各講座講義概要 - 東京言語研究所

2017 年度 理論言語学講座 概要
前期 2017 年 5 月 8 日~ 全 10 回(祝祭日の講義はありません)
時間:19:00-20:40(100 分)
月曜日
右方移動現象から言語の構造を考える
①生成文法Ⅱ
髙橋 将一 (たかはし・しょういち)
青山学院大学文学部英米文学科准教授
【生成文法】
本講義では、右方移動を手掛かりとして私たちの言語能力について考えていきます。まず、
右方移動が関わっていると思われる現象を概観し、そこで観察される特徴や制約を考察しま
す。その後、外置(extraposition)現象に焦点を当て、外置された要素の構造的位置、外置
された要素の違いによって生じる特徴的な振る舞い、外置に対する制約などを取り上げ、言
語理論に対する理解を深めていきます。このような講義内容を予定しておりますが、可能な
限り受講生の興味、関心を踏まえていきたいと思っています。
【テキスト・参考文献】特に使用しませんが、関連する文献については、講義の中で紹介し
ます。
【この科目で前提とされる知識など】
生成文法の入門書の内容程度の知識を前提とします。
【プロフィール】
青山学院大学文学部英米文学科准教授
統語論、意味論、統語論と意味論のインターフェイス
2006 年マサチューセッツ工科大学大学院博士課程言語学・哲学学科修了、Ph.D.
主要論文:The hidden side of clausal complements. Natural Language & Linguistic Theory
28:343-380、More than two quantifiers. Natural Language Semantics 14:57-101 など。
1
言語哲学の主要な問題や概念を具体例の分析を通して学ぶ
②言語哲学
峯島 宏次(みねしま・こうじ)
お茶の水女子大学 プロジェクト教育院 特任講師
【言語学特殊講義】
言語哲学は、現代の意味論・語用論、またその背景にある現代論理学と深く結びついた分野
です。言語哲学と現代論理学の誕生のひとつの端緒ともなった問題を日本語の例に基づいて
紹介しましょう。次の文を見てください。
(1) 私のことを好きな人がいる。
この文は、下線部の「私のことを好きな人」という表現によってある人物を指示し、その人
物について何かを述べている文だと考えられるかもしれません。しかし、その種の分析に問
題があることは、(1)の否定形を考えてみると明らかになります。
(2) 私のことを好きな人はいない。
この場合、下線部の「私のことを好きな人」が何らかの人物を指していると考えるのは奇妙
.....
です。(2)はそのような人物がまさに存在しないことを述べる文だからです。では、(1)や(2)
のような存在文の正しい分析はどのようなものになるでしょうか。哲学者・論理学者の G. フ
レーゲは、自らが創案した現代論理学の考え方に基づいて、この問題にあざやかな解答を与
えました。現在では、フレーゲに始まる言語分析の手法は、言語哲学のみならず意味論・語
用論にまで及ぶ、きわめて魅力的な学際的分野に成長しています。もちろん、存在文の問題
は考えていくともっとずっと複雑です。例えば、
「浦島太郎は存在しない」というフィクショ
ンに登場する固有名を含む文はどのように分析すべきでしょうか。言語哲学の問題の多くは、
今もなお、論争を引き起こし、言語分析の新しいアイディアの源泉でありつづけています。
この講義では、指示と量化、固有名と記述、様相と命題的態度、発話解釈の文脈依存性と
いった、言語哲学の主要な問題や概念を、こうした自然言語の具体例の分析を通して学びま
..
..
す。これは言語哲学や意味論の分野で現在標準的な考え方の基本を学ぶと同時に、その基礎
を問い直す試みでもあります。教科書が簡単に片付けてしまう問題を、できるだけ丁寧に考
え直してみましょう。
【テキスト・参考文献】
特定の教科書は使用せず、ハンドアウトを配布します。参考文献は随時指示します。
【この課目で前提とされる知識など】
言語学や哲学に関する予備知識は必要としません。幅広い関心からの参加を歓迎します。
【プロフィール】
お茶の水女子大学 プロジェクト教育院 特任講師
言語哲学・意味論・語用論・論理学
2
2008 年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程(哲学専攻)単位取得退学、博士(哲学)
。
『名詞句の世界』
(共著,ひつじ書房,2013 年)
,
『岩波講座哲学 第三巻 言語/思考の哲学』
(共著,岩波書店,2009 年)
,
『論理の哲学』
(共著,講談社,2005 年),W.ライカン『言語哲
学——入門から中級まで』
(共訳,勁草書房,2005 年)など。
火曜日
<日本語らしさ>を考える
③認知言語学Ⅱa
池上 嘉彦(いけがみ・よしひこ)
東京大学名誉教授
【認知言語学】
(注1)
下記の書物
をテキストとして、日本語の文法・語法に関する諸問題をとりあげ、認知
言語学的に考えるとはどういうことかを学ぶ。ある文法形式なり、語法なりの使用例を蒐集、
検討し、そこに共通の意味的特徴を求めて定義するという客観主義的な試みの限界(注2)を越
え、言語における<意味>とは、話者がある事態を言語化するのに先立って主体的に(注3)行
なう<事態把握>と呼ばれる認知的な営みを通して創出されるものという重要な発想転換に
注目する。どの言語の話者でも、一つの事態をいくつもの異なるやり方で把握する能力を有
するという普遍的な側面と、異なる言語の話者の間では、どういう把握の仕方が好まれるか
が異なりうるという相対的な側面のあることに留意しつつ、<日本語らしさ>とはどういう
ことかを探る。テキストの各課は、1.これまで、2.しかし、3.実は、4.さらに、と
いう構成になっており、話者は取り上げられる問題点について従来の使い方にまず接した上
で、それとの対比で認知言語学的な扱い方がどのようなことかを学ぶことになる。認知言語
学の予備知識は特に必要とするものではない。
【テキスト】近藤安月子・姫野伴子編著『日本語文法の論点43』
(研究社、2012).
【参考書】池上嘉彦・守屋三千代編著『自然な日本語を教えるために―認知言語学をふまえ
て』
(ひつじ書房、2009)関連する研究論文等はその都度コピーして配布する。
(注1)
本書は、次のように題された6つの章(各章は4~10個の課から成る)で構成されて
いる:
第1章 発話の原点
第4章 情報構造
第2章 空間・時間の把握
第5章 事態への態度
第3章 現場性
第6章 聞き手への態度
章立てからは、文法項目、語彙項目など、使われる言語の側からの分類ではなくて、発
話の場において言語の使用者として活動する話者の側に焦点を当てたものになっている
ことが読みとれる。
(注2)
伝統的な扱いでは、例えば「ノダ」の用法として<断定>、<説明>、<命令>といっ
た項目が列挙されていることがよくある。記述ということでは誤りではなかろうが、日
3
本語非母語話者にこれを「ノダ」の定義として教えたからといって正しい使い方ができ
るようになるとは、とても考えられない。必要なのは、話者がどのような事態把握の仕
方をする際に「ノダ」の使用に至るのか、という手続き的(procedural)な過程に焦点
を当てた説明である。まず、典型的(prototypical)と目される用法に注目する。そこ
では、ほぼ次のような過程の起こっていることが確認できよう:(i) ある予想外の事態
への気づき〔例えば、道が濡れている〕→ (ii) 自らへの問いかけ〔なぜか〕→ (iii)
ある経験則の想起〔雨が降れば、道が濡れる〕→ (iv) その経験則に基づく推論で結論
へ〔雨が降ったのだ〕
。その上で、その典型的な用法がどのような認知過程を経て他の用
法へと派生、展開していったかについての説明へと進むことになろう。
ここまで考えてくると、
「ノダ」の使用を支えているのは「仮説的推論」
(abduction)
と呼ばれる認知過程であることが分かる。これは「演繹」(deduction)と「帰納」
(induction)と並ぶ並ぶもう一つの推論形式とされる。
(ただし、
「仮説的推論」で依拠
される経験則はあくまで一つの「仮説」であり、必ずしも問題の場合に妥当するとは限
らない。
(例えば道が濡れているのは降雨のためではなく、誰かが水をまいたのかもしれ
ない。
)とはいえ、それは人間が自らの周りの世界を理解し、知識を広げていくのに欠く
ことのできない認知的な活動なのである。
(注3)
話者にとっては、発話に際して、ある事態をどのように認知的に処理するかに関しては、
事実上無限の選択肢がありうるはずである。話者はその中から場面を考慮しつつ、自ら
の発話の意図にもっともよく適うものを選ぶことになる。極めて短い時間のうちに自ら
の発話の意図との関係で何が関連性(relevance)があり、何がないかを自らが判断し、
それを踏まえて言語化へと進むのである。話者は言語の「規則」に支配されるままに振
る舞うだけといったような存在ではない。自らの立場から自らの責任において判断する
という意味で、話者はすぐれた意味で<主体的>(suvjective)に振る舞う存在なので
ある。
【プロフィール】
東京大学名誉教授、日本認知言語学会名誉会長
東京大学で英語英文学(B.A., M.A.)、Yale 大学大学院で言語学(M.Phil.,Ph.D.)を専攻。イン
ディアナ大学、ミュンヘン大学、ベルリン自由大学、チュービンゲン大学、北京日本学研究センター、などで
客員教授。著書:
『英詩の文法』
、
『意味論』
、
『
「する」と「なる」の言語学』
、
『ことばの詩学』
、
『詩学と文化記号論』
、
『記号論への招待』
、
『<英文法>を考える』
、
『日本語と日本語論』
、
『自
然と文化の記号論』など。
4
音韻論の観点から日本語と英語の共通点を探る
④日英語音韻論
窪薗 晴夫(くぼぞの・はるお)
国立国語研究所教授
【音韻論】
日本語と英語の音韻構造の異同を音節構造、音節量、アクセント、異化現象の視点から考
察する。音節構造については、母音連続(hiatus)や尾子音を避けるために起こる母音脱落や
子音挿入、母音融合などの現象を分析し、有標な音節構造を避けるために日英語に共通した
現象が観察されることを指摘する。音節量については超重音節(3モーラ音節)を避けよう
とする原理が日英語に共通して働いている一方で、その具現方法が言語間で大きく異なるこ
とを指摘する。
アクセントはおもに単純名詞アクセント、複合語アクセント、頭文字語アクセントの3つを
中心に、日英語がどのような規則に支配されているか、両言語の間にどのような違いが見ら
れるか、なぜそのような違いが現れるかを分析する。異化現象としては連濁にかかるライマ
ンの法則を中心にして、日英語にどのような現象が見られるかを考察する。
できるだけ日英語以外の言語にも目配りして、両言語の研究が一般言語学にどのように貢献
できるかということも検討したい。
【テキスト・参考文献】
窪薗晴夫著『音声学・音韻論』
(くろしお出版, 1998)
。
【この課目で前提とされる知識など】
言語学の基礎知識があれば、音韻論の専門知識は必須ではない。日本語教員と英語教員はも
ちろんのこと、日本語以外の言語を専門とする人の受講も歓迎する。
【プロフィール】
国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授
音韻論、音声学
1986 年英国エジンバラ大学大学院(言語学)修了, Ph.D.(1988 年)。一般言語学や言語類型
論、音韻理論の視点から日本語の音韻構造と音韻構造の普遍性・多様性を研究している。主
な著書として The Organization of Japanese Prosody(くろしお出版, 1993)
、
『語形成と音
韻構造』(くろしお出版, 1995)、『日本語の音声』(岩波書店, 1999)、『アクセントの法則』
(岩波書店, 2006)
、
『数字とことばの不思議な話』
(岩波書店, 2011)
。
5
水曜日
言語の現実に向きあうことから考える「言語とはなにか」
⑤社会言語学
嶋田 珠巳(しまだ・たまみ)
明海大学准教授
【社会言語学】
社会言語学の重要な基礎を築いた William Labov (1972) に「私は長年 sociolinguistics
という用語に抵抗してきた。社会が関係しないで成功している言語理論や実践があるという
ことを暗に意味しているから」ということばがあります。linguistics は social であって初
めて成りたつものだから、わざわざ socio-だなんて邪魔っけだという思考です。言語が人の
話すものである以上、そして人が社会的な存在である以上、言語の性質を明らかにする言語
学は自明のこととして「社会 socio-」を内包しているはずです。
たしかに、
「社会」をなくしては、人間の言語活動は理解し得ません。では、その「社会」
は、言語学にどのような視点や理解を与え、さらにそれを言語理論にどのように組み込むこ
とが可能でしょうか。社会言語学とよばれる学問領域において諸々の興味深い研究がなされ
ている一方で、その理論的整備はまだ開発途上にあり、それだけに多くの可能性が開けてい
ます。
本講義においては、はじめに、とくにことばのバリエーションを中心に、いくつかの研究
を参照しながら社会言語学の基本的な考え方を紹介します。つぎに、具体的な実践として、
本講座担当者が取り組んできたアイルランドの事例をもとに、言語交替、言語接触、接触に
よる言語変化、言語政策、言語教育とコミュニティなどについて考察し、最後に、社会言語
学の理論的可能性を検討します。
社会言語学の魅力は、トピックが身近にある親しみやすさと言語の現実にしっかり向き合
おうとする誠実さにあるといえるかもしれません。ひろく「社会」にかかわる言語の現象を
通して「言語とはなにか」を探究していきます。
【プロフィール】
明海大学外国語学部准教授。
社会言語学、言語接触、アイルランド英語。
2007 年京都大学大学院文学研究科行動文化学専攻言語学専修博士後期課程修了。
博士
(文学)
。
山形大学人文学部准教授などを経て、2014 年 4 月より現職。著書に、
『英語という選択—アイ
ルランドの今』
(岩波書店 2016 年)
、English in Ireland: Beyond Similarities(溪水社 2010
年)
、共編著に『英語の学び方』
(ひつじ書房 2016 年)
。主な論文として “Speakers' awareness
and the use of do be vs. be after in Hiberno-English”, World Englishes 35, 2016 年、
“Morphosyntactic features in flux: Awareness of ‘Irishness’ and ‘Standard’ in
Hiberno-English speakers”, Arbbeiten aus Anglistik und Amerikanistik 40, 2015 年、
“The do be form in southwest Hiberno-English and its linguistic enquiries”
『東京大
学言語学論集』第 33 号熊本裕先生退職記念号, 2013 年など。
6
文に述語があるのは何故かを根源的に考える
⑥文と述語
尾上 圭介(おのえ・けいすけ)
東京大学名誉教授
【日本語文法理論】
○なぜ、述語を持つ文(述定文)と持たない文(名詞一語文などの非述定文)とがあるのか。
両者がともに文であると言えるのはなぜか。そもそも、文とは何か。言語活動の単位か、意
味の単位か。
名詞一語文などの非述定文への関心が欧米の言語学でも高まってきているが、述定文と非
述定文との文成立原理の違いが鋭く意識されたのは、およそ 100 年前わが日本語学(国語学)
においてである(山田文法の喚体句と述体句)
。
○「文の意味が成立するのは述語においてである」という感覚はどうして発生するのか。そ
れは(述語が必ず文末に位置する)日本語だけの感覚か、外国語でもそうなのか。
○日本語では動詞や繋辞(ダ・デアルなど。英語で言えば be)のほかに形容詞も述語になる
が、英語などではそうではない。一体、どういうことか。
○歩いタ、歩かナイ、歩こウのような語尾(助動詞と呼ばれたりする)は動詞述語だけのも
のだが、大きいラシイ、大きいヨウダ、大きいダロウのような語尾形式は形容詞述語にも続
く。どうしてそうなるのか。
○モダリティというのは、述定文の述語の一面か〔A 説〕、(非述定文も含む)すべての文の
意味の一面か〔B 説〕
。終助詞に代表されるような対聞き手の主観性は、欧米の言語学ではモ
ダリティとは呼ばれない。日本語学(の一部、B 説)と言語学(および日本語学の一部、A 説)
とでモダリティ概念がそんなに違っていてよいのか。なぜそんな違いが発生したのか。
○モダリティとテンスとはどういう関係にあるのか。異次元で重層的なのか(B 説)
、同一次
元にあるのか(A 説)
。
○そもそも、述語にモダリティ、テンスというカテゴリーが存立するのは何故か。
●そのような問題を統一的に理解するために、文に主語と述語があるのはなぜかということ
について、認識の側面と存在の側面から考えていく。
「なぜそうあるのか」を根源的に問うと
ころに日本語学(国語学)の真骨頂がある。
【テキスト・参考文献】講義理解のために必要となる文法事実や先行研究は、必要に応じて
資料を配りつつ講義の中で説明する。参考文献は、授業の中でそのつど指示する。
【この課目で前提とされる知識など】
予備知識は特に必要ない。好奇心さえあれば。
7
【プロフィール】
大阪市の生まれ。博士(文学)
。専攻は、文法論、意味論、文法史、および「大阪のことば
と文化」
。日本笑い学会理事。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。著書に、
『文法
と意味Ⅰ』
(くろしお出版・2001)
、
『大阪ことば学』
(創元社・1999、岩波現代文庫・
2010)
、『朝倉日本語講座第6巻・文法Ⅱ』
(編著、朝倉書店・2004)
、日本語文法学
会編『日本語文法事典』
(共編、大修館書店・2014)
、
『講座・言語研究の革新と継承・文
法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』
(編著、ひつじ書房、2017近刊)
木曜日
音声の多様性とその背後にある仕組みの整然さに驚く
⑦音声学 a
斎藤 純男(さいとう・よしお)
東京学芸大学教授
【音声学】
人間が言葉を話しているときに発する音を音声といいます。世界には何千もの言語が話され
ており、その音声は驚くほど多様です。しかし、人間が音声を発するために使用する器官は
同じなので、背後にある仕組みは共通しています。
この講義では、人間が使用する言語音の全体像をとらえると同時に、個々の音について特
にその産出の仕組みに重点をおいて学びます。さまざまな音を実際に発音する練習も行ない
ますが、音声そのものを理解することが中心となります。
【テキスト・参考文献】
講義の際に指示します。(ウェブサイト含)
【この課目で前提とされる知識など】
復習にきちんと時間を取れる人であれば、予備知識は必要ありません。
【プロフィール】
東京学芸大学教授
音声学、アルタイ言語学
著書:『日本語音声学入門』(三省堂、1997)、『コンピュータ音声学』(分担執筆、お
うふう、2001)、『朝倉日本語講座3 音声・音韻』(分担執筆、朝倉書店、2003)、『新
版 日本語教育事典』(分担執筆、大修館書店、2005)、『言語学入門』(三省堂、2010)
、
『音声学基本事典』(共編著、勉誠出版、2011)、『明解言語学辞典』(共編著、三省堂、
2015)、他
8
人間の言語知識とはどのような性質をもったものであるのかについて理解を深める
⑧生成文法Ⅰa(入門)
今西 典子(いまにし・のりこ)
東京大学教授(2017 年 3 月まで)
【生成文法入門】
「生成文法」では, たとえば日本語を母語とする人の脳内には日本語の知識(日本語文法)
が蓄えられており、無意識にそれを使ってさまざまな言語活動を行っていると考えます。本
コースでは、このような生成文法の基本的な考え方について理解を深めます。主として、英
語と日本語について、語構造と節構造、移動現象、照応や削除現象、数量詞や否定辞の作用
域にかかわる現象などの具体的な言語事象をとりあげ、普遍文法(UG)および個別文法に係
る基本概念について概観しながら、生成文法理論による言語事象の記述および説明について
学びます。授業は、講義・セミナー形式で行います。
【テキスト・参考文献】参考資料は適宜配布し、随時参考文献等を紹介します。
【この課目で前提とされる知識など】
受講には、生成文法理論に関する予備知識は特に必要としませんが、本講座の言語学入門
コースに相当する知識があれば、より理解が深められます。
【プロフィール】
東京大学大学院人文社会系研究科教授(2017 年 3 月まで)
理論言語学・英語学(生成文法 (統語論・意味論),言語獲得理論)
1977 年東京大学大学院人文科学研究科英語英米文学専門課程(博士課程)単位収得退学
『照応と削除』(共著, 大修館書店,1990),『言語研究入門:生成文法理論を学ぶ人のために』
(共著,研究社、2002)『言語の獲得と喪失』(共著,岩波書店,2005)『はじめて学ぶ言語学』
(共著、ミネルヴァ書房、2009)など。
9
金曜日
静態的・出力説的な文法観に対する動態的・過程説的な文法観の必要性を示す
⑨文法原論
梶田 優(かじた・まさる)
上智大学名誉教授
【言語学特殊研究】
最近数年間の理論言語学研究の実質的な部分を整理、吸収しつつ、動的文法理論の構築を
進める。経験的基盤の一部として、個別言語研究、言語類型論、通時言語学、発達言語心理
学、神経言語学などの成果を援用する。本年度も引き続き以下の諸点に比較的多くの時間を
あてる予定。
(1)言語類型論からの豊富な資料を真に活用するためには、静態的・出力説的
な一般文法理論に代えて、動態的・過程説的な一般文法理論が必要になることを示す。
(2)
述語構造、論理構造、情報構造、発話行為の四者が統語形式への写像においてどのように影
響し合い、どのような言語間のヴァリエイションをもたらすか、その動態の解明を進める。
(3)
「部分から全体へ」と「全体から部分へ」
、
「末端から中央へ」と「中央から末端へ」と
いう二系列の、それぞれ両方向性の情報の流れを、矛盾なく、しかも生成能力の過不足なく
統合するには、どのような言語モデルが必要か。そして静態的・出力説的な一般文法理論の
枠内でそのようなモデルを想定することは可能か。
(4)即座の行動を規定するオンラインの
情報処理と、長期記憶の形成につながるオフラインの情報処理が、文法の構造にそれぞれど
のように反映しているか、動的な視点から考察する。認知心理学、比較動物学からの示唆も
参考にする。
【テキスト・参考文献】
参考文献については講義中に紹介する。
【この課目で前提とされる知識など】
授業は講義形式。
「生成文法入門」程度の予備知識が望ましいが、トピックごとに基礎を
簡単に復習してから話を進めるので、入門未修者も(面接ガイダンスのうえ)受講可。
【プロフィール】
上智大学名誉教授 英語学、言語学
1967 年プリンストン大学 Ph. D.(言語学)。東京教育大学、東京学芸大学、上智大学で英語
学、言語学を担当。
『文法論Ⅱ』
(共著, 大修館, 1974)
、
「生成文法の思考法(1)-(48)」
(
『英
語青年』, 研究社, 1977-1981)など。
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現代日本語を昔の日本語から照らしだす
⑩歴史的に見た日本語
川村 大(かわむら・ふとし)
東京外国語大学教授
【史的言語学】
五十音図のヤ行・ワ行に空き間があるのはなぜか。カ行音/ガ行音の対立と、ハ行音/バ
行音の対立は相当様子が違うが、それはなぜか。日本の漢字にはなぜいくつも読み方がある
のか。動詞の活用表では同じ形をなぜわざわざ「終止形」と「連体形」に分けているのか。
「~する●にとどまる」
「~する●にしたがって」の「●」には「の」か「こと」か何かが必
要そうだが、それが無くてよいのはなぜか。
……非母語話者を相手にする日本語教師はもちろ
ん、中学・高校の国語の教師であっても、どこかでこのような質問に出会うことになるだろ
う。一見瑣末あるいは素朴にも見えるこうした質問を発するのは、言語に対する勘の鋭い、
そして多分意欲的な学習者であり、こうした質問にこそしっかり答えたいところである。
この講義では音韻・語彙・文法にわたる日本語史上の話題をいくつか取り上げて概説する
が、その際2つの問題意識を大事にしたい。すなわち、
「現代語(共通語)はなぜこのように
あるのか」
「現代語の在りようが唯一の日本語の在り方か」である。言わば、日本語史の諸事
実から現代語を照らし出し、現代語を相対化しよう、というのがこの講義の姿勢である。
目下次のような話題を取り上げる予定である(変更の可能性がある)
:〇ア・ヤ・ワ行音の
変遷
〇ハ行音の変遷
〇漢字音の歴史(語彙史として) 〇漢語の増加と定着 〇準体句
の衰退と準体助詞の成立
〇連体形終止の一般化(終止形と連体形の合一) 〇係り結びの
衰退 〇喚体の衰退 〇述定形式の変遷 〇授受表現の発達
【参考図書】
沖森卓也編『日本語史概説』
(朝倉書店)
、鈴木一彦・林巨樹監修『概説日本語学 改訂版』
(明治書院)
、高山善行ほか『ガイドブック日本語文法史』
(ひつじ書房)等。
【この課目で前提とされる知識など】
日本語学・言語学の入門程度の知識が必要である。古文の知識は高校で教わる程度で良い。
事前に勉強したい人は、上記の主要参考図書をはじめ、日本語学・日本語史の概説書を読む
とよい。
【プロフィール】
川村大(かわむら・ふとし)
東京外国語大学大学院教授
国語学(文法、文法論)
。
1990 年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(文学)
。
『ラル形述語文の研究』
(くろしお出版、2012)
、
「動詞ラル形述語文と無意志自動詞述語文と
の連続・不連続について」(
『国語と国文学』89 巻 11 号、2012)
「ラレル形述語文における自
発と可能――古代語からわかること――」
(
『日本語学』32 巻 12 号、2013)など。
11
夏期集中講義(8 月予定)詳しくは HP で掲載します
⑪ 認知言語学Ⅰ ―認知文法入門―
西村義樹(にしむら・よしき)
東京大学教授
【認知言語学入門】
準備中
【テキスト・参考文献】
講義で使う資料のコピーはこちらで準備する。
【プロフィール】
東京大学文学部 言語学研究室 教授
認知言語学、意味論、日英語対照研究
1989 年東京大学大学院人文科学研究科博士課程(英語英米文学専攻)中退。
『構文と事象構造』
(共著、研究社、1998)、
『認知言語学Ⅰ:事象構造』
(編著、東京大学出
版会、2002)
『言語学の教室』
(共著、中公新書、2013)
『明解言語学辞典』
(共編著、三省堂、
2015)など。
12
後期
2017 年 9 月 25 日~
全 10 回(祝祭日の講義はありません)
時間:19:00-20:40(100 分)
月曜日
主に認知言語学の観点からレトリック現象のメカニズムに迫る
⑫ 現代言語学からみたレトリック
森 雄一(もり・ゆういち)
成蹊大学教授
【言語学特殊講義】
比喩をはじめとしたレトリックは、文章の彩りだけに用いられるのでなく日常の言語のな
かに多く潜み、現代言語学のなかでも重要な位置を占めています。例えば、
「相手の気持ちを
汲む」や「自転車をこぐ」といった例は何の変哲もない表現に感じられるかもしれませんが、
前者は「<液体―感情>のメタファー(隠喩)
」、後者は「<全体―部分>のメトニミー(換
喩)
」とされます。本講義では、主として認知言語学の観点から、メタファー、メトニミー、
シネクドキー、アイロニー、列叙法、オクシモロン、剰語的反復などさまざまなレトリック
について最先端の研究をふまえてその働きのメカニズムに迫ります。
授業形式としては、それぞれのレトリックを扱った最重要文献を事前に配布し、その文献
から汲み出せるポイントにはどのようなものがあるか、そこではどのような課題が生じてい
るかについて丁寧に検討することに重点を置きます。例えば、メタファーでいえば,Lakoff
&Johnson(1980)Metaphors We Live By のいくつかの章、シネクドキー(提喩)でいえば、
佐藤信夫(1978)『レトリック感覚』の第4章を題材とします。特に予習は必要としませんが、
学部生や大学院生の方などの場合、自分でもあらかじめ検討しておかれると研究を進める上
で参考になるでしょう。
また、日本語学(国語学)畑の研究者による重要な研究も紹介し、比較検討したいと考え
ています。認知言語学でいう「主体化・客体化」とレトリックの関連を扱う際には、渡辺実
氏の「ひとごと的表現」が比較対象になりますし、メタファーについては多門靖容(2014)『比
喩論』が重要なポイントを提示してくれています。これらの研究には「理論」に興味がある
方にも是非触れていただきたく思います。
レトリックは具体的な実例も面白く研究対象としてもとても興味深い分野です。多くの方
に受講いただけることを期待しています。
【テキスト・参考文献】プリントを配布します。参考文献は、授業中に適宜、紹介します。
【この課目で前提とされる知識など】
特に前提とする知識は想定しておりません。必要に応じて入門的文献を紹介いたします。
13
【プロフィール】
認知言語学、日本語学、レトリック研究
1994 年東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退
『認知言語学
基礎から最前線へ』(共編著、くろしお出版、2013 年)、『学びのエクササイ
ズ レトリック』(ひつじ書房、2012 年)、
『ことばのダイナミズム』
(共編著、くろしお出版、
2008 年)
、
「悪文のレトリック」(『表現研究』第 90 号、2009 年)、
「認知言語学と日本語」(共
著、
『日本語学』第 28 巻 4 号、2009 年)、
「明示的提喩・換喩形式をめぐって」
(
『認知言語学
論考』No.2、2003 年)など
幼児による第一言語獲得についての諸問題を検討します
⑬第一言語獲得
佐野 哲也(さの・てつや)
明治学院大学教授
【言語心理学】
ヒトが第一言語を容易に獲得できるのはなぜかという疑問について、それは生まれつきの
能力によって助けられているからだという答えが考えられます。このような問いを中心に、
この講義では第一言語獲得についての諸問題をあつかいます。
最初に、生成文法理論を基礎として、幼児の言語能力を生まれつきのものとそうでないも
のに分けて考えることを中心に入門的解説をします。 そのあとで、幼児による英語・日本語
の獲得についての研究の代表的なものを紹介し、実際の研究例のなかで生まれつきの能力が
どのようなかたちで研究されているかをみていきます。これらの講義をとおして、幼児言語
の分析の基本的な考え方を解説し、ヒトが第一言語を容易に獲得できるのはなぜかという疑
問について、幼児言語をとおしてどのような研究ができるかを考えていきます。
【テキスト・参考文献】教科書は特に使用せず、スライドをもちいて講義します。
【この課目で前提とされる知識など】
特にありません。専門的知識を前提とせず、基本からわかりやすく解説します。
【プロフィール】
明治学院大学文学部英文学科教授
言語獲得
University of California, Los Angeles, Ph.D. in Linguistics
主要著作:
“Remarks on theoretical accounts of Japanese children’s passive acquisition,”
in Generative Linguistics and Acquisition: Studies in Honor of Nina M. Hyams, John
Benjamins, 2013. など
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火曜日
<日本語らしさ>を考える
⑭認知言語学Ⅱb
池上 嘉彦(いけがみ・よしひこ)
東京大学名誉教授
【認知言語学】
[前期より続講]
下記の書物(注1)をテキストとして、日本語の文法・語法に関する諸問題をとりあげ、認知
言語学的に考えるとはどういうことかを学ぶ。ある文法形式なり、語法なりの使用例を蒐集、
検討し、そこに共通の意味的特徴を求めて定義するという客観主義的な試みの限界(注2)を越
え、言語における<意味>とは、話者がある事態を言語化するのに先立って主体的に(注3)行
なう<事態把握>と呼ばれる認知的な営みを通して創出されるものという重要な発想転換に
注目する。どの言語の話者でも、一つの事態をいくつもの異なるやり方で把握する能力を有
するという普遍的な側面と、異なる言語の話者の間では、どういう把握の仕方が好まれるか
が異なりうるという相対的な側面のあることに留意しつつ、<日本語らしさ>とはどういう
ことかを探る。テキストの各課は、1.これまで、2.しかし、3.実は、4.さらに、と
いう構成になっており、話者は取り上げられる問題点について従来の使い方にまず接した上
で、それとの対比で認知言語学的な扱い方がどのようなことかを学ぶことになる。認知言語
学の予備知識は特に必要とするものではない。
【テキスト】近藤安月子・姫野伴子編著『日本語文法の論点43』
(研究社、2012).
【参考書】池上嘉彦・守屋三千代編著『自然な日本語を教えるために―認知言語学をふまえ
て』
(ひつじ書房、2009)関連する研究論文等はその都度コピーして配布する。
(注1)
本書は、次のように題された6つの章(各章は4~10個の課から成る)で構成されて
いる:
第1章 発話の原点
第4章 情報構造
第2章 空間・時間の把握
第5章 事態への態度
第3章 現場性
第6章 聞き手への態度
章立てからは、文法項目、語彙項目など、使われる言語の側からの分類ではなくて、発
話の場において言語の使用者として活動する話者の側に焦点を当てたものになっている
ことが読みとれる。
(注2)
伝統的な扱いでは、例えば「ノダ」の用法として<断定>、<説明>、<命令>といっ
た項目が列挙されていることがよくある。記述ということでは誤りではなかろうが、日
本語非母語話者にこれを「ノダ」の定義として教えたからといって正しい使い方ができ
るようになるとは、とても考えられない。必要なのは、話者がどのような事態把握の仕
方をする際に「ノダ」の使用に至るのか、という手続き的(procedural)な過程に焦点
を当てた説明である。まず、典型的(prototypical)と目される用法に注目する。そこ
15
では、ほぼ次のような過程の起こっていることが確認できよう:(i) ある予想外の事態
への気づき〔例えば、道が濡れている〕→ (ii) 自らへの問いかけ〔なぜか〕→ (iii)
ある経験則の想起〔雨が降れば、道が濡れる〕→ (iv) その経験則に基づく推論で結論
へ〔雨が降ったのだ〕
。その上で、その典型的な用法がどのような認知過程を経て他の用
法へと派生、展開していったかについての説明へと進むことになろう。
ここまで考えてくると、
「ノダ」の使用を支えているのは「仮説的推論」
(abduction)
と呼ばれる認知過程であることが分かる。これは「演繹」(deduction)と「帰納」
(induction)と並ぶ並ぶもう一つの推論形式とされる。
(ただし、
「仮説的推論」で依拠
される経験則はあくまで一つの「仮説」であり、必ずしも問題の場合に妥当するとは限
らない。
(例えば道が濡れているのは降雨のためではなく、誰かが水をまいたのかもしれ
ない。
)とはいえ、それは人間が自らの周りの世界を理解し、知識を広げていくのに欠く
ことのできない認知的な活動なのである。
(注3)
話者にとっては、発話に際して、ある事態をどのように認知的に処理するかに関しては、
事実上無限の選択肢がありうるはずである。話者はその中から場面を考慮しつつ、自ら
の発話の意図にもっともよく適うものを選ぶことになる。極めて短い時間のうちに自ら
の発話の意図との関係で何が関連性(relevance)があり、何がないかを自らが判断し、
それを踏まえて言語化へと進むのである。話者は言語の「規則」に支配されるままに振
る舞うだけといったような存在ではない。自らの立場から自らの責任において判断する
という意味で、話者はすぐれた意味で<主体的>(suvjective)に振る舞う存在なので
ある。
【プロフィール】
東京大学名誉教授、日本認知言語学会名誉会長
東京大学で英語英文学(B.A., M.A.)、Yale 大学大学院で言語学(M.Phil.,Ph.D.)を専攻。イン
ディアナ大学、ミュンヘン大学、ベルリン自由大学、チュービンゲン大学、北京日本学研究センター、などで
客員教授。著書:
『英詩の文法』
、
『意味論』
、
『
「する」と「なる」の言語学』
、
『ことばの詩学』
、
『詩学と文化記号論』
、
『記号論への招待』
、
『<英文法>を考える』
、
『日本語と日本語論』
、
『自
然と文化の記号論』など。
16
火曜日
実験的データから言語の本質に迫る
⑮実験音声学入門
川原 繁人(かわはら・しげと)
慶應義塾大学准教授
【言語学特殊講義】
生成文法理論では、研究者自身の直観に基づいたデータを使って言語知識に迫る手法が主流
でしたが、近年では心理学や認知科学で使われる実験手法を言語学にも応用する研究が台頭
してきています。またコーパスを使った統計的な研究も活発になっています。これらの計量
的研究の結果、言語知識は「白か黒か」と言った二項対立的なものではなく、確率論的に捉
えられるべきだということがわかって来ています。本講義では、伝統的な生成文法的な言語
感をむやみに否定することなく、かつこのような確率的な言語知識をモデル化する試みを紹
介します。将来、実験言語学を行う予定のない方にも「このような考え方や言語へのアプロ
ーチがあるのだ」と感じて頂けるような講義にしたいと思います。
講師の専門は音声学、音韻論ですので、必然的に音に関する議論が中心となりますが、統
語論に関する実験も扱います。また、
「言語学の成果をいかに社会に還元するか」というトピ
ックに関しても議論していきたいと思います。
扱う予定のトピック:音象徴、EMA, EPG などを用いた調音音声学、音響音声学、知覚音声
学、実験音韻論、実験統語論、オンライン実験、言語学と社会。出席者のリクエストによっ
ては、言語学で必要となる統計学の基礎、言語学で使われるプラグラミングの初歩、音響音
声学の物理学的基礎、フリーの音響分析ソフトである Praat の実習などを行うことも可能で
す。
【テキスト・参考文献】
川原繁人『音とことばのふしぎな世界』岩波サイエンスライブラリー(参考図書、必須では
ない)
。実験音声学の入門に使用します。その他の講義に関しては 、スライドを主に使用し
ます。具体的な実験などは授業で逐次紹介します。
【この課目で前提とされる知識など】
基礎的な言語学の知識があった方が授業の理解は深まると思いますが、必須ではありません。
またグラフを読んだり、実際に計算をしてみることになるので、数学にアレルギーのある人
は事前に相談してください。私は一方的なレクチャー形式の授業を好みません。積極的に発
言、質問してくれる方の参加をお待ちしています。
【プロフィール】
マサチューセッツ大学博士(2007 年、言語学)。ジョージア大学、ラトガーズ大学助教授
を経て、現在慶應義塾大学言語文化研究所准教授。最近の著書に『音とことばのふしぎな世
界』
(岩波サイエンスライブラリー)がある。専門は音声学、音韻論。また「言語学の結果を
17
社会へ還元する」手段を積極的に模索している。Phonology, Natural Language and Linguistic
Theory, Language, Journal of Linguistics, Linguistics, Journal of Phonetics, Phonetica,
Language and Speech, Lingua, Journal of East Asian Linguistics など国際学術雑誌に多
くの論文を掲載。Linguistic Vanguard などで国際学術雑誌の編集者も務める。
水曜日
ことばの中と外をつなぐー論理学から心理学までー
⑯語用論の基礎
酒井 智宏(さかい・ともひろ)
早稲田大学准教授
【語用論】
「語用論」とは「言語学のゴミ箱」と呼ばれてきた分野です。このゴミ箱を分解すると、
「語用論」の「語」は「言語」を、「用」は「使用」を指します。すなわち「語用論」とは
「言語の使用を扱う分野」です。「言語の使用を扱う分野」というさして印象的とも思えな
い地味な分野が「言語学のゴミ箱」といういくぶん印象的な形容をされてきたのはなぜでし
ょうか。
ここには「言語(学)はきれいなものである(べきだ)が、言語の使用は汚いものである」と
いう隠れた前提があるように思われます。そこで、語用論を理解するためには、「言語(学)
はどのようにきれいなものである(べき)か」「言語の使用はどのように汚いものであるか」
を理解する必要があります。
これに関連して、ある研究者が「語用論 = 意味マイナス真理条件」という定義を提案した
ことがあります。「真理条件」という用語はわからなくても、ここに「真理条件 = 意味のう
ちできれいな部分」という図式を見てとることができるでしょう。意味から真理条件を差し
引くと汚い部分だけが残り、それが語用論だというわけです。
どうやら真理条件がきれいなものであるらしいことがわかりました。きっとそれは数学や
論理学で捉えることのできるようなエレガントなものでしょう。では、残った汚い部分とは
何でしょうか。汚い部分というくらいですから、いろいろなものが混ぜこぜになっているに
違いありません。語用論を理解するためには、この混ぜこぜの中身を混ぜこぜでなくすっき
りと理解する必要があります。そのためには心理学や社会学などの知識も必要になるでしょ
う。
言語学のゴミ箱とは、言い換えると、言語の中にあるきれいなものと言語の外にある汚い
ものをつなぐ交通の要衝にほかなりません。この講義では、認知科学的観点を基軸に据えつ
つ、言語学、論理学、数学、心理学、社会学 etc. なるべく大きくかつ精確な路線図を描く
ことに挑戦してみましょう。
【テキスト・参考文献】
プリントを配布します。参考文献は、授業中に紹介します。
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【この課目で前提とされる知識など】
予備知識は必要ありません。
【プロフィール】
早稲田大学文学学術院准教授
意味論、語用論、フランス語学
2003 年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士 (学術)
2004 年パリ第 8 大学大学院言語学専攻博士課程修了、Docteur en Sciences du Langage
主要著作: 『トートロジーの意味を構築する―「意味」のない日常言語の意味論―』(単著、
くろしお出版、2012)、『フランス語学小事典』(共著、駿河台出版社、2011)
「述語に多様な形式があるのはどうしてか」
「述語の形式と意味が 1 対 1 対応でないのは何故か」
⑰日本語の叙法組織
尾上 圭介(おのえ・けいすけ)
東京大学名誉教授
【日本語文法理論】
●動詞のスル形・シヨウ形・シタ形・シテイル形の区別は、述語としての述べ方の違いに応
じて異なる形を採っているもので、それぞれが叙法形式と呼ばれるが、その表す意味の相互
関係は非常に複雑である。
◯未来を表すもの…スル形(大きくなったら歌手になる。
あすの今頃は家にいる。
)
;シヨウ形(歌手になろう)
;従属句内のシタ形(今度会った時はお
礼を言いなさい)
。
○現在を表すもの…スル形(鼠がいる。わっ、人形が動く!
カラスが鳴くから帰ろう。
)
;
シテイル形(鳩が飛んでいる)
○過去を表すもの…スル形(いわゆる歴史的現在)
;従属句内のスル形(泣いて頼むから貸し
てやったのだ。
)
;シタ形;シテイル形(豊臣秀吉は 1598 年に死んでいる。
)
○スル形はこのほかに時間性から解放された用法(真理・習慣・習性・傾向)や命令の用法
(さっさと座る!)も持つ。
○シヨウ形は、上記のほかに未来時(意志や推量)とは無縁の用法(校長先生ともあろう人
が…)や命令の用法(下郎め、下りおろう!)も持っている。
●上記のような動詞の叙法形式のほかに、形容詞述語にも動詞シタ形にも自由に外接するこ
とができるヨウダ・ラシイ・ソウダ・ダロウ・ハズダのような形式(述語外接形式)があっ
て、この両者が現代日本語の述定形式を形成している。
●結果的な意味の観点から見れば一見無秩序に見えるこのような叙法形式は、いったいどの
ような組織を成しているのであろうか。テンスとかモダリティという範疇は、この叙法組織
とどういう関係にあるのだろうか
叙法組織の古代語から近代語への歴史的変化の中に位置づけて、現代語の述定形式の姿を
19
見ていく。
●述語とは主語の「存在の仕方」を表す部分で、存在の仕方としてもっとも重要なのは存在
領域の区別である。述語には現実領域(事実世界既実現の領域)の在り方を語る形式と非現
実領域の在り方を語る形式とがある。後者がモダリティ形式である。
(このような認知言語学
と共通の観点が、100年前の国語学の山田文法の中にあった。
)テンスは現実領域の存在を
語る時に前面化するものである。
【テキスト・参考文献】講義理解のために必要となる文法事実や先行研究は、必要に応じて
資料を配りつつ講義の中で説明する。参考文献は、授業の中でそのつど指示する。
]
【この課目で前提とされる知識など】予備知識は特に必要ない。好奇心さえあれば。
【プロフィール】
東京大学名誉教授
大阪市の生まれ。博士(文学)
。専攻は、文法論、意味論、文法史、および「大阪のことばと
文化」
。日本笑い学会理事。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。著書に、『文法と
意味Ⅰ』
(くろしお出版・2001)、
『大阪ことば学』(創元社・1999、岩波現代文庫・
2010)
、『朝倉日本語講座第6巻・文法Ⅱ』
(編著、朝倉書店・2004)
、日本語文法学
会編『日本語文法事典』
(共編、大修館書店・2014)
、
『講座言語研究の革新と継承・文法
Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』
(編著、ひつじ書房、2017近刊)
木曜日
自分の口からさまざまな音声が出せるようになって感激する
⑱音声学 b
斎藤 純男(さいとう・よしお)
東京学芸大学教授
【音声学】
世界には何千もの言語が話されており、その音声は驚くほど多様です。この講義では、そ
のさまざまな音声の違いを聞き取り、自分でも実際に出すことができるようになることを目
指します。人間が音声を出す仕組みについての説明は最少限とし、練習に多くの時間を割き
ます。
【この課目で前提とされる知識など】
調音音声学の初歩的な知識があることを前提とします。
【参考図書、参考文献】
講義の際に指示します。(参考ウェブサイト含)
20
【プロフィール】
東京学芸大学教授
音声学、アルタイ言語学
著書:『日本語音声学入門』(三省堂、1997)、『コンピュータ音声学』(分担執筆、お
うふう、2001)、『朝倉日本語講座3 音声・音韻』(分担執筆、朝倉書店、2003)、『新
版 日本語教育事典』(分担執筆、大修館書店、2005)、『言語学入門』(三省堂、2010)
、
『音声学基本事典』(共編著、勉誠出版、2011)、『明解言語学辞典』(共編著、三省堂、
2015)、他
人間の言語の普遍性と多様性について理解を深める
⑲生成文法Ⅰ(入門)b
今西 典子(いまにし・のりこ)
東京大学教授(2017 年 3 月まで)
【生成文法入門】
生成文法入門 a で学んだ「人間の言語知識とは、どのような性質を持ったものであるのか、
また、 そのような言語知識は生後脳内にどのように生じて蓄えられていくのか」という問
いに対する基本的な考え方を踏まえて、UG と言語間変異・言語獲得という問題に焦点をあて
て, UG への原理とパラメータのアプローチ(ならびに最近の理論展開であるミニマリスト・
プログラム)について概観します。UG の諸原理とパラメータがどのように働き合って、人間
の言語にみられる普遍性と多様性が記述・説明されうるかを学びます。授業は、講義・セミ
ナー形式で行う。
【参考文献】参考資料は適宜配布し、随時参考文献等を紹介する。
【この課目で前提とされる知識など】
受講には、生成文法入門 a コースで学んだ(あるいはそれに相当する)知識を前提とします。
【プロフィール】
東京大学大学院人文社会系研究科教授(2017 年 3 月まで)
理論言語学・英語学(生成文法 (統語論・意味論),言語獲得理論)
1977 年東京大学大学院人文科学研究科英語英米文学専門課程(博士課程)単位収得退学
『照応と削除』(共著, 大修館書店,1990),『言語研究入門:生成文法理論を学ぶ人のために』
(共著,研究社、2002)『言語の獲得と喪失』(共著,岩波書店,2005)『はじめて学ぶ言語学』
(共著、ミネルヴァ書房、2009)など。
21
金曜日
静態的・出力説的な文法観に対する動態的・過程説的な文法観の必要性を示す
⑳文法原論 b
梶田 優(かじた・まさる)
上智大学名誉教授
【言語学特殊研究】
前期に引き続き、最近数年間の理論言語学研究の実質的な部分を整理、吸収しつつ、動的文
法理論の構築を進める。経験的基盤の一部として、個別言語研究、言語類型論、通時言語学、
発達言語心理学、神経言語学などの成果を援用する。今期も以下の諸点に比較的多くの時間
をあてる予定。
(1)言語類型論からの豊富な資料を真に活用するためには、静態的・出力説
的な一般文法理論に代えて、動態的・過程説的な一般文法理論が必要になることを示す。
(2)
述語構造、論理構造、情報構造、発話行為の四者が統語形式への写像においてどのように影
響し合い、どのような言語間のヴァリエイションをもたらすか、その動態の解明を進める。
(3)
「部分から全体へ」と「全体から部分へ」
、
「末端から中央へ」と「中央から末端へ」と
いう二系列の、それぞれ両方向性の情報の流れを、矛盾なく、しかも生成能力の過不足なく
統合するには、どのような言語モデルが必要か。そして静態的・出力説的な一般文法理論の
枠内でそのようなモデルを想定することは可能か。
(4)即座の行動を規定するオンラインの
情報処理と、長期記憶の形成につながるオフラインの情報処理が、文法の構造にそれぞれど
のように反映しているか、動的な視点から考察する。認知心理学、比較動物学からの示唆も
参考にする。
【テキスト・参考文献】
参考文献については講義中に紹介する。
【この課目で前提とされる知識など】
授業は講義形式。本年度前期の言語学特殊研究 a(文法原論)の履修が望ましい。
【プロフィール】
上智大学名誉教授 英語学、言語学
1967 年プリンストン大学 Ph. D.(言語学)。東京教育大学、東京学芸大学、上智大学で英語
学、言語学を担当。
『文法論Ⅱ』
(共著, 大修館, 1974)
、
「生成文法の思考法(1)-(48)」
(
『英
語青年』, 研究社, 1977-1981)など。
22
21 言語学入門
○
長屋 尚典(ながや・なおのり)
東京外国語大学講師
【言語学入門】
準備中
23