アジア・豪州経済の見通し

平成 28 年(2016 年)12 月 1 日
アジア・豪州経済の見通し
~景気は持ち直しを見込むも、成長ペースは引き続き力強さを欠く~
1.アジア・豪州経済の現状と見通しの概要
(1)現状
域内最大の経済規模を持つ中国は、7-9 月期の実質 GDP 成長率が 3 四半期連続で前年比
+6.7%となり、月次の主な経済指標をみても長らく減速してきた投資関連指標が小幅加
速に転じるなど、足元、経済安定化の動きが窺われる。
中国以外のアジア諸国・地域については、物価の低位安定が続くなか、堅調な内需に加
え、輸出の回復や景気対策の効果発現もあり、総じて緩やかな持ち直し傾向が続いている。
もちろん、国別には個別の要因により濃淡があり、7-9 月期の実質 GDP 成長率をみても、
NIEs では、台湾が前年比+2.0%、香港も前年比+1.9%へと加速する一方、韓国は 6 月末
で自動車減税措置が終了した影響等で前年比+2.7%へ鈍化している。ASEAN のうち内需
主導国では、フィリピンが個人消費を中心に前年比+7.1%の成長と引き続き好調を維持
する一方、資源依存度の高いインドネシアでは、堅調な個人消費を中心に緩やかな拡大を
続けている点では同じだが、輸出の不振が続いたほか、税収不足による政府支出の伸び悩
みや設備投資の抑制などもあって前年比+5.0%へ鈍化した。外需依存型のタイでは、政
府消費減少の影響で前年比+3.2%と前期から鈍化こそしたものの、内訳では外国人来訪
者数の増加によるサービス輸出の拡大や財輸出の持ち直しが景気を下支えする展開となっ
た。
豪州は、個人消費などの内需を中心に緩やかな回復基調を維持している。
(2)見通し
先行きを展望すると、ASEAN、NIEs では個人消費を中心に内需が底堅さを維持するほ
か、輸出の持ち直しも成長を押し上げる方向に働くとみられるものの、中国の景気は緩や
かな減速が続くため、アジア全体としては力強さを欠く展開となる公算が高い。
まず中国では、構造調整が続くなか成長率の低下傾向が続く見通しである。鍵となる投
資については、鉄鋼業や石炭業など重工業における過剰生産能力の削減など「供給側改革」
の実施に伴い成長への下押しが続くとみられる。但し、インフラ投資の拡大、総じて安定
している雇用・所得環境を背景とした家計部門の需要拡大などが下支えし、成長率は
2017 年にかけて前年比+6%台前半の成長は維持するものと予想する(第 1 表)。
その他のアジア諸国・地域では、雇用・所得環境の安定に加えて景気に配慮した財政・
金融政策の継続もあり、個人消費を中心に内需が底堅さを維持するほか、輸出は先進国需
要の拡大に牽引され緩やかな持ち直しが見込まれる。このため 2017 年の実質 GDP 成長率
は、外需依存度の高い NIEs で前年比+2%台半ばへの緩やかな拡大、ASEAN についても
1
同+4%台後半での推移が続こう。タイでは、政府の内需刺激策やインフラ投資の拡大な
どによる景気の下支えが続くなか、緩やかな輸出の持ち直しを起点に成長率は小幅ながら
高まる見通しである。インドネシアでは、財政面からの景気浮揚が当面見込みづらいもの
の、物価安定や利下げを受けた消費の拡大が引き続き景気の牽引役となり 5%台での成長
が続くとみられる。
豪州は、安定した雇用・所得環境を背景に個人消費が底堅さを維持するなか、資源価格
の底入れを受け鉱業部門の下押し圧力が徐々に弱まることで、景気は引き続き回復軌道を
辿る見通しである。
当面のリスクとしては、まず米国大統領選後に急激に進んだアジア通貨安が挙げられる。
自国通貨安は外貨建て債務の増大やインフレ高進・通貨防衛的利上げの懸念を高め、拡大
に転じてきた企業活動や個人消費に水を差しかねないため留意が必要である。加えて、米
新政権の通商政策も注目されるところである。アジア各国の輸出全体に占める米国のシェ
アはいずれも約 1~2 割と相応の規模を占める。特に中国は巨額の対米貿易黒字を抱え、
トランプ氏から「為替操作国」認定の対象国として名指しされていることもあり、今後の
展開次第では通商摩擦の緊張が高まる虞もある。
その中国における構造調整の進展度合いも気になるところである。中国経済は昨年、人
民元切り下げや株価暴落で世界経済を震撼させたものの、今年年央以降は、Brexit や大統
領選挙で騒がしくなった欧米を尻目に落ち着きを取り戻しており、政府の政策的梃入れも
あって景気減速も管理された範囲内に収まっているようにみえる。ただし、企業の経営破
綻や住宅価格の下落などは金融機関の不良債権急増などを通じて予期せぬ形で景気にイン
パクトを与える可能性もあり、その場合は中国自身はもちろん、他のアジア諸国もマイナ
ス影響を免れないだろう。
第1表:アジア・豪州経済見通し総括表
名目GDP(2015年)
実質GDP成長率(前年比、%)
消費者物価上昇率(前年比、%)
経常収支(億ドル)
2016年
2017年
兆ドル
シェア、%
実績
見通し
見通し
実績
見通し
見通し
実績
見通し
見通し
中国
10.98
62.4
6.9
6.6
6.2
1.4
1.9
1.9
3,306
2,659
2,514
韓国
1.38
7.8
2.6
2.6
2.7
0.7
1.1
1.7
1,059
983
945
台湾
0.52
3.0
0.7
1.2
1.8
▲0.3
1.2
1.3
758
776
726
香港
0.31
1.8
2.4
1.3
1.7
3.0
2.6
2.2
97
154
168
シンガポール
0.29
1.7
2.0
1.5
2.1
▲0.5
▲0.6
0.6
575
545
572
NIEs
2015年
2016年
2017年
2015年
2016年
2017年
2015年
2.50
14.2
2.1
2.0
2.3
0.6
1.1
1.6
2,489
2,459
2,411
インドネシア
0.86
4.9
4.8
5.0
5.1
6.4
3.6
4.3
▲178
▲179
▲221
マレーシア
0.30
1.7
5.0
4.2
4.5
2.1
2.0
2.2
90
72
87
タイ
0.40
2.2
2.8
3.1
3.2
▲0.9
0.2
1.6
320
381
310
フィリピン
0.29
1.7
5.9
6.5
6.0
1.4
1.8
3.0
84
51
69
ベトナム
0.19
1.1
6.7
6.2
6.2
0.6
2.8
4.2
9
74
96
2.03
11.5
4.8
4.8
4.9
3.1
2.4
3.3
325
398
341
2.09
11.9
7.6
7.6
7.7
4.9
5.2
5.5
▲185
▲218
▲332
17.61
100
6.1
5.9
5.7
1.9
2.2
2.4
5,935
5,297
4,934
1.22
-
2.4
2.8
2.9
1.5
1.4
1.9
▲ 584
▲ 566
▲ 525
ASEAN5
インド
アジア11カ国・地域
オーストラリア
(注)インドは年度(4月~3月)ベース。
(資料)各国統計等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
2
2.見通しのキーポイント
(1)中国経済
中国経済は、投資の抑制を起点とした減速傾向が続くなか、足元は経済安定化の動きが
窺われる。10 月の主な経済指標は、製造業 PMI(国家統計局公表値)が 3 ヵ月連続で景
気判断の節目となる 50 を上回ったほか、固定資産投資は小幅加速、生産者物価も 9 月以
降、資源価格の上昇などを背景に約 4 年半ぶりにプラスの伸びに復帰している(第 2 表)。
固定資産投資の業種別内訳をみると、過剰な生産設備を抱える鉱業や重工業などを中心に
減速が続くなか、インフラ投資や不動産投資の拡大などが下支えする姿に変わりはないが、
主体別にみると、年前半に減速感が強まっていた民間部門に下げ止まりの兆しが窺われる
点は注目に値する(第 1 図)。政府は 7 月以降、民間投資の促進に向け、地方政府に対し
て行政簡素化やインフラ事業における官民パートナーシップ活用などの方針を相次いで打
ち出しており、こうした政府の方針などが投資の安定化に寄与した可能性が考えられる。
第2表:中国の主な月次経済指標の推移
第1図:中国の主体別固定資産投資の推移
2016年
6月
固定資産投資(都市部)
7月
8月
40
9月
10月
35
9.0
8.1
8.1
8.2
8.3
10.6
10.2
10.6
10.7
10.0
6.2
6.0
6.3
6.1
6.1
製造業PMI
50.0
49.9
50.4
50.4
51.2
非製造業PMI
53.7
53.9
53.5
53.7
54.0
消費者物価(前年比、%)
1.9
1.8
1.3
1.9
2.1
生産者物価(前年比、%)
▲ 2.6
▲ 1.7
▲ 0.8
0.1
1.2
(年初来、前年比、%)
(前年比、%)
非民間
全体
民間
30
小売売上高(前年比、%)
25
工業生産(前年比、%)
20
15
10
5
0
(注)1. 『製造業PMI』、『非製造業PMI』は国家統計局発表の指標。
2. 色掛け部分は、伸び率/指数が前月から低下したもの。
(資料)中国国家統計局等統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
11
12
13
14
15
16
(注)年初来累計値。
(資料)中国国家統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
(年)
先行きを展望すると、過剰な資本ストックや債務の調整余地は依然大きく、重工業を中
心とした投資の減速による景気下押しが続く見込みである。まず、過剰生産能力の削減に
ついては、夏場以降、政府による進捗管理厳格化などを受け、削減ペースが加速した模様
である。鉄鋼については 10 月に年間の削減目標(4,500 万トン)を達成、石炭も 9 月末時
点の進捗率が年間の削減目標(2.5 億トン)の 8 割以上と、早晩、目標達成が見込まれて
いる。もっとも、中期目標の達成に向け、鉄鋼で約 1 億トン、石炭でも 2.5 億トン相当の
追加削減が必要となっており、引き続き厳格な進捗の管理が求められる。加えて、政府は
10 月に「企業のレバレッジ解消加速に向けた意見」を公表、このなかで「ゾンビ企業」
や信用失墜企業は債務株式化の対象外とする方針などを表明したことなどを受け、同月に
は過去にない規模での司法による法的処理が国有特殊鋼大手(負債総額 556 億元、従業員
約 2 万人)で開始されるなどの新しい動きもみられるようになっている。もっとも、従業
員数が数十万人に及ぶ国有企業ではハードランディングではなく政府等の支援で事業継続
が模索されるなど、企業債務の調整は雇用や地方経済への影響等に配慮しながら慎重に進
められる公算が高い。
3
また、不動産投資については、住宅購入規制を導入・強化する動きが大都市から一部の
地方に拡大しており、結果として住宅販売・価格共に頭打ちの兆しが表れている。政府は、
過剰債務の削減に取り組む企業部門への配慮等もあり、金融引き締め策への転換には消極
的とみられるが、住宅購入規制や銀行に対する住宅ローンの管理厳格化などを通じた過熱
抑制に取り組んでおり、投資拡大ペースの鈍化が予想される。
こうした過剰投資の調整による景気への下押しは続く一方で、政府の梃入れ策や消費主
導型経済への転換が経済を下支えする面も見落としてはならない。政府は減税による企業
のコスト負担の軽減(注 1)やインフラ投資(今後 3 年間で総投資額 4.7 兆元を計画)を打ち
出し、国有企業を中心とした企業部門の改革に取り組んでいるほか、産業高度化に向けて
戦略的分野への支援も強化している。中国では国有企業の不振が注目を集めがちだが、民
間企業部門の売上負債比率は、国有企業に比べ低水準にあり(第 2 図)、民間部門の経済
活動の活発化が今後の成長の鍵となってこよう。また、個人消費の持続性については、サ
ービス業を中心に雇用・所得環境は総じて安定が見込まれるほか、社会保障制度の拡充や
雇用対策に重点を置いた歳出配分なども引き続きサポート材料となろう。
下振れリスクとして、前述の通り、国内では企業の経営破綻や住宅バブルの崩壊などに
伴う金融機関の不良債権の急増と景気への下押し圧力、対外的には米新政権が極端に保護
主義的な通商政策を採った場合におけるマイナスの影響が懸念される。もっとも、トラン
プ次期大統領が問題視する人民元相場については、対ドルでは緩やかな元安傾向が続いて
いるが、実質実効相場では過去数年にわたり元高方向に推移しており、IMF4 条報告でも
「いまや人民元は過小評価とは言えない」、「ファンダメンタルズに沿った動き」と評価
されるに至っている。また、対米輸出品目の上位を占める繊維・衣類および電機等につい
ては今更米国が国内立地回帰を目指すような業種でもない。因みに、米国の中国製品に対
する反ダンピング課税の代表例として挙げられるタイヤについてみると、当該措置により
米国の輸入に占める中国のシェアは低下したものの、第三国からの輸入で代替された経緯
がある(第 3 図)。こうした経験を踏まえると、米国が当初対中強硬姿勢を取ったとして
も、まずは二国間協議を通じた問題の抽出と改善に向けた取組みがなされると想定される。
(注 1)今年 5 月、2012 年から一部業種・地域で試行していた営業税から増値税への移行を全業種・全地域へ展開、
これにより約 5,000 億元(GDP 比 0.7%pt)の企業の税負担軽減が見込まれる。
第2図:中国製造業の売上高負債比率
140
(%)
60
(億ドル)
50
外資
国有
100
80
60
(%) 60
米国のタイヤ輸入〈左目盛〉
米国の中国からのタイヤ輸入〈左目盛〉
米国のタイヤ輸入における中国のシェア〈右目盛〉
民間
120
第3図:米国のタイヤ輸入の推移
50
40
40
30
30
20
20
10
10
40
20
0
0
05
0
00
02
04
06
08
10
12
(資料)中国国家統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
14
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(年) (注)シャドウは米国の中国製タイヤに対するアンチダンピング課税期間。
(資料)米国センサス統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
4
16
(年)
(2)その他アジア諸国・地域
中国以外のアジア諸国・地域では、内需が底堅く推移している(第 4 図)。まず、個人
消費は、雇用・所得環境の改善や物価の安定による実質購買力の拡大により堅調な状態が
続いている。また、政府による家計向けの景気刺激策やインフラ投資の拡大、中銀の緩和
的な金融政策の継続も内需のサポート要因となっている。さらに、輸出についても、米国
を中心とする先進国向けが底堅いことなどから足元にかけて底入れしつつある。
この先も、内需の底堅さが続くなか、輸出の緩やかな持ち直しが徐々に景気を押し上げ
る構図が続くと予想される。まず、個人消費は、雇用・所得環境の改善や物価の安定が引
き続き支えとなろう。財政政策については、引き続き計上済みの予算執行による内需下支
えが見込めるほか、今後、韓国やタイなどの財政黒字国で歳出増加の余地があるだけでな
く、財政赤字国であるマレーシアやインドネシアでも、来年度予算で財政規律を維持しつ
つインフラ投資向け歳出項目を拡充しており、これらが景気の拡大に寄与する見込みであ
る。金融政策については、韓国やタイが政策金利を過去最低水準近辺で据え置いているほ
か、最近ではインドネシア(年初来 6 度目)やインドが追加利下げを実施した。足元では
トランプ政権への期待から米金利が急騰し、その結果アジア通貨全般が売り込まれている
ものの、これが長期間持続しない限りは、ベースとしての米国の利上げペースは緩やかに
なる見込みであることから、各中銀は今後も景気に配慮した金融政策運営を続け得るとみ
られる。こうしたなか、輸出が、先進国需要の拡大に牽引され緩やかに持ち直していくこ
とで、輸出依存度の高い NIEs やタイ、マレーシアを中心に徐々に景気を押し上げていく
見通しである(韓国、台湾、ASEAN4 の輸出のうち、先進国向けは約 3 割を占める)。
第4図:アジア主要国・地域の実質GDPの推移
14
12
10
8
6
(前年比、%)
第5図:アジア主要国・地域の米国向け輸出額(2015年)
140
その他
純輸出
総固定資本形成
政府消費
個人消費
実質GDP
120
100
4
80
2
0
60
(10億ドル)
その他
輸送用機器
機械(除く輸送用機器)
鉱物性燃料
化学
金属(含む鉱石)
繊維・アパレル
食品・飲料
-2
40
-4
-6
20
マレー
シア
インド
ネシア
(資料)各国統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
15/10-12
16/1-3
4-6
7-9
15/10-12
16/1-3
4-6
7-9
タイ
15/10-12
16/1-3
4-6
7-9
台湾
15/10-12
16/1-3
4-6
7-9
韓国
15/10-12
16/1-3
4-6
7-9
15/10-12
16/1-3
4-6
7-9
-8
0
フィリ
ピン
(年/月期)(資料)国連貿易開発会議統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
米国の大統領選挙の影響についてであるが、まず、新政権が極端に保護主義的な通商政
策を採る場合には注意を要する。ただ、アジア各国・地域の米国向け輸出はそれぞれ全体
の 1~2 割と相応のシェアを占めるものの、日韓は米国メーカーと競合する輸送用機器の
輸出が多い一方、ASEAN からの輸出はその多くを米国内での代替生産の可能性が低い繊
5
維・アパレル、PC やスマホ等の機械が占めており、通商政策で標的とされるリスクは限
られる公算が大きい(第 5 図)。他方、通貨価値の下落については既に顕在化しただけに
より注意が必要である。米大統領選後、米国への資金還流の動きを背景にアジア各国・地
域の通貨は軒並み売られている。足元では急速な下落は一巡しつつあり、今後は次第に安
定に向かうと予想されるが、仮に通貨の下落がこの先も続いた場合、輸入インフレを通じ
て個人消費を下押しするリスクがある。この点、過去の通貨下落と消費の関連性をみると、
特に、高めのインフレ率や経常赤字を抱え、2013 年 5 月のバーナンキ・ショック時に通
貨の大幅下落に見舞われたインドネシアやインドのほか、政治的な先行き不透明感や経常
黒字の縮小傾向を背景に米国大統領選挙前から為替が軟調であったフィリピンなどの内需
主導国は、相対的に通貨下落による景気への影響が大きくなる傾向があり、今後の動きを
注視する必要がある。
(3)タイ経済
7-9 月期の実質 GDP 成長率は前年比+3.2%と前期から僅かに減速したものの、緩やか
な回復基調を維持している(第 6 図)。内訳をみると、個人消費が底堅く推移したほか、
外国人来訪者の増加を反映したサービス輸出の伸びが全体を支えた。
先行き、政府が追加で打ち出している家計向け補助金や減税などの内需刺激策の効果が
継続するほか、空港や鉄道などのインフラプロジェクトが順次着工し、引き続き景気を支
えよう。輸出は、米欧豪向けのエレクトロニクスや家電、自動車といった主要品目を中心
に増加基調を維持しており、今後も全体の 4 割を占める先進国の需要拡大に牽引され緩や
かに持ち直していく見通しである。さらに、輸出の持ち直しを受けた企業の収益改善は、
投資マインドの回復や雇用者の所得改善を通じ、景気をサポートする要因となろう。
第3表:タイの過去の出来事と実体経済への影響
第6図:タイの実質GDPの推移
12
(前年比、%)
個人消費
総固定資本形成
純輸出(サービス)
実質GDP
ガラヤニ王女
死去
政府消費
純輸出(財)
誤差+在庫
特徴
王室弔事
時期
08年1月
3
期間
【服喪期間】
政府関係者・
公務員15日間
0
実体経済
への影響
9
6
-3
13
14
15
16
(年)
(資料)タイ国家経済社会開発局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
サプライ
チェーン寸断
11年10月~
12月
政局混迷~
軍事クーデター
プミポン国王
崩御
混乱長期化
王室弔事
13年11月~
14年5月
16年10月
約2ヵ月間
約6ヵ月間
【服喪期間】
政府関係者・
公務員1年間
小
大
中
小(見込み)
実質GDP
(前年比、
%)
07年:+5.4%
08年1-3月期:
+3.3%
11年:+0.8%
(10-12月期:
▲4.1%)
12年:+7.3%
13年:+4.5%
14年:+0.9%
(1-3月期:
▲0.5%)
16年の成長率:
▲0.2%pt
17年の成長率:
▲0.1%pt
影響する
需要項目
政府消費
財輸出、
個人消費
個人消費、
固定資本形成、
サービス輸出
政府消費、
個人消費、
サービス輸出
-6
-9
大洪水
(資料)各種資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
プミポン国王崩御の実体経済への影響については、過去に起きたいくつかの事例を踏ま
えて考えると、政治的な安定が維持される限りにおいてそれほど大きくならないといえそ
うである(第 3 表)。政府は民政移管のロードマップを堅持する意向を表明したほか、経
6
済への影響を最小限に抑えるよう呼びかけており、現地情報などによると、現状の企業活
動は概ね通常通りとなっている模様である。したがって、直近の政情不安時のような先行
き不透明な状況の長期化や、大洪水時のような企業の生産活動への影響は想定されない。
現状確認出来る統計データでは、崩御後の調査結果を含む 10 月の消費者信頼感指数が前
月から小幅な下落に止まったほか、産業景況感指数についてはむしろ 2 ヵ月連続の改善を
示しており、政府の対応などがマインドの支えとなっているとみられる。服喪の影響につ
いては、国民から絶大の信頼を得ていた国王の崩御であることから、GDP の約 3 割を占
める裁量的消費(含観光収入)の抑制が想定されるものの、その度合いはやや厳し目にみ
ても 2016 年、2017 年の実質 GDP 成長率をそれぞれ▲0.2%ポイント、▲0.1%ポイント程
度下押しするに止まると試算される(注
2)
。景気回復シナリオに対する影響は軽微に止ま
りそうである。
(注 2)裁量的消費の増加率が、直近 1 年間の実績に対し 2016 年 10-12 月期に半分になり(バンコクで爆弾テロが発
生した 2015 年 7-9 月期は増加率が前期比 3 割縮小したことを参照)、以降最長服喪期間である 2017 年 7-9 月
期にかけて下押し度合いが徐々に緩和されると仮定。2017 年 10-12 月期は前年同期の抑制分の反動増を勘案。
(4)豪州経済
豪州経済は、個人消費などの内需を中心に緩やかな回復基調を維持しているとみられる
(7-9 月期の GDP 統計発表は 12 月 7 日の予定)。個人消費関連では、安定した雇用・所
得環境を背景に 7-9 月期の実質小売売上高が増加基調を維持しており(第 7 図)、輸出は、
天然ガスなどの資源を中心に増加が続いている。
先行き、個人消費が安定した雇用・所得環境を背景に底堅さを維持するなか、資源価格
の底入れを受け鉱業部門の下押し圧力が徐々に弱まることで、景気は引き続き回復軌道を
辿る見通しである。まず、雇用・所得環境は、失業率の低下や雇用者報酬の拡大が続くな
ど安定した状態が続いている。7-9 月期の雇用者報酬増加率の内訳をみると、雇用者数と
賃金はそれぞれ前期比+0.2%、同+0.4%と共に増勢を維持している。個人消費は、こう
した名目所得の増加をベースに、インフレの低位安定による実質所得の改善やマインドの
回復、準備銀による年初来 2 度の利下げの累積的効果などに支えられ、底堅い推移が続こ
う。他方、設備投資は、生産能力調整による資源関連の投資減が 2017 年にかけて続く見
込みであり、全体でも減少傾向を辿ると予想するが、資源価格の下げ止まりにより企業収
益が回復するにつれ、減少幅は縮小に向かうとみられる。実際、豪州統計局が実施した民
間新規設備投資計画調査によると、2016/17 年度(7 月~翌 6 月)は非鉱業部門の投資が小
幅増加するほか、鉱業部門の減少幅が縮小することで投資全体は下げ止まりに近付く見通
しである(第 8 図)。
金融政策については、準備銀は 11 月の会合において市場の予想通り政策金利の据え置
きを決定した。今回の声明では、8 月に指摘した豪ドル高への懸念はみられなかったほか、
住宅価格について一部で大幅に上昇していると指摘しており、利下げを視野に入れている
様子はなさそうだ。足元のインフレ率が概ね準備銀の予想に沿った動きとなるなか、当面
7
は、政策金利の現状維持が続く公算が大きい。
第8図:オーストラリアの民間新規設備投資の推移
第7図:実質小売売上高と実質民間消費と雇用者所得
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
(前期比、%)
(億豪ドル)
(前年比、%)
40
計画調査見通し
実質小売売上高
実質民間消費
13
3
2,000
14
15
16
1,500
30
1,000
20
500
10
(年)
(前期比、%)
2
0
1
0
-500
-1
-2
-3
①一人あたり労働時間
①×②×③
②時間あたり賃金
雇用者報酬
③雇用者数
0
鉱業〈左目盛〉
非鉱業〈左目盛〉
全産業〈左目盛〉
全産業 豪州統計局調査〈右目盛〉
-10
-1,000
13
14
15
(資料)豪州統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
16
(年)
-20
05/06
07/08
09/10
11/12
13/14
15/16 (年度)
(資料)豪州統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
(福地
照会先:三菱東京 UFJ 銀行 経済調査室
シンガポール駐在
亜希、土屋
祐真、中村
福地 亜希
[email protected]
土屋 祐真
[email protected]
中村 逸人
[email protected]
逸人)
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