ガゼフ・ストロノーフ伝 ID:107076

ガゼフ・ストロノーフ
伝
Menschsein
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
︻あらすじ︼
傭兵団を指揮していたガゼフ・ストロノーフが王国戦士長になるまでのお話。捏造で
す。
目 次 1.カッツェ会戦 ││││││
1章 ストロノーフ傭兵団
2.霧の中を走る船の噂 │││
1
5.死者の大魔法使い ││││
4.船を待つ日々 ││││││
3.傭兵団の休日 ││││││
8
15
20
25
1章 ストロノーフ傭兵団
﹁この霧が薄くなったら、総攻撃をしかけるぞ。我々貴族の有能さを王に天覧頂かなけ
示であった。
足音も止まった。リ・エスティーゼ王国の全軍の指揮権を預かる彼だからこそできる指
大気を振るわせていた太鼓の音色が止むと、先ほどまで濃霧の中を響いていた行軍の
変えて、やがて停止してした
なって全軍に伝わっていく。各地で一糸乱れなかった太鼓の音が波紋のように音調を
その指示を聞き取った指揮下の者達がそれを復唱し、やがてその指示が太鼓の音色と
た。
馬に跨がったボウロロープ候がスレイプニールの手綱を強く引きながら指示を出し
﹁全軍、停止せよ﹂
軍の足音と太鼓の鼓動が響いていた。
の光が届くことはなかった。平野を覆っているのは濃霧である。薄暗い平野にただ、行
太陽はすでに蒼天に輝いている時刻であるはずなのだが、カッツェ平野の地面へとそ
1.カッツェ会戦
1
1.カッツェ会戦
2
ればならぬからな﹂
そういいながら、ボウロロープ候は自らの首を左後ろへと向けた。ボウロロープ候の
視線の先には、なだらかな丘とその丘の上で揺れるリ・エスティーゼ王国の国王の旗で
あった。そこはリ・エスティーゼ王国の国王、ランポッサⅢ世の駐屯地だ。平野といえ
ど地形に起伏は存在する。そして、戦場となる場所では、その僅かな起伏が勝敗を決す
る場合も有り得る。高い場所から低い場所へは攻めやすく、低い場所から高い場所は攻
めにくい。軍を指揮する者ものなら当たり前に分かることである。
今回のバハルス帝国との戦いにおいて、国王をその場所に布陣するように采配したの
は、ボウロロープ候自身である。
攻めるのに難い場所に国王を布陣させる。それは、万が一にも玉体に何かあってはい
けないということである。
││が、それは建前である。安全な場所で高みの見物をしていろ。王の出番などはな
い。それが、ボウロロープ候の、そして今回の主軍を占める貴族派の本音であった。
ボウロロープ候の陣営から正面にうっすらと見えるのは、揺らめく無数の旗だ。その
旗は、確認しなくても分かる。帝国旗││バハルス帝国の国章だ。
ボウロロープ候が、いや、リ・エスティーゼ王国が対峙しているバハルス帝国を指揮
するのが、皇帝ドミニク・ムートン・ブリオン・ラフィット・エル=ニクス。バハルス
帝国は先代の皇帝から貴族の力をそぎ落とし始めている。偵察隊の報告を考えても、バ
ハルス帝国の布陣は、反皇帝勢力である帝国貴族に最も戦死者の多い場所を任せてい
る。
リ・エスティーゼ王国は、国王の力をそぎ落とし、バハルス帝国は貴族の力をそぎ落
とす。
ボウロロープ候は、予定調和の季節を心から歓迎していた。
・
王国と帝国の幾度と無く続くカッツェ平野での戦い。その行く末を眺めていたラン
ポッサⅢ世は、勝利とも敗北とも言い難い会戦を眺めていた。
バハルス帝国との戦いであるにも関わらず獅子身中の蟲との戦いとなる。自分の代
るので国王の負担ということになるが││たちばかりだ。
しても誰の損害にもならない傭兵団││結局は傭兵を賄った費用は国庫から支出され
呼ばれるランポッサⅢ世に親しき貴族たちの領土の農民たちだ。もしくは、全滅したと
もりであろうということは簡単に予想できる。激戦となり死傷者が多いのは、王族派と
ボウロロープ候を初めとする貴族たちは、この戦いを勝利だと喧伝し、報償を貪るつ
世は独り言を馬上で言った。苦虫を噛みしめたような表情であった。
﹁この戦い。実質的には王国の敗北だ。多くの民を死なせてしまった﹂とランポッサⅢ
3
1.カッツェ会戦
4
だけでは終わることのないであろう王族と貴族との水面下の争い。その争いの矢面に
立たされるのは常に民である。
ランポッサⅢ世は、再び戦場に目を向ける。既に左翼は、弓矢や魔法が飛び交い、激
し い 戦 い を し て い る よ う に 見 え る が そ れ は 単 な る 偽 装 に 過 ぎ な い。お 互 い に 距 離 を
とって被害を受けないように牽制しあっているだけである。
その戦いを見ながら、ランポッサⅢ世は敵でありながらもバハルス帝国のドミニク皇
帝の手腕に舌を巻く。帝国は今回の戦いで、貴族の力をまた一段と削いだ。民とは、兵
士であり、力の源泉である。そして、富の源泉でもある。そして、民は農作物のように
季節が巡ればまた実るというものではない。一度失った人間の命は、十年、二十年とい
う単位でやっとその数が回復するのである。
王国の貴族の力を削ぐには、その貴族の領地の民の人口を減らせば良い。そして、そ
の最も手っ取り早い方法が戦争である。
貴族の力をそぎ落とすという目的における戦争。国を一つに纏め上げ、自らの力を強
大化させる方法としては非常に合理的である。だが、この国の王として、自分はその手
段を選ぶことはできない。一つ目の理由が、すでに貴族たちを危険な前線に立たせるこ
とを強いることができない。そんなことをすれば、内戦になるであろう。そしてもう一
つの理由が、その方法を取るのであれば、多くの民にこのカッツェ平野で眠って貰わな
ければならなくなるということだ。リ・エスティーゼ王国で国王である自分の地位が圧
倒的になるには、反王族貴族たちの力を2割ほど削らなければならない。そうすれば、
いやそうできれば⋮⋮。
ランポッサⅢ世は、その考えを打ち消すように首を振った。その力の2割とは、民の
命なのだ。それも、若く力のある男の命。耕す者がいなくなった農地ほど荒れ果てるの
が早いものはない。寡婦の嘆きほど、悲しい歌はない。
自らの野心を抑えたランポッサⅢ世は、再び戦場に目を向ける。乱戦となっている鶴
翼の陣の右翼だ。左翼とは違い、命と命を削る戦いをしている。
呪われたカッツェ平野。不死者が誕生するこの地において、より生者を憎む上位の
アンデッド
から剣を拾い上げてそれで敵に斬りつける戦い。
死体を自らの盾として戦い、血糊がついて切れ味が悪くなった剣を拭う暇も無く死体
ている左翼とは大違いであった。
軍の指揮を預かる者が拠出した兵士達が活躍していると証明する戦いの場││となっ
なった、ランポッサⅢ世から言わせれば茶番な戦い││ボウロロープ候から言わせれば
戦線を維持していた。早々に後退の指示が出て、魔法や弓矢による遠距離攻撃が主体と
敵味方が入り乱れた混戦した場所。帝国軍の三倍の兵力と対峙しながらも長いこと
﹁鶴翼の陣の右翼の中央。良く持ち堪えておるわ﹂
5
アンデッド
アンデッド
不死者が誕生するのであるならば、彼の場所がその地となるだろうとランポッサⅢ世は
思う。そして、その不死者が最も憎むべき相手は自分であろうとも思う。
でしょう﹂と、レエブン侯が怒りと侮辱を交えたような口調で言う。金貨によって、王
﹁あれは、ストロノーフ傭兵団です。生き残れば死体漁りで儲けられると思っているの
国側にも帝国側にも付く存在。帝国が常備軍を持つようになってからは王国が彼等の
お得意様となっているが、状況││つまり金によって、矛先を簡単に変えるであろう。
傭兵団としても彼等の目的は、カッツェ平野に大量に残される死体だ。それもただの
アンデッド
死体ではない。武器や防具を着けた金になる死体なのだ。傭兵団は、それを漁る禿鷹で
もある。死体から武具を剥ぎ取り、そして埋葬する。
アンデッド
本来ならば手厚く葬るべきことではあるが、カッツェ平野では不死者が生まれやすい
という特性であるがゆえにそれには危険が伴う。それに、帝国領土で生者を憎む不死者
が生まれるというのは、王国にとっては歓迎すべきことがらなのである。
エブン侯。六大貴族の一角を担う若き当主として野心は隠し切れていないし、王国の為
侯の言葉を聞いて、まだまだ若いな、と思ってしまう自分は歳を取ったのであろう。レ
ランポッサⅢ世は、大人が子供を諫めるようにレエブン侯に言う。そして、レエブン
にはできないことだぞ﹂
﹁そう言ってやるな⋮⋮。安らかに眠れるようにしてくれる、ということだけでも王国
1.カッツェ会戦
6
に戦った民の遺体を貪ることに嫌悪感があるのだろう。若者らしい正義感も持ち合わ
せている。
もっと冷酷な計算高い男かと思っていたがな、とランポッサⅢ世はレエブン侯の評価
くつわ
を改める。もちろん、信用できる人間であると彼の評価を一段高めたのだ。戦場で共に
轡を並べてみなければ分からない人間の本質も存在するのである。
﹂
?
して、王都リ・エスティーゼの舞踏会へと移ろっていくのである。
所も、レエブン侯の戦いの場所も、カッツェ平野から、形ばかりの停戦条約の会談へ、そ
カッツェ平野での戦いは終わりを迎えようとしていた。ランポッサⅢ世の戦いの場
レエブン侯は、戦場を眺めながら呟くように言う。
れば、役に立つときが来るかもしれません﹂
しょう。それに、金のことしか頭にない連中とは言え、犬ほどの忠義がもしあるのであ
﹁ただ⋮⋮陛下が個人的に報いたいのであれば私財を使われるのであれば問題はないで
している。
に参加した我々貴族でしょう﹂とレエブン侯も、右翼で繰り広げられている戦いを凝視
﹁それは無用でしょう。彼等は金で雇われただけ。陛下が労を報いるべきは、この戦い
特別に報いねばならぬかな
﹁それにしても良く戦っている。ストロノーフ傭兵団か。この戦いが終わったら彼等に
7
2.霧の中を走る船の噂
王都に帰還し、今回の戦いの傭兵料を受け取ったガゼフ達は、酒場で飲み明かしてい
た。
だが、ガゼフの心は晴れない。
﹁なにが褒美をやるから取りに来いだ。糞どもめ﹂
賑 わ う 酒 場 の テ ー ブ ル で エ ー ル の 空 に な っ た 木 杯 を ガ ゼ フ は 叩 き つ け た。今 回 の
カッツェ平野で死んだ傭兵団の仲間もいる。仲間が死んだことを責めるつもりはない。
それが戦いであるし、自分達の飯の種でもあるからだ。ガゼフを腹立たせているのは、
自分たちを子飼いにしようという思惑が透けて見えたからであった。貴族の子飼いの
傭兵になるくらいであったら、冒険者になった方がましである。
リーは、神官戦士でありながら商人のクラスもあるという変わり者で、傭兵団の金庫番
ウォープリースト
よ﹂と、羊皮紙の切れ端と睨めっこしていたヴァレリーはホクホク顔である。ヴァレ
では全員でしのぐことはできるよ。帝国の兵士の防具は、王国でも良い値段で売れる
戦いの収支が出たよ。今回は、武具の買い取り額が高かったから結構儲かったよ。春ま
﹁王からの特別の報償。僕は貰っておいた方が良かったと思うけどねぇ。はい、今回の
2.霧の中を走る船の噂
8
を務めていた。
﹂とガゼフは死んだ仲間の顔を思
﹁もちろん、遺族に渡すお金も計算に入れている。三年は暮らせるはずだよ﹂
ないように最善の手を尽くしていたと団員は知っているからだ。
フューネスが死んだことで、傭兵団長であるガゼフを責める者などいない。彼等が死な
傭 兵 団 で あ る 以 上、戦 い に 行 か な い と い う 例 外 は 許 さ れ な い。だ か ら、ミ ゲ ル や
混戦状態が長かった。
闘地域の中で安全という意味ではあるが││に配置したつもりであった。予想以上に
ガゼフも、ミゲルやフューネスは安全な場所││カッツェ会戦で最も死亡率の高い戦
し、鍛冶ができる奴がいた方がよい。
傭兵団は何も敵を殺すだけが仕事ではない。飯だって旨く作れる奴がいた方がよい
は、つまり、腕に覚えがない、死にやすいということである。
身があるのなら、冒険者となった方が遙かに良い。それでも傭兵団に入ろうとするの
そして傭兵としての給金を丸々家族に渡す、という者もいるのだ。だが、腕に多少自
げる程度のテント暮らしではあるが。
傭兵団に入れば、食住は傭兵団側の負担となる。もっとも﹁住﹂に関しては、雨風を凌
い出す。傭兵団は天涯孤独な者が多いが、中にはそうじゃない人間も僅かながらいる。
﹁死んだミゲルやフューネスには遺族がいるだろう
?
9
﹁五年分だ﹂
﹂とヴァレリー
﹁浮いたお金で新しいテントを買おうと思っていたけど⋮⋮まぁ今回は仕方がないね。
クラス
ミゲルは弟が二人いるっていってたもんな。ダニエラもそれでいい
女の傭兵である。だが、冒険者に換算すればミスリルの腕はあるのは確かで盗賊であ
ロー グ
﹁がめつい奴だ﹂とガゼフは干し肉を摘まみながら言った。副団長のダニエラ。珍しい
大にしておかなければならない。
長の承認も必要となる。金のために命を張っている。当然、傭兵団の金の流れは公正明
エラが口を開いた。傭兵団と言えど、金に関わることは団長の決定だけではなく、副団
﹁私は、自分の取り分が減らなければ問題はないわ﹂と、同じくエールを飲んでいたダニ
る傭兵団幹部の一人だ。
は、収支の計算をやり直し始める。彼も職業は神官である。ガゼフの機微を理解してい
?
﹂とダニエラは悪びれもなく言う。
る。昔は冒険者であったがいざこざがあって冒険者を除籍されたという経歴があり、ガ
ゼフ傭兵団の古株でもある。
?
たことであった。
ラとガゼフの間で、金に関する見解が一致することがないというのは経験上分かりきっ
﹁溜め込んでも死んだら意味がないってんだよ﹂とガゼフは口では言うが、もはやダニエ
﹁だって、お金はいくらあっても困らないじゃない
2.霧の中を走る船の噂
10
﹁ねぇ。リグリットの婆さんよ。それに﹁朱の雫﹂だわ。誰か探しているみたい﹂と、ダ
ニエラは酒場に新たに入ってきた人間を見て、声をひそめてガゼフとヴァレリーに伝え
る。
﹂とガゼフは、自分たちの後ろで同様に酒を飲んでいる方を親指だけを立
?
ルコン級の冒険者が出るかも知れないということは大変喜ばしいことだ。
険者チームに因縁を付けようという分けではない。むしろ、自分と同じ平民からオリハ
﹁顔が広いこった﹂とガゼフはダニエラに言った。別に、後ろで楽しく酒を飲んでいる冒
﹁ロックも自分たちに用があるとは思えないってさ﹂
で情報交換をしているのであろう。
チームの同じ盗賊と会話をしている。﹁見えざる手﹂と呼ばれるロックマイア│と手話
ジ・ ア ン シ ー ン グ
ダニエラは、盗賊相手にしか分からない手話でガゼフの向こうに座っている冒険者
が必要となるのである。
ない。冒険者は国家間の争いには関与しないという不文律があるが故に、戦いでは傭兵
ちきりの冒険者チームが酒を飲んでいた。傭兵団と冒険者は、仕事がぶつかることが少
ガゼフたちの後ろでは、もうすぐオリハルコンに昇格するのではないかという噂で持
てて示した。
るのだろう
﹁あ、あぁ。めんどくさい奴らが来やがったな。まぁ、どうせ、あちらさんにでも用があ
11
﹁あら、盗賊も情報収集が大事だもの。特に、誰の懐が温かいかっていう情報はね﹂
﹁あ、いたいた。よう、兄弟。探したぜ。こっちにエール五杯ね﹂と、ガゼフを見つけた
男が、図々しくも堂々とガゼフの横に座る。
﹁お前の兄弟になった覚えはないぞ アインドラ﹂とガゼフはうっとうしそうに言っ
男。
?
というものである。
だろうと、アダマンタイト級冒険者に﹁貸した﹂とあれば、それは仲間内で自慢できる
アダマンタイト級冒険者。冒険者にとっては憧れの存在であり、椅子であろうとなん
自分の椅子を老婆に対して差し出す。
無邪気に言った。そしてその言葉の直後、酒場にいた冒険者全員が一瞬にして起立し、
﹁この老いぼれが座る椅子はないのかな
﹂とガゼフが座っている椅子の近くで老婆が
りながらその地位を捨てて冒険者になり、アダマンタイト級冒険者にまで上り詰めた
た。王国初のアダマンタイト級冒険者チーム﹁朱の雫﹂のリーダーであった。貴族であ
?
﹂とアインドラは杯を
!
ガゼフは、アインドラが苦手であった。いつもアインドラは厄介事を持ち込んでく
掲げる。ガゼフも渋々ながら杯を持った。
﹁さぁ、久しぶりの再会を祝って乾杯といこうじゃないか、兄弟
﹁そんなに沢山の椅子には座れないかなぁ﹂と﹁朱の雫﹂のリグリットは笑っている。
2.霧の中を走る船の噂
12
る。この前も、自分の親類が統治しているアルベイン領を一時的にでも良いから巡廻し
てくれないかと頼まれ、報酬の割に楽な仕事だと思ったら、オークが大量発生していて
討伐に苦労をした。それ以外にも、いつもアインドラには口車に乗せられてしまってい
る。
﹁でだ、カッツェ平野に行ったんだろう お前達は、霧の中を走る船を見なかったか
13
﹁いや、見なかったな。そもそも、そんなおかしな代物があるはずないだろう
﹂
﹂とアインドラは目を輝かせながら言う。好奇心に満ちた子供のような瞳だ。
?
と周囲を警戒していると、そいつが突然現れたんだ。でかい船だっ
?
だ。地面の上を走る船だ。どうだ
﹂
?
﹂とガゼフは呆れる。
お前も気になるだろう
﹁そんな冒険者の夢物語は、子供に語るものだろう
?
?
いて、驚いている俺達を見つめるエルダーリッチが見えたんだ。そこは紛れもなく平野
た。帆を一杯に張った船が俺達の横を通り過ぎていった。そして、その操舵舵を握って
だ。なんの音だ
深い霧の中を俺達は歩いていた。すると、どこからともなく波の音が聞こえてきたん
﹁あれは、カッツェ平野に眠る遺跡を探して旅している時だった。かれこれ半年前だ。
先ほどまで賑やかであった酒場もアインドラの話を聞こうと静まりかえっていた。
り始める。
﹁いや、俺は確かにこの両目で見たんだ﹂とアインドラは演説でもしているかのように語
?
?
試
﹁あぁ。今度、姪にもこの話をしてやろう。でだ、俺は考えた訳だ。その操舵をしていた
エルダーリッチを倒せば、その船を手に入れることができるのじゃないかってな
てことだ。追いかけても見失っちまった。船が現れたら甲板に向かって縄付きの鉤を
して見る価値はあると俺は思っている。それでだ。問題なのは、船の速度が速すぎるっ
?
完璧だろ
だが、その作戦は、人数が必要なんだよ。頼む
投げて船を人力で足止めする。その間に俺たち﹁朱の雫﹂が船に乗り込みエルダーリッ
?
?
﹂とアインドラは両手の掌を合わせてガゼフに頼み込む。
チを討伐する。どうだ
手伝ってくれ
!
だが
﹂とガゼフは傭兵団の幹部達に尋ねる。
?
ヴァレリーは提案に乗ることに前向きなようだ。
ルダーリッチも、
﹁朱の雫﹂の方が相手して下さるのなら、危険は薄いと思います﹂と、
?
?
﹁その船と出会わない可能性も考えて、報酬を貰えれば、というところでしょうか
エ
﹁どう思う カッツェ平野から戻って来たばかりでまた彼処に行くのは、俺は嫌なん
!
﹂とダニエラは提案に前のめりだ。
?
ガゼフ傭兵団長はため息を吐くのであった。
手に入れたらどうかしら
﹁アダマンタイトの方達ならお金の払いは良いでしょうし。それに、私達傭兵団も、一艘
2.霧の中を走る船の噂
14
3.傭兵団の休日
かぎなわ
結 局、﹁朱 の 雫﹂に ス ト ロ ノ ー フ 傭 兵 団 は 雇 わ れ る こ と に な っ た。出 発 は 一 週 間 後。
ポーションなどの消耗品や食料、また、船に乗り込むための鉤縄も傭兵団の人数分が必
要となる。物資を揃える時間も必要である。傭兵団が必要とする物資を購入する役目
は、金庫番であるヴァレリーの役割だ。ヴァレリーは少しでも安く良い品を買おうと、
王都中を駆け回るであろうが、他の傭兵団は会戦から帰ってきたばかりということで、
今日は訓練も休みで完全な休暇となっている。
ガゼフは、王都の外に張ったテントから起きだし、木桶に貯めてある水で顔を洗い、そ
して、王都の城壁を眺めた。
というのは特別な技能だ。 野 伏などの職業を持つ者には、慣れているかもしれない。ま
レンジャー
よっては、その縄を伝って船体へと登るということも想定される。しかし、鉤縄を使う
ち付けた杭に結び付け、船が遠くに行かないようにしなくてはならない。また、場合に
鉤縄を船に引っ掻けて、船の足を止める。船に引っ掻けた後は、縄の反対を地面に打
で伸びた髭を剃り落しながら、呆れる。
﹁良く、許可が降りたものだな。防衛上、大丈夫なのかよ、この国は﹂とガゼフはナイフ
15
た、攻城戦の経験のある者なら、城壁によじ登るためにもしかしたら使ったことがある
かも知れない。だが、ストロノーフ傭兵団に鉤縄を満足に使える者はさほど多くはな
い。ガゼフ自身も、鉤縄を上手に操り、上手く船に引っ掻けるというようなことが出来
る自信がない。
そうなれば、訓練をしなければならないということになる。だが、海から距離のある
王都リ・エスティーゼでは、また当たり前のことではあるが、陸の上に船などあるはず
もない。
壁を登ったという経験は大きな財産となる。王都の防衛上の観点からも、そのような訓
ストロノーフ傭兵団が、仮にバハルス帝国側に回って、王都に攻め込むのであれば、城
をしているようにも思える。
その城壁を攀じ登っていくというのは、一見すると、王都を攻め落とすための事前練習
城壁は、王都を守る最終防衛の拠点となる場所だ。その城壁に鉤を引っ掻け、そして
対し、アインドラは既に許可は取って置いたと事もなげに言うのである。
そもそも、城壁を警備している兵士達が黙っていないであろうというガゼフの予想に
城壁で、霧の中を走る船に鉤を引っ掻けるための訓練をする。
アズス・アインドラの破天荒な考えに、ガゼフは舌を巻かざるを得ない。王都を囲む
﹁城壁があるじゃねぇかよ。そこで訓練すればいいだろう﹂
3.傭兵団の休日
16
練をする許可を出すというのは如何なものかと思う。
王国に一つしかないアダマンタイト級冒険者チームの頼みであるから、冒険者組合が
動いたのかもしれない。もしくは、アインドラが王国貴族としての地位やコネを使った
のかもしれない。もしくはその両方かとガゼフは思う。
ガゼフは人間的にはアズス・アインドラという男を好ましく思っている。だが、冒険
というような道楽で貴族という地位を捨てる思考が理解できない。平民出身の自分、ま
たこの傭兵団の者達は、泥水を啜りながら生きているのだ。剣によって相手の命を奪う
ことで生きながらえている。
?
でも満たせる娼館が王都にはある。
﹁今日は、朝の点呼は無しで良いのよね
﹂と、ダニエラはガゼフに話しかける。
ならば、他にも王都にはたくさんいるであろう。女を抱きたいという欲望を如何様な形
戦場であるならいざ知らず、ここは花の都、王都リ・エスティーゼである。美しい女
言って、見ても良いというわけではない。
﹁あ ぁ﹂と ガ ゼ フ は ダ ニ エ ラ に 背 中 を 向 け る。見 ら れ る 本 人 が 気 に し て い な い か ら と
一本で生きていく。乳房を見られて恥じ入るようでは生きていけないのである。
関わらず服を脱ぎ、濡らした布で体を拭いていく。男が多い傭兵団の中で女が自分の腕
﹁あら、おはよう﹂と別のテントからダニエラが出てきた。そして、ガゼフがいるのにも
17
﹁昨日の夜からみんな、羽を伸ばしているだろうしな﹂とガゼフも答える。
自分のテントに戻っていない傭兵団の団員が多くいるのは、今回の戦争に参加して得
た金で、羽を伸ばしているのであろう。戦争でため込んだ様々なものを発散させるの
だ。
取られているのではないかしら。あと一週間もすればまた値も落ち着くのにね﹂
﹁戦争から兵士が戻ってきた時期というのは、値段が上がっているというのにね。倍は
独り身の兵士、また傭兵団などが凱旋してきた直後は、娼館の値は跳ね上がる。それ
だけ需要が多くなるということだ。それに、傭兵がもっとも懐が温かいのは戦争が終
わった直後なのである。
ガゼフは、ダニエラらしい見解だと思った。また、女の考えであるとも思う。ガゼフ
自身も、アインドラが現れなければ酒はほどほどにして色街に行っていたであろう。ガ
﹂
ゼフがテントに戻ったのは、アインドラと飲み過ぎたからと、そして既になじみに先客
がいたからだった。
?
﹂と今回の報酬が入った皮袋をガゼフに見せる。
?
ダニエラは今回、バハルス帝国の分隊長を幾人かと、小隊長一人を討ち取っている。
くのが一番安全よ。あなたは
﹁お金を預けにいくわ。金貨を肌身離さず持っていても良いことはないもの。預けて置
﹁ダニエラ。今日、お前はどうするんだ
3.傭兵団の休日
18
今回の会戦において、傭兵団の中で一番稼いだのはダニエラである。普段なら一番稼ぐ
のは自分かヴァレリーである。だが、混戦が長かった今回の会戦では、ガゼフとヴァレ
リーは仲間のフォローに後半から徹するようにしていた。ダニエラが危険な最前線で
踏ん張っていてくれたからこそガゼフとヴァレリーが動けたので感謝をしているし、流
リペア
石は副団長であるとその実力を認めざるを得ない。また、報酬が加算される敵をしっか
りと討ち取っている抜け目なさも、またダニエラらしかった。
と向かった。
﹁ご心配どうもな﹂とガゼフは、髪を洗っているダニエラを睨み付けてから王都の城門へ
エラに指摘されたのである。
トも纏っていなければその腕も腰も細い女に、簡単に手折れてしまう桔梗のようなダニ
う自負がある。自分の装備について指摘をされて面白くはない。それも、胸当てもマン
が、ガゼフも一人の傭兵として、自分の装備のことは自分が一番良く分かっているとい
いが自分より二、三歳上であるように思える。冒険者としての経験もあるのだろう。だ
確かにダニエラの方が戦場に出たのは数年先かも知れない。年齢も詳しくは知らな
のじゃないかしら﹂
﹁それなら、剣より新しい鎧を探した方が良いわね。あなたの、修復ではそろそろ限界な
﹁俺は掘り出し物が無いか探してみるつもりだ﹂
19
スケルトン・アーチャー
るだけである。
アンデッド
スケルトン・アーチャー
スケルトン・ウォリアー
スケルトン
スケルトン・アーチャー
単に骨を砕くことができる骸 骨や骸 骨 弓 兵に比べ、骸 骨 戦 士は、円盾を装備してお
スケルトン
ストロノーフ傭兵団が警戒するに値する魔物は、骸 骨 戦 士からであろう。一撃で簡
スケルトン・ウォリアー
寄せられていく。それが群れを成しているように、不死者の軍が攻めてきたように見え
アンデッド
引き寄せられる││によるものだ。別々の場所に発生した無数の不死者が、生者に引き
アンデッド
い。不死者の指揮官がいない場合、彼らが群れを成すのは単なる彼らの習性││生者に
アンデッド
だが、儀式などではなく自然に、散発的に発生している分には、何の脅威とはならな
が数百、数千と群れを成すと数の暴力となり、国も亡び得る。
のは、 骸 骨や骸 骨 弓 兵であるが、それらは傭兵団の敵ではない。 骸 骨や骸 骨 弓 兵
スケルトン
だが、危険性の極めて高い不死者は稀にしか発生したりはしない。主に発生してくる
んでいるのである。
段に上昇している。命を落とした者たちの血が、土の中から生者に向かって憎しみを叫
た。王国と帝国の戦争が終わり一カ月経ったカッツェ平野は、不死者の発生の頻度が格
アンデッド
蜻蛉返りをしたかのようにストロノーフ傭兵団はカッツェ平野に再び戻って来てい
4.船を待つ日々
4.船を待つ日々
20
スケルトン
なまくら
り、本能としてではあるがその盾で自らの体を守る。また、右手に持っているシミター
は、骸 骨が持っているような、錆びた鈍の剣ではなく、切れ味も鋭い。致命傷になりか
ねない。
が、警戒に値するだけで、ストロノーフ傭兵団にとって脅威とはならない。むしろ、格
好の訓練の相手となる。
スケルトン・ウォリアー
残りの二体は、傭兵団の訓練に使い、先ほど一体を団員二人が倒したところだ。彼等
た。
三体ほど近づいてくる骸 骨 戦 士を発見したので、一匹をガゼフとヴァレリーが倒し
スケルトン・ウォリアー
骸 骨 戦 士はただ、同じ所を行ったり来たりを繰り返すだけの間抜けな魔物となる。
スケルトン・ウォリアー
取 り、逆 に 反 対 側 に い る 団 員 が 骸 骨 戦 士 に 近 づ く。そ れ を し て い る だ け で、
スケルトン・ウォリアー
骸 骨 戦 士も踵を返して、新しい目標に向かって歩き始める。また近づかれたら距離を
スケルトン・ウォリアー
よ り も 距 離 を 取 れ ば よ い。す る と、 骸 骨 戦 士 の 目 標 が 反 対 側 の 団 員 に 移 り、
スケルトン・ウォリアー
より近くにいる生者に骸 骨 戦 士は近づいていく。近づかれたら、反対側にいる団員
スケルトン・ウォリアー
ばにいれば良いのである。
骸 骨 戦 士を足止めするのは簡単である。生者二人が、 骸 骨 戦 士を挟むようにいれ
スケルトン・ウォリアー
骸 骨 戦 士も知能を持たない。近くにいる生者を襲うが、動きも早くはない。そんな
スケルトン・ウォリアー
﹁次の解放するわよ﹂とダニエラが叫び、傭兵団員二人が剣を構える。
21
スケルトン・ウォリアー
二人にとっては、骸 骨 戦 士は格上の魔物だ。その魔物と実際に戦う。ヴァレリーが回
復要因として待機してはいるが、急所への攻撃を受けた場合は命を落とすことさえあり
スケルトン・ウォリアー
得るという緊張感。実戦に勝る訓練はない。
同じ所を往復していた骸 骨 戦 士が、団員二人に目標を変えて向かって行く。危なげ
なところはありながらも、一体倒せた。もう一体も二人で協力して倒す。
本人曰く、無理じゃろう、ということであるが、何だか面白そうだという理由で、二
が協力を要請したのだ。
である﹁霧の中を走る船﹂を手に入れることができるのではないかと考えたアインドラ
る可能性があるからだ。彼女がエルダー・リッチを支配出来たら、自動的に今回の目的
加していた。理由は、彼女の能力である。船を操っているエルダー・リッチを支配でき
リグリット・ベルスー・カウラウ。彼女もアインドラの依頼によって今回の作戦に参
冒険者が新米傭兵の訓練を、子供の遊びかと、からかっているようにしか見えない。
を止めさせようとも思ってはいたりもする。だが、はたから見れば、アダマンタイト級
た。万が一の時には、彼女が﹁死者使い﹂としてのスキルで骸 骨 戦 士を支配し、攻撃
スケルトン・ウォリアー
暇を持て余していたからという理由が大半であるが、リグリットも訓練を見守ってい
骸 骨 戦 士と団員二人の戦いを見つめながら言った。
スケルトン・ウォリアー
﹁今度は大分落ち着いているようだね。出番はなさそうじゃのぉ﹂と、リグリットは、
4.船を待つ日々
22
23
つ返事で参加を応諾したという経緯がある。
だが、待てども待てども肝心の霧の中を走る船は現れない。頻繁に現われるものでは
アンデッド
なく、目撃者も少ないからその船は、酒の肴になるような噂話なのである。
この日も、近寄ってくる不死者を倒しているだけで一日が終わり、カッツェ平野は夕
暮れとなる。薄くかかった霧に夕陽が映り、血のように赤い空となる。背筋が凍ってし
アラーム
まうような光景であった。
夕暮れが近づくと、警報を使用できる者たちが、張ったテントの周りにその魔法を掛
アンデッド
けていく。カッツェ平野では、月明かりは霧のせいで頼りなく遠くを見渡すことが難し
く効果が高いとは言えない。
また、見張りをして遠くばかりを警戒していても、不死者が足元から発生するという
アラーム
アラーム
ことが起りえる。テントの周囲を囲むように警報を掛けていくというような、鳴子を仕
アラーム
掛けていくというような﹁線﹂で守る方法ではなく、広い﹁面﹂で守る様に警報を使っ
ていく。
アンデッド
通常の警戒態勢よりも警報を掛ける側は作業負担が多くなるが、逆に夜間の見張りの
仕 事 は 減 る。視 界 も 悪 い し 地 中 か ら 発 生 す る 不死者 に 対 し て は 見 張 り の 効 果 は 薄 い。
アンデッド
むしろ二十張以上あるテントの間を夜中の間、巡回するのが仕事となるのである。
陽が上っているうちは不死者で訓練をし、己の腕を磨く。そして鍛錬を積みながらエ
ルダー・リッチの出現を待つ。そんな単調な生活が一週間ばかり続いた後の朝であっ
た。
警鐘の音で目が覚めたガゼフは、装備を整えてテントから飛び出す。カッツェ平野は
この季節では珍しい霧一つない青空だった。そして、朝焼けの向こうの空に、奇怪な雲
﹂
が浮かんでいた。渦を巻いた綿菓子のような形。時折、その綿菓子の中で稲妻が走って
﹂
いるかの如く発光している。
﹁おい、あれか
その奇妙な雲を眺めていたアインドラに駆け寄ってガゼフは尋ねる。
死ぬほど城壁を登った成果を見せるぞ
!
﹁あぁ。間違いない。こっちに向かって来るぜ﹂
!
とガゼフは指示を出した。
!
?
﹁全員、装備を整えろ 鉤縄も忘れるな
4.船を待つ日々
24
5.死者の大魔法使い
ガゼフは縄を頭上で高速で回転させる。高速で回転する鉤が空気とぶつかり、風切り
音が発生する。ガゼフはそして鉤縄を掴んでいた右手を離す。
ウォーハンマー
遠心力によって鉤は上空へと飛び、そして船体へと引っかかる。
﹂とガゼフが叫ぶと、杭を持った団員と戦 鎚を持った団員が駆け寄って
マストに矢を射ても効果はないです﹂
!
霧の中を走る船。海にあるような普通の船とは根本から仕組みが異なっているので
として動いている船ではないようである。
めることなどできない。またマストも四本中一本は折れている。どうやら風を推進力
ガゼフは、現れた船の帆を見上げる。船に張られた帆はすでに破けていて風を受け止
寄ってきた。
帆を矢で破いて推進力を失わせるという作戦を行っていた団員の一人が慌てて駆け
﹁団長
めようというのである。
は、縄を杭に巻き付けてきつく結ぶ。錨を降ろす如く、杭に結ばれた縄によって船を止
きて、地面に杭を打ち込み始める。杭が地面深くに打ち込まれたのを確認するとガゼフ
﹁かかったぞ
!
25
あろう。魔力を推進力に変えているのであろうか。アズス・アインドラがこの船を欲し
がる理由がガゼフには分かった気がした。
ガゼフは武技を使い自らの防御力を上昇させる。両手では縄をしっかりと握りしめ
﹁要塞﹂
て い る。自 ら の 両 足 の 踵 は 地 面 に し っ か り と 沈 め る。自 ら の 上 昇 さ せ た 肉 体 の 力 を
持って船を停めようと言うのである。
球 の大きさに一瞬驚く。
ファイヤー・ボール
縄が張りつめる。丈夫さが魔法によって強化されている。縄は張力によっては簡単
に切れたりはしない。
が、船上に突如、炎の球が浮かび上がる。ガゼフはその 火
球 を放った者の魔力が強大である
ファイヤー・ボール
球 の二倍はあった。この 火
ファイヤー・ボール
戦場で飛び交う 火
ことを示している。
球 が直撃したら命を落とす団員が多いであろう。
ファイヤー・ボール
そして、その 火
﹂
!
球 は、次次と船へとかけられた鉤縄を焼き切ってい
く。足止めをさせないつもりなのであろう。
そして船上から落ちてきた 火
ファイヤー・ボール
ろうと船に背中を見せて逃げる。
鉤縄を船へと投げ飛ばしていた団員、杭を打ち込んでいた団員たちが船から距離を取
﹁全員、船から離れろ
5.死者の大魔法使い
26
エ
ル
ダ ー・
リッ
チ
それならば⋮⋮とガゼフは思う。答えは簡単だ。船に乗り込み、この魔法を放った主
を倒せば良い。アズス・アインドラの情報では、この船の主は、死者の大魔法使いだ。
﹁腕に覚えのあるやつは、船に乗り込め 敵はリッチだ。白兵戦に持ち込むぞ﹂とガゼ
27
離すことはない。着実にその縄を使い、船体を登っていく。
ガゼフの肩は船体に何度もぶつかる。だが、鍛え上げられたガゼフの握力はその縄を
り狂うクラーケンのようだ。
縄に掴まるガゼフの体は、振り子のように大きく揺れる。船は、銛を打ち込まれて怒
と荒々しく船の舵が操られているのであろう。
なおも止まらない船。ジグザグに船は操られ始めていた。縄をかけられないように
﹁流水加速﹂とガゼフは武技を使い、自らの肉体速度を向上させながら船体を登る。
げるのだ。
へと鉤縄を投げ込む。そして、今度はその縄を伝って自分自身の身体を船上へと引き上
そして団員の一人が投げ捨てていった鉤縄を地面からガゼフは拾い上げて、再び船上
その三人しか対抗できる団員がいない。
の水準で言えば、白金、欲を言えばミスリル級の腕が必要となる。逆に言ってしまえば、
プラチナ
ヴァレリー、ダニエラの三人である。エルダー・リッチと対峙するのであれば、冒険者
フは団員たちに指示を出す。船に乗り込もうと動き出したのは、傭兵団の幹部、ガゼフ、
!
船 体 を 半 分 ほ ど 登 っ た 時 で あ る。登 る の に 苦 労 を し て い る ガ ゼ フ を よ そ に、﹁先 に
行っているよ﹂と、リグリットは船体横を駆け上がっていく。船体は弧を描くように丸
みをおびている。直角の壁を登って行くよりもその難易度は高いであろう。というか、
普通の人間にはそんな芸当はできない。
﹂と、重力を無視しているとしか思えないリグリット
?
ル
ダ ー・
ル
リッ
チ
ダ ー・
ル
リッ
ダ ー・
チ
リッ
チ
ル
ダ ー・
リッ
チ
よ う な 格 好 を し て い る と い う よ う な 外 見 の 違 い で は な い。死者の大魔法使い の 体 か ら
エ
通常の死者の大魔法使いは、古いローブを纏っているが、この固体はまるで船乗りの
エ
こいつ、ただの死者の大魔法使いではねぇ、とガゼフは直感的に思う。
エ
が、その二つの瞳には邪悪な英知の色を宿している。
やせ細った肢体。古びた三角帽子を被った、骨に皮が僅かに張り付いただけの顔。だ
ト リ コー ン
き死者の大魔法使いと対峙していた。
エ
ガゼフが甲板に到達した時には、すでに〝朱の雫〟とリグリットは、この船の主らし
・
思えなかった。
が、もはや老婆という外見のリグリットの動きは、人間を辞めているとしかガゼフには
の動きに、ガゼフは自分の目を疑う。生きる伝説であるアダマンタイト級冒険者。だ
﹁おいおい。あれは本当に人間か
5.死者の大魔法使い
28
エ
ル
ダ ー・
リッ
チ
あ ふ れ 出 て い る 負 の エ ネ ル ギ ー が 尋 常 で は な い。そ の 死者の大魔法使い の 体 か ら 発 せ
られる靄が、船全体を包んでいたのだ。霧の中を走る船を包む霧は、このリッチから発
エ
ル
ダ ー・
リッ
チ
せられたのであるとガゼフは気付き、警戒心を限界以上に引き上げる。
エ
ル
ダ ー・
リッ
チ
死者の大魔法使いと対峙している 〝朱の雫〟とリグリットの表情も険しい。
彼 等 彼 女 等 は ア ダ マ ン タ イ ト 級 冒 険 者 で あ る。通 常 の 死者の大魔法使い に 対 し て 遅
れを取ったりはしない。ガゼフが船体に登る迄の間だに討伐が終わっていて然るべき
であるようにさえ思える。
ネクロマンシー
ガゼフの傭兵としての感は、明確に告げている。逃げるべきだと⋮⋮。
ル
ダ ー・
リッ
チ
?
エ
ル
ダ ー・
リッ
チ
﹁ガゼフ。魔物には亜種というものが存在する。こいつは、死者の大魔法使いの亜種だ。
その声は憎悪と力に満ちていた。
死者の大魔法使いが口を開いた。嗄れた声、既に声帯など枯れ果てているであろうに、
エ
﹁土 足 で こ の 船 に 上 が り 込 ん で、生 き て 帰 れ る と 思 っ て い る の か ﹂と、
されても良いであろうが、リグリットの言った意味は、力弱き者、ということであろう。
を指しているのであろう。リグリットの外見から言えば、〝朱の雫〟の面々も坊や形容
坊やたち、それはガゼフ、そしてその後に甲板へと辿り着いたヴァレリー、ダニエラ
船を降りた方がいいねぇ﹂とリグリットが口を開く。
﹁死霊支配⋮⋮無理だね。討伐難度百五十と言ったところだねぇ。坊やたちはさっさと
29
それも、とびきりのな﹂
口を開いたアズスの装備している葡萄酒のような赤い鎧が光輝き始めた。伝説級と
歌われる鎧。その装備をした者の能力を飛躍的に向上させる鎧だ。伝説では、十三英雄
の一人が装備してたとされる。
アズス・アインドラを初めとする〝朱の雫〟も本気で戦う必要があると認めたという
ことであろう。
ル
ダ ー・
エ
リッ
ル
チ
ダ ー・
リッ
チ
ル
ダ ー・
リッ
チ
を賭して戦うが、一銅貨の得にもならないのに剣を振るう理由を傭兵団は持たない。強
だが、この死者の大魔法使いを倒しても一銅貨にもなりはしない。金の為であれば命
エ
兵団全員が一生遊んで暮らせるほどの金貨を得ることができる。
あろう。フールーダ・パラダインの首を討ち取れば、その賞金を山分けしたとしても、傭
賞金がかかっているバハルス帝国の主席宮廷魔法使いフールーダ・パラダインくらいで
傭兵団として難易度百五十相当のバケモノと対峙するとしたら、その首に超高額の懸
可能なことだ。
難易度百五十。そんな死者の大魔法使いを討伐するのは、英雄と呼ばれる存在だけが
ていく。
ゼフもダニエラも頷き、そしてゆっくりと死者の大魔法使いと距離を取るように後退し
エ
﹁ちょっとこれは、後ろで控えていた方が良さそうですね﹂と言うヴァレリーの言葉にガ
5.死者の大魔法使い
30
敵と出会えて、武者震いするのは戦士であって傭兵ではない。傭兵は、報酬とその敵が
見合った金額であるかどうかを判断するだけである。報酬に見合わないのであれば、傭
ダ ー・
リッ
﹂
兵団は逃げるだけである。勝てないと分かっていながら立ち向かうような傭兵は、傭兵
と騎士をはき違えている。
ル
チ
﹁アインドラ。俺達の仕事は達成したということでいいんだよな
エ
船首にまで後退したガゼフは傭兵団の団長として言った。
ル
エ
ル
ダ ー・
ダ ー・
リッ
リッ
チ
チ
ル
ダ ー・
リッ
チ
あとは、目の前の死者の大魔法使いの亜種を、〝朱の雫〟やリグリットが倒した後、船
エ
より、ストロノーフ傭兵団の今回の依頼は達成した。
﹁あぁ﹂と、アインドラは死者の大魔法使いから視線を外さずに答えた。依頼主の同意に
冒険者ではない。
彼等は冒険者であり、自分たちは傭兵なのだ。そして、自分が守るべきは団員であって、
れば死んで欲しくない。だが、情に流されては傭兵団の団長など務まったりはしない。
も人間的には、アズス達もリグリットも嫌いではない。時に有益な情報をくれる。出来
に、船内にあるかも知れない戦利品を漁るためだ。それは傭兵の当然の権利だ。ガゼフ
船 か ら 飛 び 降 り な い の は、〝 朱 の 雫 〟 や リ グ リ ッ ト が 死者の大魔法使い を 倒 し た 際
エ
して、いざというときは船から飛び降りて逃げることも可能な位置。
ガゼフ、ヴァレリー、ダニエラがいるのは、死者の大魔法使いから最も離れた場所。そ
?
31
5.死者の大魔法使い
32
内の戦利品を漁るか、アダマンタイト達でも勝てないと判断したら、一目散に逃げるか
という選択肢だけがガゼフに残った。