2017 JAN& FEB ー vol.89 ー 03 今月の特集 FinTechがつくる新時代 13 第63回 ロシア極東とのビジネスは今がチャンス ロシアNIS貿易会 ロシアNIS経済研究所 次長 齋藤 大輔氏 繊維加工用薬剤メーカーの世界トップへ 20 アジア インサイト カンボジア経済概況 みずほ総合研究所 アジア調査部 上席主任研究員 小林 公司 国際人事労務リポート 『攻めの経営』 への転身とプロフェッショナル人材による 新たな価値の創造 ~内閣府 「プロフェッショナル人材事業」 における 事例から~ 22 みずほ銀行 国際戦略情報部 23 中国商務指南〜中国ビジネス最新ガイド〜 中国エコカー産業の 成長と日系企業の対応 みずほ銀行 国際営業部 調査役 湯 進 今月のトピックス 米国がミャンマー経済制裁を全面解除 みずほ情報総研 社会政策コンサルティング部 チーフコンサルタント 田中 文隆 16 グローバル インサイト WAZA〜世界に誇るニッポン企業〜 日華化学株式会社 化学品部門 繊維事業部 ビジネス開発部長 池端 和彦氏 14 18 調査役 小原 綾子 みずほフィナンシャルグループからのお知らせ Saudi Arabian Oil Companyとの 業務協力覚書の締結について GMのグローバルEYE FinTechがつくる新時代 FinTechの視座 〜産業構造の変革 を支える金融サービスを目指して〜 森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士 増島 雅和氏 FinTechとはなにか という問いに対するさまざまな仮説がサービスの形で提示されてい る現象であるということができる。 インターネット・ネイティブなビジネス設計 FinTechとはなにかを理解するために、 インターネットを所与の ものとする、 ということの意味は強調してもし過ぎることはないと思 FinTechが日本でも人口に膾炙す るようになって久しい。FinTechとは金 われる。 インターネットというのは分散型のアーキテクチャ (構造) を持っ 融 (Finance) とIT技術 (Technology) た情報処理技術である。これは、必要とされる一連の情報処理 の融合のことをいうと簡単に説明され を、 その情報処理の個別的な内容に着目してその処理方法を考 ることがあるが、 もともと金融業務とい えるという発想ではなく、情報処理を完了するために必要な 「機 うのはオペレーション、平たくいえば事 能」に着目して、 その機能ごとにレイヤー (層) を構成し、異なるレイ 務処理がその大半を占めており、 事務 ヤーにおける情報処理に依存することなく、 そのレイヤーで要求さ 処理はコンピュータによる情報処理技 れる機能を果たすように構想されている。 こうしたレイヤー構成が 術を駆使することにより効率化するこ 採用されているために、 あるレイヤーで機能を開発しようとする者 とが従来より目指されていたので、 このFinTechの説明は当を得て は、他のレイヤーのことを考えずに開発をすることができる。すなわ いない。 ち、 1つの課題に対する解決策を提示するために、 そのプロセス 増島弁護士 また、 1990年代後半から2000年頃にかけて起こったネット金 全体を構想する必要はないということである。 融 (インターネット証券会社、 インターネット銀行、 インターネット保 もともとそのようなアーキテクチャを持ったインターネットのうえ 険会社) のパラダイムとも大きく異なる。当時のネット金融というの に、何らかのサービスを展開しようとした場合、 このアーキテクチャ は、従前の金融サービスを、 インターネットを通じて提供するという に素直に従った形でサービスを設計するのが自然である。これは ものであり、 チャネルの革新に関するものである。営業時間が限 効率的な航海のために潮の流れを見て、潮の流れになるべく沿う 定された店舗における対面でのサービス提供、 または営業職員に かたちで航海プランを立てるのに似ている。 そうではない方法も採 よる電話でのコミュニケーションが常識であった当時の業界の状 用することはできるが、 そのような方法を採用した場合に比べて、 況を考えると、 インターネットを介して場所的・時間的制約を大幅 基本的な構えの面で不利にはたらくということは、特に事業経営を に減らし、 かつ金融機関の人的負担も大幅に減らしたという点で、 経験されている諸氏にはお分かりいただけるのではないだろうか。 ネット金融が既存の金融業者に与えたインパクトは過小評価され ビジネスの世界では、 しばしば「垂直統合型から水平統合型へ」 るべきものではない。 しかし、 その評価としては、従前の金融にイン という標語的な言い回しが聞かれるが、 ビジネスをインターネットの ターネットというチャネルを追加したことで、金融サービスへのアク 上に載せるということの意味は、 まさに既存のサービスが顧客に セスを改善したというものに過ぎず、既存のサービスのパラダイム 対して垂直統合的に提供されていたところを、水平統合的に提 の域を超えたものとまでは見られていない。 供する形に変えていくことを意味する。FinTechが「金融のアンバ 目の前で起こりつつあるFinTechという現象は、 こうしたものと ンドリング化」 という言い回しで説明されるのも、 このことに起因す は様相が異なる、金融のより根源に迫る変化の兆しであると考え る。すなわち、金融機関がこれまで顧客に対してサービスを提供す られる。現在進行形で目まぐるしく状況が変わっているので、 その るために、必要な機能を全て内部に抱えていたものを、機能別に 現象を一言で説明することは難しいが、分かりやすさのためにあ 分解して、 それぞれの機能を有機的につなげることによって、同じ えていえば、 「インターネットとその周りに存在するさまざまな技術・ サービスを顧客に提供していこうとするというのがFinTechの1つ サービスインフラを所与のものとして、 そのうえに金融サービスを展 の眼目であるといえる。 開した場合に、金融サービスはどのような姿で提供されるべきか」 これらは全て、FinTechがインターネット上で展開されるという mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 0 3 特集:FinTech がつくる新時代 ことに淵源するものであり、 それはインターネットというビジネスの 場 (=大海) がレイヤー構造のもとに機能していること (=潮の流 れ) にその大本の原因がある。 FinTechの先にある第四次産業革命 冒頭で、FinTechとはインターネットを所与のものとした場合の 金融サービスの姿を考える活動であると指摘したが、筆者は、 この 「新しい姿」 はこれまで皆が金融サービスであると考えていたもの ベンチャー企業との協業 とは大きく異なる姿なのではないかと考えている。 その理由は、 ここ FinTechというテーマのもとに提 示されているサービスは まで説明してきたことは、 なにも金融だけではなく、製造業やエネル さまざまである。FinTechに関 心を持たれている諸 氏は、PFM ギー産業、物流業などを含む産業全体に起こっている現象である (personal finance management) 、ロボアドバイザー、 クラウ ことと深く関係している。 ドファンディング、 P2P (peer to peer)金融などの言葉を聞いた 言うまでもなく、今後はあらゆるモノがネットワークを通じてつなが ことがあるかもしれない。本稿はこうした個別のサービスを紹介す り (internet of things) 、 モノ同士が大量の情報伝達・交換を行 ることを目的としたものではなく、 そこにまつわる制度的な側面を いながら、人工知能により制御されることで、 より効率的に運営さ 解説するものではないため割愛するが (個別のサービスについて れる社会が到来することになる。 コンテンツ産業や金融業のよう は辻庸介ほか 『フィンテック入門』、制度との関係については拙書 な情報産業のみでなく、製造業や物流業のようなモノのレイヤー 『FinTechの法律』 が分かりやすく説明しているので、参考にして にまでインターネットのアーキテクチャが影響を及ぼすようになる社 いただきたい) 、 FinTechというイノベーションのなかで重要なのが 会を考えたとき、 金融サービスはどのような姿をとることになるだろう ベンチャー企業の存在である。 か。 インターネット・ネイティブに金融サービスを展開する場合のビジ この疑問を解くカギは 「データ」にある。第四次産業革命の実 ネスの姿、 すなわちビジネスモデルはまだ確たるものが見えている 現のためにはデータがさまざまな当事者間で流通する必要がある わけではない。 こうしたなかで正解にたどり着くためには、 ひたすら が、 データというのは私有財である。私有財が当事者間で流通す 仮説を提示してこれを検証していくしかない。 そして、最も早く正解 るということは、 そこには取引があるということを意味する。 「取引」 にたどり着くためには、 この仮説検証を可能な限り速く行って、 より とは当事者間での私有財の交換を意味し、 そこには常に資金の 多くの仮説を実地で試してみることが必要である。 これを最も効率 やり取り、 すなわち金融が介在する。FinTechが担わなければなら よくなしえる企業体は、失敗コストが安く、 かつ意思決定が早い企 ないのは、 こうしたデータセントリックな社会におけるデータ流通に 業体、 すなわちベンチャー企業である。ベンチャー企業には伝統 まつわる金融インフラであることは間違いない。そして、 その金融 的企業のようにレピュテーションの蓄積がないため、 より大胆な意 の担い手は、現在、皆が金融機関としてイメージするような主体で 思決定が可能であり、 また組織が未整備なのでオペレーションコス はない可能性がある。少なくともそうではない主体が、新しい金融 トも安いので、1回あたりの挑戦に対するコストが安い。最新の技 エコシステムにとって重要な地位を占める可能性は高いと見るべ 術を武器に、 ビジョナリーな起業家が先頭に立って迅速に意思決 定を下していくことで、 ベンチャー企業はイノベーションの実現に最 も近い位置にいる。 きだろう。 ここに、非 金 融 事 業の経 営に携わる読 者 諸 氏にとって、 FinTechが単に金融機関とベンチャー企業の話ではなく、 自社の なお、 こうした特性を持たない伝統的企業がイノベーションにア 事業戦略に深く関連するテーマであることが分かる。第四次産業 クセスするためには、ベンチャー企業と協業するのが最善手であ 革命のとば口に立ち、多くの伝統的企業はデータ戦略を立案する る。ベンチャー企業は上記の長所を持つが、他方でこれ以外の全 必要があるが、 その戦略の中には、 データ取引の後ろ側に走る金 てのリソースが足りない。資金、人材や顧客など、伝統的企業が 融に自社がどのように関わっていくかという視点が欠かせない。 持っているリソースは、 ベンチャー企業のイノベーションを加速する ために重要な武器になる。ベンチャー企業に対するこれらのリソー スの提供と引き換えに、伝統的企業はイノベーションへのアクセス を手に入れるという形でのコラボレーションが、両者の間で成立す るのである。みずほ銀行などメガバンクをはじめとする多くの金融 機関グループが、 こぞってベンチャー企業との協業を目指す理由 がここにある。 04 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 【増島 雅和氏 プロフィール】 森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士 (日本およびNY州) 。東京大学 法学部、 コロンビア大学ロースクール卒業。Wilson Sonsini Goodrich & Rosati パルアルトオフィスで執務 (2006~2007年) 、 金融庁監督局保険課 および同局銀行第一課 (課長補佐) (2010~2012年) 、金融規制対応、金 融機関のM&A業務を中心に、 オープンイノベーションの指南、 VCファンド組 成やスタートアップの資金調達などを手掛ける。 FinTech がつくる新時代:特集 眼を持つ機械の出現と金融機関の役割 東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授 松尾 豊氏 人工知能の分野は第3次のブーム を迎えている。2012年にディープラー ニングが画像認識で大きな性能向上を 達成して以来、 さまざまなイノベーション が短期間に急激に起こっている。アル ファ碁がイ ・セドル9段を破ったことも記 図表. 人工知能技術の発展と社会への影響 自動運転 介護 物流・建設 農業の自動化 調理・掃除 製造の効率化 翻訳 海外向けEC ? 教育 ・ ・ ・ ・ 秘書 ホワイトカラー支援 防犯・監視 大規模 セキュリティ 知識理解 文脈にあわせて 言語理解 マーケテ ィ ン グ 画像による 環境変化に 「優しく触る」 診断広告 ロバストな 「持ち上げる」 技術 行動予測 自律的行動 言語の意味理解 異常検知 運動の習熟 画像認識の 文の 「意味」 が分かる 精度向上 認識 ロボット・機械に (文と映像の相互変換ができる) 熟練した動きができる コンピュータができて以来 米国・カナダがリード 初めて「画像認識」 ができる 2007 2020 2025 2030 (年) ①画像 ②マルチ ③ロボ ④インタ ⑤シンボル ⑥知識 認識 モーダルな ティクス ラクション グラウン 獲得 ディング 認識 Deep LearningをベースとするAIの技術的発展 (出所) 「人工知能は人間を超えるか」 (松尾豊) 講演資料より 憶に新しい。ディープラーニングによる さて、 FinTechと呼ばれる技術が進展しており、 このなかでも人工知 盤面の認識技術と、 従来からの組み合 能技術がさまざまな形で使われている。 たとえば、 決済サービス、 アカウ わせ探索の技術を上手に融合させるこ ントのアグリゲート、 与信、 運用、 ソーシャルレンディングやクラウドファ とで、 トッププロに勝つまでになった。今回の第3次ブームの要は、 この ンディングなどである。 もちろん、 こうしたサービスがもたらすイノベーショ ディープラーニングであり、 特に、 認識技術により「 、眼を持った機械」 ンは大きいが、 私は、 日本の金融機関が浮足立つ必要はないと思う。 が出現するということである。 日本の金融機関の強みは、 絶対的な優良顧客に対して強い関係性 松尾特任准教授 古生物学者のアンドリュー・パーカーは、 生物の進化におけるカンブ やブランドを築いてきたところにあり、 その強みはちょっとやそっとでは崩 リア爆発が、 生物の眼の誕生に由来すると主張したが、 今後、 機械や れない。 ただし、 それに驕らず、 新しい技術を常にウォッチし、 導入してい ロボットが眼を使って、 さまざまな作業を上手に行うことができる。多く くこと、 自分たちの付加価値を常に再定義し続けることは大変重要で の産業で、 「眼を持つ機械」 が使われるようになるだろう。つまり、 機械 あろう。 やロボッ トの世界でのカンブリア爆発が今後起こるということである。 私の予想では、 ディープラーニングの進展により、 自動翻訳が本当 それは、 農業、 建築、 食品加工など多くの産業分野で、 いままで人間が の意味で実現する時代が、 おそらく10年から15年くらいでやってくる。 やるしかなかったさまざまな認識を必要とするタスクを自動で行うように 人間の通訳を介したような自然なコミュニケーションが可能になり、 日 なり、 バリューチェーンに大きな変革をもたらすだろう。 あるいは、 オフィ 本人にとって、 言語の壁が一気に下がる。 つまり、 多くの顧客ははじめ スや家庭内での片付けや調理が自動化され、 新しい生活情報のイン て、 ほとんどストレスなしに海外の金融サービスを直接知り、 日本の金 フラとなるだろう。 融サービスの良し悪しを評価できるようになる。 そのときこそが、 日本の さて、 眼を持つ機械を日本が主導してつくることができるか。 ものづく 金融機関の勝負どころだと思う。 そして、 教育や医療、 メディアなど、 日 りに強い日本には本来できるはずである。 しかし、 イノベーションのスピー 本語という参入障壁に守られて、 「情報」 で商売をしている国内の産 ドでは諸外国に負けている。 ドイツでは産業用ロボッ トに、 米国のダイソ 業はすべて勝負どころを迎える。 そのときまでに、 新しい技術を取り入 ンは掃除機に 「眼」 をつけようとしている。韓国のサムスンやLGも医療 れ、 本質的な付加価値を再定義することができれば、 その先にまた大 やロボッ トの分野で取り組む。今回のディープラーニングというイノベー きな飛躍が待っているはずである。 ションの果実を、 なんとか日本がものにしていかないといけない。 金融が、 こうしたなかで果たすべき大きな役割のひとつは、 日本の大 いまが日本の製造業の、 そしてその先には日本の金融業の大きな 勝負どころが来ると思う。 そのためにも、 金融機関が新しいイノベーショ 企業、 特にものづくりの企業に対してイノベーションを促進していくこと ンを生み出し続ける土壌をつくっていくことは大変重要である。 であろう。私は 「学習工場」 という新たな概念を提案しているが、 「眼」 【松尾 豊氏 プロフィール】 で認識するための 「視覚野」 にあたる部分を製造し、 最終製品に載せ 1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課 程修了。博士 (工学) 。同年より、 産業技術総合研究所研究員。2005年10月よ りスタンフォード大学客員研究員を経て、 2007年より、 東京大学大学院工学系 研究科総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻准教授。 2014年より、 東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 グローバ ル消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授。専門分野は、 人工知 能、 ウェブマイニング、 ビッグデータ分析。人工知能学会からは論文賞 (2002年) 、 創立20周年記念事業賞 (2006年) 、 現場イノベーション賞 (2011年) 、 功労賞 (2013年) の各賞を受賞。人工知能学会 学生編集委員、 編集委員を経て、 2010年から副編集委員長、 2012年から編集委員長・理事。2014年より倫理 委員長。 日本のトップクラスの人工知能研究者の1人。 るための、 人、 データ、 計算設備が統合された新たな巨大設備が必要 になる。 そこでは 「学習済みのモデル」 が製造される。 そのための設備 投資を、 半導体工場や自動車工場をつくるくらいのつもりで日本の大 企業が本気で取り組むことが必要である。 そうしてはじめて、 Googleや Facebook、 Appleなどのグローバルな巨大企業に勝てる可能性が出 てくる。 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 0 5 特集:FinTech がつくる新時代 フィンテックがもたらす将来像 テック企業への投資額は2014年の49億ドル (約5,100億円) か ら2016年1月−9月には45億ドル (約4,700億円) と年換算ベー WiL, LLC. 共同創業者兼CEO 伊佐山 元氏 スで増加したものの (図表1) 、 その内訳はすでにある程度成長し たベンチャー企業への投資が主であり、創業間もないステージの 「ソフトウェアが世界を飲み込んで ベンチャー企業に対する投資は減少傾向にある。 また、2014年 いく」 というのはシリコンバレーで著名 に資金調達を行ったフィンテックベンチャーには上場を果たしたも なベンチャーキャピタリストのマーク・ のもあれば、 事業拡大が難しく金融機関に身売り、 あるいは倒産し アンドリーセンが5年前に語った言葉 た事例もすでに多くなっている。 だ。10年前はECなどのインターネッ 米国内で開催されるフィンテックイベントの様相も変化しつつあ トビジネスを手がけるベンチャーが主 る。米国では年に複数回、 フィンテックベンチャーのスタートアップ 流だったシリコンバレーでは、現在で がステージに登壇し、400~500人の聴講者を前に自社のプレゼ はシェアリングエコノミー・モビリティ ンテーションを行う大規模イベントが開催されるが、数年前はベン サービス・ ドローン・VR/AR・宇宙な チャーキャピタリスト等の投資家も多く参加しており、登壇者のプ ど、 ヒトとモノに密接にかかわる事業を手がけるベンチャーが急増 レゼン内容も投資家からの資金調達を目的としたものが多かった 伊佐山CEO している。 その言葉通り、 かつてないほど実社会に対してソフトウェ (次ページ写真) 。 アが及ぼす影響力が高まっており、今後もその重要性は増してい それが2015年頃からは金融機関やITシステムベンダーなどが くだろう。 聴講者の大半を占めるようになり、登壇者のプレゼンテーションも また、 リーマン・ショックがきっかけとなり、金融ビジネスに次世代 投資家から資金を募るというよりは、 自社サービスを金融機関等に のテクノロジーを持ち込んで、 より効率的に効果的な金融サービ 売り込む内容に変化した。 これは、投資対象としてのフィンテック スを提供するベンチャーが次々と登場し始めたことから、 そのような ブームは一段落し、今後はフィンテックベンチャーのサービスを既 金融サービスベンチャーを総称してフィンテックという言葉が使わ 存の金融インフラに組み込んでいくフェーズに移行したことを示唆 れ始めた。 ビッグデータ・人工知能・ブロックチェーンなどといった技 している。 術が金融ビジネスと組み合わさり、今後も革新的な金融サービス 米国でのフィンテックブームは沈静化してきてはいるが、一部 を生み出していくだろう。 のフィンテックベンチャーは決済・融資・資産運用などの分野で個 人や企業の利用者を増やしており、徐々に社会に浸透してきてい 米国でのフィンテックの状況 る。 また、 フィンテックベンチャーの勃興により、既存の金融機関は 現在日本ではフィンテックがブームになっているようだが、米国 テクノロジー活用の重要性を再認識させられ、 自社のビジネスモデ に目を向けると、ベンチャー企業投資の観点から見た場合のブー ルを変革するきっかけとなった。 ムは過ぎ去っている。ベンチャーキャピタルによる米国内のフィン たとえば、モバイルチャネルで成功を収めたフィンテックベン チャーを目の当たりにした大手金融機関は、改め 図表1. 地域別フィンテック投資額推移 て当該チャネルの重要性を認識し、実店舗の削 米国 欧州 (単位:億ドル) アジア 減とモバイルバンキングサービスの拡充・強化を同 時並行で進めている。 また、個人間送金を無料で行う決済ベンチャー 48 の台頭を受け、同様のサービスを開始する大手金 融機関が登場、 なかにはサービスレベルにおいて 16 47 11 12 81 49 2014年 9 45 2015年 (出所) CB Insights 06 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 2016年1~9月 フィンテックベンチャーを抜き去ったものまで出て きている。 米国フィンテック勃興の背景 そもそもなぜ米国ではフィンテックがこれまで拡 大したのか。テクノロジーの進歩も1つの要因だ FinTech がつくる新時代:特集 国民が存在し、 こうした国で仮想通貨決済が普及する可能性が 高い。 フィンテックの根底に流れる要素技術は万国共通であったとし ても、 それぞれの国で発展するサービスは各国の固有事情により 異なるであろう。 この点を念頭に置き、 日本では現状の金融サービ スの課題は何で、 テクノロジーの活用により何をどのように解決で きるのか、 ということを追求していくことが重要である。たとえば、 日 本は金融サービスの浸透度は米国対比でも高く、高齢化社会の 浸透による年金問題や老後の生活資金に対する不安が高いこ となどから、Unbanked層への金融サービス提供よりも、金融資 産の活性化 (貯蓄から投資へのシフト等) の方が重要な課題の1 つであると考えられる。 2016年10月23日から26日にかけてラスベガスで開催された、Money 20/20の様子 が、最も大きいものはUnbanked層 (金融サービスを受けられない 層・もしくは限定的にしか受けられない層) への対応である。 最後に フィンテックが既存金融機関のビジネスを奪うという脅威論が 米国では2008年のリーマン・ショック以降、既存金融機関の業 叫ばれて久しいが、 フィンテックは万能ではなく、既存金融機関の 務縮小にともないUnbanked層が拡大した。 フィンテック企業は 持つさまざまな資源とノウハウがなければできない業務はこれから 主にこれらUnbanked層の金融ニーズに対する、 テクノロジーを用 も存在し続ける。 しかしながら、 フィンテックが金融機関、 さらにはそ いた解決を目的として登場、特に融資・決済分野を中心に拡大し こで働く社員にも影響を及ぼすことは間違いない。短絡的でスピー てきた。 ド勝負の業務や、画一的な解のみを顧客に提供する業務は、 ロ さらに、 これまで米国で台頭してきたフィンテックベンチャーの多 くが、筆者の会社の所在地であるシリコンバレーから誕生したこ ボットや人工知能に置き換えられていくだろう。 現在叫ばれているフィンテックとは、突き詰めるところ金融機関 とも付け加えておきたい。 シリコンバレーはGoogle、Facebook、 に対し、 「ロボットやAIなどのテクノロジーに業務を置き換えられて Appleを生み出してきたテクノロジーの聖地であり、 テクノロジーを もなお残る、 あなたたちの付加価値は何なのか」 という根源的な 通じて世の中の課題を解決したい、 という思いを持つ人々が集う 問いを投げかけているのである。この問いに対する解は、既存の 地である。彼らにとって、 米国東海岸の中央集権的な既存の金融 考えの延長だけではなかなか生み出すことはできない。非常に難 システムから締め出された人々を、 テクノロジーの力を以って救うこ しい問いではあるが、 ぜひ、 自分たちの付加価値とは何か、顧客が とは重要な課題であったのだ。 抱えている問題は何か、解決すべき課題は何かを常に考え、 ある べき金融機関の姿を探っていただきたい。 国際社会ならびに日本でのフィンテックの 展開について 各国におけるフィンテックの普及の仕方は、 それぞれのマクロ・ 社会的背景に応じて全く異なる進化をたどる可能性がある。 たとえばインド・東南アジア等の新興国では我々の祖父母の世 代と変わらぬ生活インフラで生活をする人々が何億人も存在する 一方、 ダイヤルアップ接続・ブロードバンド接続といった初期の技 術を飛び越え、 いきなり高速通信が普及し、 モバイルバンキング サービスが一気に広がる可能性を秘めている。事実、 インドでは 2016年8月にモバイルウォレットベンチャーが4,000万ドルの調 達を行っている。 またベネズエラやキプロスのように、政府に対す る国民の信認が薄い国では、中央政府の信用力を拠り所とした 貨幣通貨よりもビットコインのような仮想通貨をより信頼している 【伊佐山 元氏 プロフィール】 東京生まれ。1995年スタンフォードの学生と3人でウェブデザインとコンサルを 行うArch Pacificを創業。1997年東京大学法学部卒業後、 日本興業銀行 に入行。大阪で法人営業、本社で市場業務、 リスク管理業務に従事。2001 年スタンフォード大学ビジネススクールに留学。2003年米大手ベンチャーキャ ピタルのDCM本社パートナーとして、 インターネットメディア、 モバイル、 コンスー マーサービス分野への投資を担当。2013年 日本の大企業のオープンイノ ベーションを支援するWiL (World Innovation Lab) をシリコンバレーに創業。 日本にベンチャー精神を普及させるため、 日経電子版テクノロジー欄でコラム 『シリコンバレーの風』 を、東洋経済オンラインで 『黒船起業家がセカイを変え る』 を連載中。 また、 経産省や文科省の各種委員や有識者メンバーとしてベン チャー普及のための環境整備を提言中。 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 0 7 特集:FinTech がつくる新時代 FinTechを活用した〈みずほ〉の 次世代金融サービス戦略 革新にキャッチアップし、 新たな金融サービスを構築することにある (図表1) 。 みずほフィナンシャルグループ 執行役常務グローバルプロダクツユニット長 兼 インキュベーションPT担当役員 山田 大介 “破壊的技術” 技術革新のスピードは、我々の想定を遥かに超えて加速しつ つある。あらゆる分野で進化を続けるテクノロジーのなかで、我々 新たなイノベーションに取り組む専担チーム が最も注目すべき技術は、 「ビッグデータ」 「人工知能」 「ブロック チェーン」 であろう。 2015年7月、 「インキュベーション PT」 (以下、PT) は、 みずほフィナンシャ 「ビッグデータ」、 「人工知能」、 「ブロックチェーン」 は、 まさに “破 ルグループ (以下、FG) で、 グループワイ 壊的技術” であり、伝統的な金融機関のビジネスモデルを根底か ドな視野と戦略性を持って、金融とICT ら覆す可能性のある “起爆剤” である。ただし、 こうした “破壊的技 (Information and Communication 術” を、銀行のビジネスを侵食する危険物であると敵視することに Technology)技術の融合をはじめとす 合理性はない。たとえば、 ビッグデータや人工知能はリスク管理や る内外の環境変化に対応し、 デジタル コンプライアンス領域でも活用でき、 またブロックチェーンは、 シス バンキング時代の新たなイノベーション テムコストを画期的に削減しうる可能性もある。すなわち、利活用 に取り組んでいく専担組織として設置された。PTはグループのど の仕方次第では、銀行にとって 「脅威」にも、 「好機」にもなりえる のカンパニーにも属さず、 グループ各社のハブとなり新規ビジネス 技術であると考えるべきである。 山田執行役常務 すでに、” 破壊的技術” は銀行の既存のビジネス領域の殻を を推進する役割を担う。 こうした役割を有するチームメンバーは、約25名。ITベンダーか 破り、新たなビジネス領域を開拓しつつある。モノ (Things) が らの出向者、 システムエンジニアはもとより、 リテール商品開発の インターネット (Internet)につながり、情報をやり取りする 「IoT エキスパートやクレジットカード会社、米銀リテール部門、大手通 (Internet of Things)」の進展により、今まで分散していた大 信会社での出向・勤務経験を有する者等、 さまざまなキャリアを持 量の情報の蓄積が可能になった。この情報を分析することで得 つスタッフが集まっている。 られる行動傾向に基づき広告を表示したり、個々のニーズを拾 これらスタッフで構成されるPTは、 “FinTech” で求められる迅 い上げカスタマイズされたサービス・商品を提供することができる 速かつ柔軟な意思決定を進め、次世代に向けたチャネルの高度 ようになる。企業側から全ての人々を対象にサービスを発信する 化を図るとともに、ICT技術を活用した新たなビジネスや先進的な 「BtoC」から、顧客側から企業に対しさまざまな 「希望・要望」 を 情報発信していく 「CtoB」の時代が到来するであろう。 商品・サービスの開発に取り組み 「お客さま向けサービスの一層 の向上」 を図っていくことがミッショ ンである。 図表1.〈みずほ〉の目指す姿 お客さま向けサービスの一層の向上を目指す 常 に 意 識して い ることは、 “FinTech” をはじめとする内 外 外部機関の強み 〈みずほ〉 の強み 環境の目まぐるしい変化であり、 デ ジタル技術の潮流である。 「お客 顧客基盤 さま向けサービスの一層の向上」 情報基盤 を目指すいわば 次 世 代 の 金 融 サービスには、 こうしたデジタル技 術を果敢に活用していくことが不 (大手ベンダー、FinTech企業等) 決済 貸出 資産運用 金融知見・技術 その他 新ビジネス創出 事業連携 可欠であると強く認識している。 金融機関がレガシーに胡坐を かいて安閑としている時代は終 サービスの向上 わった。我々に求められている課 イノベーションのエコシステム構築への貢献 題は、急速に進行している技術 (資料) みずほフィナンシャルグループ作成 08 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 革新的創造 先端テクノロジー 目利き力 成長支援 産業知見の蓄積 FinTech がつくる新時代:特集 〈みずほ〉の目指す姿 図表2. ベンチャービジネスのサポート体制 〈みずほ〉のFinTech戦略につ 「イノベーション企業支援部」 によるベンチャー企業サポート いて考えてみる。キーワードは、① 資金供給、IPO支援等を通じて、積極的にビジネスサポート 顧客利便性の向上、②社会的コ 将来有望企業(ベンチャー企業) ストのミニマイズ、③マネタイズの 3点である。お客さまに対するサー ビスが向上しなければ、FinTech に取り組む意義はない。 また、冗費 大学 ベンチャーキャピタル を削減することは、社会正義でも ある。 しかしながら、我々がプロアク みずほキャピタル ティブにFinTechに取り組むため の最も重要な要素は、 「収益に貢 エクイティ投資 献できるか否か」 ということにある。 官公庁 独立行政法人 イノベーション 企業支援部 みずほ銀行 みずほ証券 みずほ信託 融資(専門審査チーム) IPOコンサルティング 証券代行 営業斡旋 M&A 株式関連コンサルティング たとえば、 ソフトバンクと協働した FinTechレンディングは、利用者は (資料) みずほフィナンシャルグループ作成 スマホで簡単にファイナンスを受けられる仕組みであり、顧客利 み合わせができれば爆発的な威力を発揮する可能性がある。今 便性の向上に貢献する。 また、銀行の審査コストが削減できる可 般、有力なFinTech企業であるメタップス社とのアライアンス強 能性もあり、 いわゆる、社会コストの縮減にもつながる。加えて、従 化に関しプレスリリースしたが、 これは、 〈みずほ〉 のFinTech戦略 来の審査手法では捕捉できなかった新たな利用者を獲得できる の一環である。 ことから、 トップラインの増強にも資する仕掛けであり、今後の成 また、FinTech企業のなかには、 スタートアップ資金ニーズの 旺盛な企業も多い。 〈みずほ〉 では、2016年3月に傘下のグルー 果が期待できる。 一方で、FinTechの本質は、 むしろ、人件費・店舗費・システ プ会社であるみずほキャピタルがPEファンドを立ち上げ、有望な ムコスト等の固定費の削減にあるとみている。たとえば、 ブロック スタートアップ企業に対し、戦略的ベンチャー投資を行っている。 チェーンの発想は、店舗の在り方を根本的に見直すことにつな 加えて、 イノベーション企業支援部がグループのハブとなり、本 がり、人工知能は店頭での対面営業を劇的に変える可能性があ 業である貸出等での資金供給や、IPO支援等をさまざまなグルー る。巨大なクラウドシステムを構築し、 システムコストをシェアでき プ各社の機能をリードして積極的にサポートを実施している (図 れば、多額の固定費を削減できるはずである。 表2) 。 コスト削減の視点でみれば、FinTechの本丸は、決済のイノ ベーションにあるのではないかと考える。 PTは、挑戦者であるという気概を持って、FinTechビジネスに 対峙している。 メンバーに対しては、 「失敗を繰り返してほしい、逞 2016年9月にSIBOS に参加した折、世界中の銀行の決済 しい想像力で新たな可能性を追求することが、 この仕事の醍醐 担当者は、口を揃えて、 「ブロックチェーンは、近い将来、銀行のビ 味である」 と伝えている。PTは、 〈みずほ〉 の金融技術革新の牽 ジネスモデルを革新する」 と語っていた。 ブロックチェーンはいまだ 引車として、柔軟かつ大胆な発想で組織をリードし続ける存在で 発展途上ではあるが、世界中のあらゆるベンダーや金融機関が ありたい。 全力をあげて開発に取り組んでおり、 すでに実用化に向けての萌 * 国際銀行間通信協会 (SWIFT) が主催する世界最大級の国際金融会議 * 芽が見え始めている。 〈みずほ〉 においても決済営業部が中心と なり、 カストディ分野で、富士通とブロックチェーンを活用した証券 決済の実証実験を実施した。 FinTechビジネスをいち早く立ち上げるための戦略のひとつに、 「FinTech企業とのアライアンスにいかにして柔軟に取り組む か」 ということがあげられる。キーワードは、 オープンイノベーション である。銀行の有する、厚い顧客基盤や信用力、金融ノウハウと FinTech企業の持つ革新的な発想や最先端技術は、適切な組 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 0 9 特集:FinTech がつくる新時代 ブロックチェーン・分散型台帳技術 (DLT)の金融機関応用について みずほフィナンシャルグループ インキュベーションPT 上野 育真 ブロックチェーンはビットコインのシステムそのものであり、 ブロック チェーン・DLTとはP2P*1ネットワークの参加者間で権利の移転を相 互認証し、 暗号技術を用いて実質的に改ざん不可能な形で台帳を 共有する技術基盤を指します。技術的には中央集権型合意形成シ 金融機関は足並みを揃えて 「ブ ステム全般をブロックチェーン・DLTに置き換えることが可能であり、 革 ロックチェーン」 「分散型台帳技術 新的かつ金融商品に限定せず応用可能であることからインターネッ ト (Distributed Ledger Technology、 以来の技術革新ともいわれています。 その革新的な特徴は主に 「非 以下DLT) 」 について研究しています。 FinTechの取り組みにおいて本当に 上野 育真 許可を持った参加者同士が同じ台帳を持つものです。 改ざん性」 「可用性」 「低コスト」 などがあげられます。 (1) 非改ざん性 破壊的なイノベーションは 「ブロック ブロックチェーン・DLTの特徴として台帳を分散することで、 関係者 チェーン・DLT」 だと明言する経営者 間で互いに監視し合いながら正しい記録を蓄積することができます。 は少なくありません。経済産業省がま すなわち関係者同士で整合性を確認できる透明性の高い取引が可 とめた報告資料によると、 金融に限ら 能になり、 データの根源をトレースできるようになることから、 改ざんを試 ず流通管理や登記などの応用管理も含めると潜在的な市場規模は 67兆円にまで上ると示しています。本稿はブロックチェーン・DLTがど のような金融機関の業務として適しているかを考察していきます。 みたとしても履歴をたどることで一目瞭然になります。 またビッ トコインのブロックチェーンにおいては、 チェーン上のデータ の連続性の検証や保証に膨大なエネルギー (電力) を使いブロックの 生成を行うProof of Workというコンセンサスアルゴリズム (合意方法) ブロックチェーン・DLTの特徴 が採用されています。 そのため、 改ざんしようと試みても、 乱雑で高度な 2008年11月末にSatoshi Nakamotoを名乗る正体不明の人物が 計算処理をされたコードの改ざんを可能にするスーパーパソコンは存 「Bitcoin : A Peer-to-Peer Electronic Cash System」 の論文を発 在せず、 ビッ トコインのブロックチェーンを改ざんすることは実質不可能 表したことがきっかけで、 ビッ トコインという言葉が世に知られるようにな とまでいわれています。実際2008年に発表されて以来、 ビッ トコインブ りました。 ブロックチェーンとDLTの違いは、 ブロックチェーンは誰でも ロックチェーンが改ざんされた例は過去にありません。 参加できるパブリックの台帳であり、 誰でも取引の事実を確認すること (2) 可用性 が可能であるのに対し、 DLTは分散台帳技術であり、 特性上必ずしも 中央集権型のシステムの場合、 そのシステムに障害が発生した 全ての参加者が同じ台帳を共有する必要がなく、 いわば一部の共有 際、 サーバーが一時的もしくは永久的にダウンし運営を一時中断する 図表1. ブロックチェーン技術を活用したシステム (イメージ) 中央機関を要さない分散型のシステムでは、障害時にも参加者同士が補完し合うため、 より軽量で機動的なシステム開発につながる可能性 参加者 中央機関 現状(中央集権型) 取引データ 必要がありますが、 ブロックチェーン・DLTは全体 としてブロックの認証処理に必要な一定数以 シス 上のノード*2が通常通り起動している限り、 テム障害が発生してもインフラの運営を続行す ることが可能です。 また、 たとえ一部のノードにお いて天災やハッキング等によりデータロスが発生 台帳 しても、 各ノードが同期されたデータを保有してい るため復旧が容易です。 (3) 低コスト ●真正な台帳を持つ中央機関/システムが取引を集中管理 現在中央集権型のシステムは各社が保有し ており、 それぞれが機能拡張やメンテナンス等で ブロックチェーン (分散型) 参加者 中央機関が不要 取引データ 費用を払っています。基盤システムのアプリケー ションメンテナンスやソフトウェア関連の保守費 用も、 各社で分散できればその分各社で持つ維 持費は減ることになります。 ●参加者が台帳を共有し、取引の真正さを互いに検証 (資料) みずほフィナンシャルグループ作成 10 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 しかし、 分散型システム活用によるコスト削減 FinTech がつくる新時代:特集 は、 インフラ構築コストよりもビジネ 図表2. トレードファイナンスでのブロックチェーンの可能性について (Barclaysヒアリング) ス効率化による業務コスト削減 現行スキーム Barclays実験スキーム ⑩資金決済 資金決済 に効果的です。 たとえば、 1つの商 ②L/C発行 品を2者が売買するとして、 従来は ⑧ドキュメントチェック 「モノ」の流れと 「お金」の流れが L/C 通知銀行 各々あり情報を突合するのに時間 ③L/C通知 ⑦貿易書類提出 がかかっていましたが、 分散型のシ L/C 通知銀行 L/C 発行銀行 ①L/C発行依頼 ⑪貿易書類交付 船会社 ④商品船積 ⑥B/L受領 流れが同一のプラッ トフォームで管 SWIFT ⑨貿易書類送付 輸出者 ステムを活用し 「モノ」 と 「お金」の 保険会社 輸入者 ⑫B/L呈示 ⑬商品受領 輸出者 保険会社 ⑤保険証券提出 理できるようになれば、 取引に要す ブロックチェーン L/C B/L Invoice 保険証券 書類をアップロードすると 参加者に共有 L/C 発行銀行 輸入者 船会社 ※ドキュメントチェック・資金決済・商品受け渡しはブロックチェーンの外側で実行 ○ 輸出書類の受け渡しを4時間に短縮 ○ 事務作業の効率化・固定費の削減の可能性 ○ 輸出書類の受け渡しには、 おおよそ10日程度要する ○ 紙面の取り扱いにより、封入・郵送・開封作業発生 る時間を短縮することができ、 さま ざまな固定費の削減にも影響して SWIFT (資料) みずほフィナンシャルグループ作成 きます。 も参加できるネッ トワークのためマネーロンダリングの温床になりがち な点、 また取引者・取引の内容が開示されるためプライバシーが担保 期待されるユースケース ブロックチェーン・DLTの3つの特徴をもとに、 期待されるユースケー できない点など、 個人情報保護法の法律的な観点からも留意が必要 です。 スは、 権利情報や取引の記録を行う業務全般と考えます。 そもそもビッ またP2Pシステムの仕組み上、 各ノードが同じ時間軸でなく、 時差 トコインの記録として始まったブロックチェーンですが、 中央管理者な や回線速度の誤差がある以上、 分散システムではどの情報が正しい しに管理できるシステムのため、 あらゆる記帳を要する取引を管理する かを瞬時に判断することは困難です。 ことが可能になります。 たとえば登記情報、 デジタル著作権管理、 各種証明書など高頻度 終わりに 取引で必要な膨大な計算力を必要としない取引においての活用に 〈みずほ〉 は2015年に世界最大級のブロックチェーンコンソーシア 向いていると考えます。残念ながら現在の技術力ではブロックを生成 ム 「R3」 へ参加し、 ブロックチェーンを活用した国際送金プロセスの効 するスピードが高頻度取引のレベルに追い付かないため、 高速処理 率化検証の実証実験に取り組んでいます。 その他にも、 国内外のベ が求められる決済業務には向いていないものの、 たとえば多くの関係 ンダーやFinTech企業と協業しクロスボーダー証券取引の決済プロ 当事者が介在し、 やり取りが紙ベースとマニュアル作業が多いトレード セス効率化や、 仮想通貨の活用など、 精力的にブロックチェーンの活 ファイナンス業務においては良い事例になると思います。実際、 海外 用方法の検討を進めています (図表3) 。現在では世界の金融機関が 金融機関の多くがトレードファイナンスをモデルとした各種実証実験 それぞれの得意分野でユースケースを考え、 試行錯誤していますが、 を行っており、 2016年9月には英バークレーズ銀行が世界初のブロッ 変化のスピードは速く数年のうちには実用化を開始する金融機関が クチェーンとSWIFTの決済システムを使用しL/C取引を試験的に実 出てくるかもしれません。 オープンイノベーションの考え方に基づき、 各 行、 通常7日から10日要する取引を4時間で完了したとコメントしていま 分野の起業家との接点が増えてきたことで、 〈みずほ〉 社員のテクノロ す (図表2) 。 ジーに対する意識も高まっており、 新しい要望やアイディアが次々と また、 国際貿易取引のように大量のデータや確認事項をクリアにし ていく業務についてブロックチェーン・DLT技術を応用し、 改ざん不能 我々の元に寄せられています。総合金融グループとしての我々の強 みを生かしながら、 ブロックチェーン・DLTを活用した新しい金融取引・ な可用性の高い、 関係者間で共有できる台帳を使用することで、 時間 サービスの創出に取り組んでいきたいと考えています。 とコストを削減し、 金融機関全体の固定費削減に寄与する可能性が *1 P2Pとはpeer to peerの略称で、 対等の者・コンピュータ (peer) 同士が直接情報をや あるのではないかと注目されています。 *2 ノードとは通信ネッ トワークにおける中継点、 分岐点、 端末のこと 問題点・留意点 一方で、 ブロックチェーンを金融機関が導入するためにはいくつか りとりすること 図表3.〈みずほ〉 における実証実験 テーマ 協業ベンダー/業界団体 文書情報・記録の暗号化/共用 Cognizant Technology Solutions、 コグニザントジャパン の課題が残存しています。 たとえば、 ビッ トコインに関しては、 取引成立 シンジケートローン業務 電通国際情報サービス、 カレンシーポート、 日本マイクロ ソフト までに計算処理のための大量のエネルギーと時間を要する点、 誰で クロスボーダー証券決済取引 富士通、 富士通研究所 仮想通貨技術的検証 日本IBM 国際送金 SBIホールディングス、 R3CEV LLC (資料) みずほフィナンシャルグループ作成 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 1 1 特集:FinTech がつくる新時代 〈みずほ〉における人工知能(AI)の 活用事例について ルタイムでオペレーターのパソコン画面に表示させるというものです。 従来のコンピュータは、 「データベースで属性が完全に一致したも ののみを正答として返す」 ことしかできませんでしたが、 自然言語表現 みずほフィナンシャルグループ インキュベーションPT 井原 理博 の解釈の誤りや情報の欠如に耐えられるよう、 得られた回答候補とそ の根拠に基づいて多数の観点から確信度を計算する手法をもった 昨 今、人 工 知 能 (AI:Artificial Watsonにより、 早く、 より正確な回答候補をオペレーターに提示するこ Intelligence) は新聞やテレビで目 とが可能になっています。 また、 Watsonに音声認識技術を組み合わ にしない日はないといっても過言では せたことでオペレーターが会話内容を入力する手間が省け、 相乗的な ないほど世間を賑わせていますが、 今 効果をもたらしました (図表1) 。 もなお、 研究者の間で定義は明確に お客さまの意向を汲み取るAIロボットコンシェルジュ 定まっていません。 これは、 それほど人 2016年5月、 かねてより全国10の支店で働いていた人型ロボッ 工知能という技術が奥深いものであ トPepperにWatsonを連携させ、 より人との会話に近い接客を実現 るということの証左であり、 ある意味、 しました。 活用する側の解釈に委ねられている Watsonの対話支援機能を用いるこ ともいえます。 そこで本稿では、 当グループでの事例に触れながら、 人 とで、 文脈 (現在の話題) を理解しなが 工知能をどのように捉え、 活用しているかについてお話ししたいと思い ら、 お客さまの質問 (反応) に回答する ます。 ことが可能になり、 また、 お客さまの質問 現在の活用状況 を理解するだけでなく、 動的に変化する 井原 理博 外部データ (Webページのテキストなど) 2014年4月にみずほ銀行インキュベーション室が発足して以来、 我々は人工知能を今後の金融サービスを変革する重要なテクノロ を分析し、 自ら何を発話するかを考え構 ジーの1つと考えており、 活用方法を継続的に検討してきました。 築することが可能になることで、 今まで 現在では、 コールセンターでのオペレーターサポートとして人工知能 にないユーザーフレンドリーなロボッ トに を活用しているほか、 ロボッ トとの連携による接客業務、 トレーディング よる接客を実現しています。本取り組み 業務におけるマーケッ トメイク、 株価予測など、 さまざまな業務で活用し は、 これまでにない革新的なサービスを ています。 提供したとして2016年10月に米国の また、 2016年5月には人工知能に特化した東京大学の寄付講座 銀行・金融団体であるBAIから 「最優秀 に寄付をするなど、 産学連携型の人材育成にも取り組んでいます。今 イノベーション賞」 を受賞し、 欧州の銀 回は、 この中から2つの事例をご紹介します。 行・金融団体であるEfmaからも 「Silver 自ら回答候補を導き出す人工知能 Award」 を受賞しました。今後はロボッ ト 2015年2月、 我々はコールセンターに日本I BMのコグニティブ・テク がコンサルティングサービスのサポート ノロジーWatsonを導入しました。具体的には、 お客さまとオペレーター 役として活躍していけるよう、 改良を重 の会話内容を音声認識技術でテキスト化し、 その会話内容をWatson ねていきたいと思います。 人型ロボットPepper (左から) Efma、BAIの受賞トロフィー に入力することで、 お客さまの質問に対する適切な回答候補を、 リア 図表1. Watsonを用いたコールセンターのオペレーター支援システム模式図 お客さま コールセンター ①お客さま 「ATMを探しています」 対話データ (テキスト) 以上の取り組みは全体の一部ですが、 人工知能のビジ オペレーター 支援システム ネス活用アイデアを挙げ始めると枚挙に暇がありません。 音声認識 ただ一方で、過度な期待は形だけのブームを引き起こし、 正常な技術進展を阻害しかねないということは過去を見て ②オペレ-ター 「今どちらにいらっしゃい ますか?」 Watson ③お客さま 「日比谷にいます」 オペレーターによる的確な回答 最後に 会話内容により 自動的に画面の 表示内容が変更 (資料) みずほフィナンシャルグループ作成 12 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89 FAQ公開データ 対応マニュアル 配布資料 Webページ も明らかです。正しい知識を身につけ、 そのうえで、 チャレン ジングな目標に対し、 失敗を恐れず積極的に取り組んでい くことに留意し、 〈みずほ〉 は今後も人工知能の活用を推 進していきます。
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