極限状態の宇宙をガンマ線で探る: GLAST 衛星計画 (1999 年 2 月執筆: 日本物理学会誌 1999 年 8 月号掲載) 1 釜江常好 1 、大杉 節 2 東京大学理学系研究科物理学専攻 2 広島大学理学部物理学専攻 Abstract いま検出技術の難しさ故に、宇宙物理学の主流から取り残されてきたガンマ線天体物理学 に、大きな関心が集まりつつある。その中心は、毎日一回程度起きる、極めて特異なガンマ線 バーストと呼ばれる現象である。「美しい理論が予言する現象は、宇宙の何処かで必ず起きて いる」とすれば、未開の数 MeV から数 100TeV までのエネルギー領域こそ、探索すべき場所 と思われる。ここでは、天体ガンマ線観測衛星計画(GLAST)がカバーするエネルギー領域 を中心に、天体物理学の新しいトピックスを解説する。 Part I: ガンマ線天体物理とは 1 天体観測の発展とガンマ線観測 人類は伝統的に、見慣れた天空が果てしなく続く穏やかな宇宙を好んできたと言える。中性子星 やブラックホールなど当時の常識を超えたものは、早くからその理論的可能性が知られていたに もかかわらず、可視光以外の波長での天体観測は、あまり真剣に考えられなかった。これは、大 西洋を跨る長波長通信で問題になっていたノイズ源を探す内に、銀河系が出す電波を偶然に発見 した歴史 (1932) で象徴される。電波工学でのノイズ源解明の努力は、1960 年台前半になり、マイ クロ波宇宙背景放射の発見へと導いたことも、良く知られた通りである。これによりビッグバン 理論が確立し、その結果、可視光より長波長側での観測と宇宙全体に広がる放射の重要性が強調 されるようになった。 同じような歴史は、X 線領域でも繰り返された。太陽 X 線が月面で反射した成分を観測しよ うとしたグループが、偶然、はじめての X 線星を発見している (1962) 。可視光より短波長側の観 測も、予期せぬ結果を数多く秘めていることが明らかになってきた。大気圏外での観測も、気球、 ロケットによる小規模なものから、人工衛星による大規模なものへと移行していった。しかし発 見された X 線星が、かなり前から予言されていたブラックホールを含む連星系 (Sco X-1) である ことが判るのは、かなり先のことである。 宇宙線の方は、光や電波などの電磁波と異なる発展経路を辿ることになった。1912 年 Hess に よる発見以来、写真乾板に記録された宇宙粒子線の素粒子反応の研究が、素粒子物理学の発展を リードし続けた。これは巨大加速器建設競争に火がつく 1950 年台後半まで続いたと言える。この 時代に宇宙線が天体物理と関わったのは、宇宙起源のガンマ線放射が存在する可能性が理論的に 指摘されるなどに限られていた。宇宙線が星間ガスと相互作用して生成される π 0 中間子の崩壊に 伴って弱いガンマ線が放射されることは、1952 年頃、早川らによって予言されていたが、大きな 関心を呼ぶこともなかった。太陽から飛来する大量のニュートリノを検出する試みが、宇宙粒子 線と天体を具体的に結びつける最初の実験であったと思われる。 ビッグバン宇宙論の確立、検出技術の進歩、そして人工衛星時代の到来が、宇宙観測を大き く飛躍させた。1960 年台後半には、パルサーが発見され、1970 年台に入ると、次々予期せぬ X 線天体の発見が続き、人工衛星による本格的な X 線・ガンマ線観測が始まった。UHURU(1970)、 Einstein(1978) による X 線観測 (例えば文献 [1]) や OSO-3(1972)、SAS-2(1973)、COS-B(1975) などによるガンマ線観測 (例えば文献 [2]) などで、高エネルギー天体物理学が幕を開いたと言え る。理論的なファンタジーに過ぎないとされていた超巨大なブラックホールも、電波や X 線の観 測で非常に具体的に「見る」ことが可能になってきた (例えば文献 [3][4]) 。超新星爆発の芯で起き 1 ている重力崩壊の様子を、放出されるニュートリノの観測で捉えることにも成功した (文献 [5]) 。 超流動状態にある中性子星内部を貫く渦糸の運動を、パルサーの回転の揺らぎと結びつけて議論 することも可能になりつつある (例えば [6]) 。宇宙は、極限状態にある物質に関する理論的予測を 検証できる、貴重な実験場所として確立しつつある。 X 線領域における観測が、このような「高エネルギー天体」の研究をリードしてきた。これは 観測してきた天体の数の時間推移でも良く判る (図 1)。この数年に限っても、ガンマ線バースト源 の発見、kHz で揺らぐ降着円板をもつ中性子星の発見、量子電磁気学の摂動展開の極限を越えた 超強磁場をもつ中性子星の発見など、多くの成果を上げている。これらの発見は、観測領域を硬 X 線やガンマ線領域に拡大したことで研究が進んだと言える。一方ガンマ線では、図 1 でも判る ように、1991 年のコンプトン衛星 (CGRO) の登場が新しい時代の到来を告げた。いま CGRO 衛 星は、宇宙のいたるところで電子や陽子が高エネルギーに加速され、ガンマ線を放出しているこ とを教えてくれつつある (例えば文献 [7],[8]) 。 コンプトン衛星 (CGRO) は、打ち上げが何回にもわたり延期された結果、スパーク・チェン バーなど 1960 年台の検出器技術が搭載されたまま、1990 年に打ち上げられている。この分野に関 心をもつ研究者全員が、最新のシリコン検出器により何 100 倍にまで感度を高めることで、さら に革命的な観測が可能になることを直観するには時間がかからなかった。CGRO 衛星を提案した ノーベル物理学賞受賞者、故ホフッシュタッター教授 (R.Hofstadter、スタンフォード大学) の周 りの素粒子・宇宙研究者、日本でシリコン検出器開発に携わってきた者、さらには NASA やヨー ロッパの素粒子物理学や天体物理学の仲間が新しい計画に向け動き始めたのが 1995 年頃である。 Gamma-ray Large Area Space Telescope (GLAST) と名付けられた新しい計画は、数千から 1 万 にもおよぶ極限状態の天体や超高エネルギー宇宙加速現場を発見し、ガンマ線バーストの約 20%を 発生前から最後まで幅広い波長域で捉え、宇宙線がつくるパイ中間子により銀河系内のバリオン分 布を精度良く測定する、画期的なものとなる。打ち上げは NASA のデルタロケットになる可能性 が高いが、検出器は米 (NASA と DoE の協力)、日、仏を中心に、国際協力で製作される予定であ る。ここでは、GLAST 計画が視野内に捉える、ガンマ線天体物理と、その検出技術について解説 する。計画の内容は、Web ページ (www-glast.stanford.edu および glast.gsfc.nasa.gov/LHEA/) にも公開されている。 Figure 1: 波長別観測天体数の増加の歴史。横軸は衛星の打ち上げ時期、縦軸はその衛星によって検出され た天体の数。X 線観測が高エネルギー天体物理学をリードしてきたこと、そしてガンマ線天文学が続こう としているのがわかる。TeV 領域の超高エネルギーガンマ線の観測も、黎明期を迎えたところである。(T. Kifune の超高エネルギー天体研究会での発表を元に作図) 2 2 宇宙で働く加速メカニズム 地上の加速器と天体の加速器の違いは、その加速メカニズムにある。入射のタイミングを制御でき ない天体加速器では、加速・減速の度合いは、確率的に決まる。加速された粒子数のエネルギー依 存性は、確率過程に典型的な巾関数となる。加速効率が良い場合にはその巾は −2(dN/dE ∼ E −2) となる [8]。 宇宙のいたるところに高エネルギー加速器があると言ったが、これらの中で、最も早く発見 され研究が進んでいるのはガンマ線パルサー (gamma-ray pulsar) である。パルサーは電波で発 見されて以来、電波サーベイで 500 個余りが発見され、X 線やガンマ線の研究の対象となって きた。(Pulsar Catalog: ftp://puppsr.princeton.edu/pub/catalog/ あるいは J. H. Taylor, R. N. Manchester, and A. G. Lyne; Astrophys. J 88 (1993) p.529) 電波パルスは、中性子星の磁極の付 近の強い磁場中で電子陽電子のプラズマが大量に発生し、それらが磁力線に沿って流れて行く中 で振動し、発せられていると考えられている。詳しい解析により、磁極付近の磁力線の形状など も推測できている [9][10] 。 電波パルスが、コヒーレントなプラズマ振動によるのに対し、X 線や低エネルギーのガンマ線 は、加速された個々の粒子が強磁場中で運動する際のシンクロトロン放射と逆コンプトン散乱 (コ ンプトン散乱で電子のエネルギーが光子に渡される場合) によると思われている。高速回転する高 磁場中性子星の磁気圏が、電磁誘導で加速電圧を生み出している。地上の加速器では、ベーター トロンに例えることができるだろう。宇宙の中では一番コンパクトな加速器で、電子や陽電子で 充ちている磁気圏の半径は 100–10000km 程度であり、荷電粒子を数 GeV まで加速している [9]。 パルサーに続いて研究が進んだのは、高速ジェットを吹きだしている活動銀河核 (AGN) の一 種である、ブレーザーと呼ばれる天体である。相対論的速度のプラズマが吹きだしているが、そ の中の荷電粒子は、集団として加速されるとともに、後ろからくる光に叩かれて TeV を越える 高エネルギーに達する。プラズマの集団運動やレーザーを使った線形加速器と言える。地上でも 提唱されたことがあるが、実現していない。観測される時間変動などから、この加速器の長さ数 light-hour 程度以下で、エネルギー源は、AGN 中心の巨大なブラックホールにあると推測されて いる [3][4][8][11] 。 電子が磁場中で出すシンクロトロン放射と考えられる電波が、宇宙のあちこちで観測されてき た。このような場所では、大量の高エネルギー電子が磁場に閉じ込められていなければならない。 高エネルギー電子は急速にエネルギーを失うため、電磁波を放射し続けるには何か加速メカニズ ムが働いていると推測されてきた。このような天体の代表が超新星残骸 (SNR) で、爆発や重力に よる急激な加速などで起きる衝撃波面を伴っている。フェルミが 1940 年代に提唱した、確率的加 速 (フェルミ加速) が起きているらしい [12][13][14] 。衝撃波面の前後で流速が 4 倍ほど異なり、そ こを何回も横切るうちに、荷電粒子は少しづつエネルギーを上げて行く。加速回数が増えるほど、 数が巾乗で減ると予言されている。地上の加速器に例えれば、加速用マイクロ波の位相をランダ ムにしたサイクロトロンあるいはシンクロトロンと言えよう。但し、加速はマイクロ波でなく衝 撃波面の磁場のゆらぎ運動で起きる。また、加速が起きる波面まで戻るには磁場中の拡散に頼ら なければならないので、加速領域が小さいと、到達最高エネルギーが低くなる。 超新星残骸 (SNR) では、衝撃波面は数 1000 年程度持続するので、数 100 TeV 程度まで加速さ れてもよいと思われている。宇宙の大規模構造形成の中で、銀河団スケールの衝撃波面があちこ ちで現れたと思われるが、その幾つかは今でも見られる。スケールの大きさから、1 億年以上加速 能力を持続するので、地上で観測される宇宙線の最高エネルギー (∼ 1020 eV) にまで、原理的には 加速できると思われている [8][13][15] 。 太陽フレア (solar flare) では、宇宙科学研究所の衛星 Y ohkoh などにより、磁力線が伸びてつ なぎ替え (reconnection) が起きる際に、荷電粒子が効率良く加速されていることが判ってきた。暗 黒分子雲中の太陽質量程度の軽い「星の卵」(young stellar objects、YSO) も、同様のメカニズム で荷電粒子を加速していると思われている。比較的小さなスケールで、磁場から荷電粒子にエネ ルギーを渡すメカニズムと言える [16]。 宇宙の加速器については、原理すら判っていない場合も多い。その一つがガンマ線バースト (GRB) と呼ばれる現象であろう。発見されて 30 年になろうとしているが、最近の研究でやっと、 3 GRB は宇宙論的距離で起きていることだけが明らかになった [17][18] 。数例ながら、エネルギー が GeV を越えるガンマ線が受かってもいる。すなわち、GRB の典型的な持続時間 (数秒–数 10 秒) 内に、荷電粒子を超高エネルギーに加速するメカニズムが存在すると思われている。そのメカニ ズムは、謎が多く、解明を待たれている。宇宙加速器に残る謎は、電子・陽電子やイオンの供給源 についても残されている。加速部分に比べるとサイズも小さい上、隠れていることも多く、ほと んどの場合、理論的な予想が巡らされているだけと言える。 3 宇宙のガンマ線放射過程 宇宙でガンマ線を放射するメカニズムとして重要なものは、高エネルギー電子が磁場中で発する シンクロトロン放射、高エネルギー電子が原子核のクーロン場と相互作用して出す制動放射、高 エネルギー電子と光子の相互作用による逆コンプトン散乱、宇宙線陽子 (重イオン) と核子の相互 作用によって発生する π 0 中間子の崩壊に伴うガンマ線放射などである。すべて非熱的な過程であ り、加速された荷電粒子が絡んでおり、各々は図 2 の上部に示した領域で有効となる。他に、粒 子・反粒子の対消滅、重い粒子の崩壊などでガンマ線が放射される (解説は文献 [2][8][19]) 。 高エネルギー天体物理の老舗である X 線観測と、新顔であるガンマ線観測が直接プローブする 物理過程の違いを、簡単に比較してみよう (表 1)。X 線領域では、炭素や酸素より重い元素の特性 X 線が、線スペクトルとして受かることが多い。これらから、元素組成や温度、電離の状態、電 離を起こす要因などが判る。それらの線幅やシフトから、イオンの速度分布、プラズマ塊の運動 なども測定できる。X 線連続スペクトルは、主として熱的なものとなるが、加速現場などではシ ンクロトロン放射や逆コンプトン放射も観測される。その一方で、2keV 以下では線源まわりの物 質や銀河系内のガスにより吸収される。吸収の様子から元素分布を推測できるメリットもあるが、 データを失うデメリットも大きい。一方ガンマ線は、ほとんど全てが、粒子加速に伴う放射とな り、構造のないスペクトルとなる。透過性が高いため、吸収を受けるとすれば、宇宙論的スケー ルの光子場との相互作用による電子陽電子対生成などに限定される。スペクトルに狭い構造が発 見されれば、素粒子物理学が予測する relic 粒子の消滅や崩壊以外には考えにくい。ガンマ線観測 では、加速された宇宙線と宇宙空間に充満する物質や宇宙論的スケールでの光子場との相互作用、 さらには量子重力が予測する真空のゆらぎに起因する光速のゆらぎなど、基礎物理過程を通して、 宇宙や素粒子を研究することになる。運が良ければ、超対称性粒子などの相互作用を直接見る機 会に巡り合える。 Table 1: X 線観測とガンマ線観測との比較 観測される放射 線スペクトル 連続スペクトル 星間吸収 4 X 線領域での観測 ガンマ線領域での観測 主に熱的放射 非熱的放射 非熱的な放射も含まれる 素粒子の崩壊・対消滅 原子準位の遷移 (特性 X 線) サイクロトロン共鳴 磁場中の高エネルギー電子からのシンクロトロン放射 電子の熱制動放射 高エネルギー電子の制動放射 電子による光子の逆コンプトン散乱 相互作用で生まれる π0 中間子の崩壊 星間物質による光電吸収 星間光子との衝突 (γγ → e+ e− /π) ガンマ線検出の原理 エネルギーが GeV 領域のガンマ線を検出する場合には、GLAST の例で見るように、入射ガンマ 線を鉛など板で電子・陽電子対に変え、それらの飛跡を記録する方法が取られる。飛跡検出器 (ト ラッカーとも呼ばれる) の後ろにはエネルギーを測定するためのカロリメータ(無機シンチレータ 4 Figure 2: 点源に対する Astro-E、GLAST、地上チェレンコフ望遠鏡の感度と、主な高エネルギー天体か らの放射スペクトル。高エネルギー粒子が宇宙磁場、星間物質や光子と相互作用するさまが、幅の広いスペ クトル領域に現れる。図の上部に、各エネルギー領域での、主たる放射過程を示した。(T. Kifune の超高 エネルギー天体研究会での発表を元に作図) や鉛とプラスチックシンチレータのサンドウィッチ等)が置かれる。このような検出器は、100GeV までのエネルギー領域で面積が数平米の場合に有効であり、加速器での実験でも標準となってい る [2][8] 。 ガンマ線のエネルギーが 100GeV を越えると、大気上層部で起きる電磁シャワーの出すチェ レンコフ光を、地上の望遠鏡で捉えることが可能になる。1980 年代の終り頃から、チェレンコフ 光の像でガンマ線シャワーを識別し、その到来方向を決定する技術が確立され、TeV 領域での観 測が急速に進んだ [20]。最近では、ASCA 衛星とチェレンコフ望遠鏡 (Cangaroo) が、超新星残骸 SN1006 中で、電子が数 100 TeV にまで加速されている証拠を発見し、注目されている [21][22] 。 ガンマ線のエネルギーがさらに上がると (E ≥ 1017 eV)、電磁シャワーは地上にまで届くよう になり、明野の空気シャワーアレーなどで観測可能になる [15]。しかしこのエネルギーになると、 原子核や陽子、中性子が引き起こす、強い相互作用のシャワーとの区別が難しくなる。 例えば、 1020 eV を越すエネルギーのシャワーが観測されているが、恐らく陽子か原子核イオンが引き起こ したものだろうと思われている。このエネルギーにまで荷電粒子を加速できる巨大な加速器が宇 宙に存在することだけは確かである [15]。 5 多波長での連係観測の重要性 最近日本のグループが上げた成果の一つに、上で述べた ASCA 衛星とチェレンコフ望遠鏡 (Cangaroo) による、数 100 TeV の電子を超新星残骸 SN1006 で発見したことがある。高エネルギー電 子が超新星残骸中の磁場 (数 − 数 10µG) により曲げられる時に出るシンクロトロン放射を数 keV の X 線として [21] (図 2 の 1 − 10keV 領域の “SN1006 NE rim”)、宇宙背景放射のマイクロ波光子 が高エネルギー電子との逆コンプトン散乱で高エネルギー化されたものが数 TeV のガンマ線とし て [22] (図 2 の 1TeV 付近の “SN1006 NE rim” と書かれた黒い点) 各々観測されたのだ。 他の高エネルギー天体でも、ASCA のような X 線観測衛星と硬 X 線あるいはガンマ線観測衛 星の連携観測で、物理過程が明らかになった例が増えている。激しくジェットを吹きだす活動銀河 核の観測では、ASCA、CGRO と地上のチェレンコフ望遠鏡 (Whipple) も参加し、その物理過程 を解明している [11]( 例えば図 2 中の Markarian421) 。この数年大きな話題となってきたガンマ線 バーストの観測では、後で述べるように、バーストから数秒から数時間内に X 線望遠鏡がその方 5 向を向き、1日の内に、世界の巨大光学望遠鏡や電波望遠鏡がバースト天体を探し、その減光を 記録している。ここで解説している GLAST 衛星が活躍する次世紀では、このような多波長連携 観測がもっと一般化しているだろう。その中でも際立って視野が広く (全天の 20%)、一時間半ご とにほぼ全天をサーベイできる GLAST 衛星は、その中心的な位置を占めるようになると期待し ている。 次世紀に入ると、X 線、GeV ガンマ線、TeV ガンマ線の全エネルギー領域で、観測装置の性 能が一桁以上改良されようとしている。その代表選手が AXAF 衛星と XMM 衛星 (X 線)、AstroE 衛星 (X 線と硬 X 線)、GLAST 衛星 (ガンマ線)、新 Cangaroo 計画や VERITAS 計画 (チェレンコ フ望遠鏡) である(図 2)。これらが揃えば、高エネルギー領域で素粒子物理学的興味を中心に発 展してきた宇宙線物理学と、天体物理学やプラズマ物理学を中心に発展してきた X 線・ガンマ線 天体物理学が完全に融合し、極限状態の宇宙で起きている物理現象の解明に向かうことになる。 GLAST 衛星では、銀河や銀河団に閉じ込められた陽子線が生成する中性パイ中間子の崩壊ガ ンマ線を利用して、我々の宇宙の物質 (バリオン) の分布を、イオンや原子状態にバイアスされな いで測定できる。現在進められている、高精度の 13 CO や 12 CO の分子準位間の遷移 (電波) を使っ た銀河系サーベイ (例えば [23]) に匹敵するようなバリオン分布図が描けるようになるだろう。銀 河の回転曲線や星の運動、銀河団では銀河の運動からバリオン分布を類推するのに比べると、圧倒 的に優れた角分解能と、絶対精度をもつ方法となる。巨大な分子雲の質量や、銀河のアーム間に ある物質量などを知ることで、銀河のダイナミックスが定量的に議論できる時代が来るのだ。そ の結果を電波域での観測結果と照らし合わせることで、各場所での分子や原子さらにはイオンの 絶対量も決定できることになるだろう。 6 次世代天体ガンマ線観測衛星 GLAST の概要 次世代ガンマ線衛星 GLAST は、10 MeV から 数 100 GeV 以上にわたる広いエネルギーバンド での天体観測を目的とした高エネルギーガンマ線天文衛星である。検出器は、入射ガンマ線の到来 方向とエネルギーを同時に決定することができる電子陽電子対生成型ガンマ線検出器であり、ガ ンマ線観測では傑出した数分角の空間分解能を誇る。また常時全天の約 20%を視野に入れている ため、ガンマ線バーストのような、transient 現象を発生の直前から観測でき、全く新しい次元を 開くと期待されている。GLAST は、CGRO 衛星に搭載されているガンマ線望遠鏡 (EGRET) と 比較して、エネルギー範囲、視野、空間分解能の全てで大きく改善されている。長期的なサーベ イで得られる検出感度は、EGRET の 50-100 倍に達すると予想されている。 GLAST 検出器はモジュール構成になっており、各モジュール (タワーと呼ぶ) は、トラッカー 部、カロリメータ部、荷電粒子アンチカウンター部などに分かれる (図 3)。モジュール化は、トリ ガーシステムへの負担を減少し、直接関係のないモジュールでのイベントによる不感時間を減少 すると共に、製作やテストをやり易くし、日本の次期 X 線天文衛星 ASTRO-E 搭載の硬 X 線検出 器 HXD でも採用されている技術である [24]。 トラッカー部は、17-22 層のストリップ型シリコン検出器 (例えば [25]) と薄い鉛のシートでで きており、入射ガンマ線を電子・陽電子対に変換し検出する。エネルギーを測定する電磁カロリメ ターは CsI(Tl) のブロックで構成される。EGRET 検出器と似た構成にも関わらず、大きな差が出 るのは、トラッカー部がストリップ型シリコン検出器になったため、飛跡測定精度が上がったこ とと、カロリメータが位置を測定できるようになったためである。高エネルギー素粒子実験で確 立されたストリップ型シリコン検出器を延べ面積約 100m2 も使うため、数分角の空間分解能と、 全天の約 20%をカバーする広視野を持つことができたと言える。そのため、幾つもの専用の超集 積回路を設計・製作すること、衝突型加速器実験で使われるようなデータ取得電子回路や、多数 の CPU を使う多段トリガーが必要となる。これらの総合力で、EGRET の約 50–100 倍の感度が 達成されることになる。 6 170 cm Complete GLAST 5 x 5 Array of Towers Gamma Ray Si Strip Detec tor 75 cm One Tower Module of GLAST 6.4 cm Preamps Mounted on Vertical Edge of Tray mm 194itch P 14 Gaps of 0.0 rad len conv35 2 Gaps witho Converters ut Imaging Ca lorimeter (10 rl) 11-97 8372A1 Figure 3: GLAST 検出器の概要: 図中の 5 × 5 Array of Towers は、4 × 4 になり、Si Strip Detector のサ イズは、95mm×95mm と設計が改まっている。また層の数も、図の 16 から 20 − 22 まで増やすことが検討 されている。 6.1 マイクロストリップ検出器 シリコンマイクロストリップ検出器 (SSD) は、高エネルギー素粒子実験で、大量の各種放射線を 浴びる粒子の衝突点近傍で、サービスを受けないまま数年にわたり動作し続けている [25]。すなわ ち、放射線に対する耐性がすぐれ、高いトリガーレートに耐え、極めて低い消費電力で高速読出 しする技術が確立している。衛星環境は加速器衝突点に比べると穏やかな環境であるが、100m2 にも及ぶ大面積が衛星で稼働した例はない。日本 GLAST チームは浜松ホトニクスと共に、試作 第 1、2、3 号器をつくって来たが、試作第 3 号器は、世界で初めて 6 インチウエハーを実用化し た大面積 SSD となっている。測定された暗電流は、室温で 1nA/ch 以下の画期的なものであり、 このデザインで進むことに青信号が出たことを意味する。検出器は、3 − 4 枚が縦にボンドされ、 電極が 200µm ピッチで並び、各々に VLSI 化された低雑音低消費電力プレアンプがワイヤーボン ドされることになる。詳細は、GLAST の Web ページ (http://www-glast.stanford.edu) を見て欲 しい。 Figure 4: GLAST の視野。Zenith Pointing (視野中心が常に地球と反対方向を向くような姿勢) で観測を 続けると、全天の約 85%が 1 日に数回スキャンされることになる。視野が衛星軌道の歳差運動 (周期 50 日程 度) にともなってシフトするため、どの天体も数日に 1 度は視野内に入ってくる。全天をより一様にカバー するために、首ふりさせることも考えられている。 7 6.2 他の天体観測器と比較した GLAST 検出器の特徴 GLAST の特徴は、広い視野と優れた角度分解能を同時に実現するところにある。このような、一 見合い反する特性を併せ持つことは、レンズや反射鏡で結像するタイプの望遠鏡では、絶対に実 現できない。典型的な X 線反射鏡では、視野が数 10 分角になるし、光学望遠鏡でも同じ程度とな る。ガンマ線の対生成で、到来方向が測定できるゆえに、視野 120 度、角分解能数分角が達成で きる。この特徴を具体的に示すのが、図 4 に示した GLAST の視野の広さである。どの瞬間でも、 円で示す宇宙全体の 20%が視野に入っている。 Part II: 高エネルギー天体物理の最新トピックスと GLAST 計画 7 超高エネルギー宇宙線の加速現場 宇宙線の銀河内伝播は古くからある未解決の問題である。あるエネルギーまで (E < 1015−16 eV) の宇宙線は銀河系内に閉じ込められておりそれ以上のエネルギーを持つ宇宙線は銀河系外から到 来したと考えられている [15]。この宇宙線が一体どこで、どのように加速されているのか、解明が 待たれている。 最近の X 線・ガンマ線観測によって、宇宙に存在するさまざまな高エネルギー加速器で、電 子・陽電子プラズマが数 100GeV 以上に加速されていることがわかっている (図 5)。銀河内部で は超新星爆発 (例: SN1006)、パルサー (例: PSR1706-44) とパルサー風に伴う衝撃波面 (例: Crab nebula)、銀河系内のブラックホール候補天体や系外の活動銀河核 (色々なブレーザー)、銀河団ス ケールの電波ローブなどがその例である。これらの天体で、陽子も効率よく加速されている可能 性が高いが、加速器の持続時間が短い (< 104−5 年) と、陽子の到達エネルギーは電子と大差ない と思われている。 陽子は質量が大きいため、シンクロトロン放射によるエネルギー損失が小さく、極めて長い時 間スケール ( 106−7 年) にわたり、エネルギーを高めることができる。その分、プローブとなる 電磁波の強度が弱くなってしまう。電子は、宇宙に典型的な磁場 (∼ 10−6 G) があると、105−6 年 で、加速と損失の平衡状態に達してしまう。このエネルギーは、数 100TeV で、加速が止まると、 同じような時間スケールでエネルギーを下げて行く。エネルギースペクトル (シンクロトロン放射 と逆コンプトン放射) などから加速器が稼働中か、どれくらいの期間稼働していたかを知れば、陽 子の到達エネルギーを推測することができる。このようにして、GLAST と硬 X 線望遠鏡や地上 チェレンコフ望遠鏡を併せることで、最高エネルギーの加速現場を発見できる。図 5 の左上方に、 最高エネルギー宇宙線源候補天体があると思われている。 8 AGN スペクトルによる初期宇宙の星形成史の研究 数 MeV 以上のエネルギーを持つガンマ線は、宇宙空間でほとんど吸収されなくなる。しかしエ ネルギーが数 10GeV を越えると宇宙論的な距離を伝わる間に、星形成で大量に作られる赤外線光 子やもっと大量にある背景放射の 2.7K マイクロ波との衝突で e+ e− 対を生成し、消えてしまう。 GLAST が検出する数 100GeV 以下のエネルギーでは前者のみが電子・陽電子を作るので、適当 なガンマ線源があれば、数 10 億年前の銀河や星形成史をプローブできることになる [26]。そして 巾関数で記述できるスペクトルを持つブレーザーが、吸収を測る最適の線源となる (図 6)。図 6 で は、測定された吸収から、星形成史のモデルをテストできることを示している。 EGRET で検出された約 50 個のブレーザーの中で、地上のチェレンコフ望遠鏡で、TeV ガン マ線が検出されているものは 2 個しかない。GLAST では数 1000 個のブレーザが観測でき、1000 個以上についてはスペクトルが測定できると予想している。ブレーザーの放射機構に起因したカッ トオフの場合も多いだろうが、距離の関数となる赤外線光子による吸収が検出される可能性も大 きい。NASA が計画している次世代宇宙望遠鏡や、日本のサブミリ波アレー計画 [27] などが、初 期宇宙の銀河での星形成史を研究しようとしている。GLAST は、間接的ではあるが、初期宇宙の 銀河活動史に関する貴重な情報を提供できる。 8 Figure 5: X 線・ガンマ線観測で判った、宇宙加速器の最高エネルギーと磁場の関係。その電子によるシ ンクロトロン放射、宇宙背景放射の逆コンプトン散乱、自己シンクロトロン・逆コンプトン散乱により地上 に届く電磁波のエネルギーを線で示した。GLAST は、観測領域を上方向に押しあげることになる。図右の 略称は XBL:X-ray selected BL Lac objects、RBL:Radio selected BL Lac objects、QHB:Quasar Hosted Blazar である。(K. Makishima の物理学会での発表を元に作図) 9 超強磁場中性子星とガンマ線観測 パルサー (pulsar) は高速で自転する強磁場中性子星という非常に簡単な系である。そのパルス放射 のエネルギー源は中性子星の回転エネルギーであり、中性子星の持つ強い磁場の高速回転に誘導さ れた巨大な起電力によって粒子加速が行なわれていることは早くから確立していた [1][10] 。理解が 比較的進んでいると思われていたパルサーや中性子星の分野だが、RXTE や Beppo-SAX、ASCA などの X 線ガンマ線検出器により新しい発見がなされ、超強磁場下での量子電磁気学が適用され つつある [28][29] 。 9.1 Soft Gamma-ray Repeater は超強磁場中性子星であった 通常のガンマ線バーストは、現在までに 2000 を越えた数が観測されているが、同じ天体がバース トを繰り返したと確認されているケースはない [17][30] 。しかし、X 線領域で、かに星雲を越える 明るさでバースト状に輝く天体が、数年程度の間隔で同じ場所に検出されている例が 4 つ知られ ている (表 2)。 これらは銀河系内あるいは大マゼラン雲 (LMC) にあることが判っており、Soft Gamma-ray Repeater と呼ばれ、一般のガンマ線バーストと区別される [31]。 最近になり、定常状態の SGR からの X 線放射や周辺からの電波放射が観測され、これらが SNR の中にある若い中性子星であることが確立した [32]。その後、3 つから X 線パルスが観測さ れ、周期 (P ) がゆっくりしていることが判った (表 2)。その内の 2 つでは回転周期の低減率 (Ṗ ) が 測定され、磁気双極子放射によるエネルギー損失を仮定することで中性子星の磁場の強さが計算 されたが、B > 1015 G との驚くべき値が得られている [33][31] 。 SGR のバーストで放出されるエネルギーは、宇宙論的距離にある通常のガンマ線バーストよ りは小さい。とは言え SGR0525-66 の 1979 年 3 月 5 日のバーストは、銀河系のはるか外の大マゼ ラン雲 (50kpc) にありながら、ピーク時にはかに星雲よりも明るく輝いていた [34][35] 。観測結果 から、中性子星の回転エネルギーでなく星内部の磁場エネルギーが、効率良く X 線ガンマ線にコ ンバートされた可能性が検討されている。さらに最新の研究では、SGR バーストの最初に一撃は、 必ずしもソフトでないようだ [35]。 SGR はその位置が知られたり、定常的な X 線放射が観測されていたにも関わらず、最近まで パルス放射が検出できなかったのは、検出される光子数が少なかったためと思われる。 9 104 Integral Flux (counts) Absorption Due to Extragalactic Background Light 103 102 Unabsorbed Spectra 101 100 Model (2) z=2 Model (2) z = 0.5 Model (1) z=2 Model (1) z = 0.5 100 1-98 8372A54 101 Observed Energy 102 (GeV) 103 Figure 6: Blazar からのガンマ線はスペクトルがべき関数になるが、赤外線など背景光との衝突で電子陽 電子を生成し消滅するため、数 100GeV で cutoff される。いろいろな距離にある Blazar の cutoff energy を 測ることで、星形成史の赤方偏移依存性を知ることができる。 Table 2: ソフトガンマ線リピーター(Soft Gamma-ray Repeaters) SGR1900+14(注 ) SGR1806-20 SGR0525-66 SGR1627-41 回転周期 (P ) 5.16s 7.47s 8.1s 同左低減率 (Ṗ ) 1.1 × 10−10 s/s 8.3 × 10−11 s/s 表面磁場 [G] (2 − 8) × 1014 G 1.6 × 1015 G Ėpeak [erg/s] 2 × 1043 erg/s ∼ 1041 erg/s 5 × 1044 erg/s 距離 [kpc] 6kpc 7kpc 50kpc 注: 1999 年 2 月に電波パルサーが発見された (IAU Circ. 7110)。 この SGR は、次に解説する Anomolous X-ray Pulsar と合わせて、“Magnetar” と呼ばれ、超 強磁場中での量子電磁気学の研究対象ともなっている [28][36] 。SGR の定常的なパルス放射は磁気 圏で置きている可能性が高い。加速場所の磁場が強いため、あるエネルギーを越えると真空中で 電子・陽電子対が生成されるようになり、光子のスペクトルが数 10-数 100MeV で cut-off される との予想がされている [36]。すなわち、GLAST の観測で、Magnetar の本質的な部分が検証でき ることになると期待している。 9.2 電波を出さない超強磁場パルサー (Anomolous X-ray Pulsar) 銀河系内には若い超新星残骸が多く見つかっていながら、電波サーベイでパルサーが見つからな いものが多く、天体物理学の大きな謎の一つとされてきた [37]。この謎を解く糸口が、やっと見え 始めている。 この 1 つは、電波を出さない (あるいは弱い) パルサーが、次々と見つかり始めたことである [38]。X 線でもパルサーが、周期と周期低減率を細かく変えながらフーリエ解析する方法で探索 されてきた。ここで見つかり始めたパルサーは、X 線フラックスが小さかったため、発見が難し かったようだ。これら一群のパルサーは、電波を発していないことから、Anomolous X-ray Pulsar (AXP) と命名された。図 8 に示すパルサーの周期と周期低減率のプロットでは、SGR と共に、右 上の角に位置することになる。 AXP から観測される X 線が、光源での吸収を受けていないことや、他波長での放射が弱いこ となどから、回転の減速は磁場双極子放射によると思われている [36]。理論的には、磁場が極め 10 Figure 7: 電波パルサーの周期と周期変化率 (P –Ṗ ダイアグラム。小さな丸は電波パルサーに対応する。正 方形は EGRET でパルス検出されたもの、大きな丸は ASCA で X 線放射が検出されたもの、ダイアモン ドは ROSAT で X 線放射が検出されたもの。図中には、周期と周期変化率から推定される回転エネルギー 損失が一定の線、同じく磁場が一定の線、同じく特性年齢が一定の線も描かれている。右上の星印が、最近 発見された超強磁場中性子星、左下の一群がリサイクルされたミリ秒パルサーである。(Princeton Pulsar Catalog をアップデートし、[36] を加味して作成) て強いため、磁極付近で電波を放出できなくなっている思われている [36]。中性子星の表面磁場 を計算すると、Soft Gamma-ray Repeater と同じく、Bsurf ace > 1014G となる。このパルサーも、 GLAST のエネルギー領域で、超強磁場による cut-off が見られると予想される [36]。 この他にも、ASCA などで、電波を出さないか、電波が非常に弱い数秒周期のパルサーが幾つ か見つかっている。また銀河円盤にある EGRET の未同定天体の多くは、AXP のような天体と予 想されている。このような意味においても、電波を発することができない中性子星やパルサーが、 数多く隠れている可能性がある。EGRET では、第 3 カタログに掲載されるに至っていないが、ミ リ秒パルサー (PSR J0218+4232) や X 線バイナリーパルサー (Cen X-3 他) が、検出限界ぎりぎり で受かっているようだ。空間分解能が高く感度も高い GLAST による観測では、多種多様なパル サーが発見される可能性が高い。 9.2.1 物質が降着しつつある中性子星 (LMXB) における kHz ゆらぎ 中性子星の回りに太陽質量程度の軽い星が束縛されている系 (Low Mass X-ray Binary の一種) の 幾つかで、ミリ秒間隔で硬 X 線パルスを間欠的に出す現象 (kHz Quasi-Periodic Oscillation) が発 見された [39]。そこでは、ミリ秒で回転する中性子星と、その表面にすれすれで光の速度で回転す る降着円板の相互作用が見ることができ、一般相対論を直接検証できる貴重な事例となっている。 また、中性子星が LMXB のパートナーから質量を貰いながら、ミリ秒パルサーになる道筋を示し てくれる意味でも、大変貴重である。このような中性子星の表面磁場は、質量降着が起きている ことなどから、B ∼ 108−9G と考えられている [39]。 11 GLAST のエネルギー領域でどのように見えるかは、予想もできないが、幾つかの X 線バイナ リーパルサーが EGRET で受かり始めていることを考えると、検出できるチャンスは大きいだろ う。一般相対論効果が現れる領域での物理学を知る上で、高エネルギーガンマ線のもたらす情報 は貴重と言えよう。 10 ガンマ線バースト ガンマ線バースト (GRB) は、数 MeV から数 GeV 程度のエネルギーをもったガンマ線が、数ミリ 秒から数秒のタイムスケールで一気に放出される、爆発的な現象である。Vela 衛星によって偶然に 発見されて以来 30 年経った今、ようやくその正体を突き止める手掛かりが得られ始めてきた。そ の起源については、いろいろなことが考えられたが、BATSE 検出器による 2000 個を越えるバー スト検出が、その可能性を徐々に狭めて今日に至っている。1997 年になると、Beppo-SAX による ガンマ線バーストの位置決定と X 線望遠鏡・光学望遠鏡などのフォローアップ観測により、減光 する天体が確認され、バーストが宇宙論的な距離で起きていることが明らかになった [17][18][30] 。 1999 年 2 月時点では、15 のガンマ線バーストの位置が X 線の残光から 10 分角程度で判り、6 つの赤方偏移が測られ、その分布が z = 0.0085 − 3.412 であることが判っている [40]。それでも メカニズムについては、未だになにも判っていないと言って良い。宇宙論的距離にあることから、 1052 erg を越えるエネルギーが数秒の間にガンマ線として放出されている事実、減光が t−1 に比例 している事実を説明できればモデルとして通用している。物理過程に迫るには、GLAST を中心と する多波長での発生直前からの観測が必須である。 GLAST の観測シミュレーションによると、年間 100 事象程度のガンマ線バーストを検出する ことができ、バーストの発生位置は数分角以下の精度で決定できる。GLAST はどの瞬間にも全天 の 20%が観測している上、全天の 85%がおよそ 100 分周期でスキャンする。このため、発生した バーストの約 20%はバースト発生の瞬間から観測され、85%が 100 分以内に観測されることにな る。このような広視野と高角分解能、さらには数 10MeV–100GeV なる広エネルギー域を併せ持つ 検出器は例を見ない。バースト源がスキャン領域内にある場合には、バースト発生以後数日から 数十日の間は断続的に観測され続ける。これらの観測のための特別な衛星オペレーションを一切 必要としないのも大きな特徴となる。 GLAST は、X 線領域をカバーするガンマ線バーストモニターを搭載するオプションを検討し ている。これが実現すれば、1 keV から 100 GeV までの多波長域で、発生直前から、高感度で観 測できる強力な観測器となる。 1998 年に起きた GRB980425 は、その一日以内に、ほとんど同じ位置に極めて強力な超新星爆 発が起きたことで大きな注目を浴びた。野本のグループは、この超新星爆発を詳細に分析し、放 出エネルギーの大きさなどから、GRB と同起源である可能性を指摘し、注目されている [41]。ま た本年 1 月に起きた GRB990123 は、超遠方 (z = 1.6) にも関わらずガンマ線で非常に明るかった 上、可視光で発生後 27 秒に 9 等星に達したことなどから、放出エネルギーが超新星爆発の 1 万倍 であったと推測され、重力レンズ効果の可能性を含め、大議論が巻き起っている [40]。 11 11.1 素粒子物理の量子重力理論や超対称性理論との関係 初期宇宙の Relic Particle 検出の可能性 素粒子理論では、極めて長い寿命を持つ「relic particles」の存在を予言する。また、幾つかの relic particle は安定であるが、高密度の初期宇宙では対消滅する可能性が高い。このどちらも、かなり 高い分岐比でガンマ線を放出する。赤方偏移 z = 10 の昔まで見通せたなら、これらのガンマ線を 観測できるチャンスにも恵まれる。ガンマ線背景放射スペクトルの中に、ダークマターを構成す る超対称性粒子が対消滅し 2 つのガンマ線になるピークを探すことになる。 12 11.2 量子重力理論のエネルギーに依存する光速の揺らぎの検出 大部分の量子重力理論の研究者は、その予言が実験的に検証できる日がくるとは考えなかっただ ろう。ガンマ線バーストが宇宙論的な距離で発生し、GeV を越えるエネルギーの光子が地球に到 来していることが判明すると、一気に検証する可能性が出てきた。量子重力理論では、Casimir 効 果に類似した真空のゆらぎにより光速が、光子のエネルギーをプランクスケール (EP ∼ 1019 GeV) で割った程度ゆらぐ可能性が指摘されている [42][43] 。ガンマ線バーストが 1Gpc の距離で起き、 10GeV と 100GeV の光子が同時に発せられるとすれば、100GeV の光子は 30ms 遅れて到着する と予言する (MP lanck = 1019 GeV)。EGRET では、捕まえた光子数が少なく、到来時間のエネル ギー依存性を調べることができていない。GLAST では、光子数が 50-100 倍に増え、到来時間を 正確に記録できる。量子重力が予言する程度の、時間に比例する遅れを検出するのは、問題なくで きる。もし発見されれば、一挙にプランクスケールに迫る貴重な研究手段を提供することになる。 12 結論と謝辞 次世代ガンマ線観測衛星は、極限状態の物理学を研究する、極めて貴重なチャンスを与えてくれ る。それを可能にする検出技術は、日本が世界的に誇るシリコンストリップ型検出器をベースに しており、国際的にも日本の貢献が期待されている。2005 年に打ち上げられる予定であるが、観 測で得られるデータは、参加国の研究者に、解析用のプログラムとセットにして公開される予定 である。日本から参加する我々は、多くの研究者に興味をお持ちいただき、得られるデータが多 方面で利用されるように願っている。 紙面の都合上、期待される科学的成果については、最近話題になっているテーマに絞って解説 した。GLAST が打ち上げられる 5 − 6 年後には、全く別のトピックスに興味が移っている可能性 があるが、GLAST はそのオールラウンド性で、柔軟に対応できると思われている。 ここで書いた内容や使った図は、GLAST Collaboration により蓄積された物が多い。米国を 中心とする共同研究の仲間、特に Peter Michelson 氏、Elliott Bloom 氏、Bill Atwood 氏、Jay Norris 氏に感謝する。国内でも多くの議論を通していろいろな方に教えを受けた。特に牧島一夫 氏、村上敏夫氏、高橋忠幸氏、佐藤勝彦氏、野本憲一氏、寺沢敏夫氏、山本晃永氏に謝辞を述べ たい。米国 NASA と DoE が設立した GLAST 計画の国際的なアドバイザーとして助言をいただ いている小田稔先生にも感謝したい。GLAST のシリコンストリップ検出器の開発研究は、東大初 期宇宙研究センター (RESCEU) のプロジェクト (文部省 COE 研究 No.07CE2002) の一つとして 行なわれた。 References 1 Philip A. Charles and Frederick D. Seward; “Exploring the X-ray Universe”, Cambridge Univ. Press (1995) 2 P. V. Ramana Murthy & A. W. Wolfendale; “Gamma-ray astronomy”(2nd edition), Cambridge Univ. Press (1993), 小田稔、西村純、桜井邦朋 (eds.); 「宇宙線物理学」 朝倉書店 (1983) 3 井上允、井上一; 日本物理学会誌 52(3) (1997) p.161 4 H. Sato and N. Sugiyama (eds.); “Black Holes and High Energy Astrophysics”, Universal Academy Press (1998) 5 鈴木英之; 日本物理学会誌 43 (1988) p.106 6 N. Shibazaki, N. Kawai, S. Shibata, and T. Kifune (eds); “Neutron Stars and Pulsars − Thirty Years after Discovery” Universal Academy Press (1998) 7 N. Gehrels and J. Paul; “The New Gamma-Ray Astronomy” Physics Today, February 1998, p26 (釜江常好訳; パリティ 1998 年 11 月号) 8 J. F. Ormes (ed.); “Current Perspectives in High Energy Astrophysics” NASA Reference Publication 1391 (1996) (NASA Goddard Space Flight Center の J. F. Ormes 氏に頼めば、入手 可能) 13 9 柴田晋平; パリティ Vol.12, No.02 (1997) p.8 10 A. Lyne and F. Graham-Smith; “Pulsar Astronomy”, Cambridge Univ. Press (1990) 11 高原文郎; 日本物理学会誌 53(6) (1998) p.405, T. Takahashi, G. Madejski, and H. Kubo; Astroparticle Physics (in press) and astro-ph/9903099 12 E. Fermi; Phys. Rev. Lett., 75 (1949); Astrophys. J., 119 (1954) 1 13 A. R. Bell; Mon. Notices of Royal Astron. Soc. 182 (1978) p.147 14 坂下志郎、池内了;「宇宙流体力学」 培風館 (1998) 15 竹田成宏、永野元彦; 日本物理学会誌 54(1) (1999) p.41, トーマス・オラロラン、ピエール・ソコ ルスキー、吉田滋; パリティ 13(10) (1998) p.26 16 草野完也、常田佐久; 日本物理学会誌 53(9) (1998) p.656 17 村上敏夫; 日本物理学会誌 54(1)(1999) p.11, パリティ Vol.12, No.11 (1997) p.38 18 中村卓史、谷口敬介; パリティ 13(6) (1998) p.56 19 G. B. Rybicki and A. P. Lightman; “Radiative Processes in Astrophysics” John-Wiley (1979) 20 森正樹; パリティ 13(8) (1998) p.14 21 K. Koyama et al.; Nature 378 (1995) p.255 22 T. Tanimori et al.; Astrophys. J. 497 (1998) p.L25 谷森達、吉越貴紀; 日本物理学会誌 53(8) (1998) 23 Y. Fukui et al; Int. Astron. Union Symp. 190 (1998) p.9, Y. Yonekura, K. Dobashi, A. Mizuno, H. Ogawa, Y. Fukui; Astrophys. J. Suppl. 110 (1997) p.21 24 T. Kamae et al.; Proceedings of SPIE (The Int. Soc. for Optical Engineering) Vol.2806 (1996) p.314 25 T. Ohsugi (ed.); Proceedings of the 2nd Solidstate Tracking Detector Hiroshima Symposium, Nucl. Instr. Meth. in Physics Research Vol. A383(1) (1996) 26 D. Macminn and J. R. Primack; Space Sci. Rev. 75 (1996) p.413 27 石黒正人、川辺良平、阪本成一、福井康雄、天文月報、92、1999 年 3 月号 28 超強磁場での量子電磁気学は、S. L. Adler, J. N. Bahcall, C. G. Callen and M. N. Rosenbluth; Phys. Rev. Lett. 25 (1970) p.1061。Magnetar モデルは、B. Paczynski; Acta Astron. 41 (1992) p.145, R. C. Ducan and C. Thompson; Astrophys. J. 392 (1992) p.L9, C. Thompson and R. C. Duncan; Month. Notices Royal Astron. Soc. 275 (1995) p.255, C. Thompson and R. C. Duncan; Astrophys. J. 473 (1996) p.322 29 A. K. Harding; Science 251 (1991) p.1033; Physic Reports 206 (1991) p.327 30 G. J. Fishman and C. A. Meegan; Annu. Rev. Astron. Astrophys., 33 (1995) p.415 31 J. P. Norris, et al.; Astrophys. J. 366 (1991) p.240, E. P. Liang; Astrophys. Space Sci. 231 (1995) p.69, 村上敏夫; 天文月報 1999 年 3 月号 (1999) p.152 32 C. Kouveliotou et al.; Nature 368 (1994) p.125, T.Murakami et al.; Nature 368 (1994) p.127, R.E.Rothschild et al.; Nature 368 (1994) p.432, S.R.Kulkarni and D.A.Frail; Nature 365(1993) p.33, G.Vasisht et al.; Astrophys. J 431, L35(1994) 33 C. Kouveliotou et al.; Astrophys. J. 510 (1999) p.L115, C. Kouveliotou et al.; Nature 393 (1998) p.235 34 C. Barat et al.; Astron. & Astrophys. 79 (1979) p.L24, E. Mazets et al.; Nature 282 (1979) p.587, T. Cline et al.; Astrophys. J. 237 (1980) p.L1 35 K. Hurley et al.; Nature 397 (1999) p.41 36 M. G. Baring and A. K. Harding; Astrophys. J. 507 (1998) L55 37 この謎を指摘し、中性子星やパルサー誕生のモデル (Injection Model) が提唱されてきた。 M. Vivekanand and R. Narayan; J. Astrophys. Astron. 2 (1981) p.315, R. Narayan; Astrophys. J, 319 (1987) p.162 14 38 S. Merenghetti and L. Stella; Astrophys. J. 442 (1995) p.L17, G. Vasisht and E. V. Gotthelf; Astrophys. J. 486 (1997) p.L129, E. V. Gotthelf and G. 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