山口県の地域医療構想 - 一般財団法人 山口経済研究所

report 調査
山口県の地域医療構想
いま、全国の都道府県で地域医療構想を策定
限られた医療資源の中で、医療の提供体制(提
中である。山口県でも今年7月、「山口県地域
供する医療機能のバランス)も、患者(特に高
医療構想」が策定された。
齢者)が適切な医療を選択し、病期やその状態
地域医療構想の中では、各地域における将来
に応じた医療を受けることができるようにして
の医療提供体制の目指すべき姿が示されてい
いかねばならない。そのようにシフトさせてい
る。もちろんその将来の姿は現状と大きく変わ
かなければ、いくら将来的には医療提供量は余
るため、医療を提供する側の病院にとって関わ
ってくるといっても、将来の高齢者の医療需要
りが深いだけでなく、医療を受ける側にとって
には対応できなくなる。
も関わりが深いはずである。
そこで、地域における将来必要な医療供給体
そこで、山口県の地域医療構想とはどのよう
制を的確に掴み、それに向けて、いまから準備
な内容のものか、概要をまとめてみた。
していかねばならない。そのために地域医療構
想が策定されたわけである。
1.なぜ地域医療構想が必要か
なお、構想を策定するにあたっては、目標と
する時期を定めなければ、目指すべき供給体制
●地域医療構想出現の背景
の具体的数値が示せない。地域医療構想では、
山口県はもちろん、日本全体で今後人口が減
それを2025年と定めた。2025年は、いわゆる
少していく。人口が減れば、基本的に患者の数
団塊の世代が全て75歳に達する時期(2025年
も減るわけだから、将来的には現在の医療提供
問題と言われる)であり、医療・介護の需要も
量は余ってくる。
最大化する時期だからである。
一方で、人口は減るけれども高齢化が進む。
高齢者の数(特に75歳以上の人口)は、全体
●医療介護総合確保推進法
の人口が減る中でもこれから15年程度はむし
地域医療構想を策定することは、2014年6月
ろ増えていく。ということは、患者の中で高齢
に成立した「医療介護総合確保推進法」の中で
者の割合がますます高くなる。一方でその他世
位置づけられている。
代の患者は人口減少に伴いどんどん減ってい
同法は、2025年問題へ対応するため、
「効率
く。そうなってくると、医療需要のバランスも
的かつ質の高い医療提供体制の構築」と「地域
変わってくる。比率的に見て、高齢者の医療需
包括ケアシステム構築」などを目指している。
要の割合が高まり、その他世代の医療需要の割
したがって、地域医療構想の策定は、直接的に
合は小さくなる。
は前者を構築するためのものであるが、後者の
であれば、今後の医療は単に量だけの問題で
地域包括ケアシステムの構築(後述)とも連動
はなく、質も大きな問題になってくる。つまり、
しつつ進められていくことになる。
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やまぐち経済月報2016.11
2.2025年を目指した医療提供体制
床なのかはっきりわかるようにした。
そして、このような新たな区分でみたときの
●現在の医療提供体制
現状を把握するため、毎年各病院が自院の病床
地域医療構想の中では、2025年に目指すべき
の区分内訳を報告することとなっている(病床
医療提供体制を示す際に、下表の4区分が用い
機能報告制度)。
られることになった。これまで一般病床と療養
病床の2分類だった部分について、病床機能を
●2025年に目指すべき医療提供体制
区分し直したものである。ざっくり言えば、療
この「現状」に対して、将来の、2025年の医
養病床部分が「慢性期」にほぼ該当し、これま
療提供体制はどうあるべきか。大まかな流れと
で一般病床としてひと括りにされていたものを
しては、2025年の性・年齢階級別人口はどうな
「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」に
るかを推計するなどして医療機能別の医療「需
分けて、どのような状態の患者さん向けの病
要」を想定し、それに対応するための医療機能
別の必要病床数を割り出した。細かい計算の仕
方は、国が定めたものがあって、全国同一条件
で計算している。
なお、地域によって人口減少スピードも年齢
構成も違うわけだから、上記のような2025年
の医療機能別必要病床数の割り出しは、県単位
のような広い括りではなく、県内を8区分した
やまぐち経済月報2016.11
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report
二次医療圏(一般的な入院医療が完結できる単
度急性期病床も足りなくなる。これについては、
位として想定されたもの。前頁地図の色分け参
基本は急性期の位置付けながらも高度急性期
照)ごとに計算している。
にも十分対応できるように医療機関が変化し
その結果が下表。上の段が現状で、赤書きの
ていくことが求められるだろうし、高度急性期
中段が2025年に必要な病床数。山口県全体で
は日常的な医療機能ではないことも勘案し、他
みると、まず、回復期病床が不足している。ま
圏域の高度急性期機能とのスムーズな連携を
た、人口減少に伴い高度急性期や急性期(特に
図っていく、というのも地域として一つの方向
急性期)の病床は大きく余ってくる。そこで病
性となるだろう。
院とすれば、高度急性期、急性期の病床を集約
化して回復期の病床に転換するというのが一つ
●慢性期病床と地域包括ケアシステム
の方向性となる。
さて、2025年の必要病床数は、現在よりも大
地域別に見ても、基本的には傾向は同じ。た
きく減っている。県全体では6,384床の減少で、
だ、柳井・長門・萩の二次医療圏においては高
これは現在の病床数の29%に相当する。このよ
現状の病床数と2025年の必要病床数
構想区域(二次医療圏)
岩
国
井
506
必 要 病 床 数 推 計 b
131
現 状 と の 差 ( a − b )
375
0
415
必 要 病 床 数 推 計 b
山
防
南
口・
府
宇 部・
小 野 田
下
関
門
県
12
計
休棟等
未選択
193
732
0
419
446
505
△ 26
△ 253
227
32
1,566
32
合計
19
1,843
-
-
1,501
0
19
342
0
2,045
250
229
563
-
-
1,091
165
△ 197
1,003
32
0
954
H 27 病 床 機 能 報 告 a
463
1,128
394
1,316
7
14
3,322
必 要 病 床 数 推 計 b
223
745
842
737
-
-
2,547
現 状 と の 差 ( a − b )
240
383
△ 448
579
7
14
775
H 27 病 床 機 能 報 告 a
547
1,470
399
1,286
67
28
3,797
必 要 病 床 数 推 計 b
275
974
899
860
-
-
3,008
現 状 と の 差 ( a − b )
272
496
△ 500
426
67
28
789
H 27 病 床 機 能 報 告 a
742
1,661
292
1,882
60
0
4,637
必 要 病 床 数 推 計 b
328
937
879
1,064
-
-
3,208
現 状 と の 差 ( a − b )
414
724
△ 587
818
60
0
1,429
H 27 病 床 機 能 報 告 a
370
1,517
755
2,139
257
51
5,089
必 要 病 床 数 推 計 b
264
856
1,067
1,295
-
-
3,482
現 状 と の 差 ( a − b )
106
661
△ 312
844
257
51
1,607
0
397
0
243
0
0
640
必 要 病 床 数 推 計 b
29
149
131
128
-
-
437
△ 29
248
△ 131
115
0
0
203
H 27 病 床 機 能 報 告 a
0
359
19
522
0
0
900
必 要 病 床 数 推 計 b
24
178
181
232
-
-
615
現 状 と の 差 ( a − b )
△ 24
181
△ 162
290
0
0
285
H 27 病 床 機 能 報 告 a
2,628
7,340
2,084
9,686
423
112
22,273
必 要 病 床 数 推 計 b
1,323
4,508
4,674
5,384
-
-
15,889
現 状 と の 差 ( a − b )
1,305
2,832
△ 2,590
4,302
423
112
6,384
現 状 と の 差 ( a − b )
萩
慢性期
49
H 27 病 床 機 能 報 告 a
長
393
回復期
△ 49
現 状 と の 差 ( a − b )
周
急性期
H 27 病 床 機 能 報 告 a
H 27 病 床 機 能 報 告 a
柳
高度急性期
やまぐち経済月報2016.11
うに大きな減少となっているのは、表にあるよ
く「地域」(そこでは医療・介護がネットワー
うに、現在の療養病床に相当する「慢性期」の
クされている)で過ごしてもらおうとしている
必要病床数が大幅に減少(44%減)することが
わけだ。自宅やサービス付き高齢者住宅などで
見込まれているからだ。一般病床に相当する
的確に医療・介護が受けられるのであれば、病
「高度急性期」、「急性期」
、
「回復期」の必要病
院に入院しているよりも望ましいはず。また、
床数をトータルでみると、この間人口そのもの
自宅等で医療や介護を受けることが困難な方の
が減少することを考慮すれば大きな減少では
ための「施設」
(ここでの生活も、入院に対す
ない。
る意味では在宅となる)にしても、容体急変リ
山口県の療養病床は、いくら全国に先駆けて
スクなどに応じた多様な形態の介護付き施設
高齢化が進んでいる県だとしても、現状多いの
類型が例えば病院内などに新たに出来ていけ
は確かである(下図参照)。そして実は、この
ば、いわゆる病棟に入院しているよりも望まし
療養病床は転換(特に介護型療養病床について
いはずである。療養病床の方たち全員に自宅
は2017年末に廃止)されていく方向にある。
に帰ってもらうことを想定するのは現実的で
現在の療養病床の患者さんには、本来なら長
はないので、移行先としてのそういう新たな施
期にわたる入院の形をとらなくても良い方が
設類型も、いま国で検討されている。
入院されている可能性がある。もちろん医療を
そういうことを前提にした上での、療養病床
必要とされているのは確かだか、その医療は入
の転換方針である。もちろん長期療養が必要な
院という形で提供されなくても、別の形でも受
難病患者さんなどに対応するため、医療機能区
けることができるはずである。
分としての慢性期病床は引き続き残る。ただし、
方向性としては、大きくいえば、今後は地域
今より大幅減少にはなる、ということである。
包括ケアシステムの中にシフトすることにな
地域医療構想で2025年の必要病床数が今よ
る。地域包括ケアシステムとは、医療、介護、
り大きく減るとされているのは、以上の前提に
住まい、予防、生活支援サービスが身近な地域
立っている。そもそも地域医療構想は、前述の
で包括的に確保される体制のことであり、2025
医療介護総合確保推進法(2025年に向けた医療
年までの構築を目指している。
「病院」ではな
提供体制と地域包括ケアシステムの構築など
を目指す)に基づいて策定され
るものである。今後地域包括ケ
アシステムが充実していき、ま
た療養病棟の患者さんの行き先
の選択肢のひとつとして前記の
新たな施設類型なども実現して
いくのでなければ、要は、受け
皿が確保されていなければ、病
院の病床のみを一方的に減少さ
せていくことはできないはずで
ある。
やまぐち経済月報2016.11
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report
3.目指すべき医療提供体制を実現
またこの調整会議では、病床機能のことだけ
するために
ではなく、広い意味での「在宅医療」(自宅だ
けでなく、施設等も含む)の推進についても協
●地域医療構想調整会議の設置
議される。地域包括ケアシステムの構築が進ん
前述の2025年の必要病床内訳は当然、2025
でいくことがこの構想の前提であり、そのため
年に向けての目標値であり、2025年に向けた変
の医療機関としての関わり方も協議していか
革を考える際の指標のようなものである。決定
ねばならない。また前述の療養病床の新たな受
事項として医療機関に対して求めるものでは
け皿施設の整備に当たっては、医療機関として
ない。直接的には、医療機関相互の協議と医療
直接これに関わることになる可能性が高い。
機関の自主的な取り組みにより構想が進めら
れていくことになる。
●調整会議はロングランで開催
いま、構想区域(二次医療圏)ごとに、医療
もちろんすぐには結論が出る問題ではない。
関係者・保険者その他の関係者からなる「地域
医療介護総合確保推進法で目指している姿が
医療構想調整会議」が開催されており、協議が
具体的にどのように進んでいくのかもっと見
進められている。医療機関としては、こういう
極めていかねばならないし、例えば今後これに
場で自院の医療機能の役割分担を見定めたり
からめて診療報酬・介護報酬的なものがどのよ
(これには病床機能の転換を伴う可能性もあ
うな体系になっていくのかなど、医療機関とし
る)、他機関との連携などを模索していくこと
てはまだまだ不明な部分も多い。短期間に方向
になる。
性を出すことは困難だ。
地域包括ケアシステムの姿(平成28年版厚生労働白書より)
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やまぐち経済月報2016.11
とはいえ、変革には時間を要する。急には変
意味では、この構想について直接的に対象とな
われない。一方で団塊の世代が全て75歳に達
る医療機関は、病床(入院施設)を抱えた、い
す る2025年 と は、 そ れ ほ ど 遠 い 先 で も な い。
わゆる「病院」ということになる。医療機関に
だからいまの段階から情報の共有化を図りつ
は「病院」のほか、病床を持たない(あったと
つ協議を進めていかなければ間に合わない。全
しても19床以下の)いわゆる「診療所」があ
国的にいま地域医療構想が策定されつつある
る(
「病院」は「〇〇病院」などの名称だが、
「診
のも、このような危機感に基づいているはずで
療所」は一般に、「〇〇医院」とか「〇〇クリ
ある。
ニック」などの名称になっている)。診療所に
したがって、この調整会議は、何回か集中的
とっては、地域医療構想そのものには直接的な
に開催して単年度で終わるような会議ではな
関係はないようでも、医療介護総合確保推進法
い。長期にわたって、毎年複数回開催され続け
で進められようとしている制度構築全体の中
る。毎年、病床機能報告制度により最新の医療
では、大きな関わりが出てくるはずだ。いわば
機能別病床数も出てくるので、これと2025年
「病院完結型」の医療から「地域完結型」の医
の必要病床数との比較などもしつつ、長期にわ
療に転換されようとしているわけだから、診療
たって協議が進められていくことになる。この
所は「かかりつけ医」として、介護部門と連携
ようなことから、医療機関がこの構想に向けて
しながら、また「病院」とも連携しながら、全
具体的な取り組みを本格化させるのも、もう少
体のネットワークの中で機能を果たしていく
し先の時期になるものと思われる。
ことになる。広い意味での「在宅医療」に向け
た動きの中では、診療所がむしろキーパーソン
●地域医療介護総合確保基金
になってくるかもしれない。地域医療構想は、
なお、医療介護総合確保推進法に基づき、各
そういった大きな流れの一環として位置付け
都道府県には「地域医療介護総合確保基金」が
られるものである。
設けられている。地域医療構想の実現に向けて
(宗近 孝憲)
実際に医療機関等が取り組みを始めるときに
は、この基金からも支援が受けられる仕組みと
なっている。
4.おわりに
以上のように、地域医療構想は、医療介護総
合確保推進法に基づき、地域における医療提供
体制の将来のあるべき姿を示し、地域にふさわ
しいバランスのとれた医療機能の分化と推進
を図ろうとしているものである。
なお、地域医療構想で示されている医療提供
体制は、機能別病床が基準になっている。その
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