Ⅵ アジア通貨危機 • 通貨危機と金融危機 • アジア通貨危機の発生メカニズム:資本収支 危機 • ダブル・ミスマッチ:通貨ミスマッチと満期ミス マッチ • 東アジア経済圏と東アジアにおける金融協力 1 アジア通貨危機 •1997年7月、タイの通貨バーツの急落をきっかけ に、インドネシアや韓国などで波及的に通貨が暴 落し(通貨危機)、金融機関や企業の破綻が相次 ぎ、実体経済にも深刻な影響を及ぼした(経済危 機)⇒why? •ヘッジファンドを筆頭とする投資ファンドや、欧米 の金融機関が、一斉にアジア諸国から短期資金 を引き揚げたのが一因。 •タイ、インドネシア、韓国の3カ国は国際通貨基金 (IMF)の支援を求めることとなった。 2 通貨危機(currency crisis) ① 固定相場制を採用している国の通貨が、外国為替市場で大量に 売り浴びせられ、 ② 通貨当局による自国通貨の防衛(外貨準備を用いた自国通貨の 買い支え)にもかかわらず、 ③ 外貨準備が枯渇してしまうと、自国通貨の価値が維持できなくな り、通貨価値が暴落することを意味する。 当該通貨が売り浴びせられるのは、近い将来その国の通貨価値 が維持できない(通貨価値が大きく下落する)という予想から、通 貨価値を維持している(通貨価値が高い)間に売っておこうとする からである。 また、通貨危機に陥った国は、国際通貨基金(IMF)から短期資金 (国際流動性=通常は米ドル)の供与を受け、枯渇した外貨準備を 補填すると同時に、IMFからは通貨危機に陥った要因を除去す るような緊縮政策をコンディショナリティーとして求められる。 3 タイの通貨危機 • タイの通貨バーツの場合、1ドル=25バーツ(1バーツ=0.04ドル)と いう固定相場制(ドルペッグ制)を採用 • 経常収支の悪化(対外支払いの必要性)から、外国為替市場では バーツを売ってドルを買う動き(ドル需要)が強まっていた。固定相 場制を採用している場合、外国為替市場でドルを供給するのは通 貨当局であるので、通貨当局の外貨準備は減少し始める。 • 外貨準備が減少し始めると、やがて通貨当局はバーツを切り下 げるのではないか(例えば1ドル=30バーツ[1バーツ=0.03ドル])と いう予想から、多くの市場参加者はバーツが高いうちに売ってお きたいという動機から、一斉にバーツを売り浴びせることとなった。 • そのため、タイの中央銀行の外貨準備は枯渇し、実際に(自己実 現的に)バーツの通貨価値は大きく下落し(1ドル=40バーツ[1バー ツ=0.025ドル])以下に急落し、固定相場制を維持できなくなった のである。 4 アジア通貨危機のメカニズム(タイのケース) 5 アジア通貨危機における「トリレンマ」 ① 通貨危機の直接の引き金となったのは、バーツの過大 評価(実質実効為替レートの増価) ② バーツの過大評価による「経常収支危機」は結果であり、 その原因は、BIBFの開設を契機とした資本の自由化と、 過大な資本流入による「資本収支危機」。 ③ 通貨当局による不胎化介入は無効。資本流入があれば、 本来ならば資金の需給が緩み、金利が低下するが、固 定相場制を維持するためには不胎化介入を行ってマネ タリーベースを一定に保つ結果、金利が上昇し、さらなる 資金流入。 ⇒①②③は、「資本移動が自由である場合、固定相場制 の下では、金融政策(マネタリーベースを一定に保つ不 胎介入)は無効である」という開放経済におけるトリレンマ。 6 実現不可能な三位一体(Impossible Trinity) Frankel(1999) (c)完全な資本規制 ①為替レートの安定 ③金融政策の独立性 資本移動の自由化 両極の解 (a)完全な変動相場制 ②自由な資本移動 (b)完全な固定相場制 (または通貨同盟) 7 ①資本の自由化(巨額の資本流入) • 1986年~1995年の10年間のタイ経済は、平均成 長率が9.5%という極めて高い経済成長を記録し、 新興国の仲間入りを果たすとともに、1990年にIMF の8条国に移行した(経常取引に関する為替管理の 撤廃)。 • これに続き1993年には、BIBF(Bangkok International Banking Facilities)というオフショア市 場を創設し、事実上の資本の自由化に踏み切った (資本取引における資本規制の撤廃)。これをきっか けに、タイの高い成長率(高い投資収益率)を求めて、 外国から巨額の資本流入が始まった。 8 アジアの新興市場諸国への資本移動(1991-2004) 10億ドル 150 民間資本移動 100 直接投資 50 証券投資 0 年 -50 銀行融資など 公的資本移動 -100 -150 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 (資料)International Monetary Fund, World Economic Outlook 各号より作成 9 ②固定相場制 • タイへ巨額の資本が流入したもう一つ重要な理由は、 固定相場制であった。タイの経済成長を支えたのは 対米輸出であり、対米依存度の高い多くのアジア諸 国と同じく、米ドルに対して自国通貨を固定するドル ペッグ制を採用していた。 • 全く為替リスクのない状態で高い収益率を入手でき るので、外国の金融機関はタイへの投資を拡大して いった。 • 他方、1995年からアメリカがドル高政策(後述)に転 じると、米ドルに対して固定されてバーツも連動して、 他の通貨に対して過大評価されることになり(実効 為替レートの増価)、タイの経常収支は悪化した。 10 • 実質為替レートの増価 P * S × P * 自国通貨で測った外国の物価水準 RE = S × = = P P 自国通貨で測った自国の物価水準 で定義されるREが、タイ国内のインフレ(バブル)により P↑⇒RE↓(実質増価) • 実効為替レートの増価 当時は、ドル高・円安であり、ドルにペッグしていたバーツも連動し てバーツ高・円安 • 不胎化介入 資本流入(ドル売り・バーツ買い)⇒バーツ高圧力⇒固定相場制を 維持するための市場介入(ドル買い・バーツ売り)⇒インフレ圧力⇒ それを相殺するために売りオペ(バーツ買い)の不胎化政策⇒金利 上昇⇒資本流入⇒・・・の悪循環 11 アジア諸国の実質実効為替レート (出所)『通商白書』1999年 12 ③独立した金融政策 • タイの通貨当局は、資本流入によるマネーサ プライの増加(バーツ売り)と、それに伴うイン フレと実質為替レートの増価を防ぐため、不 胎化介入(バーツ買い)を行おうとするが、 バーツ買いは金利を上昇させ、さらなる資本 流入を招き、マネーサプライは増加を続け、 インフレとバブルをもたらすこととなった。 13 「資本収支危機」としてのアジア通貨危機 資本収支危機(vs.経常収支危機) 資本の自由化→資本流入(資本黒字) →自国通貨高 →固定相場維持のための自国通貨売り介入 →インフレ→自国通貨の過大評価 →輸出競争力の低下→経常赤字 14 アジア危機における「ダブル・ミスマッチ」 (1)満期ミスマッチ(maturity mismatch) 現地の金融機関が、15国際金融市場から資金を短期 で借り入れ、それを国内企業に長期で貸し付け。 →国内企業への融資が不良債権化したために、国際 金融市場での借換えが困難。 (2)通貨ミスマッチ(currency mismatch) 現地の金融機関が、国際金融市場から資金をドル建 てで借入れ、それを国内企業に現地通貨建てで貸し 付け。 →現地通貨の対ドル相場が大幅に下落、ドルを返済 するために必要な現地通貨建て支払額が大幅に増大。 15 東アジアの奇跡のメカニズム (東アジアにおける貿易と投資の有機的連関) 貿易 (輸出) 投資 (FDI) 有機的連関 日本 NIES ASEAN アメリカ 中国 ? 16 ① HFは、1ドル=25バーツの時点で、将来のバーツ切り下げ を見越して、バーツの空売りを行なった(バーツを借り入れ、 25バーツで1ドルを買った)。 ② 実際に、バーツが、1ドル=35バーツに下落した時点で、バ ーツを買い戻して、1ドル当たり10バーツの利益を稼ぎ出し た(1ドルで35バーツを買い、25バーツを返却した)。 17 ① この時点で、HFに対して、25バーツで1ドルを売ったのは、中央銀行。つまり交 換性を停止していないので、中央銀行は無制限にドルを供給する義務があった 。HFは、猛烈な勢いでバーツを売り浴びせた(=中央銀行の外貨準備を枯渇さ せるくらい、1日で数十億ドルのドルを買いまくった)。 ② この時点で、HF(バーツに対してショート・ポジション)に対して、1ドルで35バーツ を売ったのは、バーツを投げ売りでもして為替差損を回避したいバーツの保有者 (つまり、バーツに対してロング・ポジションにある外国銀行)で、早くバーツを売っ てしまわないと1ドルを購入するのに50バーツも支払わなければならない。 ③ さらに、バーツが1ドル=50バーツ近くまで下落したとき、バーツの売買は成立す るだろうか? もちろん成立する。それは、 – (a)バーツに対してショート・ポジションにあるHFがバーツを買い(買い戻す= できるだけ安い価格で買いたいから)、 – (b)バーツに対してロング・ポジションにある外銀がバーツを売る(これ以上バ ーツが下落すれば、ますます為替差損が大きくなるから)。 18 ASEAN+3(ASEANプラス日本・中国・韓国)の 東アジア地域金融協力の枠組み ① 危機が発生した際における流動性供給スキームの構築 ⇒チェンマイ・イニシアティブ(CMI) 2国間スワップ協定網 ⇒CMIのマルチ化 ② 平時における「ドル建ての短期資金の流入」に依存しない「現地 通貨建て投資資金」の安定的な供給スキームの創出 ⇒アジア債券市場の育成 (a)アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI) ⇒供給側(下)からのアプローチ (b)アジア・ボンド・ファンド(ABF) ⇒需要側(上)からのアプローチ ABF1 [June 2003, US $1 billion] ABF2 [May 2005, US$2 billion] ⇒アジア共通通貨(ACU)の可能性 19 2国間スワップとしてのCMI 20 CMIのマルチ化(2010年) ・2010年3月、CMIマルチ化契約が発効。 ・一本の契約の下で、通貨スワップ発動のための当局間の意思 決定の手続きを共通化し、支援の迅速化・円滑化。 ・スワップの発動条件は、基本的にIMF融資とリンク 21 http://www.mof.go.jp/international_policy/financial_cooperation_in_asia/cmi/index.html アジア債券市場の育成 • 「外国通貨建ての短期資金」を借り入れ、それを「現地通貨建て の長期資金」として貸し付けていたという「通貨と期間のダブル・ ミスマッチ」が、アジア通貨危機の一因。 • アジア債券市場が育成され、現地通貨建ての長期資金が調達 できれば、このダブル・ミスマッチは解消されるはず、という論拠。 • 債券市場(欧米型) vs. 銀行融資(アジア型)という問題に帰着。 →債券市場の育成には、「欧米流の市場原理主義」の貫徹が必要 不可欠。これまでアジアで債券市場が育成されなかったのは、 市場を必要としない相対取引である銀行融資が主流であったか ら。貸し手(銀行)が保有する借り手(企業)の情報は、市場におい て取引できないので、企業と銀行の取引は、継続的かつ長期的 関係が維持される。 22 アジア債券市場の育成をめぐる動向 (出所) 財務省のホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/ABMI-ABF.pdf) 23 銀行融資(bank loan) vs. 債券市場(bond market) • 銀行融資(相対取引) ⇒関係的ファイナンス(relational finance) ⇒銀行(貸し手)が企業(借り手) との間に「長期・継続 的関係」を維持 ⇒両者の間の情報の非対称性(逆選択・モラルハ ザード)を軽減するため。 ⇒途上国、アジア諸国で優位 • 債券市場(市場を必要) ⇒距離を置いたファイナンス (arm’s-length finance) ⇒先進国、欧米諸国で優位 24 東アジアにおける中間的金融市場 A経済:「距離を置いたファイナンス」が支配的 B経済: 「関係的ファイナンス」が支配的 ビッグバンによる金融統合 Case 1 : 収斂(Convergence) 「関係的ファイナンス」は消滅 Case 2 : 経路依存性(Path dependence) 「関係的ファイナンス」も存続 東アジアにおける中間的金融市場 25 東アジア地域は最適通貨圏か? • In comparison with the EU, the area of East Asian Countries is not a de jure Optimum Currency Area at all. • However, this area may gradually become a de facto Optimum Currency Area. • The EU has met most conditions of OCA through inter-government agreements, whereas the East Asian Countries have gradually met some conditions of OCA through consensus of general public, but with no government agreement. 26 アジアにおける証券化の動き • 証券化とは、銀行などの原資産の保有者(オリジネーター)が、融 資や不動産などの原資産を、特別目的事業体(Special Purpose Vehicle: SPV)や特別目的会社(Special Purpose Company: SPC)に売却し、SPVが証券の発行体となって、買い取った原資 産を裏付けとして証券を投資家に売却する仕組み。 • 「特別目的会社」(SPC)「特別目的事業体」(SPV):企業や銀行な ど、資産の原保有者から原資産を購入し、買い取った原資産を裏 付けとして、株式や債券など証券を発行する特別な目的のために 設立される「発行体」。 例:「銀行融資の証券化」 • オリジネーターであるA銀行、B銀行、C銀行が保有する原資産(例 えば住宅ローンや中小企業向け融資などの銀行融資)をプーリン グし、それをSPVに譲渡 • SPVは、それを裏付けとして証券を発行し、投資家への証券の売 却代金は、オリジネーターである銀行に、譲渡代金として支払い。 27 アジア債券市場と証券化の概念図 (出所)川村[2003] 28 原罪仮説(Original Sin Hypothesis) by Eichengreen • 自国通貨では対外借入れができないという制約 (the inability of a country to borrow abroad in its own currency) • 原罪指標(index of original sin) i国通貨建て証券 OSIN i = max1 − ,0 i国によって発行された証券 29 原罪指標(index of original sin) • i国通貨建て証券が、i国の居住者に対してのみな らず、i国以外でも発行されているならば、 – i国通貨建て証券/i国によって発行された証券>1 となり、 OSINi=0となる(原罪は存在しない)。 • 例えば、ドル建て証券は、アメリカの居住者のみな らず、アメリカ以外でも発行されているので、 ドル建て証券 >1 ∴ OSINUS = 0 アメリカ居住者によって発行された証券 30 • i国が、全ての証券(国際資本市場で発行する国 際債)を外国通貨建てで発行しているならば、 – i国通貨建て証券/i国によって発行された証券=0 • となり、OSINi=1となる(原罪は最大となる)。 • 例えば、タイが全ての国際債をドル建てで発行し ているならば、 バーツ建て証券 = 0 ∴ OSINThai = 1 タイ居住者によって発行された証券 • すなわち、 0 ≤ OSIN i ≤ 1 であり、OSINiの値が大きいほど、原罪が大きい31 金融センター ユーロ圏 他の先進国 オフショア市場 途上国 ラテンアメリカ 中東およびアフリカ アジア太平洋 東欧 原罪指標 (1993年-98年) 原罪指標 (1999年-2001年) 0.07 0.53 0.78 0.96 0.96 0.98 0.95 0.99 0.91 0.08 0.09 0.72 0.87 0.93 1.00 0.90 0.94 0.84 32 (国別) cf.日本国債は8.5兆ドル。 社債も含めた円債市場全 体は約9.2兆ドル。 8.8 兆ドル 10倍以上 8,360億ドル 33 秋山(2014) (国債・社債別) 糠谷(2013) 34 異次元緩和下でのABMの拡大 • 異次元緩和下で低金利運用に苦しむ生命保険会社や年 金基金などの機関投資家にとって、急成長中のアジア新 興国の債券市場が有望な投資対象。 • 金利水準は日本国債の20年物が1%強に過ぎないのに 対して、中国、フィリピン、インドネシアは、それぞれが 3.68%、約5.5%、9%超と高い利回りで推移。 • みずほ銀行は9月にタイバーツ建て債券(3年物、固定ク ーポン=2.33%)をAMBIF債の1号案件として発行。 *AMBIF(ASEAN+3 Multi-Currency Bond Issuance Framework) 35
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