財政・社会保障制度をどう立て直すか -負担と給付の両面から改革を

財政・社会保障制度をどう立て直すか
-負担と給付の両面から改革を加速せよ-
株式会社日本総合研究所 副理事長 湯元健治
1.来年度当初予算で国債発行額が増加する可能性
税制改正に続いて、来年度予算編成の時期が間近に迫っている。報道ベースでは、平成 29 年度予算
の歳出規模は 97 兆円規模に、国債費を除いた一般歳出は、58 兆円台と過去最大規模に膨らむ模様だ。
少子高齢化が進行する下で、最大の歳出項目である社会保障費が 32 兆円台に膨張することが主因だ。
しかも、来年度予算では、安倍政権下で抑制が続いてきた新規国債発行額が 7 年振りに増加に転じ、税
収の下振れから赤字国債の発行を余儀なくされる可能性が強まっている。すでに、28 年度の決算ベース
でも税収が▲1.9 兆円下振れすると予想され、第 3 次補正予算を編成して赤字国債を発行する見込みとな
っており、安倍政権下での予算編成は曲がり角を迎えている。
以下では、(1)これまでの安倍政権における財政運営をどう評価すべきか、(2)安倍政権における財政健
全化や社会保障制度改革をどう評価すべきか、(3)わが国の財政・社会保障制度をいかに立て直すべきか、
制度改革のあり方について、論じたい。
2.第二の矢の効果は持続性に乏しく限定的
安倍政権の財政運営は、財政の 3 つの機能、すなわち、(1)資源配分機能、(2)所得再配分機能、(3)経済
安定化機能のうち、(3)の経済安定化機能を特に重視するもので、アベノミクス第二の矢「機動的な財政支
出の拡大」を基本方針とするものだ。この第二の矢は、安倍政権誕生以来、補正予算の形で実に 6 度発
動され、国費ベースの規模(いわゆる真水)総額は、26.9 兆円(事業規模では 66.9 兆円)に上る。しかし、これ
だけの財政支出拡大も、公共投資の形で GDP を押し上げた効果は、2013 年度 0.5%、14 年度ゼロ%、15
年度▲0.1%と次第に減衰した。これは、補正予算による経済対策の規模が徐々に縮小してきた結果、過
去の対策の反動減が必然的に生じたためだ。要するに、財政支出の拡大による景気の押し上げ効果は一
時的であり、持続性に乏しいというのが第二の矢に対する冷静な評価といえよう。
3.アベノミクスの果実の大半は景気対策で使用
無論、安倍政権は、この間、財政健全化にそれなりの配慮はしてきた。国債発行を伴う景気対策を実施
したのは、6 回中、最初の 1 回(2013 年 1 月、8.1 兆円)と本年 8 月の 28 年度第 2 次補正予算(2.75 兆円)の
2 回に止め、合計国債発行額は 10.9 兆円に抑えた。他の 4 回の補正予算では、財源を主として剰余金や
税収増で賄い、国債発行を極力回避してきたからだ。当初予算ベースでも安倍政権の最初の 3 年間は国
債新規発行額を減額し続けてきた。平成 25 年度予算と平成 28 年度予算の歳出、歳入両面の変化をみる
と、(1)歳出が社会保障費を中心に大幅に増加(+4.1 兆円)したものの、(2)税収が大幅に増加(+14.5 兆円)した
ため、国債新規発行額は 3 年間の累計で大きく減少(▲11.0 兆円)した。この税収の増加は、(1)景気回復に
伴う自然増(=アベノミクスの果実)に加えて、(2)消費税率の引き上げ(5%→8%)、③所得増税(最高税率引
き上げ、キャピタル・ゲイン税率引き上げ(10%→20%)などが大きく寄与した。この間の税収増の過半は、少
なくとも当初予算ベースで見る限り、増税によるものだったといえる。
決算ベースでの法人税を中心とした税収の上振れには大きなものがあった。当初予算と決算の税収の
差額は、25 年度 3.85 兆円、26 年度 4.0 兆円、27 年度 1.9 兆円、計 9.7 兆円にも上ったが、歳出の差額をみ
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ると、この 3 年間で 13.8 兆円も拡大しており、アベノミクスの果実による税収の自然増を上回る規模で歳出
が膨らんだ、すなわち、安倍政権下では財政規律が大幅に弛緩したと言わざるを得ない。消費税率 3%引
き上げによる税収増をはるかに上回る規模で景気対策(=補正予算)を実施したにもかかわらず、日本経
済は消費税率引き上げ以降の景気の足踏みから完全に脱するには至っていない。
4.2020 年度プライマリー・バランス黒字化目標は達成不能に
安倍政権における財政収支は、フローで改善したものの、ストックでは悪化を続け、先進国中、最悪の状
況にある。一般政府(国+地方)財政赤字対名目 GDP 比率は、マイナス幅が縮小しているとはいえ、OECD
の見込みでは 2016 年で▲4.9%と依然高水準だ。政府債務残高対 GDP 比率はより深刻で、2016 年見込
みで 232%とギリシャ(185%)を上回る先進国中、突出して高い水準にある。
このような財政赤字拡大の問題点を整理すると、(1)国債費(国債の利払い・償還費)の膨張による財政の
硬直化(=他の歳出拡大余地の低下)、(2)国債発行残高の膨張による将来の金利急騰リスクの高まり、(3)
国民負担の将来へのつけ回しによる財政規律の喪失といういずれの点でも財政危機に発展しかねない深
刻なリスクが拡大していると見るべきだろう。
政府は 2020 年度にプライマリー・バランス(財政の基礎的収支)を黒字化するという目標を設定している。
プライマリー・バランスとは、(歳入-公債発行額)-(歳出-公債費)を意味する指標であり、仮に借金とその
利払いも含めた返済がない場合の収入と支出の差を意味する。借金の残高(正確には対 GDP 比率)を低
下させていくには、このプライマリー・バランスを黒字化することが不可欠になる。内閣府の最新試算では、
2015 年度のプライマリー赤字対名目 GDP 比率は▲3.3%だが、アベノミクスが目標とする実質 2%以上、名
目 3%以上の高成長を続けたとしても、2020 年度時点で▲1.1%(▲6.5 兆円)もの赤字が残る計算となる。ア
ベノミクスでの過去 3 年間の実質成長率は平均 0.6%に過ぎず、来年度以降の経済成長率も 1%前後の
低成長が見込まれている。低成長を前提とするベースラインケースでは、2020 年度で▲2.3%(同▲12.4 兆
円)もの赤字が残る計算だ。有り体にいえば、財政規律の緩んだ安倍政権においては、財政健全化目標を
達成することはもはや不可能だと断言できる。
政府の骨太方針 2016 では、「経済再生なくして財政健全化なし」とのスローガンの下、消費税率の 10%
への再引き上げを 2019 年 10 月まで 2 年半延期しつつ、財政健全目標は堅持するとした。しかし、1)実効
性のある具体策の明示がない、2)最大の歳出増加項目である社会保障費の抑制に資する構造改革に取
り組む意欲も乏しい、3)そもそも実現不可能な名目 3%以上の成長を前提に税収を計算しているなど、安
倍政権の財政健全化に対する本気度が疑われても仕方がない状況だ。消費税率の引き上げ先送り自体
は 2020 年度までに本当に上げるのならば、2020 年度のプライマリー・バランスに影響は与えないが、政府
債務残高対 GDP 比率の水準を押し上げることは間違いない。大胆な社会保障制度の改革や消費税率の
10%以上への引き上げ、あるいは、その双方がなければ、経済成長だけで財政を健全化することは、到底
不可能である。
5.安倍政権下における社会保障制度改革~(1)年金改革は不徹底
日本の財政赤字問題の核心は、高齢化による社会保障費の増加にいかに対応するかに尽きる。1980 年
度を 100 とする指数でみると、社会保障費は 2015 年度で 394(年平均 4.0%増)と名目 GDP の 199(同 2.0%、
90 年度以降の平均では 0.4%に止まる)を大きく上回って増加してきた。歳出総額から社会保障費と国債費
を除いたその他歳出は、150(同 1.2%、90 年度以降の平均で 0.4%)と名目 GDP の水準を下回っている。要
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は、社会保障の増加を歳出抑制や増税でカバーできていないことが本質であり、経済成長でカバーできる
問題では到底ない。以下、安倍政権での社会保障改革への取り組みを年金・医療・介護の分野別に見て
いこう。
まず年金についてみると、2004 年度に行われた年金改革で導入されたマクロ経済スライド(=年金給付額
を賃金や物価の伸びを下回る伸びに抑制する制度)は、物価マイナスの状況が続く下で、10 年間一度も発
動されたことがなく、2015 年度に初めて発動され年金額が引下げられた。2004 年度当時の厚生労働省の
見通しでは、所得代替率(=年金受取額が現役世代の手取り収入の何%に相当するか)は、2004 年度の
59.3%から 2020 年代半ばまでに 50%強まで徐々に低下するはずであったが、マクロ経済スライドの発動が
見送られ続けてきたため、2014 年度時点で 62.7%とむしろ上昇している。これは、現役世代の可処分所得
が税や保険料負担の増加により伸び悩む中で、高齢世帯の年金給付が「名目下限措置」(=年金給付をマ
イナスにせず、物価や賃金がマイナスの伸びでも年金給付額を維持する措置)があるため、却って相対的
に上昇したことを物語る。
安倍政権は、年金制度の持続可能性を確保するため、今国会に「国民年金等改正法案」を提出し、すで
に衆議院で可決されている。その主な内容は、(1)マクロ経済スライドについて、「名目下限措置」を維持しつ
つ、賃金・物価上昇率の範囲内で前年度までの未調整分を含めて調整する、(2)賃金変動が物価変動を下
回る場合に、賃金変動に合わせて年金額を改定する考え方を徹底するというものだ。その意味するところ
を端的に言えば、(1)は賃金・物価が下落した場合、当面年金額は減らさず維持するが、その未調整分は将
来、賃金・物価が大幅に上昇する時までキャリーオーバーし、まとめて年金を引き下げることを意味する。こ
の問題点は、「名目下限措置」を残したことで、現役世代の賃金・物価が下落する中でも高齢層の年金額を
維持するという意味で、世代間の不公平を助長するものであり、不徹底な改革となることだ。しかも、将来
物価上昇時にまとめて年金を切り下げた場合、年金生活者への影響が増幅されるため、政治的に実行が
可能かどうかも疑わしいことだ。このように、今回の改正案はマクロ経済スライド強化と謳いながらも、不徹
底さが残る。また、(2)は野党から年金カット法案との批判を浴びている点だが、これまで不徹底だった賃金
スライドをより厳格に行うものであり、年金制度の持続性を高めると同時に世代間の不公平是正に資する
観点からは、むしろ評価されてしかるべき措置だといえよう。
6.安倍政権下における社会保障制度改革~(2)医療・介護改革は不十分
それでは、安倍政権下における医療・介護改革をどう評価すべきか。まず、現在、厚生労働省医療保険
部会や介護保険部会で審議されている医療・介護保険制度改革については、(1)高額療養費制度の上限
引き上げ、(2)低所得層向け保険料軽減特例の段階的引き下げ(現行の 9 割軽減を平成 32 年度にかけて
7 割軽減に)、(3)入院時の光熱水道費(いわゆるホテルコスト)の引き上げ、(4)高額金融資産保有者に対す
る自己負担引き上げ、(5)外来時の定額負担の導入、(6)現役並み所得者の介護利用者負担引き上げ、(7)
高額介護サービスの上限引き上げなど、全般的に負担の増加を図るものとなっている。年齢階層別の受
益と負担構造をみると、現役層は税・社会保険料負担が重く、ネットで負担超過となっているのに対し、高
齢層は、年金・医療を中心に受益が負担を大幅に上回り、世代間格差が大きい。こうした観点から、高齢
層とりわけ現役並み所得層および高額金融資産保有者を中心に負担増加は不可欠であり、必要な改革と
評価されよう。
他方で、給付の抑制については、抜本的な手が打たれているとは、到底言い難く、今後、より本格的な
改革が求められる。現在進められようとしている給付の抑制策は、(1)安価なジェネリック医薬品の普及率
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引き上げ(80%)、(2)市販類似薬の保険対象外化、(3)高額薬剤の価格引き下げ、(4)医療・介護給付の地域
格差半減などがあるが、地域格差是正の具体的手段は都道府県や市町村などの自治体に委ねられる形
となっており、実効性が不透明といえる。
わが国の医療提供体制を国際比較してみると、(1)フリーアクセスが確保されていることもあって、1 人当
たり年間受診回数は 12.9 回と韓国に次いで OECD 諸国中第 2 位、(2)人口 1000 人当たり病床数は 13.3 と
OECD 諸国中第 1 位、(3)平均在院日数は 17.2 日とかつてと比べてかなり減少したものの、依然 OECD 諸
国中第 1 位、(4)1 人当たり薬剤費支出も米国に次いで OECD 諸国中第 2 位、(5)CT スキャナーな MRI など
の先進医療機器の設置台数も OECD 諸国で第 1 位、(6)介護給付についても要介護 1~5 までの 5 段階で
給付する手厚い仕組みとなっており、生活支援を中心とする要介護 1・2 とその前段階の要支援 1・2 に要
する費用は 3.5 兆円と全体の 36%を占める。要するに、「供給が需要を生み出す」過剰診療・過剰投薬、過
剰サービスの是正という問題の本質には十分切り込めていない。また、過去、診療報酬や介護報酬などの
マイナス改定も実施されてきたが、病院や介護サービス事業者が価格下落分を数量増加でカバーしようと
いうインセンティブは根強く、その効果は概ね 1 年程度で消失しているのが実情だ。結局、(1)かかりつけ医
の本格的普及など病院の機能分化を急ぐとともに、(2)スウェーデンで実施されているようなフリーアクセス
の一定の制限、(3)欧州諸国では当たり前となっている終末期医療の制限、(4)要介護認定基準の厳格化お
よび保険対象範囲の限定など、タブーにも踏み込む改革がもっと必要だ。
7.将来の消費税率は最低でも 17%にする必要
以上のような厳しい給付削減策を政治が国民の批判を恐れて実行できないのならば、不足する財源は
消費税率を 10%からさらに引き上げて調達する必要がある。予算総則上、消費税の使途は(1)年金、(2)医
療、(3)介護、(4)少子化対策となっているが、国税の消費税収(地方分を除く)は 13.4 兆円と上記の社会保障
4 経費(28.2 兆円)の 47.5%に過ぎず、現時点でも 6%分に相当する消費税が不足する計算だ。今後の社会
保障の不足財源をすべて消費税でカバーする場合、筆者の試算では 17%への消費税率引き上げが必要
となる。わが国の社会保障制度のもうひとつの重要課題である高齢層に偏った給付を現役層にも子育て
支援や職業訓練などの形で充実させる必要性を考えると、17%以上への引き上げが必要となる。社会保
障の負担引き上げや給付の抑制は、必要な改革だが、それらをすべて行ったとしても、不足する社会保障
財源の 1~2 割程度をカバーできるに過ぎない。消費税だけでなく、所得税の抜本的改革を含めた税制抜
本改革の議論を超党派で進めなければ、団塊の世代が後期高齢者に突入する 2020 年代前半には、財政
状況は一段と悪化し、日銀のテーパリングが始まる時期と相まって長期金利の急騰リスクが一段と現実化
しかねない。安倍政権のみならず、与野党が現実をしっかりと直視し、国民に痛みを強いる改革が次世代
に負担を付け回さないために必要であることを真摯な姿勢で国民に対して訴え続けることが政治の使命で
ある。
(2016.12.13)
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