疎水変性セルロースナノファイバーの開発

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疎水変性セルロースナノファイバーの開発
3. 有機溶剤中での疎水変性 CNFの機能
に任意の粘性を付与することが可能であり、有機溶剤
の増粘剤としての使用が期待できる。
3.1 分散安定性
セルロースは樹木などの植物の主要構成成分の1つであり、地球上で最も多量に生産・蓄積されている再生可能な
5.0%)
を、水、メタノール、メチルエチルケトン( MEK )、
らは紙として、そして現代ではセルロース誘導体が食品、医薬品、化粧品などに利用されている。
態を観察した。 比較として、水中に分散した疎水変性
バイオマス資源である。 樹木などの植物は先史の時代から木材として、1万年前からは繊維として、2,0 0 0 年前か
あることから、「夢の新素材 」 といわれている。
疎水変性していない CNFは図 2の下段に示すとおり、
存在しているため、水中ではこの水酸基が水分子と水
くの 研 究 機 関 や 企 業 で 実 用 化 に向けた研 究 開 発 が
素結 合を形成することで高い親 和性が生じる。 しか
し、有機溶剤中ではこの水酸基同士が水素結合を形
細なTEMPO酸化 CNFを効率的に調製する技術を開発
した1), 2)。 当社では、この磯貝教授のグル ープの研究
成果と、当社が長年培ってきたセルロースの応用技術
を活用した研究開発を行い、TEMPO酸化 CNF水分散
体を 「レオクリスタ」 として2013 年より製造販売を開
始している。
TEMPO酸化 CNFの繊維径は 3~4nmと均一である
ため、その水分散体は透明なゲルとなる。また水中で
増粘性、チクソ性、乳化・分散安定性といったユニー
クな機 能を発 現することから、新 規の増粘、ゲル 化
剤など幅広い用途での開発を進めてきた
3), 4)
水変性 CNFを開発した。 本 稿では、疎水変性 CNFの
有機溶剤、および樹脂中で発現するユニークな機能
2. 疎水変性 CNFの調製と外観
メタノー ル 中 に 分 散した 疎 水 変 性 CNF( 固 形 分
5.0 %)を図1に示す。 疎水変性 CNFはメタノール中で
も凝集することなく、安定に分散する。 外観はほぼ透
明となり、粘稠となる。
。 その結
なったため、水にはなじまないが有機溶剤にはなじむ
CNF種類
水
有機溶剤
メタノール
MEK
酢酸エチル トルエン
疎水変性
処理あり
(固形分2.0%)
疎水変性
処理なし
(固形分0.5%)
をメタノールで希釈し、B型回転粘度計で濃度と粘度
CNFの繊維表面には水酸基が多数存在するため、親
ノール 分 散体の濃 度と粘 度の関 係 を図 3に示す。 低
もっとも容易であり、水性ゲルインクボールペンや化粧
流動性がなくなりゲル状となる。 このように粘性が発
4.0
5.0
レオメーターを用いて、メタノールに分 散した疎水
変性 CNF( 固形分2. 5%)のある一定のせん断速度に
おける粘度を測定した。 疎水変性 CNFメタノール分散
体のせん断 速 度と粘 度の関 係 を図 4 に示す。 せん断
速度の増加に伴い粘度が低下する典型的な擬塑性流
動性( 広義でいうチキソ性 )を示すことがわかる。 ま
添 加により擬 塑性 流 動 性を付与することが可能であ
り、有機溶剤のレオロジーコントロール 剤としての使
用が期待できる。
100,000
10,000
濃 度 領域では流 動 性を示すが、固形分 4.0% 以 上で
粘 度
の関係を測定した。25℃における疎 水変 性 CNFメタ
品など水性製品の増粘剤として利用することは理にか
3.0
図 3 疎水変性 CNFメタノール分散体の濃度と粘度の関係
図 2 疎水変性 CNFの有機溶剤中での分散安定性
では化 粧品や塗料、電池材料などでの実用化を目指
水性が高い。 そのため水分 散体として調製するのが
2.0
固形分[% ]
メタノールに分散した疎水変性 CNF( 固形分 5.0 %)
している。
1.0
た、メタノール以 外の有機 溶 剤でも疎 水変 性 CNFの
3. 2 高粘度化
1,000
[mPa・s]
100
現する理由としては、メタノール中で疎水変性 CNF同
なっている。一方で CNFを水以外の媒体に分散させる
士がゆるく架橋しているからであると推察する。また、
ことができれば、CNFの利用用途をさらに拡大できるこ
第一工業製薬 社報 No. 579 拓人 2017 冬
0
3. 3 擬塑性流動性の付与
果、2015 年には水性ゲルインクボールペンの増粘剤
とから、有機溶剤中に分散するCNFの開発に着手した。
0
凝集することなく、安定して分散できる。 疎水変性に
を紹介する。
として世界で初の CNFの実用化を果たし、さらに現在
11
変性 CNFは図 2の上段に示すとおり、水中では白濁す
ようになったことがわかる。
結合を抑制し、CNFを有機溶剤となじみやすくした疎
40,000
20,000
るが、メタノール、MEK、酢酸エチル、トルエン中でも
そこで有機溶剤中で CNF表面の水酸基による水素
TEMPO( 2, 2, 6, 6 -テトラメチルピペリジン-1-オキシ
よって、他の製造方法によって調製した CNFよりも微
生じたりして安定に分散できない。これに対し、疎水
よりCNFは親水性が低く、有機溶剤との親和性が高く
ができない。
ル)触 媒 酸 化した後に軽微な解 繊処 理を施すことに
[mPa・s]
MEK、酢酸エチル、トルエン中では白濁したり沈殿が
成するため、CNFの凝集が生じ、均一に分散すること
行 わ れて い る。 この CNF 研 究 の 第 一人 者 の1人で
ある東 京大学大学院の磯貝明教 授は、セルロースを
60,000
水には安定に分散するが、有機溶剤であるメタノール、
前述のようにCNFの繊 維表面には多数の水酸基が
CNFはさまざまな機 能を 備えていることから、多
固形分 0.5%に希釈して分散状態を観察した。
粘 度
していない CNF( 固形分2.0 %)を同様の有機溶 媒に
1. CNFの疎水変性に向けて
80,000
酢酸エチル、トルエンで固形分2.0%に希釈して分散状
近 年では、セルロースの新たな利用方法としてセルロースナノファイバー( CNF )という素 材が注目されている。
CNFは植物の細胞壁から取り出したセルロース繊維を微細化したもので、環境負荷が少なく、さらに軽くて丈夫で
100,000
メタノー ル 中 に 分 散した 疎 水 変 性 CNF( 固 形 分
メタノール以外の有機溶剤でも同様の傾向が得られて
図1 疎水変性 CNF( 固形分 5. 0 % )
メタノール分散体の外観
いる。 このことから、疎 水変 性 CNFは各種有機 溶 剤
10
0
100
200
せん断速度[1/s ]
図 4 疎水変性 CNFメタノール分散体のせん断速度と粘度の関係
第一工業製薬 社報 No. 579 拓人 2017 冬
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メタノールに分散した疎水変性 CNF( 固形分 4.0 %)
は、静置時はゲル状でありながらスプレーノズル中で
のせん断により粘度が低下し、その結果、図 5に示す
4. 3 帯電防止性の付与
4. 樹脂中での疎水変性 CNFの機能
デジタル超高抵抗/微小電流計を用いて、前述の塗
膜の表面固有抵抗値を測定した。表面固有抵抗値は、
ようにスプレー噴霧が可能である。また中身がゲル状
4.1 分散安定性
レー噴射が可能である。さらに、スプレーした液のた
に対して疎水変性 CNFを固形分で 5.0 %混合し、硬化
であることから、スプレー容器を逆さまにしてもスプ
れ防止や付着性向上といった効果が期待できる。
物 体の導電性を表す数値であり、値が小さいほど導
ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート( DPHA )
電率が高い。 樹脂は基 本的に導電率が低く帯電しや
剤を添加・溶解させた後、バーコーター( 50 µm )を
固有抵抗値を下げる、すなわち導電性を高くすること
UV 硬 化 することで 図 7に 示 すような 疎 水 変 性 CNF/
帯電防止性の付与は、界面活性 剤を配合すること
用いてPE Tフィルムに塗 布した。8 0℃で3分 乾 燥 後、
すいが、疎 水変 性 CNFを配 合することで塗 膜の表面
ができ、帯電防止性の付与が可能である( 表 2 )。
DPHA複合塗 膜を作製した。 疎水変性 CNFを固形分
でも達成可能ではあるが、水分の影響などにより経時
性を維持することが可能である。すなわち、疎水変性
がある。 一方、疎水変 性 CNFであれば樹脂中に分 散
で樹脂に対して5.0 %配合してもPE T上の塗 膜は透明
CNFは樹脂中に凝 集することなく、均一にナノサイズ
で分散していると推察できる。
的にブリードアウトし、性能が低下するといった問題
した後、表面にブリードアウトすることはないので、塗
膜への長期的な帯電防止性付与が可能である。
表 2 疎水変性 CNF/DPHA複合塗膜の表面固有抵抗値
試料
図 5 メタノールに分散した疎水変性 CNF( 固形分 4. 0 % )
の
スプレー噴霧
ブランク
疎水変性CNF
5.0%配合
3.6×1016
8.8×1013
疎 水変 性 CNFを用いることで、図 6 に示すようにメ
タノール中でアルミナや窒化ホウ素などの無機微粒子
( メタノールに対して10 %配合)の分 散安定化が可能
である。 また、サイズ、密度ともに大きい金箔のよう
の有機溶剤でも同様に微粒子を分散可能である。 さ
らに微粒子の分 散 液は、固形分2.0~2. 5%で 沈降防
止が可能であるため、流動性がある。
5. おわりに
疎水変 性 CNFは有機溶剤、樹脂中に凝 集すること
なく、透明に分散する。有機溶剤、および樹脂に疎水
変 性 CNFを分 散させたときに発 現する機能は次のと
おりである。
有機溶剤中での機能
・高粘度化
表面固有抵抗値
[Ω]
3.4 微粒子の分散安定化
な固体であっても沈降を防止できる。 メタノール以外
図 8 疎水変性 CNFによる低硬化収縮性の付与
( 左側:DPHA塗布PETフィルム、右側:疎水変性CNF固形分 5.0%
配合 DPHA塗布PETフィルム )
微小硬 度計を用いて、図 7に示した塗膜の押し込み
弾性率を測定した。 疎 水変 性 CNFの配合により、塗
膜の押し込み弾性率は向上した( 表1)。 塗膜の弾性
率が向上していることからも、疎水変性 CNFは樹脂中
で凝集することなく均一に分散していると推察できる。
樹脂中での機能
・ 弾性率の向上
めに、硬化に伴って硬化 収縮( 体 積収縮 )がおこる。
・ 低硬化収縮性の付与
この硬化収縮によってPE Tフィルムなどの基材が引っ
張られ、そりが発生するが、疎水変性 CNFを配合する
ことで、機械強度を低下させることなく、硬化収縮を
4. 2 弾性率の向上
・微粒子の分散安定化
4.4 低硬化収縮性の付与
DPHAのような多官能モノマーは架橋密度が高いた
図 7 疎水変性 CNF/DPHA複合塗膜の外観
( 左側:ブランク、右側:疎水変性 CNF固形分 5. 0 %配合 )
・擬塑性流動性の付与
抑制することが可能である( 図 8)。
低硬化収縮性の付与は、タルク、マイカなど体質顔
料を配合することでも可能ではあるが、固形分で樹脂
に対して10~30 %添 加しないと効 果 が 得られ ない。
また塗 膜が不透明になるといった問題点がある。 一
方、疎水変性 CNFであれば低添加量で効果が得られ、
・帯電防止性の付与
当社は、このようなユニークな機能をもつ疎水変性
CNFを有機 溶剤や樹脂の添 加剤として幅 広い用途に
開発を進めている。
《 参考文献 》
1)Isogai et al., Nanoscale( 2011)
2)Saito et al., Biomacromolecules( 200 4)
3)神野和人、第一工業製薬株式会社 社報 拓人、No.565、p.10〜13( 2013)
4)後居洋介、第一工業製薬株式会社 社報 拓人、No.577、p.11~14( 2016)
さらに塗膜の透明性は維持することが可能である。
表1 疎水変性 CNF/DPHA複合塗膜の押し込み弾性率
図 6 疎水変性 CNFによる微粒子の分散安定化効果
( 被 分 散 微 粒子:左 からアルミナ、窒化 ホウ素、左 側の試 験 管:
ブランク、右側の試験管:疎水変性CNF配合、有機溶剤:メタノール)
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第一工業製薬 社報 No. 579 拓人 2017 冬
試料
ブランク
疎水変性CNF
5.0%配合
押し込み弾性率
[ MPa]
6.9×10 3
7.7×10 3
難波 達也
なんば たつや
レオクリスタ事業部
開発グループ
第一工業製薬 社報 No. 579 拓人 2017 冬
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