USB ウルリッヒ・ホフマン氏×株式会社野村総合研究所 常務執行役員

上田 肇
ウルリッヒ・ホフマン 氏
UBS
株式会社野村総合研究所
Head of Group Operations
P r o f i l e /Ulr ich
常務執行役員
金融 ITイノベーション事業本部長
P r o f i l e /Ha jime
Hof f m ann
Ueda
1987年 スイス銀行コーポレイション(SBC、現UBS AG)
1985年 野村総合研究所入社。88年 ハーバード・ビジネスス
入行。Global Service Products Head, Head of Operations
クール留学。91年 NRIアメリカを経て、96年 NRIパシフィッ
Wealth Management and Swiss Bankを経て、2012年より
ク社長に就任。その後、初代財務部長、初代IR室長を経て、企
現職。
画部長。07年 執行役員、15年 常務執行役員。現在に至る。
金融危機後、急激に環境が変化する中で、グローバル金融機関はビジネスモデルの再考を余儀なくされ、オペ
レーションを抜本的に見直している。金融機関はどのように業務プロセスの改革に取り組むべきか。なぜ他業態
のオペレーションに学ぶべきなのか。UBSグループの全世界のオペレーションを統括するホフマン氏に語って
いただいた。
業務を縮小してウェルスマネジメン
メント事業を形成しています。スイ
ト業務に注力してきました。
ス本国ではウェルスマネジメント
ホフマン お っ し ゃ る よ う に 、
に長い歴史を持っていますので、
上田 2008年の金融危機後、世
UBSでは重点的にウェルスマネジ
UBSは有利な立場にあると思いま
界の金融サービス業をめぐる環境は
メント業務に取り組んでいます。伝
す。今後も引き続きウェルスマネジ
大きく変化し、グローバル金融機関
統的なウェルスマネジメント業務を
メントに軸足を置いて事業を進める
はビジネスラインや営業地域の再考
スイス、アジア太平洋、欧州で展開
強い意志を持っています。
を余儀なくされています。
するとともに、米国ではブローカー
UBSではこれに加えて投資銀
そうした中、UBSでは他社に先
ディーラー業務を営んでおり、この
行、アセットマネジメント業務をグ
駆けて戦略の転換を図り、投資銀行
両者でグローバルなウェルスマネジ
ローバルに展開しています。リテー
金融危機後の
UBSの事業戦略
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野村総合研究所 金融 ITナビゲーション推進部 ©2016NomuraResearchInstitute,Ltd.Allrightsreserved.
ルとコーポレート・ビジネスについ
のでしょうか。
一方、債券については2012年か
てはスイスでのみ営んでいます。
ホフマン UBSでは、投資銀行業
ら縮小を図ってきました。資本を有
上田 ウェルスマネジメントに重点
務にも重点を置いています。投資銀
効に利用するため、一部のデリバ
をおくUBSにとって、現在の環境
行業務は大きく変化してきました
ティブなど資本をたくさん必要とす
における最大の課題は何ですか。
し、現在も変化し続けています。リ
る商品を中心に、多くのマーケット
ホフマン ウェルスマネジメント市
スクの高い業務ですので、当局も規
でエクスポージャーを減らしました。
場は近年いくつかの面で大きく変化
制により様々な制約を課してきまし
上田 こうした事業の包括的な見直
しています。
た。ですから、投資銀行業務で成功
しは、エルモッティCEOのイニシ
第一に、顧客の要求が厳しくなっ
するには、スマートかつ身軽であ
アチブによるものですか、それとも
ています。顧客自らが入手できる情
る必要があると考え、UBSではい
以前から継続してきたことですか。
報が多くなり、知識が豊富になって
ち早く対応したわけです。UBSで
ホフマン 大きなきっかけとなった
いるからです。他社と差別化が図れ
は、投資銀行業務を「顧客に焦点を
のは、2008年の金融危機だった
るのはやはり人力によるところにな
あわせたビジネス」と位置づけ、大
と思います。
りますが、テクノロジーの活用によ
きなバランスシートを必要とするビ
厳しい資本規制と世界的な低金利
る洗練化も求められています。
ジネスとは位置づけていません。
環境の影響で世界中の投資銀行が
第二に、ウェルスマネジメント業
上田 過去10年ほど、投資銀行ビ
収益を圧迫され、事業戦略の見直
務のオペレーションに必要なツール
ジネスでは基本的に巨大なバランス
しを迫られています。そうした中、
やプラットフォームが変化していま
シートを利用して2倍、3倍に拡大
UBSが賞賛されているのは、最初
す。かつてUBSではさまざまなツー
してきました。当局は、グローバル
に舵をきったからだと思います。
ルをバラバラに提供していました
にそうした大きなバランスシートに
上田 おそらく、どの金融機関も気
が、効率性を高めると同時にクライ
起因するシステミックリスクに対す
付いた時点は同じだったのかもしれ
アントエクスペリエンスを向上させ
る懸念を強め、資本の増強を課しま
ません。しかし、気付いたことでは
るため、一つのグローバル・プラッ
した。それは、ROEの低下を意味
なく、それをどう行動に移せたかが
トフォームで提供することに決めま
します。UBSがバランスシートを
重要なのでしょうね。
した。
使ったサービスを見直して顧客の
ホフマン UBSがウェルスマネジ
第三に、グローバル市場の地理的
ニーズに焦点を置いたサービスに絞
メントという強力なコアビジネスを
ウェイトの変化に対応する必要が出
ることにしたのは、そういう理由も
持っていた、ホームポジションを
てきています。アジア太平洋、ラテ
あるのでしょうか。
持っていたことが、行動に移す上で
ンアメリカ、アフリカといった新興
ホフマン 正にそうです。資本規制
大きかったと思います。
市場で新たに富が生みだされている
を含めて投資銀行ビジネスを包括的
からです。
に点検し、ROIやROEなども踏まえ
最後に、オフショア市場からオン
て魅力的なビジネスを選びました。
ショア市場へのシフトも見られま
上田 具体的には、どの分野が魅力
す。自動情報交換制度の時代を迎
的という結論になったのですか。
上田 規制が厳しくなる中で、金融
え、情報が世界中の税務当局に提供
ホフマン 例えば、エクイティ・ビ
機関のオペレーションやITにはどの
されるようになったからで、こうし
ジネスです。引受だけでなく、セカン
ような影響があったとお考えですか。
た動きにも対応する必要があります。
ダリーもそうです。ウェルスマネジ
ホフマン 第一に、新しい規制にシ
上田 御社における投資銀行業務は
メントの顧客に対する株式のディス
ステムや手続きを合わせるためにオ
ウェルスマネジメント業務を強力に
トリビューション能力にも大きな役
ペレーションや I Tの要件が厳しく
サポートする位置づけと考えてよい
割を果たしますので非常に重要です。
なりました。
金融機関は製造業の
オペレーションに学ぶべき
Financial Information Technology Focus 2016.12
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ムを見直さなくてはなりません。
いった体系的な管理手法も金融機関
第二に、デジタル化への対応で
での適用は遅れているように感じて
す。A I やブロックチェーンといっ
います。まだまだプロセスを改善す
た新技術は金融業のオペレーション
る余地があると思います。
環境を一変させる可能性があり、そ
れに備えて準備しておく必要があり
ます。テクノロジーはわれわれに全
標準化とカスタマイズを
同時に実現させるには
く新しい視点を提供してくれます。
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第二に、多くの金融機関でコスト
レガシーな環境からデジタル新時代
上田 標準化を進める一方で顧客の
の見直しが進む中、バックオフィス
へと一気に移行したいと考えるな
ニーズに合わせてサービスをカスタ
のあり方が議論されました。弊社で
ら、どうしてもエンジン室の根本的
マイズすることも益々重要になると
も、自動化すればどれだけコストを
なリエンジニアリングが必要になり
思います。この2つは必ずしも矛盾す
引き下げられるか、ジョイント・ベ
ます。これは、どの金融機関も直面
るものではありませんが、両方を追
ンチャーやパートナーの形で外部の
していることです。
求するのは簡単ではなさそうです。
ユーティリティ・サービスを活用し
実は、製造業、通信、ヘルスケア
ホフマン ゴールドマンサックスや
てはどうか、といったアイデアが議
といった金融以外の業界では以前か
ブラックロックといったグローバル
論され、さまざまなソリューション
ら、コスト削減圧力を強く受けて、
金融機関はどこも非常に標準化され
につながりました。日本でもポスト
抜本的なオペレーションの見直しを
たパワフルなエンジンを持っていま
トレードのオペレーションをNRI と
経験しています。トヨタは良い例で
す。自動化され、標準化されている
共同で運営することになり、非常に
す。しかも、一時的なものではなく
にも関わらず、顧客から非常に高い
うまくいっています。
継続的な改善が図られていますの
評価を得ています。それはなぜか?
上田 われわれも御社のパートナー
で、すでにカルチャーの一部になっ
それは、彼らの事業経営が非常に
となることができて非常に光栄に
ています。金融機関も見習うべきだ
効率性が高く、その上で特定の目的
思っています。
と思います。
のためのカスタマイズがなされてい
今おっしゃったようなバックオ
上田 金融機関もトヨタのような製
るからです。バックオフィスは高度
フィスの抜本的な改革を実際に行動
造業のオペレーションから学ぶべ
に標準化、自動化されており、顧客
に移すのは簡単ではないと思いま
き、という指摘は非常に興味深いで
との接点の部分だけをカスタマイズ
す。どのような課題がありましたで
す。一方、金融業には他の産業より
しているのです。
しょうか。
も厳格な規制が課されており、自由
上田 我々の頭の中にあるバックオ
ホフマン 第一に、古くからのレガ
にオペレーションを変えるのは難し
フィスとフロントオフィスを区分す
シーシステムをどうするかという課
いという面もあります。
る線を引き直し、それぞれ定義し直
題があります。
ホフマン 確かにそういうところは
す必要があるのかもしれません。
金融機関にとってオペレーション
あります。金銭にかかわる問題は敏
ホフマン 全くその通りです。UBS
やITは船のエンジン室のようなもの
感な分野なので、規制が多くなって
も正にそこに力を入れています。特
です。エンジン室は長く利用される
しまいます。ただ、規制に縛られな
に、資金や証券の決済、照合といっ
ものですから、どの金融機関にもレ
いところでも、分断されたオペレー
たバックオフィスの機能を部門横断
ガシーな環境が残っています。まず
ションが散見されます。例えば、不
で社内で一箇所に集めて効率化を図
は、これまでとは違ったコスト環境
必要に顧客ごとにオーダーメイドし
ろうとしています。しかもUBSとい
に対処し、もっと身軽にするには、
ている点などが挙げられます。
う枠を超えて、他のパートナーと一
こうしたプロセスやプラットフォー
「リーン・シックスシグマ」と
緒に取り組んでいます。私はこうし
野村総合研究所 金融 ITナビゲーション推進部 ©2016 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved.
た体制を「ビッグ・ホリゾンタルズ
点検する必要があります。ユニット
の全体を見るようにしています。エ
(部門横断)
」と呼んでいます。
ごとではなく、プロセス全体のリエ
ンドツーエンドプロセスを見て、ど
上田 そ う な り ま す と 、ミ ド ル オ
ンジエアリングを行うべきなのです。
の部分を自分でやり、どの部分を
フィスについてはどのようなアプ
エンドツーエンドの業務プロセス
パートナーに頼むべきかをシステマ
ローチがとられることになりますか。
改革についても他の業界の方が金融
ティックに考えます。そして、自分
ホフマン ミドルオフィスは、フロ
業界より先行しています。
達でやると決めた分野については、
ントとバックを結びつける接着剤の
上田 トヨタでは「どうすればよい
これまで以上にスマートにやれるよ
役割を果たします。さまざまな顧客
車をつくれるか」だけではなく、次
うにならないといけません。プロセ
の特殊な要求をバックオフィスの汎
回の購入や他のサービスの提供につ
スのアレンジをスマートにすれば、
用的な機能に適切に結びつけるわけ
なげるためのアフターサービス、保
クライアントエクスペリエンスだけ
です。もちろん自動化技術が進んで
険、リースなどについても深く考え
でなく、コスト管理やリスク管理も
きていますからこれを活用すること
ています。こうした付随的な要素を
向上するはずだからです。
も考えられますが、真に顧客に付加
含めてトータルなカー・エクスペリ
上田 クライアントエクスペリエン
価値を提供するには、それぞれの事
エンスを提供しているわけです。そ
ス、コスト管理、リスク管理の3つ
業部門の事情にあわせる形で、ミド
ういった意味では、今おっしゃたよ
の要素が同じように重要ということ
ルオフィスの機能を構築する必要が
うな変化は、視野を広げて「リフ
ですね。
あります。例えば、リテール顧客
レーミング」したといえるかもしれ
ホフマン その通りです。コストば
と、プライベートバンクやウェル
ませんね。
かり考えて最適化しようとすると弊
ス・マネジメントの顧客のライフサ
ホフマン 正にそうです。
害が出ます。価値の創出に集中し、
イクル管理は全く異なります。
こうした思考法が必要となって
付加価値を生まないコストをなく
いる背景に、FinTech企業の登場が
す、例えば自動化を進めることで身
あります。彼らは既存の枠組みにと
軽になれば、オペレーショナルリス
らわれません。ただ顧客のニーズだ
クをもっと適切に管理できる環境が
けを見て、それに合ったデジタルな
できてくるでしょう。
上田 バックエンドの効率性とフロ
ソリューションを考えており、オペ
上田 エンドツーエンドでプロセス
ントエンドのカスタマイゼーション
レーションの運営もわれわれと全く
を見渡すことは、今後、金融機関が
や付加価値などについて語っている
異なります。ですから、われわれもエ
業務プロセスを見直す際に大きなカ
記事は読んだことがありますが、接
ンドツーエンドでプロセスを見直さ
ギとなりそうですね。
着剤の話は新鮮で興味深いです。
ないと彼らに足元をすくわれます。
本日は貴重なお話をどうもありが
ホフマン 金 融 機 関 が コ ス ト を 減
上田 FinTech企業の多くはニッ
とうございました。
(文中敬称略)
らそうと考えたとき、これまではユ
チプレイヤーですから、金融機関と
ニットごとにプロセスの最適化を図
立ち位置が違うように感じます。
ろうとする傾向がありました。フロ
ホフマン 確かにそうです。しかし
ント、オペレーション、リスク・コン
彼らは、金融機関のバリューチェー
プライアンス部門、財務部門がそれ
ンの特定の部分をターゲットにして
ぞれで最適化しようとしていたわけ
います。ですから、既存の金融機関
です。しかし、効率性をもう一段高い
も一歩下がって俯瞰して、どのよう
水準に高めるには、それぞれのオペ
に再構築すれば良いかを考える必要
レーション・プロセスをフロントか
があります。
らバックまで、エンドツーエンドに
UBSは、顧客に提供できる価値
業務プロセスを
エンドツーエンドで見直す
Financial Information Technology Focus 2016.12
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