを持ってす い。 いと言ったところで、この1年連絡していなかっただけだと返せばい だが、それを知っているのは雁夜のみ。切嗣がそんなのいるわけな 持っていなかった。 切っている。死ぬ可能性が高いと思っていたから、頼る伝手は、今は 無 論、嘘 だ。間 桐 の 家 に 戻 る 前 に、以 前 の 仕 事 先 の 人 間 と は 縁 を ﹁ライター舐めるな。独自の伝手くらいある﹂ ? ていうか主張を聞いた挙句信用できない ! だから、雁夜はキレた。 ﹁っだー、もう くらいこっちの話も聞け ! くらいの誤魔化しをしろ 取り付く島なさすぎだ ﹂ よっては敵であろうと手を組む︵時臣は除く︶。雁夜の在り方は、ライ たとえ戦いの最中であっても、情報の真偽を考えて精査し、場合に う意味で、分かり合えない相手だった。 同じ立場だが、見てきた世界も、価値観も違う。ある意味時臣とは違 ど、戦闘を行ったことは無い。魔術師ではない、という点では切嗣と 雁夜は真っ当な一般人だ。血なまぐさい現場に赴いたことはあれ ! 128 ? こう、大人らしく﹁いったんこっちで預かっておく﹂とか検討する ! ! !? ターとしての価値観だ。 対して切嗣は、血生臭い環境の中で過ごしてきた。魔術師の内情 も、その在り方も十分に知ってしまっている。だからこそ、魔術に関 目的の為ならなんだってす わっている人間の言葉は、到底信用できなかった。 ﹂ ﹁君だって急造とはいえ、魔術師だろう るのが君達だ、信用なんて││﹂ ﹁俺を他の魔術師と一緒にす、る、な と勢いよく地団太を踏む。床がわずかに罅割れたのを見 ? だがな、それは桜ちゃんをあんな家から助 ﹁確かに俺だって1年とはいえ、正直嫌だったけど修行した魔術師だ と。 ﹁マスターのじらい、ふみぬいたぞ﹂ この場にシオがいたなら呟いていただろう。 て、切嗣の警戒心が高まる。が、雁夜はそれどころではなかった。 ダンッ ! ふざけんじゃ あとあんな家に娘寄越した時臣ぶっ あんなクソみたいに非道な修行とかいう建前の虐 よああそうだよ魔術師だ け出すためだよ ! そんなことをする時臣と俺が同列 ! ! ! 待からあの子を救うためだよ ﹂ 飛ばすためな ねぇ !? ない。今まで色々あって溜まりに溜まっていたものが、いわば八つ当 たりとも言える形で爆発したのだ。 一気に言い切ったからか、雁夜の呼吸音だけが響く。切嗣は一見落 ち着いた様子だが、内心では驚いていた。彼の主張が本当ならば、雁 夜は一度は逃げた魔術の道に、桜と言う幼子1人の為だけに戻り、そ の上聖杯戦争と言う殺し合いに参加したというのだ。それほどまで に、その幼子が大切なのだろうか。 幾分かして落ち着いたのか、一度深く深呼吸をすると、雁夜は切嗣 を見据える。 ﹁⋮⋮あんたがどんな強い願いを持ってるかは知らん。この場で受け てもらえないのは可能性として考えていた。だから、一旦持ち帰って セイバーとそのマスターと話し合ってくれ。その結果答えがノーな 129 ! 発言は先ほどまでとは違って、まとまっているとはお世辞にも言え ! ら、俺たちだって納得するさ﹂ また、沈黙が続く。今度こそは色好い返事がもらえないだろうか、 と雁夜が考えていると、切嗣が応えを返してきた。 ﹁││一応、彼女には伝えておこう。が、僕らは聖杯を確認しない限り は納得しない。それだけは覚えておくといい﹂ 及第点││いや、それ以上の返事だ。途中強引に推し進めてしまっ たり、暴言を吐いてしまったことを考えると、問答無用で戦闘を仕掛 けられなかったというだけでも上々の結果だった。 ほっとした様子で、雁夜の表情がほころぶ。心臓がバクバクと鳴っ ているのに気づいた。かなり緊張していたらしい。 ﹂ ﹁ありがとう、それで十分だ。じゃあ、結論が出たら使い魔か何か寄越 してくれ。えっと⋮⋮﹂ ﹁││衛宮 切嗣だ﹂ ﹁衛宮さんだな、分かった。じゃあ、これで失礼するよ⋮⋮っと、ん 切嗣の名前を聞いて、雁夜は立ち去ろうとしたが、途中で止まって しまう。サーヴァントから何か連絡でも入ったのだろうか。不意を ﹂ ﹂ た、女の声も││っておい ﹁言峰 綺礼⋮⋮ ﹂ ﹂ このタイミングで、誰が来たのか。心当たりは1人しかいない。 出す。 雁夜の言葉を、切嗣が最後まで聞くことは無かった。全速力で駆け ! 一方、置いて行かれた雁夜は、どうしようか考える。このまま彼を ﹁衛宮さん、そんなにマスターの人が大事なのか⋮⋮﹂ 彼がまた、やってきたのだ。 ! 130 ? うって彼を撃とうかと考えていた切嗣も、その様子に引き金を引くの を止めた時。 ﹁││おいそれ本当か ﹁ ﹁あんたのとこのマスターが、森の中で戦ってるって﹂ 慌てたような言葉と共に、雁夜が切嗣に向き直る。 !? ﹁バーサーカー、耳がいいんだ、だからどっからか戦闘音が聞こえてき ! 追いかけて、恩を売る形で手を貸すという手段もあるが、襲撃者が誰 な の か が 分 か ら な い 以 上、深 入 り は 禁 物 だ。お と な し く、バ ー サ ー カー達と合流するために走り出した。 ││││││││││││││││││││││││ 時は少しさかのぼり、キャスターと対峙するセイバー、ライダー、 バーサーカー達。 周囲の海魔はケイネスの魔術礼装、そしてライダーが操る戦車に よって大多数が蹂躙されているが、それでもキャスター本体に辿り着 くのは至難の業だった。ライダーとの相性の悪さを早々に見切った キャスターが、狙いをマスターの2人に変更したためだ。戦車は真正 131 面の敵ならば容易に蹴散らせるが、全方位から絶え間なく攻撃をくわ えられては、いくら何でも動きは鈍くなってしまう。 バーサーカーとセイバーも、苦戦を強いられていた。斬っても喰 らっても、次から次へと海魔が召喚される。ジリ貧ともいえる状態 だった。シオからしてみたら、魔力のいい供給源でもあったが、それ にしたって限度がある。 礼装で応戦するケイネス、拙いながらも魔術を繰り出すウェイバー も、打破できない状況に歯噛みしていた。キャスターの素振りから、 彼の宝具と思われる書物がこの海魔の源泉だろうとは誰しもが気づ いていたが、突破口が見つからない。 海魔を斬りつける中、セイバーとシオが偶然にも背中合わせにな る。 と笑う。 ﹁バーサーカー、あなたの身体能力の高さを見込んで、お願いがありま す﹂ ﹁なんだー、セイバー﹂ ﹁││風を踏んで、走れますか﹂ その言葉に、シオはきょとんとするも、だいじょうぶだぞ ! 飛び回るのは得意だ。 しかし、その前に準備がいる。シオは素早く海魔に接近すると、右 手を変化させた武器││一応宝具扱いをされている││神機︵偽︶で もって、それを喰らった。直後、自身を構成するオラクル細胞が活性 化する。 バースト状態。宝具とされた神機での捕食行動のみで起きる、身体 能力を爆発的に上昇させる能力。彼女の敏捷の、高いプラス補正の所 以である。 セイバーにアイコンタクトを取ると、彼女は不可視の剣を構える。 ﹂ ストライク・エア 直線コースにいるのは海魔、キャスター、そしてシオ。 ﹁風よ││ その声と共に、〟風王鉄槌〟が発動。風の鞘は、暴風となって直線 状の敵を切り裂く。だが、それが収まればすぐにでも海魔が召喚され るだろう。それを阻止するは││シオ。 プレラーティーズ・スペルブック キャスターの眼前に、白い何かが映り。 直後、彼の右腕の魔導書││〟 螺 湮 城 教 本 〟が嚙み切られた。 許 さ ぬ、許 さ ぬ ぞ バ ー サ ー シオがその神機でもって、ギリギリの距離で喰らったのだ。 直後、海魔が四散する。 ﹂ ﹁お │ │ お の れ お の れ お の れ お の れ ぇ カーァッ ﹂ れた。 ﹁ だろうか。 とえ怒り狂っていても、引き際を心得ているのは元軍人としての気質 それに気を取られている隙に、キャスターは姿を消してしまった。た シオ達を狙って投擲されるダガー。キャスターを庇うかのような ﹁んおっ ﹂ さらなる追撃を駆けようとして、それは第三者の追撃によって妨げら てしまう。蛇蝎のごとく睨みつけてくるキャスターに対し、シオ達は られれば、大量の海魔の召喚、維持は難しい上、修復にも時間がかかっ 多少の損傷があっても自動修復するとはいえ、これほど深く傷つけ ! 132 ! !! !? ! 襲撃者の追撃に備え身構えるが、何もやってこない。 ﹁今のは一体⋮⋮﹂ ﹁バーサーカー、匂いや物音はしなかったのかね﹂ ﹁ごめんな、サーヴァントのシオ、あんまりはなもみみもよくないん だ。さっき、なげるまえにやっときづいたぞ﹂ ﹁いや投げる直前に気づいた時点ですごいって﹂ ケイネスからの問いに肩を落とすシオに対し、ウェイバーがフォ ローを入れる。 セイバーも警戒を解くと、ライダーたちに向き直り、頭を下げてき た。 ﹂ ﹁ライダー、バーサーカー、助太刀ありがとうございました。私1人で は、キャスターにやられていたでしょう﹂ ﹁きにしなくていいぞー、こまったときはおたがいさま、だ ﹁うむ、その通り。ついでに、余の軍門に下ってくれれば、﹂ ﹁くどいですよライダー﹂ ばっさりと誘いを断るセイバーに、シオとライダーは笑う。 が、シオの表情が曇る。何かに気づいたのか、ある方向を見つめ、指 さした。 ﹂ ﹂ ﹁あっちから、セイバーのマスターがたたかってるおとがする﹂ ﹁ ﹁おんなのひとと、おとこのひと ﹁今宵あなたがたが何をしに来たかは分かりませんが、次に会ったと きは敵です。││覚悟しておいてください﹂ そう言い残し、セイバーはシオが指さした方面へとかけていった。 ││セイバー陣営、説得失敗 ││キャスター陣営、捕縛失敗 133 ! その言葉に、セイバーが駆け出そうとして、再度シオ達を見る。 ! ! 第22章│ほうこくかい│ もう夜も深まった間桐家。合流したシオ達は、情報を共有する為、 一 旦 帰 宅 し て い た。ウ ェ イ バ ー は 晩 御 飯 を 間 桐 家 で 済 ま す 旨 を 泊 まっているマッケンジー宅に連絡し、シオと雁夜は夕飯の準備、ケイ ネスは鶴野から渡された桜の資料に目を通していた。 食堂のテーブルで自習する桜は、今日いきなり賑やかになった自宅 が落ち着かないのか、落ち着かない様子だ。隣でライダーがその勉強 の様子を興味津々に見ている、と言うのもあるのだろうが。 ﹁のう、桜といったか﹂ 突然話しかけられて、桜は鉛筆を止める。高い場所にあるその顔を ﹂ 見上げると、彼はにぃ、と歯を見せて笑いながら言葉を続けてきた。 ﹁お主、勉強が好きなのか 真意が見えない問いに、桜は不思議そうに首を傾げながらも﹁べつ に﹂と答えを返す。桜にとって、勉強はこの家で許された自由の1つ なだけで、そこに特に好き嫌いは無いのだ。 だが、その反応はライダーはお気に召さなかったようで、む、とし た様子で桜の頭に手を置く。大柄なその手に桜の頭はすっぽりと覆 われてしまう。 ﹁そんな齢で、そのように総てを悟ったような顔をするでない。そら、 1つや2つ、好きなことを見つける方が、今よりずっと楽しくなるぞ ﹂ からない。昔は分かっていたつもりだったかもしれないが、今の桜は その時の気持ちなど忘れてしまっている。だから、ライダーの助言に は、頷くこともできない。 無言のまま見つめてくる桜に、ライダーは困ったように頭を掻く。 これは思っていた以上に根深いようだ。この少女の闇が晴れるには それこそ││それこそ、日常の象徴のような、陽だまりを持つ人間と の出会いが必要なのではなかろうか。 同盟を組んだとはいえ、自分が深く踏み込める問題でもないだろ 134 ? ライダーにそう言われても、桜には楽しいこと、好きなことなど分 ? う。ここら辺は、家族である雁夜や鶴野、そして魔術師的観点からケ イネスが対処するしかない。 と、シ オ が 食 堂 に 顔 を 出 す。外 出 し た 時 の 服 │ │ 本 人 曰 く ユ ニ フォームらしい││ではなく、今着ているのは胸元に白いバラのコ サージュがあしらわれたドレスだ。ころころ服が変わっているが、ど れも彼女自身の思い出から構成されたもので、どれにしても戦闘は可 ﹂ 能だという。デフォルトは、最初に見たあのぼろ布らしいが。 ﹁ばんごはん、できたぞ にこり、と笑ってそう言ったシオが持ってきたのは、2つの鍋。次 いで、雁夜と鶴野が、人数分の皿が乗ったお盆をもってやってきた。 その皿に盛られているのは。 ﹁だいぶ固形物も食べられるようになったからな、スパゲティにして みた﹂ ﹁ソースは、ミートとホワイトの2種類だと。⋮⋮いきなり手間のか かるのを作るなよ雁夜﹂ ﹁うるさいなアルコール依存症﹂ 相変わらず仲がよろしくない2人をスルーし、シオは鍋を置いて テーブルのセッティングを始める。桜もいそいそと勉強道具をしま い、夕食の準備を手伝い始めた。貴族階級であるケイネスに気をつ かったのか、先ほどまでにらみ合っていた雁夜と鶴野がきちんとセッ ティングを指示している。 ケイネスも書類に目を通すのを中断し、食事の席に着く。何か気に なることでも書いてあったのか、その表情は大変険しい。 ﹁けーねす、すぱげちいのソースはミートとホワイト、どっちにする ﹂ ﹁いえてるぞ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ すぱげちい ﹂ ! はその場にはいなかった。 少しして配膳とテーブルのセッティングも終わり、報告会兼食事会 135 ! 言えていない、とツッコミをする野暮、ないし空気を読めない人間 ! ﹁ホワイト。というか貴様スパゲティ位言えないのか﹂ ? が幕を開けた 最初に口火を切ったのは雁夜だった。 ﹁先に結論から言うと、セイバーのマスターには会えなかったけど、 こっちの意思は協力者らしき人に伝えた。その人が伝言を伝えてく れてたらいいんだけど⋮⋮いい返事はもらえない可能性が高い﹂ 雁夜の言葉に、半ば予想していたのもあって表情を変える者は少な い。しかし実際にそう報告されるとさすがに少し、気分は沈んでしま う。 ﹂ ﹁接触した相手は衛宮 切嗣さん。たぶん、ケイネスさんが言ってた 人、だよな﹂ ﹁ああ、そいつが私の自慢の工房を⋮⋮ 気を取り直していてもやはりその部分だけは割り切れないのか、ギ リギリと歯ぎしりを立てている。桜がいるからか││桜本人は英語 は分からないが││、汚い言葉で罵らないだけまだましだ。 その時の恥辱を思い出したのか、顔を顰めながらスパゲティを頬張 るケイネスに苦笑し、雁夜は話を続ける。 ﹁そいつと話して、なんとか言付けを取り付けたんだが、その本人が ﹁聖杯を確認しない限り納得しない﹂って言ったんだ。その上、アイツ の態度からして、聖杯に強く執着しているようにも感じたな﹂ 確たる証拠が無かったとはいえ、相当に頑なだったし。そう呟く雁 夜。俺からは以上だと言って、ケイネス達の方を見る。 口を開いたのは、ある意味一番蚊帳の外だったウェイバーだ。 ﹂ と不思議そ る。ケイネスもこれは予想外だったらしく、説明しろ雁夜、と睨みつ けてきた。爆弾を投下した本人は何かいけなかったか うに首を傾げている。やはり空気を読まない部分は健在のようだ。 ? 136 ! ﹁俺たちの方は、キャスターの真名は分かったんだけど、捕縛まではで ﹂ きなかった。途中で邪魔が入ったんだ﹂ ﹁邪魔⋮⋮まさかセイバーか ﹁そっかあれアサ⋮⋮はぁ ﹁ううん、あれたぶんアサシンだ﹂ ? なんの前触れもないシオの暴露に、ウェイバーが驚きの声を上げ !? ﹁最 初 の 夜、ほ ら ア ー チ ャ ー が ア サ シ ン を あ っ さ り と 仕 留 め た 事 が あっただろう。あの夜、こいつが別の場所にいるアサシンを見たらし いんだ﹂ その時にさらっと言われただけで、再び見たことが無かったので、 彼女が言い出すまで雁夜もすっかり忘れていたのだ。 ﹁それの見間違いと言うことはあり得ないのか﹂ ﹁な い な。今 ま で 表 現 の 仕 方 に 困 っ た こ と は あ っ た け ど、バ ー サ ー カーは一度も見間違えをしたことがない﹂ 生来の能力の内、そのままで持ってこられた数少ないものの1つ。 それはスキルとして、彼女のステータスに刻まれている。 千里眼、ランクB+。未来視など時間を超えた事象を見ることはで きないが、彼女は数キロ先の虫すらはっきりと視認できる。バースト 状態になればさらに能力は上がり、未来予知とは違うが、相手の動き アラガミ から次に何がくるのかを予想することも可能になる。 シオの身体能力、五感の高さを文字通り身をもって知っている雁夜 は、その情報を疑わない。寧ろ疑う理由がないのだ。 雁夜からの称賛に、シオは嬉しそうにはにかんでいる。ケイネスは それでも納得はいかないらしく、もし仮に、と冒頭に付け加えてから 話を進める。 ﹁もし仮にアサシンが生きているとすると、あの初戦が茶番だった可 能性がある。或いは、アサシンのマスターの策略か⋮⋮﹂ だが、そこについて今考えても仕方がない。アサシンが生きている 前提で、これからのことを考えていくことにして、ウェイバーに報告 を再開してもらう。 ﹁キャスターの真名はジル・ド・レェ。セイバーをなんでかジャンヌ・ ダルクと間違えて襲って⋮⋮うん、セイバーからしたら多分襲って るって認識で合ってると思う。なんか記憶を取り戻させるため、とか 言いながら子どもを、海魔にしてた﹂ 内側から海魔によって食い破られる少女を思い出したのか、顔色を 悪くするウェイバー。大丈夫か、と雁夜に声をかけられるが、首を横 に振ってまた説明を再開する。 137 ﹁それで、そいつの宝具が魔導書で、それを魔力の基にして海魔を召 喚、使役していたから、セイバーと協力して半壊させたんだ。復元で ﹂ きるかはわかんないけど、しばらく犯行は行えないと思う﹂ ﹁どうやって半壊させたんだ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ のしくみはわかった 以││オラクル細胞。 ﹁んと、まりょくろ るのはむずかしくてできないぞ﹂ ・ だけど、シオのなかでつく 思い出した。シオの規格外スキルの1つ、アラガミがアラガミたる所 突然の問いかけに、どういうことかと訝しむ面々だったが、すぐに ﹁バーサーカー、お前どこまで習得できた﹂ 無視して訊ねた。 杯目に突入しているシオは不思議そうに首を傾げたが、雁夜はそれを ウェイバーの報告に雁夜は目を見開き、次いでシオを見る。既に3 えて、それでやったんだ﹂ ﹁セイバーが道を切り開いて、バーサーカーが右手をでっかい口に変 ? しだからな ﹂ ﹁サーヴァントが後天的に自力で魔力作って現界出来たら色々と形無 ! 頭を抱える。とことん規格外だ、このサーヴァント。つくづく味方で よかったと思う。 僕からは以上、という言葉でウェイバーが締めくくると、食事をす る音だけが響く。次に何をするべきか││各々それを考えながら、食 事をしているのだ。 何か難しい話をしているのが分かったのか、桜は食べ終わると鶴野 と共に食堂をそそくさと出ていってしまった。自分から鶴野に近づ いたのを見るに、少しづつ親子としての距離感は縮まっているらし い。 沈黙を破ったのはライダーだった。 とライダーがシオに訊ね ﹁では、余達は一度帰宅してキャスターの本拠地を探すかのう﹂ お主では見つけられなかったのだろう ると、うん、と肯定する声。やはり、痕跡を消すのは得意なようだ。 ? 138 ? さらっと単独行動スキルを生み出すくらいの発言に、ウェイバーは !? ﹁私は今晩はここに泊まらせてもらおう。まだ整理しきれていない資 料もあるのでね﹂ ﹁あ、じゃあ手伝うよ﹂ ﹁断る。貴様は魔術師としてはそこのウェイバー以下だ、いるだけで 邪魔になるだろう﹂ 雁夜の進言をケイネスは鼻で笑って一蹴する。む、とするが事実な ので何も言い返せない。 どうやって││あるかもしれない││追跡を振り切ってライダー 達をマッケンジー宅に帰還させるかを話し合った後、ケイネスの魔術 礼装の内隠匿能力に優れたものを貸すことで決定。ケイネスもウェ イバーも不服そうだったが、懸念事項を減らすためには仕方ないと承 知し、この日の三陣営の同盟活動はいったん終わりを告げた。 139 第23章│それぞれの│ 夜も更け、日付が変わるころ。 桜は自室のベッドに寝そべり、自分を診ている男2人の様子を観察 していた。 すまん、俺は桜ちゃんが養子に来た時にはまだ家 ﹁先ほど目を通した資料によると、サクラは厄介な属性を持っている ようだな﹂ ﹁厄介な属性⋮⋮ にいなかったんだ、詳しく教えてくれないか﹂ 怪訝そうな表情の雁夜に、ケイネスは健診を続けながらも説明を始 める。桜に触れてくる手には優しさは感じられないが、傷つけないよ う、不快感を抱かせないように気を使っているのは感じられた。 ﹁我々魔術師はそれぞれに属性を通常は1つ、優秀なものだと2つ以 上を持って生まれてくる。 一般的に火・水・風・地・空の五大元素と、虚数・無の架空元素の 内いずれかの属性が該当するが、ほとんどの場合は五大元素を持って 生まれてくるな﹂ どうやら間桐の人間は通常、水の属性を持って生まれるようだな、 とケイネスは言ってから説明をまた始める。 ﹁この少女が持っているのは、稀有な属性である架空元素・虚数。魔術 的な観点から、 ﹁ありうるが、物質界にないもの﹂と定義されている。 それを手放すなど、随分と遠坂は惜しいことをしているな﹂ ﹁⋮⋮桜ちゃんには姉がいるんだ﹂ ﹂ ﹁なるほど。そちらもまた優秀だったが故に、扱いが難しい妹を間桐 に養子に出したということか﹂ ﹁虚数属性ってのは、扱いが難しいのか に前例が乏しく、教育する方法も手探りで行わなければならない。私 ﹁虚数と無の架空元素は、そもそも使い手が極端に少ない。それゆえ 一科ロクスートに所属するかつての神童、フラウロスのみである。 扱ったのは初めてだ。彼の知る虚数魔術の使い手は、最弱の学科・十 ケイネスは頷く。さしものケイネスも、虚数属性を持つ魔術師を ? 140 ? も扱うのは初めてだ。しかし﹂ これは、運がよかったというべきなのだろうか。いや、断片的に聞 いていた無茶な鍛錬やその結果から鑑みて、運がよかったとは言い難 いだろう。 ﹁鍛錬を行った人間がどのような意図でそうしたかは分からんが、属 性が強引に上書きされている。これではせっかくの才能が台無しな 上、間桐の魔術もうまく扱えんだろう。これでは彼女を魔術師として ではなく、ただ体の良い││﹂ そこで、口を噤むケイネス。ある意味魔術師らしい結論だろうが、 それにしたって、この才能を腐らせた張本人には怒りしか感じない。 雁夜がどうした、と声をかけるが、さすがにその後に続く発言を少 女の前でするのは憚られたのか、雁夜を引っ張って一旦桜から遠ざか る。 ﹁カリヤ、これを行ったものは誰だ。ビャクヤか﹂ ﹂ 141 ﹁⋮⋮いや、主導していたのは親父の臓硯だ。バーサーカーがぶっ飛 ばしたけど、どうしたんだ ﹁だが⋮⋮この現状を見て喜ばしいとは言えんが、養子に出したが故 たくなかった。 る。ここにきてまた、臓硯の悪辣な一面を知ることになるなんて思い ケイネスの言葉に、雁夜は思わず声を上げそうになったのを抑え たのだ。 証としても重要視していないことを示しているとケイネスは推測し がいい。この現状は、桜という存在を魔術師としても、そして同盟の けばいい。幸い、虚数属性と間桐の魔術特性である吸収や束縛は相性 術をなじませるのなら虚数属性を残しつつ、ゆっくりと適合させてい そもそも大成させるなら虚数属性を伸ばせばいいし、逆に間桐の魔 を生むための道具としてしか見ていないとしか思えん﹂ はない。あれではただの繋ぎ││はっきり言えば、優秀な間桐の人間 ﹁痕跡から察するに、鍛錬はサクラを魔術師として大成させるもので りをぶつけたい相手に恵まれない。 雁夜の言葉に、ケイネスは忌々し気に舌打ちをする。とことん、怒 ? に、サクラは命だけは繋いでいると言える﹂ ﹁どういうことだ﹂ 怒っている理由は違えど、現状を好ましく思っていないことは事実 なケイネスの口からでた言葉に、雁夜の表情がまた険しくなる。ケイ ネスはやはり魔術師としては素人だな、とつぶやいてから、説明を始 めた。 ﹁先も言った通り、虚数元素を持つ魔術師は貴重だ。貴重であるがゆ ﹂ えに、それを持って生まれたものはサンプルとして重宝される。││ ここまで言えば、さすがに分かるのではないかね ﹁⋮⋮まさか﹂ ﹁そのまさかだ。遠坂が養子に出さなければ││あるいは間桐のよう に、胎盤扱いでも生かす方面に持っていく家でなければ││サクラは ホルマリン漬けの標本にされていただろう。ある意味、遠坂はそう 言った面では我が子を生かす選択肢を取っていたということだ﹂ ﹁嘘だろ﹂ 信じられない様子の雁夜に、ケイネスはため息を零す。魔術師とし ての価値観がない人間には、恐らく理解しがたいことなのだろうと。 ﹁魔術師の後継者はたった一人、それ以外の兄弟はその後継者の予備 として扱われる。恐らく、何らかの理由で保険として第二子を必要と したのだろう。だが、生まれた子どももまた、長子がいなければ後継 者になりうる存在。予備にするには持て余すほどの才能の塊だ。 ││推測でしかないが、遠坂の当主はその血をひくものが根源に至 ることが、子ども達が幸せになる道と考えているのだろう。だからこ そ、サクラを生かして魔術の鍛錬をしてくれる家を探し、結果的に聖 杯戦争に同じく長く関わっている間桐を信頼し、彼女を預けた﹂ なまじ同業なだけに、その結論に至るのも想像に難くない上、納得 がいく。だからこそ、詰めが甘い部分があることがケイネスは不愉快 だった。魔術は秘匿するべきものだとしても、どういった教育を施し ていくのかをしっかりと確認しなくてどうするんだ。仮にも血のつ ながった我が子だというのに。 一方雁夜は、憎き時臣が││どういう理由であれ││我が子を思っ 142 ? ての決定だったという結論に、動揺を隠せない。それが魔術師として の観点からのものだから、一般人である雁夜には理解できるはずもな かった。 解せないと言いたげな雁夜の表情に、ケイネスはまた溜息を吐く。 ﹁まぁ、貴様は魔術師ではないからな。こちらの都合や価値観は全く もって理解しがたいのだろう。だがそれが魔術師の親子の在り方│ │カタチの1つなのだ﹂ 魔術師のカタチ そのワードが、やけに頭に残った。 │││││││││││││││││││││││ 143 一方、ライダー陣営。 ウェイバーは帰る道すがら、街の真ん中を流れる川を訪れ、いくつ かの地点で水を採取していた。キャスターの拠点を魔術的方法で見 つけ出すという役目を果たすため、まずは川の水から、その痕跡を見 つけようとしていたのだ。 ケイネスから借りた隠匿の礼装を使用しながら作業を行う。礼装 は魔術師としてはまだ未熟な自分でも簡単に扱えて、ケイネスの優秀 さをまじまじと見せつけられた気分になる。 ﹁のう坊主、どれだけの地点で水を汲まなければならんのだ。もう夜 も遅い、マッケンジー夫妻も心配するぞ﹂ ﹂ ﹁こういうのは元になるデータの数が勝負なんだ、なるべく多く回収 しないと﹂ ﹁そうは言うてもな、どうやってキャスターめの拠点を探るんだ を連れてどこかの住宅に入っていたら、それはかなり目立つだろう。 キャスター陣営が大量の児童を攫っているとして、その子どもたち べるんだ﹂ ﹁見て分からないのかよ⋮⋮川の水に術式残留物がないか、それを調 ? ならば隠れるならどこだ、人目が付かない場所だ。 大きな下水道や廃工場、その辺りの拠点になりそうな場所の近くの 水を採取し、魔術の痕跡がないかどうかを調べようとしているのだ。 魔術としては基礎の基礎。下策ともいえるやり方だが、手掛かりが 見つかる可能性は高い。 だから、汲み上げる場所は多い方がいい。場所の絞り込みに使える のだから。 ウェイバーの説明に納得したのか、ライダーもまた水汲みを手伝い 始めた。 結局、2人がマッケンジー宅に着いたのは深夜2時を回ったころ。 その上、それから痕跡を調べるために時間を割き、場所を特定、よう やく眠りについたのは朝方の事だった。 ﹂ 144 │││││││││││││││││││││││││││││ │ ﹁││ん ? た時だった。 ﹂ ﹁なんだ、もう帰っちゃうのか ﹁ ﹂ かを確かめたら脱出方法を探さなければ。そう思って扉に手をかけ 室内を見回すと、出入り口は1つだけ。そこから出て、ここがどこ る。一体どういう事だろう。 眠ったはず⋮⋮。だというのに、気づいたらこんな場所に立ってい 自分は確か、ケイネスから桜について話を聞いた後、自室に帰って のような家具。 窓のない空間。落書きをされた、無機質な壁。何かに食べられたか 雁夜は、ふと気づくと見たことのあるような、妙な空間にいた。 ? ば、と振り返ると、そこには先ほどまではいなかった少年がいた。 ! 年 は 1 0 代、中 高 生 あ た り だ ろ う か。オ レ ン ジ が か っ た 茶 髪 の ショートカットに、黄色い帽子、黄色い上着にオレンジ色のズボン。 首にはマフラーを巻いている。 そして何より目を引くのは、右腕につけられた赤い腕輪。服装は ちょっと羽目を外したおしゃれな少年、といった風にみられるが、腕 輪だけがアンバランスさを醸し出していて、異様な印象を雁夜は受け た。 ﹁││あんた誰だ﹂ ベッドに腰掛けている少年を睨みながら、雁夜がそう問いかける と、少年は相変わらずへらへらと笑みを浮かべながら答える。 ・ ・ ・ ﹁俺の名前って意味なら、無い、が正しいな。この姿も、この空間だっ て、俺がアイツの中で覗き見たのを元に構築してるだけで、俺の容姿 も名前も何もかもが、もうどこからも消え去ってるわけだし﹂ ﹁意味が分からない。あんたがここを作ったってことか﹂ ﹁そうだね。ここは俺が作り上げたし、あんたが作り上げたとも言え る﹂ ﹁⋮⋮どういうことだ﹂ なかなか要領を得ない解答に苛つきながら、雁夜が問いかけるが、 少年はまぁまぁ、と軽く聞き流してしまう。 ﹁でも、名前がないままじゃ呼ぶときに困っちゃうな。どうせ今夜限 りの縁だけど⋮⋮そうだな、本来のこの姿の持ち主の名前も借りると しよう﹂ そう言って、少年は立ち上がる。雁夜と向かい合うように立つと、 にっ、と歯を見せて笑いかけてきた。 ﹁俺の事は便宜上││藤木 コウタって呼んでくれ﹂ ││彼は求めていた し あ わ せ ││毛の筋ほどの、希望を ││ごく普通の日々を 145 第24章│なんのために│ 警戒して扉の前から動かない雁夜に、少年││自称・藤木 コウタ は笑みを浮かべたまま、小さな冷蔵庫││これまた齧られたような跡 がある││に乗っかる形で腰掛けた。 ﹁まぁそう警戒しなくてもいいって。俺はどうせ今夜限りの意思なん だし﹂ ﹁どういうことだ﹂ ﹁そのままの意味。本来なら、こうして生まれることも無かったんだ ・ ・ ・ けどな﹂ アイツが良かれと思ってしたことで、縁が出来たというか、繋がっ てしまったっていうか。うん、この現状に関して言えば俺は悪くない よ。 そう言い切るコウタに対し、しかし雁夜は疑いの目を向けることを ﹂ ﹁あんたがサクラって女の子のために、トキオミって男を殺そうとし てるのは知ってる。でも、それは何のためにやるんだ ﹂ ﹁何のため、って、それはもちろん桜ちゃんの幸せの﹂ ﹁本当に ? は裏腹に、静かな意思を湛えている。 ﹁なぁ、いい加減目を背けるのを止めたらどうだ ﹁目を背けるって、何から﹂ ﹂ ﹁あんたがそれをやるのは、何の為だ。よく考えた方がいいぜ﹂ ? 146 やめない。それもそうだ、この状況で目の前の人物を疑わない方がど うかしてる。抽象的な説明しかしないことも、疑念に拍車をかけてい た。 ﹂ コウタはそんな雁夜の内情などお構いなしと言いたげに、なぁ、と 言葉を投げかける。 ﹂ ﹁あんた、何のために戦うんだ ﹁何のため⋮⋮ ? 雁夜からの鸚鵡返しに、コウタは頷く。 ? 発言に被る形で問いかけてくるコウタ。その目は快活な見た目と ? それが終わるまで、ここからは出してやんない。したり顔で笑うコ ウタ。その表情に思わず怒りがこみ上げてくるが、何とか抑える。こ こで感情に走っては相手の思うつぼだ。 幾度か深呼吸をして、コウタを睨む。彼は相変わらず笑っている。 年相応の、と言いたいが、どこか悪だくみをしていそうな胡散臭さは、 大丈夫、夜は長い。考える時間はいく 何故かその容貌とは不釣り合いに思えた。 ﹁俺を睨んでも始まらないぜ らでもある﹂ 考えろ﹂ ﹂ ﹁トキオミは誰の何だ そこを考えて、もう1回その結論が出せるか 投げかけられた問いかけに、雁夜が顔を顰める。 思考にかぶせるように、まるで思考を読んだかのようにコウタから ﹁││本当にか そのために時臣を殺す││これも当然のこと。 のことだ。 桜を助けたいから││これは自分の中ではっきりしている。当然 何のために戦うか、考える。 り、あの姿は借りものなのだろう。 そういう彼の言動は、やはり違和感がある。最初に言っていた通 ? 先ほどのように助言をすることはしないらしい。 コ ウ タ は 何 も 言 わ な い。相 変 わ ら ず 笑 み を 浮 か べ て い る だ け だ。 とすると、答えようとすると、声が出せなくなる。どうして。 分かり切った答えなのに、言葉に出せない。何故だ、言葉に出そう ﹁時臣は⋮⋮﹂ コウタの問いかけが頭を過る。 トキオミは誰の何だ ││思っているが いる限り遠坂に桜は戻れない、だから殺すしかない。そう思ってる。 遠坂 時臣。遠坂家の当主で、桜を間桐に追いやった張本人。彼が 瞥し、また思考に埋没する。 相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべてそう言うコウタ。それを一 ? ? 147 ? 胸の奥で何かがギチギチと鳴っている気がする。当たり前の事実 ││時臣が葵の夫で、桜と凛の父親だということを話すだけなのに、 たったそれだけがなぜか言葉にできない。頭ではわかっているのに、 考えろ。コウタも言っていたじゃないか。考えろ、時間 何かが拒否しているような、そんな感じを覚える。 なんでだ はあると。 何故、時臣が桜達の父親であり、葵の夫であることを口に出せない のか。 ││時臣と彼女らがその関係であることを認めるのが嫌だから ││結論から言う癖を止めてくれ に、とんでもないことを考えたような。 何か、妙な感覚を覚える。何故だろう、当たり前の結論のはずなの ││あれ だとしても赦すわけにはいかないし、だからこそ殺したいと││ ら、魔術師としては寧ろ子を思うという意味では最善の方法だった。 桜を間桐に送り出したこと││は、ケイネスの推測が合っているな を認められないというわけではない。ならなぜか。 は憎い。だが2人が夫婦になるのは分かり切っていたことだし、そこ では何故、認めるのが嫌なんだろうか。確かに葵は好きだし、時臣 ? いや、これでもまだ足りないだろう。頭に思い浮かぶシオが、まだ あの家から助ける為。 桜が間桐に戻ったことで、何故雁夜が戻ろうと思ったのか││桜を がりは、これだけでは納得しないだろう。 ふと、シオの声が聞こえた気がした。そうだ、彼女のような知りた になるんだ ││なんでサクラがマトウにきたら、マスターがもどってくること たから。 まず、自分は何故間桐家に戻ったのか││桜が間桐に養子に出され 示せない。過程から思い出すべきだ。 のを説明するときは過程をしっかりと述べないと、納得のいく結論は ふと、自分がシオに言った言葉を思い出す。そうだ、こういう時、も ! 148 ? ? ? 疑問を浮かべている。 何故、桜を助けたいと思ったのか││桜が好きだから ﹁⋮⋮いや待て、なんか違う。これじゃただの変態みたいじゃないか﹂ 桜が好きなのは事実だ。それは親愛的な意味だが、嫌いなわけで も、ましてや興味が無いわけでもない。 桜が好きなのはなぜか││憎き時臣の娘だというのに、凛と同じで 好ましく思っているのは何故か。 考えに考える。彼女たちには何の責もない、だから嫌うわけがな い、というのはある。が、それにしたって憎き男の子どもに、何故自 分は関わり、そして遊んでいたのか。 その答えは、至極簡単に出てきた。葵││自分の初恋の相手の子ど もだからだ。雁夜は桜や凜を時臣の子どもではなく、葵の子どもと判 断して、接してきていたのだ。 それは││それは、現実逃避ともいえるものではないのか。そんな そのくらいには、自分の動機の不純さにショックを受けていた。 反応を返さない雁夜に、コウタはしょうがないなぁと呟いて、再度 質問を投げかける。 149 考えに、雁夜は愕然とする。彼女たちは時臣と、葵の子どもだ。どち らかが欠けていたら、生まれることのなかった姉妹だ。 そして、それを思い知らされると同時、自分がしようとしていた﹁時 臣の殺害﹂という目的は、桜や凛から実の父を奪う事と同義であり、何 より葵にとってみれば││愛する人を奪うことになるという事実に 気づいた。気づいてしまった。 自分は、何故その事実から目を逸らして、時臣を殺そうとしていた それは││ のか││時臣が憎いから。 では、何故 ﹂ ? ニタニタと笑うコウタ。だがそんな彼に怒りを向ける余裕もない。 だったのがそんなにショック ﹁あ ん た、1 人 だ と 結 構 冷 静 に ド ツ ボ に 嵌 る ん だ な。自 分 の 中 が 歪 唐突な割り込みに、雁夜はコウタを見る。 ﹁はい、そこまでだ﹂ ? ﹂ ﹁じゃ、じっくり考えただろうから、改めて答えを聞くよ。 ││マトウ カリヤ、あんたは、何のために戦う 何のために。 最初は、時臣を殺して、葵のもとに桜を帰してあげることだった。 そう、自分では思っていた。 そうすれば全員が幸せで││葵から、感謝されるのだろうと。 だが、それは違っていた。自分はただ││ただ、人並みの幸せを享 受しておきながら、その幸せをみすみす手放した時臣が許せなかっ た。葵を、自身の初恋の女性を盗って、恵まれていたというのに。 そう││雁夜は、嫉妬していたのだ。何をしても完璧な、恵まれた、 その上魔術師の時臣が。時臣を殺したかったのは、そういった嫉妬心 の現れで、桜の救出を、その建前にしてしまっていたのだ。その考え がいつ頃に根付いたかはもう覚えていないが、蟲蔵での鍛錬の最中 で、それが心の支えだったのかもしれないと考えると、皮肉な話であ る。 だが、そうだとしても。 ﹁││俺は、桜ちゃんの為に戦う﹂ ﹂ 雁夜の言葉に、コウタは眉間にしわを寄せる。 ﹁それが、あんたの答え ﹁ああ、これが答えだ﹂ ﹁この長い間に考えて、結局何も変わってないじゃん﹂ ﹁当たり前だ。どんな理由でも、桜ちゃんを助けたい││桜ちゃんに 幸せでいてほしいって願いは、最初から変わらない﹂ 葵に振り向いてほしいとか、時臣が憎いとか、それすら全部抜きに しても、桜には笑顔でいてほしい。桜には、幸せになってもらいたい。 あ の 地 獄 たとえどんな考えがあったとしても、その思いは本物で、だからこそ、 雁夜は間桐の家に帰ってきたのだ。 ﹁俺だってただの一般人なんだよ。たとえ初恋の人の子どもだとして も、好きじゃなかったら実家に乗り込みなんてしないし、俺が逃げた せいだなんて考えたりもしない。寧ろ葵さんを慰める方を優先する 150 ? こくりと頷く雁夜に対し、コウタはつまらなさそうな表情をする。 ? だろうよ﹂ 雁夜だって、間桐の家を恐れていなかったわけじゃない。恐れてい なかったら寧ろ、正面から立ち向かって、間桐の魔術を潰しに掛かっ ていただろう。 ﹁葵さんも、時臣のことを抜きにしても、俺は桜ちゃんが大切なんだ。 ││きっかけは多分、世間的に見れば不誠実で、間違ったものだった んだと思う﹂ そこで、くしゃりと相貌を崩す雁夜。それは、この空間に来て初め て見せた笑顔で、コウタは目を丸くする。 ﹁でもさ、でも⋮⋮誰かを思うって気持ちは、大切な誰かを救いたいっ て気持ちはさ、きっと、間違ってはいないって思うんだ﹂ だから、胸を張って言おう。 とコウタに問いかける雁夜に、少年はすぐに答えを返さな ﹁俺は、この聖杯戦争を、桜ちゃんの幸せのために戦い抜くって﹂ ダメか い。 だが、その表情はどこか軽薄な笑みではなく、満足そうなものに変 わっていた。 人 間 ﹁そ、っか⋮⋮はは、やっぱ人間って、いいな﹂ そう呟いて、コウタは雁夜を見つめる。 ﹁うん⋮⋮合格だ。いや、俺みたいなのがあんたを評価するのはおこ がましいんだろうけどさ﹂ その言葉に、雁夜がほっと溜息を吐く。と、四方を囲む壁がボロボ ロと崩れてきた。 ﹂ ﹁ちょうど、朝みたいだな。ああ、これで俺も終わりかぁ⋮⋮﹂ ﹁それ、どういう││って、お前体が⋮⋮ は話さなくていいか。どうせ忘れるし﹂ やって明確な自己を保てなくなるだけでさ。元々俺は││いや、これ ﹁ああ、気にすんな。どうせ俺はあんたの中に残ってる。ただ、こう ら、これは少年にのみ起きている現象だ。 ているのが見えて、雁夜は瞠目する。雁夜の姿は消えかけていないか ボロボロと崩れる壁と共に、目の前の少年も溶けるように消えかけ ! 151 ? ﹁││は ﹂ 衝撃の事実にまた驚く雁夜に、少年はしてやったりといった表情を 浮かべる。 ﹁だってここは夢、起きたら砂の城のように忘れていく記憶さ。ああ でも││もしかしたら、毛の先ほどくらいは覚えてるんじゃないか それがいいなぁ、うん﹂ ? ケラケラと笑う少年の体は、もうほとんど見えなくなっている。手 ﹂ を伸ばそうにも、雁夜の体は言うことを聞かず動かない。 ﹁コウタ ﹁じゃあな、マトウ カリヤ。良かったよ、あんたがまだ││﹂ ││こっち側じゃなくて そんな少年の言葉を最後に、雁夜の意識は暗転した。 152 ? ! 第25章│ゆめとのぞみ│ ││懐かしい夢を見る ﹁お前のせいだ﹂ そう、誰かが自分に言った。 ﹁お前がいるから俺たちはこんなに苦しいんだ﹂ そう、誰もが自分に言った。 ﹁お前のせいで﹂ ﹁あんたがいたから﹂ せ か い ﹁きみのせいで﹂ そう、村の皆が自分に告げる。 起きた凶事の原因はすべて自分にあると罵られた。 ある日、不気味な獣の鳴き声に住民が恐怖する日々があった。 ││自分のせいだと、喉を潰された ある日、住民の長の目が見えなくなってしまった。 ││自分のせいだと、片目を潰された 怖くて痛くて目を瞑ろうとしたら、もう片方は瞼を固定された。目 が乾いて、涙が止まらなくなった。 ある日、住民の1人が食物にあたって死んだ。 ││自分のせいだと、皮膚を焼かれた ある日。 ││自分のせいだと、手の指を斬り落とされた ある日。 ││自分のせいだと、足の指を斬り落とされた ある日。 ││自分のせいだと ある日。 ││自分のせいだと そうやって、そうやって、理不尽に罵られ、疎まれ、虐げられる日々。 憎い、憎い、憎い。 何故自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか。ただ生まれた 153 だけだというのに、何もしていないというのに。ただ生きたかっただ けだというのに。 こんな目に遭わせた人間が憎い。世界が憎くてたまらない。 憎くて、憎くて││でも、羨ましかった。 当 た り 前 いつの間にか体が朽ち果て、岩牢に焼き付いた亡霊となっても。 外に出られず、故郷が朽ち果てても。 自分は憎しみと同時に、羨み続けた。 外の光の中、そこで過ごす日々には、どんなしあわせがあるのだろ う、と。 ││どこか懐かしい夢を見ていたようだ ぱちり、と、目を開ける。起き上がり、窓の外を見ることで大体の 時間を推測する。やっと、夜が明けたころだろうか。そろそろ朝食を 作らなくては、彼らが起きてしまう。 154 こっそりと部屋の扉を開け、台所へと向かう。その道中も、あの夢 が頭から離れない。 覚えがないはずなのに、懐かしさを覚える夢。理不尽な最期を遂げ た、誰かの生涯。 ﹂ 時々、ふと覚えるようになった違和感と、それは関係しているのだ ろうか。 胸に手を当て、呟く。 ﹁おまえが、よんだのか⋮⋮ りに抑えている。 イネスがいた。夜遅くまで資料を整理していたのだろう、目元をしき 朝。早い時間ではあったが、間桐家の食卓にはいつもの面々と、ケ │││││││││││││││││││││ 答えは、返ってこなかった。 ? ﹁一先ずだが、今回の聖杯戦争の歪さについてまとめた資料を作成し た﹂ 朝食を食べ終わり││臓硯の入った瓶と、シオ特性の流動食もどき にケイネスが瞠目していたのを見て、これは普通じゃなかったなと 思ったのは内緒だ││、ケイネスがそう切り出してきた。雁夜と鶴 野、シオはその資料に軽く目を通し、桜は臓硯の瓶を抱いて、その様 子を観察している。 それと、と3人が資料から顔を上げたタイミングでケイネスがもう 1つの資料を差し出してくる。 ﹁こちらはサクラの体質と現状についてと、養子に出された経緯の推 察、並びに今後の処遇についての提案書だ﹂ ﹁それって﹂ ﹁⋮⋮興味深い属性を持っているようだからな、ここで腐らせるのは 惜しい。魔術師としての実力については、これからの中で見定めるし 155 かないが、自衛の手段を得るために時計塔への入学を勧める﹂ 魔術師への道を勧めるケイネスに、思わず雁夜が立ち上がりかける が、彼の言っていることは大凡正論の為に反論できずに座り直す。 ﹁それしか、桜ちゃんの道は無いのか﹂ ﹁この冬木の地で、遠坂でさえ匙を投げた特異な属性を使いこなせる ﹂ ように調練できるのなら、そうする必要は無いが。貴様らにできるの か ﹁あ、じゃあシオがおくっていくぞ﹂ しなくてはいけないからな﹂ ﹁私は一旦ライダーたちと合流する。調査の成果が出ているか、確認 さて、と言ってケイネスは立ち上がる。 めた後あの性格が変わっているかも分からない。 分からないが││臓硯のみだが、彼自身今は眠ったままであり、目覚 この家でのまともな魔術師は││あれをまともと言っていいのかは あるのだと付け加えられ、いよいよ否定する材料がなくなっていく。 言えない。彼女の能力がそのままの場合、怪異を呼び寄せる可能性も そう言われてしまえば、魔術師のなり損ないである雁夜たちは何も ? ﹁いらん。さすがに人目の多い場所を歩いていけば、狙われることは 無いだろう。隠匿の礼装もまだ予備がある﹂ シオの護衛の申し出を退け、ケイネスはすたすたと食堂を出てい く。と、 ﹁ああ、そうだカリヤ﹂ ﹁なんだ﹂ ﹂ ﹁その資料だが、遠坂にでも見せてこい﹂ ﹁││は 突然の指示に、雁夜が目を見開く。ケイネスはそちらの事情など知 らんとばかりに、言葉を重ねていく。 ﹁私の署名をしておいた。遠坂の当主がどんな性格をしているかは推 測でしかないが、仮にもアーチボルトの署名だ、その資料を無下には せんだろう﹂ 外部からの参加者であるケイネスには遠坂とのつながりがなく、ア ポイントを取るのは難しい。しかし魔術師の域に達していない雁夜 では、会うことは可能でも恐らく、話すらしてもらえない可能性が高 い。それを解消するための案が、 ﹁遠坂と繋がりの深い間桐の人間が、 魔術の名門アーチボルトの署名入りの資料を持っていく﹂というもの だったのだ。 ケイネスの意図に気づき、雁夜がケイネスを見つめる。ケイネスは そんな雁夜を鼻で笑う。 ﹂ ﹁奴と話すとき感情に流されるなよ、私の名前にも傷がつくのだから﹂ ﹁∼∼っ あ、やっぱりこいつ苦手だ。はっはっは、と優雅に高笑いを上げて 去っていくケイネスに、雁夜はそう思った。 一先ずは深呼吸をして落ち着き、残る面々と向き合う。シオと鶴野 は話の内容が理解できていたからか、心配そうな目をこちらに向けて くる。いや、鶴野がそのような視線をくれているというのは多分、気 のせいだろうが。桜は内容が理解できずに、退屈そうに瓶の中の臓硯 に話しかけている。 何故だか、時臣に会いに行くという難関が立ちはだかったというの 156 ? ! に、自分の心は静かだった。ここ数日で落ち着いてきたとはいえ、面 と向かって顔を合わせるということになったら、いやが上にでも激昂 すると自分でも思っていたというのに。 ││何のために戦う ふと、黄色い誰かが、問いかけてきた気がした。何かが、胸を締め 付けた気がした。眠ってる間に、何かを自分は得ていたのだろうか。 起きてすぐに、夢は忘れてしまうから、それを思い出せないだけで、結 論は出ているのだろうか。 桜を見る。思い返してみれば、自分は彼女の意思を確認していな と言いたげに首を傾 かった。今更だとは思うが、徐々に我を出してきている彼女に、聞い ても大丈夫だろうか。 ﹁桜ちゃん﹂ 唐突に話しかけられ、桜は顔を上げるとなに げた。シオと鶴野も、不思議そうにしている。 ﹂ 鶴野の問いに、雁夜は気まずそうに頭を掻く。そうは言っても、自 に、一体何があったのか。鶴野はそれが気になっていたのだ。 を殺すという事。その矛盾に気づかずに雁夜は戦っていたというの ねられて告げた、 ﹁時臣を殺す﹂というものだ。だが、それは桜の父親 鶴野が言う〝最初のころ〟とは、シオを召喚した次の日に鶴野に訊 るじゃないか﹂ ﹁お前どういう風の吹き回しだ。最初のころ言ってたことと矛盾して ﹁なんだよ兄貴﹂ 部屋の隅に連れていく。 答えが出るまで待とうとした雁夜に対し、鶴野は雁夜を引っ張って ﹁おい雁夜﹂ 後考え込む。 いかけだったのか、ぽかん、と拍子抜けしたような表情をして、その 力感を覚えながら、雁夜はそう問いかける。桜は、思いもよらない問 父親、と言う部分を言うのに、かなりの労力を使ったかのような脱 ﹁││時臣に、本当のち⋮⋮父親に、会いたいか ? ? 分は変わったつもりはない⋮⋮たぶん。昨夜辺りからの捉え方の変 157 ? 化から、夢で何か変わった出来事があったんじゃないかとか考えてい るが、それにしたって荒唐無稽な話である。 ﹂ ﹁なんて言えばいいんだろうな⋮⋮多分気づいただけだと思う﹂ ﹁気づいた ﹁時臣が、桜ちゃんの父親だって﹂ 至極当たり前の事実。けれど雁夜が目を逸らしていたこと。 ﹁昨晩、ケイネスさんから桜ちゃんについて話を聞いて、時臣がしたこ とは魔術師の親として正しい選択だったって説明されたんだ。俺さ、 それに反論することもできなくて﹂ 時 臣 が 悪 い ん だ と 思 っ て い た。そ う、考 え て い た。だ が、そ れ は 違っていて、時臣は彼なりに、娘の桜を気にかけていたのだ。 ﹁その時に││というか、多分その後から朝にかけてだけど││気づ いたんだ。時臣は、桜ちゃんの、血が繋がった大切な父親だって﹂ そして、そんな父親を、雁夜は殺そうとしていたことに。 ﹁それに気づいたらさ、どんなに憎らしくても、死んでほしいと思って いても殺すことなんてできないじゃないか﹂ 怒りも、或いは憎しみもまだ残っている。けど、桜の大切な父親だ から、もう殺せない。 そう言って複雑な表情で笑う雁夜に、鶴野は何も言えない。何が あったかは知らないが、自分で認めることができたのだ。あの時に口 出しできなかった自分が言うことは、ない。 と、考えがまとまったのか、桜が口を開いた。 ﹁わたしね﹂ か細い言葉を聞くために、3人が静まり、桜を見る。 ﹁わからないの。また、会いたいのか、かぞくになりたいのか﹂ 家族になりたい。簡単そうで、けれどとても大変なこと。 ﹁でも⋮⋮1回でいいんだ﹂ そう続ける桜の瞳は変わらず暗く、光は無い。だが、 ﹁とおさかのみんなと、お話したいな﹂ ││その瞳の奥にある心は、確かに生きていた 158 ? 第26章│トーサカ│ 遠坂 時臣と会談がしたい。 名義上ではあるが、当主となっている鶴野を通じてそう打診する と、ほどなく﹁是﹂の返事が返ってきた。やはり、手順を踏んだ正式 な申し込みは受け付けるらしい。彼らしいと言えば彼らしいな、と雁 夜は思う。 午前中は数日ぶりに桜の勉強を見て、昼食をとった後、雁夜とシオ は遠坂の屋敷へと向かうことになった。さすがにサーヴァントであ るシオは中には入れないが、万が一のための護衛として、入り口まで はついていくと言ったのだ。 昼間からいつものぼろ布を着させるわけにもいかず、シオは今回は ドレスを着用している。パーカーの雁夜とは色々な意味でアンバラ ンスで、かえって往来で目立つことになり、羞恥で死にたくなったと おこってけっかんパーンしな ちゃんの現状を話すだけなんだから⋮⋮﹂ ぶつぶつと不満そうに雁夜が呟くが、シオはそれを聞いても心配そ うに雁夜の周りをぐるぐる回りながら話しかけてくる。純粋な心配 も、度が過ぎれば鬱陶しく思えてくるな、と雁夜は思った。 その後もなーなーと話しかけられるも雁夜は生返事を返しながら 歩き、遠坂の屋敷に到着してようやく一息つくことが出来た。 門扉の前で立ち止まり、屋敷を見上げる。久しぶりに見たそこは厳 かな雰囲気を持っていて、しかしこの家の内情を多少は知っている身 としては、どこか得体のしれなさを感じてしまう。 未だに心配そうに見上げてくるシオを見て、雁夜はその頭を撫でて やりながら落ち着いた口調で諭す。 ﹁大丈夫だって。俺もそんなに馬鹿じゃないし、時臣の野郎もきちん とやってきた客はそう無下にはしないから⋮⋮そこもなんかムカつ 159 は雁夜の言葉だ。 ﹂ ﹁なーな、ほんとうにだいじょうぶか いか ? ﹁だから大丈夫だって言ってるだろう。ケイネスさんの資料渡して桜 ? くところだがな﹂ ふん、と鼻を鳴らし、シオにそこで待機しているようにと言いつけ て、雁夜は屋敷の中へと入っていった。それを心配そうに見送りなが らも、シオは律儀に門扉の前で待機している。服装も相まって目立つ のか、ちらちらと道を行きかう人々に見られるが、シオは気にしない。 サーヴァントならば霊体化ができるのだが、シオは││ ﹁ほう、まさか貴様がここに来るとはな、獣﹂ ﹁あ、アーチャーだ﹂ 街を散策していたのだろう。シオよりは現代に即した││それで もだいぶ目立つ服装だが││服を着たアーチャーが歩いてきた。不 意の登場だったが、シオは普通に挨拶を返す。昼食で腹いっぱいに なっていなければ、恐らくは本能のままに突撃していただろう。アー チャーの神性はシオの琴線に触れるほどに高いとシオは考えていた。 今はまだ昼、夜になるまで時間はたっぷりとある。今この場ですぐ る。同じ﹁おうさま﹂だというのに、ライダーとアーチャーはどこか 違う。 そんなシオに対し、アーチャーは尚も口角を釣り上げて笑う。 ﹁見目だけではなく、中身もまるで人のようだな、貴様は﹂ ﹁シオ、ひとじゃないぞ﹂ ﹁それくらい分かっている。でなければ獣などと呼ぶまい﹂ ﹁む、シオにはシオってなまえがあるぞ﹂ ﹁わざわざそれで呼ぶ理由がないな﹂ 160 さま戦う理由もないので、シオもアーチャーも知り合い程度の態度で 挨拶を交わしたのだ。 ﹂ ﹁マスターがおまえのマスターとはなしたいってことできたんだぞ﹂ ﹁あの時臣とか。よく渡りをつけられたな﹂ ﹁んーと、せーしきなしゅだんをつかったんだって﹂ アーチャー、シオのマスターのこと、しってるのか ﹁成程な。貴様のマスターも、利口になったものだ﹂ ﹁ ? ははは、と笑うアーチャーに対し、シオはむす、とほほを膨らませ ﹁さて、どうだろうな﹂ ? ﹁むう﹂ ﹂ 機嫌がだんだんと下がっていくシオに対し、アーチャーは言葉を続 ける。 ﹂ ﹁ああ、それとも││特異点、と呼んだ方がいいか ﹁ ﹁これは⋮⋮ ﹂ ろうと、雁夜はさっそく持参した資料の束を2つ差し出す。 これは聖杯戦争の早期終結に必要なこと。さっさと終わらせて帰 いた。 不快感は出しながらも、一見いつも通りの優雅さを保ちながら席につ イライラする心中を押さえながら席に着く。時臣も、雁夜に対する とことん、かみ合わないらしい。 しても、この男とは分かり合えないと痛感する。自分たちのカタチは 魔術師然とし、神経を逆なでするような言動に、雁夜はやはりどう ものだとしても、今は客人として対応しよう﹂ 事があったんだろう。座り給え、いくら君が魔術の道を外れた下賤な ﹁さて、わざわざ正式な席を設けようと訴えてきたんだ、何か特別な用 が、どうにか理性で落ち着かせる。 一々癪に障る言動だ。思わず感情のままに言葉を吐き出しかける 間桐もよほど、切羽詰まっているということかな﹂ ﹁まさか君のような落伍者が聖杯戦争のマスターになっているとは、 雁夜は時臣と対峙していた。 一方そのころ。 │││││││││││││││││││││ の反応に、アーチャーは愉快だと言わんばかりに笑みを深めた。 何故、その単語を。驚いたような表情でアーチャーを見つめる。そ ? ﹁隠したって意味がないから先に言っておくぞ。俺たちはランサー、 ? 161 !! ライダー陣営と同盟を組んだ。聖杯戦争を中止、もしくは早期終結を 図るためだ﹂ 雁夜の言葉に、時臣の雰囲気が張り詰められる。アサシンの報告で 知っていたが、改めて本人の口から告げられたからだ。だが、すぐに 緊張は消えた。ここは時臣の本拠地であり、工房の真っただ中。救援 として他陣営が来る前に、雁夜が令呪でバーサーカーを呼ぶ前に、雁 夜だけを仕留めるのは容易いと判断した為であった。 ﹁俺自身としては聖杯戦争の是非はどうでもいいが、桜ちゃんに害が 及ぶってなら話は別だ。だからランサーのマスター⋮⋮ケイネスさ んに間桐の書庫を提供した。そこにあった情報と、現状から推測され る物事をまとめた資料がこれだ﹂ そう言って、雁夜は資料の片方を示す。一方、雁夜の話に、時臣は 成程、と感心していた。ケイネスが雁夜のような人間と手を組んだこ とが疑問だったが、どうやら間桐の書庫という情報の宝庫を必要とし 162 ていたから、ということらしい。外部からの魔術師である彼が情報を 手にするには、確かにそれが手っ取り早い。 ﹁その見返りに、桜ちゃんの状態を診てもらった。あの子の現状とそ ﹂ の問題点をまとめた資料がこっち﹂ ﹁⋮⋮問題点 ﹂ いた彼に対し、沸々と怒りがこみ上げる。 驚きで立ち上がりかけた時臣を、雁夜は目で制する。ここで漸く驚 ﹁なんだって の、だったらしい﹂ 真っ当な魔術師としてではなく⋮⋮胎盤、として調整するためのも ﹁だが、ケイネスさん曰く、じ⋮⋮親父がしていた調練は、桜ちゃんを たしさを感じながら、さらに言い募る。 改めて何を言わせるのか、と時臣が表情に出していることに、腹立 ﹁それがその家の調練の仕方だというなら、あり得るね﹂ ⋮⋮あんたら魔術師の世界だと、拷問まがいの調練も、あるらしいな﹂ ﹁ああ、問題点だ。俺としては、調練のやり方に怒りしか感じないが やはりそこに引っかかるか。雁夜は深呼吸をして話し始める。 ? !? ﹁親父は色々あって無力化してるから、これ以上はどうにもできない。 ケイネスさんからは、桜ちゃんを時計塔に留学させるように勧められ た﹂ 詳しくはその資料に書いてある。そう言って示された資料に、時臣 は目を通していく。落ち着いた様子だが、資料を捲る手が震えている ように見えたのは雁夜の願望だろうか。 ﹁属性の強引な上書き⋮⋮基本的な魔術知識の欠如⋮⋮これは⋮⋮﹂ ぶつぶつと資料に目を通しながら、時臣が呟いているが、それには 耳を傾けず、雁夜は時臣に請う。 ﹁時臣、1回でいい。遠坂の皆で、桜ちゃんに会いに来てくれないか﹂ その言葉に、時臣は資料から顔を上げて、雁夜を見る。 ﹁桜 ち ゃ ん は 自 分 が 養 子 に 出 さ れ た 理 由 を 知 ら な い。兄 貴 に 聞 い た ら、親父は桜ちゃんに﹁遠坂に見捨てられた﹂と吹き込んでいたらし い﹂ 時臣から、優雅さが消える。 ﹁お前の口から、ちゃんと⋮⋮ちゃんと、経緯を説明してやってくれ。 桜ちゃんはまだ幼いけど、話せばちゃんと、順序立てて話せば、絶対 理解してくれるから﹂ 頼む。そう言って、雁夜は頭を下げた。時臣に、色々な意味で大嫌 いな彼に頭を下げるなんて、屈辱の極みだが、桜の為と考えれば、な んとか耐えられた。 雁夜が頭を下げる中、紙が捲れる音が響く。どうやら雁夜の発言の 裏付けを、ケイネスがまとめた資料に求めているらしい。やはり情報 の重要度はそちらが上か。文句を言いたい気持ちをなんとか押さえ つける。今は耐える時だ。 どれほど、時間は過ぎただろう。分からないが、いつの間にか、紙 を捲る音が止まっていた。静かな室内で、時臣の深いため息がやけに 響き渡る。 ﹁││ここにあるアーチボルト氏の署名、そして内容は本物だろう。 理屈として筋が通っている上、君がこのように魔術師の観点から桜を 分析できるとは思えない﹂ 163 その言葉に、雁夜が顔を上げる。時臣はこの数分でかなり疲れた様 子で⋮⋮それでいて、瞳は何かを湛えるかのように輝いていた。 ﹂ ﹁間桐が契約を反故にしたのだ、私たちがそれを遵守する意味もない﹂ ﹁じゃあ⋮⋮ ﹁⋮⋮すぐ、とはいかない。聖杯戦争の資料についても、こちらで分析 しなければいけないからね。もし本当に、聖杯やこの戦争自体に問題 があって、滞りなく戦争が中止になったのなら⋮⋮桜と会う場を設け よう﹂ 時臣から、口頭とはいえその言葉が出たことに、雁夜は歓喜する。 今までの事を考えれば、大進歩だ。 ﹁⋮⋮感謝する、時臣﹂ ﹁君の為ではないよ。桜の為、そして、この資料を見返りとしてわざわ ざ用意してくれたケイネス氏に報いる為だからね﹂ ││知ってるさ、お前が俺の言葉なんて歯牙にもかけないことなん て そう思いながら、それでもと雁夜は礼を言う。 桜ちゃん、おじさん、やったよ。 雁夜の心は、実に晴れやかな物だった。 164 ! 第27章│おもいでとすれちがい│ 遠坂邸、その門扉の前。 シオとアーチャーは対峙していた。半ば警戒心を露にするシオに 対し、アーチャーは相変わらず嘲笑を浮かべている。 ﹁そうこがいからおもってたけど、おまえ、なんでシオのことしってる みたいにはなすんだ﹂ ﹁何、我は少しばかり〝目〟がいいのでな﹂ ﹁こたえになってないぞ﹂ がるる、と歯を見せて威嚇するシオを、アーチャーは鼻で笑って一 蹴する。 ﹁ただ我は貴様を見て情報を読み取ったにすぎん。抑止の使いであり ながら理に逆らった獣だとな﹂ ﹁⋮⋮みただけで、わかっちゃうのか﹂ ﹁我だからな﹂ 当然だと言わんばかりの態度に、さしものシオも戸惑い気味だ。相 手の過去を見る、というものであれば感応現象が挙げられるが、それ でも対象に触れることが必要だ。 人の形をしているのに、その範疇は人の外。神の気配を漂わせてい る彼が、自分以上に規格外の存在なのだと、シオは痛感した。 相変わらず楽しそうな笑みを浮かべているアーチャーに、シオは倉 庫街の出来事を思い出し、改めて謝罪する。 ﹁えっと、おなかすいてたからだけど、アーチャーのたいせつなの、イ タダキマスしてごめん﹂ ぺこり、と頭を下げるシオに、アーチャーはふと考え、あの時の事 か、とつぶやく。 ﹁すべてを喰らったわけではなかったからな、修復もできている。気 にすることでもないが、次に相対した時に罰として我自ら叩き潰して やろう﹂ 特に怒られることもなく、シオは首を傾げた。なんだか、あの夜に 見た苛烈な印象だと、謝罪しても許してくれないのではないか、と 165 思っていたのだが。 不思議そうにしているのを察したのだろう、アーチャーがシオを見 る。その瞳に、何か自分を通して別のものを見ているような感覚を覚 えて、シオは眉をひそめた。 ﹂ ﹁我も、そしてもう1人も、貴様と似たような存在だったのだ﹂ ﹁ぬ になるのではないか る﹂ ・ らなかった。 ・ ・ ? ・ ・ が、納得もいかぬが なのだろう﹂ ・ ・ ⋮⋮貴様はある意味、あれの後継のような存在 ! ﹁貴様とあれは、用途こそ違えど、出自は類似している。癪ではある る。 アーチャーはしかし、それ程気分を害した様子もなく、話を再開す れてはいけない部分だったようだ。 キッ、と睨みつけてくるアーチャーに、シオはすぐに謝罪する。触 そのような安い言葉であれを語ることは許さん﹂ ・ ﹁アーチャーは、そいつのこと、すきだったのか ﹁好き、だ ﹂ も、悲しんでいるようにも見える。その表情を表す単語を、シオは知 い、複雑なものだった。懐かしんでいるようにも、怒っているように そう説明するアーチャーの顔は、なんと表現していいか分からな を好んで真似していた部分は、貴様に似ている﹂ ﹁あれもまた、神の鎖として練り上げられた泥人形だった。人の造形 ・ る。 先ほど言っていた〝もう1人〟のことだろうか。シオは首を傾げ ﹁アレ ﹂ がな。⋮⋮だが、あれと貴様は、非情に不愉快だがかなり似通ってい ・ ﹁無論、貴様と我とでは出歴も違えば、出来具合も実力も我の方が上だ そう思っているシオを他所に、アーチャーは話を続けていく。 ? それは初耳だ。つまるところ、彼は自分にとって大先輩ということ !? ﹁ごめん﹂ ? 166 ? ・ ・ ﹁こうけい⋮⋮んと、そいつが、シオのセンパイってことか ﹂ ﹁我としては非常に不本意だがな。あれの後継、後輩だというのなら、 無下にはせぬよ﹂ その言葉で、ようやくシオは彼らしからぬ││と思っている││言 動に納得がいった。つまるところ、彼はシオを通して、同じような来 歴を持った〝あれ〟と呼称する存在を見ていたのだ。それは少し寂 しいものだが、そうやって相手と接することはどんな存在でもあり得 ることなので、シオは特に何も言わなかった。 ﹁にしても⋮⋮﹂ と、アーチャーがまたシオを見る。今度は何だろうか、とシオはま た首を傾げた。 ﹁なに、貴様のような存在をガイアが生み出すとは、滑稽だと思って な﹂ くく、とアーチャーは嗤う。どこか、自分の存在で何かおかしい部 分はあっただろうか、とシオが疑問に思っていると、アーチャーが説 明を始める。 ﹁ガイアはあくまでも星を延命させる存在だ。世界を滅ぼすような存 在を自ら生み出し、且つそれの後押しをするなど⋮⋮よほど未来の生 命は、星にとって厄介な存在だったようだな﹂ ﹂ ﹁でも、いまはシュウマツホショク、おわってるぞ﹂ ﹁││なに と思いながら答える。 ﹁みんなががんばってた。あとなん10ねんかしたら、アラガミがい ない、もとのホシにもどるぞ﹂ もう数年前になるあの時の感覚を、シオは覚えている。その直前か ら、度々感じていた強い感応波。その何年か前に起きていた、2つの 終末捕食の衝突。そしてあの時、暴走する終末捕食を前に、シオはた だ祈ることしかできなかった。 その時に起きた、強い感応波。そこから感じた結末に、うれしいや ら悲しいやら、様々な感情が相まって久しぶりに泣き崩れたものだ。 167 ? 瞠目するアーチャーに、シオはそこまでは分からなかったのかな、 ? ﹁みんないきてて、わらえるホシが、もどってくるんだ。シオ、それた のしみなんだ﹂ そう言って笑うシオに対し、アーチャーは何か複雑そうな表情で もって見つめてくる。 ﹁貴様は││いや、これ以上は野暮というものだな﹂ そう独り言のように呟いて、アーチャーは遠坂邸の門扉を開いて中 に入る。 ﹁貴様との対話はいい暇つぶしになった。次に会う時まで、精々生き 残っていろよ、獣よ﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 結局、呼称の訂正がされなかったことに納得がいかないものの、シ オは素直に頷いた。アーチャーが雁夜を出会い頭に殺すとは思えな いので、特に引き留めることもせず、再び1人で待ち続ける。 雁夜が屋敷から出てきたのはそれから数分後の事で、明るい表情か ら結果が良かったのを察し、2人は上機嫌で間桐の屋敷への帰路につ いた。 ││││││││││││││││││││ 切嗣は、雁夜から齎された話を、アイリには話さなかった。彼が指 定したセイバーのマスターとは切嗣自身の事であり、あの場で出した 結論以外に答えが出るわけが無かったからだ。 そんな切嗣は今、次の拠点への移動準備をしつつ、アインツベルン から送られてきた資料に目を通していた。 抑止力について、そしてそれが今この時期に現れる可能性があるか どうか。その資料から、彼は見極めようとしていた。 ││だが、ここで擦れ違いが生じる もし聖杯の真実をアインツベルンが把握し、汚染の原因も知ってい たのならば、原因の可能性の1つとして、それを提示しただろう。知 168 らなくとも、切嗣が﹁抑止力が動く要因の有無﹂ではなく、 ﹁これまで の聖杯戦争でイレギュラーがあったかどうか﹂を聞いていれば、もし かすると、第三次聖杯戦争についての資料を手に入れていたかもしれ ない。或いは、セイバーと話して、彼女の直感に基づく考えを聞いて いたら││ そんなもしもを述べても仕方ないことなのだが。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 切嗣の手にした資料には、ただ彼が要望したことに沿うように、抑 止 力 の 詳 細 と 介入の可能性は限りなくゼロと言う結論のみ が 記 さ れ ていた。 実際のデータを元に出された結論││それも雇い主の││と、敵対 する人物からの具体的な根拠もない情報。どちらを信用するか、それ は至極簡単なことだろう。 切嗣は資料を何度か確認すると、それを燃やして証拠を隠滅する。 考えることは、雁夜が何故あのタイミングで交渉に来たのかというこ と。 雁夜がそこまで頭が回る人物とは到底思えない。というか、彼が人 をだます、ということができるとは考えられないのだ。 想定できるのは、教会で合流していたランサー、ライダー陣営との 共謀の可能性。彼ら魔術師は血も涙もない者たちだ、雁夜という一般 人を巻き込んで、危険な交渉役に抜擢していても不思議ではない。そ もそも、単独であんな││自分で言うのもなんだが││危険地帯に やってきたというのもおかしな話だ。彼がいいように言いくるめら れた可能性もある。 ﹁まぁ、そうだったとしても、倒すことに変わりないけど﹂ 聖杯は手に入れなければいけない。やっと見つけた、世界を平和に する方法なのだから。その為ならば、自分はたとえ、大切な人であっ ても││殺すと決めたのだから。 ﹁そういえば、マスター。セイバーのなかまだっていう、えっと⋮⋮﹂ ﹁衛宮さんね、衛宮 切嗣﹂ 169 ﹁そいつだ、キリチュグ、どんなやつだった ﹁そうなのか ﹂ うーん、なんてよべばいいかなぁ﹂ ﹁言えないからってきりーは何か違和感がある﹂ ﹁そんなにひどいめだったのか、キリーの﹂ ﹁あんな荒んだ目、桜ちゃん以外で初めて見たな﹂ ﹁⋮⋮そういうやつ、いるんだな﹂ ﹁死んでた﹂ ﹁めが﹂ ﹁言えてないぞ、お前⋮⋮なんだろうな、目が死んでた﹂ ? 誤解と、すれ違いをそのままに、聖杯戦争は進んでいく。 170 ? 第28話│しゅうげき│ ケイネスがマッケンジー宅に帰宅すると、マーサからウェイバーが まだ起きていないことを知らされた。 ﹁何か朝まで作業していたみたいでして⋮⋮そっとしておいてもらっ ても宜しいでしょうか﹂ ﹁急ぎの用ではありませんからね、大丈夫ですよ﹂ ふ、と口角を上げてそう告げる。以前ならば、魔術師でもない人間 と接するなど御免だと思っていたのだが。この地に来てから、己の面 の皮が厚くなったとケイネスは自己分析していた。 グレンへも朝の挨拶をして、ウェイバーの部屋に戻ると、作業をし 終わった後に力尽きたのだろう、散らかった部屋の床にウェイバーが 死んだように眠っていた。ライダーがベッドに上げればいいだろう にと思ってそちらを見ると、ライダーがそこで何やらテレビに向かっ てゲームをしていた。 ﹁何をしているんだライダー﹂ ﹁おお、戻ったかケイネス。いや何、今の世の娯楽に興じておったとこ ろよ﹂ 見れば分かる。見れば分かるが納得できない。自身の体格よりも かなり小さい箱を睨みながら、これまた彼の手には合わない位に小さ いコントローラーを握ってゲームをしている大英雄⋮⋮ちぐはぐす ぎて頭が痛い。召喚してからではないと実際の人柄が分からないと はいえ、自分が彼を召喚しなくてよかったと、ケイネスはつくづく思 う。ランサーも大概だが、あちらは命令を少しは聞くのでまだまし だ。ソラウの件は許さないが。 大戦略とかいうゲームに興じているライダーは放っておき、ウェイ バー││彼に毛布が掛けられているのはライダーの親切なのだろう ││の周囲に散乱している道具を片付ける。非魔術師がいるという のに、道具を出したままなのは頂けない。見たところ、水に魔術的痕 跡がないかを調べていたようだ。基本中の基本とはいえ、手間がかか る分正確性は保証できる。彼なりに最善を尽くしたようだ。当たり 171 前の事なので、べつに褒めることもないが。 彼が印をつけた地図を拾い上げ、推定されるキャスターの拠点を確 認する。一晩かけたこともあり、場所はかなり狭まっているようだ。 使い魔を放ってその付近に怪しい場所がないかを探すことにする。 ウェイバーが起きるまでどうしていようかと思いながら、自身の部 屋としてあてがわれている客室に戻ろうと廊下に出ると、ちょうどグ レンがやってきていた。 ﹁ああ先生。ウェイバーはまだ眠っていましたか﹂ ﹁ええ、それはそれはぐっすりと。あれだと恐らくは、夕方くらいまで は眠り続けるかと﹂ ﹂ そうケイネスが答えると、では、といってグレンは微笑む。 ﹁大人同士の時間、と洒落こみますか いい茶葉が手に入ったんですよ。そう言って、グレンは笑みを深め た。 │││││││││││││││││││ ウェイバーが起きたのは、ケイネスが予想した通り夕方ごろだっ た。 ﹁んん⋮⋮よく寝たぁ﹂ 寝ぼけ眼のまま起き上がったウェイバーは、固い床で寝てしまった ために凝った体をほぐして立ち上がった。何故か寝ていた時より片 ﹂ 付いている部屋に内心首を傾げて、何やら書物を読んでいるライダー に声をかける。 ﹁ライダー、お前が片付けたのか ﹁先生戻ってきてたのか ﹂ ウェイバーは頭を抱える。と、部屋の扉が開く。入ってきたのは話に 172 ? ﹁おう、起きたか坊主。片付けたのはケイネスだ﹂ ? つ ま り は 自 分 の 間 抜 け な 寝 顔 を 見 ら れ た と い う わ け で。羞 恥 で !? 上がっていたケイネスだ。 ﹁⋮⋮起きたのか﹂ ﹁あ、はい、すいません遅くまで作業していて﹂ ﹁言い訳はいい。夕食を食べたら工房に襲撃を仕掛けに行く﹂ ﹁わ、わかりました﹂ どこか不機嫌な様子のケイネスに、ライダーがおや、と首を傾げる。 朝この部屋を片付けて出ていった後に、何かあったのだろうか。 そんなライダーの心情をよそに、ケイネスはふん、と鼻を鳴らして 部屋を出ていく。そこもまた、今までの行動から考えて違和感がある ﹂ ものだった。ウェイバーもさすがに不思議に思ったのだろう、ライ ダーを見る目はどこか暗い。 ﹁僕かお前か、先生に何かしたか⋮⋮ ﹁朝あった時は特に何もなかったがなぁ﹂ そ の 後 に は 会 っ て お ら ん し ⋮⋮ と 顎 に 手 を 当 て て 考 え 込 む ラ イ ダー。本人に聞けば話してくれるかもしれないが、いらないことも次 いでとばかりに載せられそうな上、結局話してくれない可能性もあ る。 ウェイバーはとりあえず今は訊ねないことに決め、服装を整えてか らリビングに降りていく。ライダーは夕飯後の行動の為、部屋で準備 をしておくことにした。 夕食の席の間も、ウェイバーの疑問は解決するばかりか逆に深まる ばかりとなった。 ﹁ほら、先生もこちらをお食べください。サシミですよサシミ﹂ ﹁サシミ⋮⋮確か、生魚でしたか。いただきましょう﹂ ﹁おや、初めてだと抵抗がある方が多いと言いますが、先生は平気なん ですね﹂ ﹁元々、日本の昔ながらの文化は興味がありましてね⋮⋮ふむ、確かに これは、美味だ﹂ ││ケイネス先生が友好的になっている⋮⋮ が何か特殊な銃で撃たれて再起不能になるんじゃないかとかいろい 明日辺りに天地がひっくり返るんじゃないかとか、むしろケイネス !? 173 ? ろと考えてしまうくらいには、目の前で夫妻とにこやかに、明らかに 以前よりも柔らかい雰囲気で話しているケイネスが信じられなかっ た。 どうした、本当に何があったんだ。 疑問が脳内を占めていたからか、夕食の記憶がほとんどない。かな りおいしそうな物だったが、味すら覚えていなかった。気づいたら外 出するために玄関に立っていた。どれだけ考え込んでいたんだ自分 は。 ﹁じゃあ先生、ウェイバーのことをよろしく頼みます﹂ グレンがケイネスに頭を下げている。どんな言い訳をしたのだろ うか、それとも暗示 ケイネスは、事務的な笑みを浮かべて、その言葉にうなずいた。ど こかその目が、よくわからないものを抱いているように、ウェイバー は思えた。 グレンはウェイバーと外から帰ってきた体のライダー││アレク セイと、グレン達からは呼ばれている││にも挨拶をすると、家の中 に戻っていった。それを確認し、3人は目星をつけた地点へと移動を 開始した。 ﹁││自身の実力を顧みないから、ああなるのだ﹂ 苦虫を嚙み潰したようなケイネスの独白は、ライダーの操作する戦 車の音で、誰にも聞こえることなく潰れていった。 グレンは、先に眠ってしまった妻のマーサを寝顔を見る。ここ数年 見ることのなかった、穏やかなそれに、思わず顔がほころんだ。 ふと、先ほど見送った3人が脳裏に浮かぶ。戸惑ったようなウェイ バーに、相変わらず凄まじい雰囲気を持っていたアレクセイ。そして ││自分が、酷なお願いをしてしまった、ケイネス。 ﹁若い者に、あんな表情をさせてしまうなど、年寄りとしては情けない なぁ⋮⋮﹂ 申し訳なさそうにひとり呟くが、彼自身からそういった姿勢でいな 174 ? いでほしいと言われてしまった。謝罪することは許されないと。寧 ろ、自身の生徒の落ち度だと、彼は言っていたか。 それはそうかもしれないが、今は、彼も我々の孫なのだ。あまり強 くは当たらないでほしいと思う。 用意していたホットコーヒー片手に、窓からのぞく星空を見る。こ の空を、彼らと共に見上げられる日が来ることを、グレンは切に願っ た。 ウェイバーが見当をつけ、ケイネスが発見した場所は、巨大な下水 路だった。確かにここならば、簡単に隠れられるうえ、工房としての 応用も可能なのだろう。結界が張られてはいたが、必要最低限のもの だ。 だが、ライダーは魔術師的側面ではなく、1人の戦略家として、そ 175 の工房の立地を素直に評価した。 ﹁隠れるのにここは確かにうってつけのようだな。バーサーカーの鼻 ﹂ でも気づけなかったことから、魔術的側面さえなければ、ここは最後 まで気づかれなかった可能性が高いのではいないか くる。 ﹁ライダー、急げ、まだ生きてる子もいるかもしれない ! 声を明るくするウェイバーに対し、ライダーの表情は硬い。ケイネ ﹁⋮⋮おう﹂ ﹂ 3人が顔を顰める。しかも、それと共にわずかながらに声が聞こえて 進むごとに、突き進むごとに増していく隠しきれない鉄の臭いに、 そんな彼の思惑も知らず、ライダーは戦車を進めて奥へと向かう。 いるならば、敢えて姿を晒し、誘い込もうと考えたのだ。 深く見る。今回は敢えて礼装は使用していない。アサシンが生きて 分析するライダー主従を横目に、ケイネスは下水路の入り口を注意 つは立派な軍人だったってことか﹂ あるし、他にも拠点候補地はある。そういう意味じゃ、やっぱりあい ﹁確かに、それはあるかもな。市内にこのくらいの下水路は複数個所 ? スもまた同様だ。 そして、キャスターの妨害もなく、アサシンの襲撃もなく、工房に 辿り着いた3人。 ││そこにあったのは、地獄だった 176
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