ワークライフバランスの達人が伝えるタイムマネジメントとリーダーシップ

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私の承認を得るまで修正し、業務計画が明確になってから仕事に
ワークライフバランスの達人が伝える
タイムマネジメントとリーダーシップ
株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役
株式会社東レ経営研究所元社長
佐々木
最近、
ワークライフバランスという言葉が頻繁に使われるようにな
りました。誰もが仕事と私生活・家庭を充実させることを求めてい
常夫
タイムマネジメントとリーダーシップ
取り掛かかります。その結果、一人平均月60時間以上あった残
業時間が1桁にまで減りました。
これからの時代の経営とリーダーシップ
とはいえ、ミドルマネジャーがいくら頑張って職場を変えても、異
私は戦略的計画立案は仕事を半減させると思っています。仕事
動で離れると元の木阿弥になってしまうことは多々あります。会社
が発生したらすぐ動き出すのではなく、まず品質基準を決め、最
というのは簡単には変われません。変えるにはやはりトップの意識
短距離で成果を上げるための計画を立てた上で実行します。
と行動が肝要です。そこで経営のあり方とリーダーシップについて
提言したいと思います。
2.時間節約・効率的仕事術
トップリーダーに必要な能力とは何か。先見性や大局観だと言う人
会社の仕事の大半は同じ仕事の繰り返し、過去にも誰かが似
もいますが、私は一番大事なのは現実を正しく把握する力だと思いま
たようなことに取り組んでいるものです。私は昔、過去30年分の
す。現場で何が起こっているか、社員は何を考えているか、お客様は
書類が入った書庫の整理をし、優れたものだけ残してファイルリ
何を期待しているか、ビジネスの環境はどう変わろうとしているのか。
ストをつくったことがありました。上司に命じられて書類をつくる
そうしたことを正しく掴むこと。それができないと経営を誤ります。
ときは、そこにあるファイルからフォーマットや考え方を借用し、
最新のデータと自分のアイデアを付け加えて提出しました。
ただし、私は経営にはセオリーはないと思っています。強い企業
のやり方は一様ではありません。最近は選択と集中の名の下に経営
る、
しかしそれができない最大の障害の1つが長時間労働と非効率
私は38歳で課長になったとき、「仕事の進め方10カ条」(図1)
と
優れた作品を活用するのですから、仕事が早くて出来がいいの
資源を強い事業にシフトする傾向がありますが、赤字事業だからと
労働です。
しかも仕事の成果と長時間労働は必ずしも関係がありま
いうものを策定し、以降、職場が変わるたびに部下全員にそれを
に決まっています。つまり、「プアなイノベーションより優れたイ
いって短絡的に切り捨ててしまうのはいかがなものか。東レはここ
せん。
ワークライフバランスとは、単に仕事を定時に終えて個人の生
発信してきました。私は
「良い習慣は才能を超える」と思っています。
ミテーション」。特に20代30代のうちは、自分の頭だけで考える
数年、最高益を毎年更新しています。それを支えているのは、かつ
活を充実させるためのものではなく、個人と組織が共に成長するた
能力が多少劣っていても良い習慣を持っていれば日々成長し、才能
よりも、先人の仕事のやり方に徹底して学ぶべきです。
て13年間赤字続きだった炭素繊維事業です。その企業が何を売る
めの経営戦略でもあります。
のある人を追い抜くことができる、ということです。10カ条は良い
ワークライフバランスを実現するために欠かせないのは、
タイムマ
習慣として私が部下に身につけてほしいと思っているものであり、タ
ネジメントです。私は東レ時代、徹底したタイムマネジメントを行って
イムマネジメントにも深く関わってきます。
きました。
それは私が仕事と家庭を両立させるために必死にならざ
タイムマネジメントは仕事の管理だと話しました。会社の仕事は、
会社なのか、強みや特質、規模や競争相手などさまざまな条件によっ
3.時間増大・広角的仕事術
仕事の効率化で一番いい方法は、「仕事をやらない」こと。こ
て取り得る経営戦略は違ってきます。短期的な黒字も大事ですが、
10年後、20年後先の事業展望を持って経営をしてほしいものです。
れは自分がやらなくてもいい仕事は捨てるという意味です。仕事
もし改革が必要な場合には、
「短期間に大幅に」行うこと。改革
るを得ない事情を抱えていたからです。私には3人の子供がいます
重要なものから雑用までさまざまあります。タイムマネジメントの極
が発生したら、自分がその仕事を本当にやらなければいけないの
には痛みが伴います。苦しみが長く続くのは耐えがたいものです。
が、長男は自閉症という障害を持って生まれてきました。私の妻は、
意を一言で言えば、最も大事なことは何かを正しく掴むことです。
かどうかを見極め、人に任せられるのであれば極力任せてしまい
ドラスティックな計画を立て、短期間で結果を出すことが肝要です。
私が課長になった年に肝炎を患い、
その後うつ病を併発したことで
私が実践してきたタイムマネジメントの方法の一部を3つの仕事術と
ます。
40回以上もの入退院を繰り返しました。私は3人の子供の世話と妻
して紹介しましょう。
の看病をするために、毎日夕方6時に退社する必要に迫られたので
す。幸い、私は妻が入院したとき課長になっていたため、
自分の裁量
1.計画先行・戦略的仕事術
私は課長になったとき、ムダな会議には出ないと決めました。
そしてトップにとって最も大切なこと、それは揺るぎなき倫理を持
つことです。企業の目的は利益を上げることではありません。社会
議事録を読めば済むからです。会議の効用は認めますが、関係
への貢献です。世のため人のためになることができれば、利益は後
ない人もいます。私は会議を最小限に減らし、その代わりにテー
からついてきます。もし企業が社会貢献という目的を見失い、倫理
マに関連する人だけ集めたミーティングは頻繁に行いました。そ
にもとる行為をすると、
どうなるか。粉飾決算や偽装問題を起こして、
で仕事のやり方を決めることができました。計画的・効率的な業務遂
同じ仕事なのに人によってかかる時間が違う。これは能力の差
行を徹底させ、会議時間の半減や資料の簡素化、何事も先を読む仕
ではなく、仕事に対する重要度の評価と段取りの差です。私が課
の方がはるかに効率的です。
市場から消えてしまった会社を思い浮かべることもできるでしょう。
事のやり方を進めていく。
こうして、部下も含めた全員が定時に帰る
長になって最初に手がけたのは、部下が過去1年間、どんな仕事
倫理なき会社は、経営を危うくするリスクを持つ。企業は社会のた
ことを前提とした体制をつくり上げていったのです。
にどれだけの時間をかけているかを分析することでした。すると、
より良いタイムマネジメントを実現するためには、自分がどんな働
めにあるという倫理観を決して忘れてはいけません。
タイムマネジメントは時間の管理ではなく、
仕事の管理です。
タイム
それほど重要でない仕事に時間をかけている一方、重要な仕事
き方や生き方をしたいのかという決意と覚悟がいると思っています。
マネジメントを実践するには、
マネジャーの強いリーダーシップが必
に時間をかけず、しかも中断したりしていることがわかりました。
主体性を持たず周りに流されていたら、どこかで後悔する。自分の
要です。
そこで最初に、私が課長時代に培ってきた仕事術を紹介しな
私は部下にそれを指摘し、仕事の重要度と適切な工数を示した
人生は自分で選びとっていかなければいけません。
がらタイムマネジメントとリーダーシップについて話します。
上で、以降、業務計画書を提出させるようにしました。計画書は
させることです。プレイングマネジャーとなって部下と一緒に仕事を
していたら、ミッションを全うできません。まずは自分の役割を自
覚することが大切です。
1.計画主義と重点主義
6.整理整頓主義
2.効率主義
7.常に上位者の視点
3.
フォローアップの徹底
8.
自己主張の明確化
という細かいスキルよりも、自分のミッションを何としてもやり遂げ
4.結果主義
9.
自己研鑽
ようという志を持つことの方が大事です。
5.
シンプル主義
10.
自己中心主義
仕事の計画策定と重要度を評価する すぐ走り出してはいけない
最短コースを選ぶこと 通常の仕事は拙速を尊ぶ
自らの業務遂行の冷静な評価を行い次のレベルアップにつなげる
仕事はそのプロセスでの努力も理解するが、
その結果で評価される
事務処理、管理、制度、資料、会話はシンプルを持って秀とする
仕事の迅速性に繋がる
自分より上の立場での発想は仕事の幅と内容を高度化する
しかし他人の意見を良く聴くこと
向上心は仕事を面白くする
自分を大切にするということは人を大切にすること
リーダーのあり方は自分流でいいと思います。仕事とは全人格を
さらけ出して取り組むもの。どう褒めるか、あるいは叱ればいいか
また私は
「仕事の効率化の両輪はコミュニケーションと信頼関係」
だと思っています。部下との信頼関係がないと、悪い情報が入って
こない。信頼関係のない仕事は極めて効率が悪くなります。
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時代の経営とリーダーシップ』
より採録・構成)
タイムマネジメントには強いリーダーシップが必要だと言いまし
た。管理職のミッションは、組織の成果を上げることと部下を成長
図1 仕事の進め方の基本(良い習慣は才能を超える)
(2016年10月17日 FUJI XEROX Executive Seminar講演『これからの
プロフィール / Tsuneo Sasaki
秋田市生まれ。株式会社佐々木常夫マネージメント・
リサーチ代表取締役。1969年、東京大学経済学部
卒業後、東レ株式会社に入社。家庭では自閉症の長男
と肝臓病とうつ病を患う妻を抱えながら会社の仕事
でも大きな成果を出し、01年、東レの取締役、03年
に東レ経営研究所社長に就任。内閣府の男女共同参
画会議議員、大阪大学客員教授などの公職も歴任。
「ワーク・ライフ・バランス」
のシンボル的存在である。
著書に
『ビジネスマンが家族を守るとき』
『そうか、君
は課長になったのか』
『働く君に贈る25の言葉』
『リーダーという生き方』
『働く女性たち
へ』
(以上、WAVE出版)、
『ビジネスマンに贈る生きる
「論語」』
(文藝春秋)
『それでもな
お生きる』
(河出書房新社)
『実践・7つの習慣』
(PHP研究所)
『上司の心得』
(角川新書)
『50歳からの生き方』
(海竜社)
などがある。2011年ビジネス書最優秀著者賞を受賞。
オフィシャルWEBサイト http://sasakitsuneo.jp/
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