前世はバンパイア? ○おんぐ ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ ちょっと似てるなと思って書きました。人生ハードモードどころじゃなかったり、父 親っぽい人が死んでしまったり⋮⋮ 初投稿です。どうか、大目に見てください。 13 │││││││││││││ 10 1 18 │││││││││││││ 17 │││││││││││││ 16 │││││││││││││ 15 │││││││││││││ 14 │││││││││││││ 19 目 次 1 ││││││││││││││ 2 ││││││││││││││ 3 ││││││││││││││ 4 ││││││││││││││ 5 ││││││││││││││ 6 ││││││││││││││ 7 ││││││││││││││ 8 ││││││││││││││ 9 ││││││││││││││ 10 │││││││││││││ 11 │││││││││││││ 12 │││││││││││││ 27 33 46 40 62 68 84 103 94 166 158 149 140 129 117 1 夢の中の僕はバンパイアだった。 所謂、一般的に知られているものとは少し違っていた。十字架、聖水、ニンニクは平 気で、牙は生えない。不死身でもなかった。 そんな夢を最初にみたのは、確か小学生高学年の頃。母が亡くなった後だった。そし て、何年も経った今も見続けている。 所詮、夢だ。もう何年もたった今では最初の頃にみた夢はあまり覚えていない。だ が、一つ覚えていることがある。 そう、それは間違いなく悲劇だった。 ﹁はぁっはぁっ﹂ 1 1 2 グールに追いかけられている。さっきは、ついに大人の階段を一気に登れると思っ た。それが、なぜこんなことに。 僕は命の危機の中、そんなことを考えられるくらいには冷静だった。夢ではこれより 酷い状況があったからだ。だからだろうか。正直、恐怖よりもショックの方が大きかっ た。 人生初デートがこんなのなんてあんまりだ。そして、このままでは人生最後のデート にもなってしまうだろう。 興奮した彼女の声がすぐ近くで聞こえた。あの変な触手を振り回している音も聞こ える。ああ、もう追い付かれたのか。先ほどまでは、遊んでいたのだろう。一気に距離 は縮まっていた。 ドギョ お腹の辺りから音がした。ああしぬのかな⋮⋮。 あれ、前にもこんなことがあったような⋮いつだっけ⋮⋮。 そうだ、たしか⋮ 3 ﹁うぅ⋮ん﹂ あれ、ここどこだ。スティーブと相討ちで死んだはず⋮⋮ いや、違う。グールに触手のようなものでヤられて⋮⋮ 頭痛が酷い。あたまがわれそうだ。 あ 入院してから数日がたった。病院での生活は思っていたよりよかった。病室という 静かな空間での読書はどこか新鮮で心地よく、世話をしてくれる看護師は可愛いかっ た。 経過は今のところ順調とのこと。当初の予定よりも早く退院できるだろうとも言わ れた。それでも、暫くは自宅で安静にしていなければいけないそうだが。 1 4 目覚めて直ぐにわかったことだが、今まさに、本の中の出来事だと言えるだろう体験 をしていた。まず、今まで見ていた夢は、僕の前世のようなものだった。推測でしかな いが。違うかもしれないが、今は確めようがない。少なくとも夢よりは、はっきりとし た記憶があった。 前世はダレン・シャンというバンパイアだった。いや、完全なバンパイアになる前に 死 ん だ た め、半 バ ン パ イ ア と い う の が 正 し い。最 期 は 生 み の 親 ー ー 思 い た く も な い がーーに、運命に逆らい死んだはずだ。その後はどうなったのだろう。戦いは終わった のだろうか。次々に疑問が増えていった。だが、どうしようもなかった。確めようがな い。 できることは、祈ることくらいだ。 この金木研の人生もあの男によるものだと考えはした。だが、前世にはグールはいな かったはずだ。今世に、バンパイアがいると聞いたこともない。だから、関係ないだろ うと思うことにした。もし、そうだとしても、また運命に逆らってやるつもりだ。 問 題 は 体 の 方 だ っ た。食 事 が 不 味 い。病 院 食 だ か ら。と い う わ け で は な い は ず。ダ ンボールを食べているみたいだった。 嫌な予感はしていた。医者からの話があったときから。 曰く、鉄柱落下事故で即死だった女性の臓器を、まだ助かる余地のあった僕に移植し たとのこと。 そう、グールの臓器をだ。同じ人間でも、臓器移植後は変化があったという話を聞い もしかすると、これから更に変化があるかもしれない。憂鬱な気分になっ たことがある。グールならば、なおさらだろう。味覚にしか変化がないことに安心する べきなのか た。 して、味覚の変化は精神的なものらしい。 看護師からは、無理しないように言われた。医者にも同じようなことを言われた。そ だった。まあ、食べたあと、しばらくは気分が悪くなかったが。 だ。前世の、完全なバンパイアになるための純化の時にも食べ物は全てダンボール味 だが、食事は全部食べた。キレイに残さず。気合いで食べた。一度経験していたから ? う。この医者は信用できない。 改めて思った。手術時に何も気がつかなかったのだろうか。そんなはずはないだろ ﹁そんなわけあるか。﹂ 5 1 6 やはり、退院は予定よりも早くなった。検査にまた来るよう言われた。正直もう来た くない。 自宅までの帰り道、携帯を見ると、ヒデからメールがきている。退院祝いに奢ってく れるそうだが、断ることにする。味覚は未だにおかしいままなので、気分が乗らない。 それに、ヒデは勘がいい。気づかれて心配はさせたくない。少し返信に迷って、まだ食 欲が湧かないことを理由にした。結局心配させることになってしまうが、まだマシだろ う。続けて、一週間ほど大学に行けない、次に大学で会った時によろしくと打って返信 した。 家に帰って数日後、新たに、体に変化がおきていた。 普通に食事をとれるようになった。味覚が戻って、食べたあとに体調も悪くならなく なった。 一生このままかと、諦めかけていたので、最高に嬉しかった。グールは普通の食べ物 はすごく不味く感じて、栄養も摂取できないみたいだし。 7 そういえば、彼女は触手が生えていたなと思い出した。すると突然腰の上辺りがムズ ムズしだした。すごく嫌な予感がしたため、考えることを止めるとおさまったが。他に もまだあった。爪が硬くなって切れ味が凄い。感覚が鋭くなって力が強くなっていた。 これ、一回目の純化後と似ている気がする。 となると、不安要素は血だ。いや、血ならまだいいか。人肉を食べるよりはましだろ う。 耐え難い空腹感が襲ってきている。コンビニに行った帰り道、中年の男に絡まれてい る、高校生くらいの女の子を見たときから。 ⋮柔らかそうな脚だ 青々とした血管が浮いて、血の流れが透けてみえている でも それよりも露になっている首の後ろあたりからおいしそうな匂いが⋮⋮ 気づいたら、中年の男の頭が宙を舞っていた。その瞬間、女の子の目が赤くなってい るのが見えた。グールだったんだ。 ﹁⋮⋮欲しいの ﹂ うん。ほしいです。 っ ﹁欲しいんじゃないの⋮⋮これ ﹂ ﹁食べないの ﹂ 仕方ないよね。 ﹂ !! ちゅー。ちゅー。 ﹁つーかアンタ片方だけ紅目なんて変わっガぁッ ちゅー。ちゅー。 ﹁なんッ⁉てめぇっ、あああっ⋮⋮﹂ ⁉﹂ ぷつんっ。と何かが切れた。そうだグールだったんだ。じゃあ、僕にタベラレテモ⋮ ? ? ? 女の子が近づいてくる。 ﹁ ? ﹁あっあぁぁぁあ﹂ 1 8 ちゅー。ちゅー。 ちゅー。ん あれ ﹁ーーーあ⁉っこのっ ? ﹂ 僕は全速力でそこから逃げた。 ﹁ハァ⋮⋮ハァー﹂︵怒り︶ まずい。理性が飛んでいた。あと、殴り飛ばされたみたいだ。 ﹁がふっ﹂ !! ? ﹁あぁーーーー﹂ビクッ⋮ビクッ⋮⋮ 9 2 い。 ? まったことだし。⋮⋮少しお腹すいたな⋮。昨日は結局食べられなかったからかな⋮ ま っ い い か。あ ん て い く で 店 長 に 聞 い て み よ う。昨 日 は 家 に 着 い た ら 速 攻 寝 て し た。 おそらく、答えの出ないだろうことに考え込んでいたら、一時限目のチャイムがなっ る。 いや、それはないだろう。前に見たとき、あいつは普通の人間だった。どうなってい ﹁まさか⋮⋮あいつが ﹂ だけど、リゼに喰われていたんじゃなかったのか。そういえば、リゼを最近見ていな ルだったはすだ。目が赤かったし。それに、普通人間は血なんて吸わない。 昨日、私、霧嶋菫香は血を吸われた。噛みつかれたけど、肉は喰われていない。グー 寝坊した。まだ眠たい。遅刻ギリギリ。全部あいつのせいだっ。 ﹁はぁ。何とか間に合った。﹂ 2 10 11 昼休みになった。いつも通り、依子と机を合わせて昼食の準備をする。 あっ、パン買ってなかった。けど、丁度よかったと思い直した。今日は何も無理して ﹂ まで食べられそうもない。こんな、空腹の時にあんなもの食べたくない。 ﹁あれ、トーカちゃん。今日パンは ﹁だめだよトーカちゃん ただでさえ少食なのに‼﹂ うん。違和感ないはず。そう思っていたのに。 ﹁今日はちょっと体調悪くて。だからなし。﹂ ? んばって食べよう。 無理だった。こんな嬉しそうに言われたら断れない。とりあえず、一口だけ食べてが ﹁私の分けてあげるね。今日の卵焼きは自信作なんだー﹂ !! ﹁じゃあ、はい。あーん。﹂ ﹁あーん﹂ 何この味 ﹂ ﹂ あとは上手く味わっている振りをして、飲み込もうと⋮⋮ ﹁あれ⋮ おいしくない おいしい いや、いつものようなあのまず⋮言葉にできない味じゃない。甘く トーカちゃん涙が ⋮⋮うん、おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。 て、少ししょっぱくて。 ? えっ⋮⋮なんで‼ ごめんね⋮えっ ? ﹁えっ⁉おいしくなかった ? 依子が不安な顔で見てくる。 ? ? ? ﹁トーカちゃん⋮⋮やっぱりおいしくなかった ? 2 12 13 ⋮⋮。﹂ でも⋮﹂ ﹁依子。もう一つ⋮もう一つちょうだい。﹂ ﹁え しい。やっぱりおいしい。 無理してない ﹂ ﹁ううぅ⋮⋮おいしぃよぉ依子ぉ﹂ ﹁本当に ? ﹁ぅん、まだ食べたい⋮でも依子のが⋮﹂ ! ? ﹁好きなだけ食べていいよっ。今日はパウンドケーキもあるからね ﹂ もう待てなかった。依子のお弁当箱から卵焼きを一つ手にとって口に入れた。おい ? 2 14 どうして、普通の物が食べられるかなんて今はどうでもよかった。 ただ、初めて食べる味に、依子のお弁当を味わえることに感動していた。 次の日には、元に戻っていた。絶望が襲った。 逃走から数日過ぎた。 思い返しても、あれはまずかった。 まず、理性が本能に飲み込まれていたこと。 相手がグールだったんだ。血を吸っている最中、殺されなかったのが不思議なくらい だ。実際、殴り飛ばされたあとの殺気は凄かった。目には若干の困惑の色もあったが。 加えて、始め彼女は親切に声をかけてきてなかったか。それに対しての返しがあれ 15 だ。 やるだけやって、何も言わずに逃げただけ。最低だ。たとえ、グールだったとしても、 相手は年下の女の子だった。罪悪感が凄い。 新たにわかったことがある。 逃走時、スピードが尋常ではなかった。途中まで気がつかなかったのだが。 これ、フリットだよね 暫く呆然としたが、グールもこんな眼じゃなかったか。そういえば、あの女の子も眼 なんだこれ。 片方の眼が紅かった。 口を濯ごうと洗面台に立ったら、鏡に眼が行った。 した。 る。直ぐに家に着いたが、すごく疲れた。フリットの後はこんな感じだったなと思い出 バンパイアの超高速走行の技能だ。普通の人間の目に映らないくらい、速く移動でき ? 2 16 がどうたらと言っていたような気がする。あの時からだっかのか。 眼は直ぐには戻らなかった。今後のことを考えると、眼帯でもしたほうがいいだろ う。 気づいたらなってました。ではまずい。 テレパシーが使えた。ここまでくると、もしかしたらと思い試すと、蜘蛛を操ること ができた。 これは、ダレンがバンパイアになる前からできていたことだった。悲劇の始まりの一 端であったため、記憶が戻るまでは試す気すらなかった。 操るれるのは、蜘蛛だけではなかった。犬にもできた。いきなり跳び跳ねた犬に驚い ていた飼い主には、申し訳ないことをした。 猫は駄目だった。どういう基準でできるかわからない。今度、動物園にでもいって確 めてみよう。 あと、唾液の治癒能力だ。 小さな傷では何もせずに治ってしまったため、思い切って爪で深く切り裂いた。 やりすぎた。痛すぎて涙が出た。 今度はすぐにはふさがらなかったため、口に溜めておいた唾液を傷口につけた。 すると、瞬く間に唾液と一緒に傷が消えていた。凄まじいほどの治癒能力だった。 バンパイアにもあったが、ここまでではなかったはずだった。 夜、スーパーで買い物をした。ちょっと多く買いすぎたかなと思いつつ、ビニール袋 を片手に歩いている。 ふと、記憶にある匂いが鼻を通り抜けた。たぶん、あの女の子の匂いだ。謝罪しよう と思っていたため、丁度よかった。危険を感じれば、直ぐに逃げれるようにしておこう。 い た。路 地 裏 に。死 体 が 二 つ あ る。他 に は 彼 女 一 人 み た い だ。早 速、逃 げ た く な っ た。 加えて、機嫌の悪そうな感じがする。謝罪して直ぐにここから去ろう。 彼女もこちらに気づいた。 そんな声を聞いたため、いつでも逃げれる体勢をとる。なぜか、嬉しそうな感じが。 ﹁あっ。あぁぁぁあやっと見つけたっ。﹂ ﹁あの、この前はすみませんでしたっ。いきなり、あんなことをして⋮⋮。﹂ 17 ﹁アンタ⋮⋮待って。逃げるなよ。アンタには聞きたいことがあんだよ。﹂ 口調は物騒だが、どこか懇願しているように聞こえる。怒ってはいないようだし、僕 も聞きたいことがあった。 ﹁うん、僕もなんだ。とりあえず、場所を移してもいいかな。﹂ 2 18 そこならば、頼めばひと部屋くらいは、貸してくれるだろうと。店長、店員も全員グー 見覚えあると思ったら、あの喫茶店の店員だった。うん、そうだった。 彼女は言った。 あんていくって何だっけと思ったのが顔に出たのか、私がバイトしてる喫茶店だと、 あんていくに行かないか、と 考えつかなかったため、彼女にいい場所はないかと聞いた。返事はすぐにあった。 中に、カラオケボックスなどの個室は使えないだろう。 加えて、彼女は学校の制服だった。︵学校に通っていることに少し驚いた。︶こんな夜 所は却下だった。 場所を移そうにも、どこがいいかと迷った。話す内容が内容なため、人に聴かれる場 彼女、霧嶋菫香さんと机を挟んで、向かい合う形で座っていた。場所は彼女の家だ。 私の血を吸ってくださいっ。 3 19 3 20 ルなため、安心できるそうだ。 うん、あまり安心できない。 まだ、彼女に対して警戒をするくらいには、信用していなかった。増えるなんて、もっ てのほかだ。やんわりとした言葉で断った。 彼女は、それを聞いて、少し苛立った様子で ﹁じゃあ、うちならいいですか﹂ 独り暮らしらしかった。それならば、いいかと思った。断じて、女の子の部屋に興味 を惹かれたわけではなかった。きっとそうだ。 驚いた。 僕から血を吸われた次の日、普通の人の食事ができたらしい。その次の日には戻った そうだが。 21 どういうことだろう。 考えられる原因は、血を吸ったことくらいだ。だが、僕は吸っただけで、血を与えて も、交換してもいない。前世のバンパイア化にはあまり関係なさそうだ。 それよりも、血を吸われた側に変化があるなんて、まるで物語の吸血鬼のようだ。 わからない。 だが、最初に吸ったのが、彼女でよかった。こうして知ることができた僕は幸運だろ う。 ﹁だからっ、お願いしますっ。もう一度、私の血を吸ってください。﹂ そう思うことは理解できた。それに、聞けば、今までも普通の人の食事をとっていた そうだ。親友の︵人間のらしい︶作ってくれた料理だからと、無理をして。味わうこと もできず、嘘の感想を言うことは辛かったとも。 彼女は、目に涙を溜めてそう語った。 正直、助かった。流石に、前回ほどではないが、口の中には唾液が溜まっていた。ま さに渡りに船だった。 それに今は、話に感動して、ためになりたいと思っている。 ﹁うん。血を貰うことには、こっちからお願いしたいくらいだったんです。でも、なん ﹂ でそうなったのか、僕にもわからないんだ。霧嶋さんの身体にも何か悪い影響がでるか もしれない。それでも大丈夫ですか 聞いて、彼女は少し考え込んだ。 ? グールにも、人間にも の、秘密にしてほしい。これ、知られるとまずい事だと思うんです。﹂ ﹁わかりました。でもその前に、このことは誰にも言わないでほしいんだ。二人だけ そう言った彼女の目には、強い意思が感じられた。 た、依子の料理をちゃんと食べたいから⋮⋮。﹂ ﹁あの⋮⋮、やっぱりお願いします。今は何ともないし、もし、悪くなったとしても、ま 3 22 23 ﹁それと、本当に必要な時以外は、人を殺さないでほしい。﹂ 前世の、バンパイアの掟にもあったことだ。 ﹁あ⋮⋮。一人だけだけど、店長にもう言ってしまいました⋮。﹂ えっ ﹁あの、でもっ店長だったら大丈夫ですっ。﹂ 僕の表情が変わったことに気づいたのか、彼女は慌てて付け加えた。 だが、僕はその店長がどういった人か知らない。近いうちに会いにいったほうがいい だろう。 後のことについては、約束してくれた。 まだ、僕から聞きたいことがあったが、先に血を貰ってからにしよう。何かこう、く るものがある。 ﹁じゃあ、いいかな。﹂ 3 24 ﹁あ⋮はい。どうすればいいですか。﹂ ﹁えっと⋮⋮できれば、この前と同じ場所でお願いします。﹂ 僕がそう言うと、着替えてきます、と言って彼女は席を立った。制服では、難しいた めだ。 すぐに、戻ってきた。この前と似た服装だった。 ﹁お願いします。﹂ 彼女は、僕から見て左に首を傾けた。 ﹁あっはい。こちらこそ。えっと、いただきます。﹂ 首の下辺りを爪で切り裂いて、口をつけた。 25 最中、声を押し殺そとしているようで、時々声が漏れていた。少し、変な気分になっ たが、すぐ冷めていった。 前世の妹が、今の霧嶋さんと同じ年頃、16歳でシングルマザーになっていたことが 頭に浮かんだから。 終わったあと、唾液に治癒効果があることを説明して塗りつけた。︵返事は返ってこ なかったが︶ ⋮⋮おかしい。傷が塞がらない。自分で試した時には、すぐに塞がったはずだ。 少し焦って、彼女には悪いと思いつつ、さらに多めに塗りつけた。 それでも変化がなかった。自分にしか、効果がないのか。グールには効かないのか。 焦って冷や汗が出始めた時、唾液が徐々に浸透するように消えて、ゆっくりと傷が塞 がっていった。 完全に塞がったと思えば、彼女が倒れ込んできた。大丈夫かと、声をかけても返事が ない。眠っていた。 3 26 彼女が起きたのは日付が変わって少し、数時間経ってからだった。 ぐぅ。と音がした。 ﹁特にはないです。あっ⋮⋮﹂ ﹁いや、それはいいよ。それよりも、何か体調に変化はあるかな。﹂ ﹁あの、寝てしまったみたいで、すみません。﹂ そんな微妙な空気を切ったのは、彼女だった。 なんとなく、僕も気まずくなった。 眠ってしまう前のことを思い出したのだろうか。 僕を見つけると警戒したようだったが、ハッとしてすぐに気まずげな表情になった。 彼女は目を覚ましてから、少しの間ボーっとしていた。 4 27 4 28 僕ではない。彼女のお腹の音がなったのだろう。またしても、気まずい空気が流れる 中、彼女は俯いて言った。 おなかがすいているみたいです、と。 冷蔵庫を彼女に断りを入れて開ける。お邪魔した時、冷蔵物があったため、スペース を借りていた。ポトフなら、出来そうだ。 友達が来たときのカモフラージュとして、一応置いていたらしい器具を借りて作っ た。味見する。そこそこだ。 独り暮らしの大学生としては、上出来だろう。 彼女は待ちわびていかのか、ソワソワとしていた。ハードルが上がった気がした。 自分の分も作っていた。夕食は済ませていたが、少しおなかがすいていた。 ﹁﹁いただきます。﹂﹂ うん。じゃがいもはホクホクだ。ウインナーからも味が出ている。 前を見ると、彼女はゆっくりと食べていた。何度も噛んで、味を確めるように。 ﹁どうかな、料理は得意なわけじゃないから⋮⋮。﹂ 29 ﹁あっ。そんなことないです。おいしいです。ただ、なんだか、不思議な感じがしてき て。﹂ それからは、話すことなく黙々と食べた。 口を動かしながら、血を吸ってからの、前回と今回の相違点について考えていた。 彼女から聞いたこと、人の食事が可能になったのは、翌日だったはずだ。いつもより、 早く寝てしまい、翌朝は寝坊したとも。 だが、今回はすぐに倒れるように眠り、数時間で目を覚ましていた。 今回は、おそらく前回よりも多く血を貰っていた。今回が多い訳ではなく、前回の彼 女は抵抗があったため、うまく飲めていなかった気がする。 もうひとつは唾液だ。前回は塗らなかった。今回は塗った。 だが、すぐに塞がると思っていた傷は塞がらなかった。量を増やしてゆっくりと塞 がった。 唾液にも何かある気がする。 そう考えて、ふと思い出した。前回の血を吸う前、口の中で唾液が溢れていたな、と。 今分かることは、このくらいだった。 4 30 食器を洗うのは、彼女がするというので任せた。 何か会話をと思い、グールとしての食事は必要なのかどうかと聞いた。 すると、そもそも、グールは一度の食事で数週間から長くて1ヶ月は持つらしい。普 通に生活する分にはだそうだが。だから、今は大丈夫らしい。あと、嗜好目的のグール はまた、別なようだ。 洗い終わった後、再び向かい合う形で座った。 そして、僕は彼女が気になっているだろうことを話した。なぜ、このようになったの かを。 彼女は驚いていたが、府に落ちた様子だった。聞くと、最近、あんなに大食いしてい たリゼさんが消えたことに対して。そして、狙われていた僕が生きていることにも。 複雑な気持ちになった。 その時は、グールと人間という壁があったものの、今こうして話し合っている彼女に、 見捨てられたのだと思ってしまったからだ。それを言う気はないが。 リゼさんについても聞いた。だか、霧嶋さんも詳しく知らなかった。ある日突然二十 区に来たこと、実力が高かったこと、大食いだったことくらいだ。 31 僕の力にリゼさんが関係しているかどうかはわからなかった。そのため、まだ前世の ことは言わなかった。僕にもなぜ、 こんな身体の状態になったのか、力をもったのかはわからない、ということにした。 グールについて教えてもらった。赫包というRc細胞を貯めて、そこから赫子が出せ るそうだ。赫子には4つ種類があり、それぞれの特徴も説明してくれた。霧嶋さんは羽 赫で、リゼさんは鱗赫だったそうだ。 すると、僕の再生力はそのせいかと考えた。そしてこの前、腰辺りに違和感があった ことも思い出した。 マスクをもつように言われた。喰種捜査官に遭遇したときに、顔がばれないようにす るためだ。知り合いのマスク屋に頼めば大丈夫らしい。今度、一緒に行く約束をした。 最後に、あんていくだが、人を狩れないグールに援助をしたり、二十区が荒れないよ うに管理しているそうだ。そのため、二十区は他と比べると住みやすいらいしい。 長く話し込んでしまった。まだ外はくらいが、今日は大学に復帰する日だった。今な らば、家に帰って少しは寝れる。準備しなくてはならない。 ﹁こんな時間までごめんね。今日から大学だし、そろそろ帰ります。﹂ 4 32 ﹁こちらこそ。その、ありがとうございました。また。﹂ また近いうちに会う約束をした。血を飲む、飲まれるための。携帯電話の番号とアド レスを教えておいた。 そうして彼女の家を出た。 そして夕方。 ﹂ ﹂ !! 久しぶり ﹁うおおおぉ⋮⋮ ﹁ヒデー !! ﹁おぉう⋮⋮なんかテンションたけーな金木⋮。元気にしてたか ? !! テンションで言ってしまった。 僕もそう思った。自分のことだが。ヒデの顔を見るとこう、何か沸き上がって、その ﹂ あの後、自宅に帰り準備を終えてから、仮眠をとった。少し眠たい。 久しぶりの大学だ。 5 33 5 34 少し引いた様子のヒデだったが、そのうち僕が休んでいた時の文句をいい始めた。そ れには、ふざけが入っており、改めて、本当に久しぶりだなぁと実感が沸いた。 休んでいた時、何をしていたかと聞かれ答え、そっちはどうだったか、と話し合った。 もちろん、グール関係については触れていない。 西尾さんという先輩のところに向かっている。あの後、ヒデが学園祭の資料dvdを 前よりこう、ガタイ 受け取りに行くように頼まれたからだ。僕はそれに、ついて行っている。 その途中、 ﹁おまえ、そういえば、ちゃんとメシは⋮⋮食ってるみたいだな がよくなっているぜ。﹂ もし、僕の正体がバレたら、こんな風に歩くこともできなくなるのではないかと。 不安が過った。 そんな会話をした。 ﹁いや、普通だよ。あまり、外に出てなかったから太ったのかな。﹂ !! 35 ﹁えっと、西尾さん、すんません。﹂ ﹁永近﹂ ノックをせずにドアを開けた結果こうなった。学内であんな ことをしていた西尾 さんもどうかと思うが。 説教が長く、ボーとしていると、視線を感じた。 西尾さんが僕を見て、妙な顔をしていた。 ﹁えっと、僕に何か、﹂ ﹁いや、ちょっとな。気のせいだった。スマン。﹂ そのまま、簡単に自己紹介をした。 資料は結局なかった。 西尾さんの家にあるということで、取りに行くことになった。 もちろん僕もついて行くことにした。今日は退院祝いとして、ヒデに奢ってもらうつ 5 36 もりだったからだ。 そうヒデに言う。覚えてたのかと、ひきつらせながら財布の中身を確認していた。 道中、たいやきでも食おうかと、西尾さんから提案があった。 僕はカスタードでヒデは普通の粒あん。 少しもらうな。と、ヒデが少しではないくらい食べていったため、僕も同じくらい食 べ返してやった。 うん。両方ともおいしいな。ヒデが文句を言っているが、知らない。 その様子を西尾さんは、じっと見ていた。 西尾さんについて行くと、しだいに人通りが少なそうな所まできた。ずいぶん奥のほ うなんですねと、ヒデが言った。 あれ、行き止まりだ。 次の瞬間、ヒデが吹き飛んだ。 実際は何が起こったのか、ゆっくり、スローモーションで見えていたがとっさに身体 が動かなかった。警戒していなかった。 37 壁にぶつかる直前になんとか身体を割り込ませて、激突を防いだ。確認すると、ヒデ は気を失っていた。 ヒデを庇うように立った。西尾さんから。 ヒデを蹴り飛ばしたのは、西尾さんだった。 なぜ、と呆然としていると、向こうから話し始めた。 自分はグールであると。 ⁉﹂ 僕のこともグールだと気づいていたと。どこか違和感はあるらしいが。 ⋮⋮そして、ヒデをエサ扱いした。 もう、いいだろう。我慢の限界だった。 ﹁おまえもそうなんだろう、なぁ⋮⋮ゲホォオ 腹に突き刺す、つもりが貫通して穴が空いた。 西尾さんを掴んで持ち上げる。 !!! 5 38 いわゆる貫手、爪を尖らせ突き貫いた。 何度も 何度も 何度も 何か言っている。煩いな。 ﹁死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ︵バキィッ︶がぁっ﹂ 目の端で何か動いた。ヒデだった。そうだ、ヒデを、こんなのより、ヒデが優先だ。 腕を払って手についた血を飛ばし、放り投げ、急いでヒデのところに向かう。 よく見て触って、怪我がないことを確かめる。蹴られた箇所も骨は折れていない。よ かった。 僕の服も血で汚れていたため、自宅にと思い至り、ヒデを抱えてその場を後にした。 ⋮⋮ヒデが目を覚ました時、なんて言おう。 そういえば、と思い出した。 爪の切れ味あんなによかったっけ。 39 翌朝、ヒデが目を覚ました。 ヒデは記憶がはっきりしていなかった。 そこで、居眠り運転の事故に巻き込まれたということにしておいた。西尾さんは、救 急車で運ばれ、入院しているとも。 正直、下手な嘘だと思ったが、ヒデはあっさりと信じた。 ありがとう、とお礼を言われた。 一応、病院に行くということでヒデは帰っていった。僕もついて行きたかったが、断 られた。おまえは俺の保護者かと。 ﹁こんにちは。ごめん、少し待ったかな ? て歩いた。 霧嶋さんは背を向け、じゃあ、行きましょうっと言って足早に歩き始めた。僕も続い が。 なんだか、デートのセリフみたいだと思った。そう思ったのは僕だけのようだった ﹁いや、私も今来ました。それに、まだ時間なってないし⋮⋮あっこんにちは。﹂ ﹂ が、彼女の方が早かったようだ。向こうも気づいた。声をかける。 待ち合わせ場所に着くと、もう霧嶋さんはいた。まだ十五分前で少し早いかと思った 今日は、霧嶋さんと約束していた、マスクを作りに行く日だ。 6 6 40 41 お店は路地を進んで、地下にあった。店内 は落ち着いた雰囲気だった。壁には様々 目は赫眼だ。 スをいくつも着けている。 僕が関わることは、まずないだろう見た目の男性がいた。特徴的な髪型をして、ピア ﹁ねぇ、君気づいているでしょ。驚かせようとしたのに⋮。それに無視はひどいよ。﹂ スルーしてマスクを見ていると、 ていないようで、店主を探していた。 不自然に布が被せてあるものを見つけた。これ、中に人いないか。霧嶋さんは気づい なマスクが下がっていた。あ、これヴェネチアンマスクみたいだ。 ? どういう関係 ﹂ 見た目は兎も角、話しやすい人だった。悪い人ではないようだ。さすがに、目玉には 引いたが。 ﹁トーカさんはどうなの ? すぐに答えられなかった。少し考えて、友達です。と返した。 ? 6 42 そして、霧嶋さんの努力を知った。 危険を冒してまで、人の社会で暮らす理由はなんとなくわかった。前世で僕も同じ体 験をしていたから。 ⋮⋮西尾さんのことが頭に浮かんだ。彼もそうだった。 マスクは一週間ほど掛かるそうだ。お礼を言ってお店を出た。 帰り道、あんていくの話になった。 店長の芳村さんは、来れるとき、いつでも来ていいといっていたそうだ。 正直助かった。これから、休んでいた分の大学の課題やレポートをこなさなくてはな らなかったからだ。 加えて、新たな知識が増え、考えがまとまっていなかった。どこまで話せばよいか、な ど。 霧嶋さんと別れ、先ほどウタさんに言われたことを考える。僕たちの関係はなんなの かと。 43 友達ではないだろう。 今のところ、血を飲み、飲まれる関係。これに尽きる。 ただ、僕は彼女に対してある程度、気を許してしまっている。ただの血の提供者とし て見ることはできなかった。 数日は本当に大変だった。課題やレポートが一つ二つ終わったくらいでは、全然進ん でいる気がしなかった。 一度、霧嶋さんから電話があった。元に戻ってしまったため、またお願いします、と。 今回は数日もったな、と思った。前回は一日だけだったはずだ。 血を飲む前に、合鍵を渡された。なぜだ。 疑問に思っていると、また眠ってしまう可能性があるため、これで閉めて帰っていい らしい。 6 44 ああ、なるほどと思った。だが、今日は、と断る。 ﹁鍵はいいよ。まだ三回目で、何があるかわからないし。本を持ってきたから、起きる まで待ってるよ。﹂ ﹁あ⋮⋮はいっ。すみません、お願いします。﹂ 嘘ではないが、彼女がどこか寂しげだったため、そうすることにした。 ﹂ 二回目とほぼ同じように血を飲んだ。彼女の目覚めるまでの時間も同じだった。 帰ろうとしたら、声がかかった。 ﹁あの⋮⋮また、一緒にご飯食べていきませんか⋮ 霧嶋さんは、西尾さんのことを知っていた。なんでも最近、行方を眩ませているよう そういえばと、西尾さんの件を話した。 作って食べた。僕が作った時よりも、おいしかった。 断る理由もなかったため、了承した。前回と同じくポトフだったが、今度は一緒に ? 45 だ。 死んではいないはずだ。あの後、一度確かめに行ったが、西尾さんはいなくなってい た。 原因の僕がが言うのもあれだが、無事だといいなと思った。ヒデにしたことは許せな いが。 ウタさんとの会話から、そう思うようになっていた。 帰り際、やっぱりと、合鍵を渡された。返そうとしたところ、じゃあ、また。と言わ れてドアを閉められた。 次に返そうと思いつつ、自宅の鍵と一緒にキーホルダーにつけた。 大きな傷から、唾液を塗りつけた。量が量のため、治療し終える頃には口の中がカラ 少し迷ってから、下着を残して、あとは全て脱がした。 自宅に着いた時、母親は酷い状態だった。 今考えても、他に思い浮かばないため、ここしかないのだが。 とっさのことで、自宅に連れてきてしまった。 二人はグールだ。 ている。 もう一人は中学生くらいの女の子で、母親であるベッドにいる女性に寄り添い、俯い 一人は年上の女性︵三十歳くらい︶で、ベッドで眠っている。 今現在、僕の家に二人の客がいる。 今さらながら、そんなことを思った。 やってしまった。 7 7 46 47 カラになった。 改めて考えると、凄い絵だったな。 下着姿の女性の身体に、一生懸命唾液を塗りつける僕。 その最中、それを見ていた女の子はどう思っていたのだろう。 知りたくないな。 そして現実逃避するように、別のことを考える。なぜ、こうなったのかを。 ■ ほぼ全ての課題、レポートを終わらせた僕は、気分転換に書店を訪れていた。 新刊を買い、ホクホクとした気分で店を出る。少し歩くと、突然、雨が降ってきた。確 か、驟雨だったか。 常備している折り畳み傘を差して、歩くスピードを速めた。 〝しかし⋮⋮すごかったな⋮〟 そんな声を耳が拾った。 そして、言った。グールを見たと。 グールと分かる事態に合って、普通に歩いている人達がいる。もしかすると⋮⋮ 興味が勝って、彼らが歩いて来た方向に行くことにした。 ﹁なんだか、最近活発になってきたな⋮⋮。﹂ 早足で進んでいると、前から女の子が走ってくる。雨が降っているというのに、傘は 差していない。持ち歩いていなかったのだろう。なんとなく、可哀想だなと思う。 女の子は涙を流しながら、こちらに向かって走ってくる。 ⁉﹂ あれ、あの子、僕に向かってきてないか。 ﹁あのっ、あなたはグールですかっ 何言っているだこの子っ 一人で、うぅ。﹂ ﹁匂いが人じゃないけど、グールとも少し違ったから⋮⋮。﹂ の目を向ける。 咄嗟に口を塞ぐ。周りを見渡すが、人一人いなかった。口にやった手を離して、非難 ! お母さんをっ、お母さんを助けてくださいっ !! そういう意味じゃないんだけど⋮⋮。 ﹁あのっ !! 7 48 49 それでなんとなく理解する。この子を逃がすために母親が囮になったのだと。 この子はグールだ。 しかし、だからといって、放っておけるはずもなかった。僕の正体も知られている。 助けに向かうことにして、女の子の案内で進む。 遠目だが、見えてきた。 白コートを着た男が二人、その前にこの子の母親だろう満身創痍の女性が一人、離れ て、スーツ姿の男が二人。 女の子の手を引いて道の脇に身を隠す。 白コートの片方は武器の様なものを持っている。あれで、追い詰めたのだろう。もう 片方は、片手にアタッシュケースを持っている。 なんだろう、と思ったとき、アタッシュケースから明らかにケースよりも大きなもの が出てきた。 どうなっているんだ、あれ。 ﹁あれが、喰種捜査官か⋮⋮。﹂ ﹁お母さん⋮⋮お母さん⋮⋮﹂ この子の母親はまだ生きていた。 一瞬、迷った。 ここまできて何を、と自分でも思った。 しかし、今まで生きてきたということは、人を殺し、食してきたということ。霧嶋さ んもそうだが、彼女の事はもう他人と思うことはできない。 捜査官の方が正しいよな。人間にとっては、人を殺し、食すグールは人類の敵だ。 加えて、この子は、今会ったばかりだ。危険を冒してまで、僕がするべきことなのか。 そんなことを、考えてしまった。 正直、怖かった。 前世の経験があるとしても、あくまでも記憶だ。思い出しても、夢を見ても、今の僕 お母さんが⋮⋮お母さんが⋮⋮。﹂ は〝金木研〟だった。 ﹁お兄さん ああ、僕は何を血迷っていたんだ。 そう、確信できた。 何もしないまま、終わるのか。いや、違う。見捨てれば、必ず後悔することになる。 この子を改めて見た。 ⋮⋮ああ、そうだ。この子を、この子の母親を救えるのは、僕しかいない。 助けて、と言いたいのだろう。 !! そうだ。力があるのに、今使わなければ、いつ使うんだ !! 7 50 51 ﹁背中に乗って お母さんを助けるよっ ﹂ !! 僕はフリットした。 〝エースのシャンさまっ只今参上っ !! ﹂ !! やつはどこに ﹂ !! 真戸呉緒上等捜査官は我に返り、それに答えた。 ﹁真戸さんっっ そんな中、最初に声を発したしのは、一等捜査官、亜門鋼太郎だった。 は、何が起きたか理解できないでいた。 金木研が笛口リョーコを回収し、そのまま逃げ去った後の現場。残された捜査官達 □ ■ そんなこともあったなと、思い出した。 〟 ﹁行くよ、口を閉じて。しっかり掴まって 正直、言葉が足りないと思ったが、指示に従ってくれる。 !! !! 7 52 ﹁ああ、⋮⋮そうだな亜門君。恐らくクズの仲間がいたのだろう。だが、あの傷だ。そ れに、奴は甲赫だった。すぐには再生しまい。まだ、近くにいるかもしれない。捜索を しよう。﹂ この時、真戸呉緒も彼には珍しく戸惑っていた。部下にはそう答えたが、もう、この 近辺にはいないだろうと考えていた。自分の勘がそう告げていたからだ。 723番、笛口リョーコが突然消えた。 そして、次の瞬間、突風に襲われた。 実際の所、二人の捜査官は、頭のどこかで理解していた。 ただ、考えてたくはなかったのだ。 長年、己を鍛え、経験も積んでいる。 そんな自分たちが認識すらできないほどのグールが現れたことを。 結局、捜査官達は、何の証拠も掴めずに捜査を終えていた。 だか、彼らにとっての幸運がやってきた。その日の夜に〝ラビット〟が現れたのだ。 支部の捜査官が一人殺られ、逃げられもした。 しかし、〝ラビット〟と笛口親子は親密な関係であることがわかったのだ。 加えて、〝ラビット〟は笛口親子が捜査官によって殺されたと勘違いし、復讐を考え て行動しているようであった。 53 真戸呉緒は、口の端を歪ませた。 上手くいけば、クズを一掃できる、と。 後日、723番を回収したと思われるグールには、おおよそSレートであると判定が 下った。戦闘行為をしていないとはいえ、上等捜査官が対処できなかったためである。 □ 確か、そんな感じだったはず。 そろそろ話しかけてもいいかな ﹁⋮⋮ありがとう⋮ございます。お母さんを助けてくれて⋮。笛口雛実です。お母さ らに顔を向けた。 安心させるために、柔らかい調子で言って水を置いた。女の子はそれに反応し、こち いてると思って。⋮あ、それと僕の名前は金木研です。まだ、言ってなかったよね。﹂ ﹁お母さんは大丈夫だよ。傷は塞いだし、眠っているだけだから。これ、どうぞ。喉渇 は、この子の母親が起きてからにしよう。 ⋮⋮なぜ、あんな目に合ってあったのかは、まだ聞かないほうがいいだろう。その話 ? 7 54 んは笛口リョーコです⋮。﹂ おどおどと、頭を下げてそう言った。 ﹁そっか、じゃあヒナミちゃんって呼ばせてもらうね。何か趣味とかあるかな。僕は 本を読むのが好きなんだ。﹂ ﹁え⋮⋮と、ヒナミも本が好きです。﹂ そこから話が弾んだ。 僕からの一方的なような気もするが。 ヒナミちゃんが読んでいた本は、うちにもあった。そう、好きな作家が同じだったの だ。そして、その作家の本は全て本棚にある。 学校に通っていないヒナミちゃんには、読めない漢字が多かった。簡単な読みはでき ていても、どこか違和感を感じていたのだと言う。 その分、知識欲が強かった。一度読み方を教えると、次々に聞いてきた。 短い時間で仲良くなれたと思う。ほとんど、一緒に読んだ。途中から呼び方が〝お兄 さん〟から〝お兄ちゃん〟になった。 妹ができたように感じ、可愛かった。 結局、その日の内に笛口リョーコさんが、目を覚ますことはなかったが。明日は幸い、 休みの日だ。 55 ヒナミちゃんはベッドに入り、母親と一緒に寝ている。狭いだろうが、我慢してもら うしかない。 僕はと言うと、予備の布団を出し、横になっていた。 問題は山積みである。 二人は、もう捜査官に身元が割れているだろう。そして、捕まっていない今、元々住 んでいた所には人を置いているだろう。 顔も見られている。二人ともマスクをしていなかった。うかつに外を出歩くのもま ずい。僕も危険に晒される。 ということは、だ。 笛口さんが起きて︵早目に起きることを願う︶話を聞いてからになるが、二人は暫く この家にいることになるだろう。僕としても、この方が安心できる。その後のことは、 今考えても仕方ないだろう。 衣 食 住 は ど う す る か。〝 住 〟 は い い。〝 衣 〟 も ま だ、大 丈 夫 だ。ネ ッ ト を 利 用 す る か、霧嶋さんに事情を話して買ってきて貰うこともできる。ああ、そうなると〝食〟も 大丈夫だった。霧嶋さん様様だ。 それに、あんていくは狩りのできないグールを援助しているという話もあったはず。 ⋮⋮今さら、早目に顔を出していなかったことを悔やむ。 7 56 今日はもう遅いし、明日霧嶋さんに頼もう。 うん。特に問題はなかったじゃないか。よかった。 どうなるかと思ったけど、今日は良く眠れそうだ。 現実逃避はしていない。 僕が一番に起きたようだ。二人はまだ寝ている。寝顔は見ていない。寝息で判断し た。笛口さんの方は今日、目覚めるかはわからないが。 ﹂ 用足しを終えて、部屋に戻るとヒナミちゃんが起きていた。笛口さんに目を向け、安 堵しつつもどこか不安そうだ。 ﹁ヒナミちゃん、おはよう。良く眠れた ﹂ ? 実を言うと、気を失った原因は僕にある。掴む時、衝撃を殺したつもりだったが、完 時にヒナミちゃんが元気だったら安心すると思うんだ。どうかな ﹁昨日は、酷い傷だったからね。でも、きっと大丈夫だよ。それに、お母さんが起きた やはり、不安だったみたいだ。 ﹁うん⋮⋮おはよう、お兄ちゃん。お母さんまだ起きないね⋮⋮。﹂ ? 57 全ではなかったようだった。 ﹁うん⋮⋮そうだね。ありがとう、お兄ちゃん。﹂ そう言って、はにかんだ。 ああ、ヒナミちゃんの笑顔が眩しいな。 少し、罪悪感が沸く。 それにしても、素直でいい子だ。 聞けば、十四歳。 思えば、前世の妹のこの年の頃は、僕は見ることができなかった。 ⋮⋮あれ、十六歳でシングルマザーになったということは、身ごもったのは、それよ りも前になるよな。下手すれば、ヒナミちゃんの一つ上。 ⋮⋮終わったことだが、改めて怒りが沸いた。 おなか減ったな。 昨日は、夕食を取らなかった。ヒナミちゃんの前では、食べ辛かった。 少し考え、白状することにする。いずれ、分かることだ。 ﹁ヒナミちゃん。僕、朝ごはんを食べようと思うんだけど⋮⋮。﹂ ﹁じゃあ、⋮⋮また本読んでてもいい じぃーー ﹂ 犬みたいだ、とちょっと思ったのは秘密だ。 だから、今まで嗅いだことのない臭いだったんだね、と。 それを聞いたヒナミちゃんは少し考え込み、納得したような表情になった。 僕が少し前まで人間だったことから始まり、簡単な今の僕の身体の状態まで。 一応、一通りの事を説明し終えた。 ヒナミちゃんの顔が驚愕に染まった。 ﹁僕が今から食べるのは、人間が食べるものなんだ。﹂ 実は、と付け加える。 ﹁うん、ここにある本は好きに読んでいいよ。﹂ か。 普通に返事が返ってくる。ああ、この子は僕がグールの食事をすると思っているの ? どんな味がするのかな⋮⋮。﹂ 食べづらい。視線で穴が空きそうだ。 ﹁本当に、おいしいの⋮⋮ ? 7 58 59 ﹁いいなぁ⋮⋮。ヒナミもそんな風に食べてみたいな⋮⋮。﹂ 小声だか、全て聞こえている。 霧嶋さんのことは話していない。話して、ヒナミちゃんが望んでも霧嶋さんのように なるかわからない。 ﹂ 期待させて駄目だったことを考えると、言わない方がいいだろう。 ﹂﹂ また、罪悪感を感じる。⋮⋮こんなことばっかりだな。 ぅぁっ﹂ ﹁う﹁お母さんっ ﹁っっ ⋮っよかった、無事だったのね⋮ここは ⋮あなたも無事でよかったです。 ﹁ひっ⋮⋮ヒナミ 大丈夫かな、その勢いのまま突っ込んだけど。 それにしても、今のヒナミちゃん凄く速かったな⋮。 ⋮笛口さんの目が覚めたようだ。 吃驚した。心臓がバクバク鳴っている。 !! ? ﹁おかあさんっ⋮⋮おかあさんっ⋮⋮﹂ 感動の再会だ。 ? !! 7 60 やはり、我慢していたのだろう。不安だったのだろう。ヒナミちゃんは今までの分を 晴らすように泣いた。笛口さんも涙ぐんでいるようだ。ヒナミちゃんが無事だったこ とに対しての安心からだろうか。 暫く二人はそうやって、抱き合っていた。 ⋮一息ついたようで、声をかける。⋮⋮笛口さんはこちらに気づいてなかったよう だ。状態を起こし、あ⋮⋮。 そういえば、そのまま布団をかけたんだったと思い出した。当然、布団の下は⋮⋮ まずい。なにがとは、言わないけど。 笛口さんは気づいておらず、僕の様子にキョトンとしている。そして、ヒナミちゃん が気づき、慌てて布団で隠した。 その間に僕は、衣装ケースからジャージの上下を取りだし、流れるようにヒナミちゃ んに渡した。 セーフ。 二人と目が合う。 ﹂ ﹁えっと⋮⋮あ、あはは﹂ ﹁⋮⋮お兄ちゃん アウトかも⋮⋮。 ? 61 僕の思い違いだった。 ヒナミちゃんは真っ白。 天使だった。 笛口さんも何も言わなかった。 笛口さんが、申し訳なさそうに言った。 ⋮⋮。﹂ ﹁あの、助けて頂いた身で、図々しとはわかっているのですが⋮⋮、空腹感が酷くて ミちゃんは、霧嶋さんのことを慕っているという。霧嶋さんに、後で連絡しておこう。 霧嶋さんや、〝あんていく〟のことを知っていた。お世話になっていたそうだ。ヒナ ゾッとした。戦わなくて、よかった。 いうらしい︶を向けるなんて。 しかし、グール捜査官って凄いな。妻に向かって夫の赫子で造った武器︵クインケと に晒した。夫をグール捜査官に殺されて気の毒だとは思うが。 その上で、自分がグールであると疑われる品を残す。その結果、ヒナミちゃんも危険 られていることは、彼女自身が前から知っていたそうだ。 そして、捜査官に目を付けられている時の行動ではないだろう、と思った。目を付け その後予定した通り、ヒナミちゃんも交えて話し合った。これまでの経緯を聞いた。 8 8 62 63 あれ、似たようなことがあったような⋮⋮ ﹁すみません、家にはその、食糧はないんです。﹂ ﹁えっ、⋮でも、匂いが⋮⋮。﹂ ああ、唾液を使ったことに気を取られて忘れていた。しかし、今回は血を吸っていな い。 ⋮⋮どういうことだ。 考えてながら、台所に向かう。 ﹁これ、食べて貰ってもいいですか。あれでしたら戻して貰っても大丈夫なので。﹂ ﹂ 僕は炊飯器から白ご飯を器に盛って、スプーンと一緒に笛口さんに差し出した。 ﹁えっ⋮⋮でもこれ⋮あら、匂いはこれから たいだ。 ⋮血の方がいいな。しかし、血を吸ったから相手もなんて、それこそ物語の吸血鬼み まだ早い。 ⋮⋮唾液に何かあるのだろうか。いや、実例はまだ二つしかない。決めつけるのは、 やはり、食べれるようだ。霧嶋と同じか。 開いた。 笛口さんは、恐る恐る口をつける。一口、また一口と食べる。目を驚愕したように見 ? 8 64 ﹁金木さん、どうしてこんな⋮⋮﹂ 笛口さんは驚きながらも、白ご飯を食べる口と手は動き続けている。⋮⋮ちょっと可 愛いとか思ってしまった。 それにしても、何と答えればいいのか。 〝貴女の身体中に僕の体液︵間違えた唾液、いや体液でいいのか︶を塗りつけたから なんです。これは、治療のためで仕方なかったことなんです。〟 とでも言えばいいのか。 しかし、事実だ。うん。流石にこんな言い方はしないが。 落ち着いて聞いて下さい、と前置きをする。 ﹁実は、笛口さんをここに運んだ時、酷い状態だったんです。それで、何と言うか⋮⋮ 治癒効果のある僕の、唾液を塗りました。すみません⋮⋮。﹂ えっ、と反応があった。 ﹁それと、霧嶋さんも今の笛口さんのような状態です。たぶん、同じだと⋮⋮﹂ そこで、ヒナミちゃんから反応があった。笛口さんのことばかり、気にしていたため、 不意を突かれた。 ﹁ヒナミも、食べてみたい。お願いします。お兄ちゃん。﹂ 僕の手を両手で握りしめ、そう言った。 65 そうなるよな。まあ、ここで断ることなんかできない。でも、 ﹁ヒナミちゃん、僕もなんでこうなるのかよく解っていないんだ。ヒナミちゃんも同 ﹂ じようになるとは限らない。それでいいなら僕は構わないけど、その⋮⋮﹂ ﹁ ﹂ ? ヒナミちゃんは本当に嬉しいそうに笑っている。 ﹁うん、待てるよ。うわぁ⋮⋮楽しみだなぁ⋮⋮。﹂ 言った。 で も、今 は で き な い。意 識 を 失 っ て し ま う だ ろ う か ら。だ か ら、夜 に し よ う。そ う ﹁そっか、わかったよ。僕で良ければ力になるよ。﹂ 感じた。 決心は固かった。聞いている僕も悲しくなってきた。僕は恵まれていたのだと、そう してヒナミは食べられないんだろうって、思っていたの。だから、お願いします。﹂ ﹁うん。それでも、少しでも、食べてみたい。今まで、本当は羨ましかったんだ。どう それを聞いてもヒナミちゃんの答えは変わらないようだった。 でもいいの⋮⋮ いといけない。⋮霧嶋さんにはそうしているんだ。あと、これは期限付きなんだ。それ ﹁その、ヒナミちゃんの血を吸わないといけない。その上で、傷口に僕の唾液を塗らな ? これ、駄目だったらどうなるのだろう。 ヒナミちゃんも人の食事がとれるようになった時のことを考える。食費が単純計算 で今までの三倍だ。そう考えると、グールって凄く低燃費なんだよな。一回の食事で長 くて一ヶ月ももつなんて。 笛口さんは、顔がバレているため働けそうにない。⋮⋮いや、自宅でできるものもあ る。それをしてもらうか。僕の家に住むことになるならば、だが。 ⋮⋮僕もバイトするか。 一応、ほかにも当てはある。幾つか条件を満たさないといけないが。恐らく、僕にし かできない。練習もしている。ズルするとになるが、こんなことになってしまった僕に バチは当たるまい。多目に見てほしい。 霧嶋さんに連絡するか。もう電話しても、迷惑にはならないだろう時間だ。⋮⋮出な いな。何コールかして、つながる。 ﹂ ﹂ ﹁おはよう、霧嶋さん。ちょっと伝えたいことがあるんだけど、今いいかな。﹂ ﹁⋮⋮あ⋮金木さん⋮ 様子が変だ。苦しそうな声が聞こえる。 ? ﹁霧嶋さん、声きつそうだけど、大丈夫 ? 8 66 67 ﹂ ﹁昨日、ちょっと白鳩相手にヘマしちゃって⋮⋮﹂ その言葉で一気に心配になる。 ﹁少し待ってて、今すぐ行くから ﹁あ⋮⋮﹂ 眼も赫眼になっている。 ⋮⋮嫌な予感がする。 そう言って霧嶋さんは僕を見た。獲物を見るような目で。 ﹁怪我もあるけど、おなか、空いて⋮⋮たぶん、グールの方の⋮⋮﹂ ﹁うう⋮⋮金木さん﹂ 霧嶋さんは壁に背を預けて座りこんでいた。 ﹁霧嶋さんっ、大丈夫⁉﹂ 合鍵を使うが、開かない。元々開いていたのか。 すぐに霧嶋さんの家に着いた。血の匂いがする⋮⋮。 気がする。 二人に簡単に伝え、家を出た。フリットほどではないが、結構なスピードが出ている !! 理的にはもう変わっていたが︶食いついてきた。 僕は爪で手首辺りを切り裂いて差し出した。途端に、霧嶋さんが目の色を変えて︵物 ⋮⋮そうだ、血では駄目なのか。 ことない⋮⋮。 はずだから大丈夫なはず。あれ、これって赫子の話だっけ。あっ、そもそも鱗赫出した 側ってこんなに怖いのか。食べられたら再生するのだろうか。僕、確か鱗赫のグールの ⋮⋮ 凄 く 怖 い。頬 の 肉 が ひ き つ る。冷 や 汗 か い て き た。凄 く 逃 げ た い。補 食 さ れ る 人を襲わなかった霧嶋さんを誉めてあげたい。 ああ、そういうことなんだろうな。グールの飢えは酷いって聞いていたし。むしろ、 ガシッと腕を掴まれる。 分けてもらってくるというのは⋮⋮﹂ ﹁じゃ、じゃあ、どうしよう。あ、そうだ。僕が〝あんていく〟に行って事情を話して まずい。 9 9 68 69 あれ⋮⋮ ⋮⋮あれ、あまり痛くない。見ると、血を吸っているだけみたいだ。よかった。ん 血 何をして⋮⋮﹂ !! ? のだろう。 ? ﹁霧嶋さんっ ﹂ ⋮⋮どれくらい続いたのだろう。 声をかけ続けるが、返事がない。 !! め、意識はあるようだったが。 そして暫くの間、霧嶋さんは小刻みに痙攣を繰り返していた。反応がかえってきたた 僕は声をかけ続けることしかできなかった。 霧嶋さんが、急にお腹を抑えて苦しそうにうめき声を上げる。 ﹁あ⋮⋮もう、大丈夫です。むしろ、なんか身体が熱く、て⋮⋮﹂ ﹁いや、大丈夫だよ。それよりも、身体はどう ﹂ 理性が利いていなかったようだ。自分でも何をしているか、よく分かっていなかった ﹁ごめんなさいっ やっと口を離してくれた。 ﹁ん⋮⋮おいし、もうちょっと⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ‼﹂ ﹁あの、霧嶋さん。そろそろ⋮⋮﹂ ? 9 70 ﹁あぁ、⋮⋮はぁ、はぁ、金木さん⋮⋮﹂ よかった。落ち着いたみたいだ。 ⋮⋮なぜ、こうなったか。わかっている、十中八九僕の血を飲んだためだろう。とい うか、今の状況で他にはない。 しかし、何と言うかこう、今の霧嶋さんは人には見せられないような状態だ。眼は涙 で潤んでおり、口からは涎が垂れてきてしまっている。息が荒く、頬は赤く⋮⋮いや、こ の辺でよそう。 ﹁なんか、急に熱くなったと、思ったら、身体の中心からどんどん、広がって、こしょ ばくて⋮⋮。自分が変わっていくような、そんな感じが⋮⋮﹂ 息も絶え絶えにそう言った。 変わっていくような、か。 霧嶋さんがこうなっている最中、頭に浮かんだことがある。 これまでのことを踏まえて、仮説だが、何とか。 結論を言えば、僕のRc細胞が霧嶋さんのRc細胞を侵食した。そんなところだろ う。前世でも似たようなことがあったからだ。 前世で、僕は人間からバンパイアになるために、バンパイアの血を注がれ、半バンパ イアになった。そして年月が経ち、完全なバンパイアになるための純化作用、人間の細 71 胞への侵食が始まった。 そう、これだ。 今回前世と違い、食糧として取り入れたのに作用したのは、グールとしての消化吸収、 そして元は同じグールであったことが原因かな。今までの吸血、唾液も今回の準備に なっていたのかも。 前世のバンパイアと人間。今の僕とグール。それぞれの細胞の優劣関係としては、同 じだと思う。 バンパイア細胞が侵食していったように、僕のRc細胞が侵食していったのだろう。 変異したRc細胞とでもいうべきか。。今の僕は変異型グールとでもいうべきなのか もしれない。やはりその辺の専門知識はないため、推測になるが。 だが現に、Rc因子を求め、食欲に似たものを感じている。血だ。 今考えると吸血行為はRc因子の摂取のためだったのだろう。僕は、霧嶋さんを食べ ていたことになる。なぜ、肉ではなく血か。これは、前世の影響からとしか言えない。 霧嶋さんは赫子は羽赫で、僕が血を吸ったその辺りに赫包があった。そのために、そ こに惹かれていたのだろう。より、Rc因子がある場所に。 唾液と吸血で起こったことは、極少量の僕の細胞で一時的に変異したものだと考える ことができる。吸血で、結果としてRc因子を減らす。 そして、唾液だ。唾液には剥がれ落ちた細胞が含まれている。追加で必要だった時 は、唾液を出すために口内を歯で刺激するため、より多くの細胞が含まれていたのだろ う。それが、侵食していく。より、馴染んでいく。 数日のリミットがあるのは、極少量の細胞では時間と共に逆に侵食され、元のグール に戻ったのではないだろうか。 これ、人間にも適用されるのならマズイな。人にもRc細胞自体はあると言うし。 まあ、可能な場合はおそらく、僕の大量の血液が必要になるため、今のところ心配す る必要はないか。それこそ前世の血の交換のようなものになると思う。 あれ、入院中に採血されたものはどうなるのだろう。いや、あのときはまだ神代リゼ さんのものだったはず。⋮⋮しかし、血液から何かが解るとすれば、これからはマズイ な。 そして、今の僕と霧嶋さんについて。 前世のバンパイアことは、正直よくわからない。あれはあの〝運命〟に文字通り、そ の力によってつくられた存在だからだ。 結局のところ、グールで在りながら、よく解らない前世のバンパイア︵半バンパイア ︶に近づいた存在。それが今の僕なのだろう。⋮⋮鱗赫出るのだろうか。それが気に ? 9 72 73 なっている。 霧嶋さんは羽赫持ちだ。では、なんだ。予想があっていたとして、前世のようならば、 半羽赫のグール。そして、半変異型グールにでもなるのか。割合はわからないが。その うち、純化作用のようなものも起こるのか。 そもそも、割合なんてないのかもしれない。全て変異しており、変異型羽赫のグール になっているのかもしれない。羽赫見たことないけど⋮⋮強そうだ。少しカッコいい ﹂ ? ⋮⋮。 ﹂ ﹁金木さん、⋮⋮金木さん ﹁⋮⋮﹂ ﹂ ﹁金木さんっ ﹁ぁっ !! ﹂ ? ﹁ ⋮⋮あっ﹂ ﹁あの、近いです。﹂ ﹁金木さん 毛長いな⋮肌白い⋮⋮ 吃驚した。それより、近い。霧嶋さんの顔によって、視界が埋め尽くされている。睫 !! 離れてくれた。よかった。 ? 9 74 霧嶋さんは照れくさそうだ。 ﹁えっと、あ⋮⋮そうだ。今の霧嶋さんのことなんだけど⋮⋮﹂ 考えていたことを話した。バンパイア云々は除いて。 リョーコさん 今どこにいるんですか‼ヒナミは⁉﹂ そして、笛口さんとヒナミちゃんのことも。 ﹁えっ !? それなのに、霧嶋さんは申し訳なく思っているのだろう。 ﹁それと、一人殺っちゃいました⋮⋮。すみません、約束していたのに⋮⋮﹂ 昨日のうちに早く霧嶋さんに連絡しておけばよかったんだ。 ああ、これ僕のせいだ。 と対峙していたのを見たって、それで⋮⋮﹂ ﹁その、昨日白鳩を襲撃したんです。あんていくの客が、リョーコさんとヒナミが白鳩 霧嶋さんは二人が行方不明だと思っていたのだろうか。 話が見えてこない。 ﹁あぁ⋮⋮よかった無事で⋮⋮﹂ ⋮⋮。﹂ ﹁えっと、二人とも家にいるよ。昨日、捜査官から助けて⋮あ、まだ言ってなかった あれ、そっちかと思った。 !! 75 怪我も負ってしまっている。 人を殺害したことに関しては、何とも言えない。白鳩らしいし、彼らはグールにとっ て敵対者だ。霧嶋さんが今回したことに今そう思ってくれているだけでも、ましだ。 腕を見せてもらって唾液を塗りつける。治りが速いな。 ﹂ 赫子が上手くでなくて、返り討ちにされたけど⋮⋮。そ ﹁ごめん、霧嶋さん。僕が早く連絡しておけばよかったんだ。怪我までさせてしまっ て。本当にごめん。﹂ ﹁いやっ怪我は大丈夫です れより、リョーコさんとヒナミに会いたいです。﹂ ﹁うん、それは勿論いいけど、赫子が出ないって ﹂ あれ、じゃあ、今はどうなんだろう。 ﹁今は、どう ﹁今は、そんな感じはないです。﹂ 対応したということだろうか。 ﹁そっか、それならよかった。⋮⋮もう、行く ﹂ ﹁えっと、何かが邪魔していたというか、でも、思い切りしたら出ました。﹂ ? !! ﹁あ、はい。着替えてからいくので、その﹂ ﹁うん。外で待ってるよ。﹂ ? ? 9 76 ﹁ヒナミっ ﹂ リョーコさんも無事でよかったっ。﹂ !! 感動的 な再会だった。 ﹁ふふっ﹂ ﹁お姉ちゃん⋮⋮ちょっと苦しいよ⋮⋮。﹂ ﹁ヒナミぃ⋮⋮﹂ 霧嶋さんとヒナミちゃんが抱き合っている。笛口さんも嬉しそうだ。 ﹁ええ、トーカちゃんもね。﹂ ﹁トーカお姉ちゃんっ !!! 人がクインケ持ちだそうだ。 三人が関わった捜査官は同じ人物のようだった。背の高い人と顔の怖い人。この二 にすみません。 一息ついて、情報を交換し合った。コーヒーは霧嶋さんが淹れてくれた。僕の家なの ? 77 金木さんは男の人 顔の怖い人のクインケは笛口さんの亡くなった夫の赫子が使われているため、なんと か取り返せないかという話が出た。 正直、あの顔の怖い捜査官には関わりたくないな⋮⋮。 そうだ、と霧嶋さんが話を切り出した。 ﹁リョーコさん、これからヒナミも一緒にうちで暮らしませんか だし、同性の方がいいと思うんですけど⋮⋮。﹂ 僕もその方が助かる。 それからは段々と日常的な会話になってきた。 しかし今日、霧嶋さんが泊まることになった。⋮⋮布団どうしよう。 さんも納得したようだった。 そう言うと、笛口さんとヒナミちゃんは、ホッとした表情になった。それを見た霧嶋 ツいと思うんだ。﹂ ﹁霧嶋さん、僕は全然大丈夫だよ。まだ昨日のことだし、二人が外に出ることはまだキ ああ、そうか。あんなことがあったばかりだから⋮⋮ は、怯えている。 そう思い、笛口さんを見ると、ひきつった表情をしていた。ヒナミちゃんにいたって ? 9 78 霧嶋さんが、〝あんていく〟に連絡をして、今日行くことになった。霧嶋さんはバイ トだったが、休みにしてもらえたようだ。 〝あんていく〟に行く約束の時間は夜のため、まだ結構時間がある。 それまで何をしようかな。 次話までの会話その1 ﹁二人とも、その⋮⋮今着ている服はその、﹂ ﹁うん、お兄ちゃんの服を借りているの。﹂ ﹁ジャージは着たことなかったけど、動き易くて楽でいいわ。﹂ ﹁そうなんだ⋮。あっそうだ。⋮下着後で買ってきますね。服も何着か。それと、生 理用品も。﹂ボソッ ﹁﹁お願いします。﹂﹂ その2 79 ﹁ヒナミも明日食べられるようになるんだよね。﹂ ﹁ごめん、それは今度依子に頼んでおくから、別のを。﹂ ﹂ ﹁よし。まかせなヒナミ。明日を楽しみにしてなよ。﹂ ﹁うんっ。﹂ ﹁リョーコさんは何がいいですか ﹂ ﹁私もヒナミと同じでいいわ。楽しみにしておくわね。でも⋮⋮﹂ ﹁でも ﹁その、テレビで見て、カツ丼食べてみたいな、なんて。﹂ あっ、金木さん ? ? ﹁よし。じゃあ、夜はカツ丼ですね。金木さんっ、それでいいですか ﹂ ﹁うーん、あっ、〝あんていく〟にもあったサンドウィッチがいいな。﹂ ? ﹁うんっ。すごく楽しみっ。﹂ ﹂ ﹁よしっ、じゃあ明日は私が作ろうかな。食べてみたいものとかある 台所借りていいですか いいよ ? ﹁えーとっ。ヒナミ、ケーキを食べてみたい。﹂ ! ? 9 80 いいよ その3 ﹁お姉ちゃんは、お兄ちゃんといつからこんな風していたの ﹂ ﹁えっと、最初は確か金木さんがいきなり⋮⋮﹂ちらっ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁トーカお姉ちゃん ﹂ 上に食費も掛かるだろうし、せめて私とヒナミの分だけでもと思って。⋮⋮できれば、 ﹁金木さん、私何かお金を稼げることをしようと思うんです。住まわせて頂いて、その その4 ﹁何かありそうね。﹂ボソッ ﹁いやっ、何でもないよ。⋮⋮でも、ほんとまだ最近のことなんだなぁ⋮⋮。﹂ ? ? ! 81 ここでできればいいんですけど⋮⋮。﹂ ﹂ ﹁あっ、それは助かります。在宅内職って結構あるから大丈夫ですよ。何か、得意なこ とはありますか 変えるとかは ﹂ ﹁お姉ちゃんが切るの ﹂ ﹂ ﹁二人は顔見られてるから、この先迂闊に外にも出られないよね。あっ、そうだ。髪型 その5 ﹁はい、お願いします。﹂ 調べておきますね。﹂ 登録は僕がすればいいですし。ハンドメイドのアクセサリーの出品もできるかな。あ、 ﹁す ご い な。⋮⋮ 多 分 そ れ 少 し じ ゃ な い し ⋮⋮。だ っ た ら、仕 事 は あ る と 思 い ま す。 リーも少し。﹂ ﹁裁縫が少しできます。えっと、私やヒナミ服は私が作っていました。あと、アクセサ ? ﹁うん。任せて、ヒナミ。リョーコさんも切りますか ? ? ? 9 82 ﹁お願いしようかな。﹂ ⋮⋮ ﹁ああっ⁉﹂ジョキッ ﹁え⁉どうしたのお姉ちゃん⁉﹂ ﹂ ﹁⋮⋮ 何 で も な い よ。ヒ ナ ミ。こ ん な 髪 型 も あ る ん だ よ。可 愛 い 可 愛 い。で す よ ね、 金木さん よかったー。気をつけてね、お姉ちゃん。﹂ ﹁ぐぬ。金木さん、上手です。﹂ ﹁ありがとう、ヒナミ。ヒナミも可愛いわ。﹂ ﹁わぁ‼お母さん可愛い。﹂ 何だか、西尾さんの彼女さんのような髪型になったな⋮⋮ ⋮⋮ ﹁えっ⁉⋮⋮あっはい。﹂ 髪を切っていることだし。⋮⋮金木さん、お願いしてもいいですか ﹂ ﹁⋮⋮じゃあ、私は金木さんに切ってもらおうかしら。トーカちゃんはまだヒナミの ﹁⋮⋮うん。﹂ ﹁本当 ﹁えっ僕⁉⋮⋮うん。ヒナミちゃん可愛いよ。﹂ ? ? ? 83 その6 ﹂ 私もトー ﹁そう言えば、お兄ちゃんってお姉ちゃんのこと〝霧嶋さん〟って呼んでるね。お母 さんのことも〝笛口さん〟だし。﹂ ﹁うん。でも、別に考えたことはなかったな。普通だよね ﹁うーん、そうだけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あの、金木さん。にいさ、じゃない、研さんって呼んでもいいですか カでいいんで。﹂ ﹂ ﹁あ、うん。⋮⋮じゃあ、トーカちゃんって呼ばせてもらうね。﹂ ? ? ﹁じゃあ、私もリョーコでいいわ。研くんって呼んでもいい ﹁あ、はい。⋮⋮リョーコさん。﹂ ? あんていくの前に着いた。ドアには〝close〟の板が下げられている。中はま そして、今度依子と一緒にやってみよーかな。なんて声を漏らしていた。 いないだろう。トーカちゃんもその様子を見て嬉しそうだった。満足げに頷いていた。 ちゃんに申し訳なさそうだったが、あんなに目を輝かせて、カツ丼を食べる人はそうは リョーコさんは何と言うか⋮⋮うん。見ていて癒された。食べ始めの方こそヒナミ た作ってもらえるよう、トーカちゃんと約束していた。 ヒナミちゃんはまだ食べることができないため、残念そうだった。そのため、今度ま バイトしているからだろうか。おそらく、先の手順を把握して動いているのだろう。 作っている姿もテキパキと要領良く動いており、瞬く間に作り上げていた。喫茶店で おり、文句なしだった。 作ったのは初めてだったらしいが、カツはサクサク、卵もフワトロ、味もよく染みて ちゃんがレシピを調べて作った。 夕食はカツ丼だった。材料は、服を買いに行った際に買っておいた。カツ丼はトーカ 今〝あんていく〟にトーカちゃんと二人で向かっている。 10 10 84 85 だ明るい。片付けや、明日の仕込みをしているのだろう。トーカちゃんに案内され、裏 口の方に進み、中に入る。 ﹁店長ー。こんばんはー。今来ました。﹂ トーカちゃんが声を掛けると、奥から初老の男性が現れた。背筋がピンと張ってお り、制服も相まって、どことなく執事ように見える。 ﹁やあ、トーカちゃん。こんばんは。 それと、はじめましてだね。金木君。あんていくの店長の芳村です。よろしく。﹂ ﹁こんばんは。お伺いに来るのが遅くなって、すみません。金木研です。よろしくお 願いします。﹂ ﹁金木くんも忙しかっただろうから、大丈夫だよ。奥で話そうか。﹂ ﹁はい、お邪魔します。﹂ ﹁あっ店長。今日はすみません。休みにしてもらってありがとうございます。﹂ ﹁いや、トーカちゃんが元気そうでよかったよ。﹂ 二階の一室に案内される。芳村さんに促され、ソファーに腰を下ろした。芳村はコー ヒーを淹れてくるよ、と言って一度部屋を出ていった。 ﹁トーカちゃん、優しそうな人だね芳村さん。﹂ ﹁は い。⋮⋮ 私 が こ う し て 生 活 で き る の も 店 長 の お か げ な ん で す。本 当 に お 世 話 に 10 86 なってます。﹂ コンコンとノックが鳴る。トレーを片手に芳村さんが戻ってきた。コーヒーの香り が鼻を通り抜ける。 ﹁さあ、熱いうちにどうぞ。砂糖、ミルクも自由にね。﹂ ﹁態々すみません。いただきます。﹂ ﹁店長、私まですみません。﹂ まずは何も入れずに口を付ける。⋮⋮美味しいな。コーヒーには詳しくないため、上 手く表現はできないが、一流ってこういうことなんだなぁと思う。 ﹁おいしいです。﹂ ﹁それはよかった。﹂ 芳村さんは柔らかく微笑んで、そう返した。 ﹁さて、金木くん、まずはお礼をいうべきかな。笛口さんとヒナミちゃんを助けてくれ てありがとう。今日のトーカちゃんのこともね。﹂ ﹁はい。でも、やりたいことをやっただけですので⋮﹂ ﹁それでもだよ。君は元は人間で、その上での行動だ。本当に嬉しいんだよ。⋮⋮実 は、私は人間と共存できる道を探しているんだ。﹂ 共存の道か。その考えを否定はしないが、難しいことだろう。グールがその食性から 87 人間の敵対者である限り。 仮に共存できたとしても、全体を見れば差別問題が出てくるだろう。芳村さんはどこ まで、目指しているのだろうか。 ﹁共存⋮⋮﹂ トーカちゃんが落ち着いた声で呟いた。 ﹁そう、そして金木くんの存在が希望になると考えている。君のその力も含めてね。﹂ 今日、トーカちゃんに起こったことも言うべきか。僕の推測も含めて。 ﹁その力の話にもなるんですが、今日、実は⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮驚いたよ。まさか、そんなことも⋮⋮。⋮⋮トーカちゃんに詳しくは、聞いてい なかったからね。正直、信じられない。いや、金木君が嘘をついているとは思っていな いよ。しかし⋮⋮。﹂ ﹂ 芳村さんの願いを聞いた後では、都合が良すぎる話だ。それ故に戸惑っているのだろ う。 ﹁金木君。仮に、だが私もトーカちゃんの様になることができると思うかい きたとしても、僕は実行しないだろう。必ずどこかで、落とし穴がある。確かに、人間 ⋮⋮どうだろうか。合う合わないがあるかもしれない。仮に、全てのグールに適用で ? 10 88 とグールが共存するという考えは素晴らしいと思う。だが、やはり大切なものを失って までしようとは思わない。考え過ぎであるとは思う。⋮⋮でも、もう嫌なんだ。 共存を目指すにしても、慎重にいきたい。何より、今の僕にはあらゆる〝力〟がない。 そう、伝える。 ﹂ ﹁⋮君がそこまで考えてくれたことが嬉しいよ。私も強制はしない。⋮不思議だね。 まるで経験してきたかのようだ。⋮では、私にも試してもらえないかな ﹁では、失礼しま⋮⋮ ﹂ かなり鍛えていることがわかる。トーカちゃんも目を丸くしている。 芳村さんが、上半身の服を全て脱いだ。⋮⋮すごい身体だ。 ﹁ああ、私もトーカちゃんと同じ羽赫だ。よろしくお願いするよ。﹂ ろう。 僕の血を飲んでもらうことも考えたが、却下した。一度通った道を辿るほうがいいだ かりません。⋮⋮では、血をいただいてもいいですか。﹂ ﹁ええ、構いません。⋮⋮今のところ、他言無用でお願いします。どこから漏れるか分 ともある。 ⋮⋮鋭いな。前世では、バンパイアとして、人間と関わった。そして、拒絶されたこ ? な ん だ、こ れ は。匂 い の 源 が ど れ だ け あ る ん だ。⋮⋮ 赫 包 が 多 数 あ る と い う こ と か ? 89 ⋮⋮。 ﹁⋮⋮芳村さん、赫包いくつありますか。﹂ 芳村さんも気づいたのか、ハッとした顔になった。 ﹁正確には分からないが、少なくともトーカちゃんよりは多いね⋮⋮﹂ ⋮⋮吸血しながら、Rc細胞も同時に吸い、僕の細胞が侵食しやすい様にしている。 ⋮⋮これ、できるのか。僕の細胞、すぐに消えるのではないか。 ﹁⋮⋮一度やってみます。﹂ ﹂ ﹁ああ。それと、私が眠ってしまったら、そのままソファーに寝かせてくれると助か る。トーカちゃん。戸締まりを頼んでもいいかな ﹁はい、店長。﹂ ﹁では、改めて失礼します。﹂ 駄目だった。 芳村さんの皮膚を深く切り裂く。そして直接、吸い始める。 ? 10 90 もう一度と、何回も挑戦したが結果は同じだった。⋮⋮その度に血を飲むことができ た僕としてはよかったが。味に深みがあった。他にもあるが、よそう。 ﹂ ﹁すみません。力に成ることができなくて。えっと、ここまできたら、僕の血を飲んで みますか ⋮⋮飲み終わったようだ。途中から、味わうように飲んでいた。 ﹁む⋮⋮これは、中々。﹂ 芳村さんは少しグラスを見つめた後、口をつけた。 ﹁いただくよ。﹂ ﹁どうぞ。芳村さん。﹂ 切り裂き、グラスを血で満たす。 芳村さんが大きめのグラスを貸してくれた。直接より、この方が助かる。爪で手首を ﹁⋮⋮はい、わかりました。では。﹂ 怖いことが聞こえた。トーカちゃんは、芳村さんの様子に引いているようだ。 できることはしたい。﹂ ⋮⋮と頭に浮かんだほどだ。 ﹁ああ、よろしく頼むよ金木君。私も悔しく思っている。こうなれば、赫包をいくつか 軽い気持ちで言ってしまった。 ? 91 すると、トーカちゃんから一言あった。 〝受け入れるように〟と。 芳村さんは静かに目を閉じる。誰も何も喋らないまま、時間が過ぎていく。⋮⋮芳村 ﹂ さんに変化があった。トーカちゃんの時と同じようだ。苦しそうに身体を丸める。 ﹁店長っ そうだろうか。⋮トーカちゃんが戻ってきた。 ﹁いいんだ。金木君。私は一度でも食べることが出来たら、それで⋮⋮﹂ らさない限りは。 正直に言った。トーカちゃんの様にはいかないと思う。⋮⋮⋮⋮それこそ、赫包を減 ﹁芳村さん。もしかすれば、ここまでして、やっと数日もつくらいかもしれません。﹂ トーカちゃんはバタバタと部屋を飛び出して行った。 もしかしたらと期待して、予め用意していたそうだ。 ﹁はいっ。すぐに持ってきます‼﹂ ていいかな。﹂ ﹁⋮⋮トーカちゃん。悪いけど、下の冷蔵庫にサンドウィッチがあるんだ。お願いし 夫なようだ。 ⋮⋮⋮⋮トーカちゃんよりは随分立ち直りが早かった。少し息を乱しているが、大丈 !! 10 92 ﹁店長。⋮⋮どうぞ。﹂ トーカちゃんが緊張した様子で芳村さんに渡した。僕まで緊張してくる。 ﹁ああ、いただくよ。﹂ 芳村さんはタマゴサンドを選び、一息に口に入れた。⋮⋮食べ慣れているような食べ 方だ。擬態するために、常日頃からしていたのだろうか。 ﹁ぁ、⋮⋮ああ。﹂ 芳村さんが小さく声を漏らした。何と言葉にすればいいかわからない、そんな気持ち が伝わってくる。 ﹁ああ、憂那、と一緒に⋮⋮食べてみたかったなぁ⋮⋮。⋮っ。﹂ その言葉に、どんな気持ちが込められているのか僕にはわからない。だが、そんな芳 村さんを見て、胸が苦しくなった。 ﹁⋮⋮トーカちゃん。今日はもう、おいとましようか。﹂ 芳村さんも今は独りになりたいだろう。 ﹁そうですね。店長、お疲れ様です。﹂ ﹁芳村さん。また近い内にお邪魔します。﹂ ﹁⋮⋮ありがとう、二人とも。⋮ありがとう、金木君。﹂ 93 ドアの向こうから、啜り泣くような声が聞こえた気がした。 ﹂ ? ﹂ ? ﹁はい。元々バイト休みだし、大丈夫です。ヒナミのごはんも作らないと。﹂ ﹁⋮いいのかな、明日予定なかった 独り言のつもりだったが、トーカちゃんから返事があった。 ﹁あ、そうだった。明日、行きますか ﹁そう言えば、マスクもうできた頃かなぁ⋮⋮﹂ 自宅まで残り半分ほどの距離になった頃、ふと思い出す。 されるが、無粋に感じて止めた。 帰り道は、何か話す気分ではなく、暫く無言で歩く。先程の芳村さんの様子が思い出 彼女が簡単な戸締まりをして、あんていくを後にする。 でもないため、何も言わない。その動作が少し可愛いなんて感じたこともあるが。 か、僕の後ろに身を置く。然り気無い動作だったが、バレている。まあ、気にすること ドアを開け、流れ込んできた空気を受けてそう感じた。トーカちゃんもそう感じたの 少し、冷えるな。 11 11 94 95 あ、そうだった。サンドウィッチだったかな。 ﹁じゃあ、前と同じ夕方でいいかな。お願いします。﹂ ﹁はい。﹂ 本当は僕一人でもよかったのだが、ありがたい。実は少し心細かった。 そして、夜はまた〝あんていく〟に行かないかと提案された。トーカちゃんも芳村さ んの様子が気になっていたようだ。僕も同じ気持ちだったため、賛成する。加えて、今 日はあまり話ができなかったためだ。 では、それまでは何をするか。これもすぐに決まった。CCGに行く。もちろん、僕 一人でだ。 これには彼女から、自分も行くと意見があったが、断った。中に入るつもりはない、様 子を見てくるだけ。そう言えば、渋々納得してくれた。 目的はリョーコさん、ヒナミちゃんのことだ。 顔を見られているため、似顔絵くらいはあるだろう。直ぐにその場を離れたヒナミ ちゃんは兎も角、リョーコさんは特に。予想は出来るが、確認だ。特徴が書かれていれ ば、変えることのできるものは、変えた方がいいだろう。 その後は、トーカちゃんの学校の話になった。最近、もう朝から昼休みが待ち遠しく なっていたらしい。改めて、お礼を言われた。そして、今度、私がお弁当を作って持っ 11 96 ていって驚かせると嬉しそうに笑って言った。 お互いの話に盛り上がる中、暗い夜道にふと、道の脇から白いものが現れた。 一瞬で分かった。喰種捜査官だ。それも、前回会った︵一方的にだが︶あの二人組で、 トーカちゃんが交戦した相手でもある。 ごめん、と言って道の端までトーカちゃんの手を引く。そして、彼女の顔が隠れるよ ﹂ うに向きを調整し、軽く抱きしめた。⋮⋮背が、もっと高ければなぁ。 ﹁っっ⁉金木、さん ﹁っ ⋮はい。﹂ ﹁ごめん、トーカちゃん。白鳩だ。それも、あの二人組だ。僕に合わせて。﹂ ? いる。僕だけだ。 ほうがらよかったかな。恥ずかしくなってきた。トーカちゃんは無言だ。落ち着いて 距離が近づくにつれ、二人組の会話が聞き取れるようになった。⋮⋮逃げるか隠れた から正体が発覚するかわからない。用心に越したことはないだろう。 官。僕はまだしも、トーカちゃんはマスクを着けていたとはいえ、交戦している。どこ 正直、やりすぎな気はする。やってしまったという気持ちもある。だが、相手は捜査 !! 97 ﹁⋮それにしても、真戸さん。今日〝ラビット〟は現れませんでしたね。﹂ ﹁そうだな、亜門君。まだ、昨日のことだ。傷が癒えていないのかもしれない。他の理 由があるとしても、所詮クズだ。大した理由はないだろう。﹂ ﹁やはり、今は情報を集めるしか⋮⋮⋮⋮ん、そこの二人。﹂ ただこうしているだけでは、不自然かもしれない。どうするべきか。⋮⋮⋮⋮よし、 覚悟はできた。恥を捨てるんだ、僕。 ﹁⋮⋮⋮⋮本当に君が好きなんだ。﹂ トーカちゃんがピクリ、と動いた。 ﹁初めて会った時は、失礼なことをして本当にごめん。でも、もうあの時には惹かれて いたんだ。︵君の血に︶⋮⋮我慢できなかったんだ。自分の気持ちを押さえきれなかっ た。⋮⋮⋮今では、もう君なしでは僕は生きていけない。︵色んな意味で危ない︶⋮⋮た まに出る、少し乱暴な言葉とか本当に好きなんだ。だから、その⋮⋮﹂ 嘘はないと思う。何かが吹っ切れて言葉にできた。 ﹁真戸さん⋮⋮﹂ ﹁ああ、引き続き情報を集めよう、亜門君。﹂ どこか、気まずげに捜査官達は去っていった。真戸さんと呼ばれていた人は去り際、 こちらをチラリと見たが。少しドキッとした。 ⋮⋮よし、もういいだろう。トーカちゃんの後ろに回していた腕をほどく。そして、 もう、行ったよ。ごめん、いきなり。﹂ 一歩下がろうとした。⋮⋮下がれない。彼女が何時の間にか、僕に腕を回していた。 ﹁⋮⋮トーカちゃん ﹁⋮⋮﹂ 返事がない。 ﹁トーカちゃん⋮⋮ ﹂ なんて⋮⋮﹂ た事情があるかもしれない。聞かないほうがいいだろう。 安心、か。そう言えば、彼女の家族構成はどうなっているのだろう。いや、込み入っ ⋮⋮⋮何言ってんだろ、私⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ あ、い や 大 丈 夫 で す。最 初 は 恥 ず か し か っ た け ど、途 中 か ら す ご く 安 心 し て ﹁えっと、ごめんね。いきなり。﹂ に見える。 気づいたようで、離れてくれた。⋮⋮目が潤んでいる。その表情がどこか、寂しそう ﹁⋮⋮あっ。﹂ ? ? ﹁あ、あはは、えっともう一回する ? 11 98 99 ﹁⋮⋮はい。﹂ お兄ちゃん、お姉ちゃん。﹂ ⋮⋮冗談で言ったつもりだったのだが。まぁ、いいか。 ﹁おかえり ﹁お兄ちゃん ﹂ なる。失ってしまうことを想像して。 家に帰って〝おかえり〟なんて言われたのは、いつぶりだろうか。⋮⋮同時に不安に ⋮⋮本当は、僕も照れくさかった。そして、嬉しかった。 トーカちゃんは照れくさそうに言った。 ﹁⋮はい。ただいま。﹂ ﹁ただいまでいいよ。ほら、二人に。﹂ トーカちゃんは僕を見て、そう言った。 ﹁えっと、お邪魔します。﹂ ﹁ただいま。﹂ てくれた。 鍵を開けて中に入る。音で気づいていたのか、ヒナミちゃんとリョーコさんが出迎え ﹁おかえりなさい。二人とも。﹂ ! 玄関から動かない僕を不思議に思ったのか、ヒナミちゃんから声を掛けられる。 ? 11 100 ﹁あはは、何でもないよ。⋮ちょっとね。﹂ ヒナミちゃんは首を傾げる。 ﹁変なの。﹂ ﹁そうかな。変かな。﹂ ⋮⋮何故か、それだけの会話で気が楽になった。 ﹁もう、寝る時間だね。﹂ 言葉に反して、ヒナミちゃんの声は弾んでいた。⋮⋮そうか。ヒナミちゃんにとって は、待ちに待った、か。 ﹁うん、僕はいいんだけど⋮⋮﹂ 問題が二つあった。 まず、一つ。匂いが二つに分かれている。芳村さんのように、数が多いという訳では ﹂ ない。それぞれ、匂いが若干違う。二種類の赫子があるということなのか。 ﹁ヒナミちゃん。赫子のタイプってわかる ﹁ううん。ヒナミ、赫子出したことないから⋮。お母さんが甲赫で⋮⋮お父さんが鱗 ? 101 赫だったから、どっちかだと思うんだけど⋮⋮﹂ 知らなかったようだ。赫子を出したことがないのなら、仕方がないだろう。 ﹁実は、両方あるみたいなんだ。甲赫と鱗赫が。﹂ ﹁えっ⁉﹂ 驚きながらも、どこか嬉しそうだ。リョーコさんとトーカちゃんも驚いている。聞け ば、かなり珍しいらしい。その目で見たことはなかったそうだ。 ﹁⋮⋮それで、念のため両方から血を貰おうと思うんだけど⋮。﹂ そう二つ目。場所が問題だ。トーカちゃんのように、服を着たままでは、血を吸うこ とができない。 ﹁⋮うん。恥ずかしいけどお兄ちゃんなら、大丈夫だよ。﹂ ヒナミは頬を赤らめてそう言った。場所だけに、トーカちゃんの時よりも緊張する。 ﹁⋮⋮ちょっと後ろ向いててね。⋮⋮うん、もういいよ。﹂ ヒナミちゃんは、ベッドにうつ伏せになっていた。 僕はなるべく、白い肌を視界に入れないようにして血を吸う準備をした。 あの後、ヒナミちゃんは気を失ったように眠りについた。今日もベッドにはリョーコ 11 102 さんもいる。申し訳なさそうにしていた。 ⋮⋮そう、まだ布団は予備の一枚しかなかった。今日はお金のこともあるが、時間が なかったため、買っていなかった。 すぐ横には、トーカちゃんが眠っている。僕はまだ、眠れていなかった。なぜ、トー カちゃんはこんなに早く寝れるのだろう。疲れていたのだろうか。 ⋮⋮僕も寝よう。目を閉じていれば、何時の間にか寝ているはずだ。 そうしていると、段々と眠たくなってきた。そして、意識が落ちる寸前。 ﹁おとう、さん﹂ どこか、安心したような声を耳が拾った。 12 トーカは今更ながら恥ずかしくなっていた。寝る前は金木は背を向けていたことも たのだと思い出した。 それだけだった。布団の数の関係でどの組み合わせにするかという話の結果、こうなっ すっかり目が覚め、覚醒した頭で考える。⋮答えは直ぐに出た。一緒の布団で寝た。 なぜ、研さんが。 が目と鼻の先に飛び込んできたのだ。驚くなという方が無理な話だろう。 声にならない悲鳴を上げる。というよりも、咄嗟に声を飲み込んだ。いきなり人の顔 ﹁っっ⁉﹂ トーカは気がついた。寝直そうと思い、横向きに体勢を動かす。 中途半端な時間帯に起きてしまったのだと、霞みがかかった意識の中でボンヤリと カーテンの隙間から光は漏れていない。部屋の中も真っ暗だ。 ﹁う、ん⋮⋮今なんじ⋮⋮。﹂ 103 12 104 あり、特に気にはしなかったが、距離が近い。金木の規則正しい寝息が耳をくすぐる。 金木の寝顔は普段より随分と幼い印象を受けた。たまに子どもっぽくなる時もあるけ ど、普段は基本的に落ち着いている。なんだか得した気分になった。 金木の寝顔を眺めながら、金木との出会いを思い出す。 始めは、いい印象ではなかった。突然、血を吸われたのだ。これは油断していた自分 に責任もあるけど。次に会うことがあれば⋮⋮と考えていた気がする。 そして次の日、確かに世界が変わった。いつも望んでいたもの、でも諦めていたもの が手に入った。思えばあの日からだ。依子に少しでも向き合えたのは。 もちろん、今でも負い目はある。依子は人間で自分はグールだ。騙していることに変 わりはない。過去に食事目的以外でも多くの人間を殺してきた。それは消えない。 でも、それでも依子の料理を食べることができた。嬉しかった。だけど、同時に怖く なった。人に近づくことで、今まで自分がしてきたことを、依子に正体を、過去を知ら れた時のことを考えると。 そして、元に戻った時はただ、絶望した。一度知ってしまったら、もう駄目だった。も う一度。それが望みだった。 金木と再会した時は喜びよりも焦りが大きかった。どんなことをしてでも、と考えて いた。 105 行為を終え、目を覚ました後。金木が何度も確かめながら料理を作っている姿が記憶 の父の姿と重なった。父が作っていた料理はどんな味だったのだろう。もう、叶わない ことなのに。 そして今日。またもらった。それに、研さんと一緒だ。できるなら、どこにいるかも 知れない弟のアヤトにもしてほしい。また、一緒にいたい。最後に会ったのは何時のこ とだったか。ケンカ別れだったことは覚えている。 入見さん、古間さん、そして四方さん。この人達にもだ。でも、自分から言うつもり はない。与えてもらってばかりの自分が言えることじゃないと分かっている。 改めて、トーカは金木の顔をじっと見た。もう、この人は自分にとって無くてはなら ない人だ。 ずっと一緒にいたいと思う人。けど、これが恋かと考えれば、しっくりこない。少女 漫画のようなドキドキはない。ただ、近くにいると安心する。短い時間で信頼してし まっていた。でないと、一緒の布団で寝たりはしないだろう。 ⋮⋮起きないよね。うん。狭いし仕方ない。トーカは自分に言い訳をしながら、金木 の胸に頭を埋めた。⋮⋮もう、一人じゃないんだ。トーカは安心し、緩んだ顔で二度目 の眠りについた。 12 106 なんだ、この状況。 目 を 覚 ま す と 困 惑 し た。ト ー カ ち ゃ ん が 抱 き 着 い て き て い る。そ れ も ガ ッ チ リ と。 下から、どこか透き通るような寝息が聞こえてくる。身体のいたる所に柔らかい感触が あるが、体勢を変えようにも変えることができない。 今、トーカちゃんが起きたらマズイどころの話ではない。現に、朝の現象が起こって いる最中だ。⋮⋮それが原因とは限らないが。 どうすることもできなかった。もう、考えを放棄する。もう一度寝よう。⋮⋮あたた かいなぁ。 コトッコトッと、どこか心地よく感じる音で目を覚ます。二度寝したせいか、ダルさ がある。トーカちゃんはもう布団にはいなかった。まだ寝ていたい欲求を抑え布団を 出ると、もう三人とも起きていた。リョーコさんとトーカちゃんは台所に立って朝食の 準備をしてくれていたようだ。机の前に座っているヒナミちゃんの前には、空の長皿が ある。もう何か食べたのだろうか。 ﹁おはよう。﹂ 目線がこちらに向き、それぞれが朝の挨拶を返してくれた。二人がエプロンをしてい ないことに気づいた。買っておかないといけないな。少なくともリョーコさんのもの 107 は。 ﹁お兄ちゃん ヒナミ、食べれたよ ⋮ちゃんと、味したよ。﹂ !! ﹂ ? だろう。 ! いただきますと言ってから茶碗に口を付けた。 熱かったのか、間をいれてフーフーと息を吹き掛ける姿が可愛い。 噌汁。おいしそうだ。先に手を付けたヒナミちゃんも目を輝かせながらすすっている。 リョーコさんが茶碗に入った味噌汁を自信無さげに置く。見た目は至って普通の味 ﹁研くん、どうぞ⋮⋮﹂ なか空いてきた。炊飯器を確認すると、もう少しで炊き上がるようだ。 味噌の香りがしてきた時点でなんとなく分かっていた。豆腐とワカメかな。⋮⋮お ﹁今、お母さんがお味噌汁作っているの ﹂ た。ヒナミちゃんだけ駄目だった場合は、それこそ目も当てられない状況になっていた 目に涙を浮かべたヒナミちゃんに笑って返事をする。⋮⋮内心では、ホッとしてい 当にすごく嬉しくて⋮。お兄ちゃん、ありがとう。﹂ ﹁⋮⋮お姉ちゃんが作ってくれた玉子焼き。おいしくて全部食べちゃったの。⋮⋮本 ﹁うん。よかったよ。何食べた 嬉しそうな声だったが、段々とトーンが下がっていった。 !! 12 108 ⋮⋮ 視 界 が ボ ヤ け て い る。思 わ ず、涙 が 出 そ う に な っ た。思 え ば、人 か ら 作 っ て も らった味噌汁なんていつぶりだろうか。家庭の味、頭に浮かんだのはそんな感想だっ た。特別おいしいと言う訳ではなく、そもそもリョーコさんの初料理だ。台所に立つ リョーコさんの姿が、幼い頃に見た母の姿と重なって見えたからだろうか。だから、そ う思わずにはいられなかった。 ﹁⋮⋮おいしいです。上手くいえないけど、ホッとする味というか⋮⋮。﹂ そんな曖昧な感想でもリョーコさんは嬉しそうに笑ってくれた。それを見てまた、ど また玉子焼き作ったの まだ食べていい ﹂ うしようもなく嬉しくなる。身体の中から熱が広がっていくのがわかる。 ﹁あ、お姉ちゃん ? ? 中も、お昼ご飯も楽しみだなぁ、とヒナミちゃんは待ち遠しそうだった。 朝食を作ってくれたお礼ということで、僕とヒナミちゃんで後片付けをした。その最 広がる。炊きたての白ご飯と一緒に食べるとよく合う。 焼きだ。出来立てというのもあるだろう。フワフワとして、じんわりと甘さが口の中で 形は巻きすがないため仕方ないだろう。フォローして口に入れる。⋮⋮甘めの玉子 イケました。﹂ ﹁さっき全部食べたんだから、少しね。⋮⋮あの、どうぞ。見た目は微妙だけど、味は ! どうするべきか、思案していた金木に背後からに声をかけてきた者がいた。 ﹁キミ、熱心に見ているようだが⋮⋮﹂ しかし、二人で外を出歩くのは控えた方がいいだろう。 た。写真でないのは幸いか。髪型を変えた今、化粧をすれば、分かりにくくなるはずだ。 が載っている。それだけならよかったが、リョーコの似顔絵が載っていることは拙かっ ボードの端の方にリョーコとヒナミ、二人の記事を見つけた。二人の特徴⋮服装など ﹁⋮⋮あった。﹂ かれていなかった。そのことに少しだけホッとする。引き続き目を通していると、 まず、大きく拡大された懸賞金の数字に目がいくが、それらの記事には二人のことが書 手 配 書 ら し き 紙 が 貼 ら れ た ボ ー ド を 見 つ け た 金 木 は 近 づ い て 目 的 の も の を 探 し た。 だった。どこか野生的な印象で普段とのギャップがあり、新鮮だったためだろう。 宅で鏡を前にした本人は違和感しか感じなかったが、セットを手伝った三人には好評 訪れていた。その姿は普段とは異なり、黒縁の眼鏡をかけ、髪は後ろに流している。自 時刻は昼前、休日のためかまだ人通りは多くない。金木は一人、CCG二十区支部を ﹁ここがCCGか⋮⋮。えっと、あれかな。﹂ 109 12 110 ﹁ああ、すみません。﹂ 邪魔になっていたかと思い、場所を空ける。 ﹁っ⁉﹂ ⋮⋮ あ の 二 人 組 の 捜 査 官 だ。拙 い。不 意 を 突 か れ た と 言 っ て も 今 の 反 応 は 拙 い。内 心では焦りながらも言葉を続ける。 ﹂ ﹁捜査官の方ですか。お疲れ様です。﹂ ﹁ほう。なぜ我々が捜査官だと 少し和んだ空気が流れた。もちろん、気づかれないように警戒はしているが。早く ﹁くくっ、正直なことだ。﹂ ﹁えっと、そのすみません。﹂ ﹁そうだな、私はどうかね。﹂ ﹁ええ、鍛えていますから。﹂ ﹁だそうだよ亜門君。﹂ 感じで⋮⋮﹂ ﹁その、白のコートで判断させてもらいました。それに、お連れの方は如何にもという た。 あっ、しまった。真戸だったか、顔も言動も行動も怖い捜査官が即座に聞き返してき ? 111 行ってくれないかな。 ﹁そうだ、少し中で話をしないか。せっかくここにいるのだしね。﹂ なぜ、そうなる。だが、同時に少し興味が沸いた。 ﹁えっと、お仕事中なのでは⋮⋮﹂ ﹁ああ、問題ない。これから休憩だ。﹂ ﹁真戸さん、一般の方には⋮⋮﹂ ﹁いや、亜門君。今、我々は捜査に行き詰まっている。何か切っ掛けになればと思って ね。﹂ ﹁はぁ。まあ、そうですが⋮。﹂ ⋮⋮内部はスッキリとしている。だが、奥に目を向けると一部以外はバリケードが 立っている。なんだろう、あれ。進むために、カードキーがいるのだろうか。 ﹁あ、自己紹介がまだでした。〝金本〟です。⋮高校生です。﹂ ﹁ああ、すまない。こっちも失念していた。⋮こちらが真戸上等捜査官で、私が亜門一 等捜査官だ。よろしく。﹂ ﹁真戸だ。よろしく。﹂ 受付に確認を取り、奥で話をすることになった。⋮あのゲートをくぐるのだろうか。 12 112 だが、それより気になることがある。なぜか真戸さんがニヤついているのだ。更に顔の 怖さが増している。ちなみに亜門さんは普通だった。 ﹂ ゲートの前でもう一度疑問に思い、足を止めると、前から真戸さんが腕を引いてきた ため、そのままゲートを通り過ぎた。 ﹁あっ、すみません。ボーッとしていました。ところでこれ何のために⋮⋮ ﹂ 前を向くと真戸さんはポカンとした表情をしていた。 ﹁ああ、それは⋮⋮真戸さん ? ﹂ ? んに視線を向ける。 ﹂ ﹁すまないな。私もこれから休憩なんだ。代わりでよければだが、私で構わないか ⋮⋮というよりも真戸さんは何の話をするつもりだったんだ ﹁えっと、なんだかすみません。でも、中々こんな機会ないと思うので。色々と聞きた ? ? 真戸さんはそう言い残して奥に行ってしまった。どうすればいいんだろう。亜門さ ﹁では、よろしく。﹂ ﹁え、はい。構いませんが。﹂ か、すまないね。亜門君、代わりを頼んでもいいかい ﹁⋮⋮いや、すまない。かんちが、⋮急用があったことを思い出した。金本君だった 亜門さんも疑問に思ったようだ。 ? 113 いことがあります。出来ればお願いします。﹂ 亜門さんはたしかにな、と納得した様子だった。ゲートをまた通り、近くの応対ス ペースを借りる。 ﹁さて、聞きたいことはなんだ。可能な範囲だったら答えよう。﹂ 話が早くて助かる。 ﹁そうですね、⋮⋮﹂ そこからは質問攻めになる形になり、亜門さんには申し訳なかった。止めるつもりは なかったが。 簡単にだが、捜査の方法、捜査官になるための訓練方法、CCGの組織の仕組みなど 知ることができた。だが、あくまで捜査官について。グールに関しては直接の質問はし なかった。 それでも亜門さんは丁寧に、できるだけ詳しく教えてくれた。聞くところによると、 捜査官になるための学校で教鞭を取ったこともあるそうだ。道理で分かりやすかった 訳だ。 ﹁あ⋮⋮すみません。もうこんな時間に⋮⋮。休憩中だったのにすみません。﹂ ﹁いや、こっちもいい時間を過ごせたよ。君が熱心なものだから、つい熱が入ってし まった。しっかり、メモもとっていたようだしな。﹂ 12 114 ﹁あ、あはは。その、もう少し大丈夫ですか ﹁ああ、構わない。﹂ ﹂ 亜門さんはそう、言い切った。⋮⋮数日前、殺害したのはおそらくトーカちゃんだろ たんだ。⋮⋮グールはこの世界を歪めている。私にとって明確な〝悪〟だ。﹂ ﹁⋮⋮実は、数日前に仲間がグールに殺された。だが、殺される理由はどこにもなかっ その質問に亜門さんは真っ直ぐと目を合わせてきた。 ﹁亜門さんにとって、グールとは何ですか。﹂ ここからがこの場に着いた時に最も聞きたかったことだ。 ? ﹂ う。これは、僕にも責任があった。罪悪感から目を反らしそうになる。だが、それでも この人に聞きたい。 ﹂ ﹁あなたが、その〝悪〟になったとしたら ﹁⋮⋮何 ? うしますか。﹂ たとする。⋮⋮自分の意思に反して、人肉に食欲を感じるようになる。そうなれば、ど ﹁例えば、です。フィクションであるような人体実験などである日、突然グールになっ 声色が物騒なものになる。 ? 115 亜門は突然のその質問に直ぐに答えることができなかった。 考えたことがなかった。そもそも、ありえないことだ。彼が言うように所詮フィク ションの世界の話であり、真面目に答える必要もない。だが、彼の目が真剣の色を帯び ていたためか。 もしそうだったら、と考えてしまった。 幼少の頃の体験から始まり、亜門にとってグールとは、〝悪〟そのものであった。人 の皮を被った残虐な化け物。それによって、どれだけの仲間が殺されてきたことか。ど れだけの子どもが、人がただ一人残され、絶望したことか。 そんな〝悪〟に自分が。やはり、ありえない。想像ができない。捜査官こそ、自分こ そが正義であるはず、だ。 ﹁⋮ 私 は、喰 種 捜 査 官 だ。そ う な っ て も、人 の 心 は 忘 れ な い だ ろ う。人 は 殺 さ な い。 ⋮⋮死を選ぶ。﹂ ﹁じゃあ、人を殺さずに、⋮⋮いや、いいや。⋮すみません。こんな質問に答えて下 さってありがとうございます。﹂ 彼は言葉ではそう言ったが、どこか納得した様子ではなかった。それに、言葉の続き 12 116 は理解できた。 人を殺さずにすむのならば、人を殺せないのならば、それでもほかに方法がある。⋮ 彼が言いたかったことはおそらくそう言うことだ。だが、それでも自分が人の肉を食べ ることはできないだろう。 だから、自分の考えが変わることはない。それに、ここで変えてしまっては、殺され ていった仲間達、残されていった者達はどうなるんだ⋮。 自分に言い聞かせながらも、亜門の心には金木の言葉がしこりのように残った。 ゲートについて教えてもらった時は、冷や汗ダラダラだった。なぜ、反応しなかった 出た後も考えている様子だったし。また機会があれば、話をしてみたい。 行ってよかった。これから先、あの人と敵対しないことを願う。お礼を行って直ぐに に話を聞いてくれる人は、そうはいないだろう。 それにしても、先程はかなり踏み込んだ話をしてしまった。しかし、あんなに真面目 い。 類かの布地と糸、飾りを買った。今の所は、他に何かできることをやってもらうしかな リョーコさんには悪いが、もう少し待ってもらう必要がある。一応、裁縫セットと何種 だが、全ては無理だった。チラリと覗いたが、職業用ミシンってあんなにするのか。 料。これだけで結構な大荷物になった。 用に漢字と計算のドリル。まずは、これだけ買った。他には、スーパーで一週間分の食 自宅までの帰り道。これから必要になるものを買い漁った。書店では、ヒナミちゃん 13 117 13 118 のだろうか。故障かな。何にせよ助かった。 だか、今思えば真戸さんの態度が引っ掛かる。 まさか、気づいていたのだろうか。⋮⋮いや、それは考え過ぎか。捜査官だし、疑わ しきは⋮というやつだろう。 ⋮疑われていたのか。 あと、然り気無く僕のことも聞いた。笛口母娘繋がりで。亜門さんは苦虫を噛み潰し たような顔で語ってくれた。 現れたことは確かだが、対処できなかった。悔しいが今の自分には手に負えないグー ルかもしれない、と。 マスクを受け取りに行くため、早めに夕食を取った。今回は僕のリクエストでハン バーグ。皆で一緒に作ったハンバーグは店のものに負けないくらい美味しかった。ま た食べたい。 そろそろかな、と思い準備をし始めた頃。 ﹁また、来てもいいですか。﹂ 座っていたトーカちゃんが尋ねてきた。上目遣いだ。その姿は哀切を感じさせるほ どだ。 119 明日からはトーカちゃんは学校、僕も講義がある。そのため、トーカちゃんはもう自 宅に帰る。 ﹁うん、いいよ。僕はいつでも大丈夫だよ。二人もトーカちゃんが来てくれると嬉し いと思うし。﹂ 嬉しそうな表情になる。だが、まだ寂しさは抜けていないようだった。その姿を見 て、僕も同じように寂しくなる。 この二日間だけでも、もう彼女は家族のようなものだった。まあ、流石に一緒に住も うとは言わないが。 おおよそ昨日と同じ時間、金木とトーカは〝あんていく〟を訪れていた。 途中、マスク屋に寄ったが留守だったため、明日再度行くことに。 ﹁昨日は本当にありがとう。﹂ ⋮昨日の様子から、ただ嬉しかった訳ではないことは見てとれた。この〝ありがとう 〟には色々な意味が込められているのだろう。 13 120 ﹁いえ。⋮今はどうですか ﹁もう一度しますか ﹂ ﹂ そうなのか。本当なぜだろう。コーヒーだけ。 から、最初は気づかなかったよ。﹂ ﹁今日の朝には戻っていたよ。コーヒーは人間もグールも同じ味に感じるんだね。だ の先も今の状態を望んでいるだろう。 そうだ。今夜辺り、リョーコさんの血を吸ったほうがいいかな。おそらく、彼女はこ まだ三人目だが。 気になっていたことだ。芳村さんの場合はこれまでになかった事例だ。と言っても ? 実際のところ、コストを考えると人肉と水で生きていけるグールは生物的には優れて のだろうが。 グールは人間のように多くの〝お金〟を必要としないのだろう。まぁ、多少は必要な まるとこちらが被害を受けるだろう。それに、まだ問題点はある。主に食費。 難 し い。昨 日 話 を し た 通 り。相 手 が 信 用 で き る 人 物 か。こ れ は 重 要 だ。う っ か り 広 ルは大勢いる。﹂ いよ。⋮厚かましいお願いだとは分かっているんだ。しかし、私よりも望んでいるグー ﹁いや、私は昨日のことだけで十分だよ。その分、ほかのグールに回してくれたら嬉し ? 121 いると思う。 それが、人間の食事を必要とするようになる。より、人間に近づく。その力を持った ﹂ ままに。最悪、今の社会よりも治安が悪化することも考えられる。 ﹁トーカちゃんはどう思う ﹁⋮⋮あ、そうだ。リョーコさんとヒナミちゃんなんですが、今後は僕の家で暮らすこ ⋮話題を変えよう。 なんだかホラー映画みたいだ。でも今は僕もか。 ⋮⋮彼らはすぐ近くにいる。 本当、どこにいるかわからない。いや、今まで僕が気づいていなかっただけか。 それに月山って、あの月山グループか。その名くらいは知っている。それがグール。 物騒な話になってきた。特にトーカちゃん。 ﹁一度シメとくか。﹂ も考えられる。いや、それで済めばいい方か⋮⋮。﹂ ﹁⋮彼は美食家として名が通っている。確かに、金木君のことを知れば執着すること る⋮。﹂ ﹁えっと、そうですね。⋮⋮あ、あのキザヤロー⋮月山が知ったら面倒事になる気がす 芳村さんがトーカちゃんにも聞く。 ? とになりました。暫くの間、外出は控えてもらおうと思っています。﹂ 本人逹からも承諾済みだ。 そんな所あっただろうか。二十三区までだったはず。 ? ⋮⋮あ。﹂ !! ﹁⋮でも、二人は夫を、お父さんを殺されたのよ。仇くらいは⋮⋮。﹂ に。僕と話したことを思い出したのだろうか。 トーカちゃんと目が合う。それにより、一気に彼女の熱が引いていった。青ざめる程 ﹁じゃあ、白鳩を殺せば トーカちゃんは今、頭に血が上っている。その内気づくだろう。 のだろう。 と思う。だか、芳村さんは二十区を纏めている立場の人だ。その立場として話している ⋮⋮芳村さんは〝思っていた〟と言った。では、これは本気で言っている訳ではない きない。事実、白鳩が二人を探している。それに、顔も見られているという話だ。﹂ ﹁⋮みんなの安全の為には仕方ないんだよ。二人の為に二十区のグールを犠牲にはで ⋮⋮クソ溜め。どこだろう。 ﹁店長⁉なんであんなクソ溜めに⁉﹂ 二十四区 ⋮⋮二人にはそのうち二十四区に、と思っていたんだ。﹂ ﹁⋮ありがとう。つい最近まで人間だった君が、そこまでしてくれることが嬉しいよ。 13 122 123 ﹁それで、二人を更に危険に晒すことになってもかい か、今後は気をつけたほうがいいだろう。 ﹂ ホッとした。勿論、リョーコさんとヒナミちゃんを助けたことに後悔などしない。だ た。それに比べたたら、ね。﹂ ﹁⋮もう、終わったことだ。それに、ここで働いている子達も昔は騒ぎを起こしてい ﹁だから、その、もしかすると僕のせいで⋮⋮。﹂ ら聞いたことも合わせて。 金木はリョーコとヒナミを助けた時のことを申し訳なさげに、詳しく話した。亜門か ﹁あの、すみません。話が変わるんですが⋮⋮﹂ 沈黙が続く。 人が時折、悲しい表情をしているのを知っている。 ギリッと音が聞こえてきた。トーカちゃんからだ。葛藤しているのだろう。僕も二 ? ﹁それにしても、そんなに速く動けるんだね。捜査官にそこまで言わせるなんて凄い ことだよ。﹂ ﹁あ、あはは⋮。﹂ ﹂ フリットのことは何て言えばいいんだろう。 ﹁戦う方はどうかな ? 13 124 ﹁えっと、あまり経験ないですね。﹂ 今世では、だが。 バンパイアマウンテンでは日常的に鍛えていた。それに、試練前は特にだ。 ﹂ ﹁じゃあ、調度いい。もうじきに四方君がここに来る。教えてもらうといいよ。どう かな 瞬間、金木は一息で四方に迫った。 そう言うことなら、と金木は気合いを入れ、頭のスイッチを入れ換える。 ﹁はい。よろしくお願いします。﹂ らに点いている。薄暗いが、三人ともグールだ。それを気にするものはいない。 所。かつてグールが作った通路にいた。電気も通っていたようで、灯りもポツポツと疎 金木、トーカ、四方の三人は〝あんていく〟の地下の更に下。道と言うには開けた場 でみろ。﹂ ﹁あまり、時間を掛ける必要もないだろう。⋮まずはお前から来い。好きに打ち込ん ﹁はい、お願いします。﹂ 此方からお願いしたいくらいだ。その申し出は有難い。 ? 125 簡単にはいかないだろうと、フェイントを混ぜ、脇腹に向けて右足を蹴りあげる。 バキイィッ ﹂ ? なぜ、フリットできたんだ。以前よりも若干遅い気もしたけど⋮⋮。 金木は困惑していた。 ﹁えっと、腕大丈夫ですか フェイントを入れたとはいえ、対応した四方の能力の高さが窺える。 初撃。金木は無意識にフリットをしていた。それも、助走なしの瞬間的なものだ。 かった。﹂ ﹁⋮⋮ お 前、戦 い 慣 れ し て い る だ ろ う。⋮⋮ 初 撃 は フ ェ イ ン ト が 無 け れ ば 俺 も や ば 激痛により瞬時に活性化した神経が反応する。後方に飛び上がり、難なく避けた。 だが、次は四方も簡単には食らわなかった。 金木は逆の足に重心を乗せる。足払いをする形で追撃をかけた。 そうだ。相手はグールだ。このくらい。 一方で金木は、足から伝わる感触に動揺した。が、直ぐに思い直す。 は突き抜け、内臓に損傷を受けた。 咄嗟に反応した四方は、左腕を間に挟み、胴体への直撃を避けていた。それでも衝撃 骨が砕ける音が辺りに響き渡る。 !!!! 13 126 ﹁ああ、もう治った。次は俺からいく。﹂ 四方はお返しとばかりに、渾身の蹴りを放った。 ﹁⋮なによ、これ。﹂ トーカは眼前で起きている攻防に唖然としていた。 目で全て追いきれない。そもそも、これ始まってから何分たってんの と忘れてんだろ。 二人共私のこ 更に時間が経過し、飽きたトーカが一人で身体を動かし始めた頃。どちらからともな だか、身体の内側は別だ。四方も気づいてからは、内部へのダメージを優先している。 金木に外傷が見当たらなかった。その〝硬さ〟故に弾いていた。 は四方だけだ。 互いに吹き飛ばし、吹き飛ばされる。身体を破壊され、再生の繰り返し。いや、これ い、こう、野性的な顔だ。 四方さんもあんな顔するんだ。初めて見た。研さんも普段からは想像できないくら 視界に映る二人の顔は笑顔だ。ニコニコとしたものではない。歯が剥き出しだ。 ? 127 く、二人は手を止めた。 ﹁はぁ、はぁ⋮⋮。そろそろ⋮⋮。﹂ ﹁ぜぇ⋮はぁ⋮⋮。ああ、そう、だな。次は赫子使うか。﹂ ﹁⋮⋮あ、僕赫子出せなくて。良ければ見せてほしいんですけど⋮⋮。それに、コツと か。﹂ ﹁ああ、いいぞ。﹂ 高揚していたためか、四方は失念していた。ここで赫子を曝すことの意味を。 気づくことの無いまま、四方は赫子を展開した。肩から羽のように広がり、一部はバ チッバチッと帯電している。 ﹁うわぁ。かっこいいな⋮⋮。電気帯びているけど、どうなっているんだろう。﹂ ﹁ああ、まぁこんなものだ。⋮そうだなコツは、﹂ 金木は気づいた。四方の赫子から漂ってくる匂いに覚えがあることに。 ﹁あ、トーカちゃんとは血縁関係だったんですね。そう思えば、ちょっと似てますね。﹂ でも、なぜ名字で呼んでいるんだろう、と金木は疑問に思った。 ? タイミングばっちりだったけど、と付け足して言う。 ﹂ ﹁﹁⋮⋮は ﹂﹂ ﹁えっと、 ? 13 128 ﹁⋮⋮え ﹂ ﹁えっと、四方さん ﹁﹁⋮え ﹂﹂ ﹂ ⋮⋮四方は顔を反らした。 何と言えばいいんだ。冷や汗が流れる。二人の強い目線が向けられている。 四方は今更ながら、自分の失態に気づき、後悔していた。 ? にも。 トーカは困惑していた。でも、確かに自分の赫子と似ているような気がする。アヤト ? ? お母さんの、弟 と彼女が呟いたところで、どこか陰りのある表情で四方さんが言っ 営業の終了した店内でマスクの試着をしていた。 ﹁はい、大丈夫です。ぴったりです。﹂ ﹁どうかな。﹂ そして、僕はというと。 た。話しておくことがある、と。 ? まっていた。 その時の反応からして、トーカちゃんにとっては初耳だったようだ。顔は驚愕に染 した。 観念した四方さんのカミングアウトにより、二人は叔父と姪の関係であることが発覚 現在、四方さんとトーカちゃんは別室にいる。 14 129 その後、先に帰っていいと言われた。だが、芳村さんに用があったため、営業スペー スに向かうと芳村さんとウタさんがいたのだ。 態々、マスクを持ってきてくれたらしい。⋮なぜ僕のいる場所がわかったのだろう か。 渡されたマスクは隻眼。赫眼になる眼が露になっているデザインだ。初見では、正直 どうかと思ったが、着けてみると意外にしっくりときた。 ﹁そのデザインはウタ君のかな。﹂ ﹁はい。結局決められなくて、お願いしました。﹂ ウタさんにデザインをどうするか聞かれた時、実は三つ、頭に浮かんでいた。蜘蛛と 狼、そしてドラゴン。 蜘蛛と狼を却下した理由は大体同じ。好きな動物だが、同時に辛い記憶も思い出して しまうため。それに、人の身体に狼の頭なんて、そのままだ。 作ろっか ﹂ ドラゴンは単純に、頭だけだと蜥蜴に見えるだろうと思ったから。羽赫が出せたら別 だったかもしれないが。 ﹁あれ、希望あったの ? ﹂ ﹁いえ、このマスク気に入りました。十分です。﹂ ? ﹁そう。よかった。ところで迷ったものって ? 14 130 131 ﹁えっと、蜘蛛と狼です。﹂ ﹁あ、そうなんだ。僕も蜘蛛好きだよ。﹂ そして、ウタさんは芳村の淹れたコーヒーを飲んで、用は済んだとばかりに帰って いった。 今は、芳村と二人だ。話を切り出そうとしたところで、少し話をしないか、と芳村さ んから提案があった。 ﹁そんな、ことが⋮⋮。﹂ 芳村さんの話は、彼のこれまでの人生について。グールとして、ある組織の掃除屋と して日々を生きていたことから始まった。そして、昨日ポツリと漏らした名前の女性。 憂那さんとの出会いから⋮⋮別れ。 語る芳村さんの表情は固く、険しい。溢れ出しそうな感情を抑えている。それがわ かった。 ああ、思い出す。一度乗り越えたはずなのに。あの時のことを。大切な人を失った時 のことを。僕は直接手を出した訳ではない。だが、同じだ。 ⋮⋮見殺しに、した。 あの断末魔の叫び声が頭の中を埋め尽くす。 14 132 ﹂ 杭に貫かれ、炎に焼かれて死んでいく、声。 ﹁⋮金木君 そうだった。嘉納。僕の手術を担当した医者のことだ。 ていると考えてもいいだろう。少なくとも、嘉納という医者からはね。﹂ ﹁これから先、何者かに金木君も目を付けられるかもしれない。⋮いや、既に付けられ ﹁⋮はい。﹂ の上で、今君に話しておこうと決断した。⋮今話したことが全てではないがね。﹂ ﹁⋮⋮こんな話を聴かせてしまって悪いとは思っている。⋮一晩、考えたんだよ。そ 今でも考えることがある、と。 他 に 別 の 未 来 が あ っ た の で は な い か。三 人 で 暮 ら せ る 未 来 が あ っ た の で は な い か。 そして。 成り代わったのだとも。 二十四区。そこに預けたこと。子のために自分が脅威度最高レートの〝隻眼の梟〟に 最後に人間とグールのハーフ。子の話だった。組織の手が及ばない、先ほど話に出た 芳村さんの呼び掛けによって、我に返る。⋮やめよう。今は、話を聞くべきだ。 ﹁っ⁉。すみません。﹂ ? 133 ﹁⋮その嘉納の事ですが、近々会いに行こうと思っています。検査に来るように言わ れているので、その時に。⋮検査を受けるつもりはありませんが。﹂ 別の病院に変えるとでも言えばいいだろうか。何にせよ、慎重にいくべきだ。人間に 赫包を移植する医者が普通であるはずがないのだから。 芳村さんは少しばかり、目を見開く。 ﹁⋮⋮そうか。正直なところ、危険だ。止めた方がいい。私もその結果が、どうなるか 予測できない。だが、無理には止めないよ。もう、決めているようだしね。﹂ それに、と芳村さんが続ける。 ﹁先ほど四方君から聞いたが、赫子なしとはいえ、互角だったそうじゃないか。そし て、金木君もまだ本気じゃなかったと言っていたよ。逃げる手段もある。油断しなけれ ば、余程の事がない限り大丈夫だろう。﹂ ﹂ いや、全力だったことは確かだ。⋮正直、身体を動かし難かったのはあるが。だが、楽 に勝てるとも思わない。 ﹁あ、あはは⋮⋮⋮。その、神代リゼさんは、彼女は生きていると思いますか 嘉納にも、彼女がどうなっているか訊くつもりだ。 つもりかな。﹂ ﹁⋮可能性はあると思うよ。でも、金木君。彼女が生存しているとして、君はどうする ? 14 134 彼女に対しての僕の気持ちは、複雑だ。 神代リゼ。 今の僕が在るのは、彼女の所為であり、彼女のお蔭だ。 彼女が居なければ、何も知らず、日々を平和に過ごせていれたかもしれない。 しかし、彼女と出会えたから、前世を思い出した。グールを知ることができた。そし て、かけがえのないものもできた。 それに、僕は確かに彼女に恋をしていたんだ。 ﹁会いたい、です。彼女に対して思うところはあります。でも、良くも悪くも今の僕の 始まりは彼女です。⋮そうですね、〝目には目を、歯には歯を〟とまではいきませんが、 血くらい吸おうと思います。僕、肉食べられていますから。﹂ ﹁そ、そうか。﹂ ﹁はい。⋮そうだ、一つ訊きたいことが、﹂ あのとき、意識が落ちる直前に見たもの。 ピエロマスクについて何か知りませんか そう、聞こうとした時。 トントンと二つの足音が聞こえてきた。 ? 135 話し終えたのだろうか。 ﹁研、まだいたのか。﹂ 四方さんが姿を見せる。目の周りが若干、赤い。 その少し後ろにトーカちゃんもいる。こちらは泣いていたことがハッキリとわかる。 目の周りが真っ赤だ。 ﹁あ、はい。芳村さんと話していたので⋮。﹂ ﹂ ﹁そうか。だが、調度よかった。トーカを頼む。﹂ ﹁え ﹁いや、いいよ。楽しみにしているよ。﹂ ﹁ありがとうございます。えっと、お楽しみというのでは駄目ですか ﹂ ﹁⋮他ならぬ金木君の頼みだ。勿論、大丈夫だよ。どこにいくのかな。﹂ か、付き添ってもらいたい場所があるんですが⋮。﹂ ﹁はい。⋮あと、すみません。出来れば週末、芳村さんに付き合ってもらいたいという ﹁金木君。トーカちゃんを送ってくれるかな。﹂ 四方さんは背を向け、足早に店を出ていった。⋮ああ、そうか。察しが悪いな、僕。 ﹁ああ、気をつけてね。﹂ ﹁芳村さん、失礼します。﹂ ? ? 14 136 詳しい日時はトーカちゃんを通して、という事で〝あんていく〟を後にした。 ﹁じゃあ、帰ろっか。﹂ ﹂ あんていくを出たところでトーカちゃんに声をかける。だが、俯いたままで反応がな かった。 ﹁トーカちゃん ﹁ただいま。﹂ だが、それがどこか心地よかった。 そこからは彼女の家に着くまで、一言も言葉を交わすことはなかった。 ﹁⋮はい。﹂ ﹁行こっか。﹂ 彼女の手を取り、軽く握る。すると、ギュッと強く握り返してきた。 ﹁⋮そうだね。もう、暗いからね。﹂ ﹁手⋮⋮。その、暗いので⋮。﹂ 心配になり声をかけたところ、反応があった。 ? 137 ﹁あっ、おかえりなさい。﹂ ヒナミちゃんはもう寝てしまっているようだ。スヤスヤと寝息聞こえてきそうな様 子で眠っている。リョーコさんは編み物をしていたようだ。 リョーコさんが僕の視線に気づく。 ﹁ほんの少し前に寝ちゃったの。⋮あ。﹂ ﹂ 苦笑から一転。悲しみの表情に変わった。 ﹁リョーコさん そうだった。前回はリョーコさんは眠っていたから。 リョーコさんは緊張した面持ちで言った。 ﹁お願い、します。﹂ ﹁⋮そうだ。そろそろ血を吸った方がいいと思うんですが、どうしますか。﹂ それから、あんていくでの出来事を話す。 か。 上手く言葉が見つからなかった。だが、無理に進まなくてもいいんじゃないだろう ﹁いえ⋮。﹂ けないのに。﹂ ﹁あ⋮ごめんなさい。懐かしくなっちゃって。⋮⋮駄目ね。もう、前に進まないとい ? 14 138 ﹁大丈夫ですよ。じゃあ、昨日のヒナミちゃんのようにお願いします。できたら、呼ん でください。﹂ リョーコさんが頷くのを確認して、後ろを向く。衣擦れの音が聞こえてくる。何かド キドキする。 ﹁⋮できました。﹂ 振り向くとリョーコさんがうつ伏せに寝ていた。羞恥からか、両腕で枕を抱いて顔を 埋めている。ちなみにベットはヒナミちゃんが眠っているため、僕の布団にいる。枕も 僕のものだ。そして、リョーコさんは下着を着けたままだった。白、か。 リョーコさんは甲赫。そのままでは血が付いてしまう。⋮⋮言いづらい。 ⋮あぁ あの、外してもらえませんか。この格好、思ったよりも恥ずかしくて⋮ ﹁すみません、下着外したほうが⋮。﹂ ﹁え !! ﹁えっと、失礼します。﹂ ない。 リョーコさんは耳を真っ赤に染め上げている。だが一度言ってしまった手前か訂正は、 思 わ ず 答 え て し ま っ た が、そ の 方 が 恥 ず か し い ん じ ゃ な い の か。気 づ い た の か、 ﹁え、あ、はい。﹂ もう。﹂ ? 139 ﹁⋮⋮はい。﹂ まずい。外し方が分からない。いや、待て。多分、ここをこう⋮⋮。 背中に触れた瞬間、リョーコさんがビクッと大きく動いた。 ﹁だ、大丈夫ですか。﹂ コクリと返事があったため、続ける。 駄目だ。緊張からか、上手くできない。いや、緊張していなくても、上手くできるか 微妙なところだが。 モタモタとしている僕にリョーコさんは痺れを切らしたのか、半身になって片手で外 した。 揺れる。あ。 そして、目が合った。だが、リョーコさんは何も言うことなく元の位置に戻った。下 着を脇に置いて。 僕はそれから、時折漏れる、必死に押し殺しているような声に反応しないよう、無心 で血を吸った。 ま だ、二 人 は 起 き て い な い。僕 が 一 番 か。ト ー カ ち ゃ ん の 事 例 を 参 考 に す る と、 ため、匂いを気にしてのものだ。 アロマディフューザーだったか。その香り。これは、女性二人と同居することになった 背伸びをして、深呼吸をする。ふと、柔らかな香りが鼻を通り抜けた。昨日買った⋮ うにして、直ぐに寝たが。 コさんの身体がその⋮直接触れていたからだ。まぁ結局、時間を置いて何も考えないよ 僕にとっては、それからが問題だった。これから寝る場所、先ほどまでそこにリョー 後、直ぐに眠りに就いたが。 昨夜、血を吸い唾液を塗り終えた後、リョーコさんに何とか服を着てもらった。その ⋮いい、いや酷い夢を見た。⋮やっぱり、昨日の夜のことが原因かな⋮⋮。 ﹁う、あ⋮⋮‼﹂ 研、くん⋮⋮私⋮⋮ 15 15 140 141 リョーコさんは一度起きたのかもしれない。⋮いや、トーカちゃんの時は一度効果切れ ていたか。⋮どうなんだろう。 今日、トーカちゃん大丈夫かな。昨日の様子から、少し心配だ。夕方、寄ってみよう。 ﹁なー。金木、これ見てみろよ。﹂ ﹁えっと、なになに⋮⋮。﹂ ヒ デ か ら 渡 さ れ た 物 は 新 聞。捜 査 官 が 殉 職 し た と い う 記 事 だ っ た。犯 人 は 兎 の 面。 ⋮⋮トーカちゃんだ。 ﹁それと、これ。ほら。﹂ 次に渡された物は手配書。リョーコさんとヒナミちゃんのものだった。なぜ、ヒデ が。 ﹂ ﹁これ、つい最近のヤツなんだよ。﹂ ﹁⋮へ、へぇ。何でこれを ヒデが新聞と手配書について簡単に説明してくれた。 ? 15 142 ﹁それで、ちょっと、分かんないことがあってな。⋮この、母娘の方。母親は似顔絵ま で出て、捕まってないってことは、ギリギリで逃げられたとも取れるよな。因みに、こ ﹂ の時は捜査官は殺されてない。で、ギリギリってことは、この母娘に逃げ切れる力が 残ってたと思うか ? ﹁⋮駄目だ。﹂ ﹁もうちょっと、調べてみるか。謝礼金も出るらしいし。﹂ 突っ込んでほしくはない。何とか話を逸らして⋮ ⋮ボロを出さないように気をつけないといけない。それに、ヒデに危険なことに首を いるんじゃないだろうか。 うわぁ。ヒデ、探偵とか成れるんじゃないか。背筋がヒヤッとした。ほとんど合って 母娘を逃がしたのはまた、別のヤツとかなら何とか説明が⋮⋮。﹂ なぁ。母娘は捕まってないし。まぁ、他にあるとしたら、〝ラビット〟はただの暴走。 〝ラビット〟が母娘のために復讐をしたと考えると少し違うような気がするんだよ 思ったんだよなぁ。これ、実は同日に起きたことで、母娘の件は夕方らしいしな。⋮⋮ ﹁⋮そう、それなんだよ。そこで、この〝ラビット〟だ。初めはこのグールが仲間かと ここに本人がいる。⋮ヒデ、鋭いな。 ﹂ ﹁⋮別の仲間が ? 143 ﹁は ﹂ ﹂ ? ﹁⋮え ﹂ ﹁おまっ泣くほどかっ⁉⋮つか、周り気にしろ。今、講義前だぜ。﹂ ﹁⋮頼むから。危険なことは、しないでくれ⋮⋮。﹂ ⋮⋮自ら危険を欲した、前世の親友の記憶が甦る。 とをして、危険な目に合うかもしれない。 ヒデの性格からして、ここで止めないといけない。今はよくても、今後同じようなこ て、ヒデもだ。 思わずヒデに詰め寄る。﹁ちょ、近っ‼﹂リョーコさんとヒナミちゃんの安全。そし ﹁ちょっ、金木 ﹁だから、駄目だ。﹂ ? 夕方、トーカちゃんの家に向かうと、ドアの前に女の子がいた。トーカちゃんの友達 ? 15 144 だろうか。両手で鍋 を持っている。 ﹂ ﹁あの、トーカちゃんのお友達⋮依子さんですか 名字知らなかった。 ﹁え⁉あ⋮もしかして、金木⋮研さんですか ﹂ た。⋮でも、帰りに〝あんていく〟に寄ってみよう。 今日、バイトに入ることになったのか。だから留守。電話越しの声は元気そうだっ ⋮電話を終える。 ﹁あ⋮はい。﹂ ﹁トーカちゃんに連絡してみます。少し待ってて。﹂ せっかく、作ったんだ。何とか⋮そうだ。 か考えたらしい。だが、トーカちゃんは留守のようだ。 たらしい。鍋に入っているのは料理だそうだ。元気を出してもらうために、何が出来る 彼女、小坂依子さんは学校でのトーカちゃんの様子から、心配になり、様子を見に来 ? ? ? 145 ⋮せっかく、作ったんだ ﹁すみません、待たせてしまって。トーカちゃん、入っていいって。﹂ 合鍵を取り出して、鍵を開ける。 ﹁えっ⁉﹂ ﹁あ⋮合鍵預かってたんです。鍋置いてきてもらえますか しね。トーカちゃんもありがとうって。﹂ ﹁あ⋮⋮はい。﹂ 小坂さんは直ぐに戻ってきた。⋮少し、頬を紅く染めている。何だろう いや、違うけど⋮⋮。﹂ ﹂ ﹁やっぱり、ト、トーカちゃんと⋮お、お付き合いしてたんですね⋮。﹂ ﹁ ⋮でも⋮休みの日、トーカちゃん泊まったんですよね 僕にとって、この年頃は苦手だ。前世の妹云々を思い出す。 ﹁え なぜ、知っているんだ。 ﹁⋮合鍵も。﹂ ﹁⋮はい。﹂ しいものに戻った。終いには、泣き出してしまった。 小坂さんは、目をキッと音がするほど鋭くさせた。が、僕と目が合うと、直ぐに弱々 ? ? ? ?? ﹁⋮うん。﹂ ? 15 146 ﹁⋮⋮⋮トーカちゃん、最近よく笑うように⋮なったんです。たぶん、金木さんと会っ てから⋮。⋮⋮楽しそうに話してくれて。御飯もちゃんと、食べてくれるようになった んです⋮⋮。なのに⋮⋮遊びだったなんて⋮⋮ひどい⋮⋮ひどいよぉ⋮⋮‼﹂ 話の途中から嫌な予感はしていた。気づいた時にはもう遅かった。⋮⋮リョーコさ んとヒナミちゃんの事は話していないのだろう。勿論、話せない。そして、僕とトーカ ちゃんの関係も話せない。 小坂さんがそう思ってしまうのも仕方がない。しかし、何と言えばいいんだ。 トーカちゃんはもう、今となっては運命共同体。家族の様な存在だ。だが、やはり説 明できない。そもそも、会ってそう日にちも経っていない。家族って何だ。事情を知ら ない場合、そっちの方が胡散臭い。 友達と言っても、小坂さんは納得しないだろう。だとすれば、一つしかない。頭を回 転させ、慎重に言葉を選ぶ。 ﹁⋮⋮ 小 坂 さ ん、す み ま せ ん で し た。小 坂 さ ん の 言 葉 で 目 が 覚 め ま し た。⋮⋮ 僕 は、 ト ー カ ち ゃ ん に 甘 え て い ま し た。何 も 言 わ ず に 受 け 入 れ て く れ る 彼 女 に 甘 え て い た ⋮⋮。で も、そ れ じ ゃ 駄 目 な こ と は 分 か っ て い た ん で す。だ か ら、彼 女 と 真 剣 に 向 き 合ってみます⋮⋮。﹂ ﹁はいっ⋮⋮はいっ⋮⋮‼。﹂ 147 ああ、僕って最低だ。こんないい娘を騙すようなことをして。⋮⋮トーカちゃんには 何て言おうか。⋮うん、上手く話を合わせてもらうことにしよう。 それにしても、トーカちゃんは幸せ者だ。真剣になってくれる、こんなにいい友達が いるんだから。まぁ、その点では僕もか。 僕にはヒデがいる。 あんていくに寄って、コーヒーを飲んだ後、ミックスサンドをテイクアウトした。家 にいる二人へのお土産だ。 忙しそうだったため、トーカちゃんとはあまり話が出来なかったが、元気そうでよ かった。⋮⋮小坂さんとのことはまだ話していない。時間が無かったため、仕方がな かったのだ。先伸ばしにした訳ではない。 ﹁ただいま。﹂ ﹁おかえりなさい、研くん⋮⋮。﹂ 15 148 ﹁あれ、ヒナミちゃんは ﹂ ﹁あ⋮⋮お兄ちゃん、おかえり。﹂ ﹁ただいま。ヒナミちゃん。⋮⋮どうしたの ? ﹁お父さんの、お父さんの匂いがしたの⋮⋮。たぶん、近くで⋮⋮。﹂ ﹂ 部屋に入ると、ヒナミちゃんはベットの上で小さく座っていた。一先ず、安心する。 何かあったのだろうか。心配になり、急いで靴を脱ぐ。 ﹁ヒナミは、その⋮。﹂ 出迎えが無かった。読書しているのだろうか。⋮⋮少し寂しくなったのは内緒だ。 ? に問題はないだろう。 それに今は、顔を隠すマスクもある。リョーコに編んでもらった目出し帽もある。隠蔽 金木に断る理由は無かった。素直にリョーコとヒナミの力になりたい。そう思った。 な思いがあった。 りたい。そして、出来るだけ迷惑を掛けないように、金木の助けになれるように。そん 迷惑をかけ続けていることに。そして、おそらくこれからもだ。だから、少しでも変わ リョーコには、分かっていた。自分が原因で娘を危険に晒してしまったこと。金木に そして、結局のところ金木に頼ってしまうことに謝罪した。 自分も娘も前に進みたい。だから、もう壊して、と。 だが、それに対し、リョーコは言った。 だった。 ため、以前より頼まれていた、笛口父の赫子に関してのことを実行する決断をしたの 帰宅した金木は、怯えているヒナミをそのままにしておくことは出来なかった。その 16 149 16 150 そして現在金木は、ヒナミの示した方向に向かっている。ヒナミが優れた五感を駆使 して、おおよその場所の見当をつけたのだ。 閑散とした通り、疎らにある建物の上を音も立てず、飛び回る。目的地に近づいてき たところで、金木の鼻が血の匂いに反応した。グール、そして人間の血の匂い。 西 真戸、亜門。周 人影を確認したところで、発する音を小さくし、気配を薄くする。加え、全身を黒一 色に染めた姿だ。見つけることは、困難だろう。 顔を出し、金木の目に飛び込んで来たもの。それは、二人の捜査官 りには、数体のグールの死体と一体の人間の死体。そして、追い詰められたグール 尾錦だった。 だろうと考えていたためだ。 捜査官が錦を排除する、その瞬間を金木は狙っていた。隙が出来るとすれば、その時 そろそろか。 今後関わるつもりはなかった。 敢えて気になることを言うならば、錦の彼女が人間だったこと。だが、それだけだった。 ヒデへの仕打ちの借りはもう済んだ。寧ろ、あの時はやり過ぎたかなと思っていた。 た。 金木は錦に対して、ここに居ること驚きはしたが、もはや何の関心も持っていなかっ ? ? 151 ﹁こいつも笛口については知らないか。⋮役に立たんクズだ。もういい、死ね。﹂ その真戸の言葉を合図に、金木は意識を集中させた。その為か、普通は聞こえないだ ろう、消え入るような声を耳が拾った。 ‼ ﹁貴未、ごめ、ん⋮⋮﹂ ガァァン ﹁ぐぅ⋮⋮ぅ⋮⋮‼﹂ そして、一つは。 一つは、今の自分の力を完全に把握してしていなかったこと。 一つは、クインケの核となる部分に尖らせた爪を向けたこと。 一つは、瞬間的なフリットのコントロール、発動タイミングを予測出来なかったこと。 ここで攻撃に移る際、金木には誤算があり、幾つかの原因があった。 たら、ついでに錦も連れていくつもりだ。 金木は即座に次の行動に移った。当初の目的を果たし、逃走するために。ここまで来 ﹁⋮⋮キサマ、グールか。﹂ ら。 る。何故、こんな行動に出たのか金木には何となくわかった。⋮⋮あの時と似ていたか 気づいた時には、金木の足は動いていた。錦を庇ってクインケの一撃を受け止めてい ! 16 152 相手がグールではなく、人間だったことだ。 真戸が苦悶の呻き声を上げるまで、誰一人何が起こったか理解出来なかった。 金木の手が真戸の腹部に突き刺さっていることに。他は金木が突然、消えたことから だが。 ‼﹂ その状況の中、いち早く動いたのは、攻撃を受けた真戸だった。 ﹁このっ‼クズがぁ ﹁まっ、真戸さん ‼大丈夫ですか⁉﹂ 金木の手が真戸の腹部から引き抜かれ、少ない量の血が流れ始める。 真戸は固まって動かないままの金木を蹴り飛ばした。 ! 僕が、やったのか。 目が自身の手から離れない。血に、濡れた手から。 金木は蹴り飛ばされたまま、動くことが出来ずにいた。 口から血を吐き出した真戸が地面に倒れ伏す。 ﹁ああ、それよりも⋮⋮グ⋮﹂ 我に返った亜門が真戸に駆け寄る。 ! 153 ﹁⋮⋮おい、今の⋮内に、逃げるぞ⋮⋮。﹂ 金木は錦の声でハッと我に返る。目を前方へ向ける。真戸は倒れ混み、亜門は此方を 警戒しながらも、真戸の手当を優先しているようだ。その後方からは、別の捜査官が向 かってきているのが見えた。 納得した金木は錦に駆け寄った。 ﹁⋮悪い、動けない。まだ、死にたくない。⋮⋮お願いします、助けて⋮下さい⋮⋮。﹂ 錦は右足の膝から下を失っていた。 ﹁⋮⋮捕まって下さい。﹂ 金木は錦を担ぎ上げ、その場を後にした。 ﹁ホント、助かった。⋮コーヒーしかないけど、飲んでくれ⋮。﹂ 錦はこれまでの人生で、かつてないほど感謝していた。肉を摂らないことには、再生 も儘ならないが。それでも、死なずに済んだ。 死を覚悟した錦の頭に浮かんだのは貴未だった。自分をグールと知りながらも、受け 入れてくれた存在。彼女に何も言わずに死んでしまうこと。それだけが後悔だった。 だが、少なくとも明日、貴未が来るまでの時間くらいは生きることができる。今は、そ れだけで満足だった。 金木は錦の家に着いて、流されるままに入ってからも、心ここにあらずの状態だった。 手には、未だ温かい肉の感触が残っている。それが、気持ち悪い。なぜ、こんなに気 にする。目の前の男にも同じことを、何度もしたはずなのに。 答えは次の錦の言葉にあった。 ﹁⋮にしても、白鳩相手にやるな⋮。アイツなんか死んだんじゃねぇの。﹂ 死。 ﹂ その言葉が金木に突き刺さる。 再生、は ? グールじゃねぇんだから⋮⋮﹂ ﹁⋮え ﹁は ? だ。 ⋮⋮人を ? 人間は再生しない。分かっていたことだ。だが、金木は考えないようにしていたの ? 僕が⋮⋮ころし、た ? 16 154 155 ⋮いや、待て。死んでしまったと決まった訳じゃない。 お前⋮⋮﹂ ⋮でも、本当に、死んでしまったら ﹁⋮⋮ん ? ⋮⋮本当に だから、今更気にする必要は⋮⋮ リョーコさんとヒナミちゃんは殺されかけたんだ。 西尾さんだってあんなに刺したんだ。 最期には、親友も、この手で。 初めては、バンパイアマウンテン。バンパニーズを殺した。 ⋮⋮僕が原因で、大切な友達も死んだ。 前世では、経験してきたことじゃないか。 ボクはダレン・シャン。 ⋮そうだ。何でこんなに動揺しているんだ。 ? ⋮あれ、でもころした。 殺人は人として駄目だろう。 いや、ぼくは金木研だ。 ? 16 156 ⋮いや、生きているかも ⋮いや、死んだかも ﹃傷つけるよりも、傷つけられる人に。﹄ かあ、さん。 ⋮⋮ああ、ぼくは間違っていたのか。 ツンッ でも、もう。ぼくはボクは僕はぼくはボクは僕が⋮⋮ ほぅ。面白いことになっているじゃないか。 ?? 157 気晴らしのつもりで試みたことだが、これは中々。 こうなると、直接見れないことが残念だ。 しかし、このままでは壊れるかね。 所詮は別の〝もの〟、やはり齟齬が生じるか。 通常は同化していたとしてもね。 ⋮今回は手を加えるとしよう。 ここで終わってはつまらん。 次はないがね。自分でなんとかしたまえ。 ぜひ、私が楽しめるものを期待しておるよ。 ⋮金木研君。 笛口父の赫子が使われているクインケの破壊 を成し遂げ、隙を ? ? しまったような、そんな違和感。⋮⋮⋮⋮まあ、いいか。忘れるほどだ。そんなに重要 ⋮⋮何故か違和感を覚える。何に対してかが、分からない。ただ、何かが抜け落ちて ついて逃走したはず、だ。足を切断された西尾さんも連れて。 確か、当初の目的 ここは、西尾さんの家だ。なぜ、眠ってしまったかはわからないが。 脳が動き始めたことにより、自分が置かれている状況を理解する。 だが、不思議と頭はスッキリとしていた。スーと感じる爽快感が気持ちいい。 もこんなことあったような。 勢いよく上体を起こしたことにより、目眩がした。頭痛も少しある。何だろう、前に ﹁ぐっ⋮⋮﹂ 眠っていたのか。それより、ここどこだ。 ﹁う⋮⋮ぁ⋮⋮﹂ 17 17 158 159 なことじゃないのだろう。 あれ、血の匂いがする。それも人間の血の匂いだ。辿った先にあったのは、自分の手。 でも、なぜ。 ⋮⋮ああ、そうか。あの場には、グールの死体に混ざって人間のものも一つあったの だった。蹴り飛ばされて倒れた時にでも付いたのだろう。手、洗うか。もう固まってパ リパリしている。 すぐ隣に西尾さんが眠っていた。ベット使えばいいのに。僕に気を遣ったのだろう か。寝顔はやけに安らかだった。いつの間にか食事を摂ったのか、失っていたはずの右 足も再生している。 たぶんこの人、僕が金木研だと気づいていない。マスクと目出し帽子の二重装備だ し。窮屈だが、していてよかった。もし気づかれていたら、復讐されていた可能性もあ る。お腹、滅多刺しにした訳だし。 今、眼が一瞬赤くなっていたような⋮。赫眼と ふぅ。肌に感じる冷気が心地いい。ずっと、着けていたマスクを外したためだ。その 上にもう一枚。蒸れるのは当然か。ん そうだ。今、何時だ。遅くなっていれば、二人が心配するだろう。念のため、朝まで い。 は違う、まるで、そう血の石のようなそんな眼。⋮⋮そんな筈はないか。そう、気のせ ? 17 160 に帰宅しなかった場合はトーカちゃんを頼るように言ってある。だから、早く帰らなけ れば。 そして、早く報告して安心させてあげたい。喜んでくれるかは分からないが。何故だ か凄くリョーコさんとヒナミちゃんに会いたい。早く。 家を出る際、西尾さんを見たが、起きる気配はなかった。無理に起こす必要もないだ ろう。⋮ベッドに運ぶくらいはするか。運ぶ途中、なぜか前腕部分に痒みを覚えた。な んだったのだろう。 自宅の前に着き、ドアを開けた瞬間飛びついて来たのは、ヒナミちゃんだった。それ なりの速度が出ていたが、難なく受け止める。寝ずに待っていてくれていたのだろう か。悪いとは思いつつも、嬉しい。 リョーコさんの姿も目に入る。ただいま、そう言おうとしたが言葉が喉で詰まって出 てこなかった。リョーコさんが泣いていたからだ。 静かに涙を流し、哀切を感じさせるその姿に見とれてしまう。気づけば、ヒナミちゃ んも抱き着きながら泣いていた。 161 フラフラとした足取りで近づいてきたリョーコさんはそのまま僕の背後に回る。そ して、どこかすがるような抱擁を受けた。それはまるで、僕がここにいることを身体で 確かめているかのようだった。 前後からの、少し違う甘い香り、そして柔らかな感触に頭がクラクラする。たが、そ れも僅かな間だけ。 リョーコさんとヒナミちゃんの二人が許しを乞うように謝り始めたためだ。ごめん なさい、ごめんなさい、と。 泣く声がしだいに大きくなり、嗚咽が混ざり始める。何と声を掛ければいいのか、わ からなかった。 それから暫くの間、リョーコさんとヒナミちゃんに抱き締め続けられていた。 ﹁えっと、それじゃあ⋮⋮。﹂ ﹁⋮うん。お兄ちゃんのいる場所、わかるよ。たぶん、すごく、集中しないといけない けど。でも⋮⋮お兄ちゃんのこと考えるのは⋮⋮⋮好きだから、難しくないよ。﹂ 17 162 幾分か落ち着いた、ヒナミちゃんの口から出た言葉に衝撃を受ける。 心配で心配で、僕のことを思い続けた結果、出来るようになったと言う。 そして、少し移動したところで、僕の反応というべきなのか。それが、突然消えたら しい。だが、数分後また感知できるようになったと。なぜ、消えたのだろうか。 これはまるで、バンパイア同士のテレパシーのようだ。 ﹂ いや、正確な現在位置を特定できるとしたら、〝血の石〟に近いのか。だか、問題は これではなかった。 ﹁他に⋮音とか、僕の声は聞こえた おびえるように発した言葉とは逆に、ヒナミちゃんはぎゅうっと抱き締める力を強め ⋮もう、読み取れるようになったのだろうか。いや、そんなことはない、はず。 ﹁あ⋮⋮ごめん、なさい。勝手にこんなことして⋮。気持ち悪い、よね。﹂ ⋮⋮⋮その内、僕の考えも読み取れるようになる可能性もあるんじゃないだろうか。 れは彼女が望んで手に入れた力だ。今のところ、僕にはできない。 元々持っていた力か、僕の血によってもたらされた力なのかは、分からない。だか、こ そう、問題はヒナミちゃんに僕の行動が筒抜けになるということ。これが、彼女が 背筋にゾクリと小さな悪寒が走った。 ﹁⋮⋮してないよ。でもたぶん、出来ると思う⋮。﹂ ? 163 てきた。 ⋮なんだこの子。可愛すぎるよ。涙声で謝り続ける彼女に胸がキュンと鳴るのがわ かった。もう別に知られてもいいんじゃないだろうか。そんな気がしてきた。 安心させるように、ヒナミちゃんの背中をポンポンと軽く叩く。 ﹁いや、そんなことないよ。気持ち悪いだなんて、思うわけないよ。嫌いになんてなら ない。むしろ、すごいよ。もしかしたら、連絡手段になるかもしれないしね。﹂ ヒ ナ ミ ち ゃ ん が 胸 に 埋 め て い た 顔 を お ず お ず と 上 げ る。近 い。自 然 と 上 目 遣 い に なっている。 ﹁⋮⋮そうかな。うん、がんばるね。練習する。お兄ちゃんと⋮⋮ずっと繋がってい られるように。﹂ ヒナミちゃんは瞳を細め、小さく微笑んだ。 再度顔がひきつりそうになる。が、なんとか堪え、笑顔の維持に努める。 ﹁うん、頑張ってね。﹂ そう言うよりほかなかった。 ⋮そろそろ、中に入りたいな。まだ、玄関で立ったままだ。座りたい。この状況も捨 てがたいのは確かだが。 ﹁あの、そろそろ中に⋮⋮。﹂ 17 164 ﹁あっ、ごめんなさいっ。﹂ 背中に感じていた柔らかい感触が離れていく。何となく、背中が寂しくなる。 後ろに目を向けると、そこには、頬をほんのり紅く染めたリョーコさんがいた。 ﹁その、いつ離れていいか、わからなくて⋮⋮。﹂ ああ、タイミングを逃したのかと納得する。ありますよね、そういうこと。 一緒に寝ることになった。三人で。 ベッドではなく、床に敷いた布団に横になっている。流石に、ぎゅうぎゅう詰めだ。 せまい。それに、ヒナミちゃんを挟んで寝ると思いきや、真ん中は僕だ。先程、玄関に いた時と同じ形だ。前にヒナミちゃん、後ろにリョーコさんで全員横向きになってい る。 正直、勘弁してほしかった。先程は何とかなったが、まずいよな。だが、今日だけと 懇願されたため、断ることが出来なかった。 先程よりも感じる柔らかさを、なんとか意識の外に追いやる。⋮⋮うん。無理だ。で も、なんだか凄く安心する。⋮あったかい。 ﹁おやすみ。お兄ちゃん。﹂ 165 ﹁おやすみなさい。研くん。﹂ ﹁⋮⋮おやすみ、なさい。﹂ シン と静まり返る病院内。廊下の端に備え付けられた長椅子に独り、亜門はいた。 よう、亜門。遅くなって悪いな。﹂ ? ﹁真戸さんは⋮⋮﹂ 開いた。 篠原は亜門に座るように促し、自分も腰を下ろした。一息着き、亜門が重たげに口を ﹁ああ、お前もな。﹂ ﹁⋮篠原さん。お疲れ様です。﹂ 亜門はその声から誰が来たか判断し、立ち上がる。 ﹁ そこに一人、声を掛けた者がいた。 かった。ただ、そこにいるだけだった。 時折、病院関係者がその前を通り過ぎていったが、亜門がそれに反応することはな 背筋を伸ばし、膝の上で固く拳を握り、目を閉じて座っている。 ? 18 18 166 167 ﹁⋮⋮ああ、聞いたよ。⋮お前なんでこんな外にいんのよ。﹂ ﹁今、真戸さんのご息女が来ています。⋮ですので。﹂ ﹁ああ、アキラね。﹂ 篠原が亜門の元を訪れる少し前。真戸の娘、アキラが訪れていたのだ。 その時のアキラは焦燥していたため、亜門とは挨拶を交わした程度だったが。 ﹁⋮にしても、生きててよかったなぁ、アイツ⋮。﹂ ﹁⋮はい。ですが⋮。﹂ 真戸は一命をとりとめていた。 それでも、多少の後遺症は残るかもしれない。だが、亜門の応急処置がなかったら今 頃は⋮⋮というのが医者の言葉であった。 ﹁確かに、真戸にとっては辛いはずた。だけど、アイツはまだ生きている。今はそれだ ⋮私もまだ、真戸さんから学ぶことは沢山ありますので⋮‼﹂ けで十分だよ。それに、アイツのことだし、復帰するかもしんないしね。﹂ ﹁はい⋮⋮ た。 ﹂ そして次に、亜門と篠原は今回遭遇したグールについて意見を交換し合うことになっ !! ﹁おかしな点 ? 18 168 ﹁はい。真戸さんを負傷させたのはヤツ自身です。しかし、何故かヤツは次の動きを とらなかった。初めに動けたのは負傷した真戸さんです。﹂ ﹁⋮⋮うーん。⋮⋮亜門、真戸のクインケは完全に破壊されたんだよな。﹂ ﹁はい、修復は不可能だそうです。﹂ ﹁⋮だとすれば、そのグールの目的はクインケの破壊だったんじゃないかな。真戸を そんなことが⋮﹂ 負傷させるつもりはなかったんでしょ。﹂ ﹁は ﹁でも、追撃せずに逃げたんだろ 戦い慣れしてないのかもしれない。もしかしから、 ? ﹁⋮篠原特等。ご無沙汰しております。﹂ ﹁⋮はい。﹂ 生活は脅かされる。最悪、家族⋮⋮仲間が死ぬ。私らが守らないとな。﹂ 違えるなよ。⋮仮に、冗談が真実だとする。しかし結局、ヤツらが人を喰う限り、人の ﹁冗談だよ。そんな顔すんなよ、亜門。迷うな。⋮⋮いや、迷ってもいい。だけど、間 ﹁⋮﹂ 人を殺したことないのかもしれんね。⋮怖じけづいたとか。﹂ ? 169 開いたドアから姿を見せたのは真戸呉緒の娘、アキラだった。普段のアキラを知って いる者からすればあり得ない程、その姿は打って変わり、弱々しく見える。涙を流した ﹂ ためか、目の周りが痛々しいくらいに赤くなってしまっている。 ﹁おう。アキラもね。⋮⋮真戸は ﹁少し、お時間を頂けませんか。﹂ その時、アキラから声が掛かった。 で思い直した。アキラに言うべきことがあったのだと。 亜門は一足遅れてしまったが、自分もと考えイスから腰を上げようとした。が、そこ ﹁では、私も。﹂ いった。 嬉々とした表情になった篠原は、待ちきれないとばかりに、真戸の病室へ向かって ﹁はい。お願いします。﹂ ﹁そっか⋮‼じゃ、ちょっと私も行ってくるよ。亜門、話はまた後で頼むよ。﹂ 程意識を取り戻しました。﹂ ﹁⋮⋮ああ、すみません。見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありません。父は先 真戸に何かあったのか、と。 アキラの様子から篠原は身を固く強張らせる。 ? 18 170 ﹁⋮ああ、私も君と話したかったんだ。﹂ 亜門とアキラは向かい合う形で立っている。長椅子の前、数人ほどの距離を空けて。 アキラは感謝の言葉と共に頭を下げた。父が今も生きているのは貴方のおかげであ ると。 亜門の眉間に皺がよった。 ﹁⋮私は感謝されるほどのことはしていない。捜査官として、真戸さんのコンビとし て当然のことをしただけだ。⋮いや、捜査官としてまだまだだ。ヤツも逃がした。真戸 さんが負傷したとき、私は直ぐに動けなかった⋮‼すまない⋮‼﹂ その時の光景を頭の中で再生した亜門は、歯を食い縛り頭を下げた。 敵を前にしたら、手足をもがれてでも戦え。 そう教わったはずだった。真戸さんはその言葉通りに追撃をかけようとした。しか し、自分はどうだ。 過去に真戸から教わった言葉が亜門に重くのし掛かった。 ﹁いえ、その点に関しては父から聞いています。亜門一等が悔やむことではありませ ん。頭を上げて下さい。﹂ ﹁しかし⋮⋮‼﹂ 亜門は不甲斐なさから頭を上げることができなかった。 171 ﹂ ﹁⋮いいから上げろ。話が進まない。﹂ ﹁⋮⋮は ﹁は ﹂ ﹁父の⋮真戸呉緒の前線からの引退が決定しました。﹂ 思うところがあった亜門だったが、流すことにした。いや、流されたと言うべきか。 ﹁あ、ああ。﹂ ﹁⋮おっと。⋮もう一つ。私から謝罪しなければならないことが。﹂ 聞き間違いか。亜門はまず自分の耳を疑った。その拍子に頭も上がる。 ? す。しかし、同時に安堵していることも事実です。⋮⋮私は怖かった。もう父が目を覚 ﹁父の復讐を⋮人生を奪ってしまったかもしれないことに、今になって後悔していま し、気まずい気持ちが沸いてくる。しかし、アキラは気にした様子もなく平然と続けた。 その言葉につい、亜門は直視しないようにしていたアキラの顔を見てしまった。少 ﹁⋮⋮﹂ で⋮もうお分かりかと思いますが、情けなく泣きついて。﹂ ﹁勿論、父にその意思はありませんでした。私が勧め⋮⋮いや、懇願しました。この顔 ﹁⋮⋮﹂ ﹁つい、先程ですが。﹂ ? 18 172 ますことはないのではと。⋮意識を取り戻した時も、次は本当に死んでしまうのではと ⋮。﹂ ふぅ。とアキラは一息ついた。 ﹁ですので、すみません。これは私の我が儘です。父のパートナーである貴方に謝罪 をしたい。﹂ ﹁⋮⋮そうか。﹂ 亜門は返す言葉を見つけられなかった。 親をグールが原因で亡くしてしまった、身寄りのない子ども達。それを今のアキラを 見て思い出してしまったから。 だが、これだけはわかった。 真戸さんには、これほどまでに考えてくれる家族がいる。それを、亜門は拒もうとは 思わなかった。 ﹁⋮では、どうか父の元に。﹂ ﹁⋮ああ。﹂ 会って何を言うべきか。 真戸に掛けるべき言葉を考えながら、亜門は病室へ向かった。 173 ■ ﹁ま、上がれよ。﹂ ﹁⋮お邪魔します。﹂ 夕刻。僕は西尾さんの自宅に来ていた。大学の講義終了後、彼によって連れて行かれ た。昨日のが僕だと、疑っていたらしい。 当初、正体をバラすつもりは無かった。昨夜は助けたが、それだけだ。どうこうする 気も無かった。 では、何故今の状況になったか。 西尾さんが出会い頭に謝罪してきたからだ。周りに人もいたため、内容までは言わな かったが、おそらくヒデとのことだろう。 もう一つの理由は、一緒に西野さんがいたこと。これはつまり、どこまでかは分から ないが、彼女もある程度のことは知っているということだ。 これは、まずい。そう思った。彼女は人間。僕がグールであると西尾さんから聞いて いるかもしれない。⋮まぁ、僕にとっては人間とグール、両者共に知られてはならない ため、そう変わりはないが。 そういった経緯で今。 ﹁やっぱ、昨日の夜のはお前なんだよな ﹂ ⋮⋮ああ、あの時のか。でも昨夜は⋮⋮ああ、そうだった。それで、〝クインケ〟 そこで西尾さんは片手をピンと伸ばし、腹部に当てた。 ⋮⋮﹂ ﹁金 木 か も し れ な い と 思 っ た の は ⋮ 今 日 だ な。昨 日 は わ か ん な か っ た。戦 い 方 と か ﹁⋮はい。でも何で分かったんですか。マスク、していましたよね。﹂ たとか。 何処か違うらしいし、それが原因かもしれない。もしくは、寝ている間にマスク外され 水などの匂いを誤魔化せるものが必要か。ヒナミちゃんの話では、グールとも人間とも 何故バレたのだろうか。匂い、とか。肩組んだし⋮。もしそうならば、これからは香 ? ⋮ん ? ﹂ ﹁で、本題は今日、人間の食い物が食えたことだ。﹂ だった。気を付けないといけない。 ⋮ こ の 人 頭 い い ん だ っ た か。確 か、薬 学 部。西 野 さ ん に 至 っ て は 医 学 部。僕 が 迂 闊 ﹁あとは背丈とか、他にもあるけどその辺り。﹂ を破壊したんだった。 ? ﹁えっと ? 18 174 175 は ﹁原因が金木の肉を食ったことしか⋮⋮﹂ 僕を、食べた ? ないだろうか。 ふと思った。これ、芳村さんと同じだ。 ? さんが、どうやって。 四方さんとの一戦で頑丈さが証明された僕の身体だ。空腹でろくに力の出ない西尾 ﹁僕の⋮⋮結構固かったと思うんですが、どうやって ﹂ から離れていない。これは一種の、小さなものだがグールと人間の共存と言えるのでは この時、西野さんを横目で見たが、動揺は無かった。⋮そんな目に合っても西尾さん 西野さんに襲い掛かってしまったほどらしい。 加えて聞けば、僕から負傷を受けてからは、ろくに食事を取っていなかったという。 のような気もする。 ⋮しかし、これは、僕も悪いか。何故だか分からないが、寝てしまったので自業自得 西尾さんが床に着けんばかりに頭を下げた。うわぁ。 いきなり寝るし⋮⋮いや、本当にすまんっ‼﹂ マジて耐え切れなかったんだ。昨日は腹が限界だった。そしたらお前 ﹁⋮⋮‼悪い ! ? 18 176 ﹁⋮ああ、それはお前の爪で⋮⋮﹂ なるほど。確かにそれならば可能か。僕の爪は切れ味がいい。日常生活では気を付 けなければいけないほど。そういえば、トーカちゃんと芳村さんに血を提供するときに も使ったかな。 ﹁それで、今日起きたら身体に変化があったんですね。﹂ しかし⋮肉ってどうなのだろうか。今までは、血と唾液だけだった。細胞を含んでい るものとしては考えにあったが、流石に肉をどうぞ⋮というのは論外だった。⋮今回の ことは結果としては良かったのかもしれない。西尾さんには悪いが、肉の場合はどうな るか知ることができる。そのための、そしてこれからのリスクを考えると、微妙なとこ ろだが。 しかし、かじられた所再生してよかった。 正直、信用できないグールに知られてしまったこと。反省すべき点だ。 幸い、西尾さんに仲間はいないようだった。とういうことは、知っているのは西野さ んだけ。考えたら、彼女に知られたのは、まぁ大丈夫な気がする。それに確か、グール を匿った場合には、重い刑罰があったはずだ。それに彼女が西尾さんを裏切るとは思え ない。ではやはり、引き入れるしかないのだろうか。 ﹁⋮ああ。起きた時、妙に腹が減っててな。昨日とは違ったというか、まぁその時はま 177 だ肉が足りてねーのかと思った。﹂ そして、コーヒーで誤魔化そうとして冷蔵庫を開けたら、西野さんの置いていた飲み かけ野菜ジュースがあったそうだ。気づいたら、それを手にとって飲んでいたらしい。 ﹁これが何か知ってんだろ。﹂ ﹁はい。﹂ ﹁即答かよ。⋮⋮ありがとう。これを言いたかった。貴未の飯も食えたしな。﹂ 西尾さんは照れくさそうに笑った。 ﹁⋮クソみたいにおいしかったんだって。﹂ そこに、西野さんから一言あった。 クソみたい ⋮⋮まだ終わらないのか。僕がいること忘れていないか。 トが浮かんでいる。というか、西尾さん。先程から思っていたが、口悪いな。 なんだこの人達。いきなりイチャつき始めた。言い合っているようだが、周りにハー ⋮⋮ ⋮⋮ ﹁でもなぁ。﹂ ﹁⋮⋮ちょ、貴未。それ謝っただろ。いい意味のクソだって。﹂ ? 18 178 ﹁あの。﹂ ﹁あっ、ごめんなさいっ。﹂ ﹁⋮⋮悪い。﹂ そこから、今の西尾さんの状態について話した。まぁ、僕の推測であるのだけれども。 だが、二人は言わば理系のエリート。専門知識の足りない僕の考察を真剣に聞いてくれ た。 ﹂ ﹂ ﹁共食いしたら、強くなるってのは聞いたことあるけどな⋮⋮。金木、赫子のタイプは ﹁出したこと無いですけど、鱗赫です。﹂ 共食い。あれ、血を吸うことは共食いになるのだろうか。 ﹁⋮⋮相性はあまり関係ないのか。俺尾赫だし。つーか、何で変異したんだ 少しばかりの決意をもって前を向くと、二人は意見を交換し を巻き込んでいる。 ⋮⋮もう、いいか。話しても。少し考えれば、わかることだ。僕はもう既にこの人達 ? ? 179 合っていた。 ﹁じゃあ、金木⋮⋮﹂ ﹂ ﹁すみません。⋮実は、少し前まで僕は人間だったんです。﹂ ﹁えっ。﹂﹁は 驚くよな。 いや、できんのかそんなこと。﹂ ﹁それは、僕にも分かりません。手術の担当医は一言も触れませんでした。この医者 信じられない、といった表情だ。当たり前か。僕も信じられない。 ⋮。﹂ ﹁兄 弟 で も 臓 器 移 植 は 問 題 が 沢 山 あ る の に、グ ー ル ⋮ そ れ も グ ー ル の 臓 器 だ な ん て ﹁赫包⋮⋮か 抉られて、その時に鉄骨が落とさ⋮落ちてきたんです。それで、助かった。でも。﹂ ﹁移植を受けたのが僕です。事故の日、彼女に⋮グールに襲われました。赫子で腹を ﹁おい、まさか。﹂ 情になった。頭の回転が速い。 西野さんはこのニュースを見ていたようだ。彼女の言葉で西尾さんがハッとした表 ﹁⋮⋮あ、あの臓器移植の。﹂ ﹁ニュースにもなっていたんですが、鉄骨落下事故の、知っていますか。﹂ ? ? 18 180 ⋮嘉納というのですが⋮⋮。正直、危険な人間かもしれません。﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁そんな⋮。﹂ ﹁〝あんていく〟に保護を求めてください。例えば、バイトとかで雇ってもらうとか ⋮⋮。店長の芳村さんは僕のことをある程度知っています。西尾さんが安全を考える ならば、ですが。﹂ 勿論、西野さんのことも含めて。⋮芳村さんには悪いかな。しかし、おそらくだが、芳 村さんは受け入れるだろう。 ﹁⋮そうだな。貴未にもこれ以上心配かけたくないしな。﹂ ﹁もう錦君。今更だよ。﹂ 西野さんは小さく微笑んだ。それを見た西尾さんは、泣いてしまいそうな、そんな表 情になる。 ﹁⋮ああ、そうだな。けど、お前は俺が守るよ。必ずな。﹂ ﹁⋮うんっ。﹂ またか。 それにしても、甘い。爽快な炭酸飲料に追加で更に砂糖をいれたような甘さが口の中 で広がっていくような感じがする。⋮⋮コーヒー飲みたいな。 181
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