土木と市民の距離を近づける「ダムぬり絵」

特集 土木の魅力が伝わる広報へ 土木と市民の距離を近づける「ダムぬり絵」
かな
やま
あき
ひろ
金 山 明 広*
ダムを活かした水源地域の自立的活性化のためには、ダムを地域のアイデンティティとする必要がある。
独立行政法人水資源機構下久保ダム管理所では、これまでにダムが地域のアイデンティティとして認めら
れるようさまざまな活動を展開しているが、昨年度、新たな取組み「下久保ダムぬり絵コンテスト」を開
催した。本稿では、一連の取組みについてその意義と経過を報告する。
1.はじめに
ムで取り組んだ活動を紹介する。
10数年ほど前に日本列島を吹き荒れた謂われの
ないダムバッシングはすっかり影を潜め、現在では、
⑴ 地域の宝「三波石峡」の回復
まずは、ダム下流に存在する国の名勝及び天然記
ダムはインフラツーリズムを牽引する一翼としてマ
念物「三波石峡」の景観回復が課題であった。三波
スコミから注目を浴びる存在となっている。
石峡は「三波川変成帯」の名前の由来となっており、
このようななか、ダムが地域の観光名所として地
域住民が「自立的」な活性化を目指すためには、ダ
美しい緑色の緑色片岩と季節が織りなす景色は地域
の宝「アイデンティティ」そのものであった。
ムにまつわるマイナスイメージを払拭してダムを地
この三波石峡に対して、平成13年7月に水環境
域のアイデンティティにまで昇華させることが不可
改善事業により維持流量を復活させ、平成15年度
欠であると考え、下久保ダムではさまざまな活動を
からは土砂掃流によるクレンジング効果及び砂礫堆
展開している。
の再生により地域の宝はかつての美しい景観を取り
戻し、地域のアイデンティティの回復に住民からは
2.ダムを地域のアイデンティティに
歓喜の声が寄せられた。
水源地域ビジョン活動はダムのある水源地域の自
立的・持続的活性化を目指す諸活動であるが、自立
的・持続的な活性化のためには、住民自らがダムを
地域のアイデンティティ(ダムを地域の誇りに、ダ
ムを地域の自慢に)として捉える意識がなければな
らない。しかし、環境破壊や自殺の名所といった不
本意な噂が先行し、ダムを活かした地域づくりのた
めのアイデンティティ醸成を阻害している。
せき
さん ば
下久保ダムにおいても同様で、
「ダム下流の三波
石峡の環境は破壊された」
「本当にダムは役に立っ
写真-1 地域のアイデンティティ「三波石峡」を回復
ているのか」
「ダムは地域振興の阻害要因だ」「ダム
の活かし方が解らない」と不満の声が出されていた。
この不満に対処することが第一歩であり、下久保ダ
⑵「自分たちのダム」という意識の醸成
下久保ダムでは平成15年から毎年、地域住民、
*独立行政法人水資源機構 下久保ダム管理所 副参事 0274-52-2746
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湖面利用者、受益地市民が一同に集まって「ゴミゼ
ロ活動」を展開している。ダム周辺にお住まいの地
域住民にはダム建設時の移転協力者も多く、受益地
域の市民と交流することによって、
「苦渋の決断だっ
た移転協力のおかげでダムが役に立っている」とい
う実感を直接得ていただくことができた。また、地
域への来客である湖面利用者との交流によって、
「自
分たちで自分たちのダムを綺麗にしてもてなす」と
いう意識が醸成されている。
⑶ ダムなんかに人が集まるのか
果たしてダムに人が集まるのか、儲けることがで
きるのか、という“気付き”である。論より証拠、百
写真-3 ダム土産 下久保ダム図面手ぬぐい
3.土木と市民を近づけた「ダムぬり絵」
聞は一見にしかずで、平成27年6月に施設点検を
「ぬり絵」はあらゆる分野で取り入れられ、ぬり
兼ねた点検放流を行い、わずか1日で1,900人を誘
絵対象物とユーザーとの間に親近感を与え、ファン
客した。これにより、地域住民の意識は、ダムを
の増加や商品の販売促進に活用されている。
“活かした”地域活性化に大きく踏み出した。
下久保ダムでは、ダムを地域のアイデンティティ
としてさらに親しみを感じていただくために、新た
に「ダムぬり絵」を展開することとした。
⑴ ぬり絵制作のポイント「正確な描写」
ぬり絵の制作には適度なデフォルメ(線画の簡略
化)が避けられないが、過度なデフォルメは放流動
作などダムの機能が正しく表現されない可能性や誤
解を招く恐れもあるため、ある程度細やかで正確な
描写を求めることとした。
このため、平成26年4月からダムを題材にした
写真-2 1,900 人が訪れた点検放流
(ダム愛好家 タキザワさん撮影)
⑷ ダムカレー、ダム土産
ダムマンガ※の作者であり、ダムを愛しダムの機能
に詳しい漫画家の井上よしひさ氏が適任と考え、納
期・費用を調整し、ぬり絵の制作を依頼した。
観光の要素として欠かせないものは「食」である。
水源地域ビジョン及び地元自治体からの呼びかけで、
ダムカレー提供店舗を募集した。下久保ダムカレー
の認定条件は次の2点のみである。
⃝ライスでL字形のダムを表現すること
⃝三波石峡を何かで表現すること
各店舗で工夫をこらした盛りつけが行われ、現在、
4店舗で下久保ダムカレーが提供されている。
また、ダム土産として、下久保ダム設計図面をデ
ザインに用いた「下久保ダム図面手ぬぐい」を開発
し販売を開始している。
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図-1 完成した下久保ダムぬり絵
⑵ 下久保ダムぬり絵コンテストへの展開
できあがった「ぬり絵原画」は平成27年10月末に、
地域の自治体や観光協会で構成する「神流川流域き
らり☆にぎわい観光会議」に提示した。地域の自治
体も呼応してダムを活用する機運が高まりつつあっ
たこともあり、僅か1ヵ月ほどの期間で「下久保ダ
ムぬり絵コンテスト」としてイベントの開催を決定
し、準備を完了した。
応募用紙は水彩絵の具にも耐えうるよう上質紙と
し、自治体施設、下久保ダム管理所、道の駅などに
配置したほか、ダムを身近に感じていただけるよう、
図-2 大賞に輝いた作品。ダムの模様は切り絵
地域内の幼稚園や小学校にも配布した。
また、ぬり絵とはいうものの、使用画材には制限
を設けず、
「色鉛筆、クレヨン、フェルトペン、絵
の具、ちぎり絵などなんでも可」とした。これによ
り、想定を超える画材を用いた力作が寄せられた。
4.開催結果と反応
地域の内外にお住まいの1歳から102歳まで、実
に1世紀を超える幅広い年齢層の方々から作品が寄
せられ、応募総数は1,042作品にのぼった。
作品は色鉛筆・クレヨンなどお馴染みのものから、
プロが用いるコピック、切り絵、ちぎり絵、シール、
毛糸、砂など工夫を凝らした画材が用いられた。
写真-4 1,042 作品が土木と市民の距離を近づける
5.おわりに
本稿では、ダムが地域のアイデンティティとして
また、ダム本体をグレー系の色彩を用いて写実的
認められるためのさまざまな取組みと、その延長線
に着色する作風と、カラフルで自由な色使いの作風
上で全国初の取組みとなる「土木と市民の距離を近
に分かれた。後にダム管理所展示スペースにおいて
づける」ダムぬり絵を紹介した。
全1,042作品を一同に展示したが、さまざまな色合
いのダムは訪れる見学者の目を存分に楽しませていた。
コンテストを主催した観光会議からは、
「このイ
土木構造物は縁の下の力持ちであり脚光を浴びる
ことは少ないが、こうした取組みは土木を知り、土
木の魅力を伝えるきっかけになり得るだろう。
ベントは大成功。次回も実施したい」と感想が寄せ
あらゆる巨大インフラが地域のアイデンティティ
られたほか、応募者からも「ぬっているだけでも楽
として地域に根ざし、愛され、インフラツーリズム
しい」
「楽しいイベントをありがとう」という声が
を介した地域活性化がさらに加速していくことを願
寄せられた。地元住民にも「ダムが明るくなってよ
いたい。
い。明るい話題で地域を盛り上げていきたい」と好
評だった。
【用語解説】
※ダムマンガ……少年画報社刊「月刊ヤングキングアワーズ GH」に平成 26 年2月から平成 28 年7月まで連載されていた漫画。
作者の井上よしひさ氏は熱心なダムマニアとしても知られている。ダムが好きな女子高校生たちを主人公とし
て、ダムの魅力やダムの果たす役割、ダムの面白さを伝える作品となっている。単行本最終巻(第4巻)は平
成 28 年9月 16 日に発行され完結する。
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