カナダBC州Arctos無煙炭プロジェクトについて：前編

平成２９年１月３０日
カレント・トピックス
独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構
カナダ BC 州 Arctos 無煙炭プロジェクトについて：前編
～先住民の反対により開発が凍結された経緯と対策～
<石炭開発部
井上晴夫>
平成 28 年 9 月 21 日付カレント・トピックス「カナダ BC 州における石炭探査と First
Nations」にて言及したように、JOGMEC は平成 28 年 8 月、豪州の石炭探査・開発会
社 Atrum Coal 社との間で、BC 州 Groundhog 炭田（面積：約 2,300km 2 ）に位置する
無煙炭プロジェクト Panorama North 地域について石炭 JV を結成し、共同探査を実施
している。Groundhog 炭田における探査・開発活動は主に、 1980 年代から Panorama
North 地域の北西約 60km に位置する無煙炭プロジェクト Arctos Project（旧名：Mount
Klappan Project）で進められていたが、 Klappan エリアを含む広大な地域を伝統的活
動領域とし、Klappan エリアを“ 神聖なる源流域（ Sacred Headwaters）”とする Tahltan
Nation が中心となり Klappan エリアの保全を求める活動を継続した結果、同プロジェ
クトは 2015 年 5 月、BC Rail（BC 州政府所有）に譲渡され、事実上開発は凍結されて
いる（図１参照）。
Panorama
North
（出所） Fortune Minerals, Investor Presentation, August 2016（一部修正・追加）
図１
Arctos Project 位置図
本稿前編では、Arctos Project に関してこれまで実施された探査及び開発スタディを
概観し、後編では本プロジェクトが事実上の開発凍結に至った経緯について、Tahltan
Nation 及び BC 州政府の動向を含めながら紹介することとする。また、今回の経緯取り
纏めにより得られた教訓として、JOGMEC を含め日本企業が BC 州で資源開発プロジ
ェクトの探査・開発を推進する上で留意すべき事項についても記すこととする。
１．Arctos（旧 Mount Klappan）無煙炭プロジェクトについて
Bowser Basin（面積：約 65,000km 2 ）の Groundhog 炭田 Klappan エリアでは、1978
年に Esso Resources Ltd と Petrofina Ltd が初めて石炭探査権（Coal Licences）を取
得し踏査を実施したものの、Coal Licences の更新申請を行わなかったため 1980 年に失
効した。1981 年、Gulf Canada が本エリアにて新たに Coal Licences を取得、Mount
Klappan Project（以下、MKP）として探査を開始し、1988 年まで 8 次に亘る踏査及び
探査、FS を実施した。2001 年７月の Conoco Canada による Gulf Canada 買収を経て、
2002 年 7 月、Fortune Minerals Ltd（以下、 FM 社）が Conoco Canada から MKP を
取得（取得額： 3.31 百万 C$ + 生産開始後の production royalty（C$1/t-販売））、探査
と開発に向けたスタディを継続していた。なお、2011 年 7 月、韓国 POSCO が FM 社か
ら MKP20％権益（取得費：30 百万 C$）を取得、MKP JV が結成された。2012 年 8 月、
プロジェクト名が Mount Klappan Project から Arctos Project に変更された。
（１）位置及び石炭鉱区
Arctos Project は、カナダ北西部の港 Stewart（人口： 500 人弱）の北東約 160km、
Smithers（人口：約 5,400）の北方約 300km に位置（図１参照）しており、 61 Coal
Licences（面積：約 164km 2 ）からなっていた。
（２）探査実績
Gulf Canada は 1981 年に Mount Klappan エリアにて Coal Licences を取得して以
来、1988 年まで毎年踏査、トレンチング及び試錐調査を実施した。FM 社は MKP 取得
後、2005 年に試錐調査を実施している。表１に Gulf Canada 及び FM 社による試錐及
びトレンチング作業実績を示す。開発対象とした Lost-Fox エリアにおけるコア・ホール
の試錐間隔はほぼ 250m 前後になっている。
MKP における作業実績
表１
Gulf Canada
Fortune Minerals
合計
本数 / 箇所
掘削長（m）
本数 / 箇所
掘削長（m）
本数 / 箇所
掘削長（m）
コア・ホール
153
24,735
12
2,109
165
26,844
オープン・ホール
23
1,517
0
0
23
1,517
メカニカル・トレンチング
210
2,304
0
0
210
2,304
ハンド・トレンチング
357
1,999
0
0
357
1,999
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine Feasibility
Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)より作成
また、Gulf Canada は 1986 年、開発対象とした Lost-Fox エリアから約 200,000t の
バルクサンプルを採取、現地に設置したパイロット・プラント（重液バス及び水洗サイ
クロン）で選炭し約 100,000t の精炭を生産、トラックで Stewart 港に輸送、北米、ア
ジア及びヨーロッパの無煙炭ユーザーに試験炭として出荷した。
（３）地質及び夾炭層
図 2 に示すように、 MKP エリアには上部ジュラ系～下部白亜系の夾炭層 Klappan
Formation（層厚：約 1,100m）が分布している。本夾炭層中央部の Klappan Sequence
（層厚約 600m；図 3 参照）中に 33 炭層が賦存し、うち 28 炭層が 0.5m 以上の層厚を
持つ。主要炭層は、 H 層（平均層厚 3.99m）、I 層（同 4.23m）、 K 層（同 3.49m）及び
KL 層（同 2.56m）である。
地層は、北東 -南西方向からの圧縮を受けたことにより、北西 -南東方向の軸を持つ褶
曲構造を呈し、一部で逆断層や衝上断層が存在する（図 4 参照）。
なお、MKP エリアの炭層と Panorama North 地域の北東側に隣接する Atrum Coal
旗艦プロジェクト Groundhog North Project に分布する炭層との対比は、これまでなさ
れていない。
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine Feasibility
Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)
図２
MKP エリア周辺の地質図
（出所） Minerals North Conference, Stewart (April 29, 2005) “Mount Klappan Anthracite Coal
Project”
図３
Klappan Sequence 模式柱状図
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine Feasibility
Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)
図４
Arctos Project における模式断面図（南西 -北東方向の断面）
（３）採掘・生産計画
2013 年 4 月に Arctos JV が BC 州政府に提出した ”Proposed Arctos Anthracite Project”
なるプロジェクト説明書（Project Description 1 ）によれば、Arctos Project はトラック
＆ショベルによる露天掘で、原炭約 540 万トン /年、精炭約 300 万トン /年を 25 年間に
亘り生産する計画であった。25 年間の操業期間の平均剝土比は 11.3 m 3 /t-精炭で、選炭
プロセスとして、重液バス、重液サイクロン及び浮選を採用することとし、選炭歩留を
平均 55.4％としていた。
（４）炭質
Arctos 無煙炭の炭質（精炭）を表２に示す。Gulf Canada による試錐調査で採取した
サンプルの分析（ASTM 準拠）結果を纏めたものである。
表２
Arctos 炭の予想炭質（10% Ash 精炭）
単位
平均値
(adb)
Residual Moisture
％
0.9
Ash
％
10.0
Volatile Matter
％
6.5
Fixed Carbon
％
82.6
Sulphur
％
0.52
kcal/kg
7,423
Gross Calorific Value
HGI
40 - 45
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine
Feasibility Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)より作成
（５）資源量及び埋蔵量
2012 年の FS によれば、資源量計上対象エリアを剝土比 20m 3 /t-精炭以下として、こ
のエリア内における石炭資源量（精測＋概測）は 193 百万トン、精炭（Ash10%）ベー
スの石炭資源量 105 百万トンが計上されている（表３参照）。なお、本資源量はカナダ
における基準 National Instrument 43-101 に基づいて計上されたものであるが、この
NI 43-101 は JORC Code（当時は 2004 Edition）と実質的に同じである。
1
BC 州 Environmental Assessment Act に基づく環境評価プロセスを開始する第 1 ステップとし
て、 Environmental Assessment Office に提出するプロジェクト概要を記載した文書のこと。
表３
Arctos Project の資源量
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine
Feasibility Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)
また、採掘対象とした Lost-Fox エリアにおける石炭埋蔵量は 124.9 百万トン（確定 +
推定）、精炭（Ash10%）ベースでは歩留 55.4％として 69.2 百万トンが計上されている
（表４参照）。
表４
Arctos Project の埋蔵量
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine
Feasibility Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)
（６）インフラ
Arctos JV は、Arctos 無煙炭を輸出するため、炭鉱から南東の Prince George 経由で
Prince Rupert 港 Ridley Island Terminal まで 1,390km の距離を、一列車あたり 12,500
トンの石炭列車で輸送する計画であった（図５参照）。
Arctos Project から南東の Minaret までの約 153km は BC Rail の管轄下で、この区
間はかなりの路線増強が必要になる。特に、 Arctos Project から Chipmunk までの約
98km は道床、枕木また線路が置かれたことはない。また、Chipmunk から Minaret ま
での約 57km も商業ベースでは使用されたことはなく、数年前には枕木及び線路が撤去
されている。
Minaret から Fort St. James までの約 322km は CN Railway の管轄下にあり、 1970
年代に軽量軌道として建設されたものの、ほとんど使用されていない。石炭輸送のため
には、道床、枕木、線路、鉄橋等の増強が必要となる。
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine
Feasibility Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)
図５
鉄道輸送ルート
（７）開発投資額
2012 年 FS レポートによれば、年産 300 万トンの Arctos 無煙炭鉱山を建設するため
の初期投資額として総額 C$789M が計上されていた。内訳を表５に示す。
表５
Arctos Project 開発に係る初期投資額（単位：C$1,000）
鉱山
192,044
鉄道
330,410
鉱山インフラ（水管理）
259,598
6,559
その他
計
788,611
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine
Feasibility Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)
（８）操業費
同じく、2012 年 FS レポートに基づき、年産 300 万トンの Arctos 無煙炭鉱山の FOB
キャッシュ・コスト（操業期間 25 年間の平均）を表６に示す。
表６
Arctos 無煙炭鉱山の FOB キャッシュ・コスト（C$/t-精炭）
採掘
73.31
輸送
33.63
港湾
9.00
ロイヤルティ
5.76
その他管理費
5.91
計
127.61
（出所） Technical Report on the 2012 Update on the Arctos Anthracite Project Mine
Feasibility Study, November 28, 2012 (Golder Associates Inc.)より作成
（９）環境評価（Environmental Assessment: EA）プロセスへの対応
2004 年 9 月、 FM 社は BC 州 Environmental Assessment Act に基づき、
Environmental Assessment Office（ EAO）に MKP プロジェクト説明書
2 （ Project
Description）を提出し、同年 10 月、EAO より MKP は EA 対象プロジェクトとして EA
プロセスが必要になる旨の Section 10 Order を受領した。2006 年 10 月、EAO から EA
の対象範囲、実施手続き及び実施方法を記した Section 11 Order を受領した。
FM 社は、鉱山開発のために取得しなければならない環境評価証明証（EA Certificate）
の申請に必要となる EA の論点及び申請に含めるべき情報を記した文書（当時の名称は
“Terms of Reference（TOR）”、2012 年以降“Application Information Requirements
（AIR）”に名称変更）の草稿（draft TOR）を 2006 年 11 月に EAO に提出し、2007 年
初め draft TOR に対するパブリック・コメントを受領した。FM 社は、連邦の環境評価
法 Canadian Environmental Assessment Act 3 にも従う必要があったものの、この時点
では FM 社は連邦の EA プロセスを開始しなかった。
2008 年に入り、FM 社は MKP 開発のために戦略的パートナー探しに重点を置くこと
とし、アドバイザーとして当初 CIBC World Markets 社、 2010 年に Deloitte & Touche
Corporate Finance 社を起用した。戦略的パートナーを確保するまで、FM 社は EA プ
ロセスを一旦中断することとした。
2011 年 7 月、POSCO が MKP に参画したことに伴い、2012 年に Arctos JV は FS を
実施すると共に、 EA プロセスを再開した。 2013 年 4 月、 FM 社は改訂 Project
Description 4 を BC 州 EAO 及び連邦政府 Canadian Environmental Assessment Agency
（CEAA）に提出、CEAA は Project Description を受理、FM 社は EAO から Section
10 Order を受領した。また、EAO は CEAA に対して、連邦 EA プロセスを BC 州で代
行する要請を行い、2013 年 5 月末、CEAA が EAO による連邦 EA プロセスの代行を了
承したことにより、EA プロセスは一本化されることになった。
2
この時の石炭生産計画は年産 150 万トン（精炭）であった。 BC 州では、年産 25 万トン以上の原
炭或いは精炭の生産能力のある石炭プロジェクトが EA プロセス対象となる。
3 連邦の EA プロセス対象になるのは、石炭では日産 3,000 トン以上の生産能力のある石炭プロジ
ェクト。
4 この時の石炭生産計画は、 2012 年 FS に基づき、年産 300 万トン（精炭）であった。
（１０）Gulf Canada 及び FM 社による探査・スタディ支出額
Gulf Canada が MKP に関して支出した年別の探査、開発に向けた各種スタディ及び
商業試験用バルクサンプル採取等の支出額実績を表７に示す。同社による支出総額は
C$65M を超えている。この支出額のほとんどは 1981 年から 1990 年までの探査及び各
種開発スタディ費用として支出されたもので、 Gulf Canada は 1991 年以降実質的な作
業を実施しなかった。
表７
Gulf Canada による MKP 支出額実績
（出所） ”Mount Klappan Coal Project”, Minerals North Conference, Smithers
(April 15, 2004)
FM 社は、2002 年 7 月に MKP を取得して以降、追加探査、各種の開発スタディ、イ
ンフラ関連調査・スタディ、複数回の FS 、環境ベースライン調査を含む BC 州
Environmental Assessment Act に基づく環境評価に係る諸調査、 Klappan エリアを伝
統的活動領域と主張する Tahltan Nation を含めた First Nations に対する情報提供や
彼らの懸念事項について話し合う engagement 5 活動等を実施し、Arctos Project に支出
された総費用は C$110M（ Gulf Canada の支出額を含む）としている。2011 年 7 月の
POSCO 参入後は Arctos JV が費用負担したが、2011 年 1 月～ 2015 年 5 月までの本プ
ロジェクトに対する支出額は C$15.5M であることから、FM 社が 2002 年 7 月に本プロ
ジェクトを取得して以来、2015 年 5 月に Klappan エリアから撤退するまでの FM 社自
身の支出総額は大よそ C$42M と推定される。
以下、後編に続く。
以上
e ngagement とは、対象プロジェクトに関する情報を共有し、対象エリアにおける優先事項や懸
念事項への理解と必要な対応を行うための、互恵関係を構築することを目標とした長期に亘る先住
民共同体・個人との会合プロセスのこと。
5
おことわり：本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構として
の見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおります
が、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結に
つき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかね
ます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源
機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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