浮体式洋上風力発電の現状と今後の展望

vol.12 2016
社会動向レポート
浮体式洋上風力発電の現状と今後の展望

環境エネルギー第 2 部
チーフコンサルタント 蓮見 知弘
洋上風力発電は、海洋資源開発の実績が多い欧州が主流であったが、近年わが国でも導入が進
んでいる。本稿では、事業化を見据えた実証事業が行われている「浮体式洋上風力発電」の現状
と今後の展望について述べる。
はじめに
いて述べたい。
当社がコンソーシアムの 1 社として参画して
風を動力源として電気を起こす風力発電はこ
きた福島沖での浮体式洋上風力発電実証研究事
れまで陸上が中心であったが、近年では欧州を
業(Fukushima FORWARD)は、2016年8月に
中心に海上に設置をする洋上風力発電も進んで
3 基目となる5 MW 風車の福島沖実証サイトへ
いる。図表 1 に示すとおり、洋上風力発電は、
の設置が完了し、電気系統の工事を経て、本
風車の設置方法により、海底に直接支持構造物
年12月に運転開始を迎える予定である。これ
を埋め込み固定する「着床式」と船舶のような
により、複数の風車をチェーンでつなげた世界
浮体を海底に固定したアンカーにより係留する
初の浮体式洋上ウィンドファームが完成し、今
「浮体式」に分類され、水深が50 m 程度までは
後は製造・設置から維持管理に主眼を置いたス
「着床式」が、それよりも深いところでは「浮
テージとなる。本稿では、浮体式洋上風力発電
体式」が技術的にも経済的にも有利であるとさ
図表1 洋上風力発電の構造物と水深との関係
(資料)EWEA, Deepwater
1
の特徴や世界の研究開発状況、今後の展望につ
浮体式洋上風力発電の現状と今後の展望 
れている。洋上は陸上に比べて風況がよく、大
(1)国別の研究開発動向
型発電機の設置に適している点が強みである
2016年8月末時点における研究開発状況を図
が、洋上特有の技術や経験・ノウハウが求めら
表 5 に示す。左図、右図の縦軸をそれぞれプ
れ、現在稼働している国は、わが国を含めて
ロジェクトの件数[件]、プロジェクトの規模
10カ国程度でそのほとんどは、欧州(英国、デ
[MW]に設定し、国別に積み上げ、研究開発
ンマーク、ドイツなど)である。なお、フラン
の進捗が進んでいることを意味する着工・稼動
スやアメリカでは、計画はあるものの、稼働ま
の多い順に並べたものである。
でには至っていない。
わが国では、経済産業省における福島沖、環
浮体式洋上風力発電のコンセプトは1970年
境省における長崎沖での実証および、NEDO
台はじめには立ち上がったものの、技術的な
による事業性に特化した技術開発を行ってお
ハードルもあり、産業界として取り組み始めた
り、世界トップを走っている。ついで、ノル
のは1990年台半ばであった。その後、2008年
ウェー、フランス、ポルトガルと続くが、規模
にオランダの Blue H が80 kW の風力発電機を
順ではノルウェーが次点となっている。
イタリア沖に設置し、実証のステージが始まっ
水槽試験の段階まで含めると、プロジェクト
た。現在は25を超えるプロジェクトが提案さ
規模別では、英国、米国、ポルトガルの順に
れ、研究開発が進んでいる状況である。
なる。これは、5 MW 級の発電機を複数基つな
浮体式洋上風力発電は、これまでの洋上に
げたウィンドファームのプロジェクトがこれ
おける石油・ガスの開発技術をベースとして、
らの国で計画されているためである。特に英国
TLP、Semi-Sub、Spar の3つのタイプに分類
の Hywind 2 は、2016年第 3 四半期から着工、
することができる。それぞれのタイプの浮体に
2018年の稼動が見込まれている。
は図表 2 に示すような長所と短所がある。
本稿では図表 3 に示す29のプロジェクトに焦
点を当て、
浮体式洋上風力発電の動向を分析し、
今後の展望を考察する。
1. 浮体式洋上風力発電の研究開発動向
浮体式洋上風力発電は、研究開発途上にあ
り、そのステージごとにプロジェクトを分類・
(2)浮体の類型の動向
図表2に示したとおり浮体式洋上風力発電は、
TLP、Semi-Sub、Sparの3つの種類があり、そ
れぞれに長所と短所がある。計画されているプ
ロジェクトにおける浮体の類型の割合をステー
ジ別で表したものを図表 6 に示す。図中の割合
は、規模のシェアを意味している。
整理することで、その動向を比較することがで
プロジェクトの全体及び水槽試験までの技
きる。一般的な研究開発の流れは、
「① 設計 →
術開発ステージでは、Spar が 3 割、Semi-sub
② 小規模設備の水槽試験 → ③フルスケールで
が約 6 割、TLP が約 1 割となっている。しかし
の実証」となっている。そこで本稿では、図表
ながら、着工・稼動に限定すると、TLP は事
4 に示すとおり、全プロジェクト(緑:① ∼ ③
例 が な く、Spar と Semi-sub が そ れ ぞ れ 4 割、
の合計)
、水槽試験段階以上(青:② と ③の合
6 割の水準になっている。TLP で導入が検討さ
計)
、着工・稼動(赤:③ のみ)の 3 つのステー
れているドイツの Gicon プロジェクトが稼動予
ジでプロジェクトの動向を比較する。
定となる2017年になると、その割合は、Spar
が約3割、Semi-sub が約 6 割、TLP が約 1 割の
2
vol.12 2016
図表2 浮体の類型
浮体の類型
概要
特徴
強制的に半潜水させた浮
体構造物と海底に打設し
た基礎杭とを鋼管で接続
し、強制浮力によって生
じる緊張力を利用して係
留する洋上プラットフォ
ーム。
構造物の下部が半分海面
下に沈み込んでいる半潜
水式の浮体構造物。
縦長の円筒形型の大型ブ
イを係留索で係留した浮
体構造物。
【長所】
໐ 鉛直方向を中心に変
位が小さい
໐ 係留による占有面積
が小さい
【短所】
໐ 浮体及び海底側に基
礎基盤の構造や係留
システムのコストが
高い
【長所】
໐ 港湾施設を有効に活用
して組立が可能
໐ 凌波性に優れ、上下の
揺れが小さい。
【短所】
໐ 全体構造が複雑なため
建設コストが高くなる
傾向
【長所】
໐ 構造が単純であり、浮
体の建造が簡単
໐ 鋼材量も総じて少なく
なる傾向
【短所】
໐ 風車及び浮体がゆれる
中での施工
໐ 稼働中の保守管理や修
理において特別なシス
テムが必要。
(ドイツ)
プロジェクト例
(ポルトガル)
(日本)
(ノルウェー)
(日本)
(日本)
(注)GOTO-FOWT:環境省が長崎県五島沖で実証をしているプロジェクト名
Fukushima FORWARD:経済産業省が福島沖で実証をしているプロジェクト名
(資料)浮体式洋上風力発電に係る基礎調査(NEDO)、三井海洋開発ホームページによりみずほ情報総研が作成
図表3 プロジェクト一覧
プロジェクト名
(資料)各種資料によりみずほ情報総研作成
図表4 浮体式洋上風力の研究開発段階の区分
(資料)各種資料によりみずほ情報総研作成
3
プロジェクト名
プロジェクト名
浮体式洋上風力発電の現状と今後の展望 
図表5 各国における浮体式洋上風力発電の研究開発状況
(資料)各種資料によりみずほ情報総研作成
図表6 各研究開発段階における浮体の類型の動向
(資料)各種資料によりみずほ情報総研作成
水準となり、開発段階における差異はなくなる
ものの、Semi-sub を選定する事業が最も多い
ことに変わりはない。
(3)着工・稼動しているプロジェクトの動向
浮体式洋上風力発電の2011年∼ 2016年まで
の着工を含む稼働状況は、図表 7 に示すとおり、
一般的に、Semi-sub は、浮体の形状が船舶
22.3 MW となり、そのうちの16 MW はわが国
と共通する部分が多く、港湾をベースに建造・
である。現在、着工・稼動している段階にある
施工・曳航できる点が有利であるため、計画・
の は、Hywind( ノ ル ウ ェ ー)
、WindFloat( ポ
着工の事例が多い。一方、Spar は海洋工事の
ルトガル)
、GOTO-FORT(日本)
、Fukushima
技術水準の高さが必須となるが、設計が容易で
FORWARD( 日 本 )
、Floatgen( フ ラ ン ス )の
鋼材の量が少なくてすむことにより、事業性が
5 つのプロジェクトである。それぞれのプロ
高まることから「着工」の 4 割程度を占めてい
ジェクトの概要を図表 8 に示す。
るといえる。
現在の実証では、技術的にも安定した2.0 MW
4
vol.12 2016
図表7 浮体式洋上風力発電の稼動状況(2016年は着工も含む)
(資料)各種資料によりみずほ情報総研作成
図表8 稼動・着工している浮体式洋上風力発電プロジェクト
事業規模
実施海域
ノルウェ-
ポルトガル
年
年
日本
日本
年
稼動開始年
設置基数
基
基
基
フランス
年
年
年
基
年着工
基
浮体形状
水深
離岸距離
日立製作所
日立製作所
三菱重工業
風車の容量と
メ-カ-
日立製作所
トン
浮体の製造に
用いた鋼材量
点
係留の本数
(資料)各種資料によりみずほ情報総研作成
5
トン
点
トン
点
トン
トン
トン
点
点
点
点
浮体式洋上風力発電の現状と今後の展望 
級の風力発電機が最も多く採用されている。ま
ロットしたものである。例えば、Hywind の場
た、Hywind と GOTO-FOWT、WindFloat と
合は、2.3 MW を 3 本で係留しているため、0.77
Fukushima FORWARD を 比 較 す る と、 同 じ
[MW / 本]となる。縦軸は、係留 1 本にどれだ
浮体形状でも製造に用いた鋼材量に大きな差が
けの風車の重さが負荷としてかかっているのか
出ている。その理由としてわが国のプロジェク
を意味する指標であり、安全性に重点を置くと
トは、台風や、地震による津波といったわが国
値が小さくなる傾向がある。
固有の気象・海象条件を設計に反映するなど安
この図から、現在、稼動・着工しているプロ
全性を十分に担保した設計を優先していること
ジェクトでは、はじめての実証事業であるこ
が影響しているものと考えられる。
とから、設計を安全サイドの設計になってい
2. 浮体式洋上風力発電の今後の方向性
1.
(1)でも述べたとおり、浮体式洋上風力発
ると考えられる。一方で、事業化を見据えた
Hywind 2(6 MW× 5基)では、実証の知見を
設計に反映させた結果2.0[MW / 本]に改善し、
電は、単基の実証から複数基をつなげたウィン
安全性と経済性の両立を目指した設計になって
ドファームとしての実証に移ろうとしている状
いると考えられる。わが国においても台風をは
況にある。これまでの実証で得られた知見を設
じめとする特徴があるものの、将来的には風車
計に反映させることで、安全性を担保しつつ、
を大型化し、係留の本数を少なくするなどの工
経済性を改善させ、事業化への道筋を立ててい
夫で経済性を改善していくことが求められる。
くことに主眼を置くことになる。ここでは、事
業化を見据えた方向性を安全性の観点から考察
していきたい。
3. おわりに
浮体式洋上風力発電の事業化にあたっては、
図表 9 は、現在、稼動・着工しているプロ
安全性・信頼性を基礎としつつ、経済性を確保
ジェクトにおいて、横軸に風車の規模、縦軸
できるかが最大の課題である。2009年ごろか
に係留 1 本あたりの風車の規模[MW / 本]をプ
ら実証研究が世界で進められており、現在は、
図表 9 着工・稼動しているプロジェクトにおける
係留1本あたりにかかる風車の規模
得られた経験を設計や維持管理に反映させるこ
とで、最終的な発電事業としての実現可能性を
検討する段階となった。
日本においても第 4 次エネルギー基本計画に
おいて「世界初の本格的な事業化を目指し、福
島沖や長崎沖で実施している実証研究を進め、
2018年頃までにできるだけ早く商業化を目指
しつつ、技術開発や安全性・信頼性・経済性の
評価、環境アセスメント手法の確立を行う」と
記載されており、次期エネルギー基本計画にお
ける位置づけに注目が集まるところである。一
方で、本稿では記載をしなかったが、わが国固
有の問題として、漁業との共存や一般海域の占
(資料)各種資料によりみずほ情報総研作成
有に関するルールなど社会的な課題もある。諸
6
vol.12 2016
外国では、政府にてゾーニングと呼ばれる手法
を用いて、開発海域を指定しているところもあ
るが、わが国の文化や法体系等の事情を踏まえ
つつ、今後議論を深めていくことで、更なる導
入の加速化につながるものと考えている。
参考文献
1. 主要な浮体式洋上風力発電のプロジェクトは以下
の URL をご参照。
Hywind:
http://www.statoil.com/en/TechnologyInnovation/
NewEnergy/RenewablePowerProduction/
Offshore/Hywind/Pages/HywindPuttingWind
PowerToTheTest.aspx?redirectShortUrl=http% 3
a%2f%2fwww.statoil.com%2fhywind
WindFloat:
http://www.principlepowerinc.com/en/windfloat
GOTO-FOWT:
http://goto-fowt.go.jp/
Fukushima FORWARD:
http://www.fukushima-forward.jp/
FloatGen:
http://floatgen.eu/
2. Carbon Trust,“Floating Offshore Wind:Market
and Technology Review”
(2015年)
3. European Wind Energy Association“Deep
water”
(2013年).
4. 経済産業省資源エネルギー庁,
「エネルギー基本計
画」
(2014年4月)
5. NEDO,
「浮体式洋上風力発電にかかる基礎調査」
(2012年)
6. 三井海洋開発株式会社ホームページ:
http://www.modec.com/jp/business/domain/fps.
html
7