基礎学問のすすめ - 日本下水道新技術機構

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基礎学問のすすめ
大学の卒業論文を起点にするとかれこれ35年ほど下
水道に携わっていますが,近年の下水道の普及と技術
の進化には隔世の感があります。下水道の基本的な機
能からすると下水処理施設からの臭気の発生はある程
度はやむを得ないものでしたが,最近は,臭気はもと
より紙屑ひとつ落ちていない下水処理場が標準的に
なってきています。さらに,基本的な機能を超えて下
水汚泥から固形燃料を生産する処理場や,熱エネル
ギーや電気エネルギーを生産する発電所の機能を持つ
下水処理場も誕生してきています。そしてこれらの進
化した下水道技術は,それぞれの分野のスペシャリス
トでなければ到底対応できないレベルに達しています。
一方で,国土交通省在職時代には,国の政策の意図
するところと現場の課題に乖離が拡がってきていると
感じていました。前述のエネルギー基地のような下水
処理場を経営する都市もあれば,供用開始以来一度も
日本大学生産工学部土木工学科 教授
森田 弘昭
Morita Hiroaki
管きょの点検をしたことがない都市もではじめていま
した。また,数年前から下水道の海外展開に携わるよう
になり,点検・修繕が容易にはできない高級施設の設
置や急激な都市化の進んだ地域における不適切な下水
道管渠整備計画など現場と合わない技術導入を見聞き
するようになりました。前者については,施設の墓場
の出現,後者については相手国の事務所に積まれたま
まの下水道マスタープランという結果が待っています。
著しく進化した日本の下水道技術が各地で活用され
ている一方で,どうしてこのような残念な結果が生じ
るのだろうか?どうしたら解決できるのだろうか?と
漠然と思っていました。漠然というのは,種々問題が
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Vol.10 No.22
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あっても国内の下水道整備は着実に進展しているし発
学生や新人は,著しく技術が進化した現代において
展途上国においても集中的に下水道投資が行われてい
即戦力として期待され高度な知識と技術の習得を要求
るからです。
されますが,一方で,維持管理段階に入った下水道を
バランス良く経営する能力も期待されています。下水
国 交 省 ア ン ケ ー ト
道事業の円滑な経営には,下水道事業全体に対するバ
しかし,こののんびりした意識を改めさせる出来事
は下水道の基礎知識の習得が必要ではないでしょうか。
が起きました。昨年の夏に国土交通省下水道部からの
基礎的な知識があれば,万が一下水道管が閉塞した
依頼で本学の学生に下水道に関するアンケートを実施
時に大きな社会影響を与える場所はどこだろうか?自
しました。アンケートは,下水道に関係する企業が列
分の都市の下水処理原価は,他都市と比べて高いか低
記されており知っている企業に〇印をつけなさいとい
いか?というような疑問が湧いてくるのではないかと
うもので,下水道人なら誰でも知っている一部上場企
思います。また,近代的なビルが林立し激しい交通渋
業が多数紹介されていました。また,これらの企業の
滞を起こしている都市中心部で長期間にわたって交通
末尾に国土交通省下水道部の名称も記されていまし
止めを行う管きょの敷設工法の採用は現実的でないと
た。結果は,下水道人からすると散々なものでした。
感じられるようになるものと考えています。さらに,
ほとんどの学生が,下水道関係企業にも国土交通省下
下水道技術の先鋭化や他分野との連携が進めば進むほ
水道部にも〇印をつけませんでした。
ど下水道だけでなく他分野の基礎的な知識も必要に
アンケートの結果は,下水道に関する基礎的な情報
なってくると思います。
の不足か,下水道そのものに興味がないかを表してい
例えば,下水道の高度処理によって市内河川の水質
ると思います。近年,下水道界全体として下水道の新し
は改善したが,市域全体で見ると温室効果ガスの発生
い価値を創造する努力やそれをPRする努力は,十二
量と発生汚泥量が増えた!下水道に生ごみを持ち込む
分に実施されてきたと思いますが,学生あるいは下水
のが良いのか?あるいは家庭での生ごみ処理機の普
道界の新人に対する基礎的な知識の発信についてはや
及?または生ごみの分別収集の方が良いのか?など他
や手薄だったのではないかと思うようになりました。
分野の基礎知識なしには,総合的な評価に基づく判断
ランス感覚が必須で,それを身に付けるためには,まず
は困難と考えられます。
基 礎 知 識 の 必 要 性
基礎知識の習得は,言い換えるとその分野の仕事の
自分の過去を振り返ると,新しい分野に飛び込んだ
を持つことによってまずは大きなトラブルを避けるこ
初期にはその分野で流通している用語や数字,作法
とが期待されます。さらには,バランスの取れた下水
は,極めて早いスピードで使用されるため,その分野
道経営に続く第一歩ではないでしょうか?
に慣れるための大きな障壁になります。大学でも講義
役割が拡大した日本の下水道がバランス良く経営さ
についてこれない学生の多くは,基礎的な数字や定義
れるように,また学生や下水道界に飛び込んできた新
を知らないことから何が分からないか分からない状態
人の方々が下水道や関連分野の基礎知識を身に付ける
になって脱落していくケースが多いように感じます。
お手伝いができればと考えています。
相場観を醸成する一歩ではないかと思います。相場観
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