組織行動をめぐる最近の研究動向 角山 剛 (東京未来大学モチベーション行動科学部〉 はじめに 筆者の主たる専門領域は産業・組織山理学である.産業・組織,~\理学は 20 世紀初頭にミュンスターペル ク ( M u n s t e r b e r g, H . ) によって礎が築かれ,二度の世界大戦を経る中でその実践的有用性が示され疋.第二 次大戦後の急速な技術革新と工業発展によって大規模なオートメーション化が進行するにしたがい,仕事の 単調感や仕事からの人間疎外に悩む人々も増えてくる中,組織成員がいだく欲求や仕事への意欲,仕事満足 感,集団と個人の関わり.リーダーシップなど,組織における人間行動,あるいは組織と個人との山理的関 わりの問題を探ることの重要性が高まってきた.すなわち,能率の向上や組織効率の向上に主眼を置いてき た産業,~\理学は,さらにその領域を広げ,組織に働く人々が示すさまざまな行動や態度に関する研究にち力 を注ぐようになった. こうした流れを受け,アメリ力,~\理学会 (APA) は 1973 年に,第 14 部門の名称を産業・組織山理学に蛮 更した.日本では 1 9 8 5年に産業・組織山理学会が設立され,人事,組織行動,作業,消費者行動(設立当 初は市場〕の 4部門に分かれて,活発な研究と実践活動が展開されている .4つの部門では組織行動に属す る会員が最も多く,筆者もその一人である.そこで,本稿では, ,~\理学の視点から組織行動に関する最近の 研究動向を備臨してみることにする. 組織行動研究の広がり 組織に働く人々が示すさまざまな行動や態度は,組織行動 ( o r g a n i z a t i o n a lb e h a v i o r : OB)とよばれる.組織 行動の体系的な研究としての組織行動論(ま疋は組織行動学〉は, 1 9 6 0 年代初期のアメリ力において誕生 し発展してきた.組織行動論が包含する研究分野は, ,~\理学,社会学,人類学,経営学など広範囲にわだっ ている.わが国にち早くから紹介され, 1 9 7 0 年 代 に は す で に March & Simon, H e r s e y& B l a n c h a r d, Maslow, McGregor , A r g y r i s, H e r z b e r gなどをはじめ,組織行動論関連の多くの翻訳書が刊行されてい る 1).圏内でも早い時期に,馬場昌雄「組織行動 J (1976),野中部次郎他「組織現象の理論と測定 J (1978), 二柑敏子(編) r 組織の中の人間行動J (1982) ,坂下昭宣「組織行動研究J (1985) といった,優れだテ キストもあらわれている 2). 近年, IT 環境が爆発的に進化し,経営のグローパル化が進む中で,組織を取りまく環境ち急速に変貌し つつある.こうしだ状況を反映して,組織行動に関しても,組織コミットメント,リーダーシップ,仕事動 機づけ,職務満足などに関する研究の重要性が増してきでいる.長期にわたる安定的な展望を持ちにくい中 で,経験や技能をどのように獲得し発達させていくかという,キャリア発達やキャリア支援に関する研究ち 同様である.ストレスに関する研究も幅広く行われており,産業力ウンセリングの需要ち高まってきている. さらに,職場のいじめやセクシユアル・ハラスメント問題への苅応,組織人としてのあるべき行動という視 点から,組織市民行動 ( o r g a n i z a t i o n a lc i t i z e n s h i pb e h a v i o r:OCB) の研究,ビジネスにおける倫理性や社会的 責任に関する研究への要請も強まっている.また,作業安全に関わるヒューマンエラーの防止,労働災害や 事故の減少に向けての対策ち,近年の重要な課題となっている.マクロな視点からも,組織変革や組織文化, 異文化閏マネジメントなどは重要なテーマである. 日本では先述した産業・組織,~\理学会が, 4 つの部門でこうした問題についての研究を展開している. 4 つの部門の研究はまったく独立しているわけではなく,それぞれに融合レて,組織に働く人々の行動や態度 の解明に寄与している. -13- 最近の研究動向 組織行動に関連する研究が実際どれくらい行われてきているか,ここでは海外の専門誌 2誌に掲載された 研究から探ってみることにする.データベースおよび研究分類基準については PsyclNFOを使用し,編集者 からの編集方針記事(e d it o r i a l)などは除いた. 1 9 6 6年に創刊された専門誌である O r g a n i z a t i o n a lB e h a v i o ra n d Human P e r f o r m a n c eは , 1 9 8 5 年からは O r g a n i z a t i o n a lB e h a v i o ra n dHumanD e c i s i o nP r o c e s s e s (以下 OBHDP) と名を変え現在に至っている.組織行 動研究に関する重要な研究が多く発表されており,世界的に権威ある専門誌である. J o u r n a lo fA p p l i e d P s y c h o l o g y (以下 JAP) は,応用山理学系では最も権威ある専門誌であり,組織行動に関する I~\ 理学的研究 が多く発表されている.ここでは,この両誌に発表された 2 0 0 4年から 2 0日 年 ( 2 0 1 4年 1月までを富む〉 の1 0年間の研究をもとに組織行動研究の動向を概観してみる. ます OBHDPから男ていく. 1 0年間に同誌に掲載されだ全 5 2 6件の論文のうち,組織行動関連領域の論 8 5件で全体の 35.2%(小数点以下第 2位四捨五入〉である.この中でさらに組織行動(o r g a n i z a t i o n a l 文数は 1 b e h a v i o r ) ( こ分類される研究が 5 2件〈関連領域中 2 8.4%)と最も多く,次いで産業・組織山理学 ( 1 /0p s y c h o l o g y ) が5 1件 ( 2 7 . 9 % )ある.この 2領域が突出しており,第 3位は管理及び管理者訓練 (management& management t r a i n i n g )2 9件 ( 1 5 . 8 % ) となっている. JAP誌では,同じくこの 1 0年聞に掲載された 1 1 1 7件の論文のうち,組織行動関連領域の論文数は 8 4 3件 , 全体の 76%と大変高い割合となっている. JAPは山理学領域専門の研究誌であり, OBHDPとはその性質ち 異なるので単純な比較はできないが,組織行動に関する領域での研究が多く投稿されていることがわかる. 内訳をみると,産業・組織山理学が 2 6 5件 ( 31 .4%)と第 1位,職務態度・職務満足 ( p e r s o n a la t t i t u d e s&j o b 0 3件 ( 2 4 . 1 % ) でこれに次ぎ,第 3位が組織行動の 1 0 2件 ( 1 2 . 1 % ) となっている.人事者 s a t i s f a c t i o n )が 2 課・職務遂行 ( p e r s o n n e le v a l u a t i o n&j o bp e r f o r m a n c e )ち 1 0 1件あり,組織行動とほぼ同数である(表 1 )• 表 1 OBHDP誌および JAP誌 組織行動関連領域論文掲載数 分類 OBHDP JAP 183(34.8%) 11171 牛 , 843(75.5%) 51(27.9%) 265(31.4%) 2(1.1%) 10(1. 2 % ) 人事管理・選掠・訓練 12(6.6%) 83(9.8%) 人事考課・職務遂行 10(5.5%) 101(12.0%) 管理・管理者訓練 29(15.8%) 56(6.6%) 職務態度・職務満足 27(14.8%) 203(24.1%) 組織行動 52(28. 4 % ) 102(12.1%) 2004-2013掲載論文数合計 524件 組織行動関連領域 産業/組織 I~\ 理学 職業興昧・職業指導 。 仕事環境・産業安全 その他領域計 341 出 4 出勺 24(2.8%) 274 註〉データペース及び分類基準は P syclNFOを使用した. ※ 1 全掲載数に対する割合 ※ 2 組織行動関連領域中の割合.以下同じ. 参考までに年次ごとの推移を示すと,図 1のようになる.この推移にはさほど意味はないかもしれないが, 0 0 8年と 2 0 1 0年に大きい落ち込みが見られる. 両誌ともによく似たパターンを描いており, 2 司 1 4- 140 120 89 100 80 輔番街闘 J AP 60 岨噛岡崎 40 OBHDP 28 20 o ψ , . s x, . ! $ < Ar $ <. . . . _ r $ <, . . r $ < ψ r$<命令 グダ rd34rrrprfFJJrfOrf らもらf1..'"' 0/ ( レ や や も r レ ※1 2013年については 2014年 1月までを含む. 図 1 掲載件数の推移:OBHDP 研究トピックスの傾向 両誌に掲載された研究から組織行動研究で扱われているトピックスを怖轍してみることにするが,その前 に,日本ではどのような傾向がみられるか,比較のため,先に紹介した産業・組織山理学会の機関誌である 『産業・組織山理学研究』の. 2004年から 2013年までに掲載された論文を倒にとり眺めてみる. 同誌は原則的に年 2間の発刊であり,原著論文,資料,寄稿論文,展望論文などの他に .4つの研究部門 がそれぞれ年 1回開催するワークショップを紙上に採録している.ワークショップ採録以外の,寄稿論文, 展望論文を含め疋 87件を苅象として,キーワードから男てみると. 1 6件 ( 1 8.4%)に「キャリア」が含ま れている.その他には 9件 (10.3%) に「ストレス」が. 7件 (8%) に「コミットメント」が含まれている (キーワードが重複する論文が l件) . OBHDP誌. JAP誌での分類に沿ったものではなく,会員に閉じら れた研究誌でちあり,同じ研究者が同じテーマで続けて発表している揚合ちあるので,単純に比較すること はできないが,掲載論文という点から眺めると,キャリアに関する研究が多いことがわかる.具体的な件数 は省略するが. OBHDP誌. JAP誌でも,これらのトピックを含む研究は多く見られ,特にコミットメント やストレスに関する研究は多い.組織行動関連領域での共通する重要テーマであることが見てとれる. 圏内の研究テーマに対して .OBHDP誌および JAP誌での特徴をうかがうと,以下のような点が見られる. ます. OBHP誌の組織行動 52件について,キーワードをもとに研究内容を探ってみると,まとまったもの u s t i c eと d e c i s i o nmakingがそれぞれ 7件 (13.5%)• ' C it i z e n s h i p 4件 (7.7%)• f a i r n e s s 3件 (5.8%) としては. j などが見られる. j u s t i c e .c i t i z e n s h i p .f a i r n e s sといったキーワードからは,組織における公正(o r g a n i z a t i o n a l 8 3件 j u s t i c e ) や組織市民行動に関する研究が増えてきていることがうかがわれる.組織行動関連領域全体 1 7件 (9.3%) の中でこれら 3つのキーワードを検索してみると,それぞれ 24件 (13.1%) • 9件 (4.9%) • 1 となり,同様の傾向がみてとれる. JAP誌で同様の検索をしてみると,組織行動 1 0 2件中. c i t i z e n s h i p 3 3件 (32.4%).j u s t i c e 2 1件 (20.6%)• a i r n e s s 7件 (6.9%) であり,上記と同様の研究傾向が見られる.組織行動全 d e c i s i o nmakingl0件 (9.8%)• f 4 3件中では. c i t i z e n s h i p1 2 3件 (14.6%)• j u s t i c e 9 5件 ( 11 . 3 % ).d e c i s i o nmaking43件 (5.1%)• f a i r n e s s 3 7 体8 件 (4.4%)である. 0年間の組織行動研究の中では,従業員が組織の一員としていかに公正な判断を こうしてみると,この 1 行い,自律的・自発的に行動していくかを探る視点が,研究上の重要性を増してきでいるように思われる. -1 5- 終わりに 文献データベースに頼つての非常に雑駁な調べであり,不正確な点もあるが,組織行動に関する研究の動向 を概観してみだ.今回は海外の代表的な研究誌との比較材料として『産業・組織 I~\ 理学研究』誌を用いたが, 圏内ではこの他にも,日本応用 I~\理学会( ~応用山理学研究~ ).組織学会( ~組織科学~ ).経曽行動科 学 学 会 ( ~経営行動科学~ ).人材育成学会( ~人材育成研究~ )などで,組織行動に関わる研究が発表さ れている.たとえば. ~産業・組織 I~\ 理学研究』では,上記に紹介した以外にも,組織における公正や組織 市民行動に関する研究が 6件発表されているが,これらのトピックスは,近年経営行動科学学会でも多く の研究が発表されており,公正さに対する認知が組織コミットメントや職務満足感 .OCBに及ぼす影響な どをめぐって,活発な検討がなされている.こうレた研究が活発化している背景には,多くの企業で成果主 義への移行が進み,従業員が給与や人事などの面で評価の公正さにより強い関山をもってくる中で,組織の 公正に関する理論化が求められてきていることが考えられる. グローパル化や雇用形態の流動化など,企業・組織を取り巻く環境が蛮化する中で,組織に働く人々の行動 もさまざまな面で変化し,背景に考えられる要因やその影響の仕方も多岐にわたっている.組織行動に闘す る研究テーマち,今後さらに広がりを見せていくことが予想される. 注 1)たとえば以下のような書籍が早くから翻訳刊行されている. F .ハーズパーグ/北野利信訳(19 6 8 ) . 仕事人間性動機づけ一衛生理論の新展開. 東洋経済新報社 D .マグレガー/高橋達男訳(19 7 0 ) . 新版企業の人間的側面一統合と自己統制による経営. 産業能率短期 966年) 大学出版部(初版は 1 C .アージリス/伊吹山太郎・中柑実訳 ( 1 9 7 0 ) . 新訳組織とパーソナリティーシステムと個人との葛藤一. ダイヤモンド社 A . H .マズロー/小口忠彦監訳(19 7 1 ) . 人間性の山理学.産業能率大学出版部〈改訂新版は 1 9 8 7年〉 J . G .マーチ &H.A.サイモン/土屋守章訳(19 7 7 ) . オーガ二ゼーションズ. ダイヤモンド社 P .ハーシー&K.H .ブランチヤード/山本成二・成田攻・水野基訳 ( 1 9 7 8 ) . 入門から応用ヘ行動科学の展開. 日本生産性本部 2)組織行動についてはその後非常に多くの書籍が出版されている.組織における人間行動を探るという観 点に立てば , I~\ 理学や経営学に限らす,近年の行動経済学などの研究書もその範暗に含まれる.研究のテーマ や流れを知る上では,下記の書籍などがわかりやすい. S . P .ロビンス/高木晴夫訳 ( 2 0 0 9 ) . 新版組織行動のマネジメント. ダイヤモンド社 金井喜宏・高橋潔 ( 2 0 0 4 ) . 組織行動の考え方 ひとを活かし組織力を高める 9つのキーコンセブト. 東洋 経済新聞社 上 田 泰( 2 0 0 3 ) . 組織行動研究の展開. 白桃書房 -1 6 -
© Copyright 2024 ExpyDoc