第 36 話(20 頁) アザミ 農家のあるじが自分の畑からアザミをなくしたいと

第 36 話(20 頁)
アザミ
農家のあるじが自分の畑からアザミをなくしたいと思い、毎日足をはこんでは、
アザミを引きぬいてすてました。ところが、アザミを引きぬくと、服につきます。
それから、アザミを地面にすてますと、古いアザミをすてたところから、新しいア
ザミが顔を出すのでした。
「とても短い話で解釈に困るけど、農家のあるじはよっぽどアザミが嫌いなんだ。」
「自分の畑からなくしたいと地面に捨てたのに、そこから『新しいアザミが顔を出すのでし
た』と。実にしぶといというか、たくましい花だなあ。」
「そこだよ、この話の核心は。晩年のトルストイに、カフカスの山岳民族出身の悲劇的英雄
を主人公にした『ハジ・ムラート』という作品があって、その冒頭にアザミ<別名・ダッタ
ン(韃靼)草>の話が登場する。」
「すばらしい深紅の花を咲かせながら、摘み取ろうとしても、とげがいっぱいで茎も丈夫で、
なかなか抜けない。そんなアザミとハジ・ムラートの生き方を重ね合わせている。」
「文中のトルストイの感慨は、物語の展開を推測させて象徴的だ。《なんという活力、なん
という生命力だろう》《人間はすべてに勝利し、何百万もの草を根絶やしにしてきたという
のに、この茎だけは屈服しようとしないのだ》…と。」
「農家のあるじに限らない。とげ草とも呼ばれ、大勢の人に敬遠されていたんだ。」
「いとしき花よ汝(な)はアザミ、と『アザミの歌』にあるように、日本では清楚な花、と
いう印象が強いから、意外な気がするけど。」
「強靭な個性、孤高…。
『アーズブカ』を書いたときから、トルストイは、この花をそんな
思いで眺めていたということだろうね。」
<参考>
『ハジ・ムラート』冒頭部分は、
「トルストイ」
(集英社文庫ヘリテージシリーズ)所収の中村唯史訳を引用
しました。