著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座 座 誌 学 上法 講 第 9 著作権(2) ― 私的使用のための複製 ― 回 野田 幸裕 Noda Yukihiro 弁護士、弁理士 N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。 前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。 私的使用のための複製 ⑤友人所有のコピーガード付きDVDのアニ メーション映画を借りて個人で楽しむ 無断で他人の著作物を複製すれば原則的には ため、コピーガードを外す機器を購入 複製権を侵害することになります。しかし、例 しコピーガードを外して自宅の再生録 外的に権利者から承諾を得なくても著作物を適 画機でコピーした。 法に利用することができる場合があります。こ のような著作物を無許諾でも適法に利用できる ⑥イ ンターネットの動画サイトに権利者 代表格が 「私的使用のための複製」です (著作権 に無断で無償でアップロードされてい 法(以下、法)30 条1項) 。 た本日発売の音楽ビデオを個人で楽しむ では今回は解説に先立ち問題を出します。下 ため、自宅のパソコンのハードディスク 記の各例で著作権者から承諾を得ないで適法に にコピーした。 複製できるものはどれでしょうか。 ①家 族5人で祝う母の喜寿のお祝いのア ⑦①のアルバムがよくできていたので個人 ルバム用に写真家 A が母を撮影した写 のブログにアップロードするため、そ 真を自宅で5枚コピーした。 の写真データを自宅でスキャンしてパ ソコンのハードディスクにコピーして ②勤 務する会社の担当5人分用会議資料 アップロードした。 として建築家 A の建物図面を会社でコ ピーした。 ⑧書店で購入した小説が大部だったので持 ち歩きに便利にするため業者に依頼して ③友 人が所有する VHS のアニメーション その本を裁断しデジタルデータ化させ、 映画を借りて個人で楽しむため、繁華 そのデータをスマートフォンに送信して 街のダビングサービス店で DVD にダビ ングさせた。 もらった。 ●①回答:典型的な私的使用のための複製の 例です。この場合、写真家 A の承諾がなくても ④友人所有の古本を借りて個人で楽しむた 複製することが許されます。法は 「著作物は個 め、繁華街のコピーサービス店でコピー 人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた した。 範囲内において使用すること (中略) を目的とす 2016.12 35 誌上法学講座 るときは(中略) その使用する者が複製すること の適用については、当分の間、これらの規定に ができる」 (法 30 条1項)と定めており、家族5 規定する自動複製機器には、専ら文書又は図画 人に配付するため写真を家庭内で複製すること の複製に供するものを含まないとする」 と定め、 はまさにこれに該当します。 書籍などの文献をコピー機で複写する場合、そ ●②回答:勤務する会社の担当係5人の範囲 のコピー機がコンビニなど公衆に使用させる目 が法 30 条1項の「これに準ずる限られた範囲」 的で設置されているときでも私的使用のための に該当するかどうかが問題となります。 この点、 複製に該当するとしています (附則5条の2)。 ②も①と同様5人分ですが、一般的には 「これ したがって④は私的使用のための複製に該当し に準ずる限られた範囲」には該当しないと理解 ます。 されています。そもそも私的使用のための複製 ●⑤回答:コピーガードとは「技術的保護手段」 に該当すると著作権者の許諾が不要とされる趣 を言います。そして 「技術的保護手段」 とは「電 旨は、個人や家庭など人的関係が密接な小規模 子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によっ かつ閉鎖的範囲では権利者に与える影響も軽微 て認識することができない方法により (中略)著 ですし、このような範囲内での複製を違法とし 作権を (中略) 侵害する行為の防止又は抑止をす ても取締りの実効性もないことから複製権を制 る手段であつて著作物 (中略) の利用に際し、こ 限することにあります。したがって営業に関係 れに用いられる機器が特定の反応をする信号を する会社の担当係などは、この趣旨が該当する 著作物 (中略) に記録し若しくは送信する方式に 家族的な小規模かつ閉鎖的範囲を超えているた よるもの」 をいいます (法2条1項 20 号) 。要す め、「これに準ずる限られた範囲」とはいえず、 るに著作物の複製をさせないように施される一 私的使用のための複製には当たらないのです。 定の技術的しくみをいいますが、法はこのよう ●③回答:一見、本人が個人的に楽しむため な技術的保護手段を回避してする複製行為は、 の私的使用のための複製にも思えますが、私的 たとえ個人が楽しむ目的で複製する場合でも私 使用のための複製が認められるにはさまざまな 的使用のための複製とは認めないのです。した 制約があり、法は 「公衆の使用に供することを がって上記⑤のような保護手段を回避する機器 目的として設置されている自動複製機器を用い による複製は私的使用のための複製としての保 て複製する場合」は私的使用の複製には該当し 護は受けられません。 ないと定めています (法30条1項1号) 。 「公衆」 ●⑥回答:複製の対象は、権利者に無断で無 とは不特定多数、 不特定少数または特定多数 (法 償でアップロードされていた音楽ビデオという 2条5項)をいいますが、繁華街にあるダビン ことですので、 いわゆる海賊版 (不正商品)です。 グサービス店は不特定多数の利用者に向けて設 インターネットの動画サイトにアップロードし 置されている自動複製機器を用いて複製する業 た者自身は、公衆に海賊版を公衆送信 (法2条 者であり、小規模かつ閉鎖的範囲を超えている 1項7の2号)する目的で複製している段階で ため、私的使用のための複製には該当しません。 複製権を侵害しており、またこれをインター ●④回答:③と一見同じようですが、複製さ ネットで公衆送信することにより公衆送信権も れる著作物が異なり、③がダビング機による映 侵害しています (法 23 条1項) 。本件ではこの公 画の複製であるのに対し④はコピー機による文 衆送信された音楽ビデオのデジタルデータをパ 書の複製である点です。この点、法は自動複製 ソコンのハードディスクにコピーして録画した 機器のうち、文献の複写をするコピー機の分野 者が著作権を侵害されたものであることを知っ では権利を集中的に処理する体制が未整理であ ていたときは私的使用のための複製とはならず るとして、 「著作権法第 30 条第1項第1号 (中略) 複製権侵害となります (法 30 条1項3号) 。複製 2016.12 36 誌上法学講座 権侵害となるためには、複製の対象が著作権を すること」 (法2条1項 19 号) ) しまたは公衆に提 侵害されている事実を認識し故意に複製するこ 示するといった方法で使用されるときは私的使 とを要するのです。これはインターネットの利用 用の目的外使用となり複製権侵害になり得るの 者からみた場合、インターネット上のデジタル でくれぐれもご注意ください。 化された著作物が著作権を侵害して作成された ●⑧回答:いわゆる「自炊本」が私的使用のた ものか否かが不明な場合もあるので、著作権が めの複製に当たるか否かを問うものですが、本 侵害されていることを知ったうえでされた複製 件は社会的にも耳目を集めた事件を題材とした のみを複製権侵害としたわけです。 ものですので、詳しくご説明します。 すると上記⑥のようにその日に発売され有償 裁判例にみる「自炊本」と 私的使用のための複製 の購入者にのみ配信される音楽ビデオが無償で アップロードされているということは、複製者 が海賊版であることを認識していたことを強く 自炊本とは活字で出版された通常の本をバラ 推認する事実といえますので、私的使用のため してスキャナーで読み取り、誌面データをデジ の複製には該当しないと考えてよさそうです。 タル情報としてパソコンやスマートフォンなど ●⑦回答:上記①の写真の複製は私的使用の の電子端末機器に取り込み利用するデジタル本 を言います。 ための複製ですので個人のブログにアップロー 本を買った本人が自炊行為をするのではなく、 ドするための複製も私的使用のための複製とい えそうです。しかし結論的にはこの場合の複製 本人から依頼された業者 (自炊業者) が有料でデ は私的使用のための複製には当たりません。な ジタル情報として取り込みそのデータを依頼者 ぜならインターネットを利用して公衆に閲覧さ に配信したりUSB 等の記録媒体を送付するとい せるため複製することは小規模かつ閉鎖的な私 うものですが、このデジタルデータ化する複製 的使用の範囲を超える利用になるからです。法 行為が私的使用のための複製に当たるかが問題 はこのような場合、「第 30 条第1項(中略)に定 点です。 める目的以外の目的のために、これらの規定の 裁判では、小説家・漫画家らが原告となり自 適用を受けて作成された著作物の複製物を (中 炊業者数社を被告として自炊行為の差止と損害 略)頒布し又は当該複製物によつて当該著作物 賠償請求を求めたところ、裁判所は私的使用の を公衆に提示した者」を複製権を侵害したもの ための複製とは認めず、原告の請求を認容しま とみなすと規定しており、複製物の目的外使用 した (東京地裁平成 25 年9月30日判決、裁判所 は複製権侵害となるのです(法 49 条1項1号) 。 ウェブサイト) 。この判決を不服とした被告の ⑦の場合、写真データをパソコンのハードディ 一部は知的財産高等裁判所 (知財高裁) に控訴し スクにコピーした時点では私的使用の目的で使 ましたが、控訴審の知財高裁も同様の判断をし 用するのか否かは外部からは判別できないの ました (知財高裁平成 26 年 10 月 22 日判決、裁 で、私的使用の目的外使用がなされたとき、す 判所ウェブサイト) 。この裁判で被告は、利用 なわちそのコピーされた写真データをアップ 者が購入した本をバラして自らスキャンして複 ロードし公衆に提示された時点で複製権を侵害 製する行為は私的使用のための複製に該当し複 する複製が行われたとみなすというものです。 製権侵害にならないことは争いがない以上、自 したがって、主観的には私的使用のための複製 炊業者は本を購入した利用者の単なる手足でし として複製された複製物であっても、その後そ かないのであるから自炊業者によるデジタル の複製物を頒布( 「有償であるか又は無償である データ化の作業も複製権侵害にはならないなど かを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与 として反論しました。しかし地裁判決では以下 2016.12 37 誌上法学講座 為というべきであるところ、その枢要な行為を の理由からこの反論は認めませんでした。 しているのは、法人被告らであって、利用者で 「著作権法2条1項 15 号は、 『複製』 について、 『印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法に はない。したがって、法人被告らを複製の主体 より有形的に再製すること』 と定義している。こ と認めるのが相当である」 「この点について、被 の有形的再製を実現するために、複数の段階か 告 Sらは、著作権法 30 条1項の適用を主張する らなる一連の行為が行われる場合があり、その 際において、被告 S は、使用者のために、その ような場合には、有形的結果の発生に関与した 者の指示に従い、補助者的な立場で電子データ 複数の者のうち、誰を複製の主体とみるかとい 化を行っているにすぎないとし、また、被告 D う問題が生じる。この問題については、複製の らは、同項の 『使用する者が複製する』 の解釈に 実現における枢要な行為をした者は誰かという ついて、 『複製』 に向けての因果の流れを開始し、 見地から検討するのが相当であり、枢要な行為 支配している者が複製の主体と判断されるべき 及びその主体については、 個々の事案において、 であるし、複製の自由が書籍の所有権に由来す 複製の対象、方法、複製物への関与の内容、程 るものであることに照らしても、書籍の所有者 度等の諸要素を考慮して判断するのが相当であ が複製の主体であると判断すべきであると主張 る(最高裁平成 23 年1月 20 日判決、 『判例時報』 する」 (中略) 「しかし、 (中略)抽象的には利用者 2103 号 128 ページ) 。本件における複製は、 (中 が因果の流れを支配しているようにみえるとし 略) 認定したとおり、 〈1〉 利用者が法人被告らに ても、有形的再製の中核をなす電子ファイル化 書籍の電子ファイル化を申し込む、 〈2〉 利用者 の作業は法人被告らの管理下にあるとみられる は、法人被告らに書籍を送付する、 〈3〉 法人被告 のであって、複製における枢要な行為を法人被 らは、書籍をスキャンしやすいように裁断する、 告らが行っているとみるのが相当である。また 〈4〉法人被告らは、裁断した書籍を法人被告ら (中略) 法人被告らは利用者の手足として利用者 が管理するスキャナーで読み込み電子ファイル の管理下で複製しているとみることはできない 化する、〈5〉完成した電子ファイルを利用者が のであるから、利用者が法人被告らを手足とし インターネットにより電子ファイルのままダウ て自ら複製を行ったものと評価することはでき ンロードするか又はDVD 等の媒体に記録された ない」などとして自炊業者による私的使用を否 ものとして受領するという一連の経過によって 定し、知財高裁も地裁とほぼ同様の判断をした 実現される。この一連の経過において、複製の のです。 対象は利用者が保有する書籍であり、複製の方 法は、書籍に印刷された文字、図画を法人被告 このように私的使用のための複製は、著作権者 らが管理するスキャナーで読み込んで電子ファ の承諾なく著作物が利用できるという例外的制 イル化するというものである。電子ファイル化 度であるため幾多の制約があり、私的使用のた により有形的再製が完成するまでの利用者と法 めの複製に当たるか否かの判断が難しい場合も 人被告らの関与の内容、程度等をみると、複製 あって慎重な判断が必要です。本稿第1回目に の対象となる書籍を法人被告らに送付するのは 掲載した事例も私的使用のための複製の該当性 利用者であるが、その後の書籍の電子ファイル が争点となっておりますのでご参照ください*。 化という作業に関与しているのは専ら法人被告 らであり、利用者は同作業には全く関与してい ない。以上のとおり、本件における複製は、書 籍を電子ファイル化するという点に特色があり、 電子ファイル化の作業が複製における枢要な行 2016.12 * ウェブ版「国民生活」2016 年4月号「誌上法学講座」第1回 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201604_17.pdf 38
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