巻 頭 言 ことばへのこだわり 海老原 充 Ebihara Mitsuru （首都大学東京 理事・副学長） 私 も Is oto pe N ew s 誌 を 手 に す る 1 人 だ が， 本 誌 の 読 者 に と っ て 馴 染 み の あ る で あ ろ う こ と ば の な か に そ の 使 わ れ 方 に 違 和 感 を 感 じ る も の が 少 な か ら ず あ る。 例 え ば “ 放 射 能 ” と“ 放 射 線 ”，“ 放 射 性 物 質 ”。 い う ま で も な く，“ 放 射 能 ” は 原 子 核 の 壊 変 に 伴 っ て 起 こ る放射線を放 出 す る 能 力 で あ り ， “ 放 射線”は高エネルギーの物質粒子や電磁波の流れ で ， と も に ど ち ら か と い え ば 抽 象 的 な こ と ば で あ る 。 一 方 ，“ 放 射 性 物 質 ” は 放 射 能 を も つ， あるいは放射 線 を 放 出 す る 物 質 で ， か なり具体的なことばである。このようにこれらの こ とばは本来， 意 味 す る と こ ろ が 大 き く 異なるはずだが，混同されて使われることがよく あ る。例えば“ 放 射 線 漏 れ ” や “ 放 射 性 物質漏れ”というべきところを“放射能漏れ”と い い，“ 放 射 性 物 質 ” に よ る 汚 染 を “ 放 射 能 汚 染 ” と 表 現 さ れ る こ と は 少 な く な い。“ 放 射 能漏れ”や“放 射 能 汚 染 ” と い う 言 い 方は“放射能”のことばの誤用だと思うが，よく 聞 かれる。ただ，“ 環 境 放 射 能 ” と い う ことばは悩ましい。 “ 原 子 力 ” と “ 原 子 力 発 電 （ 炉 ）” の 関 係 は 別 の 意 味 で 気 に な る。 上 記 の 例 と 違 っ て ， “ 原 子 力 ” と“ 原 子 力 発 電 （ 炉 ）” が 混 同， 誤 用 さ れ る こ と は 先 ず な い。 気 に な る の は ， “ 原 子 力 ” と 聞 く と “ 原 子 力 発 電 （ 炉 ）” や “ 核 兵 器 ” を 連 想 さ せ る よ う な 世 の 中 に な っ ていないか，と い う こ と で あ る 。 い う までもなく“原子力”は核力に起因する原子核の 持 つ エ ネ ル ギ ー で あ り ， そ れ を 利 用 し た も の が“ 原 子 力 発 電（ 炉 ）” で あ り“ 核 兵 器 ” で あ る の で， そ の 連 想 は 間 違 い と は い え な い 。 た だ，“ 原 子 力 ” と い う こ と ば が “ 原 子 力 発 電 炉”の事故を通 し て ， い つ の ま に か 負 のイメージを負わされきているとすれば，大いに 憂 慮 さ れ る。 本 来 の ， と い う の も 変 だ が ，“ 原 子 力 ” の 背 後 に は 2 0 世 紀 の ，1 9 世 紀 ま で の それとは隔絶 し た 新 し い 科 学 概 念 の 創造が広がっている。そこには知的好奇心をかき立 て るものが満ち て い る 。 そ う し た 知 的 好奇心，とくに偏見のない子供の知的好奇心を偏見 に よる負のイメ ー ジ で 覆 い 隠 し て し ま うことだけは避けるべきだと思う。 “ ア イ ソ ト ー プ ” と “R I” の こ と ば の 関 係 も 微 妙 で あ る。“ ア イ ソ ト ー プ ” を“RI ”， つ まり放射性ア イ ソ ト ー プ と 同 等 の も のとして使っていると思われる事例が少なくないよ う に 感 じ る 。 さ し ず め 大 学 の“ ア イ ソ ト ー プ 総 合 セ ン タ ー” な ど は 代 表 的 例 と 言 え よ う 。 “ ア イ ソ ト ー プ ” は い う ま で も な く“ 同 位 体 ” で， 放 射 性 同 位 体 の 数 は 安 定 同 位 体 の 数 に 比べて桁違い に 多 い 。 と は い え ， や はり“アイソトープ”のことばに“放射性”の意味 を 込 め る の は ち ょ っ と 乱 暴 な 気 が す る 。 ひ ょ っ と す る と，“ ア イ ソ ト ー プ ” と“ 同 位 体 ” は 別の意味をこめているのかと勘ぐってしまう。J.J. Thomson によるネオンの重さの異な る 安 定“ 元 素 ” 発 見 か ら ， F. Soddy に よ る “i s o t o p e” の 概 念 の 確 立 に 至 る 思 考 の 流 れ は 科 学 philosophy の 極 み だ と 思 う し ， i s o t o p e を “ 同 位 体 ” と 訳 し た 飯 盛 里 安 の 知 性 ・ 感 性 には敬服させ ら れ る 。 そ う い う こ と を 背景にもつことばだけに，よけい釈然としない。 こ と ば は 時 代 と と も に 作 ら れ ， ま た， 意 味 も 変 遷 す る こ と は よ く 知 ら れ て い る。 た だ， 学 術 用 語 だ け は そ の 例 外 と な る べ き だ と 思 う の だ が 。I s o t o p e N ew s 誌 の 読 者 諸 氏 は ど う 考えられるで あ ろ う か ？ Isotope News 2016 年 12 月号 No.748 1
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