住宅金融支援機構がMBSのクリーンアップコールの公表

新生ストラテジーノート 第 257 号
2017 年 1 月 30 日
調査部長 江川 由紀雄
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(03) 6880-6035
住宅金融支援機構が MBS のクリーンアップコールの公表手続きを発表
繰上げ償還対象回号を予め公表、10 月と 4 月の元利払い日に対象回号を償還
住宅金融公庫が MBS の発行を開始(第 1 回債は 2001 年 3 月発行)しほぼ 16 年が経過し、
2001 年~2002 年に発行された回号のファクターが 0.1 に(つまり、MBS の残高が当初発行額
の 10%に)近づいてきた。こうしたタイミングで、住宅金融支援機構は、2017 年 1 月 27 日、MBS
のクリーンアップコールに関する方針として、「MBS の未償還残高総額の減少による繰上償還の
公表手続きについて」 1を発表した。今後の MBS のクリーンアップコールのオプション(債券発行体
が繰上げ償還できる権利)の公使についての方針と公表手続きを明らかにしたものである。
今般発表されたクリーンアップコールに係る「公表手続き」のポイントは次の通りとなる。

繰上げ償還を行う日は、10 月と 4 月の元利払い日に限定する
(10 月 10 日と 4 月 10 日、銀行休業日の場合は前営業日に繰上げ)

10 月に繰上げ償還しようとする回号については、その年の 3 月下旬に、4 月に繰上げ償
還しようとする回号については、その前年 9 月下旬にホームページで発表する

繰上げ償還すると発表した回号であっても、償還期日の直前に残高が当初発行額の
10%以下とならなかった場合は、当該償還期日には繰上げ償還は行わない

繰上げ償還すると発表していない回号については残高が 10%以下になっていたとしても
繰上げ償還は行わない

債券要綱上の規定通り、繰上げ償還する 7 日以上前に公告を行う
(注: 住宅金融支援機構の公表内容を基に当社で要点を箇条書きにしたもの)
住宅金融支援機構 MBS は、裏付資産(紐付された信託財産)に連動して月次で元本償還が行
われる債券であるが、米国のモーゲージ証券や国内外の多くの住宅ローン証券化商品に見られ
るように、未償還残高が一定水準以下となった場合に発行体が残存元本額を一括で償還できる
「クリーンアップコール」のオプション(ここでは、債券発行体の権利という意味)が付されている。
全ての機構 MBS (旧住宅金融公庫が発行した回号を含む)は、未償還残高が当初発行額の
10%以下となった時点以降、いずれかの償還期日(月次の元利払い日)に発行体は残存額全額
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住宅金融支援機構のウェブサイトに掲載されている。 「MBSの未償還残高総額の減少による
繰上償還の公表手続について」
http://www.jhf.go.jp/investor/shisan_tanpo/mi_kuriage.html
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を一括で繰上げ償還できる。
クリーンアップコールにかかる不確実性を軽減するものとして画期的
超長期にわたり毎月少しずつ返済が進む住宅ローンを裏付けとする証券化商品に典型的に見
られる現象だが、こうしたオプションがなければ、残高が僅少となった後も、裏付けとなる住宅ロー
ンプールの残高推移に連動する形で、証券化商品は全額償還するまで長期間にわたり毎月僅少
な金額での元利払いを継続することになる。そうした事務負担は投資家にとっても歓迎されない
場合があるところ、残高が当初発行額に対して一定水準以下となった場合に発行体のオプション
として、繰上げ償還することを可能にするものがクリーンアップコールオプションである。
発行体によるクリーンアップコールが行使可能な時期が近付けば、実際にコールされるのか、
いつコールされるのかが投資家にとっても、マーケットメイクを行う証券会社にとっても、関心の的
となる。金利環境等次第であるが、どの時点でコールされるか(またはコールされないまま当分残
存するのか)次第で、既に保有している投資家にとっての投資採算が大きく異なることになり得る。
マーケットメイクを行う立場としてもどのように価格評価するべきか悩むことになろう。
証券化商品ではないが、金融機関や事業会社が発行する劣後債・永久劣後債など、しばしば
ハイブリッドキャピタル証券と呼ばれるもにに、超長期債または永久債(一部に償還可能な優先株
式)の形態とし、発行後一定期間経過時または経過後に、発行体の任意で繰上げ償還できるオプ
ションを付したものが典型的に見られる。こうしたハイブリッドキャピタル証券の分野では、繰上げ
償還が可能となる最も早い時点で繰上げ償還されるものという前提で価格評価や投資判断がな
される(そして、実際、ほとんどのケースで、発行体は最初に繰上げ償還が認められる時期に繰
上げ償還をしてきたという実績がある)ところ、偶に、償還が可能となる最も早い時点で繰上げ償
還しないという発行体が出現すると、大ニュースになり、当該商品やそれからの連想で類似の商
品の市場価格が大きく変化することがある。証券化商品のクリーンアップコールは、ハイブリッドキ
ャピタル証券の繰上げ償還オプションとは性質が異なるが、債券要綱などの約定のうえでは、発
行体の権利であって、行使するか否かは発行体の任意として構成されている点は共通している。
いずれの場合でも、投資家を含む市場関係者の期待または予想を裏切る事態(それは、発行体
の義務ではないので、発行体を責める訳には行かないのだが)が発生すると、混乱や批判を招く
可能性がある。
コールはあくまで発行体の権利であり、行使の有無および行使時期が全く予想できないランダ
ムなものだと考えざるを得ないのであれば、価格評価としては、保守的な評価をせざるを得ないだ
ろう。そうした価格評価は、流通市場で既発の回号を売るつもりはなく保有している投資家にとっ
ても、時価評価の形で影響を及ぼすことになる。将来が全く予想できない不確実性は歓迎されな
いことは言うまでもない。更には、「全く予想できないランダムなもの」と考えざるを得ないとなれば、
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新発債の発行市場にも影響を及ぼす可能性も考えられる。
住宅金融支援機構が公表した MBS のクリーンアップコールのオプション(債券発行体が繰上げ
償還できる権利)の公使についての方針と公表手続きは、こうした不確実性を予め除去するもの
として画期的である。
半期末・年度末をまたいでからの 10 月と 4 月の償還の意味
機構は、毎年 3 月と 9 月に、約半年余り後(3 月に発表する回号については 10 月の元利払い
日に、9 月に発表する回号については翌年 4 月の元利払い日に)に繰上げ償還を予定する回号
を特定し発表する。発表しなかった回号については、たとえ、直前の元利払い後に残高が当初の
10%以下となっていたとしても(したがって、債券要綱に基づけば、7 日前の公告をもって繰上げ
償還が認められるとしても)、繰上げ償還はしないと明らかにした。なお、コールする予定として公
表された回号であっても、残高が当初の 10%以下とならなかった場合は、償還されない。機構は、
「日本証券業協会が公表する PSJ 予測統計値(平均値)を参考指標として、未償還残高総額の見
込みを判断し、繰上償還予定回号を選択します」と明言している。つまり、「PSJ 予測統計値(平均
値)」を用いて約半年後までに残高が当初の 10%以下となることが予想される回号が繰上げ償
還を予定する回号として選択される候補となるということである。しかし、実際にその償還を予定
する元利払い日の直前の元利払い日までに 10%以下とならなければ、債券要綱にその回号を
繰上げ償還できる規定がないため、繰上げ償還できない・償還しないというだけのことである。
債券要綱上、繰上げ償還は、月次の MBS の元利払い日(原則として 10 日、銀行休業日に当た
る場合は繰上げ)に行うことが可能だが、これを、機構は、10 月と 4 月だけに限定することを明ら
かにした。毎月のようにバラバラと MBS のコール(繰上げ償還)が発生したり発生しなかったりとい
った状況を予め排除すると共に、多くの投資家にとって非常に気になる時期(つまり、半期末の 9
月末、年度末の 3 月末)の残高の予想を立てやすくするための配慮が感じられる。
こうした方針および手続きの公表により、市場関係者の観点からの不確実性が概ね除去される
ことになる。繰上げ償還の予定回号として公表された回号であっても、対象となる予定日の直前ま
でに残高が当初の 10%以下にならなかったものはコールされないという点は残るが、これは、裏
付資産にかかる繰上げ返済の発生状況の予想の問題と債券要綱上の約定に起因する制約でも
あり、問題視されることはないと思われる。比較的古い回号(よって、コール可能となる時期が近
付いている回号)の流通市場にも好ましい影響が及ぶ可能性がある。
今般機構が公表した MBS のクリーンアップコールのオプション(債券発行体が繰上げ償還でき
る権利)の公使についての方針と公表手続きが今後長期間にわたり継続的に実施されると、それ
が市場関係者の期待を形成し、機構 MBS の発行市場にとっても、とくに新規参入を検討する潜在
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投資家にとっての不安要因のひとつを予め除去することになり、好ましいと考える。
機構 MBS の投資家の属性―その大半が国内金融機関・機関投資家―を十分に踏まえたうえ
で、こうした方針と手続きが考案されたのではないだろうか。
なぜ繰上げ償還は発行体のオプション(選択権)であって義務ではないのか
クリーンアップコールオプションは、あくまで、発行体の権利であって、義務ではない。オプション
を行使できる条件が整ったとしても、行使するか否かは発行体の任意である。発行体の義務とし
て約定してしまうと、特に、証券化取引を「真正売買(または、真正譲渡)」として構成し、もって、オ
リジネーターの倒産による影響を極小化しようとした場合に、大きな障害となり得る。オリジネータ
ーから信託等の証券化ビークルへの財産の移転が真正売買ではなく実質的に譲渡担保ではない
かと疑われる材料になってしまうからだ。また、真正売買を意識する必要がないケースであっても、
コールが発行体の義務として構成されてしまうと、信用リスク評価上、発行体の信用リスクを強く
意識せねばならないことになる。米国のいわゆる GSE の場合、その MBS は、発行体または保証
人による元利払いの義務に信用リスクも依拠した仕組みであり、この点は実は問題にならないと
筆者は考えている。ところが、機構 MBS は、その元利払いは発行体の義務として構成されている
ものの、「超過担保」と「受益権行使事由」による信用補完構造―これが格付会社による格付けが
発行体格付けを上回る重要な要素となっている―が組み込まれているため、義務として構成する
と悩ましい問題が生じる可能性がある。(格付会社は最終償還期日までの償還を前提に格付けを
すると割り切ることは可能であろうが、投資家による信用リスク管理上の問題、大口与信規制上
の問題等が生じ得る。)
クリーンアップコールを発行体の義務ではなく選択権・権利として構成するのは、十分に合理性
が認められる。
早めにコールされた方が得か、コール時期が遅くなる方が得かの問題について
とはいえ、コール(ここでは、債券の繰上げ償還の意味)される時期が投資家にとって全く予想
が付かないものとなっては、債券投資家からは歓迎されないであろう。発行体が(行使できる条件
が整った以降の何れかの元利払い日に)ランダムに償還するということであれば、クリーンアップ
コールの条件を満たしている(または近々満たしそうな)回号は、常に、翌月にでも残存金額が満
額償還されるかも知れない債券として評価・管理せねばならない。債券の繰上げ償還は、投資家
にとっては、資金の再運用リスクである。再運用リスクの顕在化が投資家にとって損なのか得な
のかは時期によって異なる。債券の発行時点からクリーンアップコールが可能となる時期までに
は相当な時間の経過がある。たとえば、住宅金融公庫が MBS の発行を開始したのが 2001 年 3
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月であるが、それから約 16 年が経過した現在、住宅金融公庫と 2007 年 4 月以降の住宅金融
支援機構が過去に発行した MBS は、「S 種」と呼ばれた比較的残存期間の短い住宅ローン債権を
裏付けとする回号を含め、全回号が残存している。
発行時に比べ、金利体系が順イールド(長期金利は短期金利よりも高い状態)で、金利環境が
大差ない場合や、金利が低い場合は、債券の名目利回り(利率、クーポン)は市場実勢対比高い
ものになっているため、投資家にとっては、償還されることなく、発行当初に約定した利率で利払
いが継続される方がありがたい。住宅金融公庫が MBS の発行を開始した 2001 年頃以降しばら
くの金利水準等と、足もとのそれを比べれば、現状は、「損得勘定」だけで考えると、投資家にとっ
ては、コールされない方がありがたい環境にあるといえよう。
いっぽうで、第二次オイルショック期のような、高金利状態、更には、逆イールド(短期金利の方
が長期金利よりも高い状態)になっていれば(1980 年代前半~半ばを想起して欲しい―もっとも、
本稿の読者の多くにとっては生まれる前の大昔のことになろうが)、既発の債券はさっさと償還し
てもらった方がありがたい。投資家は保有する債券が償還されることで得た資金を新たな債券等
の投資に振り向けた方が高い利回りを享受できるからである。こういう状況は想像し難いかもしれ
ないが、たとえば、昨年(2016 年)発行された回号(クーポンの絶対値が 0.1%台~0.4%台)が、
いまから 15 年~25 年にコールできる状態となり、その時点での短期金利が 1%になっていたら
どうだろうか。投資家にとっては、早くコールされた方が明らかに得である。償還で得た資金を運
用すればより高い利回りが享受できるからだ。こうしたことも想像してみたい。
クリーンアップコールを巡る過去の騒動と顛末
米国の Fannie Mae が発行する住宅ローン債権を裏付けとするパススルー型のモーゲージ
債 に は 、残 高 ( フ ァ ク ター ) が 当 初 の 10 % に 達 した 時 点 以 降 、任 意 に 繰 上 げ償 還 できる
“cleanup call” オプションが付されていた。 Fannie Mae は、2002 年 4 月に、既にコール可能
な状態になっていたモーゲージ債約 15 億ドルを繰上げ償還すると発表したところ、モーゲージ債
の市場価格が大幅に下落し、市場参加者から批判を浴びたため、前言を撤回し、コールしないこ
とにした経緯がある 2。これ以降、Fannie Mae は、残高が当初の 1%に達するか、裏付けとなる
住宅ローンが 1 件だけになったものを「クリーンアップコール」の対象とし、繰上げ償還する運用を
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報 道 例 Wall Street Journal, Fannie to Rescind 'Cleanup Call' That Angered
Securities Investors, April 15, 2002
http://www.wsj.com/articles/SB1018818141554473520
National Mortgage News, Fannie Rescinds Clean-Up Calls, April 15, 2002
http://www.nationalmortgagenews.com/dailybriefing/2002_72/-396263-1.html
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続けている模様である。
この Fannie Mae を巡る 2002 年の騒動は、発行時よりも大幅に市場金利が低くなっている
局面では、過去に発行された高水準のクーポンの債券は償還されずに市場に残存した方が市場
参加者にとって得であったということが背景にある。 Fannie Mae がクリーンアップコールの実施
を発表した直後の報道記事を読むと、クリーンアップコールは投資家から GSE (政府が支援する
企業)への所得移転だと指摘するような批判的な論調も見られた。
(調査部長 江川 由紀雄)
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名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
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合があります。
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