エバラ時報 No.252 p.8 藤枝 英樹 ほか

縁の下の力持ち
高圧ポンプ
- CO2 インジェクションポンプ編-
CO2 インジェクションポンプは,二酸化炭素(CO2)を油層に圧入し,原油を効率的に回収する石油増進回収法(EOR)
のプロセスの一部として活躍しています。この際にエネルギー生産や産業で排出されるガスから回収される二酸化炭素
が用いられる場合があり,
二酸化炭素回収・貯蔵(CCS)としても期待されています。高圧ポンプの応用例として CO2 イン
ジェクションポンプの役割や特徴を紹介します。
CO2回収・圧縮
ユニット
CO2パイプライン
液化天然ガス
製造プラントなど
原油回収パイプライン
井戸元
CO2インジェクション
ポンプ
ガス・オイル
分離プラント
井戸元
油層
原油
二酸化炭素
図 1 CO2-EOR プロセス模式図
EOR での CO2 インジェクションポンプの役割
原油を地中から回収する方法として,地中から自噴に
二酸化炭素を油層中に圧入するために,二酸化炭素を
昇圧し,圧入用の井戸へ搬送する仕組みに CO2 インジェ
クションポンプが使われています。
よって得る一時回収では埋蔵量の約 10% 程度しか得られ
また,圧入される二酸化炭素には,発電所,天然ガス
ません。この一次回収後に,水(水攻法)や随伴ガスを
の精製,肥料生産などで排出されるガスから分離回収さ
地中に圧入し,原油を回収する二次回収があります 。
れたガスが使われ,原油が回収された空間に圧入された
さらに,熱攻法(蒸気)
,ガス攻法(二酸化炭素,窒素
二酸化炭素の一部が残存し,油層中に貯蔵されることか
など)
,
ケミカル攻法(ポリマーなど)と呼ばれるような,
ら, 二 酸 化 炭 素 回 収・ 貯 蔵(CCS:Carbon dioxide
原油の粘性を低下させ,より回収しやすくする三次回収
Capture and Storage)の一種とみなされています。
1)
CO2-EOR プロセスの概要や,特に二酸化炭素を昇圧す
が あります。この三 次 回 収 の総 称 が 石 油 増 進回 収 法
(EOR: Enhanced Oil Recovery)です。
る仕組み,
及び当社が北米や中東に納入したCO2 インジェ
EORの一つの手法として着目されているのが,二酸化炭
素と原油の性質を利用した炭酸ガス圧入攻法(CO2-EOR)
クションポンプ(二重胴多段遠心ポンプ)を例に,その
特徴を紹介します。
です。
油層中に二酸化炭素を圧入することで,二酸化炭素が
原油に溶解し,流動性を向上させて原油を回収すること
ができます。
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エバラ時報 No. 252(2016-10)
高圧ポンプ− CO2 インジェクションポンプ編−
液化天然ガス
ガス・オイル
製造プラント
分離プラント
CO2回収・圧縮
CO2排出元
ユニット
(6)油井へのCO2
原油回収
パイプライン
パイプライン
数10 km
数10 km
石油増進回収
処理ユニット
(1)CO2コンプレッサ
(2)コンプレッサアフタークーラ
井戸元
(3)ガス脱水装置
井戸元
地中
(4)CO2インジェクションポンプ
(5)ポンプアフタークーラ
(7)圧入
原油回収用
油井
油井
図 2 CO2-EOR プロセスフロー
れによって,不慮の断熱膨張が発生した場合に溶存水分
CO2-EOR プロセスの概要
が固体化してパイプラインを閉塞するなどの不具合を防
液化天然ガス製造プラントから回収した二酸化炭素を
圧縮・昇圧して超臨界二酸化炭素とし,CO2 パイプライン
いでいます。
(4)CO2 インジェクションポンプ
を通して圧入油井へ注入を行います。そして,原油回収
CO2 コンプレッサによって超臨界相にまで昇圧された
油井から回収した原油をパイプラインを通して原油を処
二酸化炭素を更に本ポンプで昇圧し,長いパイプライン
理するガス・オイル処理プラントに送り,原油を回収し
の配管抵抗と地中圧力に打ち勝つための高い圧力を発生
ます(図 1,2)
。
します。ポンプ前後の圧力差で表現すると,およそ 13
図 2 の(1)から(7)で示す機器は,液化天然ガス製
造プラントから油井へ二酸化炭素を注入するための主要
MPa の高圧を発生します。
(5)ポンプアフタークーラ
CO2 インジェクションポンプによって断熱圧縮され,
機器です。CO2 インジェクションポンプは,これら主要
温度上昇した二酸化炭素の温度をパイプライン輸送に最
機器の 1 つです。次に,これら機能を説明します。
適な温度に冷却します。
(1)CO2 コンプレッサ
本プラントの最上流に設置されている多軸多段コンプ
(6)パイプライン
レッサです。液化天然ガス製造プラントのガス製造過程
二酸化炭素回収プラントと原油の井戸元をつなぐパイ
で発生した二酸化炭素を気相から超臨界相まで圧縮昇圧
プラインです。長さが約300 kmを超えるものもあります。
(7)井戸(油井)
します。
パイプラインを通って送られてきた二酸化炭素を圧入
(2)コンプレッサアフタークーラ
CO2 コンプレッサによって断熱圧縮され,温度上昇し
するための井戸と,二酸化炭素圧入によって粘度が低下
た二酸化炭素を冷却し,
当社製CO2 インジェクションポン
することで,流動度が増加し,押し出されてくる原油を
プによる昇圧が可能な温度まで冷却します。
回収するための井戸の 2 つで構成されます。
(3)ガス脱水装置
GDU(Glycol Dehydration Unit若しくはGas Dehydration
Unit)と呼ばれ,二酸化炭素に溶存している水分をトリ
エチレングリコールに吸収させて除去します。CO2 コン
プレッサの中央段から,超臨界相に達する前の二酸化炭
素を本装置へとバイパスし,溶存水分をモル分率で 0.01%
近くまで除去して CO2 コンプレッサ後段へ戻します。こ
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エバラ時報 No. 252(2016-10)
高圧ポンプ− CO2 インジェクションポンプ編−
羽根車
ガイドベーン
バランスピストン
ドライガスシール
ドライガスシール
図 3 CO2 インジェクションポンプの断面図
CO2 インジェクションポンプの特徴
超臨界二酸化炭素(ポイント解説参照)は圧縮性流体
であるため,水のような常温で液体の非圧縮性流体を取
り扱う場合の設計とは異なる設計的配慮が本ポンプには
数多く盛り込まれています。
図 3 に示す高圧ポンプ DCS 型は,API610 に準拠した
非常に厳しい仕様要求に対応した当社の CO2 インジェク
ションポンプです。高圧環境下でも信頼性の高い運用が
できるよう,炭素鋼製外胴の二重胴型方式を採用してい
ます。また,計 11 段の羽根車は同方向配列となっており,
羽根車に発生するカップリング方向の軸方向スラスト荷
重は,バランスピストンによってキャンセルされるよう
図 4 CO2 インジェクションポンプの外観
になっています。
羽根車径は超臨界二酸化炭素の熱力学的特性を考慮し
た計算に基づいて決定されており,ポンプ軸動力を流体
のエンタルピ増加分として考えることによって性能を算
出しています。
次に,超臨界二酸化炭素のような特殊な流体でも安全
ポイント解説
超臨界二酸化炭素
二酸化炭素は臨界点(圧力 7.4 MPa,温度 31 ℃)を超えると,液
体と気体の中間の特性をもつ超臨界流体という状態になります。超
臨界二酸化炭素は圧縮性流体であるほか,密度が液体のように重
かつ安定した連続運転を可能とするため,軸封が重要な
く,粘度は気体に近くサラサラとしています。また,気体の拡散性,
要素です。最新のポンプの軸封には運転中に摺動面が非
液体の溶解性を併せもつ特性があり,原油に溶解して流動性が増
接触となるドライガスシールを採用しています。
すことから原油回収に利用されます。
図 4 にポンプの外観写真を示します。
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高圧ポンプ− CO2 インジェクションポンプ編−
ミニフロー弁
CO2コンプレッサ
吐出し弁
パイプライン
吸込弁
CO2排出元
井戸元
CO2インジェクションポンプ
コンプレッサアフタークーラ
油層
図 5 CO2 インジェクションポンプ周りの構成
ポンプのオペレーション
ポンプエンジニアとして
CO2 インジェクションポンプは,超臨界二酸化炭素を扱
初めてドライガスシールを採用した CO2 インジェク
うために,ポンプのオペレーションにも特徴があります。
ションポンプの現地試運転時には,困った現象がいくつ
図5はCO2 インジェクションポンプ周りの回路構成です。
か発生しましたが,社内外のエンジニアと共に何度も補
機の調整と試運転を繰り返し,最後にはうまくいった時
(1)ポンプ起動前準備
ポンプを起動する前に,パイプラインへの二酸化炭素
の喜びは忘れられません。また,特に印象的だったのは,
充填を CO2 コンプレッサの単独運転によって行います。
高圧ポンプで超臨界二酸化炭素のような特殊な流体を扱
パイプラインが空の状態のまま,ポンプによって昇圧さ
うと,あるところは高温で,また別のところでは凍り付
れた超臨界二酸化炭素を充填しようとすると,急激な断
く,今まで見たことがない現象が起き,起動・運転の仕
熱膨張によってドライアイスが発生し,パイプラインが
方も含めて非常に特殊なポンプであることを改めて実感
閉塞してしまうためです。パイプライン全長によって異
しました。
地球温暖化や石油資源枯渇を受け,今後ますます高
なりますが,約 80 km のパイプラインの場合ではこの充
まっていくであろう CCS 及び EOR 技術に対して,当社
填作業には 2 〜 3 日を要します。
は二酸化炭素の昇圧・搬送の役割を担うポンプのメーカ
(2)ポンプ起動
パイプライン圧力がある基準を超えたところで,ゆっ
として,高純度の超臨界二酸化炭素を取り扱う多段高圧
くりとポンプ内部への充填及びベント(エア抜き)を行
ポンプの設計,製造そして現地試験を通じてノウハウを
います。その後,通常の高圧ポンプと同様に吸込弁全開・
蓄積し,貢献していく所存です。
吐出し弁全閉・ミニフロー弁開の状態でポンプを起動し
ます。ポンプ起動後はミニフロー弁と吐出し弁の切換え
をゆっくりと行います。急激な切換えを行うとドライア
イスの発生によってパイプラインが閉塞してしまうおそ
参 考 文 献
1) 平成 27 年度地球温暖化対策技術普及等推進事業(メキシコ,
陸上油田における CCS の可能性検討)報告書,三井物産株式
会社,株式会社三菱総合研究所.
れがあるためです。
[風水力機械カンパニー カスタムポンプ事業統括
藤枝 英樹 岩元 雅信]
(3)定常運転
ミニフロー弁と吐出し弁の切換え完了後,ようやく定
常運転に入ります。定常運転に移行後は,
通常の高圧ポン
プと同様に流量・ヘッド・消費電力・軸受温度や軸振動
等の運転データをモニタリングし,安定した状態である
ことを確認しながら運転します。
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