人民元改革と中国からの資本流出 京都大学経済学研究科教授 岩本 武和 1 近年における日本の国際収支の特徴 ① ② ③ ④ 貿易収支の縮小⇒赤字化 サービス収支は一貫して赤字 したがって、貿易・サービス収支は赤字 経常収支の黒字(16.4兆円)を維持できているの は、第一次所得収支(外国からの利子や配当な どの受払)の大幅黒字(20.7兆円)。すでに立派 な金利生活者の国(J.M.ケインズ)。 ⑤ 金融収支は一貫して(グロスの資本流出[対外 資産の増加]ーグロスの資本流入[対外債務の 増加])>0:ネットで資本流出 ⑥ つまり、経常収支黒字を対外的に貸し出すとい う構造。 アメリカ・中国との比較 アメリカ ① 経常収支は一貫して赤字、それを補填するために金 融収支は一貫して(グロスの資本流出[対外資産の 増加]ーグロスの資本流入[対外債務の増加])<0: ネットで資本流入。 ② つまり、経常収支赤字を対外的に借り入れて支払う という構造。 中国 ① 経常収支は一貫して黒字、金融収支も一貫して(グ ロスの資本流出[対外資産の増加]ーグロスの資本 流入[対外債務の増加])<0:ネットで資本流入。 ② つまり経常収支黒字(資本流入)+金融収支でも資 本流入⇒外貨準備が激増(固定相場制維持のため) 単位:億円 4 単位:億円 5 各国の国際収支 総務省統計局『世界の統計2015』 http://www.stat.go.jp/data/sekai/ 6 Financial Globalization Global integration of financial markets industrial countries emerging economies Increasing of two-way cross-border transactions in financial assets Establishing of one-way cross-border transactions in financial assets Expanding of gross capital flows Increasing of net capital flows Ballooning of gross international asset and liability positions Increasing of net international investment positions(NIIP, NFA) 7 過去20年間(1995年-2015年)の国際的な資本フロー • 先進国間では、「双方向の資本フロー」(双方向 での国際資産取引)が活発となり、グロスの資 本フローが流出・流入とも大きく拡大した。その 結果、ストックとしての国際投資ポジション(IIP) も、グロスの対外資産・負債が両建てで膨張。 • 新興国では、1997年のアジア危機を契機として、 経常収支黒字が定着し、それが外貨準備の著 しい増加という形で「一方向の資本フロー」が続 いている。その結果、ストックとしても、ネットの 国際投資ポジション(NIIP)が拡大。 8 グロスの資本流入 グロスの資本流出 ネットの資本流出 IMF (2016), “Understanding the slowdown in capital flows to emerging markets,” World Economic Outlook, April. 9 Capital Flows to China グロスの資本流入 グロスの資本流出 ネットの資本流出 10 『日経新聞』2015年10月18日 朝刊 11 アジアにおける資本流出 • これまで新興国は世界の成長センターとして、日米欧などか ら幅広いマネーを誘引することで高成長を続けてきた。 • しかし、主要30の新興国への投融資などに伴う資本流入は 2015年に前年から50%減少した。新興国から海外への資本 流出も減ったが、ネットで5400億ドル(約65兆円)の流出超と なった。流出超は88年以来、27年ぶり。 • 国別では中国が4775億ドルと過去最大の流出超。海外から の投融資が80%も減少する一方、富裕層が海外に資金を逃 避させており、民間部門の金融収支は赤字幅が拡大。 • 続いて、韓国(743億ドル)、マレーシア(334億ドル)、タイ (216億ドル)のネットで資本流出。 • ただし、新興国の外貨準備高は過去15年で11倍に増えた。 企業の借り入れも期間の長い融資比率が増え安定性が増 しており、1997年のような通貨危機には至らないだろう。 12 管理変動相場(バスケット・ペッグ制)の導入 ⇒人民元切り上げ ネットで資本流出⇒人民元切り下げ • 2005年7月:市場経済を基礎に、通貨バスケットを 参考に調整する管理変動相場制(“adjustable” based on market supply and demand with reference to a basket of currencies)⇒RMB切り上げ • 長年資本の流入国であった中国は、2014年後半 以降、ネットで流出国となった。 • 2015年8月11日には、国内経済の減速を輸出の振 興によって補うべく、人民元の対ドル基準値を、対 前日比1.8%の切り下げを実施した(8.11匯改)。 13 (補論)外国為替市場の構造 14 外国為替市場の構造(cont.) (1)外国為替市場の構成者 ①顧客(輸出入業者など) ②銀行(ディーラー=トレーダー) ③為替ブローカー ④中央銀行 (2)外国為替市場の分類 15 (補論)外国為替市場の需給均衡 (為替レートの変化とドル需要・供給の変化) • リンゴの需要曲線は右下がり、供給曲線は右上がり リンゴの価格が下がれば、リンゴの需要は増え(安いときに買い)、 価格が上がれば供給は増える(高いときに売る) 。 • ドルの需要曲線は右下がり、供給曲線は右上がり ドルの価値が下がれば、ドル需要は増え(安いときに買い)、価値 が上がれば供給が増える(高いときに売る) 。 ドル安・円高 (ドル高・円安) 輸出の減少 (輸出の増加) ドル供給の減少 (ドル供給の増加) 輸入の増加 (輸入の減少) ドル需要の増加 (ドル需要の減少) 16 2.外国為替市場の需給均衡(cont.) (為替レートの増価と減価) • 為替レート(自国通貨[邦貨]建て) →外国通貨1単位(1ドル)の価値を、自国通貨(円)で表示した値。 →1ドル=100円 (リンゴ1個=100円) →S=100 (p=100) • 自国通貨の増価(appreciation) →自国通貨(円)の価値が上昇すること(=円高) →1ドル=90円 (リンゴ1個=90円) → S=90 (=ドル安)→ S↓ • 自国通貨の減価(depreciation) →自国通貨(円)の価値が下落すること(=円安) →1ドル=110円 (リンゴ1個=110円) → S=110 (=ドル高)→S↑ (注)固定相場制の場合 切り上げ(revaluation) or 切り下げ(devaluation) 17 18 固定相場制と変動相場制 固定相場制(数量調整) 外国為替市場における外貨(ドル)の超過供給・超過需要 を、通貨当局が公定価格($1=¥360)で無制限に売買する こと(為替平衡操作=為替介入)によって、需給調整を行う 制度。 ⇒外貨準備の大きさは、受動的に決まる。 変動相場制度(価格調整) 外国為替市場における外貨(ドル)の超過供給・超過需要 を、為替レートの変化($1↗↘¥360)によって、需給調整を 行う制度。 ⇒外貨準備は、原則として、必要としない。 19 20 21 2010年7月20日:バスケット・ペッグ(管理フロート)制へ移行 8.28 2015年8月: 切り下げ 6.77 6.83 22 リーマン・ショック後の中国の国際収支(BOP)構造 • 2002~2007年の経常収支黒字拡大が止まり、 – 対GDP比では2007年の10%から2~3%に縮小 – 絶対額でも年間4千億ドルから2千億ドルに縮小 • 代わって、資本フローが活発化 – 2009~2014年前半(2012年のユーロ危機時を除く)にFDI を中心とする巨額の資本が流入。BOPの「双順差」(双子 の黒字)が持続し、外貨準備が激増した(約2兆ドル)。 – 2014年後半より資本が逆流し、介入等によって外貨準備 が8千億ドル減少。BOPは一転して「一順一逆」(経常収支 黒字と資本収支赤字)構造へ変わった。 23 中国の国際収支(季節調整値、半年ベース) (資料)中国外貨管理局 24 中国BOPの「双順差」構造 (資料)中国外貨管理局 25 中国BOPの「一順一逆」構造への転換 26 資本フローの「双順差」から 「一順一逆」への激変 • 2009~2014年前半の資本流入は、海外直接 投資(FDI)が最大。証券投資は資本規制により 内外とも低調。 • 2014年Q2以降の資本流出の主要形態は銀行 部門対外債務(現預金・短期借款)の激減(+誤 差脱漏)。 27 対中国クロスボーダー銀行債権残高と通貨別構成 28 中国経済のトリレンマ • 長年資本の流入国であった中国は、2014年後半以降、 ネットで流出国となった。 • 他方、2015年8月11日には、国内経済の減速を輸出の振 興によって補うべく、人民元の対ドル基準値を、対前日比 1.8%の切り下げを実施した(「8.11匯改」)。 • 元安はさらなる資本流出を発生させ、人民銀行は元買い・ ドル売りで対応せざるを得ず、外貨準備高をほぼ3000億ド ル減少させ、2015年の資本フローは、ネットで6750億㌦の 流出超になった。 • 景気回復のための元安が資本流出を招き、それに対応す るためには金融を引き締めざるを得ず、当初の景気回復 策を打ち消してしまうという意味で、中国は現在、典型的な トリレンマに直面 (Kawai and Liu,2015)。 29 国際金融のトリレンマ(Obstfeld,M.[2004]) (Open-economy Trilemma) [実現不可能な三位一体(impossible trinity)] • At the most general level, policymakers in open economies face a macroeconomic trilemma. Typically they are confronted with three typically desirable, yet contradictory, objectives: 1. to stabilize the exchange rate (固定相場制) 2. to enjoy free international capital mobility (自由な資本移動) 3. to engage in a monetary policy oriented toward domestic goals (金融政策の自律性) 30 実現不可能な三位一体(Impossible Trinity) Frankel(1999) (c)完全な資本規制 ①為替レートの安定 ③金融政策の独立性 資本移動の自由化 両極の解 (a)完全な変動相場制 ②自由な資本移動 (b)完全な固定相場制 (または通貨同盟) 31 3つの国際通貨制度 A) ①と②の政策目標を採用した場合、③は放棄せざるを得 ない(i=i*とならざるをえない)。例えば、ユーロ圏では、通 貨統合によって為替レートは完全に固定されており(①)、 域内での資本移動も自由であるが(②)、マネーサプライは 欧州中央銀行(ECB)に一元化されていて、各国中央銀行に は独立した金融政策が発動できない(③を放棄)。 B) ②と③の政策目標を採用した場合、①は放棄せざるを得 ない((Se-S)/S≠0とならざるをえない)。例えば、日米等の先 進国間では、資本移動は自由であり(②)、中央銀行が独 自の金融政策を発動できるが(③)、為替レートの固定を放 棄して変動相場制を採用している(①を放棄)。 C) ①と③の政策目標を採用した場合、②は放棄せざるを得 ない(UIPが成立しない)。例えば、ブレトンウッズ体制の下 では、IMF加盟国は固定相場制を採用し(①)、中央銀行が 独自の金融政策を発動できるようにしていたが(③)、資本 移動には大きな制約(資本規制)があった(②を放棄)。現在 の中国など多くの新興国も、この第三のケースに相当する。 32 三つの過剰と中国投資リスクの拡大 • リーマン・ショック直後に人民元の切り上げが再開。 • このポスト・リーマンショック期(2010年10月~2015年7月) における切り上げは、基本的に「(行き過ぎた)景気対策に よって誘発された資本流入」に起因。 • 中国の景気対策の行き過ぎがもたらしらた「3つの過剰」を もたらした。 ① 2012年以降顕在化していた建設資材産業(セメント・鉄鋼・ ガラス・アルミ・銅)、石炭、造船、太陽光パネル等の部門 における過剰設備と国有企業を中心とする収益悪化 ② 3・4線級の地方都市に集中する住宅在庫の累増 ③ これらを支えた債務残高急増加 33 3つの過剰①:中国の過剰生産能力(2014年) 34 3つの過剰②:商業用不動産在庫面積 35 3つの過剰③:非金融部門(家計・企業)債務残高 36 時期尚早だった「人民元の国際化」 • 人民元の国際化(2009年7月) – 中国本土・香港ASEAN間の人民元貿易決済解禁により、 人民元の国際化がスタート • 円を追い越した人民元(2015年8月) – 国際決済通貨としてのシェアが、日本円(2.76%)を抜く 2.79%、人民元はポンドに次ぐ世界4番目の決済通貨 • 人民元のSDR構成通貨化(2016年10月1日) – 当座の目標であった人民元の「SDRの構成通貨」化が 実現(USD, EURに続く10.92%の構成比) 37 時期尚早だった「人民元の国際化」 • 「人民元の国際化」の実績 – 2009年7月の人民元貿易決済解禁に始まる人民元の国際化 は、その後の国内規制緩和(人民元決済可能地域の拡大) とともに ①2010年7月のCNH(香港オフショア人民元)銀行間取引開始 ②2013年の台湾、シンガポール、マカオ、韓国(+ルクセンブル ク、ロンドン等の一部欧州金融センター)における人民元業務 開始・拡大(クリアリング・バンク設置等を含む) • 2010年7月より、人民元の切り上げ再開。 – この人民元の先高期待が人民元国際化の「追い風」 – 2014年末には、オフショア人民元預金残高は約2兆元(円換 算38兆円) 38 オフショア市場の人民元預金残高と為替レート 39 人民元の国際的使用状況 40 人民元の国際化=資本流入 国際化の失速=資本流出 • 人民元の国際化の太宗は、「オフショア人民元預金」を借りて 「本土向け人民元預金」(非居住者人民元預金)で運用する(資 本流入)であったと考えられる。つまり、人民元の国際化は、い わば「オフショアでの外国為替取引」と「人民元資金の本土運 用」という「人民元キャリー取引」により進んできたと見られる。 • 通貨需要は ① 取引的動機(貿易・投資決済)、 ② 予備的動機(準備資産)、 ③ 投機的動機(人民元高予想による通貨代替) の3つに依存するが、③の要因が実績をかさ上げ。 • しかし、人民元運用は人民元先高期待に依存しており、その予 想が剥落すると、途端に歯車が逆転。 • 結局、人民元の国際化は2016年「8.11匯改」を転機に失速して しまった大規模な資本流出の一部は、この「人民元の国際化」 の失速を反映。 41 インフラ金融:AIIB vs. ADB • アジアインフラ投資銀行(AIIB) – 2015年設立、ADB設立50周年の2016年に開業 – 中国が最大出資者、欧州は多く参加。 • アジア開発銀行(ADB) – 1966年設立、2016年創立50周年 – 日米が最大出資国、両国で30%強、第3出資国は中 国6.5%、歴代総裁は全て日本 42 単位:10億ドル 35.0 30.0 25.0 DAC諸国のODA比較 United States United Kingdom Germany Japan 20.0 France 15.0 Sweden 10.0 Netherlands China 5.0 0.0 Norway Korea 43 中国の対外援助の推移 単位:10億ドル 7.0 6.0 Multilateral: International organizations 5.0 4.0 3.0 2.0 Bilateral: Net disbursement of concessional loans Bilateral: Grants and interest-free loans 1.0 0.0 For reference: Net disbursement of preferential export buyer's credits 44 原資としての外貨準備 • 対外経済活動の原資 :480億ドル(資本注入額) :450億ドル(〃) :290億ドル(資本金中国最大負担額) :400億ドル(出資金) いずれも外貨準備が原資 2014年9月の約4兆ドルをピークに減少してきてはいるが、 2016年7月末でなお3.012兆ドル 上掲各支出の外準トータル(2016年7月末)に占める比率: 国家開発銀行 :1.60% 中国輸出入銀行 :1.50% AIIB 0.93% シルクロード基金 :1.33% 45 一帯一路(One Belt One Road) 1.シルクロード経済ベルトにおける3つのルート(一帯) ・中国から中央アジア、ロシアを経てヨーロッパに至る(バルト海) ・中国から中央アジア、西アジアを経てペルシア湾、地中海に至る ・中国から東南アジア、南アジア、インド洋に至る 2.海上シルクロードにおける2つのルート(一路) ・中国沿海港から南シナ海を経てインド洋に至り、ヨーロッパへ伸びる ・中国沿海港から南シナ海を経て南太平洋に至る 46
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