アルカリ加熱処理生体活性化チタン合金人工関節の実用化

●特集「運動器領域の人工臓器の進歩 ─ 人工骨と人工股関節 ─」
アルカリ加熱処理生体活性化チタン合金人工関節
の実用化
京都大学大学院医学研究科整形外科学
中村 孝志,宗 和隆
Takashi NAKAMURA, Kazutaka SO
1.
はじめに
2.
アルカリ加熱処理法の有用性の検証
人工股関節全置換術(THA)は,1960 年代に骨セメント
アルカリ加熱処理は従来のアパタイトコーティングに比
を使用するチャンレー式の low friction arthroplasty が登場
べると処理工程が簡便で,低コストで済むという現実的な
したことをきっかけに飛躍的に普及した。以来,骨セメン
魅力も兼ね備えていたこともあり,セメントレス THA イン
トやインプラントに様々な改良が加えられた一方で,1980
プラントへの適用が可能であるのかを,①処理層の強度,
年代には骨との mechanical anchoring を期待して金属表面
基材の強度・物性への影響,②多孔体内部表面への均一な
に粗面化処理を施したセメントレスタイプも登場した。た
処理の可否,③生体活性の程度などの面から検証されるこ
だ,インプラントの材料に用いられるチタン(Ti)合金やコ
とになった。
バルトクロム合金は bioiner t であるため,骨との結合性を
1) 処理層の強度,基材の強度・物性への影響
強化するためにポーラス部分をハイドロキシアパタイト
アルカリ加熱処理によって,チタン表面にはチタン酸ナ
(HA)などでコーティングする方法が考案された。HA に
トリウムとチタニアからなる約 1μm の厚みの処理層が形
代表される生体活性材料は,体内でその表面に骨類似アパ
成されて生体活性能が付与されるが,インプラント – 骨間
タイトを形成し,これを介して骨と結合すると考えられて
の固定性を得るためには,処理層がしっかりと基材に固着
いるが,一方でコーティング層の剥脱や吸収,third body
していることが大前提となる。このため,生体内外での引
wear といった問題が生じるため,その有用性を疑問視する
きはがし力に対する処理層の強度を調査したところ,処理
報告も多い。
層は加熱処理によって安定化し,十分な強度を持つことが
そこで,金属材料そのものを生体活性化する方法につい
証明された 3),4) 。これは,処理層が表面から基材に近づく
て小久保正京都大学工学部教授(当時)らと共同研究を重
ほど密になる網目状構造であり,構成元素(Na,O,Ti)の
ねた結果,純チタンやチタン合金を水酸化ナトリウム水溶
比率も徐々に変化する傾斜構造をとっていたためと考えら
液に浸漬した後加温処理すると,表面にチタン酸ナトリウ
れた(図 1A 〜 E)5) 。
ムを含む薄層を形成し,アパタイト形成能を有するように
加熱処理温度は 600℃と各構成金属の相変態温度よりも
なることを発見した。この方法は 1996 年に論文発表さ
はるかに低いものの,処理によって形成される網目状構造
れ 1),2),従来のようなコーティングなしに金属材料を骨と
は応力集中源となり,強度が低下している可能性が考えら
直接結合させる表面処理方法として一躍注目を浴びること
れた。そこで各種材料試験を行ったところ,処理による機
になった。
械的強度(引張強さ,耐力)
,伸び,絞り,硬さ,および疲労
強度への影響は無視できる程度のものであり,人工関節イ
ンプラントとして使用できることが示された 6) 。
■著者連絡先
京都大学大学院医学研究科整形外科学
(〒 606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町 54)
E-mail. [email protected]
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2) 多孔体内部表面への均一な処理の可否
アルカリ加熱処理チタンの基本的な性質は平板や単純な
形状の試料を用いて調査されたが,臨床では人工関節の
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(D)
(E)
(F)
図 1 アルカリ加熱処理による表面の変化
(A)アルカリ加熱処理前の金属表面
(B)処理後 4)
(C)処理層の断面(AHFIX® Technical Document より)
(D)非処理チタンの表層近傍の元素分布 5)
(E)処理後の元素分布。処理後は約 1 μm の厚みにわたって傾斜構造をとっている 5)
(F)処理後は多孔体表面の隅々にまでアパタイトが析出する 7)
ポーラス部分への適用が考えられていた。そこで,プラズ
組織が気孔内部まで進入しやすい。
マ溶射によって作製された多孔体チタンにアルカリ加熱処
3) 生体活性の程度
理を施したところ,試料の表面にはやはり特有の網目状構
アルカリ加熱処理チタンのアパタイト形成能は加温条件
造とチタン酸ナトリウムの薄層が確認され,擬似体液中で
によって影響を受けるため,これを最適化しつつ臨床応用
は多孔体の凹凸に沿ってアパタイトが析出した(図 1F)7) 。
に向けて生体内での骨結合能を検証した。ウサギや犬を用
水酸化ナトリウム水溶液が染み渡りさえすれば,複雑な形
いた動物実験の結果,アルカリ加熱処理を施したチタンは
状をとる多孔体表面にもアルカリ加熱処理は施せる。また,
生体内に埋入後,早期に骨と直接結合し,非処理のものや
HA を数 10μm もの厚みで重層させるような従来のコー
従来のコーティングを施したものと比べ,有意に高い接着
ティング法に比べると,本法は表層 1μm の構造を改変さ
強度を得ることが証明された 4),8) 。多孔体にアルカリ加熱
せるだけであり,マクロの多孔構造を維持できるため,骨
処理を施すと,広い表面積で生体活性を発揮できるため,
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図 2 アルカリ加熱処理を施した人工関節の臨床像
(A)AHFIX® の外観。ポーラス部分にアルカリ加熱処理を施してある。
(B)術直後に認められたギャップ(a)が術後 1 年で消失した(b)9) 。
(C)両側治験症例。右術後 9 年 5 か月,左術後 8 年 9 か月経過して日本整形外科学会股関節機能判定基準で両側とも 97 点。X 線写真上,全てのコンポーネン
トにゆるみを認めていない。
(D)術後 8 年で感染により抜去した症例のインプラントの電子顕微鏡写真。中央部に網目状構造をなす処理表面が露出し,周囲に骨組織が接着している。
(E)術後 3 週で感染により抜去した症例のインプラントと骨との界面の電子顕微鏡写真。ポーラス部分の表層から深部にかけて骨組織が進入,
接着している。
骨との強固な接着を図るために,より有利な表面処理であ
年で最終平均 91.0 点へと改善し,X 線写真上インプラント
ると考えられた。
のゆるみはなく,再置換を受けた症例もなかったことを報
3.
アルカリ加熱処理生体活性化チタン合金人工股
関節の治験およびその後の臨床経験
告した 9) 。術直後の X 線写真でインプラントと骨の間に
ギャップを認めても 1 年以内に消失するなど,アルカリ加
熱処理の優れた骨伝導性が示唆された(図 2B)。当院で行
前述したような研究結果を踏まえて,ポーラス部分にア
われた 35 の治験例は現在もフォロー中であるが,術後 7 年
ルカリ加熱処理を施したセメントレス THA インプラント
11 か月で遅発性感染を起こした 1 例を除いて,再置換を要
の臨床治験を行うことになった。当院および金沢医科大学
した症例はまだない(図 2C)。その感染例の抜去インプラ
病院で 2000 年から 2002 年にかけて,58 患者 70 関節(手術
ントを組織学的に観察したところ,ポーラス層深部にまで
時平均年齢 51.7 歳)を対象に手術が行われた。術後 1 年の
骨組織が入り込み,処理を施したチタン表面には網目状構
経過観察で臨床上および画像上良好な成績を収めたことを
造が保たれていることが確認され,約 8 年もの長期間にわ
受 け て,2007 年 厚 生 労 働 省 に よ っ て 本 イ ン プ ラ ン ト
たって生体活性が維持されていることが証明された(図
(AHFIX ®,日本メディカルマテリアル)の製造販売が許可
2D)。また,他施設での術後早期(3 週)感染例の抜去イン
されることとなった(図 2A)。
プラントを組織学的に観察したところ,やはりポーラス層
著者らはその後のフォローにより,日本整形外科学会股
表面に沿って比較的深部まで幼弱ながら骨組織が形成され
関節機能判定基準では術前平均 46.9 点から,術後平均 4.8
ていることが確認された(図 2E)
。少数例の組織観察では
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することができるので,テーラーメードデバイスにアルカ
リ加熱処理を施して用いることも可能である。このように,
高い生体活性を利用して骨組織のみではなく,筋肉や腱を
伴う機能的複合組織の再建も可能ではないかと考えてい
る。
文 献
図 3 ウサギ膝蓋腱内に埋入後 8 週の光学顕微鏡写真
アルカリ加熱処理多孔体チタン内部とその周囲に新生骨が旺盛に形成され,
インプラント表面と直接結合していた 12) 。
あるが,いずれもアルカリ加熱処理チタンの人体内での優
れた性能を初めて立証でき,今後さらに成績を伸ばしてい
く期待を持たせる貴重な調査結果であった。
4.
アルカリ加熱処理技術の応用拡大
アルカリ加熱処理チタンは高強度で,骨組織と直接強固
に結合するという性質を併せ持つことから,さらなる用途
拡大が考えられる。犬の脊椎固定手術にアルカリ加熱処理
多孔体チタンインプラントを使用したところ,非処理のイ
ンプラントに比べて骨癒合が得られやすかった 10) 。椎体
間固定用インプラントとしても有用と考え,当科で 2008
年から 2009 年にかけて医師による自主臨床試験を行った。
1 年の経過観察の結果,臨床上・画像上成績は良好で,現
在製造承認の申請(準備)中である。
近年,アルカリ加熱処理多孔体チタンには骨誘導能(筋
肉内に埋入しておくと異所性に骨組織を形成する)がある
ことや,骨形成タンパク質 2(BMP-2)を添加すると腱内で
インプラント周囲に骨組織を形成し,これを介して腱と接
着しうることも確認された(図 3)11),12) 。また,高性能レー
ザーを用いると,チタン粉末から三次元構造を自由に造形
1) Kokubo T, Miyaji F, Kim HM, et al: Spontaneous formation
of bonelike apatite layer on chemically treated titanium
metals. J Am Ceram Soc 79: 1127-9, 1996
2) Kim HM, Miyaji F, Kokubo T, et al: Preparation of bioactive
Ti and its alloys via simple chemical surface treatment.
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3) Kim HM, Miyaji F, Kokubo T, et al: Bonding strength of
bonelike apatite layer to Ti metal substrate. J Biomed Mater
Res 38: 121-7, 1997
4) Nishiguchi S, Nakamura T, Kobayashi M, et al: The effect of
heat treatment on bone-bonding ability of alkali-treated
titanium. Biomaterials 20: 491-500, 1999
5) Kim HM, Miyaji F, Kokubo T, et al: Graded sur face
str ucture of bioactive titanium prepared by chemical
treatment. J Biomed Mater Res 45: 100-7, 1999
6) 鈴木 順,佐々木佳男,土居憲司,他:アルカリ・加熱
処理されたチタン合金の処理層の構造および機械的特性.
生体材料 19: 154-60, 2001
7) Kim HM, Kokubo T, Fujibayashi S, et al: Bioactive
macroporous titanium surface layer on titanium substrate.
J Biomed Mater Res 52: 553-7, 2000
8) Nishiguchi S, Kato H, Neo M, et al: Alkali- and heat-treated
porous titanium for orthopedic implants. J Biomed Mater
Res 54: 198-208, 2001
9) Kawanabe K, Ise K, Goto K, et al: A new cementless total
hip arthroplasty with bioactive titanium porous-coating by
alkaline and heat treatment: average 4.8-year results.
J Biomed Mater Res B Appl Biomater 90: 476-81, 2009
10) Takemoto M, Fujibayashi S, Neo M, et al: A porous
bioactive titanium implant for spinal interbody fusion: an
experimental study using a canine model. J Neurosurg
Spine 7: 435-43, 2007
11) Fujibayashi S, Neo M, Kim HM, et al: Osteoinduction of
porous bioactive titanium metal. Biomaterials 25: 443-50,
2004
12) So K, Takemoto M, Fujibayashi S, et al: Reinforcement of
tendon attachment to bioactive porous titanium by BMP-2induced ectopic bone formation. J Biomed Mater Res A 93:
1410-6, 2010
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