暮らし - 国民生活センター

暮らしの
判例
消費者問題にかかわる判例を
分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
航空機の欠航と免責事由
航空機を1機しか所有していない航空会社との旅客運送契約で、解約時の取消手数料の過
誤徴収による不当利得の返還と慰謝料を請求し、さらに当日の航空機の不具合による欠航を
理由に乗客が契約を解除して債務不履行または不法行為に基づく慰謝料を請求した事例。
裁判所は、欠航による債務不履行については、機体の部品の不具合を理由とする欠航
に対して航空旅客運送約款上の「やむを得ない事由」
による免責を認めず、航空会社の責
任自体は認めた。ただ、運賃の全額払戻しで財産的損害はすべて回復されたとし、慰謝
料請求については認めなかった。過誤徴収については航空
会社の不法行為による慰謝料請求を認めた
(さいたま地裁平
原告:X ら
(消費者、乗客)
被告:Y 社(航空会社)
成 27 年8月 25 日判決)。
しかし Y 社の運賃規定上 14 日より前の搭乗取消
事案の概要
には取消手数料が発生しないとされていた。X
X は、2014 年1月12日の天草市内ホテルでの
は、不当利得 8,000 円と債務不履行または不法
結婚式と披露宴のために、前日の福岡空港 16 時
行為に基づき10 万円の慰謝料請求を求めた。当
35 分発天草空港 17 時 10 分着の便について、X
初 Y 社は争う姿勢を見せたが、提訴後約7カ月
らを含む 17 名分
(往路)の航空旅客運送契約を
経過後
(本件訴訟継続中)
に過誤徴収を認め、過
2013 年 10 月4日に Y 社と締結し、復路と合わ
誤徴収分 8,000 円、遅延損害金のほか、慰謝料
せ約 30 万円を12 月4日に支払った。Y は航空機
2,000 円を送金している。
(約 40 人乗り)
を1機保有し、この1機で1日当
2.欠航
たり通例、天草、九州と関西の都市等の間を合
X らの搭乗予定便の1便前の出発前点検でプ
計5往復運航している。福岡・天草間の直行便
ロペラの取付部品の不具合が発見され、その後
は他会社にはない。本件の争点は2つある。
の計4便が欠航した。Y 社は欠航に備え貸切バ
1.取消手数料過誤徴収
スを準備しており、運賃を払い戻すと X らに告
12 月20 日、X が大人2名分を合意のうえ解除
げた。しかし、貸切バスは払戻し手続きが終わ
し、Y 社は取消手数料として1人片道 2,000 円、
らないと出発できず、またおよそ3時間から3
計8,000円を差し引いて運賃の残額を返金した。
時間半、交通事情によってはそれ以上かかるこ
2016.12
32
暮らしの判例
ともあると言われたため、X らは貸切バスを利
は存在しないと争う姿勢を示していた。Y 社の
用せず、運賃の払戻しを受けたうえで、新幹線
過誤徴収および対応により、X は相当の精神的
(50 分)
とバス
(2時間)
を利用して目的地ホテル
苦痛を被ったことが認められるから、不法行為
に移動した。X らの同行者には 60 歳以上の者
に基づく慰謝料として 5,000 円を認めることが
7名(うち 70 歳以上3名)
、1歳の幼児がいた。
相当である。
天草市には鉄道はない。X らは当初の予定到着
2.欠航について
時刻より約3時間遅れ 20 時 30 分に到着した。
⑴債務不履行
貸切バスは天草市内のバスセンターに 20 時 20
Y 社は、X らは貸切バスがあること、その他
分頃到着した。X らは債務不履行ないし不法行
の交通手段と天草市への到着時刻に大差はない
為に基づき慰謝料計 10 万円を請求した。
ことの説明を受けたうえで、本件運送契約を合
なお、Y 社の航空旅客運送約款
(以下、本件約
意解除し、運賃全額の返金を受けているため、
款)
の
「第 39 条 会社の責任」
に、Y 社が
「航空保安
Y 社に債務不履行があったとしても、特段の事
上の要求…不可抗力…その他のやむを得ぬ事由
情がない限り、債務不履行を原因とする権利を
により、予告なく、…欠航…その他の必要な措置
放棄したと解すべきであり、Y 社に債務不履行
をとることがありますが、当該措置をとったこ
責任は認められないと主張する。
とにより生じた損害については…会社は、これ
しかし、X らが払戻しを受けたのは、本件欠
を賠償する責に任じません。
」
と定められている。
航で、Y 社による本件運送契約の履行を期待で
また、
「第 22 条 旅客の都合以外の事由による取
きなくなったからであり、X らが本件契約の合
消変更」には、「会社は、旅客の都合以外の事由
意解除で損害賠償請求権を放棄したとみるのは
によって、運送契約の…履行ができなくなった
妥当ではない。
場合は、次の各号のうち、なるべく旅客の希望
⑵やむを得ない事由の有無・約款による免責
に沿う取扱いをします。
」
、
「⑴座席等に余裕の
Y 社は整備規程を定め、一日の飛行前後およ
ある会社もしくは他会社の航空機または他の輸
び飛行の間に、それぞれ整備主任または機長が
送機関によって…目的地までの…輸送の便を図
機体を見回り、目視によって点検を行い、飛行
ります。
「⑵前項によらないで払戻を行う場合
」
前後チェックリストおよび飛行間点検票に点検
は、旅行開始前においては収受した当該旅客運
結果を記載しており、適切な是正措置を取って
賃…の全額を払い戻し…ます。
」
と定められてい
いたことが認められ、機体の整備状況に特段問
る。本件約款39条については、
Xは民法90条
(公
題があったとは認められない。
序良俗違反)等の違反も主張している。
そして本件欠航は、当日の 14 時 50 分熊本発、
天草着の便の後に、機長が点検でプロペラの羽
理 由
根の付け根部分に不具合があることを見つけ、
不具合部分の交換修理のために生じたものと認
1.取消手数料の過誤徴収について
Y 社が X に過誤徴収分を支払ったため、不当
められる。しかし、上記不具合が見つけられる
利得債務は消滅した。ただ、Y 社による取消手
までの具体的な点検整備の状況は、本件の証拠
数料の過誤徴収は、Y 社が、航空会社としての
上、明らかであるとは言えず、やむを得ない事
業務上、搭乗取消の際に、運賃の払戻しを適切
由があったとまで認定することは困難である。
にすべき注意義務を怠ったことにより生じたも
したがって、Y 社が航空会社として合理的な最
のであり、Y 社は、団体運賃の取消手数料の公
善の努力をしたことが具体的に証明されたとは
示を怠っていたと認められる。さらに、Y 社は
言えず、債務不履行責任を負う。
本件訴訟において当初過誤徴収による不当利得
2016.12
33
暮らしの判例
⑶不法行為
2.欠航による慰謝料請求について
具体的な過失の証明がなく、認められない。
本件欠航は、プロペラ取付部品の不具合によ
る欠航で、悪天候等の不可抗力によるものでは
⑷損害(慰謝料)
X らは運賃の払戻しを受けたことで、財産的
ない。Xらは前日最終便運行後や当日早朝など、
な損害については回復したと認められる。X ら
修理を行う時間的余裕があり運行に影響を生じ
は本件欠航により、自らバスを手配するなどし
させないような時期における点検を十分に行わ
て、目的地への到着が当初の予定より3時間遅
ず、プロペラの取付部の不具合を見逃した、と
れたことで、疲労や不都合が生じたことは推測
主張している。
できる。しかし、Y 社が貸切バスを用意したこ
裁判所は、整備規定に基づき、定例整備と日
とを考慮すると、債務不履行による損害として
常点検
(当日の飛行前、飛行間、その日の最終飛
X らの慰謝料請求を認めることが相当であると
行後)
を行うことになっていたこと、点検の記録
は言えないと考えられる。
等から、1月 10 日までの日常点検の記録ではプ
ロペラの取付部品に関する異常は認められてい
解 説
ないこと、11 日の飛行前、該当便の1つ前の便
より前の飛行間点検では異常が認められていな
1.取消手数料の過誤徴収について
いことも認定している。しかしそれでも、不具合
本件では可能性として、
が見つけられるまでの具体的な点検整備の状況
単に Y 社が 14 日より前の取消しについ
が明らかでないとし、やむを得ない事由があっ
て取消手数料を徴収しないという運賃規定
たと認めなかった点に本件の特徴がある。点検
を無視して徴収した(それに加え、規定を
整備記録だけでは十分な点検が行われたことが
公示していなかったため X らが当初誤認し
認められず、かつ、立証責任が航空会社側にあ
て徴収に応じ、その後争いになった)
ることになると、本件のように代替機、代替航
空路線を持たない航空会社が免責される可能性
あるいは、
は低い。もっとも、運賃の払戻しで財産的損害
本件契約は団体運賃の適用があり、本来
はすべて回復されたとしているため、現実に慰
団体運賃の取消手数料は徴収する定めで
謝料などのさらなる損害賠償が認容される余地
あったが、その旨が公示されていなかった
は少ないと思われる。
ことを過誤として、公示されていた 14 日
より前の取消しの定めを適用した
参考判例
どちらもあり得るが、判決文からは判然としな
い。前者であれば当然過誤と言えるが、後者の
①神戸地裁平成 19 年8月9日判決
場合は、約款が公示されていなかったために適
②大阪高裁平成 20 年5月 29 日判決(『判例時報』
2024 号 20 ページ、参考判例①の控訴審、「特
別な援助を必要とする場合」に関する旅客の
単独搭乗拒否による損害賠償請求を否定。た
だし理由は両判決で異なる)
用されない、という解釈に基づくものである。
航空旅客運送約款には旅客運賃等の事業所への
公示がうたわれており、取消手数料もそこに含
③東京地裁平成 25 年 11 月 12 日判決(LEX/DB、
海外往復航空券のキャンセル料金返還請求、
目的国の入国資格
(残存有効期間6カ月を超え
る旅券の所持)がないことを理由に搭乗拒否
されてキャンセルしたケース。請求認めず)
まれるとすれば当然の扱いとなる。しかし現在
示される民法改正案 548 条の3では当事者の請
求に応じて約款内容を示せばよいため、特別法
がない限り事前公示がないことが自動的に法的
過誤となるかは問題である。
2016.12
34