家に至りて、門に入るに、月明ければ

土佐日記
もろともに帰らねば、いかがは悲しき。船人もみな、
一緒に帰らないので、
どんなに悲しいことか。同じ船で一緒に帰京した人々もみな、
帰京
子たかりてののしる。かかるうちに、なほ悲しきに堪へずして、
京に入り立ちてうれし。
京の町中に入って行くのでうれしい。家に到着して、
門に入ると、
いとよくありさま見ゆ。聞きしよりもまして、
とてもよく様子が見える。
月が明るいので、
ひそかに心知れる人と言へりける歌、
そっと気持ちの通じ合っている人とよみかわした歌、
言ふかひなくぞ
うわさに聞いていたよりもまさって、話にならないほど
こぼれ破れたる。家に預けたりつる人の心も、
壊れ傷んでいる。
子供がよってたかって騒ぐ。こんな情景の中で、やはり悲しくてたまらないので、
家に至りて、門に入るに、月明ければ、
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ
（この家で）生まれた子も、（土佐で亡くなって）帰って来ないというのに、その私の家の庭に、（もとはなかっ
た）小松が生えているのを見るのが、悲しいことだ。
荒れたるなりけり。
家だけでなく預けておいた留守番の人の心も、すさんでいるのであったよ。
「中垣こそあれ、
とぞ言へる。なほ飽かずやあらむ、
一つ家のやうなれば、
とよんだ。
またかくなむ、
それでもやはり言い足りないのだろうか、またこういう（歌もよんだ）、
「隔ての垣根はあるけれども、一つ屋敷みたいなものだから、（頼みもしないのに先方が）
望みて預かれるなり。」
「さるは、
見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや
たよりごとに、
亡き女児が、松のように千年の齢を保っていたら、あの遠い土佐の国で、悲しい別れをしただろうか、いや、し
なかっただろうに。
望んで（この家を）預かったのだ。」「そうは言っても、ついでのあるたびに、
ものも絶えず得させたり。」「今宵、
贈り物も絶えずやってあるのだ。」
と、
かかること。」
忘れがたく、くちをしきこと多かれど、え尽くさず。
「今夜（帰って来てみると）、こんなありさまだ。」
忘れがたく、
声高にものも言はせず。
書き尽くすことはできない。
とまれかうまれ、とく破りてむ。
と（人々は口々に言うが）、大声で言わせるようなことはさせない。
いとはつらく見ゆれど、
心残りなことは多いけれど、
何はともあれ、
（こんな書き物は）早く破ってしまおう。
こころざしはせむとす。
なんとも薄情だとは思われるけれども、お礼はしようと思う。
さて、池めいてくぼまり、水つける所あり。
さて、
池みたいにくぼんで、
五年六年のうちに、
ほとりに松もありき。
水のたまっている所がある。（その）まわりに松もあった。
千年や過ぎにけむ、
かたへは
（だのに今夜見ると）五年か六年の間に、千年も過ぎてしまったのだろうか、（松の）半分は
なくなりにけり。
今生ひたるぞ混じれる。
おほかたの、
なくなってしまっていたよ。（そこに）新しく生えたのが混じっている。だいたいが、
みな荒れにたれば、
「あはれ。」とぞ人々言ふ。
すっかり荒れてしまっているので、「ほんとにひどいね。」と人々が言う。
思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、
この家にて生まれし女子の、
2
恋しく思われることの中でも、この家で生まれた女の子が、
1
思い出さないことはなく、

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